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執筆記事

怠け者であれーー怠惰というイノベーションの原動力

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前回の記事では「忙しさ」について話しました。私が常日頃何かしながら忙しくしているのは、忙しさのための忙しさを避けるためです。もしEメールリストに登録されたばかりなら、ぜひ最初にこの記事をお読みください。 私は退屈であったり怠けたりするのは、それを受け入れている限り全く問題ないと説明しました。忙しいふりをしても滅多に幸せにはなれません。むしろ消耗したり、果ては鬱になりさえします。 職場で1日に8時間…

Being-Lazy

前回の記事では「忙しさ」について話しました。私が常日頃何かしながら忙しくしているのは、忙しさのための忙しさを避けるためです。もしEメールリストに登録されたばかりなら、ぜひ最初にこの記事をお読みください。

私は退屈であったり怠けたりするのは、それを受け入れている限り全く問題ないと説明しました。忙しいふりをしても滅多に幸せにはなれません。むしろ消耗したり、果ては鬱になりさえします。

職場で1日に8時間忙しいふりをするのは、実際に仕事をするのよりも消耗するものです。おそらくあなた自身も経験されたことがあるでしょう。大したことは何もしていないのに、1日の仕事終わりに疲れきってしまったことが。

自分を忙しくしていると言いましたが、同時に私はとても怠け者だとも言えます。信じない人もいるかもしれませんが間違いなく私は怠け者です。

思い返してみると学生時代には、学年の終わりに成績のついたレポートを返却されたものです。その1番下には、いつも担任の先生のコメントが1行書かれていました。

どの学年でも、どの先生でも、私へのコメントはいつも同じでした。それはこうです。

「トビアスは優秀な生徒ですが、残念ながらひどく怠け者です。」

当時はそれを自分への批判と受け取っていましたが、後になると実際には褒め言葉だと分かりました。

思い返してみると、私は滅多に自分から宿題をやろうとしませんでした。出来なかったからではなく、やりたくなかったのです。その意味で私は確かに怠け者でした。

私にとってはシンプルだったのです。一旦宿題を出されれば、やるべきタスクはそれを提出することと定まります。どんな方法でやろうが関係ありません。私はこれをチャレンジとみなし、宿題を代わりにやってくれる人をいつも「雇い」ました。先生たちは生徒にありとあらゆる要求をしてきますが、少なくともこれはオートメーション化できました。

私はいつも学校ではトラブルメーカーでした。ドイツではクラスでトラブルを起こすと、先生たちは罰として放課後に「校則」を書き写しさせます。「校則」は10ページにも及ぶので、手書きだと写すのに猛烈に時間がかかります。

ところが、私はいつもバッグに「校則」を少なくとも5部は持ち歩いていました。前もって私のために書いてくれる人を雇ったのです。その当時はあまり見かけなかったコピー機を使って彼らと実験したりもしました。より本物っぽく見せるために、わざと間違いを加えたりインクの染みを付けたり。

何年にもわたって何ダースもの「校則」を先生に手渡してきましたが、私は滅多に自分では書きませんでした。もちろん、先生に手渡すためにいつも2〜3日待ちましたし、より真実らしくするために提出期限を延ばしてくれるように頼むこともありました。

私は「怠惰」が悪いことだと教えられ、そんなものかと思っていたのですが、当時はその恩恵がまだ分かっていなかっただけなのです。

自分のプロジェクトを振り返ってみると、「怠惰」のおかげでより良いアイデアやデザイン、そしてソリューションが浮かんできたと信じています。

「怠惰」はイノベーションの原動力です。時に最も偉大なアイデアやイノヴェイションは、怠け者すぎて普通の仕事ができないような人々から生まれてくるのです。

ただし、この場合の「怠惰」というものは、テレビを見ながらダラダラしたりFacebookを眺めて何もしないことではありません。社会のルールのショートカットを探すことなのです。

「怠惰」を原動力とすることで、最小限の努力や犠牲で生産性を最大限まで高めることができます。

固定電話が不便だったから携帯電話が発明されたわけですし、階段を昇るのが面倒だったのでエレベーターやエスカレーターが発明されたわけです。また、肩に荷を乗せて運ぶのが大変だったので車輪が生まれたとも言えます(荷を運ぶヤギもどうしようもない怠け者だったせいもあるかもしれませんが)。

リモコンが発明されたのも、私たちが毎回毎回チャンネルを変えにテレビまで歩くのを面倒くさがるほど怠け者だったせいです。

救急救命に関わるワクチンや治療薬等を除いたほぼ全てのものが「怠惰」から生まれたと言えるでしょう。

ビル・ゲイツはかつて言いました:

困難な仕事には間違いなく怠け者を選ぶ。なぜなら上手いやり方を心得ているからだ。

「必要は発明の母」と言われてきました。しかし、21世紀では「怠惰は発明の母」と言えるでしょう。

幸い、怠けるのは人間らしさでもあります。私たちみんながそうです。問題は「怠惰」をどう活用するかです。

私は怠け者です。しかし、車輪と自転車を発明したのは、歩いたり物を運ぶのを嫌がった怠け者なのです。

– レフ・ヴァウェンサ(注 日本では「ワレサ大統領」で知られるポーランドの大統領。ノーベル平和賞受賞者。)

