【詳細レポ】短時間でサービスデザイン思考を体験する方法ーーAR業界特化コミュニティ「AWE Nite Tokyo」がワークショップ開催

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8月29日、「AWE Nite Tokyo」主催によるARサービスデザイン・ワークショップが都内で開催された。「AWE Nite Tokyo」とはAR関連イベントを世界中で開催する団体「AWE Nite」の東京支部である。AWE Nite Tokyoは日本のARスタートアップ「Graffity」「MESON」「ENDROLL」の3社によって運営されている。

今回のワークショップはARユースケース開発企業「MESON」代表の梶谷健人氏のモデレートで進行し、同氏のグロースハッカーとしての知見も活かした、AR時代特有のサービスデザイン設計を共有する場となった。本記事ではイベントの様子をなるべく細かく伝えていき、AR界隈のみならず、あらゆる業界のスタートアップが利用できる新規事業アイデア設計手法を共有していきたい。

今回、5つのチームに分かれて空間的な情報操作・閲覧を可能にするAR・MRグラスが普及した「Spatial時代」における主要サービスをお題にサービスデザインを約2時間ほど行った。

空間情報を操作するデバイス「Spatial Computing」が切り拓く未来についての考察に興味があれば「Mirror WorldとSpatial Computingの時代」の記事を読むことを勧める。

まず最初に行われたのがチーム間の緊張を解くための自己紹介だ。ブレストをしながら短時間でサービスフローを考える上では柔軟な姿勢・思考が必須となってくる。しかし、人となりの知らないメンバーといきなりワークショップに移るのは難しい。

そこで最初にチームで取り組んだのがスマイルボールを使った自己紹介。黄色いボールを持った人が、過去1ヶ月以内にあったハッピーだったできことを1分ほどプレゼンをしてボールを回す。

ブレストでは主に「他人の意見を暖かく受け入れる」「コンパクトに発言する」「否定をしない」の3点が重要となってくる。この点、最初のワークでチームの雰囲気を盛り上げつつ、ブレストへ向かうための意識を自然な形でインストールする儀式のようなものがスマイルボール。

この手法は毎月、もしくは四半期毎に行う少しフォーマルなアイデア会議の場で非常に有効な手段であると感じる。スタートアップに限らず、あらゆる規模の企業がチーム全員合宿などで長期戦略のアイデアを練る際、アイデア促進を会議冒頭で促す有効手段だ。

さて、早速デザインワークショップに入っていくのだが、ARサービスデザインは基本的にWeb/アプリ開発の手法を基に進んでいく。具体的には「Garrettの5レイヤー」を用いる。「Spatial時代のサービスデザイン」と聞くと、思わず全く新しいデザイン手法があると勘違いするかもしれないがそうではない。

一番下の戦略レイヤーからアイデアの解像度を上げていく。順番としては「ユーザーゴール」「機能とコンテンツ」「ユーザーインタラクション」「各種機能の配置及びナビゲーション」「見た目や感じ方などのユーザー体験」でデザインをしていく。本ワークショップでは最後のユーザー体験デザイン以外のステップをこなしていった。

ここで既存手法と唯一違ってくるのが3つ目の「ユーザーインタラクション」と4つ目の「配置及びナビゲーション」のデザインである。私たちが使っているパソコンやスマートフォンは閉じられた世界、平面でのデザインをする必要しかなかった。しかしSpatial時代では空間すべてを利用する。

空間デザインを巧みに行うための専用のデザインツールを使う必要がある。そこで利用するのが「Reality Sequence」と「Reality Sketch」の2つのフレームワークだ。

Reality Sequenceはユーザーがサービスを利用する各シーン毎に体験を定義するデザインツール。

シーン別にユーザーがどのような情報に触れ、次のシーンにどのようなインタラクションをして進むのかを明示する。1つ1つのシーンをつなぎ合わせることでSpatialサービス体験が初めて定義される。今回のワークショップのゴールは、このReality Sequenceを作り終えて発表することであった。

