創業から15年、MBO・IPO・他業種参入を経てなお成長を続ける Fringe81 のサバイバル術

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Fringe81代表取締役の田中弦氏

本稿はベンチャーキャピタル、サイバーエージェント・キャピタルが運営するサイト掲載された記事からの転載

2017年6月に上場を果たした Fringe81(フリンジ ハチイチ)は、スタートアップの中では2005年設立の古株的存在だ(創業時の社名は RSS 広告社)。前身は日本のスタートアップ史のプロローグに必ず名前が出てくる会社ネットエイジ(現在のユナイテッド)の一部門で、当時、経営危機にあったネットエイジを復活させる切り札として広告事業に参入したのが創業のきっかけだ。(ちなみに、ネットエイジは ngi group、モーションビートと名称を変え、スパイアとの合併を経て、現在のユナイテッドに至る)。

MBO、IPO、そして祖業である広告事業とは全く異なる B2B SaaS への参入と体制を大きく変化させてきた同社は、おそらくコロナ禍の大きな社会変化に対しても最も強い適応能力を持つ会社の一つではないだろうか。進化論でダーウィンが語った「唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」というフレーズは、この時代を生きるスタートアップへの励ましのようにも聞こえる。長きにわたり愛される企業を目指す Fringe81 のサバイバル術を、創業者で代表取締役の田中弦氏に聞いた。(BRIDGE編集部注:本稿はFringe81代表取締役の田中弦氏に上場までの道のりを聞いたインタビュー記事の転載になります。質問はサイバーエージェント・キャピタル編集部、回答は田中氏、です)

Q1. なぜ、広告と HR テックを事業に選んだのか?

「経営危機にあったネットエイジ(Fringe81 の前身)を復活させる切り札として広告事業に参入したのがきっかけ。(中略)人が辞めていくのをなんとかしたい。社内で目立たない存在の人に感謝を伝えたら、彼らが報われないかな、と考えたのが Unipos のきっかけだ」

企業において、祖業(創業時の事業内容)とその後のキャッシュカウ(安定して利益を上げられる事業)は同じであるとは限らない。むしろ、そこに需要があるかどうかわからないまま事業を立ち上げ、仮説検証をしながらピボットを続けるスタートアップにおいては、事業内容が当初の想定と全く違ったものになることも多い。そこには人員体制や社風の変化、時には混乱を伴うかもしれない。

最初にお目にかかった頃、Fringe81 はアドテクの会社だったと記憶している。その後、いくつかのサービスがラインナップされて、今は何の会社と形容すべきか?

田中:それは非常に答えるのが難しい質問。2017年6月に上場したタイミングでは、Unipos(ユニポス)は影も形も無かった。でも、その後、解約率が非常に低いサービスに育ち、Fringe81 は現在、アドと HR テックの2本柱になっているというのが正しい表現かなと思っている。

創業当初はアドサーバや DMP(Data Management Platform)を作っていたが、それらを一旦閉じ、現在では大きく分けて、アドネットワーク、広告代理業、Unipos を運営しているという状況。以前は、ソリューションに強い会社だったが、その後、全くやったことの無かった B2B SaaS を手掛けるようになり、3〜4年前からすると、だいぶ会社の中身が変わったな、というのが印象だ。

アドと HR テック、この2つの事業を選んだ理由は?

田中:最初からそれを意図的に選んだというわけではない。Fringe81 の前身は、ネットエイジ(現在のユナイテッド)の一部門だった。当時、経営危機にあったネットエイジを復活させる切り札として広告事業に参入したのがきっかけ。システム開発をしなくてもキャッシュが入ってくるのは広告くらいだったので、会社の危機を救うにはやるしかなかった、というのが当時の事情だ。

その後、Fringe81 を MBO することになるのだが、MBO というのはなかなか大変で、会社の仕組みをいろいろリセットしなきゃいけない。そのタイミングで人が辞めたり、人事制度が変わったり、混乱が起きる。人が辞めていくのをなんとかしたい。エンジニアやバックオフィスなど社内で目立たない存在の人に感謝を伝えたら、彼らが報われないかな、と考えたのが Unipos のきっかけだ。

画像提供:Fringe81

Unipos が生まれたのは、社内の混乱がきっかけだったと?

