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OshibaTakanori

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Takanori Oshiba 東京生まれ東京育ち。2004年忍者システムズ(現サムライファクトリー)の創業期に参画し、取締役等を歴任。忍者ツールズ、SEOなどのサービス面から経営企画等まで幅広く従事。現在はEast Ventures フェロー。最近は「調べるおさん」と呼ばれる事が増えたが、だいぶ慣れつつある。 インターネット界隈の事を調べるお

http://takanoridayo.blog.shinobi.jp/

執筆記事

「若い人の支援でも結果を出していきたい」ーー隠れたキーマンを調べるお・須田(SUDAX)氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 昨年末、弁護士ドットコムとクラウドワークスが東証マザーズに上場しました。その両社に創業期から関わり、両社の成長に貢献したのが「SUDAX」こと須田仁之氏。これで数社の…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

昨年末、弁護士ドットコムとクラウドワークスが東証マザーズに上場しました。その両社に創業期から関わり、両社の成長に貢献したのが「SUDAX」こと須田仁之氏。これで数社のIPOに関わってきたことになる類い稀な経験の持ち主。昨年夏にアエリアの取締役を退任し、新たなステージに踏み出した須田氏にお話を伺ってきました。

大柴:去年末からオファー送ってましたが、須田さんお忙しい時期で、ようやく取材が実現しました。良かったです(笑)。去年アエリアをお辞めになられて、今は所属は?

須田:何社か役員やアドバイザーとかやってるけど、ガッツリどこか1社に属してはないですね。無所属新人な気持ち(笑)。

大柴:新人ではないですね(笑)。ところで今須田さんって何社くらい関わってるんですか?

須田:そうね、どのくらいだろう。(有限会社SUDAXの名刺を見ながら)12社くらいかな。

大柴:その他にも適宜相談とかも多く受けてますよね。

須田:今日もこの後そういう相談が何件かありますねー。

大柴:引き続きお忙しそうで・・・この「有限会社SUDAX」って何ですか?(笑)

須田:これ?(笑)10年以上前に作ったんですよ。お惣菜屋として。

大柴:お惣菜屋???

須田:そうそう。アエリアの頃に「なんか最近弁当屋さんが良いらしい」って役員で話してて、さすがに本業でやるのは難しいので、別の箱を作って始めたんです。それが有限会社SUDAX(笑)。

大柴:無茶苦茶ですね(笑)。

須田:ほっともっとやオリジンが好調で「中食ブームがくるぞ!」って。

大柴:「中食」って何ですか?

須田:家で食べるご飯と外食の間。お弁当とか総菜とか。

大柴:なるほど。

須田:市場調査もちゃんとやったり、飲食の経験を積むためにラーメン屋でアルバイトしてみたり。

大柴:え、須田さんが?

須田:そうそう。皿洗いとかやってました。29歳くらいだったかな。

大柴:ウケる(笑)。でラーメン屋で何かわかりました?

須田:「飲食たいへんだなー」って(笑)。

大柴:(笑)。

須田:まぁそんなんで「ロードサイド型の弁当屋」を目指そうってコンセプトが決まって、千葉の市原にお店を作りました。自分が店長で。

大柴:おぉ!

須田:料理人のおじさんと一緒に「がんばろう!」なんて言ってね。初日はバーンってお客入ったんだけど、二日目から激減。で結局半年しないうちに撤収しました。

大柴:初日だけは利益出たんですね。

須田:うーん(昔の資料見ながら)、あ、初日も赤(字)だ。ダメでしたねこれ(笑)。

大柴:すぐに撤収して良かったですね。

須田:若かったですね。無茶したよなー。

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大柴:本業もしっかりと成長し、2004年アエリアは上場します。そして翌年は子会社のゲームポットも上場を果たします。

須田:アエリア上場して、一段落したなって思ってたら「ゲームポットも好調だからいくか」みたいな機運が高まって。「また忙しくなるなー」って。たぶんその頃に佐々木くん(現クラウドワークス取締役CFOの佐々木翔平氏)がアエリアにきてて、いろいろ手伝ってもらってました。

大柴:そうなんですね。そんな繋がりが。

須田:そうそう。その後、佐々木くんはアエリアの管理部門を回すぐらい活躍してた。僕は2011年に週1の経営会議がメインの非常勤役員になって、いろんなスタートアップの協力をするようになっていきました。

大柴:なるほど。最初に関わったのがクラウドワークスですか?