時間の都合上触れることはなかったが、最終的にReality Sequenceに落とし込んだユーザー体験が、第三者視点でどのような空間で発生しているのかを書き出すのがReality Sketchである(詳細は「ARサービスにおけるワイヤーフレームのつくり方」や、「4つのキーワードから考えるARサービスのデザイン」の記事をご一読いただきたい)。

先述した2つのツールはSpatial時代のユーザーフロー設計をチームで共有することが大きな目的で作られたもの。Spatial時代であると限定されているが、小売やモビリティーを中心としたいわゆる「リアルビジネス」を行うスタートアップは十分に活用できるツールであると感じる。

Airbnbではユーザーストーリーをシーン毎に描き、その中で最もユーザーが感動するシーン「Moment of Truth」を定義している。このメソッドに通用するデザイン手法であると感じた。ちなみにAirbnbはユーザーがホスト宅の玄関扉を開けた瞬間の出迎えシーンをユーザー体験のピークであるとしている。

Reality Sequenceを作るために最初に行うのが「ユーザー課題」と「解決策」、「最終的にユーザーがどうなったのかを表すハッピーな状態」の3点。いきなり解決策は想像しづらいため、まずは課題とハッピーな状態を先に書き出してから、解決策を2ステップに分けて描く。合計4つのシーンに沿ってアイデアの土台を作る。

全員が1分ほどで自分のアイデアを発表したのち、「課題が明確」「解決策およびユーザーメリットが妥当である」という基準でシーン毎に投票していく。最終的に高い得点のシーンをつなぎ合わせてユーザー体験のシナリオを作っていく。

筆者のいたチームは「Spatial時代のSpotify」をお題にした。課題感として孤独を感じている人などのシーンが挙げられ、音楽を通じて家にいながらホログラム化した他者と交流・コラボレーションして心を満たすといったシチュエーション・アイデアが共有された。とにかく他人のアイデアを否定せず、量を出して発散させることが重要であったため、様々なアイデアが飛び交った。

一通り各メンバーによる発表が終わってから投票が始まる。投票結果を参考にしつつ、4つのシーンを暫定的に定義する。この際、シーンの流れがバラバラであっても構わない。とりあえずユーザー像をうっすらと決めてしまう。

スタートアップを始めたい人で、最初のユーザーを探し当てるためにアイデアをいろんな人に聞きながら探っている手法をとっている人を見かける。もちろん間違いではないだろうが、短時間にユーザーを定義してしまってからユーザー探索に出かけるほうが効率的かもしれないと感じたワークであった。

次のワークでは、一旦定義した4つのシーンに基づいて必須機能を洗い出す。ここで重要となるのが「ユーザーは〇〇ができる」というように、ユーザー主語で機能をブレストしていくことにある。機能を考えていくと、どうしても技術的な視点で考えてアイデアが限定されてしまい、突飛なアイデアが出づらくなってしまう場合もあるので、ユーザーメリットを軸に機能を考えていく。

このワークでも最終的に投票で機能を絞り込んでいく。ここまで来るとサービスの全体像がうっすらと見えてくる。どのシーンでどんな機能を提供して、ユーザーはどのようなことができるのかがチーム全員で理解できる段階にやってくる。

今回はラフな機能定義で終わったが、本来はシーン毎に「ユーザー心理/欲求」「具体的な行動」の2つを定義。それに基づいて機能アイデアを出し合い、優先度をつけてアップデートする度に高い優先度の機能から実装していく手法を採る。

 

ここまで約90分ほどの時間を費やして「ユーザーゴール」「機能とコンテンツ」の定義づけが終わった。最後は前述したReality Sequenceを描いていく。各メンバーが1つのシーンを描き、一つにつなぎ合わせて空間上で行われるユーザーインタラクションの意識を合わせていく。

