次の「10年パラダイムシフト」を探る旅、投資家たちが語るスタートアップ・2030(4:シンギュラリティ)

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people celebrates holi festival
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(前回からのつづき)次のパラダイムシフトはどこに起こるのか。

各業界でこまやかにデジタル化が進んだ社会では、人とAIが役割の分担を明確にする。より個性や多様性を尊重する時代になり、人種や性別・障がい、地方といったギャップを超えるためのテクノロジーの必要性が高まる。伴って資本の考え方も変化し、一見すると経済合理性に乏しい社会的な貢献事業にも新たな道が開かれる。

最終回となる本稿では「人の次」について言及したキャピタリストたちの声に耳を傾け、探る旅の締めくくりとしたい。

シンギュラリティがやってくる

2005年に記されたレイ・カーツワイル氏の著書「THE SINGULARITY IS NEAR: When Humans Transcend Biology(邦題:シンギュラリティは近い・ポストヒューマン誕生/NHK出版)」はテクノロジー信奉者にとってある意味「預言書」と言うべき一冊だ。著書の中でカーツワイル氏は2030年をこう表現している。

VRの世界では、われわれはひとつの人格に縛られなくなる。外見を変えて事実上他の人間になれるからだ。肉体(現実世界の)を変えることなく、三次元のヴァーチャル環境に投影される体を簡単に変えられる。複数の相手向けに、同時に複数の異なる体を選ぶこともできる。だから、両親から見るあなたと、ガールフレンドがにが複接するあなたが別人ということもありうる。(中略)恋愛中の二人はなりたい姿になれるし、相手になることもで きる。こうした決定はすべて簡単に変えられるのだ(引用:シンギュラリティは近い・ポストヒューマン誕生)

YJキャピタルの堀新一郎氏もこの世界観の到来を心待ちにしている一人のようだ。

2014年に上映された映画「トランセンデンス」で注目を浴びるようになったシンギュラリティ。シンギュラリティ(Singularity)とは、未来学上の概念であり、人工知能自身の「自己フィードバックで改良、高度化した技術や知能」が、「人類に代わって文明の進歩の主役」になる時点(Wikipedia抜粋)のことです。

モバイル、IoTがデータのタッチポイントを増やし、クラウドコンピューティングがデータの格納に革命を起こしました。溜まったデータを解析・学習し、最適解を出すAI Techが2019年はメジャーになりました。これからの10年はAIの先に求められるサービスが主役になると思います。

シンギュラリティ時代に求められるのは仕事と遊びの再定義でしょうか。 仕事はオフィスに行かなくてもどこでも出来るようになります。小売店舗の店員はほとんどがロボット化され、デリバリーもドローンやロボットがやってくれるようになります。

オフィスは物理的空間からバーチャル空間に移行し、リモートワークはもっと加速していきます。チャットボットに代表される自動応答は2019年現在は無機質ですが、ユーモアを言ったりしてもっと人間味が出てくるようになるでしょう。ANRIが出資する「株式会社わたしは」は、そういった時代を見据えた言語処理を先んじて開発しています。

エンターテイメントも2018年に上映された「レディ・プレイヤー・ワン」のように、仮想空間で人々が交流する流れが一気に加速します。弊社の出資先でもあるミラティブのように、スマホの中でゲームやカラオケといったリッチコンテンツを楽しむ世界がより加速しします。gumiの出資先の「よむネコ」はVR空間の対戦ゲームを開発しており、ゲーム内アイテムをブロックチェーンで取引する世界観を目指していると聞いています。

グローバルの視点では、オンラインにおける米中戦争が加速化していくと予想しています。つまり、これからの戦いはFacebookやWeChat・Tiktokといったアプリケーションレイヤーにとどまらず、LibraやFusion Bankといった仮想銀行・仮想通貨の覇権争いが本格化するわけです。こういった戦いに対して、日本の政府や企業がどういった姿勢で対抗・調和を図っていくのかとても注目しています。そういった背景から、ゴールドラッシュ時代のツルハシ屋・ジーンズ屋に大きなビジネスチャンスがあると思います。

2000年に登場した3Gから約20年、2020年に5G元年を迎えます。ハイレゾのコンテンツがリアルタイムで飛び交い、仮想空間はVR・ARといった技術でさらなる進化を遂げる。スマホの次のデバイス、オンライン上で資産を管理するためにブロックチェーンが重要な役割を果たしていく。全てが自動化していく中で、人間らしさやアート、ユーモア、幸せといったものの価値が重要となってくるのでしょうか。思いっきり夢想しながら、全ての領域を見逃さずウォッチしていきます(笑)。

