二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなるーー隠れたキーマンを調べるお・グッドパッチ松岡氏

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グッドパッチ執行役員の松岡毅氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開

先日(6月30日)東証マザーズに上場を果たしたUI/UXデザイン領域の事業を手がけるグッドパッチ(Goodpatch)。創業から粛々と事業を拡大し、組織も大きくなっていきましたが、その過程で「組織崩壊」を経験し、そこから立て直しての上場ストーリーは多くの人の共感を生んだことでしょう。

今回は同社主力事業の執行役員である松岡毅氏をインタビューしました。松岡氏がグッドパッチに参画したのは「組織崩壊」真っ只中の2017年2月。松岡氏のこれまでのキャリアとともに、 グッドパッチの組織にどう向き合い、どのようにして立て直していったのか等のお話も伺いましたので、ぜひお読みいただければと思います!

「人と違うことがやりたい」、銀行内定を蹴って外資系コンサルへ

大柴:今日はよろしくお願いします。早速ですが、先日は上場、おめでとうございました!

松岡:ありがとうございます。

大柴:春くらいに土屋さん(グッドパッチ代表取締役社長の土屋尚史氏)に「御社の“隠れたキーマン”だれですか?良い人いませんか?」と聞いてたんですよ。「考えてみます!」って言われて数カ月経ちまして(笑。上場直前って知らなくて…それで、ようやく落ち着いたようで連絡もらいました

松岡:ありがとうございます。よろしくお願いします。

大柴:というわけで早速始めたいと思います。松岡さんは1973年生まれですかね?

松岡:そうです。土屋とちょうど10歳違います。

大柴:松岡さんのキャリアとしては、新卒で外資系コンサル企業に入られていますが、当時って「就職氷河期」と呼ばれるくらい就職が難しい時代、そして外資コンサルというのも就職先としてはあまり一般的ではなかったように思いますが

松岡:そうですね、一般的には就職は厳しかったと思います。ただ、自分は体育会で陸上ホッケーをやってまして、陸上ホッケー部のある某銀行の内定をもらっていたんです。でも「このまま就職するのは普通で嫌だな」という迷いもありました。

大柴:「普通」は嫌

松岡:そうです(笑。それで銀行の内定を蹴ってしまって、そこから再度就職活動したんですが、たまたまそこに外資系のコンサルティング会社があったという感じです。当時「コンサル会社」ってあまり知られていなくて、自分もあまり知らなかった。一般的じゃないし、面白そうかもと就職することに決めました。

大柴:「人と一緒は嫌」みたいな気質って小さい頃からだったんですか?

松岡:そうですね、成績は悪くなかったんですが、いわゆる優等生タイプとは違っていたと思います。レールの上を行くのが好きじゃないというか。父親がとても堅い人で「変わったことをやるようなのはダメなやつ」と言っていました。そういう父への反発もあったかもしれません。

大柴:なるほど。それでコンサルに入ったわけですが、どうでしたか?

松岡:それまでの甘い自分を叩き直されたような感じでした(笑。「人と違う」「レールに乗りたくない」なんて考えはどうしようもなく小さいことだったんだなと実感しました。世の中の厳しさを痛感しました。

大柴:一気に学生気分が抜けて、厳しいひとりの社会人になったわけですね

松岡:そうですね。研修も厳しくて。「段階制」なんですよ。研修のカリキュラムが段階制になっていて、一つずつクリアしないと先に進めない。一緒に入社した同期たちがどんどんクリアして先に進んでるのに、自分は全く進めない。国内研修をクリアすると今度はフロリダでの研修があるんですが、自分が渡米したのは9月でした。一番遅かった。

大柴:みんな一緒に研修して、みんな一緒に終わるという日本的なものではなく、いきなり個人の成果主義というか…。ちなみにどんな研修なんですか?

松岡:ロジカルシンキングを徹底的に身につける研修が多かったです。その他にはプログラミング。自分はコンピューターに触ったこともなかったので、それこそタイピングから(笑。あとは企業研究(リサーチ)ももちろんやりましたね。

大柴:それらの国内研修を終えてフロリダですか?英語って話せたんですか?