描写をする際に最も難しい点が具体的なシチュエーションを選び出すところだ。ざっくりとしたユーザー課題や解決策、必要な機能を洗い出したが、どのような現実のシチュエーションで使うかは詰めきれていない。ここを各メンバーが思い浮かべながら行うことになる。

実際にスタートアップの現場で同じ手法を試す場合は、ここでいくつかのUsed Caseをブレスト形式で複数作り上げ、最も利用頻度の高いシナリオに沿ってサービスデザインを昇華させていくことになるだろう。

筆者のチームでは「1. AR/MRグラス越しに生活情報を自動で解析」「2. ユーザーの今の気分がオーラ色として体を覆うように表示される」「3. 色に応じた音楽プレイリスト空間を選択」「4. 選択したARソーシャル空間に没入しながらARアバターとして登場する他人と一緒に音楽を楽しめる」といったSpatial時代のSpotifyアイデアを突貫で作り切った。ターゲットは仕事場で疲れて帰ってきて、自宅で誰かと音楽を楽しみたいサラリーマンと暫定で定義した。

選ばれた班の発表が終わると同時にワークショップはラップアップへ。最後にモデレーターの梶谷氏からSpatial時代におけるデザイン思考の重要性が語られた。

Spatial時代はこれからやってくる5〜10年後の世界であることは間違いない。だからといって、現在使われているデザインフレームワークが使えないというわけでは全くない。空間体験をデザインしきるには様々なアプローチが必要。そこで適切なデザインメソッドを使いながら具体化させていく必要性を共有された。こうした考えを総じて「Spatial Experience Design」と呼ぶとのこと。

プレゼンはここまでで終わったが、梶谷氏が執筆した各ブログ記事の要素はサービスデザインにおいて大切なので付け加えておきたい。

ワークショップを通じて1つのアイデアを形作ったが、事業に落とし込む際にはさらに2つの基準でアイデアを選択・磨き上げる必要が出てくるという。それはサービス自体の価値を示す「意義」と、ARである必要性を問う「意味」である。この点は「ARサービスのコンセプトデザイン | 意義と意味のデザインについて」の記事に詳しく載っている。

意義の有無を確かめるには従来のサービス開発の手法とさほど変わらない。ユーザー課題と、それに対する適切なソリューションの提供、ビジネスモデルとして成立するかなどの基本要素を満たせるかが評価要素となる。

基本的にビジネスモデルを成り立たせるためのUnit Economicsなどの指標はユーザーが集まってからでないと測れないため、立ち上げ当初はユーザー課題探索がメインとなるだろう。この点は関連記事「ARサービスを0から企画・開発していく際のチェックシート」が役立つため参考にすると良いだろう。

意味に関しては、ARだからこそできる要素に注目すると良い。具体的には5つの「超越」と梶谷氏は定義する。「O/Oの超越」「知覚の超越」「距離の超越」「 時間の超越」「規模の超越」が挙げられる。

平たく言えば空間とのインタラクションができるようになった世界で、既存の概念がどのように変わるかを考えると意味の有無を確認できるだろう。各定義の詳細や考え方は「スマホの次の波であるARの本質的インパクト」や「未来から逆算するアイデア」の記事に書かれている。

ここまでARサービスデザインのフローを説明してきた。個人的には荒削りながらもサービスアイデアを短時間で完成させるまでに至るまでのメソッドを知れて非常に満足のいくイベントであった。核となるサービスデザイン思考はAR市場以外のスタートアップも十分に取り入れるだろうとも感じた。チームの士気を上げ、効率的に、かつ前向きにサービス開発を行っていく雰囲気をここまで説明したやり方をなぞれば再現できるはずなので、ぜひ挑戦してもらいたいと思う。

本ワークショップのスライドはこちらに、ARサービスデザイン手法をより網羅的に知りたい方は「ARにおけるサービスデザイン完全解説」の記事を参考にしていただきたい。

※情報開示:筆者は登壇者である梶谷氏のスタートアップ「MESON」と業務において契約関係にあります。なお、本記事執筆にあたり一切の金銭授与はありません。

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