新会社「価格自由」は“共感ビジネス”を生み出すーー 急成長するグロース手法「3つの共感」を考察する

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ピックアップ: 1カ月で2億円以上の課金実績ーー自由課金システムの価格自由、光本勇介氏と幻冬舎が新会社設立

ニュースサマリ:9月13日、幻冬舎と「CASH」「TRAVEL Now」を手がけた起業家の光本勇介氏は、出版物を中心に新たな課金システムを提供する企業「価格自由」を共同設立したことを公表した。取締役会長には幻冬舎の見城徹氏、共同代表取締役として光本勇介氏と編集者の箕輪厚介氏が就任するという。

価格自由の提供する新課金システムは、消費者が出版物に対して自分の好きな金額を自分で決めて課金できるシステム。出版物に掲載されるQRコードをスマートフォンなどで読み取って決済する。

ビジネスモデルについては、ユーザーが課金した金額は価格自由が手数料を差し引いて出版社と著者に分配される仕組みになっている。なお、手数料について光本氏に確認したところ、現在検討中とのこと。

3つの共感手法

話題のポイント:価格自由のビジネスは顧客との信頼関係を表す「共感」を軸にしたサービスを社会に広めると考えます。

従来、出版物の印刷費用、人件費、流通マージンなどのあらかじめ決まったコスト構造から算出される価格。この点を顧客に任せるということは価格決定プロセスが完全にブラックボックスになることを意味します。コンテンツ満足度、クリエイター支援などの定性的な要因が絡んできます。

顧客の心理によって多分に左右される価格設定プロセス。利用企業の懸念点は無料で商品を手渡してしまう最悪のシナリオでしょう。しかし「共感」によってこのシナリオを回避し、売上最大化を図れる可能性も出てきます。顧客からの信頼性や納得感をいかに引き出すかによってある程度価格設定を最大化できると考えられます。

筆者は“共感ビジネス”と呼んでいますが、このビジネスには3つのタイプがあります。

ここからは欧米スタートアップを挙げながら“共感ビジネス”の事例を説明しつつ、価格自由が社会に提供する価値や、同社の初期のターゲット利用企業である出版社が考えていくべきマーケティング手法を紐解いていきたいと思います。

損を感じさせない“コミュニティ共感”

1つ目が同じ考えを持つ顧客同士を繋ぎ、コミュニティ化する手法です。コミュニティ化させることで離脱率を低くし、LTVを最大化させる考えです。

最たる例がAIを用いた家財保険スタートアップ「Lemonade」。2015年にニューヨークで創業し、累計調達額は4.8億ドル。Softbank Vision Fundも出資しています。LemonadeはAIを使って最短90秒で申請可能な月額5ドル〜の低価格な家財保険サービスを提供しています。

従来の保険会社は顧客から徴収した保険料をそのままプーリング、そこから顧客へ保険料を支払い、残ったプーリング金額がそのまま保険会社の収益となる仕組みでした。

しかし旧来の仕組みでは保険会社が収益率を高く保つため、なるべく請求された保険料を低く見積もる行為が横行。これではせっかく保険に加入をしていても、必要な金額が顧客へ支払われないリスクが伴います。

そこでLemonadeは家財保険料の20%を手数料として徴収する定額収益モデルを採用。ユーザーから集めた余保険料の内、保険請求に利用されなかったプーリング金は顧客がLemonade加入時に選択した社会保全活動に寄付されるチャリティーの仕組みを導入。

こうすることで、消費者に最大限の保険料が支払われると同時に、チャリティー活動へ参加するきっかけ作りにもなります。ミレニアル世代の社会保全活動への高いモチベーションを背景に、保険会社の収益構造を変革したのがLemonadeなのです。

Lemonadeの巧みな点は顧客に「損をしている!」という感情を持たせない仕組みにあります。他の顧客より比較的高い保険料を月額で支払っている人でも、手数料を差し引かれた80%相当の支払額の一部が自分の興味のある社会活動に回っているのであれば悪い気はしないはず。

これまでなかなか参加できなかった社会コミュニティへ間接的に参加する活動費を保険料と一緒に払っている感覚を持つことができます。

価格自由を利用する出版企業も、Lemonade同様に顧客に損得感情を持たせない「コミュニティ共感」を用いることで支払額を一定以上確保できるかもしれません。

たとえば出版社や作者には一定率の収益だけが入るだけにして、残った売上金は印刷に必要な資源を守るために森林資源への貢献や、販売書店の地域活動への貢献活動への寄付を選べるようにする導線を引いておくことが考えられます。商材が保険とは全く違うため上手くいくかはわかりませんが、顧客の支払い金額に公平を期すための仕組みになることは間違い無いでしょう。