須田:弁護士ドットコムですね。アエリアの頃に飛び込み営業で元榮さん(弁護士ドットコム代表取締役の元榮太一郎氏)に会いに行ったのがキッカケで。

大柴:元榮さんってどんな方ですか?

須田:当時、弁護士なのに起業するって普通じゃないなって思ってました。事業内容も面白いし、経営者としてもとてもバランスがとれていて優秀だなと思いました。

大柴:弁護士ドットコムではどんな関わり方だったんですか?

須田:経営全般のアドバイスです。週1で経営会議に出席してきました。

大柴:なるほど。クラウドワークスはいつ頃から?

須田:ほぼ創業時からですね。吉田さん(現クラウドワークス代表取締役の吉田浩一郎氏)が前の会社やってるときに、先ほどの弁護士ドットコムにお互い経営会議に参画してて、そこで知り合った感じです。

大柴:吉田さんの印象は?

須田:なんか会議でもガツガツ言うし、激しいなぁーって思った(笑)。

大柴:なるほど。

須田:でも会議の後に2人でランチとかよく行くようになって。そこではなんていうか「真逆の人間性」を見せるんですよね。人間味あるっていうか。

大柴:ほうほう。

須田:その後、吉田さんが起業して「投資家へ向けの資料を見てくれ」というので見たり。じょじょに関わるようになりました。

大柴:資料はどうでした?

須田:いやー完璧に近かったですね。もう何も言うことないっていうか。資金調達の相談を受けていたのですが、常勤のCFOも必要だなってことになり、佐々木くんを紹介しました。

大柴:なるほど。

須田:最初は業務委託だったのかな?やっていくうちに佐々木くんもフルでやるようになった。自分は当初は週一で佐々木くんや成田くん(現取締役COOの成田修造氏)らと営業広報オペレーション周りのMTGをしてました。その後、昨年まで監査役として関わっていました。

大柴:弁護士ドットコムもクラウドワークスも昨年上場を果たしますね。

須田:そうですね。元榮さんも吉田さんもやはり優秀だと思っています。

大柴:社会人になってイマジニア、スカパー、ブロードメディア、アエリア、ゲームポット、そして弁護士ドットコム、クラウドワークスと7社のIPOに関わってきたんですね。これ、相当凄いですよね。

須田:(最初の2社はほぼ新人時代であまり関わってないのですが)直近の弁護士ドットコムとクラウドワークスは自分自身が現場で手を動かさずに間接的にサポートしてIPOした初めての結果でした。どちらの社長も大人で経験豊かなビジネスマンであり、IPOはスタートと認識しているのでこれからが勝負という感じです。これを機に若い人の支援でも結果を出していきたいなとは思っています。

大柴:「SUDAXチルドレン」ですね!

須田:そうそう。SUDAXチルドレン達がEast Ventures(EV)から出資を受ける事が多くて、それきっかけで太河さん(East Venturesパートナーの松山太河氏)から「EVのアドバイザーになってください」ってオファーが来ました(笑)。

大柴:そうだったんですね。

須田:EVのアドバイザーになって「第2期SUDAXチルドレン」を募集してみました。正直、全くの未知数ですね(笑)。

大柴:なるほど。これからもご指導よろしくお願いします!今日はありがとうございました。

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「僕が全部支えるので、君たちは好きなことやってください」ーー隠れたキーマンを調べるお・スクー伊東氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 今年最後の「隠れたキーマン」はschoo WEB-campusのインフラなど技術全般をサポートするスクー執行役員の伊東弘満氏です。森健志郎社長を始めとした若いメンバー…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

今年最後の「隠れたキーマン」はschoo WEB-campusのインフラなど技術全般をサポートするスクー執行役員の伊東弘満氏です。森健志郎社長を始めとした若いメンバーから頼りにされる経験豊富な伊東氏のこれまでの経歴や、スクー社内で語り継がれる名言についてなど伺ってきました。

大柴:今日は「schoo」のインフラを支える伊東さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします!

