【連載】メタバース・ビジネス / 1,000万人を動員する「もうひとつの世界」

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本稿は独立系ベンチャーキャピタル、グローバル・ブレインが運営するサイト「GB Universe」掲載された記事からの転載

ここ数カ月、テクノロジー界隈でにわかに話題になったキーワードのひとつ、それがメタバースだ。ご存知、Facebookが社名をMeta(正式社名はMeta Platforms, Inc.)に変更したことが大きなきっかけだろう。メタバースの言葉そのものは古く、作家のNeal Stephenson氏が手がけたSF小説「SnowCrush(1992年)」での記述が初めてとされている。また、そこから10年の時を経てPC上で再現された仮想空間「SecondLife(当時の開発元Linden Labが2003年に公式発表。現在はLinden Researchが運営)」は現実世界での生活や経済活動も再現しようとしたことでメタバースの源流と考える人も多い。

メタバースに関するコンテンツは「マトリックス(1作目は1999年)」や「レディ・プレイヤー1(2018年)」などの映画、FortniteやRobloxに代表されるゲーム、そして最近ではNFT(ノン・ファンジブル・トークン、代替不可トークン)を活用したDecentralandやSandboxのような広がりも見せている。バーチャル空間におけるデジタルコンテンツ取引の期待値の高さは、2017年創業のマーケットプレイス「OpenSea」が評価額にして130億ドル(1.5兆円)を付けたことでも伺い知ることができる。

この新しいパラダイムがようやく扉を開けようとする中、ここ数年に渡り準備を続けてきた国内メタバースのプレーヤーたちにも大きな注目が集まっている。中でもバーチャルSNSとして存在感を示してきたのがClusterだ。編集部ではイベントの累計動員数が大台に乗るという話を聞きつけ、現在の状況、特にメタバースビジネスの可能性について同社代表取締役CEOの加藤直人氏に話を聞いた。(太字の質問は全てUniverse編集部、回答は加藤氏)

仮想空間に1,000万人を集めたCluster

「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2021」がclusterにて10月16日より今年も開催決定!より

今回、加藤氏に聞きたかったこと、それは現在のClusterの状況とビジネスモデルのアイデアだ。メタバースは現在、企業やアーティストにとっての新たなマーケティング活動の場所として模索が始まっていたり、Fortniteに代表されるアバター・スキンの販売ビジネスは、Appleとの法廷闘争によって年間50億ドル規模に上ることが明らかになっている

加藤氏はClusterの現在の利用状況についてこう語ってくれた。

——現在のClusterの利用状況を教えてください

加藤:イベント累計動員数が1,000万人を超えようとしています。昨年開催したバーチャル・ハロウィンは1週間のイベント開催で55万人の方が参加してくれました。(cluster全体での)昨年のイベント累計動員数が300万人でしたから700万人増えたことになります。イベントの売り上げについても、これは公表していないのですがトップラインが伸び続けていて、コロナが落ち着くことによる下げ圧力があるかなと思ったのですが、予想以上に使っていただいているという状況です。

——Clusterではどのような事業を展開していますか

加藤:「cluster」というワンプロダクトを開発・運用しているのですが、大きく二つ事業があります。1つはプラットフォーム事業で、ユーザージェネレーテッドな3D空間です。ユーザーが自由にコンテンツを作って遊ぶことのできる場所で、こちらは課金機能がないため売上はまだありません。もう1つがclusterのプラットフォーム上で実施するイベントを私たちが請け負って制作する、言わばイベント屋さんですね。clusterのプラットフォームをフルに活用したもので、例えばポケモンさんのバーチャルテーマパークだったり、ディズニーさんがアニプレックスと共同で開発しているスマートフォンゲーム『ディズニー ツイステッドワンダーランド(Disney Twisted-Wonderland)』のバーチャルハロウィーンイベント2021を制作させていただいたりしました。他にはバーチャル大阪を作りましたね。2025年の大阪万博に向けて作ってます。こういう形で、バーチャル上で何かやる「バーチャル○○」みたいなものは9割方、弊社が作っているという感じです。

バーチャル上でイベントをやるというエンタープライズ事業をやり始めたのは2020年からで、すでに利益も出て弊社のキャッシュエンジンとなっています。法人イベントもユーザーが自由に作るイベントと並列でプラットフォーム上に展開されています。ただ、ユーザーが開催できるイベントは非営利のものだけに限っていて、営利目的や法人が何かやりたいという場合はClusterのエンタープライズ事業部を通してください、という規約になってます。

