ChatGPTがM&Aアドバイザーを民主化する時代へーースタートアップはChatGPT時代をどう迎える/M&Aクラウド及川氏

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OpenAIが対話型AI「ChatGPT」の3.5バージョンを公開したのが昨年11月。2月にはMicrosoftの検索エンジンBingと連携したチャット型検索のBing-GPTがお目見えし、3月のバージョン4とAPI、そしてプラグイン公開でこの流れは一気に世界のサービスを飲み込むことになります。

本稿ではこのパラダイムシフトにあって動きのある起業家たちをインタビューで繋ぎ、少しでもその輪郭を掴んでみることにしました。松尾豊教授LayerX・福島良典氏、ミラティブ赤川隼一氏に続く今回はM&Aクラウド代表取締役の及川厚博氏に話を伺いました。同社は3月29日にGPTモデルを使ったM&Aの効率化に乗り出すことを公表しています。

企業のM&Aという人間的な側面と、買いたい企業と売りたい企業のデータ・マッチングという側面の両方を兼ね備えた同社はChatGPTにどのような可能性を見出しているのでしょうか。(文中の太字の質問は全て筆者、回答は及川氏。敬称は略させていただいています)

岸田内閣におけるオープンイノベーションの追い風

コロナ禍が落ち着きを見せつつある一方、ロシアによるウクライナ侵攻や、それに連動した燃料・物価高・サプライチェーンの断絶などの要因が重なり、株式市場は大いに混乱しました。足元のIPO(新規株式公開)企業数はリーマンショック以降ほどの落ち込みは見せていないものの、上場延期の声もちらつく不安定な状況です。

そんな中、岸田内閣が打ち出した「スタートアップ5カ年計画」では、スタートアップに関する人材育成、資金(特に年金)注入に加えてオープンイノベーションの促進を大きな柱として掲げています。及川さんは現在のスタートアップにおける買収の状況と課題を次のように教えてくれました。

ーー政府でもオープンイノベーション関連の動きがありますが、及川さんは事業者としてどのように状況を見ていますか

及川:金融市場がクラッシュし、スタートアップには必要な資金が足りず、現在は資金不足の状態にある一方、大企業には内部留保が多くあるので、それを活用していくべきという考え方がありますね。

政府としては国力や競争力を上げるためにもユニコーンや大型のIPO(新規株式公開)を増やしていきたいのですが、現在の金融市場ではスタートアップが生き残るためにダウンラウンドIPOやスモールIPOを選ぶ傾向があります。また、そもそも現状のIPOのキャップは年間100社程度で、構造的にこれ以上の増加は困難な状況です。

ーー未公開企業の株価の方が高い、という状況はここ1年のIPO価格を見ても感じますよね

及川:そこで買収が候補に挙がるのですが、課題のひとつとして例えばのれんの問題があります。スタートアップのM&Aは、構造的に多額ののれん(※)がでる上に、利益もでていない状況だったりするので、営業利益が逼迫し株価に影響が出やすくなり、M&Aに対して及び腰になる傾向があるんです。

これらを改善しなければならないとの声もありますし、法改正についても声が出ているような状況です。また、オープンイノベーションに取り組む会社を増やすことも議論されています。ただ、スタートアップM&Aの減税については、税制上のメリットが大企業にあることも1つですが、それ以上にこれが起爆剤になって、社内のモメンタムを高めることができるとの意見もあります。

ーー及川さんから見てテックにおける国内M&Aの好例はどのようなケースですか

及川:非連続な成長を描きたいという前提で言えば、国内でリクルートがIndeedを買収した例はイノベーションのジレンマに対する非常にわかりやすいケースだったかもしれません。つまり、Indeedが成長してしまった場合を考え、先手を打ってIndeedを買収したということです。Facebookもインスタグラムで同様の例がありますが、イノベーションのジレンマを考慮した上で、本体となるアプリを超える事業を目指した買収は非常に美しいケースだと思います。

最近の国内ではMUFGがカンムを買収した例が近いかもしれません。もちろん、MUFGの銀行業の本丸ではなく、子会社のアコムや消費者金融部門が成長のジレンマの対象かもしれませんが、総合金融全般の1ピースとして、本丸ではないにしてもアコムや消費者金融部門では、年間の営業利益にして数百億円規模を作りますからね。