ここでお話ししたことを心に留めて、素晴らしい1週間をお過ごしください。怠け者であれ、しかし、忙しくあれ。

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心を込めて
トビアス

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TobiasはSemplice(デザイナーのための新しいポートフォリオ・プラットフォーム)のCo-Founderです。また、NTMYというショーのホストをしています。ー また、かつてSpotifyのデザイン・リードとAIGA New Yorkの重役でもありました。

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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IDEOのCEOが説く、組織のクリエイティブな力を引き出す「クリエイティブ・リーダーシップ」とは

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今ほどビジネスを取り巻く環境が移ろいやすく、予測不能な時代はかつてありませんでした。競争やディスラプションの原因となりうるものはどこにでもあり、それはプロダクトやサービスやテクノロジーだけに限らず、マーケットやポリシー、タレント、ブランド、サプライチェーンにまで及んでいます。 今日のこの複雑で先行きの見えない世界で生き残るために、組織は新しいアイデアを生み出し、受け入れ、実行していく必要があります…

Hunter Gatherer, one of the inspiring international company examples in Leading for Creativity.
Hunter Gatherer, one of the inspiring international company examples in Leading for Creativity.

今ほどビジネスを取り巻く環境が移ろいやすく、予測不能な時代はかつてありませんでした。競争やディスラプションの原因となりうるものはどこにでもあり、それはプロダクトやサービスやテクノロジーだけに限らず、マーケットやポリシー、タレント、ブランド、サプライチェーンにまで及んでいます。

今日のこの複雑で先行きの見えない世界で生き残るために、組織は新しいアイデアを生み出し、受け入れ、実行していく必要があります。そのためにはクリエイティビティーそのものだけでなく、クリエイティビティーに溢れた社員の存在が必要になるのです。それは組織にとって秘伝のタレであり、進化を促す言葉であり、人が馴染みやすいものでもあります。クリエイティビティーのない組織は競争力で劣るのです。

「クリエイティブな組織」という言葉で最初に思いつくのは、デザイン会社であったり、広告会社であったり、テック系のスタートアップであったりします。しかし、クリエイティブな社員を生むには、デザイナーの集団を雇ったりハッピーアワーを企画したりする以上のことが必要になります。すなわち、組織の上層部から自発的にマインドセットを変えていく必要があるのです。

私は多くの業界でリーダーシップのスタイルを観察してきました。カスタマーサポートの最前線で働くファイナンシャル・サービスや、患者の体験を改善しようとするヘルスケア企業、仕事のできる社員を会社に留めておく新しいやり方を模索しているテック・カンパニーなどです。

こういったチームリーダーには必ずしも「クリエイティブ」なバックグラウンドがあるわけではありません。彼らはイノベーションのエキスパートでもなければ、デザイナーでもライターでもないのです。彼らは元々セールスチームのリーダーであったり、HRのスペシャリストで会ったり、ソフトウェアのエンジニアであったりしたのです。そして、彼らは先行きが不透明な中で、社員1人1人が創造力にとんだやり方で仕事に参加し、より良い問題の解決法を見つける手助けをすることで組織を導いてきたのです。

「クリエイティブ・リーダーシップ」とは、単にリーダーたちがクリエイティブになることではありません。それはクリエイティビティーを高めることをゴールとして他者を導くことなのです。そうすると、どんな業界であってもリーダーとしてのあなたは、組織のクリエイティブな力を引き出すことについての責任があると言えます。

新しいアイデアを生み、それを受け入れ、実行するための環境を整えるのはあなたの仕事です。これは競合ひしめく中で常にリードを保つために必要不可欠なことなのです。

好奇心にあふれたマインドセットを維持することが、あなたがチームや組織を率いるに当たってまず最初にやるべきことでしょう。全く新しい環境に置かれれば、あなただってどうすればいいか常に答えを知っているわけではありません。

そして、それはあなたのチームも同じです。未知に向けて共に冒険するのです。時に「人に聞く」というのが、好奇心に満ちたマインドセットを維持するのに最善の方法かもしれません。質問は推測や仮定を乗り越える力を与え、周りをインスパイアし、より広範な理解を助け、周りからの反応を生み出してくれるのです。

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クリエイティビティーを高める環境を整えようとするなら、個々人やチームが問題の解決法を簡単に探し、自分たちのすることに責任を持つことを奨励するようなアプローチを採るべきです。

1. 探求者であれ リーダーはインスピレーションに富んだビジョンを持って、新しい方向に進路を定めなければなりません。そうしなければ、人がついてこないでしょう。ビジョンを固守し、目標に出来るだけ近づくためにリスクを採るのです。

2. 庭師であれ リーダーは、組織全体のやる気が低下している時にインスピレーションを与えるなどしてクリエイティビティーが育ちやすい環境を整えてやる必要があります。そして、試練とも言える困難な状況が出来した時は素早くそれに取り組み、必要な調整を行うのが良いでしょう。

3.コーチであれ リーダーは現場で自ら関わらなければなりません。フィールドで、現場目線で素早く指示を与えるのです。はっきりしない状況でチームに進路を示し、失敗から学び、聞くべき質問を聞くのです。

