100億円の”経営者育成方針”が生んだ「グループ企業30社」ーー企業売却:EXITのリアル/クルーズ取締役CFO・稲垣佑介氏

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クルーズ取締役、最高財務責任者CFOの稲垣佑介氏

スタートアップの買収「後」について書くのは大変難しい。

かく言う私も昨年に事業売却の現場を経験し、そこでの情報の取り扱いの難しさを経験した。NDA(秘密保持契約)の厳守はもちろんだが、それ以上に信頼が崩れてその後の関係づくりに影響しては困る。さらに言えば、売買が成立してからも事業は続く。

結果としてここでのノウハウや結果は特定の個人投資家グループなどでしか伝わらず、また他社がどうであったかという比較も難しくなる。

今年1月、DMM.com 最高執行責任者COO、村中悠介氏にインタビューをする機会があった。この時もテーマは企業買収で、彼らは新しい「血」を求め、普段あまり出すことのない買収後のことについてオープンに語ってくれることになった。その後、何社か同様に内幕を語ってよいという話も私の元に届いた。

情報をオープンにしなければ、よい情報はやってこない。買収する側も理解しているのだ。

ということで、本連載では企業買収、特にスタートアップを対象とした買収に積極的な企業を取り上げる。公開できる範囲で、買収の方針やPMI(経営統合)の方法、買収後の連携などを伝える。

DMMに続き、連載形式としての初回はクルーズに登場いただく。インタビューを受けてくれたのは同社取締役で、最高財務責任者CFOを務める稲垣佑介氏。なお、クルーズについては昨年、グループ経営体制移行に伴う100億円規模の買収・起業家育成予算を公表している(太字の質問は全て筆者。回答は稲垣氏)。

参考記事:クルーズが経営者育成に100億円準備ーー小渕氏に聞く、グループ経営移行と「起業エコシステムのつくり方」

クルーズの買収実績と方針:2018年5月に持株会社化を公表。そこから1年で30社のグループ企業が加わる。手法としてM&A(買収)や、起業家が体一つで新規に立ち上げる新設もある。クルーズのグループ経営は「投資家」としてのプラットフォーム的な持株会社と、各社が各々の目標を持って自走する「起業家集団」に分かれる。そのため親会社とのシナジーよりも、起業家がグループの「ヒトモノカネ」を活用して伸び伸びと事業を成長させることに重点を置く

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昨年に100億円規模の起業家育成・買収方針を出してから30社が立ち上がった。100億円規模の事業を100社作れば1兆円規模のインパクトになるというわかりやすい方針だ。立ち上がった企業に傾向などはあるか

稲垣:方針でもお伝えした通り、シナジーよりもグループの資産を活用して気持ちよく事業を成長させてもらうという方針なので、30社のグループ企業の業種は様々ですね。

新規の買収先はどのようにして探しているのか。具体的な件数などの規模も可能であれば

稲垣:特に変わった方法があるわけではありません。人づての紹介もありますし、こちらからドアノックの場合もあります。また、こういう情報を元に、企業様の側から直接ご連絡をいただくこともあります。具体的な数字は言えませんが、それなりの件数が集まってきているという実感はあります。

どちらかというとブランドやベンチャーキャピタルのポートフォリオ戦略に近い。企業買収に関して重要視している点は

稲垣:一つ目には言わずもがなですが、当社が投資した金額を回収可能なプランを双方で組み立てられるか?です。M&Aの投資回収もある意味事業ですから当たり前なんですけど、それ以上に検討プロセスを通じてお互いの理解や目線が揃うことの方が大切ですね。

なるほど。確かに数字の考え方を揃えないと同床異夢になる。他には

稲垣:それを成す経営メンバーがいるかどうかです。スタートアップのM&Aで事業計画をどれだけ推敲しても、これをやり切る起業家が居なければ全くの絵にかいた餅です。さらに当社グループの「ヒトモノカネ」を使えばより伸びそうか?という点ですね。あえてシナジーという表現では言いませんが、要は合わさって今より良くなる確信が持てるかどうかです。