伊東:よろしくお願いします。

大柴:エンジニアとして実績豊富の伊東さんですが、そもそもパソコンに興味を持ち始めたのはいつ頃からですか?

伊東:そうですね、13歳の頃ですかね。もともと機械が大好きで、いろんなものを分解していました。何で動いてるか気になったんです。ゲーム機やテレビなどだいたい分解しました(笑)。

大柴:機械に興味があり、そこからパソコンに流れていった感じですね。

伊東:そうですね。

大柴:ではキャリアをお聞かせ頂ければと。

伊東:専門を卒業後にSEとしてとある会社に入社したんです。新卒で。でもそこの先輩がいきなり独立するということで一緒についていくことに。新卒入社で2ヶ月で転職しました(笑)。まぁ今で言うスタートアップで、システム開発の受託や大手のシステム担当などがメイン業務でした。そこに約9年いました。

大柴:これまでずっと法人向けですね。

伊東:そうです。それでその頃コンシューマ向けサービスをやってみたくなったんですよね。

大柴:なるほど。

伊東:2005年くらいかな。GMOのグループ会社に転職することになりました。ブログサービスをメインで扱う会社で、ちょうど世の中的にもブログがブームになり始めていた時期でした。ちょうど自分達のブログサービスのユーザーに「しょこたん」がいまして。もの凄いトラフィックで、そのインフラの運用などをやっていました。

大柴:しょこたんブログ凄かったですよね!

伊東:コンシューマ向けのインフラ技術は、その当時にかなり養われました。その後、当時の元社長の声がけで動画共有サービス「zoome」の立ち上げのためにアッカ・ネットワークスという会社に転職します。

大柴:zoomeと言えばニコニコの対抗馬的サービスですね。

伊東:はい。最初アッカ・ネットワークスという会社の傘下にあったので、ネットワーク系の技術も習得できそうだなと転職を決めました。そして2008年にzoomeを立ち上げます。それなりのトラフィックがあったし、一時は初音ミクの公認サービスとしても人気がありました。

大柴:動画系だとインフラも結構大変そうですね。

伊東:そうですね。瞬間7ギガとかを耐えるインフラ設計をし、その構築、運用を数名の協力者は居ましたが最終的にはほぼ一人でやっていました。

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大柴:すごい・・・。

伊東:一日で深夜に20台サーバを増やしたこともあります。そんな感じでそれなりに人気サービスとして成長してたのですが、マネタイズなどがややうまくいかなくて、2011年くらいにサービスを閉じることに決めました。

大柴:なるほど。

伊東:もろもろの処理が片付いた後、gloopsに転職しました。まだ当時100人ちょっとくらいの規模の会社で、そこのインフラ部門の部長として参画しました。ソーシャルゲーム業界の最先端に飛び込み、ものごとの流れの速さを実感しました。とても楽しかったですね。

大柴:やはりgloopsでもインフラメインのお仕事なんですかね。

伊東:そうですね。ただ技術者というよりマネジメント中心でした。去年の4月からはユーザーサポートの新規部署の立ち上げなども担当してたので、これまでの会社よりもいろいろやったかもしれません。

大柴:なるほど。そして今年の4月からスクーに転職されるわけですが。

伊東:サポート部門の立ち上げも完了し、「やり切った感」を感じていたし、今年で40歳になるし、新たなチャレンジをしたいなぁと思いまして。

大柴:伊東さんくらい実績も実力もある方だといろんな会社からオファーありそうですね。

伊東:いや、でも実際大企業からも声はかかってまして、最終的にはそこかスクーかで迷っていました。でもやっぱり自分のミッションが明確で、更に熱い想いを持ってる人と一緒に仕事がしたいなぁと思って。(スクー代表取締役の)森さんを選びました。

大柴:森さんの第一印象はどんな感じですか?