ここで述べたのは氷山の一角で、このトピックについてはもっと掘り下げてお話することがあります。もし議論を続けたいようでしたら、ぜひIDEO Uの私の Leading for Creativityコースに参加してください。昨今の複雑な世界情勢のもとであなたの組織が成功するお手伝いが出来ると思います。

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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心底信じるアイディアがあるなら、誰になんと言われようと耳を貸してはいけない

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この数ヶ月世界中の都市で話していることなんだが、私は新しいサイド・プロジェクトに取り組むにあたって5つの原則に従うようにしている。特に新しいアイデアについて話すときは、「誰の言うことも聞くな」というテーマでよく語る。これはHugh Macleodによる同タイトルの本からインスピレーションを得たものだ。 私は何となくその場で思いついたようなアイデアは好きじゃない。アイデアは気軽に思いつく安っぽいもの…

この数ヶ月世界中の都市で話していることなんだが、私は新しいサイド・プロジェクトに取り組むにあたって5つの原則に従うようにしている。特に新しいアイデアについて話すときは、「誰の言うことも聞くな」というテーマでよく語る。これはHugh Macleodによる同タイトルの本からインスピレーションを得たものだ。

私は何となくその場で思いついたようなアイデアは好きじゃない。アイデアは気軽に思いつく安っぽいものだし、誰もが多少は持っているものだ。だから思いつくだけではダメで「やり遂げられるか」ということが大切なんだ。

しかし、そうは言っても素晴らしいアイデアには何か特別なものがある。理解しなきゃいけない。アイデアは元々とてももろいものだということを。まるで自分で身を守れない生まれたての小さな赤ん坊のようなものなんだ。

もし心から新しいアイデアを信じているなら、それはもう一生懸命に守らなくてはならない。なぜかって?素晴らしいアイデアは自分の周りの人たちに殺されるからだ。そういうアイデアを実行に移すのは例えるなら孤独な道をひとり行くようなもんだ。もしみんながそのアイデアを良いと言うようなら、まぁ、大したことはないアイデアということだろうな。

わざとでなくても同僚は君のアイデアを殺そうとする。なぜなら、君が成功するのを見たくないからだ。また、親友や家族といった身近な者も君のアイデアを殺そうとする。なぜなら、君を愛しているからだ。失敗するのを見たくないんだ。彼らは君がリスクを取ろうとするのを防ごうとするが、それは君のアイデアをゆっくりと殺すことにつながる。

つまり、誰も君の理解者ではないんだ。だからこそ無視して話を聞かない場合も必要だ。Hugh Macleodは次のようにシンプルにまとめている。

「素晴らしいアイデアは人と人のパワー・バランスを変える。だから、最初は抵抗される。」

君のアイデアが面白かったり独創的であればあるほど、周りの人々はろくなアドバイスをしてくれない。アイデアは君の赤ん坊だ。傷つきやすく、周りから攻撃されても生き延びる強さを身につけるまで、守ってやる必要がある。

そして、おかしなことに、人というものは素晴らしいアイデアをすぐに殺せるなら何でもやる。

Drawing by Hugh Macleod
Drawing by Hugh Macleod

また、私たちはよく「もっとも頭が切れる」人を頼りにして、自分の新しいアイデアのフィードバックを得ようとする。しかし、不幸なことにその分野で頭が切れれば切れる人ほど、君のアイデアがうまくいかない理由をいくらでも見つけてくる。

「初心者の頭は、多くの可能性に満ちている。
だが、経験者の頭はそうではない。」
− 鈴木俊隆

George Lois(『マッド・メン』のドン・ドレイパーのモデルと言われる広告マン)はかつて言った。

いい仕事をするには、1%のインスピレーションに、9%の汗、90%の正当化が必要だ」。

その90%が君のアイデアを守る。そして、ゆっくりと、ハードワークをこなすうちに隣のライバルに勝てるようになっているはずだ。

そこで、まずは「誰の言うことも聞くな」ということから始めるのが秘訣となる。初めの頃は、君自身もアイデアと同じく傷つきやすいものだ。そういう時は他人の意見を締め出しさえすればいい。心の声に従ってアイデアが独り立ちできるまで専念するんだ。

正直であれ

Larry PageとSergey Brinが「サーチ・エンジン」を作ろうと思い立ったとき、それはとんでもなく酷いアイデアに思えた。既に5つ以上のサーチ・エンジンが存在したし、そのどれもビジネスとして上手くいってなかった。

また、1902年にニューヨーク・タイムズ紙は、車の価格が下落して一般大衆が買えるようになることはないと書いた。それは「非現実的」で可能性のかけらも見当たらないと。「もっとも知見に溢れた新聞」のひとつがこう言及していたわけだ。

AirBnBも同様だった。「カウチ・サーフィン」は一般人ではなくヒッピーがするようなおかしなものとの偏見が既にあった。

SMSの制約で140文字しか打てないオンライン・メッセージ・サービス?本気で言うが、Twitterはインターネットがもたらした可能性の中でも思いつく限り最悪だ。1度観たら消えてそれっきりのショート・ビデオクリップ・アプリ?かなり微妙なアイデアだな。それがSnapchatと呼ばれるまでは。

