逆転の発想「朝ディナー」は何を変えたーーsio・鳥羽周作さん Vol.1

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回はsioのオーナーシェフであり、食のワンストップ・クリエイティブカンパニー「シズる」代表取締役でもある鳥羽周作氏に登場いただきます。

鳥羽氏はサッカー選手、小学校教員を経て32歳の時に料理の世界に飛び込んだ、異色の経歴を持つ料理人です。2018年に自らがオーナーを務める「sio」をオープンし、2年連続でミシュランガイド東京の星を2年連続獲得されています。また、今年4月には博報堂ケトルと共同で、食に関するクリエイティブカンパニー「シズる」を設立しました。

YouTubeやソーシャルメディアを積極的に活用した新たな「美味しい」のあり方を伝えながら、レストランビジネスを次の段階へアップデートできないか、そんな模索を続けておられます。

本稿では前後半に渡り、鳥羽氏が繰り出すアイデアの源泉、それを支えるチーム、そしてsio・シズるが目指す食の新たなビジョンについてお届けいたします。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は鳥羽氏、文中敬称略)

朝ディナーの「なぜ」と結果

朝ディナーの一皿(撮影/編集部)

朝ディナーが話題になりました。私も体験しましたが、これをやろうと思った発想のきっかけをお話しいただいてもよろしいですか?

鳥羽:最初の緊急事態宣言が出た時は営業時間を守るか守らないか探りながらでしたが、2回目(の緊急事態宣言で)はみんな守りますっていう話になりました。12時くらいまでやってるレストランが8時までになると、4時間分ないじゃないですか。その空白の4時間どうしようか?みたいな話をしてたんです。

1回目のリモートワークの時って割と9時から仕事して5時に定時で上がるパターンだったのが、リモートワークにみんなが慣れて、例えばお昼に起きて5時までじゃなくて12時ぐらいまで根を詰めて仕事して朝寝てるって人もいれば、朝6時から仕事して終わらせて、12時ぐらいにはもうフリーの時間にするとか。

割とリモートワークの時間の使い方がフレキシブルになったっていう感じがあって、ツイッターで「朝ごはんとかやったらけっこう需要があるんじゃないの?」みたいな話をしたら反応が良かったんです。

なるほど

鳥羽:僕はそういうのは思い立ったら「すぐにやらないと逃す」っていうのは何となく肌感にいつも感じてることなので、するしないじゃなくて、とりあえずやるっていう。機会を逃すとどのみち成功しないので、やろう!って言って速攻で会社に連絡して、先に会社じゃなくてツイッターで「朝からディナーやります」って言っちゃったんです。

で、次の日にはもう予約サイトを開けて、1週間後には朝ディナー始めてました。

新しいことをやるにあたって人を雇ったりとかいろいろ体制を変えなきゃいけない。チームのメンバーは朝ディナーやるぞって言われた時にどんな反応だったんですか?

鳥羽:うちの会社は判断基準が「幸せの分母が増えるかどうか」みたいなところがあるんです。今回コロナ禍という部分もあって、初動に関してはめちゃくちゃみんなアグリーで、そこに関してはみんなバーンって信じてくれてるんで、全然ストレスなくいきましたね。

その中で難しかった点は

鳥羽:ただディナーやるっていうだけじゃお客さんが入らなくて、朝にディナーっていう体験価値はきっちり作り込まなきゃ難しかったです。そこで「朝」を連想させるいくつかのスペシャリテみたいなお皿、例えばサラダとかオムレツだとかを作って朝にチューニングし直しました。

朝の食事の中でレストラン体験を作るっていうのに、ただ単に夜のコースを短くして出すんじゃなくて、スピード感はありつつもそこにチューニングし直したっていうのは勝因として大きいかなと思います。

1週間で最適化はきちんとできた感じだったんですか?それともやりながら試行錯誤ですか?