田中:そうとも言える。最初は段ボールを切り抜いて作ったもので、社員に「社内で頑張っている人に投票してください」とお願いして、その中の感動したものに、私が寿司をごちそうするというのをやってみたところ離職率が下がったのがきっかけ。「Fringe81 は社員が辞めずに、どうしてうまくいっているの」と周りの社長に聞かれることが増え、くだんの制度のことを話すと、多くの社長から「サービス化したら買うよ」と言われたので作ってみることにした。

Unipos を立ち上げて紹介し始めたところ、最初のユーザから5社目くらいでメルカリが採用してくれ、それがきっかけで広く使われるようになった。なにせ、Unipos は自分たちの社内課題を解決するためのものだったので、我々の思い入れが深い。役に立つ仕組みを他の企業にも広めることはいいことだし、ベンチャーは新しい人を採用した後、社風に慣れてもらって、社員のモチベーションをどう上げてもらうか、という課題へのソリューションとして受け入れられていった。

アドの事業が走っているところへ、新たに Unipos の事業を立ち上げることは難しかったか?

田中:B2B のクライアントビジネスしかやってこなかった会社に、突然、Web サービスの、SaaS のビジネスを組み込む、というのは会社のカルチャーが全く異なるので、今でも結構苦労しているが、やっと育ってきたという印象だ。広告事業が売上の7〜8割を占めるというのは変わっていないが、現在、会社全体の4分の1程度を占める Unipos の売上もだんだん増えてきている。

アドの事業は、顧客に提案して案件を勝ち取ってくるという狩猟民族的なビジネスで、コンペに負けたら終わり。しかし、Unipos は SaaS なので、一度契約していただくとずっと使っていただけ、農耕民族的なビジネスだと思っている。Unipos はスタートアップやスモールビジネスがユーザの4割程度で、地方の中小企業、病院、タクシー会社、美容院など、多様な業種で採用されている。

Q2. 創業後にやめたことはあるか?

「社長に王冠を被せている会社は死んだ方がいい(笑)。役員みんなで合意して、僕はマイクロマネジメントをやめた」

2005年にネットエイジ(当時)の子会社として創業、その後、2015年に MBO し独立会社となった Fringe81。同社がサイバーエージェントから出資を受けたのも MBO の頃だ。MBO 後ベンチャーキャピタルからの資金調達したことを機に、同社はスタートアップの宿命であるイグジットを目指す旅を始めたことになる。MBO の前と後で、田中氏の行動や考え方も大きく変化したようだ。

MBOの前後で何が最も変わったか? やめたことはあるか?

田中:ネットエイジ(当時)の子会社だったのが10年間、2015年に MBO して現在に至ることを考えると、子会社の時代の方が長かったことになる。子会社社長にはありがちかもしれないが、当時はなんでもやっていた。資金調達もやるし、営業もやるし、開発もやるし、設計もやる。全部やっていた。

しかし、MBO してベンチャーキャピタルから資金調達してからは、投資家にリターンをちゃんと返さないといけないという意識が強くなった。そのためには経営をしないといけない。それからはなるべく自分が現場に出ないようにし、現場を人に任せるようになった。以前から CFO や COO もいたのだが、現場に立たないと不安になってしまって任せきれず、マイクロマネジメントの権化みたいだったかもしれない(笑)。

僕はもともとインターネットサービスを作るのが好きなので、そういう点で農耕民族的かもしれないが、一方では、営業するのも得意なので、狩猟民族的なところもあるかもしれない。人間誰しもそうかもしれないが、やりたいことと得意なことは、若干ズレているかもしれない。現在は経営者になっていくプロセスが楽しくなってきている。いかにカオスな状態になっているものをうまく仕上げるか、というところに時間を注ぐようになっていいる。

現場を任せることができたきっかけは? 役員や社員の動き方は変わったか?

