ウエアラブルとデータ解析で、視覚障がい者の外出をより安全にーー世界を変える8つのテクノロジー/Ashirase CTO・田中裕介氏 #ms4su

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本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

世界はコロナ禍を経て VUCA と呼ばれる不安定な時代に入ったと言われています。スタートアップにとって、これをチャレンジと捉えるべきでしょうか、それとも、チャンスと捉えるべきでしょうか。世界では、社会インフラが整っていない地域ほど、リープフロッグ現象を起こすスタートアップやユニコーンが多数生まれています。

日本の産業構造や社会は成熟しているものの、高齢化、労働者不足、中央集権的な仕組み、硬直化したシステムといった課題があります。こうした課題は、タイミングこそ違えど、いずれ世界各国や地域や社会が経験する可能性があり、日本のスタートアップが自由な発想で解決策を提示できれば、世界の救世主的存在になるかもしれません。

本稿では、自由な発想で産業や社会のペインを解決しようとするスタートアップにインタビューし、彼らの思い、軌跡、将来展望などについて、読者の皆さんと共有したいと思います。

<参考文献>

初回は、主に視覚障がい者を対象に、ウエアラブルデバイスやソフトウェア技術で、より安全で便利な移動体験を提供しようとするAshiraseです。Ashirase CTO の田中裕介さんに話を聞きました。

Image credit: Ashirase

Ashiraseは昨年4月に設立され、同じ年の6月に自動車大手Hondaの新事業創出プログラム「IGNITION」の第1号として輩出されたスタートアップです。AshiraseはHondaとリアルテックファンドからシード資金を調達しました。CTOの田中さんは、創業前の2019年からチームに参加されました。元々、自分でも起業に向けた経験や知見を深めるために複数の会社を渡り歩いてきた田中さんですが、CEOの千野歩(ちの・わたる)さんと出会ったことで互いの力を相互補完できる関係に気づき、現在はAshiraseを技術面から牽引しています。

Ashirase と解決しようとするペイン

Ashirase CTO 田中裕介氏

Ashiraseは、視覚障がい者の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「あしらせ」を開発しています。「あしらせ」は、ナビゲーションの情報を足へ振動として伝えることで目的地までの道を直感的・無意識的に伝えます。これにより、”ルートの確認” というこれまで必要であったタスクを最小化し、視覚障がい者が本来持つ歩行能力を最大限引き出し、達成感のある歩行環境を提供します。

Ashiraseは①スニーカーに装着するデバイス、②iOSアプリ、③Webサービスの3つで構成されています。このうち③Webサービスを実現するためにAzureを活用しており、主にWebAppsやFrontDoor、SQL Database、Blob、ActiveDirectoryを利用しています。フルマネージドな構成で運用負荷を下げるよう工夫しています。 また、①のデバイス上で動作するファームウェアの格納やバージョン管理などもAzure上で実現しています。(田中さん)

Image credit: Ashirase

Ashiraseは一見すると、デバイスとiOSアプリだけでも動きそうな気がします。ただ、ユーザの認証に関する情報、サービスのさらなる品質向上のための利用データの取得や解析などには、クラウド、つまり、Azureの力が最大限に活用されます。田中さんは組み込み系のエンジニアということもあり、バックエンドのアーキテクチャや設計には他のエンジニアの助けも借りながら、マイクロソフトの支援を受けることにも活路を見出しました。

マイクロソフトからは、一般的な技術情報の紹介ではなく、自分達が実現したいサービスに必要な構成を親身になってアドバイスいただくことができ、サービス開発時の不安や細かい懸念点を払拭することができました。また、サービスが立ち上がる以前からAzureだけでなくGitHubなどの関連サービスについても利用料をサポートいただけるという点も、我々のようなスタートアップにとっては大変ありがたいと感じています。 (田中さん)

ITを活用したアクセシビリティ、インクルーシビティ(多様性)

マイクロソフト スタートアップチーム 戸谷仁美さん

Ahiraseの製品ローンチはまだですが(今年度中を予定)、田中さんは、クラウド活用で実現可能なユーザ体験の向上の可能性についても教えてくれました。視覚障がい者は、人によって歩くスピード、障がいの程度によって、ナビゲーションに必要な情報の粒度も違ってきます。どのユーザにどのように情報を伝えるのが最適か、システムに学習させる必要もあるでしょう。例えば将来、ユーザに配慮して、階段が少なく歩道が整備された安全な道を案内する機能などが可能性の一つとして存在しますが、一般的な地図サービスだけではこうしたサービスの実現は難しく、クラウドの活用は欠かせません。

マイクロソフトが会社としても貢献すべく注力している分野のピラー(柱)の一つとして、Ashiraseが展開しているアクセシビリティに対する期待値が挙げられます。日頃からグローバルのスタートアップトレンドの動向をキャッチするように努めていますが、海外と比べ、日本では障がい者支援に取り組むスタートアップはまだまだ限られているのではないでしょうか。

また、その中でもITを活用したアクセサビリティ、インクルーシビティ(多様性)の領域に取り組まれている社会起業家はさらに限られるのではないでしょうか。Ashiraseの取り組みは、視覚障がい者がより多くのことを達成できる世界観を作れるのではないかと思っており、とても素晴らしく期待しています。(マイクロソフト スタートアップチーム 戸谷仁美さん)

Ashiraseは視覚障がい者のためだけのソリューションかというと、そうではありません。法律で禁止されていることとはいえ、自動車を運転中にナビを操作していて前方車両に衝突したり、(走行中は操作が無効化されるようにはなっていますが)、自転車でもルートを案内するスマートフォンを凝視していたために歩行者にぶつかったりする事故が後を絶ちません。Ashirase はユーザへの情報伝達を視覚ではなく触覚に限定しているため、社会全体の安全性向上にも寄与できる可能性があります。

年度内のサービスリリースに向け、開発は佳境に入りつつあります。これまで大きな課題はないとのことですが、マイクロソフトはバックエンドエンジニアを交え、月に一度の頻度でAshiarseチームとのミーティングを行っており、技術的な課題が出てきた場合には、すぐにでも支援できる体制を整えているとのことでした。田中さんは、サービスに適したアーキテクチャのアドバイスが受けられ、必要時には迅速に回答が得られるのは安心につながっていると評価していました。

アクセシビリティに関して、あしらせでは2つのことを大切にしています。

一つ目は直感性です。特に、あしらせから伝える直感的な振動には拘っています。ユーザからのフィードバックの反映と試行錯誤を何度も繰り返し、ユーザが道を知るための負担を最小限にしています。

もう一つは、日々の生活に溶け込むことです。靴に装着しておけば普段通り靴を履くだけで利用できますし、充電も1週間に1度程度で良いように設計しているので、これまでの生活から殆ど手間がかからずに使用できます。

より直感的により生活に溶け込むようなサービスにするために、常にアップデートをかけていきます。(田中さん)

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