弁護士・石原遥平氏に聞いた、スペースマーケットでの信託型ストックオプション設計と導入のリアル【ゲスト寄稿】

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本稿は、淀屋橋・山上合同東京事務所パートナーで弁護士の石原遥平氏と、StartPoint 代表取締役で 「StartPass」プロデューサーの小原聖誉氏による寄稿である。小原氏が質問し、石原氏が回答する形で進められた対談を BRIDGE 向けに再構成してもらった。

<解説:石原遥平氏>

石原遥平氏

弁護士。弁護士法人 淀屋橋・山上合同 東京事務所パートナー。

スペースマーケット取締役、RECEPTIONIST 社外監査役、シェアリングエコノミー協会シェアリングエコノミー認証制度統括ディレクター等を務める。

2016年から出向したスペースマーケットでは、自治体や企業提携交渉、資金調達、内部監査、上場審査対応等も担当し、2019年12月に東証マザーズ上場を担当マネージャーとして経験。

2020年4月に事務所に復帰し、2021年4月から同事務所パートナーに就任。

<聞き手:小原聖誉氏>

小原聖誉氏

2013年 AppBroadCast 創業。400万⼈にサービスが利⽤されたのち、2016年に KDDI グループの mediba へバイアウト

その後エンジェル投資家として25社に投資・⽀援し3社がイグジット(うち1社東証マザーズ上場)。 「若⼿起業家が選ぶすごい投資家」第1位選出(2019年・週刊東洋経済)。現在はスタートアップを⽀援する会社 StartPoint を創業し、起業プラットフォーム「StartPass」などを通じスタートアップ250社に経営リソースを提供。

著書に「凡人起業 35歳で会社創業、3年後にイグジットしたぼくの方法。」(CCC メディアハウス)など。

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最近スタートアップ界隈で耳にすることが多くなった「信託型ストックオプション」について、前回は、資本政策のプロである公認会計士/税理士の方にお話を伺い、制度の概要や従来型ストックオプションとの違い、〝上場審査でNGにならないため〟の設計上の注意点などを伺いました。

今回は、実際に信託型ストックオプションを導入した上で上場を果たした企業の上場担当者に、現場のリアルな声を伺い、より実践的な活用方法・注意点などを探っていこうと思います。(小原)

Photo by CreditScoreGeek – Creative Commons License 2.0 Generic

石原さんは、2019年12月に上場したスペースマーケットで、実際にストックオプション制度の設計に関わっていらっしゃったんですよね。

そうです。私が入社する前に一度通常の税制適格ストックオプションが発行されていて、入社したのはちょうどその数ヶ月後というタイミングだったのですが、第1回目の発行以降に入社したメンバーはストックオプションをもらえていないという状況だったため、そこをフェアにするための何かいい制度はないか、という検討の中から、信託型ストックオプションを導入することになりました。

スペースマーケットでは、最初に従来型ストックオプションを1回 → シリーズ B の後に信託型ストックオプション → 最後にもう1回シリーズ C の後に従来型ストックオプション、と、合計3回発行しています。

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信託型ストックオプションはどういう段階・シーンで一番の選択肢となるのでしょうか?

本当のシード期(資金調達前または1回目の資金調達のフェーズ)ではあまりお勧めしません。理由としては、コストが高いことと、後述の人事制度が整っていない状況で導入しても運用が難しいこと等です。

目安としては、シリーズ A ~ B のフェーズくらいでしょうか。導入コストは安くても数百万円ほど必要になりますので、資金調達の使途として明示して調達するのもよいかもしれません。

導入の際の具体的なスケジュールとして、準備期間はどのくらいを見ておけばよいでしょうか?

事前の検討状況次第ですが、最速で約2ヶ月あれば導入可能だと思います。

信託型ストックオプションは「運用」が必要であると聞きましたが、具体的にはどのような作業が必要なのでしょうか?

