総合商社とDXの事業創造

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総合商社。東アジアの辺境にあるこの島国の産業の成り立ちは、総合商社の機能なしには語りえません。

資源が乏しく食料自給率の低い日本に、世界各地の資源・エネルギーや食料の供給網を構築し、また、日本企業が製造する自動車等の工業製品を世界各地に輸出展開する機能を担い、加工貿易を支えてきました。総合商社はあらゆる産業のサプライチェーンに介在し、次なる事業機会を見出す存在となったのです。

一方、DX(デジタルトランスフォーメーション)が声高に叫ばれる時代において、デジタル技術を活用することでこのサプライチェーンを最適化し、業界全体に新たな付加価値を提供しようとするスタートアップが、国内外で数多く登場しています。

そこで本稿では総合商社のビジネスモデルの変遷を振り、「産業のDX」を推進する上での総合商社の期待役割についてまとめてみたいと思います(本稿は総合商社とDX Part 1.0 ~総合商社の軌跡と課題~の要約版です)。

総合商社のこれまで(その1):トレード

商社の祖業は、トレードです。あらゆる業界の商材を扱うトレーディングカンパニーとして、日々の人々の暮らしや企業活動を支える多様な商品のサプライチェーンに総合商社は介在しています。

_トレード

筆者の水谷も、2013年に総合商社に新卒で入社し、複数のトレード案件に携わらせて頂きました。自動車部品向けの鉄鋼製品から電力小売事業者向けのバイオマス電力まで、ダイナミックなトレード案件の申請に係る稟議書が世界各地の拠点から引っ切りなしに上申されては、ハンコが押されていきました。

トレード案件における商社の介在価値は多岐に渡ります。

現地におけるマーケティングや取引先との販売交渉、在庫管理やJIT(ジャストインタイム)納入、煩雑な貿易実務といった販売や物流に係るオペレーション事由に加え、商社を商流に挟むことによる信用補完や運転資金の手当てといったファイナンス事由などです。

しかし、商社機能自体は他社との差別化も難しく、また、取引先企業も海外事業の経験値を蓄積していくことでトレードマージンの確保は困難になって久しく、1990年代には「商社冬の時代」に突入していきます。

総合商社のこれまで(その2):事業投資

総合商社の祖業であるトレードに代わり、現在の総合商社の大きな収益源となったのは事業投資です。トレードを通じて培った商材に関する知見やネットワークを駆使して、資源・エネルギー権益やメーカー、卸や小売といった様々な事業者に出資参画することで事業収益を享受するようになりました。

_事業投資

例えば、総合商社が東南アジアや中東、アフリカ等の新興国を中心に取り組む発電所の開発・運営事業は、元々、日系メーカー製の発電所設備を各国の電力会社に納入するトレードが起点となって開始されたものです。現在、総合商社は発電所の開発や運営についてのノウハウを蓄積する、世界的にも競争力のある事業者になっています。

しかしながらここで問題が発生します。それが「分断化」です

トレードを起点に事業投資を進めてきた結果として、業界内の特定の商流に紐づく緩やかな垂直統合型のビジネスモデルが発生しました。この垂直統合型のビジネスモデルによって、各商流ごとの情報はタコ壺化し、分断化が発生したのです。

残念ながら、総合商社単独では介在するサプライチェーン全体の改善余地を効率的、且つ、リアルタイムに関知し、取引先に最適解を提案するための術を持っていませんし、サプライチェーンとして全体最適を図るケイパビリティは持ち合わせていません。

ここにテクノロジーを活用したサービス事業者にとって次代の産業を支えるための巨大な商機があると考えています。

_垂直統合

産業のDXを推進するビジネスモデル

1990年代のインターネットの商用化以降、今までにITによるデジタル化が進んできた産業領域は、広告と小売、ゲーム等が挙げられます。

また、他の産業領域においてもデジタル技術を活用することでアナログなオペレーションを自動化・半自動化し、蓄積されるデータを活用して新たな付加価値を提供するプレイヤーが続々と登場しています。産業のDXを推進する流れは不可逆なトレンドなのです。

これらプレイヤーのビジネスモデルは、主に以下の5種類の内の一つ、若しくは、複数の組合せによって推進されます。

  1. B to B のSaaS(若しくはBPO)
  2. 事業者のマッチングサービス
  3. 商品のマーケットプレイス
  4. SPA(製造小売事業)の延長線としてサプライチェーンを強固に垂直統合するD2Cモデル
  5. オンラインを起点にマーケや製販仕のオペレーションを構築し、業界内の一事業者として戦うOMOモデル

例えば、飲食店や小売店の卸事業者への発注をスマホで簡単にできるようにするCONNECTというサービスを手掛けるCO-NECT社や、通販事業者を中心に対象とした在庫管理サービス「ロジクラ」を手掛けるニューレボ社は、B to B SaaS型のモデルです。

