医療機関DXのファストドクター、在宅医療のための新サービス「クリニックポータル」に込めた意味とは

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、テレビや新聞で、ほぼ毎日のように名前を目にするようになったヘルステックスタートアップの一つがファストドクターだ。市中の医療機関が開いていない休日や夜間などを中心に、患者がオンラインで診療依頼することで、医師が救急往診に駆けつけてくれるサービスを提供している。

最近では、医療提供が不足している隙間を補完する機能が高く評価され、地域医療機関や地方自治体などとも連携。また、在宅医療を担う医療機関と連携し、昼夜を分業するなどして医療者とともに24時間の診療体制構築に寄与しているほか、医療業界の DX(デジタルトランスフォーメーション)に向けたソリューションも提供している。

今年5月、ファストドクターは、医療機関向けの連携・支援サービス「ファストドクターfor Medical」のサービスの一環として、患者情報や診療情報の連携をオンライン上で円滑に行うための Web ツール「クリニックポータル」をローンチした。医療という命を預かる重要度の高い業態であること、DX が遅れている分野であることなどから、新ツール開発の苦労は一際のものだったようだ。

クリニックポータルの開発プロジェクトをリードした、ファストドクターの法人事業部部長 小山翔(こやま しょう)氏と、経営企画部 DX推進グループ プリンシバル 井本紗也子(いもと さやこ)氏に、クリニックポータルを作った背景、開発・リリースまでの苦労、この新ツールの投入によってファストドクターが期待する未来像などについて話を聞いた。

今回新サービスを開発した理由をお聞かせください。

小山:ファストドクターには、在宅医療を担う医療機関の安定的な24時間体制を支援するため、夜間・休日といった負担の大きい時間帯を対象に、救急往診や看取りの代行により医療機関を支援する「ファストドクターfor Medical」という診療代行サービスがあります。そういった時間帯に診療を委託する医療機関からは特に「診療支援業務がスムーズに進行できているかを把握したい」「対応結果を迅速に報告してほしい」というニーズが高いのですが、これまでは報告のタイミングにラグがあるなどそのご要望に応えきれていませんでした。

そこで、ヘルステック企業という強みを活かして、依頼〜申し送り〜報告をオンライン上でワンストップで可能にするために自社開発したのが、今回リリースした「クリニックポータル」です。

ローンチ間もない今はまだまだ改良の余地がありますが、一定程度はやりたかったことを実現できたと思っています。具体的にはいくつかキーとなる機能があって、例えば主治医が「クリニックポータル」上で行った診療委託の進捗状況をリアルタイムに確認することができる機能です。

このほか、主治医だけではなく事務スタッフさまの業務効率が図れる機能もあります。今まで診療委託に関する労務面の事務作業は、そのほとんどをクリニック様にご負担いただいていたのですが、その煩雑な業務を DX によって効率化・省力化できるようシステムを構築しました。具体的には、「勤怠実績データを一括ダウンロード」「給与・源泉徴収額の自動計算」「『クリニックポータル』上での労務管理情報の確認」などです。

労務面をもう少し掘り下げると、専門的な話になりますが、救急往診の診療委託を受ける場合は厚生局に対して勤務者の届出を行う義務があります。この届出に必要な個人情報を正しく安全に確認・管理できるようにしました。結果的に、事務スタッフさまの作業効率を大きく改善できたと考えています。

クリニックポータルの設計・開発で、こだわった部分などはあるでしょうか。

井本:私たちはこれまでも、一般の患者さんに向けた救急オンライン診療・救急往診分野で体調不良時の患者さまの負担軽減を目指し、デジタルでの医療体験を目指してアプリやWebページの開発を行ってきました。けれど今回はその文脈とは違って、「医療機関側が使用する」という、ペルソナが全く異なる設計というのがまず前提にあったんですね。

医療はデジタル化が進んでいない分野です。IT リテラシーがある、ないに関わらず多くの方に使っていただけるようにする必要があります。具体的には、年配の医師でも簡単に操作できるアクセシビリティとか、色弱の方でも使いやすいような色の配慮、文字の大小を切り替えられるといった細やかな配慮などですね。年配の医師や看護師さんがいらっしゃるクリニックでは、文字を大きくした状態で使っているところもかなり多いと伺っているので、視認性の部分は特にこだわりました。

