出世払い学校「Microverse」のビジネスモデルを紐解くーーお飾りの“卒業”を打ち壊すスタートアップ(後編)

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Image Credit: Microverse

前編で紹介した出世払い学校「Microverse」や「Lambda School」に代表される新しい教育モデルが登場した背景に、3つのトレンドが挙げられると考えます。具体的には「時代スキルの変化」「カリキュラム革命」「ビジネスモデル変革」の3つ。まずは「時代スキルの変化」から改めて説明しようと思います。

この記事を読まれている社会人の方で、上司や同僚から「それまずググってみた?」とフィードバックをもらった経験がある方は多いのではないでしょうか?

言い換えれば、あらゆる情報が検索して入手できる時代になった現代、大半の業界で日々新しい情報を手にしないと人材価値が保てません。常に情報を自分の中のインサイトとして昇華し、事業に高速で活かすアジャイルな人材が必要とされます。

つまり何かを暗記して引き出せる能力ではなく、日々流れてくる情報の中から必要なものを取捨選択して活かしきる能力が試されているわけです。この点、従来の大学では更新スピードの遅い情報しか載っていない教材しか扱われません。これではアジャイル人材に必要な最新の情報を自ら得るというスキルを獲得できません。

大学4年間の時間を費やして人材育成することを「Overeducate(育て過ぎ)」と揶揄することがありますが、まさにこれに該当します。情報スピードの早い社会に出てから0からアジャイル人材として育て上げる必要があるため、教科書ベースの教育をしても育て過ぎとなってしまいます。

ここから2つ目の「カリキュラム革命」に繋がります。

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Photo by Startup Stock Photos on Pexels.com

大学で使う教材は1年か数年に一度しかアップデートされないものが大半でしょう。しかし日々新しいビジネスアイデアや事業が誕生している現代では教科書の価値が非常に薄らいでいると感じます。たとえば経営学の教科書で不動産市場を一変させたWeWorkや、輸送市場を変革したUberのビジネスモデルを紹介できているものは少ないのではないでしょうか。

そこでインターネット上のコンテンツを編集して1つのカリキュラムにまで落とし込み、新たなコンセプトが登場するたびに更新されるスピードが求められているのです。

この点、新興教育スタートアップは柔軟に対応できるため、時代に即したソリューションを提供できるオペレーションを構築することが可能です。先述したMicroverseも最新のプログラミング・ライブラリー情報を仕入れて、随時カリキュラムをアップデートする体制を整えているはず。AIが加われば、インターネットに落ちる情報をリアルタイムでカリキュラムで反映することも可能となるでしょう。

ビジネスモデルとしての評価

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Image Credit: Microverse

3つ目の「ビジネスモデル変革」を説明するためにMicroverseの事例を再度紹介します。

私も今、参加しているMicroverseのSlackコミュニティのチャンネル履歴をたどると、15-20人/日で新規入会者が挨拶していることから約500-600名/月がSignupしていると予想できます。新学期が始まる2か月間隔で1,000名が登録して、インタビュープロセスを経て合格する計算です。恐らく受かるのは5-10%の最大100名程度でしょう。

80%の80名が卒業するとして、さらに80%がエンジニア職を無事手にすると仮定すると、約60名が授業料を支払えるようになります。100名を抱える1プログラムを運営するに当たり、5名のメンター人が必要であるとさらに仮定。1名あたりの人件費/月を5,000ドルとすると月2.5万ドルのコスト。ここに新規学生を募集するための広告費用5,000ドル/月を足すと月間グロスバーンレートは3万ドルといったところでしょうか。

生徒の月収が授業料徴収が行われる最低月収1,000ドルだとして毎月15%を徴収する場合、月150ドル/生徒を60名から収益化できます。つまり月間収益は9,000ドル。しかしこれでは月間のネットバーンレートは-2.1万ドルの計算で損失しか残りません。より現実的な計算をして、ソフトフェアエンジニアの月収相場感に近い5,000ドルと設定すると月間収益は4.5万ドル。利益が2万ドルを越します。