製品の想いを伝える“ストーリー共感”

2つ目が製品ストーリーを伝える手法。この分野では「Cotopaxi (コトパクシ)」が代表的な事例です。

Cotopaxiはアウトドア用のバッグやジャケットを作っているスタートアップ。L.L.BeanやPatagoniaに代表される大手競合他社と戦いながらも2,200万ドル調達に成功しており、高いブランド力で盤石な人気を博しています。

Cotopaxiの事例で最も注目すべきはミニレアル顧客獲得戦略に体験イベント「Questival」を主催している点です。同イベントは24時間アウドドア体験レース。参加者はチームメンバーと一緒に約100個ほどのアドベンチャー項目(滝壺にジャンプや、焚き火など)の中からなるべく多くの体験を時間内にこなしてポイントを競います。

ここで特徴的なのは参加者全員に自社ブランド製品を配布し、製品を最も使って欲しいアウトドア・シチュエーションを体験させる導線を作っている点です。製品の良さやブランドストーリーをイベントを通じて体験させています。

出版業界にCotopaxiの手法を当てはめてみましょう。たとえば作者との交流会を開き、本の企画構想から出版までのストーリーを聞くことで価格決定させるフローが考えられそうです。これまでは本を先に購入する必要がありましたが、先に本を読み・イベントでストーリーを聞いてから価格決定をする流れができそうです。

これは消費者にとって自分にあった商品にだけお金を支払うリスクヘッジにも繋がるだけでなく、作者にとって自分の作風を知ってもらってから購入してもらうため、高い確率で次回作も購入してくれるコアファン獲得に繋がる手法になり得るかもしれません。

商品とストーリー体験の両方を満足させてから料金を支払う仕組みを価格自由は提供できるはずです。

価格内訳を示す“トランスペアレント共感”

価格自由の事業アイデアの基となったと言っても過言ではないであろう手法が 、最後に紹介する顧客の納得感を独自の料金設定で計測するやり方です。その最先鋒がアパレルスタートアップ「Everlane」。2010年にサンフランシスコで創業され現在シリーズD(調達額は不明)。

Everlaneは最近日本でも話題のD2Cを事業軸に急成長を遂げた企業。中間業者を省き、自社企画の商品をメーカー直送で販売するモデルを導入した代表企業です。

従来タブー視されていた製造過程やサプライチェーン全ての工程で必要なコストを開示。どのようなロジックに基づいて最終的な価格決定がされているのか内訳を公開。販売する洋服の原価から輸送コストまで、価格を透明化させることで顧客に安心感と納得感を提供することに成功しました。

Everlaneの興味深い施策はもう1つあります。最低価格は設定してありますが、その他に2つの価格帯を設定することにしたのです。

「最低価格では原価回収のみ」「中間価格帯では製造工場員へのリターンが発生」「最高価格ではリターンのみならず新規製品開発費へ貢献できます」と、それぞれメッセージを添えて顧客に価格設定の決定権を委ねました。

このように価格決定プロセスを通じて、顧客自身がEverlaneの経営に参入できる実感を提供できる工夫を施しました。これは商品の製造コストをさらけ出すマーケティング手法を用いたからこそできる施策です。

さて、価格自由はEverlaneが導入した価格設定の仕組みを業界問わず広められる、言い換えれば「民主化」するサービスと言えます。QRコードを通じて仕組みを提供することから、オンライン・オフライン問わずあらゆるチャネルに広く価格設定の機能を仕込めます。

課題となるのは単に価格を設定できる一機能と認識されてしまうかもしれない点。単なる価格設定機能と企業に認識されてしまっては提供価値が広まりません。

価格設定をする上で利用企業が顧客と“共感”で繋がることができ、長期的なコミュニケーションを図れるブランディングメリットを訴求する必要があると感じます。そこで今回紹介した3つの“共感”に代表される手法を市場に認知させることで価格自由の提供価値を最大化させられると考えられます。

いずれにせよ、世界的に見てもほとんど類を見ない事業領域に着手しようとしているのが価格自由。今後、利用企業がどのように価格の自由設定サービスを活用するかに非常に興味が湧きます。引き続き注目していきたいと思います。

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