1876​​年、Alexander Graham Bellはthe Western Unionに電話の特許売ると持ちかけた。すると、彼らは丁重にそれを断り、こう付け加えた。「何にもならない、ただの役立たずのオモチャだ」。

これらのストーリーから学ぶべきものが2つある。

  1. 新しいアイデアに携わっている時は「誰の言うことも聞くな」。自分のアイデアに恋しているならチャンスはフィフティ・フィフティだ。そして、本当に必要としているアドバイスは、君以外の誰も、そう「誰も」与えられない。アドバイスを求めるな。切り抜けろ。もし10人が君を「バカ」や「アホ」と呼ぶなら、そいつらが間違っていることを証明しようじゃないか。
  2. 他人がアイデアに没頭しているのを見たら、disるよりもオープンになれ。しかし一方で、周りを相手にしないのは独力で専念するモチベーションにもなる。他人のアイデアにどう対応するかは完全にあなた次第だ。

楽しんで読んでもらえたら何よりだ。フィードバックやコメントがあったり、ただハイ・ファイヴをしたかったらツイートして欲しい。
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心を込めて。

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TobiasはSemplice(デザイナーのための新しいポートフォリオ・プラットフォーム)のCo-Founderです。また、NTMYというショーのホストをしています。ー また、かつてSpotifyのデザイン・リードとAIGA New Yorkの重役でもありました。

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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私が億万長者になった日ーーRuby on Railsの生みの親が見つけた人生で「最良のもの」

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私はコペンハーゲンの街はずれのミドルクラスよりちょっと下くらいの家庭で育った。スカンジナビアの外はどこでも「貧乏」という社会経済的なレッテルが貼られていたが、デンマークのセーフティー・ネットとサポート・システムは国内状況を何とか改善しようと最善を尽くしてくれていたのだ。 とここまで読んで心配しないで欲しい。これから語るのは「無一文から大金持ちになったサクセス・ストーリー」ではない。しかも、私は「英…

私はコペンハーゲンの街はずれのミドルクラスよりちょっと下くらいの家庭で育った。スカンジナビアの外はどこでも「貧乏」という社会経済的なレッテルが貼られていたが、デンマークのセーフティー・ネットとサポート・システムは国内状況を何とか改善しようと最善を尽くしてくれていたのだ。

中央が私。手作りの服を着て、同じく手作りの忍者の武器を構えている。イェイ!
中央が私。手作りの服を着て、同じく手作りの忍者の武器を構えている。イェイ!

とここまで読んで心配しないで欲しい。これから語るのは「無一文から大金持ちになったサクセス・ストーリー」ではない。しかも、私は「英雄的なことをたった1人で成し遂げた」と吹聴して回るのが大嫌いなタイプだ。

私は無一文どころか政府が支援する産休、育児、教育制度、現金支給の恩恵まで受け、さらにはAAB(労働組合による住宅支援協会)が用意してくれた住宅で不自由なく育った。それに私の母は、全く余裕のない家計の帳尻を「1番安い牛乳を買うために自転車で15分もかかるスーパーに行った」というような愚痴ひとつこぼすことなく見事に合わせることができるマジシャンでもあった。

このように育って私は2つの大切なことを学んだ。第1に、衣食住のような基本的な欲求が満たされている限り、生活の満足度というものは物質的な豊かさにそれほど左右されないということ。華やかなものではなかったが、私は子ども時代を満喫した。第2に実際に勝ち組に加わるまでは、最初の教訓が真実だと信じることができず、その意味するところが分からないということだ。

コモドール64: 欲しくて仕方がなかったものの1つ
コモドール64: 欲しくて仕方がなかったものの1つ

私は何度も弟と一緒に「億万長者になったら何をする?」というゲームをしてきた。何時間も素敵な買い物の夢想に耽り、どれが欲しくてどれが買えそうか比較検討した。コモドール64を買うために1年ずっと貯金しなくてもいいなんて想像できるだろうか?毎年外国旅行に出かけるのは?せっかくだから大きく出よう、家族のために車を買おうじゃないか(予算は青天井ではなかったがエッフェル塔より少し高いくらい)?

こんな想像に耽る前提として、毎週貰える慎ましやかな小遣いの制約がなければ人生はどんなに良くなるだろうかという根本的な思いがあった。お金さえあれば人生は素晴らしくなるに違いなかったのだ。

大きくなってもこのゲームはいつも頭の片隅にあった。欲しい物を買うお金よりもしたい事の方がたくさんあったのは確かだったが、何か欲しい物のために働くのは意味のないことでは決してなかった。幸運にもデンマークに生まれたので最低限の生活に困るということはなかったし、海賊版のソフトウェアをエリートBBSで売ることで多少の贅沢も出来た。

エレクトロニック・コンフュージョン BBS ASCII 1995
エレクトロニック・コンフュージョン BBS ASCII 1995

しかし「もっともっと欲しい」という貪欲さや、少しでも余分があればそれが積もって大きな幸せにつながるはずだという強い思いに付きまとわれ続けていた。アミガ1200をあれ程欲しがったくせに、それが手に入れると今度は自分が本当に欲しかったのがアミガ4000だと気づく。こんなことをまるでトレッドミルのように繰り返しても、根本的な問題が何かということに私は気づかなかった。

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そして、2006年に突然状況は大きく変わった。ジェフ・ベゾスがBasecampに関心を持ってくれたので、ジェイソンと私はそれぞれ会社の非支配持分を数百万ドルで売った(Basecampは設立当初から財務状況が悪くなかったので、無理に資金調達する必要はなかったのだが)。私は億万長者になったのだ!

