開発の停滞ムードが一変。HATALUCKを1つにした「戦略策定の3フェーズ」

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左から:大工峻平氏(HataLuck and Person 執行役員 CPO)、佐藤直樹(グローバル・ブレイン Investment Group プリンシパル)

本稿は独立系ベンチャーキャピタル、グローバル・ブレインが運営するサイト「GB Universe」掲載された記事からの転載

HataLuck and Person(HATALUCK)は、小売、飲食、サービス業向けのDXツール「はたLuck」を提供するスタートアップです。

はたLuckは、アルバイトやパートを含む、店舗で働く全てのスタッフが使えるアプリです。店舗のシフト作成業務やコミュニケーション改善を支援し、業務効率化と働きがいの向上を同時に実現。特に、多くの顧客が負担に感じている紙やExcelを使ったシフト作成業務については、継続的な機能追加と改善が行われています。

しかし、かつてはプロダクトの機能追加・改善の方向性に関して社内で意見が分かれており、開発がスムーズに進まず、停滞を感じていた時期もあったそうです。バラバラだった社内の意見をどうまとめ、プロダクトを強化していったのか。HATALUCKのCPOである大工峻平さんと、取り組みを支援したグローバル・ブレイン(GB) ValueUpTeam(VUT)の佐藤直樹に話を聞きました。

CEOとメンバーで食い違う意見

──プロダクトの開発戦略を策定した経緯について教えてください。

大工:現在のはたLuckの業務効率化機能には大きく分けて2つの機能軸があります。1つは従業員間でやりとりできるトークや連絡ノートなど、店舗で働くシフトワーカーの情報伝達を円滑にする機能。もう1つは店舗において負荷が大きい、シフト作成業務をサポートする機能です。

はたLuckには、店舗の業務効率化を支援する「シフト作成」や「トーク」「連絡ノート」などの機能がある。また、従業員のやりがいやエンゲージメントを高める機能も複数設けられている。

大工:ご周知の通り、飲食店をはじめとする店舗サービス業界はコロナ禍により大きな影響を受けました。多くの店舗が閉店を余儀なくされ、残った店舗でも限られた少数の正社員が運営する体制となったため、複雑なシフト作成業務は一時的に不要になったんです。

この時CEOの染谷は、コロナ収束後の世界ではシフト作成課題へのニーズが再び大きくなると見越して、シフト機能の強化を継続して優先すべきだという意見でした。

一方で、他の経営陣やメンバーには別の考えがありました。当時の失注原因を調べてみると、類似サービスに比べてシフト機能が簡素なことが一因だったのは事実です。しかし、シフト作成方法は店舗や業種によって大きく異なるため、シフト機能を個別最適化し、あらゆるお客様が満足できるレベルにするには相当の工数がかかってしまいます。

はたLuckがシフト機能専業のサービスであれば良いのですが、それだけの時間を費やすとなると、どうしてもその他のプロダクト改善項目とのトレードオフになってしまう。「何の開発に注力するのか」の判断は、事業全体の計画に影響が大きいテーマでした。

経営陣やマネージャー陣だけでなく、弊社には「シフトワーカーのやりがいを高める」という理念に共感して入社したメンバーが多いんです。それもあって「エンゲージメント向上機能を強化したほうが良いのでは」「本当にシフト機能が優先なのか」と疑問や納得感の欠如が会社内に広がっていたことを覚えています。

染谷もシフト機能だけを強化すると言っていたわけではありません。ただ、経営者の長期的な視点から見た世界と、他のメンバーの思いの間にズレが生じていた事実はあったかと思います。

プロダクト開発サイドとしても、より良い最善の手を見つけたいと考えていましたが、当時は議論を深められる材料がなく、どの開発戦略案も決定打に欠けるといった状況でした。

