次のユニクロとなるか、中国「SHEIN」を紐解くーー中国スタートアップトレンド(2)

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本稿は1月に開催されたオンラインイベント「BRIDGE Tokyo」で配信したセッション動画です。アクセンチュア・ベンチャーズはグローバル化するスタートアップシーンに必要なノウハウやトレンドの話題を提供しました。初回の話題は中国スタートアップトレンド、前回からのつづきです。

注目の「SHEIN」を紐解く

唐澤:先ほどお話しされたいくつかのトピック、どれも興味を引かれるものばかりです。一つ一つ話していくと3、4時間はかかりそうですね。ポイントを押さえて話した方がいいかと思いますが、先ほどお話しされたトレンドは興味深いですね。私自身としても、ずっと外から、中国経済を眺めていて、中国にはたくさんのバブルがあったと感じています。この十数年間、バブルは常にどこかの分野で膨らんで、はじけると、そこのお金は別の場所に移っていってしまいました。

Max:別の場所に。

唐澤:ええ。ですから、先ほどお話がありましたが、串焼き店が10億人民元(約180億円)の融資を受けてしまう。コロナ拡大や政府方針によって、中国の経済や投資環境は変化し、新分野を模索しよう、考え方を変えよう、と言えなくなってしまいました。

どこかでバブルをまたつくりだすというのではなく、もっと地に足のついたものが投資を受けるようになっています。例えば欧米やイスラエルのような国と比較すると、中国の投資やスタートアップは、基本的にフォーカスする時間が短いんですね。

1〜2年で目覚ましい成果を示せば、すぐにその市場が開拓されてしまうけれど、そうでなければ誰も投資してくれない。ただ、先ほどの「硬科技(ディープテック)」は、私の感覚では、中国では生まれることはありえないんです。というのは、中国では視野が短期的ですが、欧米の場合はもっと…。

Max:もっと長期的。

唐澤:先ほどお話しされた状況も変化しつつある。中国の時間に対する考え方も変化しつつある。そう理解していいでしょうか。

Max:皆「手っ取り早いもうけ話はあまりない」と感じているのかもしれません。多くの場合、「硬科技」は「BtoB」で、「BtoB」はすぐには利益があがビるジネスではないんです。VC の多くは「スタートアップに5年、10年と寄り添っていきたい」と言いますが、VC のコアバリューは財務諸表ですから、矛盾があるように思います。

では、彼らはどうやってこれらの一見矛盾する価値観に折り合いをつけるのか。これも投資市場全体の変化の一つではないかと思います。

唐澤:分かりました。とても興味深いですね。先ほどお話しされた消費財に関するいくつかのトピックについて、もっと詳しくうかがいたいと思います。消費財について、先ほど SHEIN のことをお話しされましたね。ずっと笑っておられますが、何をお考えか分かります。SHEIN は日本でもアメリカでも非常に注目されていますからね。

今回、この BRIDGE のイベントもデジタルの民主化に関するもので、SHEIN は次世代の E C革命というトピックですから。ECと言えば、最初に思い浮かべるのが中国のSHEINでしょう。SHEINのことをご存知の方もいるでしょうが、簡単に紹介しておきます。SHEIN がアパレル EC 企業だということは、皆さんもご存知ですね。

興味深いのは、SHEIN は中国で売れているのではないということです。我々が耳にするのは米国、全て中国国外での話です。SHEIN は米国の Z 世代のファンをつかんでいます。「快時尚(ファストファッション)」と言えば ZARA などもありますが、生産サイクルは3〜4週間でしょう。英国のスーパーファストファッション「boohoo」の場合でも1〜2週間ですが、SHEIN の場合3日ですよね。これはすごい数字ですね。

実は調査してみたことがあるんです、SHEIN がどうして3日でできるのか。サプライチェーンも強みなのですが、加えて AI でどんな服が流行るかを予測し、そのデータに基づいて服をデザインしていることがわかったんです。デザインも半分は人間が、半分はAIがやっているんです。知衣科技(Zhiyi Tech)という会社が SHEIN の戦略を支援しています。