伊東:最初に面接で訪れたときも大きな声で挨拶されて、ハキハキと自分の想いを熱く語る。そんな印象です。それは入社後も変わってませんね。夢を熱く語れ、即断即決で動きが速い。それだけじゃなく、物事をちゃんと考えている。そんな人ですね。話をしてるとひき込まれますね。そこが魅力。

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大柴:確かに。

伊東:心配なのは食事。森さん凄く痩せてるので、ちゃんと食事をとって欲しいです(笑)。

大柴:(笑)。さてスクーでの伊東さんの具体的な業務を教えてください。

伊東:インフラの責任者としてインフラの再設計と運用をしています。インフラを見れる人がいなかったので。あと技術部門全般のサポートもしてます。これまでの経験上、たいがいの言語は読めるし、書けるので。ある程度自分で何でもできるので、何でも自分でやりたいんですよね。自分自身でやりきりたいんです。

大柴:なるほど。若いメンバーに頼もしいですね。そういえば何か名言を残されたと聞いているのですが。

伊東:名言(笑)。いや、将来の目標を発表する機会が社内であって、そこでみんながいろんなアイデアを出したんです。そのアイデアを支えるのがインフラの役目だと思うので、そこで「君たちは好きなことやってください、僕が全部ささえますので」ということをさらっと言ったら「名言だ」と。

大柴:いや、これは名言ですよ。インフラが不安定だとやっぱりアイデアの実現度も低くなりますからね。

伊東:とりあえずみんなには思い切ってやってもらいたいですね。

大柴:それでは最後に将来の展望などをお聞かせ頂ければと。

伊東:スクーとしては「あってあたりまえ」の存在の学習のインフラにしたいですね。森さんの熱い夢を一緒に叶えていきたいと思ってます。個人的にはあと20〜30年は技術者でいたいなと思ってます。技術って面白いですから。

大柴:なるほど。今日はありがとうございました!

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「日中間のビジネスをもっともっと盛り上げたい」ーー隠れたキーマンを調べるお・メタップス婁飛(ロウ・フェイ)氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 アプリ収益化サービスをいち早くリリースし、グローバルにサービスを展開するメタップス。特にアジア圏内は重要なエリアとして設立から注力していたように感じます。メタップス佐…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

アプリ収益化サービスをいち早くリリースし、グローバルにサービスを展開するメタップス。特にアジア圏内は重要なエリアとして設立から注力していたように感じます。メタップス佐藤航陽CEOを支え、中華圏の事業戦略という重要な任務を担当する事業統括部中華圏事業戦略チーム部長の婁飛(ロウ・フェイ)さんにお話を伺ってきました。

大柴:今日はよろしくお願いします。

フェイ:よろしくお願いします。

大柴:日本語上手ですね。

フェイ:11歳から日本語を勉強していました。東北育才学校というのが中国瀋陽にあって、そこに入るために勉強し始めました。数学オリンピックを目指すクラス、エンジニアを目指すクラス、英語のクラス、日本語のクラスと4つのクラスがあり、私は日本語クラスに入りました。

大柴:なるほど。その育才学校というのは当然入るのが難しいんですよね。

フェイ:そうですね。最初に3,000人くらいが受験して300人が合格します。この300人が4クラスに分けられます。英語のクラスが一番人気がありました。で、私は先ほどお伝えした通り、日本語のクラスに入りました。そこから試験をしてさらに30人程度に絞られ、高校入学時にさらに4分の3に絞られます。

大柴:入学するだけじゃなくて、そこからも大変なんですね。授業もハイレベルなんでしょうね。

フェイ:そうですね。東大に留学するための授業を受けていました。中2で日本語能力テストで1級を取りました。日本の大学に入学するために必要でしたので。

大柴:日本語検定1級を中2でですか。すごい。

フェイ:成績優秀者3名が「大友太郎記念中国育才奨学助成」を受けられるのですが、そこに選ばれ日本に来ました。半年は日本語学校に通い、99年4月に東大工学部に入学しました。ちなみに育才学校のクラスメイト30人のうち10人くらいは東大に入学しました。

大柴:凄いなぁ・・・。

フェイ:3年になりシステム創成学科に入りました。システム創成学科一期生だったんです。

大柴:へー。そうなんですね!