先行投資は「カリキュラム作成」と「システム開発」、損益分岐点を超えるまでに必要な「人件費」の3つに大きく分解できます。

例えばカリキュラム作成からシステム開発含め、仮に初期投資で30万ドル必要としたとしましょう。高給な職を獲得できる優秀な卒業生の数を増やさないと売上回収できない後払いモデルのため、最初は資本金を削りながらコスト垂れ流しであっても、学生の満足度を最大限に高められるまでプログラムを無料で提供し続ける必要があります。

先述した1プログラム当たりの月間利益2万ドルとした場合、年間利益は24万ドルで、1.5年で初期投資は回収できます。しかし、いきなり100名を集められる立派なプログラムを作れるはずもないため、十分高い質を担保できるプログラムを作れるまで追加で30万ドルの投資と3年の時間が必要としましょう。

すると損益分岐点を超えるまで実質5年ほどはかかりそうな印象です。一度損益分岐点を超えられればプログラムの質を維持できる限り、年間2.4万ドルほどの収益が得られます。小規模ビジネスにしかなりませんが一応成立します。

あくまで仮定の計算ですが、数年でビジネスモデルが成立することがわかりました。「時代スキルの変化」「カリキュラム革命」「ビジネスモデル変革」の3つの観点から市場で成立するのが出世払い学校の仕組みであることがわかります。

3つの課題

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Image Credit: Lambda School

しかし、ビジネスモデルにいくつか懸念点も挙げられます。ここで3つの課題に触れたいと思います。1つは「回収期間」です。

獲得コスト回収期間(Payback Period)も計算してみましょう。就職後に毎月入ってくる定額収益(MRR)は学生一人当たり150ドル。プログラム期間・卒業から就職期間までをそれぞれ6か月と考えると、Payback Period = (500/150ドル) + 6(プログラム期間) + 6(就活期間) = 約15.5か月となります。業界水準として12か月以上の長い回収期間は嫌煙されるためビジネスモデル上の課題となりそうです。

2つ目は「反比例の事業」です。最大のネックは優秀な生徒を輩出しないと職を獲得してもらえないため、むやみやたらと生徒数を増やせない点です。顧客体験に注力すべき事業モデルですが、スケールすることができないジレンマの事業構造が最大の弱点といえます。

この点、授業料支払い可能となる学生比率を表す、「1プログラム当たりの就業人数/卒業学生数」の比率が最優先のKPIとなるはず。母体数が多くなければ就職数も上がりません。一方、質の悪い学生を輩出すれば高給な仕事を獲得できずに利益回収できません。少人数であれば顧客体験の向上が望めますが、卒業数の拡大を取れば顧客体験は劣るといった「反比例の事業」に陥ります。ここは事業スケールの上でチャレンジ要素となるでしょう。

<参考記事>

最後に、この事業自体が「直線的な成長カーブ」しか描けない点に課題があります。仮に立派なプログラムを作れたとしても運営費を先に学校側が負担するモデルである時点で、急激な拡大は望めません。ネットワークエフェクトも考えられたビジネスでもないため、人海戦術でプログラム運営拡大を目指すしかありません。

<参考記事>

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Photo by Jopwell on Pexels.com

ここまで既存の高等教育システム/大学をディスラプト(破壊)するスタートアップを説明してきました。紹介したスタートアップはプログラミング学校であり、ブートキャンプとしての特色が非常に強いですが、今後はリベラルアーツも絡めた、「大学機関」にまで成長する学校も登場すると睨んでいます。

日本では両親が学費を負担するケースも多いことから学生ローンの問題意識は薄いかもしれません。そのため「後払いの日本の専門学校と変わらない」というご意見も持たれる人もいらっしゃるでしょう。ただ、プログラム運営を実現させるオペレーション、ビジネスモデル、顧客対応、サービス価値までの一貫性を考慮した際、従来の大学との大きな違いに気付くはずです。

出世払い学校ではプログラムの種類拡大も望めるでしょうし、後払いであることやカリキュラムがアップデートされる点を踏まえ、誰もが学びに戻ってこれる新たな教育機関の姿が近い将来誕生するでしょう。筆者はこのような、私たちが必ず通る教育の在り方や、貴重な4年という時間を効率化する100年一度の市場変革にとても注目しています。

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