また、医療文書のデジタル化も試みました。例えば「死亡診断書」や「診療情報提供書」などの重要書類は、医療業界の中でもまだ紙の文化が色濃く残っている領域です。実際に働いてる方が紙のレイアウトに慣れているため、その紙のレイアウトを意識しつつ、それをどうやってWeb画面上で迷いや抜け漏れがなく入力できるかといった画面構成も意識しました。

もう一つ付け加えると、この「クリニックポータル」は、医療機関さまに向けた負担軽減や効率化という目的が強いものの、同時にファストドクターに登録する医師や、小山のように医療機関のサポートを担う弊社チームの生産性も上げていくことが求められています。三者のコミュニケーションロスがない形で速やかな診療を実現したり、その後の報告をスピーディーにできるようにするなどといった、生産性の向上が狙える設計にもこだわりました。

在宅医療を担う医療機関向けサービス「クリニックポータル」

こだわりを実現する上で、ハードルなどはありましたか?

井本:「診療委託」と言葉で表すと簡単そうな開発要件なんですけど、医療機関さまのご要望というのはかなり多種多様です。救急往診を委託する方法1つ取っても、電話連絡やWebやメールなど多様ですし、その後の書類手続きや処方薬の書き方についても、これまでのクリニック運営の習慣にもとづいて「こういう内容にしてほしい」という細かなご要望があります。オーダーのバリエーションがすごくあるんですね。

それらをシステム化するということは、ある程度、”枠”というか、”ロジック”を固めていかないといけないので、バリエーションがあればあるほど裏側の設計が複雑になっていきます。それを、すでにご利用いただいている医療機関さまに応じた運用を回しつつ、かつ新しい型にはめていくこともやらなければならない。それが難しいところです。

人によって、やりたいことがたくさんありそうですよね。

井本:そこは小山の方が詳しいですけど、医療機関によって要望が全然違うんです。人が行うのであればある程度は柔軟に対応できると思うのですが、それをシステムに落とし込んでいくとなると型やロジックを明確に定義する必要があります。例外というのは簡単には実装できないので、そこが苦戦したところではありました。

小山:我々は「かかりつけ医」をお客さまにしているわけですが、厚生労働省が行った調査(※)によると、診療所開設者・法人代表者の平均年齢は60歳を超えていて、全体の約2割が70代なんです。新しい仕組みを導入するということは、彼らにとって、何十年もやってきた習慣を崩すことになるわけなので、そこに対してのハードルがあります。
※ 2018年 厚生労働省の資料「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」

事務スタッフさまも今までのやり方に慣れているので、どう要望に応えていくか、チャレンジのしがいがありました。DX というとデジタルへ一気にシフトするイメージがあるかもしれませんが、そもそも、今まで使ってきた人に寄り添った上でのDXをどうするかという意味で、考え抜きました。

間接的ではあるものの、人の命に関わるシステムになるので、トラブルで止まらないことが求められると思いますが、安全性を担保する上で工夫されたことはありますか?

井本:作りとしてこだわったというより、今回のリリースに当たって、「普段動いている業務を絶対に止めてはいけない」ということが大きかったです。これはスタートアップ企業の我々ならではだと思いますが、かなりスピードを意識する文化があるんですよね。とはいえ、スピードを保ちつつ絶対にトラブルを起こしてはならないので、短期間の中でも抜け漏れなく厳正にテストをすることにこだわりました。

その意識は医療機関さまだけでなく、社内にも向ける必要がありました。弊社には、一般患者/医療機関さまからの委託患者/ファストドクターに登録する医師/コンタクトセンターのオペレーターなど、あらゆるスタッフが使う基幹システムがあるのですが、今回開発した「クリニックポータル」はそれとも連携する仕組みでした。この基幹システムが止まれば、救急往診の受付をすることも、カルテを入力することもできなくなります。「絶対に基幹システムに影響を起こしてはならない」という使命がありました。普段、私たちがシステム導入やリリースする時とは比較にならないほど、何度も厳正なテストを繰り返しましたね…。

クリニックポータルについて、営業上の目標値はありますか?