フェイ:大学院では茂木源人先生の下でリアルオプション、自然エネルギー、工学、金融などを学びました。

大柴:就職活動はどうされたのですか?工学系?金融系?

フェイ:最初は金融系にいこうと思っていました。それでインターンをしてみたのですが、違和感を感じまして。そのあとコンサルティングファームを受けてみました。

大柴:コンサルはどうでしたか?

フェイ:面接した後の感触は「これは落ちたなぁ」って思ったんです。でもその日の夜に「内定」って電話をもらいました。ビックリしました。同期は10数人くらい。freeeの東後さん(freee取締役COOの東後澄人氏)は同期です。

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大柴:freeeの東後さん、以前に「隠れたキーマン」で取材しましたよ!

フェイ:あ、そうなんですね(笑)。

フェイ:2005年4月にマッキンゼーに入社しました。そして研修が終わってすぐにドイツに派遣されました。アジアハウスというアジアと欧州の架け橋になるようなプロジェクトで、日本、韓国、東南アジアからコンサルが派遣されていました。

大柴:具体的にはどんなことをされていたのですか?

フェイ:私はドイツ企業の中国展開をサポートしていました。

大柴:ドイツでの勤務はどうでしたか?

フェイ:まず英語が身に付きましたね。あとはマネジメントの違いを勉強できたのは大きかったです。日本ではマイクロマネジメントが多いのですが、ドイツは違う。まず大きなビジョンを示してから、そこから落とし込んで目の前のタスクを教えていく。それが勉強になりましたね。

大柴:どのくらいドイツには赴任されいたのですか?

フェイ:11ヶ月です。2006年の夏に帰国しました。それからは仕事を選ばずいろいろやりました。相当忙しかったし、タフな期間でした。その後2008年にアソシエイトに昇格しました。アソシエイトはある程度自由がきくんです。

大柴:一息ついた感じですね。アソシエイトになってどんな業種を担当されていたのですか?

フェイ:インダストリーとしては自動車とハイテク関連です。ファンクションはオペレーション、ストラテジーです。

大柴:なるほど。そういうマトリクスで選ぶんですね。勉強になります。

フェイ:そうなんです。その時期は主に中国関連の仕事をしていました。やはり中国関連のグローバルな仕事をするのが自分の使命だと思っていますので。

大柴:2011年に転職しますよね。そのきっかけは?

フェイ:その頃にEM(エンゲージメント・マネージャー)になりそうなタイミングだったんです。そのままマッキンゼーでやっていくか、どうするかを考えた時に「そろそろ実務がやってみたいな」って思ったんです。

大柴:ほう。

フェイ:ちょうどその時にとある知人からDeNAを紹介され、転職することになりました。2011年8月から中国DeNAのVPとして赴任しました。最初は30人くらいしかいなかったのですが、去年の春には250人くらいの規模になりました。急拡大のタイミングに立ち会えたのはよかったです。そこではプロモーションやアライアンスなどを中心にブランディングなど幅広い業務をやりました。中国での日本のゲーム展開や中国のゲームを日本に輸出することなどもやりましたね。

大柴:なるほど。

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フェイ:2012年10月には台湾、香港、マカオという繁体字圏の責任者になり、その期間は業績を伸ばすことに成功し、2013年4月に帰国しました。帰国したし、新たなチャレンジのタイミングかなって思っていました。

大柴:そしてメタップスですね。

フェイ:今メタップスの上海オフィスにいるリチャードさんから声がかかったんです。それですぐに(メタップス代表取締役CEOの)佐藤に会わせてもらいました。翌日久野(メタップス取締役の久野憲明氏)、さらに次の日には山崎(メタップス取締役CFOの山崎祐一郎氏)に会い、再度久野と話した後に月次の納会に参加しました。そしてすぐにメタップスに入ることを決めました。

大柴:佐藤さんに最初に会ってどう感じましたか?

