顧客体験か拡大かーー高級バーをオフィスにする「Spacious」にみる初期顧客維持の難しさ【現地レポ】

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Spaciousの店舗(写真撮影:筆者)

お酒や高級ディナーに定評のあるレストランが都市部では多く点在します。会員制のバーなどが代表的でしょう。

こうしたお店は夕食の時間帯からの売上を軸に経営していますが、売上増加を図るためランチタイムの営業をすることがあります。しかし昼食の時間帯にお店を開いたとしても客層が変わってしまい、収益があまり上がらないことが往々に発生しています。結果として高いお金を費やして購入した装飾や雰囲気を最大限活かさせずにいる課題を抱えていました。

2016年にニューヨークで創業した「Spacious」は高級レストランやバーを朝から夕方まで開店させ、会員向けにコワーキングスペースを提供するサービスを展開。2018年5月には合計900万ドルの資金調達に成功している注目の不動産スタートアップです。本稿では筆者が現地サンフランシスコでSpaciousのサービスを体験して得たインサイトをもとに、同社サービスの良さやビジネスモデル、課題点を考察していきます。

まるで空港のラウンジ。圧倒的な顧客体験

Spaciousの店舗外観(写真撮影:筆者)

『The New York Times』の記事によると、Spaciousは2018年7月時点でニューヨークとサンフランシスコに25店舗の提携レストランを持つそうです。筆者が訪れたのは「PRESS CLUB」と呼ばれる高級バー。サンフランシスコ市内中心にあり、大通りからすぐ入った所にある立地条件には申し分のないお店です。

Spaciousの店舗(写真撮影:筆者)

店内入り口のiPadで簡単なチェックインを完了させれば入店できます。筆者の場合は初回5ドルお試しプランだったのですが、2回目以降は月額会費を支払う必要があります。会員プランは年間契約で月額99ドルから。

1回から階段を降りて地下のオープンスペースにたどり着くと300席ほどはあるバーが利用できます。来店時は客数は10名もおらず、Spacious側のスタッフ数2名と合わせると専有率は5%にも満たない印象でした。筆者が現地に到着したのが平日の午前10時頃。天気はあいにくの雨だったため、集客に苦労することが予想されているとはいえ、非常に利用率が低い印象を持ちました。

一方、人が少ない閑散とした雰囲気は仕事をするのには最高の環境です。まるで空港の会員ラウンジを体験させてもらっている気分に浸れました。ちょうど電話会議があったのですが、Wifiの繋がりも非常に強く助かりました。たとえば人数も少ないのでエグゼクティブを招いたコーヒーミーティングには最適でしょう。

「Vox」の記事ではSpaciousのターゲット顧客を”都市在住デジタルクリエイティブ”と紹介しています。リモートワークを中心に、自由にWifiのある都市中のコーヒーショップを回って仕事をするクリエイターたちです。筆者も本メディア記事の執筆を行う目的で訪れたため、私自身がSpaciousのサービスを利用するシーンとしてはぴったりだと感じました。

Wifiのつながるカフェを幾つかサンフランシスコ市内に知っているのですが、Spaciousの方が圧倒的な体験優位性を持っている点から、もう他のカフェには通えないと覚えるほど感動を得たのが正直なところです。

通常、カフェを利用するには1杯6〜8ドルほどのコーヒーやお菓子を頼む必要があります。平日毎日通うとすると単純計算で最低でも120ドルの出費です。Spaciousでは同額でコーヒー・紅茶・お水の簡単なビバレッジ提供込みで、市内の高級レストランに通えます。年間契約を選べば月40時間の利用リミットで99ドル。1時間当たり2.47ドルの価格帯は十分にカフェとの競合差別要素となるでしょう。

在庫切り売りモデルからの脱却。課題は初期顧客の離脱か

Spaciousの店舗(写真撮影:筆者)