これからの10年も忙しくなりそうです【シンギュラリティ時代の到来に向けて】

(動画:Mirrativはアバターを纏って第三空間に居場所を作ることができる)

カーツワイル氏の著書で語られるポスト・ヒューマン論の興味深い点は、端末的なデバイス、コンピューティングの進化だけでなく、これらを極めて高い次元で人体と融合させようと試みていることだろう。

あなたが本物の現実世界を体験したいと思うときには、ナノボットは今いる場所(毛細血管の中)を動かずなにもしない。VRの世界に入りたいと思えば、ナノボットは五感をとおして入ってくる現実世界の情報をすべて抑制し、ヴァーチャル環境に適した信号に置き換える。脳はこれらの信号をその肉体が体験したものであるかのように捉える。(中略)そのようなヴァーチャルな場所を訪れ、 シミュレートされた人間ばかりでなく、本物の人間(もちろん、突きつめれば、両者に明確な違いはない)を相手に、ビジネスの交渉から官能的な出会いまで、さまざまな関わりをもつことができる(引用:シンギュラリティは近い・ポストヒューマン誕生)。

STRIVEの堤達生氏は、2020年代がこの「トランスヒューマン時代」に向けた準備の10年になると考えている。

10年前の2010年から今日まで、新しいものは実はそれほど多くは出ていないのではないかと思います。2000年代の10年間の方がスマホとソーシャルとクラウドが生まれ、変化という意味でのインパクトは大きかったです。2010年代は2000年代に生まれたものが進化と深化をし、そして拡張した10年でした。

では、2020年代の10年間はどんな時代になるのか。一言で表現すると「トランスヒューマンの時代に向けた10年間になる」。

AIやブロックチェーン、MR等の進化に加えて生命科学の発展に伴い、テクノロジー的には、従来の人間を大幅にアップデートする、すなわち「トランスヒューマン」の誕生の時代になるのではないか思っています。

つまり2020年代の10年間は、人間の記憶、判断、予測というものをテクノロジーがサポートしていくのはこれまで通りの流れだが、身体的にも古いパーツは取り換えて、よりバージョンアップしていくようになります。従来なら病気やケガで諦めていたものを新しいパーツに取り換えて、コンプレックスに感じていたものを自分の理想に近づけるようにこれまた取り換えていく。

こういうことが、時間をかけながら抵抗感なく受け入れられる、そういう時代に向けての10年間になるのではないでしょうか。

この時代感をベースに、投資家としてはこれまで以上に生命科学の領域におけるコアになるテクノロジーやそれに基づく、健康・美容系のサービスに加え、逆に人間の精神性は急には変らないため、それらをサポートするようなコーチングやマインドフルなサービスにも着目しています【2020年代の幕開け】

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C2C領域はさらにバーティカルが進む(月次流通は50%成長に拡大、スニーカー売買のモノカブがXTech Venturesなどから2.2億円を調達

W venturesの東明宏氏もまた人体の拡張について注目するとしていた。

人生の多様化を支援/促進するサービスについては、そもそも人間の寿命を長くする(永続化させる)技術、人間の身体を拡張する技術/世界観等、根元の部分(技術)から、余暇を楽しくするサービスまで、幅広く注目していきたいと思っています。XR領域の離陸による新たなコミュニケーション/エンターテイメントのイノベーションにはW venturesとしても積極的に投資し、一緒に未来を作っていきたいです。

人々の多様な価値観に対応したサービスとしては、趣味性の高い領域でスニーカーのC2C「モノカブ」、ヘルスケア領域で美容医療の口コミサイトの「トリビュー」、食領域でおやつのサブスクリプション「snaq.me」、スポーツ領域でランニングのバーティカルコミュニティ「Runtrip」等の投資先が伸びています。また、人々の価値観の変容に、既存の巨大コミュニケーションサービスが応えきれなくなってきているなとも感じており、でっかいコミュニケーションサービスの新たな出現にも期待しています【リアル世界の分散とバーチャル世界の融合、マルチアイデンティティ時代の本格到来】

この世界観は決してSci-Fiの中だけではない、ということはみなさんもご存知のはずだ。Googleが「量子超越性」の実証に成功した、という話題はムーアの法則には続きがあることを示唆しているし、イーロン・マスク氏は脳とマシンを実際につなげるプロジェクト「Neuralink」を公表している。