田中:役員合宿をやった時に、「ブレイクスルー・カンパニー(サブタイトル:小さな会社が大きく伸びる法則、Keith McFarland 著、 高橋由紀子 訳)」を読んで、まさにこれだね、ということになった。その本には、「王冠の法則」というのが出てくるのだが、「経営者が王様になる」のではなく、「会社が王冠をかぶる」べきだ、と。

つまり、リーダーが統治する経営から、組織が統治する経営形態に移行しないと、会社は大きくならない。社長に王冠を被せている会社は死んだ方がいい(笑)。役員みんなで合意して、僕はマイクロマネジメントをやめた。そこからは私から役員に、役員からはその先の部下へと玉突き事故のように権限委譲が進んだ。

仕事のスピードはもちろん速くなったが、むしろ、みんなと相談できるようになったのがよかった。以前は、自分が全てを決めるんだということで、一人で悶々としながら決めなきゃならなかったけど、こういう風にやろうと思うんですけど、どう思いますか、って言ってくれるようになった。それによって、私と役員との関係も変わっていった。

Q3. どのように投資家を選んだか?

「サイバーエージェントから投資を受けたかったというよりは、事業提携的な文脈が大きかった。Fringe81 も大きくなっていく中で、サイバーエージェントから多くのことを教えてもらった」

Fringe81(当時、RSS 広告社)がサイバーエージェント・グループから出資を受けたのは2007年12月。まれなケースではあるが、サイバーエージェント本体から投資が実行された。サイバーエージェントの広告配信事業子会社のマイクロアドとの間で、インターネット広告分野の企画・開発でシナジーがあると考えられたからだ。Fringe81 がこの投資から得られたものは、事業シナジー以上に遥かに大きなものとなった。

画像提供:Fringe81に上場承認おりたので沿革をふりかえってみた(調べるお)

サイバーエージェント・グループから資金調達したのは?

田中:実は、MBOのタイミングでは、伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(ITV)1社からしか調達していない。イグジットに至るまでのラストファイナンスでもCVC数社から投資を受けたのみだ。2007年12月、当時はまだサイバーエージェント・ベンチャーズ(サイバーエージェント・キャピタルの前身)が設立された直後で、当社はサイバーエージェント本体から出資してもらった。宇佐美さん(現 CARTA HOLDINGS 会長)がサイバーエージェントの取締役をされていた頃だ。

内藤さん(サイバーエージェント取締役 内藤貴仁氏)に当社の社外取締役に就いてもらい、事業面やマネジメントのスタイル、ガバナンスなどについても直接教えてもらった。その後、内藤さんの後を継ぐ形で、近藤さん(サイバーエージェント・ベンチャーズ 近藤裕文氏)に社外取締役に就いてもらっている。

その頃から、当社は新卒を大量採用する会社に変貌していったので、どうやって新卒の社員を抜擢するべきかなど、人事制度の整備が急務になった。そこでサイバーエージェントの人事担当を紹介してもらい、根掘り葉掘り聞かせてもらった。サイバーエージェントは、今でいう社内起業のような「CAJJ プログラム」や、その事業プランコンテスト「じぎょつく」をやっていて、当社でも子会社を多く作っていくことになると思っていたので、子会社社長をどうやって抜擢するべきか、など、ずいぶん参考にさせてもらった。

投資以上に、経営ノウハウで得るものが多かった、と?

