本記事では、前半にインドのフィンテック市場の急成長について、その背景とデータを基に概観し、後半は実際に3カ月インドのバンガロールに滞在した経験を通し感じたことについて書いてみたいと思います。
インドで何が起きているのか、どれくらいの成長規模・スピード感で、どんなスタートアップが存在しているのか、また現実的にローカル経済にどんな影響を及ぼしているのか、について知ってもらえたら嬉しいです。
インドという国と市場について
まずはインド市場の紹介から。インドは世界最後の超大国と言われる国家であり、その人口は数年内に中国を追い抜き世界トップに躍り出ると予測されています。2018年時点での人口は13億人で(日本の10倍以上)、2050年には17億人に達すると予測されています。
これまでのインドは、バンガロールが海外IT企業の開発拠点として大きく成長したり、インド工科大学の卒業生がGAFAMなどの巨大IT企業の役員になるといった実績から、IT業界から注目を集めてきました。
しかし現在はそれだけではなく、こうした成功で蓄積した資本・技術・人材の土壌を基に、スタートアップ支援や国家のさらなるIT化を推し進めており、凄まじい勢いでIT経済を成長させています。
インドのフィンテック市場概観
ここではデータを参考にしながらフィンテック市場の現況を概観していきます。MEDICI社のレポートによれば、フィンテック分野には2000社を超えるスタートアップが存在すると推定されています。分野ごとのスタートアップの数は下記画像が参考になりますが、ペイメントとレンディング、投資・資産運用領域が多くを占めています。
下記のグラフは、2013年ー2018年のインド・フィンテック市場の投資動向を表しているものです。投資額・売却数は時期によりばらつきは見られますが、着実に上昇しており、前年の2018年は両指標共に最高実績をマークしていることが分かります。
また、先日CB Insightが公開したリサーチ・レポート「Global Fintech Report Q3 2019」によれば、2019年第3四半期におけるインドのフィンテック市場の合計調達額は6億7,000万ドルであったのに対し、中国は6億6,000万ドルと、初めて調達額規模でインドが中国を追い越し話題になりました。
「金融包摂」というスローガン
決済やレンディング市場、保険市場など含め、インドからは欧米に次ぐ勢いで、続々とユニコーン企業が誕生しています。ただ、インドと欧米のフィンテック・スタートアップの違いとして、インド発のサービスが「金融包摂(Financial Inclusion)」というスローガンを共有している特徴が挙げられます。
金融包摂とは、未だ金融サービスにアクセスすることができていない人々に対し、金融機会を提供することを意味します。銀行サービスを中心に金融インフラが整っていないインドでは、それらを補う形で、決済・融資・資産運用・保険系のスタートアップが登場しています。
銀行の代替・補完という意味では、特にレンディング領域での成長が顕著で、機械学習による与信審査を行い、銀行からの消費者・中小事業者向け融資を補助するようなスタートアップが数多く登場し、多額の資金調達を行なっています。
<参考記事>
- インドで爆伸びする零細向ローン「Lendingkart」ーー5年で累計調達額が1.7億ドル(180億円)に
- インド発・アプリ操作可能な高機能クレジットカード「StashFin」、ローンの申請から返済まで全てモバイル化
- 急成長の秘密は「審査方法」にアリーーインドの中小企業向けローン「Indifi」が2000万ドルを調達
実際、DCGのレポートによれば、デジタルレンディングは今後も急速に成長していくと予測されており、2018年に23%であったレンディング市場に占めるデジタル・レンディングの割合は、2023年には48%まで成長するとされています。
実際に肌で感じたインドのフィンテック市場観
さて、ここまでは筆者自身がインドに行く前に既に調べていた内容でしたが、以下からは、実際にインドに訪れてから気付いたことをメインに書いていきます。ちなみに筆者が訪れたのは「インドのシリコンバレー」と呼ばれるIT都市バンガロールです。
思ったよりキャッシュレス化してはいない
まず第一に、「思ったよりキャッシュレス化していない」という印象を持ったことを覚えています。具体的にはキャッシュレスのことで、ショッピング・モールやチェーン展開してるレストランやカフェではカードやモバイルペイメントが使えても、現金を使う人は大勢いるし、ローカルな商店では、たとえばQRコードがあっても感覚的に9割以上が現金決済でした。
事前リサーチで、インド市場シェア1位のモバイル・ペイメント「PayTm」のユーザー数が4億人と聞いていて、その他にも中央銀行「UPI」による統一ペイメント・インフラについて大きく感銘を受けていたため、少し過剰に期待し過ぎてしまったかもしれません。ユーザーの母数も大きく普及スピードも早いので時間が解決する問題だとは思いますが、インドはまだまだ格差があり、貧困層ほど現金信仰が顕著であることが、ローカル経済が未だ現金主流である理由だと感じました。
格差に関してもう一つ言うと、インドの急成長しているフィンテック・サービスの中には、銀行口座がなかったり、クレジット・スコアが一定以下の人は利用ができないサービスがあったりします。金融包摂を標榜しているサービス中心とは言え、テクノロジーだけでは救えない格差や貧困があると、強く実感させられました。
<参考記事>
人口1000万人程度のバンガロールで上述のような状態であったため、それ以下の都市や地方経済では、さらにデジタル化率は低く、未だ現金中心の経済が残っているのだと予想できます。
デジタル決済市場は、既にGAFAと中国二大テック企業の寡占である
現地にいった後、インドの決済市場は既に世界最大のテックジャイアントの寡占なのだなと痛感するに至りました。まずGAFAと呼ばれるネットジャイアントのうち、Google Pay・Amazon Pay・WhatsApp Pay(他Libra)といったサービスが市場へ既に参入または参入予定しています。
<参考記事>
モバイル決済に関しては、先述した「PayTm」にはアリババ(及びアント・ファイナンシャル)がついており、その次に主流な「PhonePe」を運営するEコマース企業「Flipkart」にはテンセントの資本が入っています。
現地のオートリキシャー(小型タクシー)や商店の中には、上述の各モバイルペイメント・サービスのQRコードが沢山貼ってありました。
Facebook傘下のWhatsAppは現在インド市場シェア1位のSNSで、WhatsApp Payのローンチを予定しており、FacebookのLibraは、実現可能性はさておき、インドを有力な市場と判断しています。
訪れるまでは、インドのフィンテック市場は未開拓地域(フロンティア)であるかのようなイメージを持っていました。しかし実際はそうではなく、世界のネットジャイアントらの市場競争が既に始まっていて、そのスピード感にはとても驚かされました。
さて、以上2つが最も印象に残ったことです。改めて振り返ると、インド市場には魅力的なフィンテック・サービスが多くあると感じています。
今回調べた範囲だけでは、気になる事例を全て書ききれないので、こちらの別記事(後日リリースの『途上国向けスタートアップ3つのまとめ』)にまとめましたのでぜひ読んでみてください。調べれば調べるほど興味深いモデルやスケールが桁違いのフィンテック・スタートアップを発見できます。インド×フィンテックに関心のある方は、ぜひ色々調べてみることをお勧めします。
日本国内にもインドのフィンテック市場に関心を持ち始めている投資家や起業家の方は少なくないと思います。そんな方がフィンテック市場を学ぶび始める最初の一歩として、何か当記事から学んでいただけることがあれば幸いです。これからも、インド市場の成長に注目していきたいと思います。
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