この場合の「運用」とは、人事評価ポイントの付与、ということになると思います。

半期ごとなど、一定期間で対象者を評価し、事前に設計したルールに基づいてポイントを付与していくことになります。粛々と決められたガイドラインに沿って付与していくことになるので、「運用」といっても、むしろそこに恣意性などを入れないよう機械的に作業していくことが肝要です。

また、その該当期間ごとに社外監査役などで組織する外部委員会を組織し、恣意的な運用がなされていないかのチェックも行います。

通常のストックオプションと信託型ストックオプションを併用することはできるのでしょうか?

可能です。むしろ、初期は税制適格の無償ストックオプションを発行し、従業員が30人を超えた辺りから信託型を導入するくらいでいいと思います。

信託型ストックオプションを発行するにあたって、社内ではどのような議論をなされたのでしょうか?

具体的には以下のような点を議論しました。

  • PL へのヒットの有無とその影響
  • 監査法人の監査リスク、主幹事証券審査リスク、東証審査リスク
  • 導入上、運用上の問題
  • フェアバリュー算定した時の創業者の負担等

割当比率については転換当日にならないとわからないというのが信託型の特徴かと思いますが、実際に、転換時に対象者から不公平などの声は出なかったのでしょうか?

特に出なかったと認識しています。

予め決められた株数分のストックオプションをポイント付与数に応じて山分けすることになるので、当然最後まで誰に何株渡るかは不明なものの、想定の数字と大きく乖離しなかったことや、半期ごとの適切な上長からのコミュニケーションによってあくまで想定の数字だという説明をしていたことが奏功していると考えます。

信託型ストックオプションを普通株に転換する時にはどのような手続きを行うのでしょうか? イメージが湧いておりません。

対象者は証券会社に専用の口座を開設し、行使の意思表示、金額の払込、口座への株式の納入などを行います。従来型ストックオプションと特に変わらず、面倒な手続きではありません。

今振り返ってみても、もう一度信託型ストックオプションを導入したいと思いますか?

絶対に導入します。ただ、前述のとおりメリットとデメリットがあるので、税制適格の無償ストックオプションと組み合わせてポートフォリオを組んで実施すると思います。

また、同じ信託型の枠組みの中で、ポイント制度だけでなく、特別付与分という形でワンショットで何株分かのストックオプションを付与するというような設計も可能なので、うまく組み合わせてインセンティブを有効に維持できるよう、導入時にかなり議論して整備する必要はあります。

信託型ストックオプションを導入したことによって成功した会社の事例、反対に失敗した会社の事例があればお伺いしたいです。

退職者の対応(無償ストックオプションだと毎回消却と登記が必要で、その分を誰か別の人に分配するということはできない)の面で、圧倒的にコストも手間も省けたと思うので、そこは実務的なメリットはかなり大きいと思います。

一方で、まだ人事制度も整っていない会社が無理して導入して恣意的な運用がなされたり、そもそも現実化するかどうかの期待度が低い段階で導入してこれを給与の一部とされる賞与の代わりとしてコミュニケーションを取ってしまうようなことがあると、従業員から不信感を抱かれるリスクがあると思います。

信託型ストックオプションを是非導入すべき会社、反対に導入すべきでない会社というのはありますでしょうか?

IPO を目指すのであれば、有効なインセンティブの手段として導入すべきだと思いますが、逆にバイアウトを目指すのであれば導入すべきではないと考えます。


前回は、主に専門家の観点から、対外的(対監査・上場審査)な設計上の注意点のお話を多く伺うことができましたが、今回は、実際に導入された企業側のリアルな声から、対象者とのコミュニケーションや人事評価制度との兼ね合いなど、社内的な観点の注意点を具体的に知ることができました。

信託型ストックオプションは IPO を目指すスタートアップにとって非常に有効なインセンティブ制度といえそうですが、コストが高く、また、運用に当たっては人事評価制度と密接に関わるため、それらが整った段階で入念に準備をした上で導入すべきであり、そのタイミング以外では従来型の税制適格ストックオプションと上手く使い分けていくのがよさそうです。

信託型ストックオプションを本来の目的どおり、フェアで使い勝手のいいインセンティブ制度として効果を発揮させるためには、社内的な対応でいうと何よりも「明確で適切な人事評価制度」と「対象者とのコミュニケーション」が肝だといえるのではないか、と感じました。(小原)

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