松岡:いやいや、全然話せません。辞書を片手に必死でした。そこでも3〜4カ月研修して、何とか終了したんですが、そこでなぜか「(ここに残って研修の)講師をやれ」って言われて、そのままアメリカに残ることになったんです。

大柴:え、なんでですかね?

松岡:いや、わからないですけど、世界中からやってくる新入社員の研修講師をやることになって。英語はヒアリングはまぁなんとなくできるようになってきたんですが、話せなくて、受講者とは筆談で会話しました。なんで講師に抜擢されたのかわからないんですよね…。

NAVER創業者から感じた経営者としての凄味

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大柴:その後、帰国してコンサル業務に

松岡:帰国後は情報システム部に配属されまして。社内のネットワーク構築とかそういう。「あれ、なんかやりたかったことと違うけど」と思ってしばらく過ごしてたんですが、他の部署の全く面識のない先輩から声がかかって、とあるプロジェクトにアサインされることになりました。今でも覚えてて、木曜日だったんですけど「来週から京都行ける?」って聞かれて、即答で「行けます!」って。

大柴:急なアサインですね(笑。京都ではどんな業務を?

松岡:データベースエンジニアのような業務を任されました。そのうち上流の、今で言う KPI を決めるような業務も行いました。数年がむしゃらに働いて出世もしていったんですが、会社を出ることにしました。「自分のやりたいこと」を考えたときに、ゲームなどのエンタメ業界で働きたいなって思ったんです。ファミコン世代なので、ゲーム業界への憧れがあった気がします。

大柴:僕ら世代、一度はゲーム会社で働きたいと思ったものです

松岡:それでゲーム会社に片っ端から履歴書を送ったんですけど、ことごとくダメで。全く取り合ってくれない。そんな折に唯一、孫泰蔵さんがやっていたゲーム会社の選考に通りまして、そこで働くことになったんです。給料は前職の半分、なんなら新卒の時の給料よりも安かった(笑。

大柴:外資コンサル、給料高そうですからね(笑。そのゲーム会社ではどんなことされてたんですか?

松岡:主に韓国のオンラインゲームを輸入して、日本向けにリリースするような仕事です。当時ウルティマが流行っていて、自分もプレイしてたんですけど、とにかく衝撃がすごかった。これは新しく生まれる産業だぞと。そして「もしかしたらオンラインゲームならば自分もゲームクリエイターになれるんじゃないか」と思ったんです。やはりゲームクリエイターは憧れですからね。

大柴:わかります

松岡:さらにステップアップしてみようと思い、NHN JAPANに転職しました。

大柴:松岡さんが入社されて数年後「LINE」が登場します

松岡:はい。LINEがリリースされてしばらくして森川さん(当時のNHN JAPAN代表取締役社長、現・C Channel代表取締役社長の森川亮氏)に呼ばれて「LINE 向けにゲーム作って」と指示を受けました。社内のクリエイターは長年オンラインゲームを扱ってきたんで、スマホ向けゲームはやりたがらなかったんです。それでやむをえず最近入社した中途採用のクリエイター3人と一緒に作りました。自分としてはスマホゲームやブラウザゲームをやりたかったんで良かったんですけどね。

大柴:一気にスマホ時代に突入する頃ですもんね

松岡:そうなんです。でもこれまで長年に渡ってPCメインのゲームをやってきた会社なんで、メンバーはやはりスマホゲームなどには抵抗感があったんですよ。NHN PlayArtとして再出発するに当たって執行役員になり「スタジオ」の一つを任されることになりました。作りたいゲームを自分の権限で作れるというのは夢でしたので嬉しかったんですが、一方で責任の重さも感じました。

大柴:執行役員になり、自分の「スタジオ」も持ちました。責任もそれに比例して大きく重くなります

松岡:そうですね。「新しいアプリゲームを作れ」というミッションがあったのですが、当時はPCやブラウザゲームしかやってなくて、収益もそこから得ていたんです。チームを存続させるには収益が絶対的に必要。でも会社からは「アプリだけやれ。他はやるな」と指示があって…。収支を保ちながら新規のアプリゲームに専念するというのは難しいオーダーだったんですけど、なんとか知恵を絞って成し遂げました。

大柴:すごい!