当座預金の残高が突然劇的に増える日を迎えるまでの数週間のことを覚えている。不安だった。夢の戸口に立っていた。今まで楽しみにしていたこと、億万長者になるのがどれだけ素晴らしいかもうすぐ分かるのだ。今まで欲しかったあらゆる種類のコンピューターやカメラ、乗りたくてたまらなかったどんな車も買える。

「もう2度と働く必要がない」というのも私の夢の大切な一部だ。死ぬまでレジャーという生き方は私がずっと望んできたこの世の幸福の極みとなりそうだった。それについては何度も何度も考えた。あらゆる試算を行いもした。例えば「おい、もし全財産をバランス良く株と債券につぎ込んだら、浪費はできないにしても死ぬまで働かずに快適な生活ができるぞ」といった感じだ。

その日が近づくに連れて、私は「ついに億万長者になれるんだ」といういっときの多幸感に満たされた。少なくともその週の残りは、心の中でとんでもなく大きな笑みが広がりっぱなしだった。

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それから少しばかり自信が揺らぎ始めた。こんなもんなのか?金持ちになっても世界が違って見えないのはなぜ? *シェイク、シェイク* まだまだこれから?

誤解しないで欲しい。レストランで値段を見ないで注文できるのは本当に快適で満足だ(読者の皆さんはまだ見ていたとしても)。でも、ちょうど誇大広告の連発のせいで、せっかく面白いのに見るとがっかりしてしまう映画に似ているのかもしれない。金持ちになったという結果ではなく、金持ちになりたいという積年の期待の方が大きすぎて、それが現実になった時に感じる幸せが平凡なものに思えたのだ。

最初の数ヶ月、私はほとんど金に手をつけなかった。いや、確かに大きなスクリーンのテレビを買ったし、観たかったDVDボックスセットをたくさん揃えもしたが、予想していた浪費っぷりではなかった。その年の終わりになって初めて、私は成金の典型とも言うべきとても大きな買い物をした。イエローのランボルギーニだ!もう全てが素晴らしかったが、それでも心からの満足を与えてくれるものではなかった。

富についてのありふれた誤解: 「ランボルギーニに乗ってる人で不幸せそうな人を見たことがない」
富についてのありふれた誤解: 「ランボルギーニに乗ってる人で不幸せそうな人を見たことがない」

心に満足を与えてくれるもの、それはRubyのプログラミングであり、Basecampを構築することであり、Signal v Noiseに投稿したり、写真を撮ることだった。つまり、今まで何年にもわたって続けてきた自分の性に合ったライフスタイルそのものだった。

どちらかと言えば、私は今までより一層熱心に認めるようになってきた。最初からずっとフロー静けさこそが幸せの真の源だったということを。億万長者の夢へのカーテンを開いてみると、驚いたことにそこに見つけたのは私がすでに持っていたものだったということだ。いずれも驚きと畏敬に満ちた発見だが、結局はその事実にとても元気づけられた。

主として今まで築いてきたものを失いたくないという思いが働いたのだろうか。金持ちになったことで生じる大災害を避け、私はふわふわしたピンクのマネーの雲から飛び降り、自分の始まりとなった地点に降り立った。450スクエアフィートの小さなコペンハーゲンのアパートメントに戻ってきたのだ。私の興味や好奇心は損なわれず、情熱も今まで通り。世界でも指折りの富の世界を体験したが、以前の自分も今の自分もどちらも共存可能で、今を楽しめる。これは自分にとって驚くべき事実だった。

これは笑える話だ。だって、リッチな人々は私が彼らの仲間入りをする前にそれを伝えようとしてくれていたのだから。直接言われたわけではないが、これらの賢明で慎しみ深く含蓄のあるアドバイスは引用やインタビューで知っていた。そして、私はそういう時いつも「ああ、そう言うのは簡単だろうよ。だって、あんたはもう勝ち組なんだから」と思っていた。これを読んでくれているあなただってそう感じると思う。極めて自然な反応なんだ。

おそらく私のなかで億万長者になるのはこんな感じだと思ってしまうのが怖かったのかもしれない。これが手に入れた全てだと分かってしまうのが。銀行口座の残高が膨れ上がること、テレビのサイズが大きくなること、ガレージの車が変わること、豪奢な家に引っ越して郵便番号が変わること、そういったことで私という人間がコンプリートするわけではない。自分の力で金持ちになるというこのクソみたいな体験が意味するものが何なのか見つけ出さなければ。

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繰り返すが、金持ちになることの幻滅をあれこれ深く考えて述べてみても、この世の多く人々の共感が得られないのは分かっている。私は腹を空かせたまま寝たくはない。撃たれるんじゃないかと不安になりたくもない。最低賃金で働く店員として人生が終わるのではないかと不安になりたくもない。デンマークでの経験がこういった基本的な安全や快適さに関するあらゆる不安から私を解き放ってくれた。だから、苦労を知ったようなふりはできない。

