日本のイノベーションとこれからの10年/SHOWROOM 前田氏・小学館 畑中氏・KDDI ∞ Labo 中馬氏 鼎談

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写真左から:KDDI ∞ Labo 中馬和彦氏、SHOWROOM 前田裕二氏、小学館 畑中雅美氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

KDDIはこの度「KDDI ∞ Labo」立ち上げから10周年の感謝を込めて、書籍「スタートアップス -日本を再生させる答えがここにある-」を出版することになりました。MUGENLABO Magazineでは特別に、書籍の掲載内容の一部を切り出してご紹介していきます。

第1章では「日本のイノベーション、これからの10年 スタートアップと大企業の共創で実現」というタイトルで、自らも起業家でありスタートアップ全般の動向に詳しいSHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏、20年以上にわたり少女マンガ誌の編集に携わり、働く女性の現状と若者のトレンドを熟知する小学館Sho-Comi編集長の畑中雅美氏を迎え、数多くのスタートアップを支援してきたKDDI ∞ Labo長 中馬和彦を聞き手に、これからの日本社会でスタートアップが果たす可能性を論じられています。対談は、20年にわたる日本経済の停滞の原因、イノベーションの変化、グローバリゼーションとの向き合い方、スタートアップと大企業の共創の意義、ESGの視点、ビジネスパーソンと起業の関係まで縦横無尽に語りあっています。今回はその冒頭部分を特別にご紹介いたします。

第1章「日本のイノベーション、これからの10年 スタートアップと大企業の共創で実現」

中馬:少し大きな話から始めますね。以前から日本経済は「失われた20年」、最近では「失われた30年」とまで言われてきました。IMDによる2021年版の国際競争力ランキングで日本は31位です。1990年代の初めには1位だったこともありました。GDP(国内総生産)も全体では世界3位ですが、1人当たりでみると30位です。この状況を変えるためにどうすればいいのか。まずは原因から探っていければと思います。

畑中:私はまさにその時代を出版の世界で生きてきました。出版業界を振り返って考えると、よくできた既存のシステムにこだわったのが問題だったと感じています。30年前はインターネットがまだ普及していなかったので、一個人が小説やマンガといった自分の作品を世に出そうとすると、基本的に出版社を通すしか方法がありませんでした。書籍を全国の書店に配送するシステムも含めて、出版社を経由する形で流通の仕組みも整備されていました。

中馬:そういった仕組みがあれば、出版社は著者の卵たちを能動的に探す必要もないですね。必ず出版社に来るわけですから。

守りの姿勢で変革できず

畑中:まさにそうでした。インターネットの普及は出版業界の構造を、根本から変える代物だったわけです。にもかかわらず出版人が気づくまでに時間がかかりました。起きていることはこれまで実質的に寡占していた本の流通に、別の入り口ができてしまうことだったのに、紙か電子書籍かというアナログとデジタルの本の仕組みの違いだと長らく勘違いしていました。アマゾンなどのネット書店の台頭ですら、実際に手に取って本を選ぶか、ネット注文かという書店の形態の違いだと思い込んでいたフシがあります。いかに紙の本を守るか、いかに紙の本の流通量を減らさないかが議論に上がっていましたが、今振り返ると、上流に分岐点ができたのに、川の水量が減った!なぜ?とビックリしている人のようですよね。あまりに良くできた流通システムだったせいで、その仕組み自体に変革の時が来ていると気づくのに時間がかかってしまった気がします。

中馬:激しい構造変革のただ中にいらしたわけです。そして分かっていても当事者は、根本的な仕組みをなかなか変化できない。こういった変革は多少のタイムラグはあってもさまざまな業界で進んでいます。今でいえば、自動車業界でのガソリン車から電気自動車への変革にも通じるところがあるのかもしれません。

抵抗勢力が日本のイノベーションを阻害?

前田:既存勢力が時代の変革に抵抗するというのは、あらゆる業界で起こり得ることだと思います。イノベーションについて考えると状況を理解しやすくなるのではないでしょうか。 大学で経済学を専攻していた時に、一番最初の授業で聞いたことを鮮明に覚えています。「経済には波がある」という話です。経済的な景気の波には複数の種類があり、短いもので数年周期、長いものだと約50年周期と言われています。50年周期の波はロシアの経済学者のニコライ・コンドラチェフが提唱したので「コンドラチェフ波動」と呼ばれているのですが、この波が起きる原因が技術革新、つまりイノベーションです。

実際、1780年ころに蒸気機関や紡績、1840年ころに鉄道や鉄鋼、1900年ころに自動車、1950年ころに石油、1990年ころからデジタル技術やバイオテクノロジーが普及しました。おおよそ50年に一度の周期でイノベーションが生まれ、経済的なうねりも引き起こしています。

では、なぜ50年周期でイノベーションが起きるのか。ここに注目したいのですが、僕は、人間の寿命が関係しているのではないか、と見ています。

20代や30代の優秀な人材が、何らか革新的なアイデアを考えたとします。もしその構想が現実のものとなり、大きな利益を生み出す状況になれば、その仕組みを死ぬまで守ろうとするのが常でしょう。人間は、弱いのですから。実際に歴史をさかのぼれば、馬車全盛の時代に自動車というアイデアが出てきたわけですが、そのときに馬車産業の人たちは、新しいアイデアを賞賛するのではなく、自動車をつぶしにかかりました。

英国で「赤旗法」という法律が施行され、自動車産業が後れを取った史実は耳にしたことがあるかもしれません。そしてこの構造は自動車産業にとどまりません、本当に、過去現代問わず、あらゆるところで起きています。音楽もそうです。CD全盛の時代に携帯型デジタル音楽プレーヤーが登場しましたが、音楽業界の人たちは当初、強い拒否感を示しました。コピーコントロールCDが誕生したのも、アナログからデジタルへの変遷によってこれまで積み上げてきた利益構造が崩れゆくことが予見され、強い拒否感を持ったからでしょう。

ただ、こういった抵抗は、当然ながら、変化で不利益をこうむる既存勢力がいなくなれば消え、結果として革新的なアイデアの普及をさえぎるものはなくなります。もちろん、既存勢力も「進化したい、新しいものを生み出したい」とは絶対に思っているはずですが、新しい試みは多くの場合、過去の資産を否定し傷つけるものになってしまうケースが多いので、とまどって動き出せない。イノベーションのジレンマですね。世代交代に50年ほどかかる、つまり、30歳で技術革新を生み出しシステムを作り上げた人も、80歳になれば元気がなくなってくる、というこれまで起きていたことを想像すると、イノベーションのサイクルが50年ひと単位になってきたこともうなずけます。

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