Nature CEO 塩出氏に聞いた、電力スマート化・分散化への道のり 〜ヨットの上で感じた風をきっかけに、ESGスタートアップを起業〜

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本稿はベンチャーキャピタル、サイバーエージェント・キャピタルが運営するサイトに掲載された記事からの転載

塩出晴海(Nature 創業者 兼 代表取締役 CEO)
北尾崇(サイバーエージェント・キャピタル シニア・ヴァイス・プレジデント)

ESG ビジネスの中でも、環境への配慮や現状改善をテーマとしたスタートアップたちをクリーンテック、クライメートテックなどと呼び、一つの注目を集めるカテゴリを形成しています。我々の社会は今も化石燃料由来のエネルギーに依存していますが、需給双方のバランスが取れる仕組みができてきたことも追い風となって、よりサステイナブルな方向に向かっています。

Nature は2014年、三井物産出身でハーバード MBA を取得した塩出晴海氏(現 CEO)らがボストンで起業しました。電力消費をスマートなものにするというアプローチを、2016年に発表したエアコンをスマート化する IoT「Nature Remo」でスタートしました。Nature Remo は30万台以上を販売を達成、2021年には電力小売事業にも参入しました。

多くの起業家にとって、スタートアップを始める目的は自己実現の方法であり、投資を受けて企業を経営するかぎり利潤も追求する必要があります。そして、数多くある選択肢の中で、起業家がそのテーマをなぜ選んだのかは非常に興味があります。塩出氏がこのテーマを選んだ背景、エネルギー課題に一般消費者向けの IoT から挑んだ理由につい語っていただきました。

以下は、ディスカッションの要旨です。ディスカッションの全編は動画をご覧ください。

北尾:まず最初に、自己紹介と、どんな会社でどんな事業をされているのか伺えますか?

塩出:初めまして。Natureの塩出と申します。父親がハードやソフトウェアを自分の会社で作ってプロダクトを出すようなことをしていたので、僕は小さい頃からそういうのを見ながら興味を持って、プログラムを書き始めて、大学・大学院のうち3年間は海外でコンピュータサイエンスの勉強をして、その後事業開発を経験したくて三井物産に入りました。

最初は情報系のところにいたんですけど、結構キャリアの早いタイミングで、やっぱり自分の人生ベッドするのはピュアなITよりクリーンテックにかけたいなと思って、社内で手を挙げて電力の部署に異動させてもらいました。本当はクリーンテックがやりたかったんですけど、石炭火力とか結構重めの電力の世界に入っていきました。

そこでいろんな課題を感じる中で、やっぱりこれから必要なのは供給側をクリーンにするだけじゃなくて、再生可能エネルギーは、発電側は結構ブレるので、そのボラティリティを吸収するしくみを需要側で持つ必要があるということに気付いて、「Nature Remo」という家庭向けのスマートホームデバイスを作り始めました。

Nature Remo 3
Image credit: Nature

「Nature Remo」は便利なIoTデバイスとして今50万台弱ぐらい売れています。元々作った理由は、日本だと30%ぐらいが家庭の需要で、そのうちのピークの半分以上はエアコンなんですよね。なのでエアコンを制御できると結構大きな需要にアクセスできるというところがポイントで「Nature Remo」っていうスマートホームIoTデバイスを作り始めました。

これは家の外からエアコンをつけたり、スマートスピーカーと連携したりして声で家電を操作できます。ポイントは、普通に使ってるエアコンとかテレビとか照明が、「Nature Remo」がリモコンの代わりになってスマートスピーカーと連携できるので、その二つがあれば家の家電を普通に声で操作できるようになるのが特徴です。そういうスマートスピーカーのニーズ、波にも乗って今まで成長してきたところです。

スマートホームのアングルで言うと、家のスマートメーターとか蓄電池とか太陽光、最近、 EV ステーションとも連携できるエネルギーマネジメントのデバイスを発売しました。去年ぐらいから電力小売事業も始めて、IoTを切り口に電力のしくみを変えていこうとしている会社です。

北尾:特にクリーンテック、環境テックの方をしようと思われたきっかけは? 2〜3年ほど海外にもいらしたとのことですが、その時の経験などから、そういう価値観を持たれたのでしょうか?

塩出:まさにそうです。僕は父親ともうかれこれ20年ぐらいヨットをやってて、最近は横浜で乗ってるんですけど、僕、スウェーデンの大学院をみんなより3か月頑張って早く卒業して、その3か月、父親とヨットに乗って広島から沖縄へ行ったんですね。その時の原体験がきっかけになってるんです。

ヨットって本当に風だけで動くんですよ。で、本当に沖縄まで行けちゃうわけですよ。まぁ、エンジン回したりもしてたんですけど。一番印象に残っているのは、これはホームページとかにも書いてるんですけど、沖縄から奄美大島にオーバーナイトで行った時に、夕暮れ時で太陽が沈みかけてて、水面が赤くなって。父親は中で寝ていて僕一人、外でヨットを操船しながら風を感じてたんですね。そうすると風がフワーッと吹くじゃないですか。するとヨットがそれに呼応するようにヒュッと動いてくんです。

めちゃくちゃ気持ちよかったんですよ。たぶんそれが僕の人生の中で一番濃い自然の体験だったんです。そこで感じた高揚感の原因を自分なりに考えた時、人間って今は服着てこうやってビデオ会話してますけど、こんなのは最近やり始めただけで、人類の歴史を遡ってみると自然の中に生きてた訳です。人間ってDNAのレベルで自然の中にありたいっていう願望があるんだろうなというのが僕がその時感じたことなんです。