ーーここで少しだけ解説しておきたい。彼らは昨年の買収方針発表の際に「株式保有インセンティブ」も公表している。これは買収後も創業者や経営陣が一定量の株式を保有してそのまま経営にあたるもので、一般的なアーンアウト条項に近い考え方だ。目標となる事業規模に成長させることができればインセンティブが提供される仕組みになっており、公表当時の例として、売上100億円規模の事業で二桁億ほどのリターンが期待できる、としていた。

話を戻そう。投資ファンドに近いスキームでそれぞれの事業成長を促す買収方針だが、事業シナジーを重視しない分、買収後のそれぞれの企業運営が気になる。

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買収後の経営統合(PMI)について聞きたい。特に収益フェーズに入る前の予算など事業計画の考え方はどのようにしているのか

稲垣:まず予算管理の方面ですが、当社ではガチガチの事業予算での達成未達というのはやっていません。大まかに「ここまで出来たら最高」といった超ハードルの高い大目標、例えば3年で100億にしたいとかですね。それだけを当社と対象会社の間で握るのみです。

逆に結果重視

稲垣:細かな手段には言及しない、ということですね。現実的予算を作成すると「現実が予算に合わせに」いってしまいます。なのでそういうのはやっていません。とはいえ的な部分で、実際には細かくは色んな仕組みを持ってはいますが、メインの考え方ではないです。

30社もあれば相互での協業や、場合によってはバッティングなども可能性がある。そういう場合の交通整理は

稲垣:各社間の連携について、基本、当社グループは完全自由競争を原則としています。持株会社側が過度に干渉することは避けて自然の摂理を重視していますね。もちろん押した方がいい時は、会社としても言ってますがいずれにしても原則は前述の通りです。

親会社としての連携は。カルチャーフィットなどに時間をかける場合もある

稲垣:M&A前と後ではオフィスも統合しませんし、その他インフラも殆ど手を付けません。上場会社としての最低限の連結・連携等はありますが、起業家の方が窮屈に感じたり不安に思うことは少ないという実感を持っています。

なるほど、買収スキーム自体が投資ファンド的なポジションになっているので、逆にカルチャーはそのままでいいと。人材についてはどうか。スタートアップ側は特に優秀な人材、開発リソースなどを求める可能性が高い。逆に親会社の経営幹部として登用する例もある

稲垣:これも原則としては買収前と後で経営体制は変えません。もちろん便宜上当社役員が入ることはあります。参考までに、クルーズの取締役陣の平均社歴は15年(創業18年中)と非常に長く、この1年で一気にできた約30社においても起業家は1人も辞めていません。

(本体への登用については)私自身、数年前にクルーズにM&Aと共に参加した経営者の一人です。私自身がまさにそうですが、M&A後に起業家が本当に「楽しめている」会社は稀有だと思います。イグジット(売却)は起業家本人にとっては新たなスタートに過ぎません。最も重要なのはM&A後です。当社におけるグループ経営は良くある「子会社化」とは違い、様々な事実情報をもとに起業家にとって最善と思えるインフラという目線で考えています。

ありがとうございました。

ーー次回もここ1、2年で買収・投資に力を入れている企業インタビューを予定している。また、この連載に情報を提供してくれる企業も募集したい。筆者のTwitterfacebookのメッセージなどで連絡してきてくれれば幸いだ。また情報開示も含めて(※)、稲垣氏も登壇する企業買収に関するイベントを4月25日に開催する。こちらは筆者も企画・運営側としても参加しているので、ご興味ある方は参加いただければ。

※4月15日・補足追記:この情報開示という文言がクルーズ社の情報開示と誤解された方がいらっしゃったそうなので補足しておきます。これは筆者がこのイベント企画に参加していることをお伝えするもので、イベント当日に何かクルーズ社から発表があることを示すものではありません。

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