日本からメキシコに戻った起業家Oscar Noriega氏、Snapchatの支援を得てARミニゲームの一大プラットフォーマーを目指す

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インタビューに答えてくれた Oscar Noriega 氏
Image credit: Masaru Ikeda

読者の中には、以前 BRIDGE で取り上げた「Unda(または改称後の VideoSelfie)」というアプリを覚えている人がいるかもしれない。その名の通りセルフィー動画を撮影・加工・共有できる短編動画アプリで、この分野では、2008年〜2009年に流行った Seesmic を第一世代、Tiktok を最新の世代とするならば、ちょうどその中間の時期に市場の席巻を狙っていたと言っていい。

このアプリを作った Pocket Supernova は、メキシコ人と日本人を両親に持つ Oscar Noriega 氏が共同創業者の2人と東京で設立したスタートアップだ。2013年にアメリカの 500 Startups のアクセラレーションプログラム第6期に採択され、2014年に East Ventures、KLab Ventures(当時)、CyberAgent Ventures(当時)からシード資金を調達。2015年には B Dash Camp 2015 Spring in Fukuoka で審査員特別賞を獲得した。筆者は彼とよく六本木界隈で出会したものだ。

日本のスタートアップシーンでもいくつかの足跡を残した Noriega 氏だが、2017年頃、自身のもう一つの原点であるカリフォルニアやメキシコに活動の場を戻した。我々が知る彼は2013年の来日以降のことだが、メキシコでは学生時代から複数のスタートアップを立ち上げた連続起業家としての顔を持つ。最初のスタートアップ Atomix.vg はラテンアメリカ有数のゲームニュースサイトに成長し Prowell Media に売却。2009年には、世界ブランドにデジタルマーケティングを支援してきた SCLBits を創業している。

AR ゲームの可能性

Google が提供するスマートフォン向け AR 開発フレームワーク「ARCode」と、Apple が提供するスマートフォン向け AR 開発フレームワーク「ARkit」を足すと、今年中には累積42億5,600万台のスマートフォンが AR に対応することになる(ARtillry Intelligence 2017年の予測)。2020年単体の増分だけで見てみると、新型コロナウイルス感染拡大に伴う売上落ち込みを加味していないが、世界中で新規出荷されるスマートフォンの2台に1台は AR に対応したモデルという計算になる。もはやスマートフォンは、AR のためのデバイスとさえ言っていい。

「Fanta Terror House」
Image credit: Wabisabi Design

AR ゲームの可能性はこれまでにも、Pokémon Go を世に出した Niantic が証明している。Niantic は、Google Earth の前身である Keyhole を生み出した John Hanke 氏が Google で立ち上げた社内ベンチャー。Pokémon Go のヒットの裏には、ポケモンが持つキャラクタ力、Niantic の絶大なる技術力やマーケティング力があったわけだが、駆け出しスタートアップがロールモデルとするには、いささか手にしている武器の数と種類が違い過ぎる。

一方、AR ゲームは高いユーザエンゲージメント力を持つため、ブートスラップモードの AR ゲームデベロッパにとっては、有名企業から AR ゲームの開発を請け負うビジネスモデルが確立しつつある。ロサンゼルスやメキシコに拠点を移した Noriega 氏は2018年に AR ゲームデベロッパ Wabisabi を設立。炭酸飲料ファンタのラテンアメリカ向けマーケティング施策の一環で、 Facebook 上のソーシャル AR ゲーム「Fanta Terror House」を世に出したところ、1週間でユーザを100万人獲得する快挙を達成した。

Fanta Terror House で AR ゲームの可能性を確信した Noriega 氏は、かくして本格的に AR ゲームの自前タイトルの開発に着手することになる。

ミニゲームの可能性

新たなゲームを開発してユーザを獲得するには、大きなマーケティングコストが必要になる。多くの競合がひしめくアプリストアの中で見つけてもらい、ダウンロードを促し、多くのユーザに定常的にゲームを楽しんでもらうまでもっていくのは一苦労だ。そこで昨今、注目を集めるのがミニアプリやミニゲームといった仕組み。ランタイム部分をソーシャルネットワーク側に依存できるので、アプリ単体の容量を比較的小さくできるのが「ミニ」の名で呼ばれる所以だ。

ミニアプリやミニゲームでは、ゲームデベロッパは既存のソーシャルネットワークのユーザベースを活用できるため、ユーザ獲得コストを抑えてスタートダッシュできるメリットがある。Facebook、Instagram、WeChat(微信)、LINE など、多くのユーザを擁する大手ソーシャルネットワーク上ではこういった動きが顕著だ。なかでも興味深いのは Snapchat の動向。Snapchat を運営する Snap は Instagram に Stories 機能が追加された際には株価下落に苦しむも、その後、AR に舵を切ったことで復活を遂げた。