私にできるのは自分の経験について話すことだ。その経験を、とりあえず不自由ない生活を送ってはいるが、カーテンの後ろに宝物があるのではないかと目を輝かせて楽しみにしているような人たちとシェアしたい。誠意や尊厳、果ては人間性までも金持ちになるためなら捨て去ってもいいと平気で思っているような人たちと。

私たち人間は信じられないほど素早く周囲の環境に慣れてしまう。だから金持ちになれても高揚は一過性で幸福感は長くは続かない。はしごを一段登ったところでそこに救いはないとあなたが気づくまで、セイレーンの誘惑の歌は聞こえ続ける。

人生で最良のものは「自由」。

次に良いものは、とてもとても高価なものよ。

– ココ・シャネル

この引用が真実なら、最良とその次の間にはずっと大きな隔たりがあるのだと私は付け加えたい。2番目と20番目の間よりもずっと大きな隔たりが。

日常に不自由ない生活を送れるようになったなら、人生で後回しにする価値のあるようなものはこの世にほとんどない。あなたは既に最良のものを見つけているか、少なくとも目にしているはずだ(気づいていないかもしれないが)。それを大切にしてください。

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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あなたはまだ23歳。生き急がないで。

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今日、勤務する会社のCEOに「もっと上を目指すには何をすればいいですか?」と尋ねてみたところ、「君は今月もう4回も同じことを聞いてきているぞ」と言われました。いつも一生懸命私が努力していることを認めつつ、彼は「もう少し時間をとってごらん」とアドバイスをくれたのです。過去にフィードバックを求めた時も同様でした。彼はいつも「君はよくやってくれているし、この調子で頑張れば大丈夫だ」と答えてくれていました…

Patagonia, Argentina
Patagonia, Argentina

今日、勤務する会社のCEOに「もっと上を目指すには何をすればいいですか?」と尋ねてみたところ、「君は今月もう4回も同じことを聞いてきているぞ」と言われました。いつも一生懸命私が努力していることを認めつつ、彼は「もう少し時間をとってごらん」とアドバイスをくれたのです。過去にフィードバックを求めた時も同様でした。彼はいつも「君はよくやってくれているし、この調子で頑張れば大丈夫だ」と答えてくれていました。

私は「こんなフィードバックが1番いらないのよ」と心の中で思っていました。「大丈夫」でなんていたくない。「凄い!」とか「エクセレント!」「アメージング!」。そういった存在になりたかったのです。「大丈夫」なんて言われるのはほとんど侮辱的でした。だって「月並み」と言われるのと同じですから。

・  ・  ・

私の目標の1つは、いつも自分がその場で「1番出来の悪い存在」であることです。そうすれば私はビックリするくらい頭の切れる人たちに囲まれて多くを学ぶことができますよね。このやり方で私は誰よりも速く成長できました。でもこうしていると、ついうっかりしていつも自分と周りの人の比較をしてばかりです。

私の会社のCEOは数百万ドルの価値のある会社を28歳の時に売却しました。プロダクト・マネージャーは複数の事業を立ち上げ、売却していますが、彼はまだ25歳です。私より2歳上でしかありません。毎日毎日信じられないくらい頭が切れて才能に溢れるこの2人と仕事をしていると「私は何をやってきたんだろう?」と自問してしまいます。たった2〜5歳しか違わないのなら、私は彼らの年齢になるときに何を成し遂げられているのでしょうか?

マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツ、スティーヴ・ジョブズを始めとする20歳そこらで世界に「へこみ」を残したファウンダーたちのストーリーは私たち(あまりに野心が強くて何でも欲しがり屋のミレニアル世代)を焦らせます。

「若く、学校を出たてで、何も失うものはない今こそが最良の時だ」、「家族や住宅ローン、責任といったものにがんじがらめにされるのを待つのはやめなさい」と教える数え切れないストーリーがあっても何の役にも立ちません。この生き急ぐ焦燥感は早く成長して価値を生み出したいと私を駆り立てるのです。

私は人より早くゴールにたどり着きたかったのです。1日1日進歩したかったのです。そして私はできるだけ多くを学びたかったのです。そうすればそれだけ速く価値を生み出せますから。私たちは平等に1日24時間与えられていますが、私はその1分1分を誰よりも生産的に過ごさなければならないように感じていました。朝食時にはUdemyの講義を視聴していますし、移動中はポッドキャストを聴いています。バスを待っているときはPocketというアプリで記事を読んでいます。そうしていなければ周りに後れをとる気がしてしまうのです。

・  ・  ・

数カ月前、シリコンバレーから戻ってきた時のことを覚えています。とても多くの人たちが私に「テック業界で働いていて、できるだけ多くを学びたいならシリコンバレーに引っ越すべきだ」と話してくれました。より多くのチャンス、資金、才能、成長。筋が通っています。演技やパフォーマンスをしたければロサンゼルスに行くべきですし、テック/スタートアップの仕事をするならサンフランシスコに行くべきです。

1人の友人が次のように言いました。「シリコンバレーにはより多くのチャンスがあるから、速く学び速く成長できる。でももし今行かなければ、きっと君は後れをとるよ」。この話を聞くと怖くなりました。だって私は同僚に後れをとりたくないのです。もう少しで荷物をまとめて引っ越すところでした。

