中山充氏率いるブラジル向けシード特化「BVC」、2号ファンドを組成——1号投資先の好調ぶりも明らかに

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BVC の中山充氏
Image credit: Brazil Venture Capital

2019年のブラジルのスタートアップへの VC 投資額は27億米ドルに達し、 日本のそれを30%ほど上回った。この年ユニコーン入りしたスタートアップの数では日本に若干及ばなかったものの(ブラジル3社増、日本4社増)、地元スタートアップ調査プラットフォーム「Distrito」が今年年初に発表したところでは、2020年にユニコーン入りするブラジルのスタートアップは10社ほどになると見られている。世界的に見ても、ブラジルはアメリカや中国に続き、ドイツと並んで世界で3番目にユニコーンの多い国だ。

世界的スタートアップカンファレンス「WebSummit」も先週、2022年に東京とあわせてブラジルに進出することを明らかにした。ブラジルにおけるスタートアップ熱の高まりを考えれば、これは当然の成り行きだろう。しかし、日本からブラジルへの投資やスタートアップシーンが語られることはあまり無い。ポルトガル語という言葉の壁、地球の真裏という遠さ、タイムゾーンが日本と完全に逆転してしまうといった点が、コミュニケーションのハードルを高くしているのかもしれない。

しかし、そんな中でも、日本とブラジルという2つの市場を結ぶ上で、2つのファンドの存在が際立っている。一つは、2019年3月に組成された Softbank Innovation Fund のラテンアメリカに特化したファンド。ラテンアメリカ向けに50億米ドルの規模で組成されたこのファンドは昨年、スタートアップ17社と VC2社に対して、それぞれ1億米ドル〜1.5億米ドルを出資したが、今年年初の段階で同程度のチケットサイズで年内に650社に出資することを明らかにしていた

Softbank Innovation Fund のラテンアメリカ特化ファンドは、そのサイズから言って、レイターステージのスタートアップの IPO でイグジットすることを狙ったものだ。一方で、もう一つのファンドは、サイズから言えば数百分の一にも及ばないが、まだ、地元 VC にさえ見出されたか見出されていないかのシードスタートアップに出資する Brazil Venture Capital(以下、BVC と略す)。BVC を率いるのは、日本でも自らスタートアップ起業の経験のある中山充氏だ。

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<参考文献>

1号ファンドからは12社に出資——うち8社は次ラウンドへ進み、2社はブレークイーブン達成

左から:農業情報設計社 CEO 濱田安之氏、ARPAC CEO の Eduardo Goerl 氏、BVC の中山充氏
Image credit: Brazil Venture Capital

一昔前のインドや東南アジアもそうであったように、ブラジルにはシード向けファンドがまだ少ない。2018年にブラジルからニューヨーク証取や NASDAQ に上場するスタートアップが出始め(決済スタートアップの PagSeguro、学習システムの Arco Educação、フィンテックスタートアップの Stone Pagamentos など)、これを皮切りにレイター特化の大型ファンドがこぞってブラジル市場に参入した。

ファンズ・オブ・ファンドやイグジットした起業家による、エンジェル投資やシード投資が増えつつある日本とは対照的な環境だ。そんな中で、日本からの資金をバックにシード投資に特化して2016年8月にスタートしたのが BVC の1号ファンドだ。

BVC の場合、LP の多くは日本のエンジェル。規模は小さなものだが、かなりアーリーの段階で出資することができたので、少額ながらリードを取らせてもらえることが多かった。資金が尽きてきて早々に次のラウンドに行こうとするスタートアップにも、繋ぎでフォローオン出資し、その後半年くらいでトラクションを出せるよう頑張ってもらい、一定のバリュエーションに達したところで次のラウンドに臨んでもらう、ということにも貢献できたと思う。(中山氏)

事実、同社が1号ファンドから出資したスタートアップ12社のうち、8社は次のラウンドへと進んでおり、残りのうち2社はすでにブレークイーブン(損益分岐点)に達しているそうだ。このうち、給与担保ローン自動化の bxblue や企業向けプリペイドクレジットカード事業を営む ContaSimples といったスタートアップは、彼らが Y Combinator のプログラムに採択される前の段階で BVC が出資しており、現地に太い起業家・投資家人脈を持つ中山氏の情報力を窺い知ることができる。

銀行口座やクレジットカードを持っていない人が多いので、金融包摂(Financial Inclusion)を提供できるスタートアップの可能性があるという点では、アジアやアフリカにも似ているかもしれない。しかし、これらの地域とブラジルが違うのは、すでにインフラは整っているという点。インフラはあるので、そこにアクセスさせてあげるサービスさえ提供できれば、新たな事業機会を創り出しやすい。一からインフラを作るとなるとスタートアップにはしんどいが、ブラジルはそこはやりやすいと言える。(中山氏)

bxblue が提供するのは、ブラジルの既存の銀行が提供してこなかった公務員や年金受給者への貸倒リスクの低い天引きローン。同社はブラジルの複数の銀行と API 連携しており、ローン成約額のうちの一定割合を手数料として受け取るモデルで成功した。また、ContaSimples は、日本でクレディセゾンが出しているサービスに似ていて、クレジットヒストリーは無いが、事業でカード決済の需要が高い起業家や個人事業主へカード発行で成長。こちらも VISA と提携し、既存のクレジットネットワークを活用している。

ブラジルは農業大国であることから、BVC はドローンを農業へ応用するスタートアップへの投資も積極的だ。効率的な農薬散布を行うドローン技術を開発する ARPAC は、BVC の出資後、日本のドローンファンドから出資を得た。また、BVC の投資先ではないが、2015年の Infinity Ventures Summit in 京都の Launchpad で優勝した農業情報設計社は、ドローンファンドらから今夏資金調達に成功。BVC がブラジル進出を支援し、農業情報設計社のトラクター運転ガイダンスアプリ「AgriBus-NAVI」をポルトガル語に対応させた。

2号ファンドの組成——シード出資特化で、10億円規模

BVC が活動拠点を置くサンパウロ
Image credit: Wikimedia Commons

BVC は1号ファンドからの出資を終え、先ごろ2号ファンドを組成したことを明らかにした。ファンド規模は最終的に10億円程度になると見られる。シード投資に注力することは1号ファンドと変わらず、今回も LP の多くは日本のエンジェル投資家が占めているようだ。以前に比べれば、ブラジルのシードスタートアップのバリュエーションも上がる傾向にあるが、1号ファンドよりもファンド規模を大きくしたことで、有望スタートアップへのフォローオン出資がやりやすくなるだろう、と中山氏は期待を滲ませる。

ブラジルでは今年、中央銀行が政策金利(SELIC)を引き下げたこともあり、ファミリーオフィスなどの新規参入が促され、今後さらにベンチャーキャピタル市場は活況を呈するとみられる。こういったベンチャーキャピタルやファンドは、投資に対して、より高い収益を確保しようとする意図が働くので、レイターよりシードへ資金流入が増すことにも貢献するだろう。ブラジルから今後さらに、どんなグローバルスタートアップが生まれてくるか興味深い。

<参考文献>

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