10年起業家:ギアチェンジの時、上場の意味

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Gunosyで知名度を上げたグッドパッチは上場を目指しチームを拡大させる(写真提供:グッドパッチ)

(前回からのつづき)シリコンバレーで出会った起業家と学生はやがて2社の上場企業を生み出した。しかし話はそう簡単なものではない。一社はチームに大きな問題を抱え、もう一社はジェットコースターのような日々を過ごすことになる。10年が経過した今、スタートアップが上場する意味とは何かを振り返る。

グッドパッチ、上場を目指す

Gunosyを開発した学生3人は連続起業家となった木村新司氏と出会う。サービス立ち上げの翌年、法人としてのGunosyが動き出した。一方、そのきっかけを作ることになった土屋尚史氏もまた、プライベートなデザイン会社としてだけでなく、もう少し先の世界を見たいと思うようになる。

「私も全然資金調達とか考えずにグッドパッチを起業したんですが、やはりGunosyが大きくヒットした翌年には、社員を20名近く抱えるようになったんです。そもそもスタートアップ自体が好きで、大企業と一緒に仕事をするというよりも彼らと一緒に仕事をしたかったんですよね。だからどこかで影響を受けていたんでしょう、ワンチャンス、そういう機会があったら挑戦してやろう、という野心的な気持ちは持っていました」(土屋氏)。

グッドパッチが最初に外部の投資家から調達をすることになったのは創業から2年後の2013年12月。DG インキュベーションから1億円の資金調達だった。その後、2016年にシリーズBラウンド(参加した投資家はDG インキュベーション、Salesforce Ventures、SMBC ベンチャーキャピタル、SBI インベストメント、FiNC。調達金は4億円)、その翌年の2017年にはシリーズCラウンドでSBI インベストメントと三井住友海上キャピタルから総額4億円を調達している。

黒字を達成して数十人のチームを擁するまでに成長した、クライアントワーク中心のデザイン会社が上場を目指すというのは珍しいステップだった。外部投資家を入れれば、当然ながら経営はそれまで以上にガバナンスを求められるようになる。1人気ままなオーナー社長ではいられなくなるのだ。それでも土屋氏もまた、社会の公器となる道を選んだ。

「迷いですか?全然ありましたよ(笑。まあそれでももし、やれるチャンスがあるのなら挑戦してやろうと。ただ、最初の起業ですから上手くいかないだろう、正直に言うと、どうしようもなければ会社を売ればいいや、ぐらいに思っていました。それでもそれから会社が成長し、今で言うミッションやビジョンのようなものを考え出した時、社会的な存在意義が見えてきて、自分がこの会社をやり続ける意味がありそうだなと感じたんです。そこからですね。腹が括れたというか。もちろんそういう意味では周囲のスタートアップや起業家の方々の刺激はすごく大きかったと思います」(土屋氏)。

その後、グッドパッチは調達した資金と積み上がる依頼を糧に、急速にチームを大きくする。当時を振り返って土屋氏は、この急成長にあまり恐怖を感じず、その勢いに身を任せていたと語る。自分は本質的には正しい選択をしている、失敗も数多く知っている、だから大丈夫ーー。しかしその先に待ち受けていたのはシリーズBラウンドを前後して経験した組織崩壊だった。

成長痛を経験し、それでもグッドパッチは踏みとどまる。

「組織が成長する中、私はキャッシュというか売上を重要視していたんです。組織が危うい状態になっていた時でも昨年比で45%とかの売上成長があった。もし、あの時、調達した資金を未来への投資だ、などと言って既存事業をおざなりにしていたら今はなかったでしょうね。それともうひとつ。あの時、悪い経営であるということを自分が認めなかったらダメだっただろうなとも思っています。もしも致命傷があったとしたらそれですね」。

成長のジェットコースターに乗ったGunosy

2014年当時の福島氏。目の覚めるようなマーケティング施策は驚きの連続だったようだ(ニュースレコメンドエンジンのGunosyがKDDIと資本業務提携、調達金額は12億円かーーTVCMも開始へ

話を巻き戻そう。Gunosyは2011年10月に産声を上げ、その翌年の12年10月に法人化することになる。事業にすることを考えていなかった福島氏ら3人の学生たちは、木村氏によって大きく人生を変えることになり、それまで二人三脚で立ち上げを支援した土屋氏の元から卒業することになる。

「当時はとにかくGunosyをTwitterで呟いてる人を見つけては『いいね!』して回ったり、一部機能がうまく動いてくれなくて炎上した時の対応を一緒にやったりしてました(笑。ただ、当時彼らは就職すると聞いていたので自分としては起業した方がいいのに、ぐらいに思っていました。彼らは優秀だし、Gunosyの成長と共にグッドパッチにも仕事が舞い込んできましたから。そうこうしてる時、確かアプリを開発する段階だったかな、福島さんから電話があって『起業することになりました』と」(土屋氏)。

数万ユーザーどころじゃない、百万ユーザーが見える位置にいたGunosyであれば欲しいと思う企業はいくらでも出てくるはずだ。学生だけでの起業に不安があるなら売却するという手もある。ーーそんな風に考えていた土屋氏の元に届いた彼らからの報告は意外に映る。そして学生たちが土屋氏と一緒に作っていたGunosyは「株式会社Gunosy」となり、徐々に彼の手を離れることになる。