トロントに戻って私はもう少し考えてみました。「なぜ私はどうしてもサンフランシスコに引っ越したいんだろう?」「それは本当に私が望んでいることなの?」しばらく考えた後で気づきました。スキルを身につけたりキャリアを積む野心を持つことは大切ですが、家族や自己啓発、仕事とプライベートのバランスも同じように大切なのだと。

でもサンフランシスコに引っ越した後では、人生にこのようなバランス感覚を持ち込むのは罪とすら感じるようになるはずです。今が人生の黄金期だと分かっているので、できるだけアウトプットをして「成功」の基礎固めの機会を作るべきだと。

再び、私はバランスの取れた生活を送りたがっていることに罪悪感を覚えました。でも、それは間違っていたのです。

周りの誰も、私の年齢で「バランスの取れた人生を送りたい」などと言うのは間違いだと指摘しませんが、強迫観念と言えるほど生産性を高めることに執着し、常に何かに追われている私たちのカルチャーはそういう生き方を明確に否定しています。素早く改善を繰り返してマーケットに向けてまっしぐら。スケールが常に最優先というテック業界で働いているせいかもしれません。ここでは素早く行動しなければ競争に勝つことができないのです。

それで私は自分自身をスタートアップと勘違いしてしまったのです。カチカチなる時計に追われ、自分に「もっと速く、もっと優秀にならなきゃダメ」と言い聞かせながら。

・  ・  ・

私は仕事が終わってからIndigo(訳者注 カナダのブックチェーン)で3時間ほど過ごしてきたところです。本を選んで、1ページ目から最後のページまで1冊まるまる読み終えました。最後にこんなことをしたのはいつだったかまるで覚えていません。何が私にそうさせたのかも。

でも素晴らしい体験でした。面白い本の世界に迷い込んで、心がどこかに連れ去られてしまうのはどんな気分か忘れていました。私の頭は「1,000近くも他にすべき事や心配事があるのだから」と告げていましたが、無理やり本を読み終えました。

そしてどうなったと思いますか?OKでした。

生産的だったかですって?議論の余地ありです。時間の無駄?いいえ、そんなことはありません。自分の会社が売れたかですか?いいえ、まだ。今後2年以内に会社を売ったり、金銭的見返りを得られるほど十分な価値を世の中で生み出せるかですって?分かりません。

でも、そうでなくてもいいんです。自分への学びになり、誰かの人生に価値を与えられる限り、今日はやはりいい日です。

私はまだ23歳です。そして、そう、あと1年半もすれば四半世紀生きたことになります。でもそれは見方を変えれば、何かを学びつづけたり価値を生み出したりするのに私には75年も残されているというのと同じです。その657,000時間以上を私は自分のやりたいことに使えるのです。

スージー、あなたはまだたった23歳なのよ。生き急がないで

By Susie Pan

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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なりたてのCEOが贈る「CEOの心得」

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CEOになったばかりの人へのアドバイスは、一般的にC・E・Oという3文字の肩書きでずっとキャリアを築いてきたような人々がするものです。ベンと私がJellyを設立した折に、私は正式にこの肩書きを引き受けることになりましたが、その時の私はこの特別な「C-ジョブ」の初心者でした。とはいえ、それまでに15年かそれ以上様々なCEOの側で働いてきたので、そろそろ自分の番が来たと感じたのです。 私は長年素晴らし…

Biz Stone, Newly Minted CEO
Biz Stone, Newly Minted CEO

CEOになったばかりの人へのアドバイスは、一般的にC・E・Oという3文字の肩書きでずっとキャリアを築いてきたような人々がするものです。ベンと私がJellyを設立した折に、私は正式にこの肩書きを引き受けることになりましたが、その時の私はこの特別な「C-ジョブ」の初心者でした。とはいえ、それまでに15年かそれ以上様々なCEOの側で働いてきたので、そろそろ自分の番が来たと感じたのです。

私は長年素晴らしいCEOたちの側で働いて多くを学んできました。良い点を見つけるとそれを採用しましたが、それでも経営についての多くのことは何をしてはいけないかから学んできました。優秀な人物や仲の良い友達が奮闘したり、その地位を失ったりするのを見てきたのです。

これから私が学んだ5つの教訓を皆さんとシェアします。この冒険が続く限りこれからももっと多くをシェア出来ればと思っています。この5つの教訓自体ももっとより良く変化するでしょう。CEOとしての期間はそれほど長くはありませんが、これから取り上げるtipsはCEOを始めたばかりの方々に是非伝えたい内容です。

コミュニケーション

あなたの会社が小さくてほんの一握りの社員しかいなくても、みんなの方向性が同じだと思い込まないでください。頻繁にコミュニケーションを取るようにしましょう。情報に乏しいと不安がそれを埋めようとします。いっそCEO自身が取締役会で「何もかもがどうしようもなく悪くなりつつある」と告げたとしても良いのです。何故なら「CEOは悪いものも含めた全てのトップだからです」。