やや広い範囲で発生する「人類の拡張」が最初のステップになるとしたのは、伊藤忠テクノロジーベンチャーズの小川剛氏。

2020年から2030年にかけてロボットやAIがビジネスの実装の段階に入り、人間の仕事を奪うのではなくアシストし、人間の能力と仕事が広い意味で様々に拡張していることが「実感」できるサービスを提供出来る会社が注目されるでしょう。単にARで視覚が拡張しているという単純な世界観ではなく、実際に仕事が劇的に効率化したり早くなる「あー俺って拡張してる(笑」って凄さを提供できる感じですね。ロボットもAIも各ビジネスに実装して使えてナンボの世界になるかと思います。

R2-D2的にサポートしてくれるものから、広義で考えてソフトウェアで超効率化的なSuperhuman, PathAIなどもAugmentationの範疇に入る現時点の注目企業かと思います。2030年までに量子コンピュータが実装されると化学計算など特定用途は異次元で早くなり超効率化するのではないでしょうか【「Augmentation 」が継続して起こる】

ポスト・ヒューマン論は尽きることないが、その一方で距離感が掴みづらいのも確かだろう。そこで最後にもう少し距離の近い視点を2つほど紹介したい。まずはセキュリティだ。今回、実は意外にもあまりこのテーマを挙げた投資家が多くなかった。しかし、社会の多くがデータ化される時代、プライバシーの問題は更に注目を集めることになる。

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隠れた黒船・ピーターティール氏のPalantir社

これについて指摘したのがANRIの鮫島昌弘氏だ。

日本の大企業は従来オンプレミスな環境で閉じた環境下でしたが、今後はDX化やSaaSの活用に伴いサイバー攻撃によるセキュリティインシデントが急増し、セキュリティーへのニーズが高まると予想します。実際に、現在の日本でのサイバーセキュリテイーのインシデント一位は電子メール、FAX等の誤送信・誤発送等のヒューマンエラーが1位ですが、米国ではDos/DDoS攻撃やwebアプリケーションの脆弱性を悪用した攻撃が上位に挙がっています(NRIセキュアテクノロジーズ社の調査結果等)

具体的には、クライアント企業のインターネットに接続している全ての機器やクラウドベンダーを一元的に管理するExpanse社(FoundersFund、ピーター・ティール氏も出資)、IoT機器の増加に伴うネットワーク拡大に対応する形でのボットネット対策を行うPerimeterX社やクラウド型WAFを提供するSignal Sciences社等をベンチマークとして、日本でサイバーセキュリティーのスタートアップに1000社投資したいと考えてます。

また、日本進出を発表した、ピーター・ティール氏率いるPalantir社の動向には引き続き注目しています【日本の大企業のDX化に伴うサイバーセキュリティベンチャーの勃興】

もう一つが「クラウドの次」になる。計算と容量というシンプルなネットワークは徐々に性格を帯び始め、人類にとって役立つサービスを提供する労働力となる。IDATEN Venturesの足立健太氏はその世界がさらに重層化すると予想した。

人類はこれまで多種多様な自動化を実現してきました。

古くは、牛や馬といった「動物の力による自動化」(農作業や運搬など)、水や風といった「天然に存在する自然の力による自動化」(何人がかりでやるような重労働など)、さらに「蒸気・電気・磁気といった自然の力を増幅・制御することによる自動化」(産業革命)です。家庭レベル(家電など)から国家レベル(発電所など)に至るまで、実に様々です。

そして人類は、自動化されて浮いた時間を持て余すことなく、その時間を使って研究開発を続け、新たな技術を生み出し続けています。その最たる例が、20世紀末から一気に台頭してきたIT技術でしょう。IT技術により、人類はこれまでの肉体労働中心の自動化から、知識労働の自動化へも足を踏み出しました。

IT技術が登場した当初は、主に情報のやり取りを自動化する領域(ウェブブラウザや電子メールなど)が中心でしたが、IT技術の恩恵を顕在化させる情報処理端末がメインフレームからデスクトップPC、ラップトップPC、そしてスマートフォンへと、どんどんエンドユーザー(情報発信源)に近づき、両者の接触が常態化することで自動的に情報のやり取りが可能な範囲が拡がり、日常生活の多くがIT技術によって自動化・ディスラプトされてきました。

