持続可能な社会を作るスタートアップたち(1)必要性の高まるESGへの取り組みとその背景

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Image Credit: Porapak Apichodilok via Pexels

本稿は独立系ベンチャーキャピタル、グローバル・ブレインが運営するサイト「GB Universe」掲載された記事からの転載

先行きの見えないスタートアップにとって「持続可能な社会」という視点を持つのは少し難しいことかもしれません。一方で気候変動含め、その社会課題そのものについてはあまり猶予のないのも事実です。

例えばビル・ゲイツ氏の著書「How to Avoid a Climate Disaster(邦訳:『地球の未来のため僕が決断したこと・気候大災害は防げる』 / 2021年・早川書房)は著名な経営者の視点であることや、二酸化炭素換算で510億トンという明確な数値目標、イノベーションによる課題解決ストーリーなどもあり、問題意識を共有できた方も多いのではないでしょうか。しかし世界環境への理解が進んだとしても、スタートアップ経営に戻れば目の前の経営課題に忙殺されることも少なくないと思います。

ただ、今このプライオリティは変わりつつあります。スタートアップにとっても実務として必要になりつつある持続可能性への取り組みについて、いくつかの回に分け事例をまとめていきます。

社会的な要請と情報開示

IPOを目指すスタートアップにとってESGなどの言葉を無視できなくなった要因のひとつに、2021年6月に実施されたコーポレートガバナンス・コードの改訂があるのではないでしょうか。東京証券取引所が金融庁と協力して進めるこのガイドラインは、ある意味、企業が社会の公器として認められるかどうかの「基準」です。ここに「持続可能な社会づくり」への対応が従来よりも強く推奨されるようになりました

ポイントは情報開示です。

例えば持続可能な社会づくりのひとつとして全世界的な取り組みになっている気候変動への対応については、G20の要請から金融安定理事会(FSB)に設置された「気候関連財務情報の開示に関するタスクフォース (TCFD)」に対して環境省(2018年7月に賛同)をはじめ、国内公開企業の提言賛同と情報開示が始まっています(8月時点でTCFDにリストされている日本拠点の全企業は1,000社以上)。TCFDでは気候変動に対する取り組みを「ガバナンス・戦略・リスクマネジメント・指標と目標」の4項目で開示することを提言しています

2021年の東証のガバナンス・コード改訂を機に、TCFDなどをベースにした情報開示が進み、それが徐々に株式公開の準備を進めるスタートアップにも影響を及ぼし始めようとしている、というのが今の状況かもしれません。といってもなかなか全体像が掴みづらいのも事実ですので、分かりやすいアウトプットとして今年8月に開示されたメルカリの「2022年度版 サステナビリティレポート」を少し紐解いてみます。

テクノロジー成長企業が果たすべきイシューと整理

Image Credit : メルカリのサステナビリティ(ウェブページ)

メルカリの2022年6月期の通期決算と同時に公表されたのが「2022年度版 サステナビリティレポート(PDF)」です。2020年より毎年公開しているもので、決算報告の冒頭にも明示された「プラネット・ポジティブ」というメッセージは、メルカリ取引を通じて回避できたCO2排出量、年間約48万トン(「衣類」カテゴリーのみ)という数字と共に公表されました。そしてこれらを体現する具体的なアクションをまとめたものが、95ページにも及ぶこのレポートです。

メルカリはビジョンの提示が非常に上手な企業ですが、この持続可能な社会作りについてもその力は余すことなく発揮されています。プラネット・ポジティブを目指すメルカリというシンプルな目的を共有した上で、持続可能な社会づくりに必要な論点を5つのマテリアリティとして整理しています。

  1. 循環型社会の実現/気候変動への対応
  2. ダイバーシティ&インクルージョンの体現
  3. 地域活性化
  4. 安心・安全・公正な取引環境の実現
  5. コーポレートガバナンス/コンプライアンス

持続可能な社会づくりを語る上で幅広く認知されている取り組みがESG(環境・社会・ガバナンス)ですが、どうしても課題の緊急性などから環境問題へのウェイト・認識が大きく膨らみがちです。しかし、その上に構成する社会が安心して暮らせてはじめて経済活動が成立するわけですし、こういった課題に対する社会的要請を受け入れるガバナンスがなければ、課題そのものが無視されてしまうことになります。

国連の提言するSDGs(持続可能な開発目標)はこういった社会課題を17のゴール・169のターゲットに整理したものですが、網羅的でもあり、どのイシューを選ぶべきかという点は難しい問題かもしれません。メルカリではESGに関わる各種のガイドラインを参考にしつつ、自社・ステークホルダーの評価を合わせて取り組むべきマテリアリティを特定し、それぞれの中長期の機会とリスクを整理しています。

ビジョンと具体的なアジェンダの提示に加えてもうひとつ特筆すべき点は、ダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みに見られる「定性的な評価」です。彼らはこのマテリアリティに対して数値的な目標を掲げていないそうです。

そもそも「人の違い」とは何なのか。メルカリにはこのレポートが発行された時点で50カ国を超える国籍の社員がいるそうで、この本質的な問いに対しての答えが絶対的なものになるケースは少ないのではないでしょうか。同社ではこういった画一的な数値設定よりも、採用から入社後の活躍に至るまでの様々なデータを使って構造的な不平等を可視化し、これを是正し続けることが重要と指摘しています。なお、こういった価値観を支えるための取り組みとして言語学習や研修を充実させているそうです。

初回ではスタートアップがESGに対して取り組むべき理由と背景、メルカリのサステナビリティレポートからその整理の方法について触れてみました。次回からは、各社がどのように社会的な要請に対して活動をしているのか、その具体的な取り組みについてケースをみていきます。

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