2008年のある日のTwitter社での出来事を覚えています。金曜の午後にチームの数人が週間アカウント登録数のグラフを見せに来ました。私はそれを見て、「あれ?水曜に一体何が起こったんだ?100万ものアカウント登録数が増えた原因になったのは何なんだ?」と尋ねました。その答えですか?私たちのサーヴィスが珍しく24時間落ちなかったことでした。

「なんだって?」信じられませんでした。1日に何十万ものペースでアカウント登録が増えているのは知っていましたが、まさか1日に100万かそれ以上とは。この些細な報告で私の安心は吹き飛び、技術上の問題を素早く改善していくのがどれほど大切か痛感させられました。

アドバイスを求めましょう

会社の中よりも外のほうが頭の切れる人はたくさんいます。とはいえきっとあなたのチームはベストでしょう。ですから、わたしはただ一般論を述べているだけです。あなたの会社がどれほど大きくても、その外にはもっと多くの頭の良い人たちがいます。だから助けが必要な時は、広く外の世界にも目を向けるようにしましょう。

どんな業種でも、いつもあなたはより多くを学び、より良くすることができます。突然「チーフ」になっても全てを分かっている訳ではないからです。CEOになるというのは、一部では幅広い経験やフィードバック、ものの見方をため込むことであり、だからこそクリエイティヴに挑戦できるのです。

Jellyの初回ラウンドのローンチ準備をしていた時、私たちのブランドが掲げる美辞麗句が非現実的だったので、それを少し和らげようとしてミュージシャンにアドバイスを貰ったことがありました。また、サーチ・インダストリーの第一人者にもアドバイスを貰いに行くと、彼はJellyをワード・サーチとリンクするなと言いました。そして、私はミュージシャンのアドバイスに従ったのです。尋ね、耳を傾け、行動を起こしましょう。

解雇しなさい

私は本当にこれが嫌いです。解雇の理由が甚だしくひどい時には、自ら筆を取って手書きでCEOとしての役割を果たすため、それを伝えます。時にはそれが格別やっかいな状況を最小限の被害で切り抜ける唯一の方法になります。決定は既になされたのですから、話し合いで何とかなる段階は過ぎているのです。

大抵、対象となる社員は何度も話すうちに上手くいかないなと既に気付いています。だから解雇を告げるのも楽になると思われるかもしれませんが、実際は楽になることはありません。あなたは彼らに内定書を送った頃のことを思い出すかもしれませんし、個人的にその人を好きかもしれません。でも、そういう個人的な感情は傍に置いておきましょう。責任を果たす時なのです。

誰かがとんでもないことをしでかしたら解雇しなさい。全然仕事が出来なくて、しかも改善の余地がなさそうでも解雇しなさい。仕事が出来ても周りと上手くやれないなら、会社のカルチャーに悪影響を及ぼす毒となるので解雇しなさい。さもなければ他の有能な社員たちを失います。

何年も前に私がある会社で働いていた頃、専門分野で恐ろしく才能のある社員がいました。でも彼と一緒に働くのは完全な悪夢なのです。彼には会社を去ってもらう必要がありました。最終的に彼はそうしましたが、既に手遅れでした。深刻なダメージが会社に残ったのです。同じことをあなたの会社で許してはいけません。

You’ve gotta prune to grow a healthy company.
You’ve gotta prune to grow a healthy company.

CEOとして責任はあなたが取る必要があります。あなたの意見には重みがあり、それでいい気分になることがあるかもしれません。しかし、同時にあなたは不愉快と思うこともしなければなりません。厳然たる事実として、するべき解雇をしないのは会社全体を崩壊させる1番の早道だと言えるでしょう。

人が喜ぶことを言いましょう

言うまでもなく、その人の価値に見合ったフェアな態度を取りましょう。昇給させられるなら、それが望ましいです。「いい仕事をしている」と本人に告げてあげれば、努力している本人は嬉しいです。誰かが一生懸命努力して、いい仕事をしていれば褒められて当然です。あなたも気分がいいでしょう。

Googleで働いていた頃、1人の同僚が「素晴らしい仕事ぶりだ」と私を推薦してくれました。しかも、それで少しばかりのボーナスを貰ったのです。当時の私は借金を背負っていましたが、誰かがわざわざ私のことを褒めてくれたという事実は、私にとってお金よりも遥かに価値のあることでした。

リーダーになりなさい

Captain-Picard-and-dr-Crusher
Captain Picard and Dr. Crusher

私の大好きなスター・トレックのエピソードは「混迷の惑星ケスプリット」です。ドクター・クラッシャーとピカード艦長はお互いの思考を聞き取れるのですが2人は砂漠で迷子になります。ピカードは立ち止まり、辺りを見回して自信をもってこう言います。「こっちだ」。ドクター・クラッシャーはどちらに行けばいいのか艦長に何の手がかりもないのが分かっています。

このピカード艦長の様子から、ある素晴らしいアドバイスが見えてきます。彼はドクターに「リーダーであっても、全ての問いに対する答えは持ちえないが、それでも導いていく必要がある」と告げているのです。どちらの方向に行けば良いのか分からなくても、決めなければならないのです。大切なのは、どちらに向かえば良いのかすぐに分かると確信していることなのです。

By Biz Stone

Translated from original by Ray Yamazaki, with thanks to Medium Japan.

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