最近いろいろ勉強してて、エピジェネティクス(編注:DNA 配列変化によらない、遺伝子発現の研究分野のこと)という、遺伝子がそういう体験を継承するみたいなところも分かってきてて、「あの時の僕の感覚は間違ってなかったんだ」って気付いたんです。一方で今の世の中って、自然との共生とは真逆な方向に向かっちゃってるじゃないですか。

きっかけは産業革命だと僕は思うんですけど、そこで人類の大きな転換点が生まれて、大量にモノを作って大量に消費するっていう経済がどんどん膨らんで肥大化していってるのが今だと思うんですね。でもちょっと潮目が変わってるのが、UberとかAirbnbみたいに、モノをたくさん産むんじゃなくて、稼働率を上げることでビジネスにすると。

それって引いて見ると、産業革命以降の肥大化の経済のしくみをストップして反対側に動かすっていう意味ではすごく自然との共生になってると思うんです。そういうビジネスを立ち上げていきたいなっていう思いでNatureという会社を作り、自然との共生をドライブするっていうコーポレートミッションでやっています。

その中で、電力っていう課題感の大きい領域にターゲットを絞って、かつ、今再エネの流れがある中で、そこをIoTでちゃんとシームレスに導入をサポートしていくみたいなことをやろうとしています。

Nature スマート電気
Image credit: Nature

北尾:どういう起業家がESGの領域にチャレンジされるんだろうっていうのは、まだあまりまとまって表に出てない感じがしてたので、非常に貴重なお話をいただいたと思います。

最近、エネルギー事業(編注:電力供給事業の「Nature スマート電気」)に本格的に参入されました。しかし、事業はその前にホームデバイスIoTからスタートされましたが、ビジネス的な考慮から順番を決められたのでしょうか?

塩出:クリーンテックの領域って、今までに何度か波が来てたと思うんです。事業ってタイミングがすごく重要じゃないですか。僕はクリーンテックがやりたくて会社を作ったんだけど、いきなり一丁目一番地ど真ん中を攻めると、タイミング的にも恐らくうまくいかないだろうなって思ったんですよね。というのは、まだ2014年のタイミングでマーケットがそこまでレディじゃなかったと思うんです。今はだいぶ状況が変わってきてるなって感じてるんですけど。

これから再生可能エネルギーがどんどん増えた時に、世界において何が大事になってくるかってことを想像してみたんです。僕はデマンドをコントロールするしくみが必要になってくると思ったんですね。それって一朝一夕では作れないじゃないですか。電力の世界ってソフトウェアだけでは成立しないから。ハードウェアのところから整理していく必要がある訳です。

そう考えていくと、電力以外の価値で先にハードウェアをインストールして普及させる必要があると思ったんです。僕はスマートリモコン、つまりネットに繋がるリモコンに着目しました。外から制御できたりスマートスピーカーと連携できたりするっていうお客さんのベネフィットに繋がるから、まずはそこでデバイスを普及することを考えてやり始めたんです。

Image credit: Nature

北尾:なるほど。新たに参入されたスマート電気の事業は、どのような構想を持っておられるのでしょうか?

塩出:この業界の重要な流れって言うと、僕らはコンシューマ向けにフォーカスしてるんでその逆になるんですが、太陽光がデフォルトで戸建てに入ってくるというマクロなトレンドがあります。アメリカの一部の地域では既に新築は太陽光導入がマストみたいになってるし、国内でも最近ようやく小池都知事がそういう発言をされてたりとか、経産省が出している2030年までのエネルギーミックスで見ると、現状のほぼ倍の再エネ比率を目指してて、そこでも一番注目されているのが太陽光なんですね。

普通に太陽光を入れようとしても、設置場所とか、設置するとなれば地域住民の理解とかっていろいろ課題があることを考えると、屋根に乗っけるっていうのはめちゃくちゃ効率的な訳じゃないですか。屋根に乗っける上でさらにいいのは、需要と供給が同じ場所に存在するので、送配電がいらないんです。送配電コスト分のメリットが確実にある訳です。その流れが今どんどん来てる。だから太陽光はもうほぼ全ての住宅に入ってくっていうのがトレンドとしてあると思います。

加えてEVが鮮明になってきて、トヨタが2兆円投資するとか日産がガソリン車を作らないというように、日本でもようやくその流れが起きてきた。日本の大体半分ぐらいの世帯が戸建てに住んでるんですけど、戸建ての世界でいうと太陽光とEVがあって、昼間のうちに太陽光で発電してそれをEVに蓄えて時間をずらして使う。そういうライフスタイルが普通になってくる。僕らは実際に今、スマートエナジーラボっていう湯河原にあるラボでそれをやったりしてるんですね。そうなった時に重要なのは、エネルギーマネジメントを家単位でやるのもそうだし、もう一歩引き上げて地域で効率良くエネルギーリソースを使うっていうことも必要になってくると思うんです。

僕らはIoTっていうハードから入ってるけど、そういうエネルギーマネジメントのプラットフォームを形作ってくのが僕らの目指しているところで、それができれば、たとえば離島で化石燃料の価格が輸送コストとかで高くなるから、再エネの方が圧倒的にいいよねみたいな時に、個人間で電気を売買させたりみたいなことだって近い将来可能だと思うんですよね。最終的にはエネルギーマネジメントのプラットフォームで勝負していきたいなと思います。

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