ベトナム版Amazonを目指す eコマースの旗手「Tiki」ーー創業から8年を経て見定める新たな挑戦

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Tiki CEO Tran Ngoc Thai Son 氏

本稿はベンチャーキャピタル、サイバーエージェント・キャピタルが運営するサイト掲載された記事からの転載

サイバーエージェント・キャピタル(当時、サイバーエージェント・ベンチャーズ)が、後にベトナムを代表する e コマースプラットフォームへと成長する「Tiki」に出資したのは2012年のこと。Tiki が設立されて2年目のアーリーステージの頃だ。

オンライン書店から始まり一大 e コマースプラットフォームに成長した点、家のガレージから事業が始まった点などは、さながらシリコンバレーのスタートアップのサクセスストーリーを彷彿させる。ベトナムにおける e コマースの申し子とも言える Tiki CEO Tran Ngoc Thai Son 氏に、同社のこれまでの軌跡、目指す方向、投資家からの資金を事業にどのように活用してきたか、など話を聞いた。

Q1. 数ある社会課題の中で、なぜ e コマースを選んだのか

オーストラリアからベトナムへ帰った来た私が英語の本を読みたくても、町の本屋ではなかなか見つからない。この問題を端緒に事業を拡大していった(Thai Son 氏)。


Thai Son:Tiki が事業を開始したのは10年前のことだ。当初はオンラインのブックストア、それも英語の書籍だけを売る店だった。差別化を図るため、あえて超ニッチでユニークな市場を狙ったのだ。私はオーストラリアの大学を卒業してベトナムに帰ってきた後で、英語の本を読みたかった。でも、良い英語の本を見つけるには、町中の本屋を回って探さなければならない。それで Tiki を作った。

オンラインの本屋が e コマースプラットフォームに変化したきっかけは?

Thai Son:Tiki という名前には、ベトナム語(元の表現は Tìm kiếm と Tiết kiệm という2つの言葉)で2つの意味が込められている。一つは時間やお金を節約できるということ、そしてもう一つは、全てのものを探せる、ということだ。このような体験を実現するために、商品のラインアップ拡充や配達の仕組みなどを構築していった。現在では扱う商品カテゴリは34、商品数も600〜700万点程度にまで増え、オーダーから2時間で配達するサービス「TikiNOW」も提供している。

実家のガレージで事業を始め、当初扱っていたのは英語書籍100商品ほどだったが、次第にベトナム語の書籍も取扱を始め、創業から2年が経過した頃(2012年)には、プログラマやデザイナー数名程度の小さなチームに成長していた。サイバーエージェント・ベンチャーズ(当時)から出資を受けたのもこの頃だ。

その資金を元に我々は広さ100平米ほどのオフィスを借り、倉庫も得て、取り扱う商品カテゴリを拡大することとなった。ユーザの多くは、普段時間がなく買い物を素早く済ませたいオフィスワーカーで、男女比は55%:45%と均衡している。家族とより長く一緒に過ごすために時間を有効に使いたい、利便性やホンモノの商品を好むユーザが多く、他の e コマースプラットフォームと比べて、小売単価が高いのも特徴の一つだ。

Q2. e コマースに必要なインフラをどうやって作ったのか

物流や配送の仕組みは自ら作り上げていった。ベトナム政府が主導するキャッシュレス社会実現に向けた動きも、e コマースプラットフォーム事業者にとって好都合に働いた(Thai Son 氏)。

Thai Son:e コマースをやる上では物流や決済といったインフラが必須だ。配送については当初、国営の VNPost(ベトナム郵便会社)に頼むことにした。しかし、彼らは e コマースなど知らない。e コマースには、素早く届ける配送、安く届ける配送などが求められる。そこで、我々は彼らを教育・啓蒙し、e コマースに合ったサービスを提供してもらえるようにした。

でも、郵便だけでは2時間配送のネットワークは組めないだろう。どうやって?