彼らは(1)を初期的なビジネスモデルとしながら、今後、蓄積される取引データを活用してより奥行きのある流通を最適化するビジネスを展開していく素地を整えています。

また昨今、話題になることも多いD2Cは、製品の企画開発段階から調達、製造、マーケ、販売、決済、サポートまでをオンラインベースで最適化する垂直統合型の一貫体制を敷くもので、ユニクロやZARA等のSPA(製造小売業)の延長線にあるビジネスモデルと解釈することが可能です。

業界のサプライチェーンを俯瞰して事業機会を見出す

それでは、産業のDXを推進していく上で、新たな事業機会となる空白地帯をどのように見出していけばよいでしょうか。各業界のサプライチェーンにおけるそれぞれの工程を横軸に配置し、各工程に介在するファクターを「ヒト」と「モノ・コト」に分解した切り口で事業領域を検討するものが、以下の表です。

_サプライチェーンと事業領域

この表は、製造業を念頭に横軸のサプライチェーンの各工程を並べていますが、業界や製品ごとに変更しながら活用していくことができると思います。「ヒト」は、エンドユーザーは勿論、各工程において従事する専門職や個人事業者、エージェントにフォーカスするもので、「モノ・コト」は、対象となる商材のみならず、各工程におけるオペレーションや業務対象となる事項、事業者間のコミュニケーションチャネルにフォーカスを当てるものです。

サプライチェーンを俯瞰し、各領域で事業を手掛けるプレイヤーをこの表上にプロットしたときに有力プレイヤーが手を付けていない空白地帯は、デジタル技術を活用して新たな付加価値を提供する可能性がある領域と考えています。

では建築・建設業界を例にサンプルをみてみましょう。

_サプライチェーンと事業領域(建設・不動産)

「建設・不動産」の上流工程に当たる建設や、下流工程にあたる不動産流通においては、既に複数の支援先スタートアップが事業開発を進めておりますが、最上流の原材料や資機材選定、或いは、中流にあたる不動産販売の領域は、ジェネシアにとって「空白地帯」となっています。

例えばこの空白地帯において、オペレーションの効率化を促す機能提供(B to B SaaSやBPO)が求められているのか、または、情報の非対称に起因するマーケットプレイスやマッチングプラットフォームが求められているのか、或いはOMO型の優位性を確立して一事業者としての勝機を見出すのか、いくつかの選択肢からドミノの倒し方について解像度を高めていくことができると考えています。

新規事業や起業を検討中の方は、製造業や建設・不動産、電力・エネルギー、住宅設備や医薬品等、様々な巨大産業のサプライチェーンを俯瞰しながら、事業アイディアを検討する際に参考にしてもらえればと思います。

産業DXにおける総合商社の役割

それでは最後にこのデジタル化時代に、巨大産業のサプライチェーンに潜む事業機会を掴み、推進していく主体は果たして誰になるのかについて記しておきます。産業革命以降、産業の黒子としてサプライチェーンを支えてきた総合商社が自社で事業を内製化して立ち上げて行くことは、主に以下の理由から難しいと考えています。

  1. 自社プロダクトの開発経験が乏しいこと
  2. 時間の掛かる新規事業の立ち上げ、及び、継続に必要な社内の収益基準を満たしづらいこと

これらも踏まえると、産業のDXを推進する上で、総合商社はゼロイチフェーズではなく、拡大フェーズのスタートアップとの協業を加速することで、自社の持つ優位性を最も発揮することができると考えています。

今後、DXに積極的な総合商社にとって、スタートアップへの規模感のある出資は勿論、人材獲得を目的の一つとするM&Aの実施は、生き残りに向けて必須となるでしょう。今まさに、事業機会のあるDXの空白地帯が、各商社にとってそのまま不毛地帯になるかの分水嶺を迎えています。

また、産業のDXを推進する上で、総合商社にとってもう一つ重要な機能役割が、起業家輩出です。視座の高いビジョンを掲げてゼロイチでの事業立ち上げにチャレンジしたいという気概を持つ総合商社出身者が、今後も会社の枠を飛び出して起業したり、重要ポジションでスタートアップに転職する事例は、ますます増加していくものと予想しています。

ジェネシア・ベンチャーズでも、総合商社出身の起業家が経営するスタートアップを複数支援させて頂いておりますが、様々な産業領域における豊富な事業経験とグローバルな視座を持って巨大な産業創造にチャレンジする商社パーソンは、巨大産業のDXを推進していく事業に対して、Founder Market Fitする方が多いと考えています。

ということで総合商社を鏡にして産業のDXを推進する事業機会についてまとめてみました。社会全体でDXのトレンドが上向きとなっている中で、産業競争力を強化するビジネスモデルについて、日々、検討していますが、アイディアのお持ちの方がいれば、是非、ディスカッションさせてください!

<参考情報>

本稿は独立系ベンチャーキャピタル、ジェネシア・ベンチャーズのインベストメントマネージャー水谷航己氏によるもの。Twitterアカウントは@KokiMizutani。毎週、事業プラン相談「DX Cafe by Genesia.」を開催中。くわしくはこちらから。

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