松岡:あの状況でアプリだけに絞るってのは、事業を任されてる身としては難しい判断だったんですが、会社として見た場合、その判断は正しかったなと思います。目の前のことより、将来の会社の利益を会社としては考えていて。「新しいことで成し遂げるには、古いものを捨てて、優先度が高い事業に集中しろ」「人と同じ考え方、同じスピードでは成し遂げられない」と教わりました。

大柴:確かに、その通りですね。その他に学んだことで思い出すことはありますか?

松岡:「人が見たこと、経験のないものを好き勝手作るのは簡単にできる。でも事業としてやるには収益が必要。事業として成り立たないものは意味がない」ということも学びましたね。今でも教訓として活かされています。

人生を賭けるものを模索していた時に出会った「デザイン思考」

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大柴:自分のチームを率いて、やりたかった仕事もできて、充実してたんじゃないですか?でもその後、NHNを離れますよね?そのあたりのいきさつを教えてください

松岡:チームの中では「自分が一番すごいゲームが作れる」という独りよがりな部分がありました。コンサル時代に叩き込まれた「ロジカルシンキング」はゲーム作りにも活かされていて、ロジックや数字からゲームを作っていました。それで一定の成功をおさめていた。自分のやり方に自信もあったし、正しいと思っていたんです。

大柴:なるほど

松岡:そんな時、チームにいた凄腕のエンジニア、イラストレーターたち数人がゲームの企画を作って持ってきたんです。正直すごく良くて、衝撃を受けました。それで彼らに「この部分をこれにした理由は?」みたいなことを聞いたんですが、「いや、それが良いかなと思って」という返答で。彼らはロジカルに理由を説明できなかった。でもすごい良いゲームに思えた。もしかしたら昔、自分が憧れていたゲームクリエイターもこうやって感覚で作っていたのかもなと思ったんですよ。これからはクリエイターを大事に、中心に据えたゲーム作りの時代になっていくのかもなと。

大柴:時代の変化を感じた?

松岡:そういう変化も起こるかもな、くらいですかね。でも転職の一つのきっかけにはなったかもしれません。これまで培ってきたゲーム作りの考え方、方程式を別の領域でも試せないのかな?と思って離れることにしました。1年半くらい模索をしてたんですが、そんな時に土屋と出会いました。土屋からグッドパッチが実践している「デザイン思考」についてプレゼンされた時「これだ!」と思ったんです。考え方が欧米のゲームスタジオの考え方と同じだったんです。ずっと探していた「これまでの経験を活かせる別の事業」が見つかった瞬間でした。

大柴:運命の出会い!

松岡:土屋と話しをして、デザインという事業を大きくしたいと思いました。一大産業にしたいと。ゲーム産業も昔は小さなものでした。でも今はとても大きい産業になってる。デザインという領域も同じように大きくなれるんじゃないかと思ったんです。自分はそれに40代を賭けよう、人生を賭けようと決めました。

二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなる

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大柴:松岡さんがグッドパッチに入社されたのが2017年2月。その頃って「組織崩壊」の時期ですよね

松岡:そうですね。入社前に土屋から「組織が崩壊している」といった話をされました。とても正直に事実を教えてくれました。

大柴:それを聞いてどうでしたか?

松岡:特に何も思わないというか、なんとでもなるなと感じました。入社前に土屋と何度も話をして、とても信頼できる人だなって感じましたし、彼と二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなるって自信がありました。

大柴:当時の土屋さんってどんな印象でしたか?難しい問題に直面してたと思うんですが

松岡:そうですね、かなり辛そうに見えました。でも彼は逃げないって決めてたんです。逃げないって決めたので、あとはどういう手をどういう優先順位で打っていこうか。そういう状況だったと思います。辛そうではありましたが、真摯に向き合って、前進していこうという気持ちが見えました。

大柴:なるほど

松岡:入社前に土屋とミーティングした時に、メンバー一人一人の説明を受けたんです。一般的には定量的な評価で伝えると思うんですけど、その時土屋はメンバー一人一人を愛情溢れる言葉で紹介したんです。それぞれのバックグラウンドや「こういう夢を彼は持っている」といったことなどを丁寧に説明してくれました。とても素朴で優しく、正直な人だなって改めて感じました。それに、作り手に寄り添ってくれる人だなって。この説明で会社のことやチームメンバーのことをより深く理解することができました。

大柴:実際に入社した後のお話を聞かせてください。そうは言っても組織は崩壊してたと思うんですが、松岡さんはどうやって立ち直していったのでしょうか?