Thai Son:ベトナムにはラストマイルデリバリのサービスを提供する起業家が多くいる。彼らを束ねて、Tiki の配送に利用させてもらうようにした。VNPost 以外にこういったラストマイルデリバリが利用できることで相互補完できる。Tiki はブランドやメーカーと消費者をつなぐ中間的存在で、このエンド・トゥ・エンドのサプライチェーンのために、ベトナム全土に倉庫を20ほど保有している。

Tiki がアメリカや日本の e コマース事業者と異なるのは、特定の物流事業者に依存せず、自ら物流や配送の仕組みを作り上げている点だ。将来は倉庫など、サービスプロバイダ各社との提携で調達する可能性もあるかもしれない。決済については事業開始当初100%現金のみだったが、人々を啓蒙し次第に決済手段を増やしてきた。Visaやベトナムの銀行などとも提携、最近では電子ウォレットにまで拡大している。ベトナム政府はキャッシュレス社会実現への支援も積極的で、これが現金以外の決済手段を増やす上で我々にとっても追い風になっている。

Tiki のユーザには街での買い物の時間を節約したいオフィスワーカーが多いが、彼らは給料を銀行口座で受け取るので、その銀行口座で決済できることは非常に便利だ(デビットカード的な使われ方)。Tiki の場合、現在は40%がオンライン決済で、60%は現金で支払われている。

Q3. ベトナムの e コマースでトップになるには?

お客が求めているものを即座に実現できることがローカルプレーヤーの強み(Thai Son 氏)。

Thai Son:ベトナムで e コマースを展開するメインプレーヤーは4社いる。そのうちの2社はベトナムローカルで(Tiki と Sendo)、残りの2社は東南アジア地域で営業展開するサービスだ(Lazada と Shopee)。Tiki は売上ベースではベトナム最大となっている。高品質商品を集め、サプライチェーンを構築しており、ロイアルカスタマーが高い支出を使ってくれているのが特徴的だと思う。

そうは言っても、ベトナムの e コマースもレッドオーシャン。勝ち残るための決め手は?

Thai Son:出店型のオンラインモールの場合、お客は注文したい商品を探して店を回り、店毎に注文し配送を受けなければならない。これはお客にとって不便で配送などのコストも高くついてしまう。Tiki では商品を一気通貫で注文でき、大多数の商品については、ハノイやホーチミンシティで2時間配送を実現し、お客の利便性を向上している。

ローカルならではの強みもある。Tiki は最近、食料品デリバリを始めたが、これは当初、今年の年末に立ち上げる計画だったものだ。新型コロナウイルスの影響で消費者は街に出られなくなってしまい、この状況に対応して、食料品デリバリのサービス公開を急遽前倒して4月にスタートした。ローカルだから消費者のニーズが手に取るようにわかるし、エンジニアやサービス開発チームが同じフロアにいるので、優先順位を組み替えて素早く展開することができた。(編注:インタビュー直後、Tiki と Sendo が合併交渉中にあると一部で報道された。この点についてコメントは得られていない。)

Q4. Tiki にとっての成功や目標とは何か? どんなイグジットを考えているか?

正直なところ、今はイグジットのプランはない。我々の目標は常に価値を創り出し、お客さまから最も信頼されるプラットフォームということ(Thai Son 氏)。

Thai Son:我々の目標は常に価値を創り出すということ。そして、お客さまから最も信頼されるプラットフォーム——マーケットプレイス、人による物流網、決済、越境での B2B ネットワークなど、メーカーやブランドと消費者をつなぐエンド・トゥ・エンドのコマースエコシステム——になるということだ。これらは非常に多くの要素で構成され、物理インフラとデジタルインフラの両方が必要だが、誰もがサービスを使えるように、(ベトナムの)都市部だけでなく地方にも展開していきたい。

あらゆるサービスを提供できる「スーパーアプリ」にならないの?

Thai Son:スーパーアプリになろうという計画はない。形のある商品から航空券をはじめとするデジタルな商品まで、カテゴリの拡充を図ってきたし、先に説明したように食料品デリバリを始めるなど、あらゆるものを現在のお客さまに届けること、それを高い水準でどうやって実現するかに注力している。スケールはゆっくり確実に進めていく。決して急ぐことはしない。

これまでに複数のラウンドを通じて資金を調達して来たが、正直なところ、今はイグジットのプランはない。もちろん、経済にとって意味を持つ存在になれば、いつかは売ることになるのかもしれない。今は、エコシステムづくりに必要なものを構築し、先ほどから言っているマーケットプレイス、物流、食料品、広告メディアなどのインフラを作り続けている。

もし我々がイグジットを現時点で考えているとするなら、それは、株主にとってのイグジットだ。アーリーの段階で投資してくれた投資家、そして、我々の従業員に利益を分配するためにセカンダリー取引を行うことを考えている。それに向けた準備は明確な計画を持って進めているが、その具体的な内容について情報を共有することはできない。

Q5. ベトナム国外に進出する計画は?

