東大・古澤研究室発スタートアップが「光量子コンピューター」で目指す未来——東大助教・高瀬寛さん

東京大学大学院工学系研究科 古澤研究室 助教 高瀬寛さん
Image credit: Furusawa Lab, University of Tokyo

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

GoogleやIBMをはじめ、世界の大手企業がその開発にしのぎを削る「量子コンピューター」。なかでも光の特性を生かし、従来の量子コンピューターよりもはるかに高い性能をもつ「光量子コンピューター」が、実現に向けて研究を加速させています。

この分野のトップランナーとして2000年から研究に取り組んできた東京大学大学院工学系研究科の古澤研究室に所属し、数々の成果を挙げてきたのが、助教を務める高瀬寛さんです。高瀬さんは光量子コンピューターの開発を目指し、今秋に起業を予定しています。

起業の経緯や事業展開の構想、スタートアップとして目指す未来など、話を聞きました。

光量子コンピューターの開発に向けて、技術が出揃った

光量子コンピューターは、超電導式をはじめとする従来の方式の量子コンピューターと比べて、光の特性を生かした情報処理の速さが特徴として挙げられます。また、その情報処理の性質から装置の大規模化が不要。さらに、冷却せずに常温での稼働が可能といった点からもスケーラビリティが高く、将来性が有望視されています。

光量子コンピューターのコアとなる要素は、状態生成器という量子ビット(編注:量子コンピューターで扱われる情報の最小単位)をつくる装置とそれを処理するプロセッサーの、大きくふたつに分かれています。超伝導技術を用いるのとは異なり、高瀬さんの開発する光量子コンピューターでは光パルスを活用。これまで研究を進めてきましたが、2019年にはプロセッサーの構築に必要な原理について、今年の1月に発表した研究成果では量子ビットの生成に関する原理について検証が完了し、要素技術が出揃うこととなりました。

これまでは基礎研究を続けていましたが、だんだんと光量子コンピューターの開発に必要な要素が揃ってきました。ここから先は実際にモノをつくって世に出していく段階に入ると考え、機動力の高さをふまえてスタートアップを起業することにしました。(高瀬さん)

日本発、業界のオールスターで起業に挑む

古澤研究室の皆さん(2023年)。後列左から3人目が高瀬さん、4人目がワリットさん。
Image credit: Furusawa Lab, University of Tokyo

起業時には高瀬さんがCEOを務め、同じく古澤研究室所属のアサバナント ワリット助教がCTOに就任。また同研究室を主宰する古澤明教授も立ち上げに参加し役員を務めるほか、同じく東京大学で自身の研究室をもち、光量子コンピューターの領域で数多くの成果を挙げている武田俊太郎准教授が顧問として参画します。起業後の事業展開について、高瀬さんは次のように説明します。

まずはプロセッサーの技術に関して事業化を進めていきます。プロセッサー単体でもいわゆる光コンピューターのような使い方が可能なため、古典的なニューラルネットワークの処理に用いたり、最適化問題を解くためのプロセスに応用できるのではないかと考えています。(高瀬さん)

量子コンピューターの研究開発で最終的なゴールとされているのが、「誤り耐性型量子コンピューター」の実現です。世界の研究機関や大手テクノロジー企業がその開発を目指して取り組みを進めていますが、少なくとも10年単位で時間がかかる見込み。高瀬さんのスタートアップでも研究を進める一方、その開発までのあいだに先述のプロセッサーの活用によって知見を得ながら、応用可能性を探ろうとしています。

コア要素のもう片方、量子ビットに関する研究は、事業と並行して続けます。そして先々で「誤り耐性型量子ビット」の技術を完成させたい。プロセッサーについても事業を展開するなかでシステムをより高度化させていき、最終的にはふたつのコアとなる技術を組み合わせて、光量子コンピューターを実現させるつもりです。(高瀬さん)

光量子コンピューター開発における、日本の強み

古澤研究室では、光量子コンピューターに使われる大量のミラーなどを光ファイバーで置き換えることを目指している。
Image credit: Furusawa Lab, University of Tokyo

起業後にまず取り組むプロセッサーの事業では、ハードウェアの販売から、それをどのように活用するかを考えて、エンジニアリングも含め実装するソリューションの提供まで展開予定。量子技術による新産業の創出に向けたコンソーシアム「Q-STAR」に名を連ねているような国内大手企業が想定顧客になってくるのではないかと、高瀬さんは話します。

光量子コンピューターを実現する技術のなかに「光の連続量」という大切な要素があるのですが、量子コンピューター業界のなかでも広くは知られていません。そのため、私たちも独自にコンソーシアムを立ち上げて光量子コンピューターに対する理解を促進しながら、会員企業にはハードウェアの開発に要望を出せるようにするなど、コンソーシアムの運営と事業の展開を連携させようと考えています。(高瀬さん)

プロセッサーの事業化にあたってニューラルネットワークといったAIの領域に取り組むのは、「AIも、誤り耐性型量子計算も、それら両方が本命という位置付けだから」と高瀬さんは補足します。そして、その実現に向けて、日本には強みがあるそうです。

光量子コンピューターの実現に必要な「光子数検出器」という装置があるのですが、これは日本とアメリカが大きくリードしています。最近でも、産業技術総合研究所と東京大学が共同開発した高性能な光子検出器によって研究の成果が出ています。日本はかなり恵まれた環境にあると言えますね。(高瀬さん)

スタートアップを謳うからには、社会構造を変革したい

古澤研究室の光量子コンピューター実験機
Image credit: Furusawa Lab, University of Tokyo

カナダを拠点とするXanaduをはじめ、海外では光量子コンピューターの領域に取り組むスタートアップはいくつか現れていますが、高瀬さんのスタートアップは「ハードウェア開発の技術力」が強みだと言います。古澤研究室では20年以上の研究の歴史があり、「Science」や「Nature」といった世界のトップ学術誌にも数多くの論文が掲載されてきました。積み重ねられたノウハウのかたまりは、そうそうキャッチアップできるものではないと話します。

Xanaduはすでに数百億円という資金を調達してユニコーン企業となり、カナダ政府の後押しも得ていますが、主に取り組んでいるのはチップの開発です。私たちは実機をつくるという点で、方向性が異なっています。この領域に取り組んでいる日本の研究機関や企業は、非常に優秀なのです。日本発のスタートアップとしてやっていきたいという思いがありますね。

スタートアップを盛り上げようという機運は日本でも現れていますが、その目指すところはGAFAMのように社会構造を変革する企業を生み出すことだと思っています。スタートアップを掲げて取り組み始めるからには、それだけの規模のことを私たちも実現していきたいですね。(高瀬さん)

「情報処理技術に電気が使われている現状から、光への転換を成し遂げたい」と意気込む高瀬さん。量子コンピューターの扉を開く鍵は光にあり——高瀬さん率いるスタートアップが、その未来を切り拓く使命を担います。

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