鳥羽:すぐですね。そこに関してはいろんなジャンルに会社としてずっと取り組んできたので、手持ちの札は割と豊富なんです。すき焼きやったり居酒屋やったりとかもあるので、そういうところにはいつも困らない。

なるほど

鳥羽:世の中的に飲食店の中で一番重要なのって、お客さんがお金を払うことじゃないですか。売上を回収して原価とか人件費を引いたら利益になるんですけど、お客さんが今、何を求めて何を食べたいのかにどれだけ応えられるかっていうところが、実際のところ飲食店におけるマネタイズのポイントだと思っています。

基本的にはクライアントワークだと思ってるんですよね。お客さまの答えに対して予想の斜め上を行くことで感動が生まれて、そこにお金が落ちてまた行きたいっていう風になるのはすごくシンプルなしくみだと思います。

コロナ禍でジャンルレスにしていくことで、よりお客様のニーズにきちっと応えられる。例えば、「朝だからごはん食べたいんですけど」って言われたとき、「いや、うちはフレンチなんでパンしかないです」というのではなく、「もちろんごはんもありますよ」って、よりホテルビジネス化していく。

朝ディナーをやったことで、お客様のニーズに応えられる料理とその施策・やり方が受けて、ありがたいことにおかげさまでずっとほぼ満席をいただいたんで、ニーズに対しては応えられたのかなと思っています。

ただ、みんながみんなこれをやったら成功するかと言えばまたちょっと違う話なのかなと思います。より本質的な、みんなが食べたいと思っている朝の時間をどういう風にしていくかは今後の課題です。どういう風に持続させていくかを念頭に、毎日めちゃくちゃ悩んでます。

既存のアイデアに流れなかった理由

コロナ禍でレストランに行けないという問題に直面したとき、多くの方々がデリバリーというものを選択されたと思うんです。既存のアイデアに流れなかった理由は?

鳥羽:もちろんデリバリーをやってなかった訳ではないですし重要視してはいますが、レストランの価値はあくまでも体験価値だと思っています。体験価値を一番感じやすい場所はやっぱりレストランという場所だと思ってて、その中で提供できるものを最大化したのが朝ディナーだったと思います。テイクアウトなら8時間後に食べてもレストランの味が食べれるような商品開発するとか。

すべて「美味しい」という絶対的な存在に対してもっと俯瞰的なアプローチで、編集とプロデュース能力を掛け合わせて一つのコンテンツを作っていく。「美味しい」をプラットフォームにして、どうコンテンツを作っていくかってことに重きを置いています。そのベクトルをお客様に向けた上でのコンテンツ作りが一番大事なんじゃないかなと思っています。

ブログで情報発信された時、朝なのにディナーなんてなんじゃそりゃ?みたいなフィードバックをスルーせず、丁寧に向き合っておられましたね

鳥羽:これは生き方の問題というかスタンスの問題で、自分たちがやってることに対して当然批判もあるし理解されないこともある。そこはできる範囲できちっと向き合っていきたいというのが僕のスタンスです。

ディナーはもともと一日の主となる食事だから、朝ディナーっていう概念は間違ってないって説明すれば分かってもらえることなので。その知識がない中でそういう風に言われるのも違うと思うし、知れば理解してもらえると思っています。しかも朝ディナーってめちゃくちゃ体験価値が高いから、そういう人にこそ来て欲しいなっていう思いもありました。

フィードバックに向き合うことで得られるものはなんでしょうか?

鳥羽:これからの「普通」を作っていく「基準」を作る上で、やっぱりマイノリティーだと文化にならないし「普通」になっていかない。そういう批判的な部分もきちっと巻き込んでいく努力は、何か作っていくときにしていかなきゃいけない。

気持ちの問題だと思うんですけど、要は理解されなくてもいいってなっちゃうと、頑固親父のラーメン屋さんみたいになって、一部ではお客さんが来て行列かもしれないけど、それが文化になるかって言ったらやっぱり文化にはなりづらい。

僕らがやりたいのは文化だし、本質的なものを作っていくという意味ではそういう人たちに対してもきちんと理解をしてもらって、分かってもらうっていうスタンスは絶対になくしちゃいけないことだと常日頃思っています。

常にいろんなお客様の声と向き合っていくのがサービススタッフだと思うし、ホスピタリティーだと思ってる。決してマイナスの意見から何も得れないんじゃなくて、やり取りは自分が改めて成長する場でもあると思う。そこは真摯に。クレームこそ最大のチャンスだと僕は思ってるんで。

(後半につづく)

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