Spaciousが参入するコワーキングスペース市場で代表的な企業はWeWorkでしょう。同社はビルの一角の大規模スペースを借り上げ、月額モデルで1席毎に顧客へ又貸しするビジネスモデルです。いわゆる在庫を切り売りするモデルのため大きな出費が伴います。

しかし、ターゲット顧客は比較的短期間しか利用をしないスタートアップや中小企業です。数年単位の長期利用を求めないため、利用料金を比較的高めに設定しても顧客獲得に成功しています。こうしたビジネスモデルからなるべく1スクエアフィート当たりの収益率を向上させる戦略が求められます。

一方、Spaciousは直接店舗を構える必要のないネットワークビジネスのため初期投資がかかりません。公にはされていませんが、提携店舗と月額最低利用料金もしくは収益分配モデルの契約を結んでいることが想定されます。

たとえばPRESS CLUBに対しての契約金を月額1万ドルとしましょう。会員がPRESS CLUSをあまり利用せず、同店舗当たりの売上貢献率が1万ドルに満たなくとも最低契約金は保証してSpacious側が支払う構図が考えられます。仮に1万ドル以上の売上貢献を生み出せた場合は同額相当の収益分配を行い、残額がそのままSpaciousの収益となる仕組みです。

提携店舗と最低利用料金を保証するビジネスモデルとした場合、店舗側は一定収益の確保が担保されます。仮に顧客が集まらない売上貢献率の低い店舗だと判明しても、Spacious側が契約を切ることでネットワークのキュレートの質及び収益率の改善が見込めます。

契約の打ち切りは最後の手段であり、ネットワーク規模の縮小に繋がるため、おそらくAIを活用して立地場所から期待売上高の計算など、非常に効率的に店舗選定を行っていると思われます。

Spaciousの店舗(写真撮影:筆者)

このように、SpaciousのモデルはWeWorkのように大型ビルを貸し切るモデルとは異なり、店舗単位で売上比率を計算でき、コスト源となると判明したネットワーク店舗は最悪切り離せるリスクヘッジも可能なものです。ネットワークを急速に拡大するには良いモデルだと考えられるでしょう。

ですが、最も忘れてはいけない点は初期顧客体験です。サンフランシスコで利用する現在の顧客は今後優良顧客になり得る可能性が大いにあります。

ネットワークの中から行きつけの店舗が人気になれば、筆者が感じた「静かに大きなスペースをくつろぎながら使える」体験が薄れてしまいます。サービスの拡大と共にサービス体験の期待値を超えられなくなり、優良顧客が離れる現象が発生してしまうのです。

立ち上げ初期からサービスに共感を持っていた顧客を失う事態は、コミュニティビジネスには頻繁に見られるジレンマとも言えるでしょう。初期優良顧客を維持するのか、拡大のため新規顧客獲得に走るのかは非常に大きな戦略意思決定力が求められます。

この点、少なくともSpaciousは数年以内に「静かで落ち着く高級なコワーキングスペース」という提供価値を大きく変更せざるを得ないタイミングが来るでしょう。利用客が増えればプレミア感が薄れ、静かで高級感のある雰囲気が壊されてしまいますが、サービス拡大のためには止む終えない、避けては通れない道だと感じました。

サービス体験価値が変わってしまうことは、ペルソナ像もターゲット顧客も変わることを意味します。初期ユーザーは顧客が増えると自分が求める体験価値をサービスに見出せなくなる。しかしビジネス的には顧客を増やさないといけない。なんとも難しい取捨選択を強いられるでしょう。

もしかしたら大型ベニューではなく、初めから小さなスペースを限定にした店舗ネットワークを構築すれば、1店舗当たりの利用客が増えたとしても顧客体験が傷付くことはないかもしれません。日本でも渋谷や新宿で昼間に閉まっているこじんまりとしたバーをSpaciousモデルで囲うと面白いようにも思えます。

さておき、今回は非常にリッチなサービス体験をしたと同時に、顧客コミュニティー育成に関するビジネス上の課題も感じた体験でした。

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