松岡:特に変わったことをしたわけじゃなく、「なるべく一緒に現場仕事をする」というのをしました。自分のチームだけでなく、隣のチームなどにも関わったりもしました。関わる人を増やし、一緒に働き、汗を流し、みんなのことを理解する。そこから始めました。一緒に現場仕事をするにしても、上から物を言うのではなく、聞かれたら答えるくらい。でも問題が起きてしまった案件は率先して自分が後の対応をしましたし、何があっても責任は自分が取る。そういう行動がチームの状況を上向かせたような気がしています。

大柴:なるほどです。ちょっと話が変わってしまうかもしれませんが、 Goodpatch Blog で「Design Div. ではマネージャーのみが予算達成の責任を負っている。デザイナーは売上や稼働率で評価しない」と書かれているのを読んだのですが

松岡:そうですね、はい。

大柴:僕もかつてデザイナーの評価に苦慮したことがあって、どうしても定量評価したいので、なんらかの数値(売上やユーザー数など)から定量目標を決めて評価してたんです。でもあまり上手くいかなかった思い出があって。グッドパッチではデザイナーにそういった定量目標を置いてないということなので、では何を軸に評価してるのか気になったんです

松岡:定量化できないものを定量化するのはナンセンスだなと昔から考えていて、普段からコミュニケーションが正しく行われていたら定量目標がなくても適切な評価はできると思っています。評価者と被評価者の 1 on 1で評価者は適切なフィードバックをする。 1 on 1で二人が信頼関係を築き、正しいコミュニケーションが取れていれば、最終的な評価の段階でもお互いに納得ある評価を出せると思います。普段から被評価者には「伝える力をつけろ」と、評価者には「見る力を養え」と伝えています。

大柴:なるほど。では、理想的な状態というのは、例えば評価が4だったとしたら、評価面談の際にお互いが何も言わなくても「4だよね」ってなる感じですかね

松岡:そうです。でもまだ理想には遠いので今後精度を上げていければと思っています。

上場、偉大なチーム

大柴:すみません、長くなってしまいました…。最後にバラバラと質問したいと思います。「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」とWebサイトにもありますが「ここが偉大なチームだな」って思うとこはどこですか?

松岡:そうですね、ビジョン、ミッションへの共感の高さですかね。すごいと思います。一人一人が語れると思います。

大柴:チームの課題ってありますか?

松岡:自分のチーム( Design Div. )であげると、このままいくと成功体験に固執して抜け出せない危険性があるなと強く感じています。やはり常に我々は変化し続けなければいけないので、過去の成功に固執しててはダメです。その辺が課題だと思います。

大柴:土屋さんについてもお聞きしたいと思います。最初に会った頃は「素朴、正直、素直」という印象だったと思いますが、上場に向けて、また上場して変化した部分ありますか?

松岡:基本的な部分は全く変わらず、昔も今も愛を持ってみんなと接し、苦しいことにも向き合い続ける人です。経営者としてはやっぱり成長してるなと感じます。自分が言うのもアレですが(笑。

大柴:ありがとうございます(笑。最後に、松岡さんにとって上場をどのように捉えていますか?

松岡:デザインを一大産業にしたい、メジャーな産業にしたいと思っているので、上場はマストであり、通過点だと考えています。この領域のトップランナーであり続けるためには上場して社会的責任を持っていかないといけないと思っています。誰もがデザイン、UI / UX と言えば真っ先にグッドパッチを想起するような存在になりたいですし、グッドパッチがいるからこそデザイン産業というのもがメジャーなものになった。そういう存在になりたいです。デザインの力を証明するために今後も突き進んでいきたいですね。

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