大工 峻平:小売業向けECサイト/タブレットPOSシステムの開発PMの経験を経て、2018年にナレッジ・マーチャントワークス株式会社(現:株式会社HataLuck and Person)へ参画し、「はたLuck」の機能開発、大手企業への導入PJを主導。2023年10月より現職。

──そこにGBからVUTが参画したそうですが、どのように開発戦略の策定に関わっていったのでしょうか。

佐藤:以下の3つのフェーズに分けて取り組みました。

  1. 市場データから優先候補となる機能の洗い出し
  2. 機能の優先順位を決める「合宿」の実行
  3. 2.で定めた機能に対する、顧客インタビューなどによる詳細な要件定義

まず、国内外の市場データをもとに、今後のはたLuckが優位性を獲得できそうな機能をシフト機能に限定せず幅広くリストアップしました。その後、経営層やマネージャー陣に集まっていただき、リストアップした機能の優先順位を議論する「合宿」を実施。優先度が高い機能に関して、アルゴリズムのレビューや顧客インタビューなどを行い、より細かな要件定義までご一緒させてもらいました。

佐藤 直樹:Uber、Amazonなどを経てGB VUT参画。データアナリティクスxグロースを軸とし、プロダクト・プライシング・マーケティング・サプライチェーン・新規事業立ち上げなど幅広い領域を担当。

大工:VUTにはマクロデータ分析、他社調査やユーザーインタビューなど、議論の材料を集めていただいたのはもちろん、ある意味社内の“旗振り役”となっていただけたのはありがたかったです。進むべき方向が見えなかったために、プロジェクトのスピードも落ち気味になってしまっていたので。

ただ正直に言うと、外部のVCの方が個別のプロジェクトに入ることに多少の抵抗感も感じていました。社内のドキュメントもある程度開示する必要がありますし、ドキュメントを見てもらっても「どこまで理解してもらえるのか」「どこまで課題解決に臨んでくれるのか」という点では未知数でしたね。最初は半信半疑のまま、プロジェクトに取りかかったと記憶しています。

「データ×現場感覚」で勝てるポイントを見つける

──そんな状況の中で始まった取り組みですが、最初のフェーズである「機能の洗い出し」について詳しく教えてください。どのようなデータを集めて候補機能をリストアップしたのでしょうか。

佐藤:「日本のシフトワーカーの業界別動向と課題」「日本の競合サービス」「米国の類似サービス」の3つの軸でデータを収集しました。マクロとミクロの観点を行き来しながらHATALUCKの皆さんとディスカッションし、最終的に約30個ほどの候補機能を洗い出しました。

収集・分析したデータの一部(左:産業別の非正規労働市場規模×成長率、右上:米国市場主要プレイヤーの概要比較、右下:国内主要競合プレイヤーの概要比較)

大工:他社と同じレベルのものを作るのであればここまでの調査は不要ですが、私たちは勝てるポイントを見つける必要があります。日本だけでなく海外のトレンドも見たうえで、いまのはたLuckの立ち位置を見つめ直し、今後どう差別化できるかを考えられたので、これらのデータは有用でしたね。

佐藤:データだけ見ると良さそうな機能でも、HATALUCKの皆さんが持つ現場の感覚と照らし合わせると食い違うケースもありました。たとえば米国では「従業員同士のシフト交換を可能にする」機能がよく使われていましたが、HATALUCKさんの知見によると、この機能は日本の現場には必ずしもフィットしなかった。データだけでなく、顧客の実態を踏まえた現場感覚の両軸で考える重要性を感じましたね。

その後、合宿に備えてHATALUCKさん側とも相談しながら、機能の優先順位を決めるための評価軸を作成しました。「顧客ニーズ」「市場機会」「競合優位性」「開発難易度」など6つの評価軸を用意し、合宿当日に臨んだ形です。