フェイ:最初に会った時、一時間くらい語られたんです(笑)。いや、単純に「凄いな」って思いました。凄い考えているし、先の事を数字から落とし込み、マイルストーンも設定し、明確だった。夢のような話だけど、実現可能だと感じる事ができた。全てを正直に話してくれました。

大柴:なるほどなるほど。

フェイ:佐藤の凄いところは大きく3点あります。一つ目は「先見の明がある」ところです。1年や3年ではなく、もっと先。世の中の流れを感じる事ができる点。二つ目は「懐が深い」ところ。任せたら最後まで任せてくれる。苦難に陥ったら一緒にやってくれる。リスクをおってくれる。三つ目は「実力がある」ところです。いろんなスキルが高い。特に問題解決力。

大柴:なるほど。そういうところを感じてメタップスに転職を決めたのですね。

フェイ:そうですね。さらに久野や山崎やその他のメンバー。このチームと一緒に仕事をしたいなと思ったんです。

大柴:今はどんな業務をされているのですか?

フェイ:中華圏(中国、台湾、香港)にかかわる業務全般です。プロモーションはもちろん、中国企業と日本企業のアライアンスなどもやっています。メンバーは上海、台北、香港合わせて10数名弱です。

大柴:今後メタップスの一員としてフェイさんがやっていきたいことは何ですか?

フェイ:日中間のビジネスをもっともっと盛り上げていきたいです。モバイルインターネットという業界の中で重要な役割を担っていると感じています。メタップスのサービスを用いて、日中クロスボーダーで展開し、みんなの成功を支えていきたいと思っています。それが自分の役割です。今までの経験や経歴をふまえて、自分が最も活躍できるのはグローバル、特に中国ビジネスです。その分野を中心に会社に貢献していきたいです。

大柴:個人的には今後の夢などは?

フェイ:いろんな人に喜ばれたいです。「ありがとう」を言われたい。自分の影響の範囲を広げていきたいです。超個人的にはお店を作りたいですね(笑)。みんなが集まれる場を作っていきたいなと思っています。

大柴:なるほど。今日はありがとうございました!

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毎回「コイニー来ませんか?」と言われてましたーー隠れたキーマンを調べるお・コイニー井尾氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 国内外で盛り上がるクレジットカード決済事業。外資のサービスが次々に日本進出をする中、国産サービスとして存在感を放っているコイニー。佐俣奈緒子社長の元先輩であり、現在は…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

国内外で盛り上がるクレジットカード決済事業。外資のサービスが次々に日本進出をする中、国産サービスとして存在感を放っているコイニー。佐俣奈緒子社長の元先輩であり、現在はコイニーで執行役員事業開発担当として大活躍する井尾慎之介氏にインタビューしました。

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大柴:お噂はお聞きしていたのですが、お会いするのは初めてで、今日はよろしくお願いします。

井尾:よろしくお願いします!

大柴:元々奈緒子さんと同じ職場の先輩だったと伺ったのですが?

井尾:そうです。ペイパルの時ですね。

大柴:その辺も含めて、まずは井尾さんのキャリアを伺おうと思います。学生の頃はどんな感じでしたか?

井尾:高校まではテニスのプロを目指して頑張ってました。大学に入ってからは普通に。バイトばかりしていましたね。就職したくないなぁと思ってました。ただ4年になった頃に幼なじみに「このままでどうするんだ」と忠告されまして。「じゃあ就職活動してみようか」と。就職氷河期と呼ばれる時代だったのですが、富士通の内定をもらえました。

大柴:富士通!大企業じゃないですか。

井尾:そうなんです。親とかも納得してくれるだろうし、よかったです。

大柴:富士通ではどんなお仕事をされていたのですか?