そこからGunosyの急成長が始まった。本格的なマーケティング施策の開始だ。

アトランティスを創業してグリーに売却した木村氏はアド・テクノロジーのプロだった。スマートフォンシフトが進む当時、企業はいつかやってくる「手のひらの市場」に広告を出稿することになるだろう。そう考えた彼らはまず、Gunosyを一大メディアに成長させる道から歩みを始める。

投下したマーケティング予算は莫大で、赤字は毎月数千万円にも上った。メディア成長のために先行投資して大きく「Jカーブ」を掘る、典型的なスタートアップの戦い方だ。福島氏は冷静に事態を眺めつつ、突然の成長ジェットコースターに乗った気分をこう振り返る。

「自分たちで確かに信じてる理論はあったんですよ。数字がここまで行った時、こういう数字が出てるので理論上こうなるはずだ、とか。でも、周囲からは厳しい意見をものすごく言われてなんだろうこのギャップは、と。走ってる自分たちは爆速でも、何て言うんですかね、飛行機に乗ってても自分が速く動いている感じってしないじゃないですか。あんな感覚でしたね。やれることをやろうと。

明確にこうやれば利益が付いてくるというのは投資を踏んだ時に分かっていたんです。ただ、Facebook広告などに資金を投下していたんですが、その規模が大きすぎて訳が分からないとは思っていました。木村さんは『やるから』と。そういう感じで」(福島氏)。

Gunosyはその後、2013年10月からエンジェルとして参加していた木村氏が正式に共同代表として就任し、徐々に事業としての輪郭を明瞭にしていく。土屋氏はやや寂しさも感じつつ、ギアチェンジを果たした両社はそれぞれ別々の道を歩み出すことになる。

そして上場へ

グッドパッチは2020年にマザーズへ上場する(UI/UXデザイン支援のグッドパッチ、東証マザーズ上場へ、評価額は43億円規模に

木村氏の参加で資本を得たGunosyはその後、大きく踏み込みを続けながら2014年にKDDIとJAFCOを外部株主に迎え、さらに大胆に踏み込みを続けた。結果、ダウンロード数を900万件手前まで伸ばした2015年4月、東証マザーズへ上場を果たすことになる。学生たちが趣味の延長でサービスを立ち上げてから4年弱、ここから一気に二桁億円以上の事業を作ることに成功したのだ。

あれから紆余曲折あり今、福島氏はGunosyを離れてLayerX代表取締役として新しい道を歩んでいる。彼は改めて上場の意味をこのように語ってくれた。

「当時と今でまず、大前提として未上場の資金調達マーケットってほぼなく、Gunosyは累計で30億円ぐらいを集めたんですが、それが本当に限界ぐらいでした。だから当時、ニュースアプリでそこまで掘ることはできず、けれどもあるシナリオを考えると60億円ぐらい必要だと試算が出たんです。最悪のケースを考えると上場しか資金を集める方法がない。だから公開しようというのが当時の考え方でしたね。

今は随分と考え方は変わっていて、ある程度の会社がベンチャーから成熟した企業に成長するまでって、やっぱり初期の頃は役員たちがオーナーシップ持ってバシバシ意思決定した方がいいんですけど、あるタイミングからやはり変わると思うんです。

組織が一定以上のサイズになると、その決め方だと伸びなくなる。そういう瞬間があって、そこが上場のタイミングなんじゃないかなと考えてます。投資しているファンドは償還などの期限があるので、現実的にはもうちょっと早くなるとかそういう事情はあるかもしれませんが、資金調達のために上場を急ぐことはもうないかなと。

それとまた違った視点で海外投資家からの声というのもあります。海外の機関投資家の方々って君たちのミッションは何かとか、何を成し遂げたいのか、とか日本の産業構造がこうある中で君たちはどこにポジションしているのか、という30年、50年のスパンの話を聞いてくるんです。なぜか未上場の投資の方がロングスパンのように言われることがあるんですが、全く逆で、上場企業の方が投資に関しては長期視点を求められるんです」(福島氏)。

Gunosyの上場を見届け、5年後となる2020年にグッドパッチは同じく東証マザーズに上場する。あれから1年経った今、デザイン会社として株式を公開する意味を土屋氏はこう語ってくれた。

「結果的になんですが、企業って上場してから組織的に崩れることが割と多かったなと思うんです。そう言う意味で自分たちはその前に組織崩壊を経験できたことはよかったかなと考えるようになりました。

なので、上場を後にしてマイナスは本当になく、自分たちはおそらくデザインとデジタル領域のスタートアップと理解されることが多いんですけど、このビッグマーケットでデザインは価値があるがまだまだ認知や信頼が足りないという中、上場してポジションを得られたことはやはり大きかったと思います。会社の認知度もそうですし、そこから得られる信用というものは特にこの領域でチャレンジしようという人たちの採用にかなりプラスとして寄与してくれています。

特に需給のバランスではデザイナーって本当に見つからない状況になっているんです。それまで平均年収400万円とか、デザインが好きだからやってます、みたいなマーケットだったんですが、自分たちがデジタル領域に可能性を拡大できたことで報酬も上がっていく。そういうことを上場によってプロモーションできた価値、意味合いはあっただろうなと思っています」。

次につづく/全ては自責から始まる:土屋・福島氏対談

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