脱炭素社会に向け新事業を開拓、モビリティのニーズをテクノロジーで分析——出光とスマートドライブの共創

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。

18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命は、石炭と蒸気機関を中心としたものでした。20世紀は石炭から石油への転換が図られた時代だと言っていいでしょう。そして21世紀に入り、もう5分の1ほどが経過しましたが、地球温暖化や SDGs(持続可能な開発目標)が声高に叫ばれるようになり、急がれているのは化石燃料を中心とした炭素社会からの脱却です。この影響を最も多く受ける産業の一つは石油業界で、世界中のオイルメジャーは生き残りをかけて、次なる主軸事業の開拓へと奔走しています。

出光興産は2021年2月、電気自動車(EV)事業への参入を発表しました。レース車両の開発などを手がけるタジマモーターコーポレーションと合弁で新会社「出光タジマEV」を2021年4月に設立、新規格「超小型モビリティ」に準拠した、4人乗り且つ、一般の家庭用電源で充電可能な超小型EVを2022年に市場投入します。この EV は全国に拡がる出光興産のガソリンスタンド等を通じて展開される予定で、ガソリンスタンドは車のエネルギーの供給拠点からモビリティサービスを更に拡大した拠点へと変貌を遂げます。

超小型 EVデザインコンセプト

超小型モビリティは完成しつつあるものの、ユーザのニーズにあわせて、より使いやすいものにする必要があります。来年の本格展開開始に先立ち、このモビリティがどのように利用されるかの知見を貯めるべく、出光興産とタジマモーターは2019年から、岐阜県高山市や千葉県館山市、市原市などの地方エリアで、モビリティを使ったカーシェアリングサービスの実証を展開してきました。この実証ではモビリティやユーザの動きを可視化するため、スマートドライブの技術が活かされています。

出光興産とスマートドライブがどのような経緯でタッグを組むことになったのか、そして、どのような共創成果が生まれているのかについて、出光興産モビリティ戦略室の朝日洋充さんと、スマートドライブ先進技術事業開発部ディレクターの石野真吾さんに話を伺いました。

ドライブデータの可視化で見えてきた、次世代のモビリティと社会のカタチ

スマートドライブは、2013年に創業したモビリティデータを活用したサービスを提供するスタートアップです。創業以来「移動の進化を後押しする」をビジョンとして、マルチデバイスでの移動データの取得から解析・可視化・活用まで、移動にまつわる様々なモビリティサービスを提供しています。

スマートドライブビジネスモデル

出光タジマ EV が開発する EV は8時間の充電で120kmの走行が可能。この仕様を決めるのにも、スマートドライブの「Mobility Data Platform」で収集されたデータが一役買いました。

住民の利用では買い物や子供の送迎といった短距離移動の需要があり、営業などに使う商用でも、1日の移動距離が15~20キロメートルだったことから、軽自動車ほど高い性能は必要ないと判断しました。EV の設計に関わるこのようなことも、カーシェアリングサービスの実証実験を通じて得られたデータからわかったことです。(出光興産 朝日さん)

端的に、従来からある移動手段として使ってもらうだけでは、この EV の可能性を引き出せたとは言えません。カーシェアリングのメリットを享受できるのは、住民以外にも地域外から現地を訪れる観光客です。公共交通機関が必ずしも便利ではない地方エリアでは、小型であれば幅の狭い道路も運転しやすく、MaaS としての可能性も広がります。旅先で観光客が発信する SNS データを収集・解析するスタートアップであるナイトレイ社にも参加してもらい、稼働率向上や観光地開拓につなげる取り組みも行いました。

出光興産様も当社も、今まで向き合ったことのない課題、つまり正解がないなかでディスカッションを重ねていき、お互いが持っている知見や強みを出し合いながら、手探りながらも目指すべき方向に向かっていった感じですね。行きづまった場合であっても、ナイトレイさんなど違う技術・強みのある会社様にも参画してもらって、ユーザーが使って便利なものや役立つものを探っていきました。(スマートドライブ 石野さん)

出光興産とスマートドライブが協業に至ったきっかけ

出光興産はかねてから、KDDI ∞ Labo の主旨に賛同する大企業群「パートナー連合」に参加していました。朝日さんは ∞ Labo の定例会に参加していたメンバー(出光興産のオープンイノベーション担当者)から「超小型EVをもっとよくできるパートナー企業があるよ」と紹介され、両社が持つアセットがうまく組み合わせられると考え、タッグを組むことにしたそうです。ディスカッションが始まったのが2020年2月、その1ヶ月後にはスマートドライブがプロジェクトに関わることになりました。

当社はスタートアップなので、さまざまなお客様に知っていただくというフェーズにいます。しっかりとしたパートナー様とキッチリとプロジェクトに取り組ませていただいているというのは、信用度向上という観点において非常に重要と考えています。

実際、出光興産様との超小型EVのプロジェクトを新聞記事で読んだお客様(他社)が、展示会で当社ブースにお立ち寄りいただき、違うプロジェクトをご一緒するといった、理想的なスパイラルが起こっています。(スマートドライブ 石野さん)

出光興産とスマートドライブの間には資本関係はありません。スマートドライブは SaaS のビジネスモデルなので、Mobility Data Platform サービスを出光興産が利用する座組です。当然、クルマやモビリティとのインテグレーションはユーザである出光興産が実施することになりますが、出光興産が社運をかけた新事業に関わることで新たなユースケースを開拓できるとの判断から、スマートドライブも深くコミットしています。

MaaS やスマートシティなどのサービスが増える中で、蓄積した移動データをどう利活用するか、お客様から意見を求められることはよくあります。創業から8年にわたり、移動データの利活用に主軸を置いて事業を行ってきたので、業種別の使われ方についても知見が溜まっています。

お客様に合わせて我々が仕組みをカスタマイズするのではなく、むしろ、お客様がどう組み合わせて使うか、お客様の今あるプラットフォームや他社のプラットフォームとどう連携させるかなど、柔軟に提案するようにしています。(スマートドライブ 石野さん)

オープンイノベーションは、解決すべき一つの課題に対して、大企業1社とスタートアップ1社で完結しようとされがちかもしれません。スマートドライブは近年、MarTech(マーケティングテック)を提供するスタートアップとの連携も積極的に行うなど、得られた移動データのさまざまなソリューションへの応用を提案しています。これこそ、オープンイノベーションの真髄であり、直接的にプロジェクトに関わった大企業やスタートアップ以外にも、さらに多くの企業を巻き込む形で事業機会を創造することにつながるわけです。

次回も国内の共創事例をお届けいたします。

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