井尾:プロダクトマーケティングを最初にやりました。そのあとコーポレートブランドを経営企画で。80年代まで法人向けの商品を主に扱っていたのですが、90年代になるとコンシューマ向けの商品も作り始めて。そこでようやく会社としてブランディングの重要性を認識しまして。全世界で同じCMを打ったり、いろいろとやりました。そのあとプロダクトマーケティングの部門に戻りました。

大柴:なるほど。富士通で3年半くらい働いて、その後マイクロソフトに転職します。なぜですか?

井尾:富士通は良い会社だったのですが、自分の仕事の量が外的要因によって左右されるんですよ。

大柴:と言いますと?

井尾:インテルとかマイクロソフトなどの外部企業の状況によってスケジュールが変更したりするんです。自社の事情以外の要因は自分ではどうにもできないので。

大柴:なるほど。

井尾:それに、マイクロソフトの人達と会っていく中で「良い意味ではじけた人達ばかりだな」って感じたんです。面白そうだなぁって。それと、よりマーケティングに強い会社に行ってみたかったんです。面白そうな人達、自分がやりたい業務に強い会社。その辺が決め手となってマイクロソフトに転職しました。

大柴:マイクロソフトってはじけまくってたんですね。

井尾:「Windows 2000」の発表の時に某ホテルの壁をぶち抜いたりして(笑)。

大柴:凄い(笑)。

井尾:そんな尖った人達と一緒にWindowsサーバーのマーケティングなどをやっていました。丸4年くらいですかね。

大柴:マイクロソフトを辞めた次は?

井尾:Solid Information Technologyというフィンランドのスタートアップに転職しました。データベースの会社で世界で70人程従業員がいました。その中で日本人は5名。マイクロソフトに比べて一気に小さな組織にいきました。

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大柴:富士通、マイクロソフトと大きな企業でやってきましたが、突然のスタートアップへの転職。どういう理由からでしょうか?

井尾:仰る通り、これまで大きな看板の下で仕事をしてきました。ふと看板が無くなったらどうなるんだろう?って思ったんです。自分の力、実力が知りたくなったというか。そんな想いでスタートアップに飛び込みました。まぁ失敗したら戻ればいいなくらいな気持ちもありました(笑)。

大柴:スタートアップはどうでしたか?

井尾:日本法人のマーケティング担当として働いていたのですが、転職して1年くらい経った頃に業績が悪くなり、日本法人5名中3名をレイオフしなくちゃいけなくなりました。結果、自分とエンジニアの2名が残ることになりました・・・。

大柴:おぉ・・・。

井尾:それが2007年のことなんですが、翌2008年に会社がIBMに買収されまして。このタイミングで自分は辞めようと思ったのですが、お世話になっていた方々からのアドバイスもあり、残って企業統合をスムーズにするためにがんばりました。落ち着くまで半年くらいやろうと思ってたのですが、結局1年半くらいいました。

大柴:IBMからペイパルに転職されます。

井尾:そうですね。資金決済法の施行が決まり、ペイパルが日本進出の準備を始めており、知り合いを通じて紹介されました。当時ペイパルのことはあまり知らなくて「テクノロジー企業なのかな」くらいの知識。事業開発とマーケティングの担当として入社したのですが、初日のミーティングで「あ、ここは金融の会社なんだな」と認識しました。想定外でした(笑)。

大柴:どんなとこで「金融の会社だな」って思ったんですか?

井尾:なんか聞いた事ない用語がミーティングや社内で飛び交ってまして。TPVだとかBPSだとか。

大柴:なんですか、それ?