ですから、SHEIN はビジネスモデル、米国での強い影響力、技術の活用などで、海外からも注目を集めるようになっているわけです。馬さんは SHEIN についてもっと深く理解されているかと思います。どうして、彼らにだけ、これだけのことができるのでしょうか。

Max:分かりました。かなりの部分をお話しされましたが。SHEINは中国ではベールに包まれた企業です。ビジネスは国外でやっているので、中国では逆に知っている人は少ないんです。VC 関係者でもない限り分からないんです。トップは表に出ようとせず、取材を受けたこともありません。ですから、SHEINへの理解は表面的なことや推測にとどまっています。

私たちのようなメディアでもそれは同じです。SHEINが今日の姿になれたのは、業界全体における競争力、コネクション、プロフェッショナリズム、チームなどが積み重なった結果だと思いますSHEINは現在のインターネット技術を活用することで効率を向上させ、年間で数倍に成長を実現しているのだと思います。

先ほどの質問にあった、他社は2〜3週間なのに、SHEIN はなぜ3日でできるのか。SHEIN は衣料を生産するので、技術だけでなく、サプライチェーンの中に工場と人が必要です。ですから、これは産業全体における、蓄積と生態という産業チェーンによってこそ、実現したのだと思います。

衣料産業で20〜30年やってきた人が、インターネット技術だけを駆使して3年でもう一つの SHEIN をつくりあげるのは、まず無理でしょう。インターネット産業では、技術でいろんな問題を解決できるかもしれません。あっという間にデザインができてしまう、とか。ただ、衣料産業では、コア技術とインターネットだけでは産業を「少しだけ良くする」こと位しかできない。

ある分野で、コア技術とインターネットがその産業を全く違うものに作り変えるのはかなり難しいでしょう。ですから、第二のSHEINが現れるかどうか、少なくとも、私は難しいと考えています。SHEINに関しては、興味深い質問を2つしたいんです。SHEIN は米国や日本のような消費者の要求の厳しい国に参入し、すぐに結果を出しましたね。SHEIN の全体的な運営体制は大変高い能力を備えていると感じています。

SHEIN と TikTok、米国のNetflix、この3社は事業内容は全く異なりますが、グローバル化を大変うまく進めており、効率や品質も素晴らしい。唐澤さんは、これら3社の運営ロジックに共通点はあるとお考えですか。

例えば、3社は高い能力を持ったミドルオフィスを抱えています。TikTok のデリバリ技術、SHEIN の日用消費財のサプライチェーン構築、Netflix のコンテンツ制作など。いずれも、その業界を理解したうえで、各国でローカルな運営手法によって成功をおさめています。ここに共通項があるとするならば、検証・追究する価値が大いにあると思うんです。

唐澤:分かりました。これは興味深いトピックです。3年か4年前だったと思いますが、アクセンチュアでは独自チームを作り、フィンテックや AI のトレンドを追っていました。また、アクセンチュアとしてもアクセラレーションイベントを開催していました。当初フィンテックのアクセラレーションやオープンイノベーションのイベントを開催し、海外の金融機関関係者を招きました。

その後は、東南アジアや中華圈や米国のスタートアップのマッチングを行っていました。ピッチで「FinTech はもはや TechFin になっている」と指摘される企業がいました。当時は衝撃を受けて、「FinTech の主体がどうして Finance ではなくTech の方なのだろう?」と漏らしたのを覚えています。

FinTech はテクノロジーを活用する既存金融業ですが、TechFin は新規参入をするテクノロジー企業、つまり、技術が主役です。技術は手段に過ぎないのに、技術に重きを置き過ぎているケースが多く、産業特有のニーズをおろそかにしているということです。