——単価はどのぐらいですか

加藤:具体的な価格はイベント内容によって大きく変わるので一概には申し上げられないですが、一番ミニマムなイベントでは100万円から請けてますね。数千万円級の案件も数多くあります。現実空間でのイベントもピンキリですが、1箇所に数千人から数万人集まるようなイベントを開催すると費用は数千万円規模になってきます。われわれはバーチャルなイベントですが、リアルと同じぐらいの単価で受注していますし、それに見合うだけの価値を提供できていると自負していますね。

——企業のリクエストは明確ですか?それとも相談ベースが多いですか

加藤:そうですね、何ができるのか、何をしたらいいのか分からないというレベルからの相談がほとんどです。ただ曖昧な相談でも、大抵の要望には応えられるほどclusterは機能が充実しています。メタバースとしてのバーチャル空間を作れる機能はほとんど備わってますし、さらに物販やチケット販売、デジタルコンテンツの販売など、ビジネスに関する機能も提供できます。動画配信の仕組みも持っているので、最近ではM-1グランプリでもその様子を配信して解説してもらう、という使い方をしてもらいました。

今回のトレンドでは、結果的にメタバースという言葉に収束しましたが、バーチャル空間の活用で言うと、今のところ提案しやすいのはイベントの形式ですね。ワンショットでイベントを実施するという点では実績もノウハウもかなり溜まってますし、私たちが市場を切り拓いてきたという自負もあります。実はここまでバーチャル上でのイベント事業が成立している国って日本ぐらいなんですよ。確かに海外ではTravis ScottやAriana GrandeのようなビッグアーティストがFortniteで音楽イベントやったりしているのが話題になったりしますが、あれはすでにユーザー数の多いゲームの上で大掛かりに開催されているのが話題になっているのであって、ここまでの数のバーチャルイベントが毎日のように開催されて、しかもそれが収益を上げる事業になっている、というのは世界的にも珍しい国なんです。

Oculus Quest2に対応、没入体験が身近に

スタンドアロン型の普及版ヘッドセット「Meta Quest2」への対応を進めるCluster(Image Credit : Meta)

ここ最近のClusterの話題と言えば、やはりOculus Quest2対応だろう。これまでもPC/VRでの体験は提供(SteamVR経由)していたものの、PC接続型のヘッドマウントディスプレイ(HMD)は敷居が高い。かといって、スマホでのメタバース体験は「リアリティ」という面でどうしても弱くなる。報道で1,000万台の出荷が伝えられるスタンド・アロン型(PCがなしでも単体で動作する)のOculus Quest2に対応したことで、彼らの提供したい本来価値が身近になった。

——Quest2対応を昨年発表しました。今後のデバイス戦略はどのようなものですか

加藤:正式なOculusストアでのアプリ配信はこれからになるんですが、AppLabからダウンロードすることですでにお楽しみいただけるので、カジュアルなスマートフォンからリアリティ溢れるスタンドアロン型VRまで、どこからでも入れるようになりました。ただもっと間口を広げたくて、やはりプレステからもXboxからもNintendo Switchからも、どこからでも入れるようにしたい。MinecraftやFortniteは普通にプレステやSwitchで遊べるじゃないですか。どこでも遊べるのが当たり前な時代ですし、当然うちも対応したいなと。

——スマホメタバースのようなカジュアルな入り口も増える中、没入感の重要性はどこにありますか

加藤:わざわざイベントをやる意味ってやっぱり「ラブ」を生むためだと思うんです。愛情というか、コンテンツ愛というか。動画のキャンペーンっていくらでもやってるけど、参加している感はとても薄い。年末にfreeeさんでclusterを使った社員総会を開催してもらったんです。そうしたら、身体性というか、そこにいる感じがバーチャルだと作り出せる、ということで好評をいただいたんです。

ちなみに3Dか2Dかという違いって、結局熱量に集約されるのかなと考えてます。メタバースの肝は、どこまで行っても身体性なんですよ。そこに体があると感じられるかどうか。それに尽きている。別に2Dでも身体性が感じられるならいいんです。技術的にはオンラインゲームで使われている技術でしかないわけで。オンラインゲームはメタバースじゃないという主張もありますが、まあその辺はどうでもよくて、ゲーム業界はこの身体性をともなった体験を突き詰めてきた業界ですよね。あと、メタバースに重要なのはクリエイターの存在です。クリエイターが世界を作り出して、自己発展していくという構造が大事なんです。