田中:えぇ。サイバーエージェントは、子会社や事業をあれだけバンバン作っている会社としては、世の中でおそらく、最もうまくやっている会社。中途採用もしていると思うが、もちろん新卒が中心なはずで、それでいて、あれだけバンバン子会社を作って、よく人材が枯れないなって。それがやはり不思議で、Fringe81も大きくなっていく中で、サイバーエージェントから多くのことを教えてもらった。

元々、広告の会社だったサイバーエージェントが、ゲームを始めて、マッチングアプリを始めて、一時期は金融の会社もやっていた(サイバーエージェントFX のこと。同社はその後、ヤフーが210億円で買収し、YJFX となった)。広告事業だった会社が、なぜこうも変貌できるのかなって。Fridge81 もまさに変わりつつあるところで、その辺りについてすごく興味を持っている。

当初、サイバーエージェントから投資を受けたかったというよりは、事業提携的な文脈が大きかった。その後、Fringe81 も MBO して IPO を目指そうということになったので、近藤さんらの計らいもあって、サイバーエージェント・キャピタルの管轄に移管していただいて、今も株主としてお付き合いいただいたと聞いている。

Q4. どんな重要指標を見ているか? コロナ禍で変化したことはあるか?

「幸い Unipos のチャーンレート(解約率)は、0.8%程度と SaaS の中でもかなり低い数字。(最も効率がいい顧客獲得方法が)実はウェビナーだったというのは新たな発見だ」

田中氏が「狩猟民族的なビジネス」と「農耕民族的なビジネス」と形容したように、コンペが主要な顧客流入経路となる広告事業と、マーケティングが力を発揮する SaaS「Unipos」では、事業戦略は大きく異なる。一般的には SaaS ビジネスの方が売上や利益の予実管理がしやすく、事業をスケールさせやすいと見られている。Unipos のユーザや売上を伸ばすことで、Fringe81 にとっても株主にとっても、先行きの展望を描きやすくなる。

どのような数字を見ているか?

田中:Fringe81では3ヵ年計画を発表していて、基本的にはそれに沿った形で社内で指標を設定している。ただ、現在出している計画は新型コロナウイルスの感染拡大前のもので、広告事業に対しては一定の影響があり、予実にズレが生じてくることは否めないかもしれない。でも、(株主に対して)お約束した数字なので、少し時期は遅れるかもしれないが達成したい。実体経済と広告業界は密接に連携してしまっており、新型コロナウイルスの動向が見通しにくいのは悩ましいところだ。

いずれにせよ、広告事業と Unipos という二本柱は変わらないと思う。幸い Unipos のチャーンレート(解約率)は、0.8%程度と SaaS の中でもかなり低い数字。つまり、一度に入ったユーザほぼやめないサービスということだ。この種のサービスは(国内では)我々以外にあまりやっていないので、とっつきにくかったりわかりにくかったりするので、市場の開拓コストは少しかかってしまっているかもしれないが、解約率と成長率を見ている。解約率は極めて良いので、いかにして成長率を高めていくかが課題。

コロナ禍でマーケティング戦略は変化したか?

田中:これまで、顧客を獲得する上で最も効率が良いのは展示会に出展する方法だった。大企業の方々と直接名刺交換で、「このサービスは面白いね」などと直接話しかけてもらうことができた。そんな機会がコロナで全て奪われてしまったので、ウェビナーをバンバン自社で開催するようにした。顧客獲得コストが以前の3分の1位になり、これまでは対面が最も効率がいいと思っていたが、実はウェビナーだったというのは新たな発見だ。我々の場合、販売するサービスはピボットしていないが、集客方法がピボットしたことになる。

我々単独のウェビナーでも、毎回400〜500人くらいの方々に集まっていただいている。それを毎週やっているので、毎月2,000〜3,000人は集められている計算だ。以前は有名人に来てもらわないと集客できないなどの課題があったが、コンテンツをしっかり作り込めば、「ちょっと受けてみようかな」と思っていただけるようで、参加者のハードルは下がっているようだ。