ただ、もちろん、まだまだ自動化され切っていない領域は残されています。2020年代は、そういった「残された自動化の金脈探し」をする人類の旅が続くと予想しています。

自動運転からRPAまで、実に様々な自動化の概念が顕在化した2010年代後半ですが、例えばIoTや脳チップといった概念を筆頭に、まだまだ情報の処理端末と発信源の接触拡大が続いており、そこから発生する自動化の可能性にいち早く気づき、事業化した企業が今後数年は、そのポジションをリードすることになるでしょう。

正直、現時点でどの企業がどの分野でリードするか分かりませんが、こういう時にあって注目している企業群の一つが、大量のデータ処理を容易に行えるようにする技術を展開している企業です。例えるなら、ゴールドラッシュの時代のツルハシ屋さんやジーンズ屋さんです。

IDATEN Venturesの出資先でいいますと、ニュージーランドのNyriadや、日本の情報システム総研、シマントがこれにあたります。

さて2020年代後半ともなると、リアル世界・サイバー世界を問わず、上記の流れを受けて、多くの自動化を実現するツール、いわばロボットが誕生していることでしょう。すると、そういったロボットを自由に使いこなすロボマス(ロボットマスター)による起業が本格化してくると予想します。

AWSのようなクラウドサービスがIT技術による起業ハードルを著しく下げたアナロジーで、上記のロボットは事業推進ハードルを著しく下げます。なぜなら、そうしたロボットを複数組み合わせ、駆使することで、24時間休むことなく非常に早いスピードでPDCAを回し続けることができるようになるからです。結果、超速で成長するスタートアップがいくつも誕生してくるでしょう。これが「ロボマス起業家によるスタートアップの超速化」です。

ロボマス起業家に求められるのは、多種多様なロボットを駆使する能力はもちろん、人々が思いもよらないようなアイデアを描く想像力、そしてそれを真っ先に実行に移す行動力になると思います。起業コスト・事業推進コストが低下し、そこで差別化がはかられにくくなってくるため、勝負の大きなポイントは、起業前のアイデア段階に移ってくるでしょう。

もしかしたら、人間の社員が0人で、いわゆるユニコーン企業を創り出す起業家も現れるかもしれません。VCとしても、特にシードVCにおいては、投資タイミングがどんどん前倒しされてくると思います。

2000年代、2010年代はIT技術を駆使できるITマスターが世界をリードしてきた側面がありますが、2020年代は、自動化を実現する各種ロボットを生み出す起業家と、それらロボットを駆使して事業を推進するロボマス起業家に着目です【『残された自動化の金脈探し」と「ロボマス起業家によるスタートアップの超速化」】

探る旅の終わりに

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Photo by Martin Damboldt on Pexels.com

4回に渡ってお届けした次のパラダイムシフトを探る旅、いかがだっただろうか。もちろん年末の企画ということも加味してリップサービス的なコメントや、ポジショントークもあったと思う。けど、ここで挙げた25名の投資家たちは数え切れないほどの起業家と対面し、自身も研鑽を積んだ人物ばかりだ。その言葉に嘘はない。

全体を通じて感じるのは「ポストiPhone」のようなエポックメイキングを求める声が少なくなったことだ。分かりやすいデバイス、スティーブ・ジョブズ氏のようなカリスマはメディアとしても言語化が容易だ。しかし今の時代、事はそこまでシンプルでなくなっている。

一人、今回の企画にあたってこんな声を寄せてくれた投資家がいた。

10年後の2030年、正直ここでまとめられることの7割は当たらないと思っています。たとえば今から約10年前の日本iPhone上陸の際、おそらく業界でも多くの人たちがここまでの普及を予想してなかったのではないでしょうか。なので、起業家(とそれを支援する私達投資家)は自分が信じる未来を作っていくことを意識し、こういう質問には10年後に絶対くる(ではなく来させる、が正解かもしれない)とポジショントークを続けていただければな、と思います。

弊社も僕も投資先が多いのでたくさん語りたい、語るべき未来がありますが、多すぎてスペースに入らないので省略します。個人的にはスタートアップ的には「人工知能搭載型人型ロボ『ヒューマギア』が様々な仕事をサポートする新時代 AIテクノロジー企業の若き社長が、人々の夢を守るため…今飛び立つ!」みたいなストーリーがあったらいいなと思っています。震える手抑え書きなぐる未来予想図でした!(TLMの木暮圭佑氏)

奇しくもスマホシフトが起こした情報化の波は、ステレオタイプな「右向け右」をダサいこととしてしまった。だからこそ彼が言うように、次に起こるパラダイムの波はとても曖昧で、でもいつの間にか世界を支配している、そういうものになるような気がしている。

この連載が次のスタートアップのヒントになれば幸いだ。

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