——VR Chatはそういう意味でメタバース上のキラーコンテンツかもしれません。あそこにハマっている方を多く見かけますが、その要因は

加藤:明確にコミュニティ体験ですね。ここには、従来のSNSに対するアンチテーゼがあると考えています。いまのSNSって結局フォロワー稼げる人しか楽しめないじゃないですか。でも、面白い話をしたり注目を集めたりするのって、本当に難しいですよね。だからゲームしながらDiscordでクローズドなコミュニティで話をするといった、「何者でもない人たち」にとって居心地のいいソーシャル空間に流れていく。clusterやVRChatがどう使われているかというと、例えばカフェやバーといった場所にみんなが集まって、小さなコミュニティを形成していて。そこにふらっとそこに知らない人がやってくることもあれば、イベントを開催して新しい出会いを作ったりしている。TwitterやInstagramに比べると、Discordに近い、クローズドなコミュニティ体験になってます。

——そうなると規模感って大事ですよね。人数が多すぎるとコミュニティが希薄化する

加藤:コミュニティの性質によるとは思いますね。強力なコミュニティリーダーや、強烈なタレントが中心にいると規模も大きくできるでしょう。ちなみにビジネスイベントでは数万人とか数十万人を動員するといったケースがざらにありますが、一般ユーザーによるイベントだとやっぱり数十人から数百人規模が多いですね。それでも、現実世界だと個人でこの規模のイベント開催するのって大変じゃないですか。ユーザーさんたちがイベントをパッと開いてライブをやったりできるのはメタバースのメリットですよね。

次のステップ:メタバースでビジネスを作る

メタバースにおけるクリエイターエコノミーを牽引する「Roblox」(Image Credit : Roblox)

Clusterはこれまでユーザーと共にコミュニティを作り、累計で1,000万人を動員するまでにプラットフォームの認知は広がった。現在はその認知度の高さを活用し、これから日本国内でメタバースを新たなマーケティングに活用しようという企業のファーストステップに選ばれている印象を抱いた。

——今後の事業拡大をどのように考えていますか

加藤:イベント事業に関して言うと、キャンペーンや販促は確かにわかりやすい。ただクラスターがこれからチャレンジしていかないといけないのが仮想空間上でビジネスを作る、という視点なのです。バーチャル空間を利用してビジネスをさらに加速させる、そういう事例はまだ少ない。

——実際、VR Chatではアバターを製作するビジネスを展開するクリエイターや、NFT関連ではギャラリーをメタバース内に製作してくれる建築クリエイターが出ていると聞きます

加藤:確かにバーチャル上の建築に実世界で建築をやってる方が入ってきたりはしてますね。ゲームを作ってる人たちもそうです。世界的に業界全体でトライしなければならないのは、やはりメタバース上でいかにしてビジネスを展開できるような構造を作るか。お金の動きだけみると、アバターやアイテムはすでにビジネスになっています。Fortniteはスキンだけで年間40億ドルや50億ドルといった数字が出ていますし、Robloxもアイテムが中心ですが10億ドル以上の流通があります。

弊社もやはりデジタルアイテムの売買で事業を成長させたいと考えていますし、今、まさにそこに投資している段階です。人類の消費活動がデジタルアイテム中心になっていくのは必然です。NIKEがデジタルスニーカーなどのNFTを扱うRTFKT(アーティファクト)を買収しましたが、とても分かりやすい流れですよね。これから経済の中心を担うZ世代とかさらにその下の世代の集客はゲームの世界を通じて行われるという世界観なので、これまでの物理中心のECをやっても響かないですよね。新しい世界でビジネスをやる企業は間違いなくこの流れを考えて動かないといけないようになりますよ。

——企業はこの先のトレンドの動きとしてどこに注目しておくべきか、最後に考えを教えていただければ

加藤:メタバースのトレンドってやはり物理とデジタルの主従関係が逆転するということなんですね。現在はまだ現実ファーストな経済です。clusterで行われるキャンペーンイベントにしても、現実世界のビジネスあってのものじゃないですか。それが、これからは完全にバーチャルならではのコンテンツを売ったり、完全にバーチャルなテーマパークを運用したりするようになる。そういう世界観が今後、必ずやってくるでしょう。

——今後もますます盛り上がっていきそうですね。期待しています。本日はどうもありがとうございました。

メタバース・ビジネス、インタビューの後半ではスマホメタバースでPlay to earn(遊んで稼ぐ)を実現しつつあるミラティブの「ライブゲーミング」、そして企業のシミュレーションを仮想空間で提供するSynamonの取り組みをお伝えします。

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