ベトナム国内だけでも得られる事業機会は十二分にある。ベトナムの e コマースの伸びしろは極めて大きい(Thai Son 氏)。

Thai Son:その質問には2つの答えがある。まず一つには、起業家なら誰しも事業のスケールを目指し続ける必要がある。他の国に展開する可能性があるかと尋ねられれば、それは将来いつかやると思うと答えることになるが、今ではないことは確かだ。

もう一つの答えは、ベトナムのデジタル経済市場が、我々にとって十二分に大きいということ。ベトナムの小売市場全体で、今後4〜5年の間に2,800億米ドル規模にまでに拡大すると言われており、インターネットの普及率を考えると、ベトナムの e コマースの伸びしろは極めて大きい。

ベトナム国内で他事業に進出する計画は?

Thai Son:我々は、 e コマース(商品を発見する)はディスカバリープラットフォームになると考えている。従来ならブランドは自社商品の広告を打って認知を図る必要があったわけだが、Tiki のようにブランドと消費者をつなぐ存在がいることで、ブランドは別途広告を出さなくても消費者に商品に気付いてもらうことができる。Alibaba は中国最大の広告会社であり、Google や Facebook も広告ビジネスの会社であり、Amazon も多くの利益を広告から得ている。e コマースプラットフォームが広告に代わる立ち位置を取れるかもしれないわけで、我々は Tiki にも非常に大きな広告ビジネスの事業機会があると感じている。

このようなことを考えると、すでにベトナム国内だけでも得られる事業機会は十二分にある。国外進出は、優先順位に応じて考えていきたい。

Q6. 日本をはじめ、中国の JD(京東)、シンガポールや韓国の VC など、海外各国から調達している。その理由は?

多くの海外投資家から資金を調達したことで、多くの市場から e コマースの知見を得ることができた。日本の投資家には、ベトナムのスタートアップにもっと関心を持ってほしい(Thai Son 氏)。

Thai Son:これは、Tiki が投資家を多様化する努力をしてきたことの結果だ。世界最高の物流を持つ JD(京東)から我々は多くを学んだ。日本からも韓国からもそうだ。サイバーエージェント・ベンチャーズ(当時)が我々に投資してくれたときには、我々は日本を訪問する機会を得て、楽天を見学することができた。韓国では Coupang、11STREET、Ticket Monster などを訪問できた。それぞれの投資家から学ぶものを得ている。

多くの国の投資家から資金調達することは簡単ではないのでは?

Thai Son:どの国の投資家から資金を調達できるかは、その投資家がベトナムへの投資に興味を持っているかどうかによるだろう。例えば、ヨーロッパの投資家の投資先リストの中で、ベトナムは高順位には入ってこない。一方、韓国の投資家は近年、ベトナムに非常に高い関心を持っている。日本の投資家はかつてベトナムへの投資に関心を持っていたが、それは時期的に早過ぎたという印象だ。

日本の投資家が積極的にベトナムに投資していた8〜12年前は、ベトナムでは e コマースはまだ今ほどポピュラーではなかった。その頃、日本の投資家も数社 e コマースに投資をしていたが、おそらくまだ早過ぎた。今こそベストタイミングであり、日本の投資家にはベトナムにもっと関心を持ってほしい。e コマースがブームとなっている今、ベトナムへの投資を増やしているのは中国や韓国だ。

Q7. 日本の投資家や起業家にメッセージがあれば

一つ言えることは、日本の投資家がベトナムに投資を始めたのはすごく早い時期で、最近は、ベトナムのことを忘れているのではないか(笑)、そして、それは誤った選択になるかもしれない、ということだ。かつて日本はベトナムに非常に多くの投資を行い、工場・発電所・道路・鉄道を作っていった。投資だけでなく、自らやってきてインフラを作っていった。現在ではベトナムが経済成長したことで、そこから得られた利益も大きいだろう。

日本の伝統的な投資家は投資を続けたものの、それは伝統的なインフラ産業に対するものだった。しかし、現在のベトナムはデジタルインフラを構築しているところ。デジタルインフラとは何か、それは、フィンテック、オンライン広告、e コマースなどのプラットフォームだ。こういったデジタルインフラの分野では、残念ながら積極的に投資を続ける日本の投資家に出会うことは多くない。10年ほど前、私が30代の頃は、いくつかの日本企業がベトナムの e コマースに投資を始めていたが、それはまだ早過ぎたのだ。

ベトナム人は日本のブランドに愛着があり、日本の文化や品質に対して好印象を持っている。また、ベトナム人は起業家精神旺盛で、非常に野心的であり、これを見逃すことは投資家にとって不利益になるのではないかと思う。

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