プロダクトオーナーは別にいるし、ウェビナーはマーケティング担当者が企画するが、ランディングページとか、キャッチコピーとか、お客様が最初に触れるタッチポイントは僕が比較的コントロールしている。プロダクトオーナーはプロダクトを知り過ぎているので、僕は敢えて俯瞰的に見て、彼らが作ってくれたプロダクトを、潜在顧客となる企業の社長や人事担当者にどのように見せるかを積極的にマネージするようにしている。

Q5. 上場直前に経験したこと。そして、後に続く起業家たちへ

「予実管理へのこだわりを持てた人の方が後から苦労しなくていい。カルチャーを先にビシッと決めておけば、結構そのチームは強いんじゃないかと思っている」

上場したことで、その会社は名実共に公器となり、社内だけでなく多くの投資家に対しコミットが求められるようになる。事業拡大に全力を注いできたスタートアップが、理性のあるマネジメントを求められるようになる瞬間だ。上場前と上場後では何が変わるのか? サステイナブルな企業経営を続けるためのカギは何か? 売上の数字を追いかけるよりも大事なこととは何か?

以前は予期したこともなく、上場準備に入って経験し驚いたことは?

田中:上場準備に入ると、ものすごい予実の精度を求められるようになる。証券会社からも、監査法人からも、東証からも。A という事業の α っていう製品の売上がどの程度予算からブレたか、というレベル。ベンチャーは丼勘定なので、成長していればいいじゃないか、って思うのが正直なところだが、上場すると話が違ってくる。上場後に、「予算を絶対達成するぞ」みたいな感覚は、この上場準備の段階ですごく鍛えられた。

よく「上場準備は大変だ」と言われるが、上場してから求められるよりは、上場準備の段階で予実管理へのこだわりを持てた人の方が後から苦労しなくていい。ベンチャーキャピタルなどと話をしていても、彼らは「売上が上がっていて、利益が上がっていて、帳尻があっていればいいですよ」といった感覚だが、上場を迎えるとその中身、つまり、全体として売上が上がっていても「期待していた事業があまり伸びませんでした」といった話を詳らかにする必要が出てくる。

よく経営陣には、アクセルとブレーキが必要と言われる。田中さんはどちら?

田中:2014年に CFO が着任してくれたが(川崎隆史氏)、それ以前は僕がずっと CEO と CFO の両方をやっていたのと、僕の性格でもあるけど、結構細かいところまで見てしまう。財務はもちろん CFO が見てくれているが、僕と CFO で二人三脚っぽくやっている感じ。僕も本当は拡大傾向に走りたいところだが、締めないといけないところもあるので、ちょっと締める方に寄っている。その点、うちの CFO は攻めにも行ける人なので、うまく役割分担できていると思っている。

これから成長を夢見る起業家へひとこと

田中:企業は儲けるのが先か、カルチャーを作るのが先か、という議論をよく耳にするが、僕はカルチャーの方だと思う。仮に事業は死んでもカルチャーは残る。仮に事業をピボットするにも、カルチャーがしっかりしていれば、それをベースにピボット先の事業もアタリを付けやすい。どんなマネジメントスタイルにするか、どんなインセンティブを付与するか、全てはカルチャーの上に成立しているから。

長く事業することを考えるなら、カルチャーを先にビシッと決めておけば、結構そのチームは強いんじゃないかと思っている。市場規模とか、「こっちの業界は競争が激しいからあっち」とか考えるよりも、どんな事業にピボットしても、チームで同じ方向を向いて取り組めるので、サバイブ能力があると思う。

Fringe81 の場合、当初はカルチャーは確固としたものではなかった。もちろん、ふざけて起業したわけではないけれど(笑)、当初は親会社のカルチャーが強い会社だった。子会社だったので、当然と言えば当然だが。MBO して独立した会社になったときに、カルチャーが明確なものになった。そのおかげで、お客が離れてしまうとか、ピンチもいろいろあったが、乗り切れたような気がする。