機能の優先順位を決めるための6つの評価軸

「この道でいく」全員が決意できた理由

──合宿ではどのように議論が進んだのでしょうか。

佐藤:経営陣やマネージャーの方々には事前に、リストアップした候補機能に対して先ほどの6つの評価軸で点数をつけていただき、当日はそれをもとに議論しました。VUTは当日のアジェンダ作りやファシリテーションを担当した形です。

大工:3つのグループに分かれて話し合いましたが、最終的にどのグループもシフト機能の強化を優先すべきだという意見でまとまりました。別機能を優先したほうが良いと思っていたメンバー同士でも、きちんとすり合わせてみたら「考えることは一緒だったんだ」と気づけて。これは弊社にとってターニングポイントでしたね。

合宿の様子
合宿時に使われた注力機能候補の評価シート

大工:そうなったのも、合宿を通していまのはたLuckを取り巻く背景を皆で共有できたからです。「売上目標」や「導入企業の規模ごとの単価・受注率」などのビジネスサイドのデータから、プロダクトサイドが持つ「各機能の開発工数」や「開発しなかった場合の技術的負債」について全員でインプットできました。全員が目線を揃えたうえで「シフト機能への注力が総合的に考えて最もいい道である」と納得感を持って意思決定できたのだと思います。

合宿を経て、会社内で事業を進めるにあたっての重要な考え方が社内にインストールされた気がします。ひと口に「シフト機能の機能拡張」と言っても、それを完成させるためには「具体的にはこういう課題があって、こういうアクションをしていかないといけない」と全社共通で認識できる状態まで解像度をあげる必要がある。ここに気づけたのは、VUTに深く課題解決に関わっていただけたからだと思ってます。

受注報告が飛び交い出した、はたLuckの今後

──一連の取り組みを経て、感じている成果や価値は何でしょうか。

大工:全社で「目線を合わせられた」ことです。合宿を行ったのが2023年の夏頃ですから、半年ほどでシフト機能への注力を一気に進められました。ここまでスピード感を持てたのも、経営陣やマネージャーが同じ情報をインプットし、意思決定に納得したうえで物事を進められたからです。

シフト機能の強化によりプロダクトの競争力もついてきました。Slackでの受注報告が同じ日に何件も飛び交うなど、染谷とも「雰囲気が変わったね」と話していたんです。

佐藤:もともとHATALUCKの皆さんは自社のミッションに共感されていて、少しでもプロダクトをよくしたいと思っていらっしゃいました。停滞していたように感じられたのは、そのベクトルが微妙にずれていただけです。今回そこが統一され、強い推進力が生まれたのだと思っています。

──今後もはたLuckはアップデートを続けられるかと思います。プロダクトチームとしての展望を教えてください。

大工:弊社は創業以来、サービス業に従事する人の「業務」と「心」の負担を圧倒的に楽にしたいという思いで事業を続けてきました。これまでのはたLuckはシフトワーカーの「業務効率化」がメインテーマでしたが、これからはシフトワーカーの「心」の領域、つまりエンゲージメントを高めていく領域の拡張を推進していきたいと考えています。ゆくゆくはシフトワーカーに「はたLuckが入ってる店でバイトしたい」と思われる状態を目指したいですね。

ちなみに、シフト機能の開発をリードしているPdMの若杉は、元々IT業界の出身ではなく、今回のような大きな開発テーマの優先順位付けの知見はありませんでした。しかし今回の取り組みを通じて、意思決定にあたり必要となる情報の収集・分析方法を吸収し、かなりレベルアップしてくれた印象です。

若杉がここまで吸収できたのも、VUTの皆さんに想像以上に私たちの現場に入り込んで伴走いただいたからです。この現場への入り込みはVUTの1番の強みですね。最初は外部から来たVUTに抵抗感があったとお話ししましたが、いまは「GBさんになら可能な限り情報を開示して相談をしたい」とすら思っています。

今回得たノウハウを活かしつつ、2035〜2040年の未来のシフトワーカーの職場環境はどうあるべきなのか考えながら、プロダクトを強化していきたいですね。

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