本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している
前回からの続き。本稿では、エンタープライズSaaSやインダストリークラウドに注目したサービスを展開するスタートアップにインタビューし、どのような生産性向上の取り組みがあるのか、その課題も含めてお伝えしています。
法務ドキュメント作業の非効率を解決している「Hubble」に続く今回の現場は「医療」。救急外来(ER)や集中治療室(ICU)の業務支援「NEXT Stage ER」を手がけるTXP Medical代表取締役、園生智弘氏にお話を伺います(太字の質問は全て筆者。回答は園生氏)。
NEXT Stage ERが解決していること:独自の言語処理エンジンを搭載したER・救急外来向けデータプラットフォーム。サービス提供を通じて集まるデータベースを基盤に、医療テキスト解析技術や医療現場でのAI開発、音声関連技術活用を実現する。ERを起点に病院カルテ、救急隊、PHR、クリニックカルテまで広がる医療データプラットフォームの構築を目指す

園生さん、現役のお医者さんなんですか
園生:今も週に数回ですが現場に行ってますよ(笑。
インダストリークラウドの話題で「事業現場のスペシャリストをどう引き抜くか」はスタートアップの話題のひとつですが、創業者が現役であれば強いですね(笑。手がけられているサービスは電子カルテの「入力補助サービス」ということですが、具体的にどのようなものですか
園生:2018年2月にリリースしたERデータシステムでERに特化した「患者情報記録管理システム」になります。多忙な臨床現場における効率的な患者情報記録や、スタッフ間の情報共有、研究用データ蓄積を同時に実現するものです。大学病院を含む救命センタークラスの大病院で12箇所の導入が内定、6箇所での稼働が実現しています。
どれぐらいの業務効率が図れるとか数字はありますか
園生:日立総合病院から私自身が発信したアンケート調査の論文では、従来両立しえなかった「カルテを短時間で書き上げること」と「臨床データ収集の効率を上げること」が本システムを用いることで両立できたとの声が8〜9割を占めていました。
命の現場だけに、データを集めるという目的が現場の業務を妨げるようではまずい、と
園生:はい、私自身のペインポイントと全国の救急医のそれが一致した、ということだと思います。
そもそもどういう経緯でこのペインポイントを見つけたのでしょうか
園生:実は医療従事者の業務の50%かそれ以上は書類業務なんです。
え、長い
園生:つまり、病院における医療情報の転記や二重登録、医師や看護師の書類業務は生産性を大きく削いでいるんですね。しかし病院の基幹システムである電子カルテはどのベンダーもこの課題を現段階では解決できていません。
さらに構造的に病院ってITシステムに投資しにくいという背景もあるんです。平均利益率1%と言われる病院業界にとって基幹システム以外に追加投資する余力はごくわずかと言ってよいと思います。
電子カルテは確か2000年頃から政府方針で導入が進んでいると聞きます。効率化は難しかったんですね
園生:ITによる生産性向上が電子カルテにより実現されてこなかった、むしろ電子カルテにより書類業務が増加した日本の医療業界では「IT = 入力の手間を増やすもの」という認識も根強いぐらいです。
つまり、生産性を向上させる(働き方改革にも繋がる)IT導入のモデルを示していくこと、クラウド化を含めた電子カルテ自体の変革をも促していくことが必要なんです。
なるほど。しかし既存ベンダーも仮説検証を重ねて新たなソリューションを生み出せるポジションにいたはずでは
園生:会計計算機から派生した電子カルテには「医師が必要とする臨床情報」を構造化して蓄積するコンセプトがほぼ存在しないんです。
現場オペレーションが複雑でかつ、こういった臨床情報の意義は専門家にしか理解できないものが多いため、ITベンダーの行動原理としてこの分野に参入するのは厳しいか、システムがとてつもなく高価なものになるのではと思っています。

インダストリークラウド特有の課題ですね。ところでこういう入力支援だけでなく、園生さんは医療研究についても効率化を進めようとされています
園生:二つの側面(業務効率化と研究)に注目できたのも事業の特徴だと思っています。
研究課題を個人レベルで解決(研究費を取って数名のアシスタントを雇用してデータベース化)するのではなく、医療データ周りの包括的なエコノミクスで解決できればと考えました。
カルテに情報を入力しつつ、研究データも同時に蓄積できる
園生:はい。医療現場にある程度長く立って、かつ研究やシステム開発を経験している事業人材はきわめて少なく、自身が現場・研究・開発の橋渡しをする役割で価値を発揮できるのでは、と考えたのもこのスタートアップを手がけた理由です。
ちなみにビジネス的な側面ですが、市場規模の考え方はどのようなものでしょうか
園生:急性期医療データの観点で初診領域は大変重要なものになります。かかりつけ患者の継続処方の受診データでわかることと、初回受診時の詳細なデータからわかることは質的に全く異なるんです。
ちなみに私たちのサービスが稼働している6箇所を合わせると、年間救急患者10万人超、年間救急車搬送3万超の国内最大級の施設を跨いだ詳細な救急患者データベースになっています。
ここで取れるデータに希少性があるということですね
園生:また初診料算定は年間約2.5億件(厚労省発表)で、このうち病院が5000万件程度(厚労省発表)、うち救急外来は推定で3000万件程度、救急車が600万件(総務省消防庁発表)を占めます。
救急って病院と同じぐらい患者さんやってきてるんですね
園生:実は患者さんが病院に初診来院するのは「救急受診」あるいは「紹介」がほとんどなんです。なので救急隊や地域の医療連携システムとの拡張連携を考えると、外来診療の中で救急外来の市場は大きいと考えていただいて結構です。
命を預かるシステムですが、開発にあたっての苦労は
園生:AI活用やシステムの進化スピードを担保するにはクラウド運用が必須です。一方、医療情報のGLではクラウド運用が許容されていますが、病院システムのクラウド化は複合要因で進んでいません。特に当社のクライアントである大病院では顕著です。
日本マイクロソフトさんにも協力をいただいていますが、医療現場でのクラウド活用と、クラウドをベースとした医療AIによる生産性向上をいち早く急性期医療現場に見せていきたいですね。
貴重なお話ありがとうございました。
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