Snap は昨年、サードパーティーが開発した数々のミニゲームや、Snapchat が持つ機能をミニアプリに開放し連携を許容する施策「Snap Games」を発表している。Snapchat を代表する機能の一つオリジナルアバター機能「Bitmoji」がサードパーティーのミニゲームで利用できるようになったのも記憶に新しい。そしてこうしたサードパーティーを巻き込む原動力の一つとなっているのが Snap が2018年に立ち上げたアクセラレータプログラム「Yellow」だ。

Snap は今年2月、Snap の第3期採択スタートアップ10社を公表。今年5月には採択各社に対して、15万米ドルずつ出資を実行したことが明らかにされた。そして、Oscar 氏が2018年に設立した AR ゲーム開発に特化したスタートアップ Wabisabi もまた、この採択された10社のうちの一つである。

Snap のアクセラレータ「Yellow」第3期採択のスタートアップ。前列最左が Oscar Noriega 氏。後列中央は Snap CPO 兼 Yellow ディレクターの Michael(Mike)Su 氏。
Image credit: Yellow

AR ゲームデベロッパにとっての Snapchat の魅力と課題

Snapchat をミニゲームのプラットフォームに選んだ時、ゲームデベロッパにとっての魅力は Snapchat の持つユーザベースの大きさだ。Snap が今年2月に発表したところでは、2019年第4四半期のデイリーアクティブユーザは2億1,800万人。新型コロナウイルス感染拡大からの巣篭もり消費が増えたことで、この数字はさらに伸び続けているものとみられる。

しかし、まだ解決できていない問題がある。Snap Games、すなわち、Snapchat と連携可能なサードパーティーが開発した AR ミニゲームアプリは、Google Play か iOS AppStore からダウンロードすることになる。ユーザから AR ミニゲームアプリを見つけてもらうにはまだ苦労を伴うのだ。そこで Wabisabi が Yellow への参加を通じてたどりついたのは、AR ゲームのためのプラットフォームというアイデアだった。

ARKD Games は、AR ミニゲームのためのプラットフォームだ(現在は iOS のみで、Android 向けは準備中)。AR ミニゲームを一つにまとめた場所を作りたくて、これを開発した。PC ゲームを集めたコミュニティ「Steam」の AR ミニゲーム版と思ってもらえばいい。(Noriega 氏)

ARKD Games は、複数の AR ミニゲームを備えた ARKD=アーケード(日本語で言う複数のゲームが楽しめるゲームセンターを、英語では amusement arcade と表現する)を目指している。現時点では Wabisabi が自社開発した AR ミニゲームを複数公開しているが、今後、他のサードパーティーの AR ミニゲームアプリデベロッパにも参加を促し、彼らのゲームタイトルも ARKD Games 上で楽しめるようにしていきたいという。まさに AR ミニゲームの Steam だ。

「ARKD Games」
Image credit: Wabisabi Design

アプリストアは競合?

ARKD Games の今後の展開について、Noriega 氏は次のように語ってくれた。

現在は、2つのことを進めている。ARKD Games 上でゲームを公開し、レベニューシェアすることに参加してくれるゲームデベロッパとの提携を増やすこと、そして、この AR ミニゲームのカタログを作り続けるための資金調達だ。我々の自らのタイトルを公開しているのは、他のデベロッパにインスピレーションを与え、一緒にやろうというモチベーションを持ってもらうためのものだ。

このところ、アプリ内課金を iOS AppStore を経由しないようにしたことを発端に、Apple と Epic Games の対立が激化している。有料アプリ本体の課金以上に、アプリ内課金の決済プラットフォームであり続けることは、アプリストアにとって重要な収入源を確保する上で譲れない部分ということなのだろう。

ARKD Games が同じような対立の図式にハマる可能性はあるのだろうか? まず、AR ミニゲームのカタログプラットフォームは、Wabisabi がそれを作る前に Snap が作っていてもよかったように思うが、Wabisabi が Yellow に採択されたという事実からは、Snap は Wabisabi がそうすることを半ば公に認めたと考えられる。

将来、ARKD Games においても、AR ミニゲームのダウンロード時課金や AR ミニゲーム内の課金が Google Play や iOS AppStore を完全に介さずに行われるようになったら、Google や Apple がどのような対応を見せるのかはわからない(現在はアプリストアを介しているようだ)。しかし、Snap という非常にユーザーエンゲージメントの強いプラットフォームを味方につけている Wabisabi にとっては、強気の戦略を描ける可能性はある。

かねてから、スマートフォンの OS のアプリストアがバンドルされている事態については、日本やヨーロッパで関係当局が独禁法違反の可能性を指摘するなど、その圧倒的な支配力の強さが問題となっている。ARKD Games が AR ミニゲームのプラットフォームになれるかどうかを占うには、さまざまな文脈から面白い時期と言えるだろう。

<参考文献>

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