2020年・エコシステムはどう変わる(1)スタートアップの投資判断

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Photo by Josh Sorenson on Pexels.com

まるで5年、いや10年という時を飛び越したかのような気持ちになる。

今年のはじめ、私は2030年までの10年間を占うために幾つかの記事を公開した。投資家たちの言葉に耳を傾けた「次の『10年パラダイムシフト』を探る旅、投資家たちが語るスタートアップ・2030」がそれだ。

この中で語られるデジタルシフト、働き方の変革、お金の概念、ロボットたちとの共存。テクノロジーが私たちの世界を徐々に浸透し、10年たった2030年に「さて、実際はどうなったのか」と答え合わせをするはずだった。

しかし全ての予定は変わってしまった。いや、まさかと思ったが、世界の方から変化を求めて「やってくる」とは思っていなかった。

感染症はもちろん怖い。自分の大切な人を奪っていくからだ。疲弊している人たちもいる。だから手放しに喜ぶことではない。けど、それでも変わる世界に、希望を持って進んでいくのがスタートアップの使命だ。

一方で本当に世界は変わるのか?一時的な混乱で元に戻るのでは?と思う自分も確かに存在する。何が変わって何が変わらないのか、何がじわじわと変化するのか。

そこで本稿では年初にまとめた「次の10年パラダイムシフト」の補足版として、スタートアップ世界に何がこれから起ころうとしているのか、改めて彼らの声に耳を傾けて次の4項目にまとめてみることにした。

  • (1)スタートアップの投資判断
  • (2)激変するオフィスと働き方
  • (3)デジタル化する経済「DX」大航海時代
  • (4)エンターテインメントの未来

変わらないスタートアップの投資判断

まずなにより大切なのは「今を生きる」投資家や起業家たちの生の言葉だ。例えば企業のほぼすべてが投資をストップする、という調査結果を掲載している報道もある。本当にそこまで極端な状況なのだろうか?

グローバル・ブレインが実施した調査「 αTrackesアンケート」(事業会社・CVC21社が匿名で回答)と、独立系ベンチャーキャピタルCoral Capitalが実施した「JAPAN STARTUP LANDSCAPE(2020年版・4月〜5月に83人の起業家・18人の投資家が匿名で回答)」、そして私が5月に実施した主要なスタートアップ投資を手がけるVC・CVCアンケート(13社が記名でコメント回答)の結果を合わせて整理してみた。

投資サイドの考え方はどうだろうか。

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Image Credit : Global Brain Corporation

αTrackesのアンケートで「投資を控える」としたのは10%未満、私が実施したアンケートでも全員が基本的な投資スタンスはこれまでと変わらない、と回答していた。

一方で、今の混乱がおさまって落ち着いて投資ができるようになるには1年後、来年の春以降と考えている人も多い。また、JAPAN STARTUP LANDSCAPEの設問「資金調達環境は悪くなるか」で投資サイド全員(18社)が「悪くなる」と回答している。

投資スタンスは変えないが資金調達環境は悪く、状況が回復するまでに時間を要する。

ーーこの一見矛盾するような状況はなぜ起こるのか。私が実施したアンケートのコメントを一部紹介したい。まずはスタートアップに積極的な投資を続ける専業の独立系VCの見方だ。

「投資スタンスは基本不変ですが、B2Bではインターネットがより既存産業の根幹に入っていくことが予想されますし、B2Cではよりオンラインとオフラインのシームレスなサービス設計が重要になっていくので、これらをなし得るより強いチームへ投資していきます」(ジェネシア・ベンチャーズ代表取締役/General Partnerの田島聡一氏)。

「投資判断への影響はネガティブ、ポジティブ両方あります。まず、ネガティブな面から。シードファンドとしては起業家そのものに投資をさせていただくという側面が強いため、その起業家と直接会うことなしに投資判断をするのは難しいと感じています。今でもやはり最終的には会って、お互いの相性を含めて判断したいため(そのほうが起業家にとってもよいと思います)、その点で投資判断が以前より遅れがちな部分があります。ポジティブな面としては、オンラインで全国津々浦々、どんどん起業家の皆さんの話を聞けるようになった点です」(IDATEN Venturesの足立健太氏)。

一方、独立系VCとはややスタンスが異なるCVC各社もほぼ同様だ。ネガティブ要因として直接、出資先候補に会えない点を挙げている投資家は他にもいた。しかし、彼らも投資方針は別に変えていない。

「コロナ禍までは予測できませんでしたが、経済状況の変化は想定していたのでこのタイミングでCVCを設立しています。今回の件によってスタンスを変えることなく、攻めの姿勢は変わりません。今後、積極的に価値のあるスタートアップには投資していきます」(ヤマトホールディングス専務執行役員の牧浦真司氏)。

「31VENTURESとしては、特に新規および追加投資方針そのものには変化はありません。ただし、運転資金をどれだけ確保できているか、ならびに『Post COVID-19』を見据えて起業家がどのように自らの事業を捉えているのかについては、これまで以上に厳しく問うことになると思います。また、下降局面において起業家側に経営存続を求める以上、CVC側もその運営を継続するために一層の努力を行う必要があるとも考えています」(31VENTURESのグループ長、小玉丈氏)。

つまり各社「何も変わらない」と言ってるわけではない。

特にややバブル気味だった2010年代後半の資金調達環境に対して、筋肉質な経営を求める声は多かったのも事実だ。例に挙げるまでもないが、WeWorkとソフトバンク・ビジョン・ファンドの顛末はその象徴として語られることになるだろう。また事業についても、アップデートされた社会に対応したものが求められるのは言うまでもない。

筋肉質な経営を求められるスタートアップ環境

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Image Credit : Coral Capital

では、スタートアップ側の状況も見てみよう。JAPAN STARTUP LANDSCAPEによると、昨年、8割近くが「起業のタイミングとして適している」としていた回答が、ややトーンダウンしており、7割近くが起業すべしとする投資サイドとの食い違いを見せた。また、以降の調達ラウンドが厳しくなるか、という問いに対しては7割以上が「厳しくなる」と回答している。

つまり、市況の変化だけでなくコロナ禍によって大きく社会に変化が生まれ、このギャップにビジネスチャンスは見出せるものの、投資環境についてはここ数年のようなやや緩い状況はなく、また、数が増える分競争環境が厳しくなる、という見方が浮かび上がってくる。

少しエピソードをご紹介しよう。

YJキャピタルの堀新一郎氏とポッドキャストで公開取材した際、今回の混乱で出資先の動きが大きく分かれたと教えてくれた。不要なオフィスの解約判断、人材についてもランク分類をした上で、いつまでにこの状況が改善されなければ休職や解雇の経営判断をするなど、迅速に動いた経営者とそうでない人で1カ月ほどのタイムラグがあったそうだ。

特に人材のカットは非常に重い。しかしスタートアップ経営は本来、厳しい環境にあるもので、ここに対する考え方や準備ができていたかどうか、今回の件が期せずしてそういったリトマス試験紙になったのは注目に値することだと思う。

恐らくこれから起こることとして、シード期についてはよりチーム、創業者の経験や総合的な「能力」は問われることになるだろう。シリーズAというハードルについては、ビジネスモデルの確かさ、ユニットエコノミクスの正確性、市場規模とスケーリング、そして何より、今のこの新しい世界観・トレンドの風を捉えたものから先に選ばれることになるはずだ。

また、CVCや事業会社の投資であればシナジーや本業への貢献はより正確に見積られることになるのではないだろうか。

次回は大きく変わった働き方、オフィスの考え方についてまとめてみたい。

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