ChatGPTはM&A市場でどのような価値を生む

M&Aクラウドサイト

国内ではまだまだテック・スタートアップの買収については活性化しているとは言い難い状況ですが、政府提言もあり、また、市況を考えると企業によっては大きなグループに入った方が価値を最大化しやすいかもしれません。こういった市場の敏感な変化に対し、ChatGPTをどのように活用すればよいか、現在はまだ検証中としつつ、及川さんは次のように可能性を語ってくれました。

ーーM&Aの現場でChatGPTをどのように活用しようと考えていますか

及川:議論の中ですが、そのものズバリの会社名を挙げるというよりはM&Aの切り口を考える際にChatGPTを使うと非常に有益だと感じています。例えばM&AによるExitを考えているのですが、どんな企業がマッチするでしょうか?と質問すると、こういう会社にシナジーがありますというのが網羅的にでてきます。それによって、ロングリストを作成できますし、そこに合致する買い手にノンネームシートを送る際にこういう理由でマッチすると思いましたと提示することでより興味を引くような提案ができるようになることを予想しています。

ーーただ、素人考えで買収先を考えるとどうしてもバイネームで聞きたくなりますよね

及川:今後、バイネームの企業名を使ってより効果的なマッチングができるようになると思いますが、切り口やシナジーの発見は現時点ですぐに実現できる点が素晴らしいと思っています。というのも、このM&Aの業界では、アドバイザーの存在が大きいんです。公開企業のIRを見てもらえればわかると思いますが、プロの方々がずらりと並んでいますよね。

ーーある意味では戦略コンサルティングのような仕事

及川:そういう意味で、このM&Aアドバイザーの役割が徐々に民主化されるかもしれません。M&Aアドバイザーは業界にも1,000人ほどしかいないと言われており、一人あたり年間1.2件しか成約出来ていないというデータもあります。ChatGPTがあることで、M&Aアドバイザーに対するスキルの要求水準が下がり、多くの人がM&Aアドバイザリーを行うことができるようになって、数が爆発的に増える可能性があります。

ーーデータ勝負になる?

及川:そうですね、おそらく私たちが保有するデータが非常に重要であり、事業としてポジティブな影響が期待できると思っています。ChatGPTのAPIを調べた感じでは(固有データが勝負の要素になる)そんな感じですね。創業時から我々は顧客のニーズや買い手の求める条件などのデータを重視してきましたし、GPTを見ると、この点が非常に重要であると分かってきています。(プラグインで参加した)Expediaもそうですよね。自社のデータを早速繋ぎ込んでいます。だから買い手のニーズを常にヒアリングし、更新することが重要になると予想しています。例えばオンラインでマッチングしている場合、毎日のニーズのアップデートが自動で行われ、常にフレッシュなデータを追い求めることが競争優位性に繋がるのではないでしょうか。

ーー人間的な部分を必要とする部分は

及川:スキルの一部はコモディティ化し、より営業力やエモーショナルな部分が重要になると思っています。そもそもこういう時代の到来を見越していたので、当然ながら私たちもその方向に向かっています。

確かにアドバイザーがロボットのような存在になる部分もあり得ます。ただ、人間的なアドバイザーは最後の背中を押す役割や、難しい交渉の部分で活躍するんじゃないでしょうか。M&Aの現場ではやはり「最後に背中を押す」という役割があるんです。そのバリュエーションで本当にいいのか、迷っている場合、最終的な決断を後押しすることが重要です。アドバイザーは感情的な部分で対応していくことが求められると思っています。ロボのM&Aアドバイザーが裏側で提案を行い、実際に裏側のスキームを進める際には、人間的な適切なサポートが必要になりますので、そんな感じで進化していくと思います。

ありがとうございました。

※補足・のれん問題:のれん代は買収した企業のブランドや技術力などの無形固定資産。企業が保有する現金や在庫など固定資産が赤字などで著しく低いにも関わらず価値を高くつけて買収すると、のれん代との差額が大きくなり、これが段階的に減価償却されるため、上場企業の営業利益を押し下げることから株式市場における影響を受けやすくなるデメリットがある

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