小山:目標値については明確に定めており、2025年度に8万人の在宅患者様に使っていただけるサービスにすることを目指しています。現在、約80の医療機関さま、約9,000人の患者さま(2022年8月現在)にご利用いただいているので、向こう3年で約10倍に成長させていきたいという目標です。

営業チャネルについては、実はそんなに奇抜なことはやっていません。レガシーな産業で、かつ、先述のように高齢の先生方が増えているということもあり、リアルなコミュニケーションを求められることが多いのが現状です。困ったときにいつでもご連絡いただけるように、感染対策をきっちり行った上で、face to faceでのコミュニケーションを心がけています。

また、需要がありながらもまだまだ認知が足りずリーチできていない層が一定数あります。そこに対しては、開業医の先生方や在宅クリニックさまとコネクションが強い企業さまとパートナーセールスという形で提携し、ご紹介いただいたり、学会に参加したり、SEO を強化するなど、地道に商談機会を重ねています。

クリニックポータルの発表後、反応はいかがでしょうか。

小山:「ファストドクター」や「クリニックポータル」というワード検索による流入数が増加しています。また、そこからお問い合わせいただき、商談につながったケースも増えているので、ローンチの効果を感じています。

病院は個人情報に対してセンシティブですが、システムを提供する立場として、そうしたハードルを越えるために、何かしら工夫はされていますか?

井本:一般的なセキュリティという文脈だけではなくて、弊社の場合、今回の「クリニックポータル」を完全にスクラッチで開発していますので、裏側の API の設計でもそういったところを意識して作ることができたんですね。今回、医療機関ごとに認証の範囲を必ず設定できるようにしていて、それを API でもちゃんと認証キーを持った状態でデータをコントロールするというところは1つのこだわりポイントです。

ファストドクターは今後、人材採用も拡大されると伺っています。ファストドクターで働く方にとっての魅力とは何でしょうか?

小山:まず、医療・ヘルスケアという領域は “我が国最大の成長産業である” ということと、すでに完成された業界に見えて、実は効率や生産性を高める余地がたくさんあるというところがおもしろいと感じています。自分たちのアイデア次第で大きく業界を変えることができるので、トライアル精神のある方は、前向きに楽しみながら働ける環境だと思います。

また、DX の分野で言えば「そういう機能を待ってたんだよ!」「この機能のおかげで事務作業が減って助かってます!」という感謝のお言葉をいただくことが多く、「お客様と一緒にサービスを作っている」という感覚で働けるのも魅力ではないでしょうか。

井本:先駆者がいないので、アイデアの絞り甲斐があるというか、今回の「クリニックポータル」も、まだまだこれで完成ではなくて、やっとスタートラインに立ったところなんですよね。医師が救急往診に向かう時に、「より正確で詳細に情報を提供するにはどうしたらいいだろう」とか、「平時の時にもっとクリニック様とコミュニケーションを図るにはどうしたらいい」だろうとか、「クリニックポータル」をリリースしたことによって、より課題に向き合えるところがあります。どんどん新しい課題と改善のチャンスがあるというのは、この分野で DX として携われるところの醍醐味かなと思います。

小山:すごくクリエイティブな世界だと思います。ファストドクターは現場に入り込んでフローを理解して作っていく開発方法なので、机上の空論にならないものが出来上がっていく。それができるのも、外注に頼らず、ほぼすべての工程をインハウスで動かしているからです。井本も足繁く医療機関に足を運んで、先生の話を聞いて、実際の課題を体感・共感しながら働いていますし、現場に寄り添うというファストドクターの体質が表れた働き方だと思います。
課題に真摯に向き合い、1つ1つの細部にこだわって効率化させることで、これまでの業態をよりよくしていける。また、そのプロセスをチーム全員で楽しみながら働けるのがファストドクターの魅力ですね。

ありがとうございました!

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