先ほど質問があった3社について、私も同じように認識しています。例えば Netflix 自前で世界的にも有名なコンテンツを制作しますが、そのコンテンツの制作方法が独特です。Netflix では毎週ランキングが発表されますが、例えば、日本のアニメがトップ入りすれば、そのコンテンツが成功したことになります。そのコンテンツはどこでつくっているんでしょう。メインスタジオは日本にあるんです。

Max:日本ですか。

唐澤:Netflix 自体は米国企業で、多くのコンテンツを米国でつくっているんですが、アニメについてはスタジオを日本に置いているんです。あと、韓国ドラマもすごいですね。Netflix は、南米やアフリカでも、チームを現地に置くそうです。先ほどの SHEIN の事例と似ているのは、事業をうまく進められているのにはさまざまな要因があり、技術はその中の一要素に過ぎず、最も重要なのは、その産業や現地市場での蓄積だということです。

誰もが簡単にまねする、自分のものにできるというものではないでしょう。Netflix のコンテンツ制作の障壁には、スタジオの戦略があるのだと思います。TikTok もそうでしょうね。TikTok の米国のチームは、ずっと「うちは米国企業だ」と言っていました。

その後、米中貿易戦争がありましたが、そのときは影響は無かったんです。というのも、TikTok はすでにアメリカの Z 世代に浸透していましたから。それに、中国企業や中国の技術としてではなく、米国でのブランディングによって浸透していたんです。当時、トランプ大統領が TikTok 禁止令を出したりしましたが、Z 世代やインフルエンサーの多くが「どうやって飯を食えばいいんだ」と反対したのを覚えています。

Alibaba(阿里巴巴)や Tencent(騰訊)もそうですが、モバイル決済を見てみると、中国スタートアップは、まず消費者に目を向け、どう夢中にさせるかを考えます。支持者をたくさん抱えた後、「違法だ」と指摘され、最近になって、政府がそれに対応するようになりました。Yuebao(余額宝)にしろ、Ant Group(螞蟻集団)のサービスにしろ、規定に従ったものではないでしょう。

中国の銀行にとっては、自分のところの預金残高がネット企業に奪われるということになるんですが、当時は消費者が Yuebao や Alipay(支付宝)を支持したので、銀行はどうしようもありませんでした。まず現地市場に浸透し、その後、現地チームで運営していくことが格好の障壁になる。そういう点で、TikTok と Netflix には似ていると思うのです。

Max:2つ目の質問です。SHEINが今後も成長を続けていった場合、ユニクロの脅威となるでしょうか。SHEINの 成長は、例えば ZARA のようなファストファッションブランドの脅威となるでしょうか。SHEINは、今のファストファッション以外にも、他分野の超人気商品の販売を模索していて、事業の拡大に着手しているそうです。早晩、ユニクロと事業や顧客で重なる部分が出てくるかと思うんです。SHEIN が価格や効率でさらなる強みを持った場合、今後3〜5年の間に、ユニクロにとって大きな脅威となるでしょうか。

唐澤:これは難しい質問ですが、アクセンチュアではなく私個人の見解としては、3〜5年、5〜10年前のユニクロを考えれば可能性はあると思います。というのは、ユニクロの当時の市場におけるポジションは、SHEIN の米国市場でのポジションと少し似ているからです。「安かろう悪かろう」ではなく、品質もそこそこ良いということです。

Max:コスパが高いということですね。

唐澤:ええ、コスパが高いというポジションです。ですから、5年前のユニクロであれば、きっと脅威になったことでしょう。ただ、今のユニクロは、そこからポジションが変わっていると思います。今では安価やコスパが高いというだけではなく、ヒートテックやエアリズムなど、一つのライフスタイル的なものに仕上げています。

それに、廉価版で着終わったら新しいものに替えるというのではなく、生活をピンポイントで解決してくれるというものです。ユニクロは今は衣料を売っているのではなく、生活上の問題を解決してくれるようなポジションにありますね。ただ、もちろん SHEIN が今後、その方向に発展していく可能性はあります。そうなればユニクロとぶつかることはありえるでしょうが。

Max:わかりました。ありがとうございます。実に興味深いですね。

次につづく

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