井尾:1BPSは0.01です。決済の世界は小数点以下が多くて。円周率は314BPSです。

大柴:な、なるほどぉ。

井尾:過去の経験が活きるかなって思ってたのですが、年齢的に新たな領域にチャレンジできる最後のチャンスかなと思って。知らないことだらけなので、逆に吸収も早かったですね。でも1年しないで辞めたんです。

大柴:え、そうなんですか。あ、ところで奈緒子さんと一緒に仕事したのはこの頃ですか?

井尾:そうですね。奈緒子ちゃんは最初インターンでした。学生なのに超優秀だったんですよ。超優秀だったので辞めた後も「いつか一緒に仕事したいな」って思っていました。

大柴:ところで「奈緒子ちゃん」って呼ばれているんですね(笑)。

井尾:最初のインターンの頃にそう呼んでてて、コイニーに入った後に「社長って呼ぶ?佐俣さんって呼ぶ?」みたいに聞いたんですが、「奈緒子ちゃんでいいですよ」ということで、そのまま呼んでます(笑)。

大柴:ペイパルを辞めて、その後テスラに移られますね。

井尾:はい。ご存知の通り、ペイパルとテスラは創業者が同じでして、人の交流は多かったんです。ペイパルから転職していった人も何人かいて、その人に誘われました。新しいことをやってみたいなと思って転職しました。また業界が変わります(笑)。

大柴:ITから金融、そして電気自動車。

井尾:ペイパルに入った時は金融用語がわからなかったのですが、今度は電池の技術用語がわからない。交流とか直流とか。小学校の頃に習ったようなことから勉強し直しました。

大柴:しかし、その後、またペイパルに戻るんですね。

井尾:テスラのロードスターが売り切れて、モデルSの予約が開始されました。そのタイミングでペイパル本社の人から電話がありました。「新規事業をやらないか?」と。その新規事業がPayPal Hereでした。テスラの業務も一段落したし、その新規事業をやってみようとペイパルに戻りました。

大柴:なるほど。

井尾:早速事業計画を考えて「これは携帯キャリアとパートナーシップを組んでやるのがいいな」という結論に。最初にミーティングをしたのがソフトバンクで、そこから一気に合弁会社を設立することに決定しました。それからというもの、合併の準備やサービスの準備など、ペイパル社員なのに毎日ソフトバンクに通いました。そして無事にサービスもでき、合弁会社も設立できました。

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大柴:その後、コイニーですね。

井尾:そうです。でも事業としてPayPal Hereのマネージメントを辞めるつもりはなかったんですよね。自分が最初から立ち上げに関わったサービスだし、そういう経験もなかなかない。だから辞めるつもりはなかったんです。

大柴:ほほう。

井尾:そんな時に奈緒子ちゃんと食事する機会があって。「そろそろ飽きたんじゃない?コイニーに来ませんか?」って言うんですよ。いやいや、さすがにないわ、と(笑)。その後、半年くらいの間、5回くらい話したんです。食事しながらとか。それで毎回「コイニー来ませんか?」と言われたんです。でも奈緒子ちゃんは飄々としてるから、冗談なんだろうなって思ってたんです。そこまで押してくるわけでもないし。

大柴:なるほど(笑)。

井尾:去年の6月か7月くらいにまた晩ご飯を一緒に食べることになって。行くとアンリ君(佐俣アンリ氏。佐俣社長の夫であり投資家)も来ていて、こう言うんです。「彼女は本気なんです」って。それで自分も真剣に考え始めました。最初に話した通り、奈緒子ちゃんの優秀さは知ってるし、一緒に働きたいと思ってた。それに奈緒子ちゃんが一人で立ち上げてやっているのは凄く大変だというのがわかるし、こんな僕でも役に立てるのかなぁって。それで8月中旬くらいに「行く」と伝えました。

大柴:そして10月からコイニーに入社されるわけですね。現在、コイニーではどのような業務をされているのですか?

井尾:事業開発担当として、クレジットカード会社との連携などが主です。経歴的にマーケティングも長いので、組織的にはマーケティングや広報も管轄しています。リスク管理などもやっています。プロダクト以外では営業とバックオフィス以外はやっています。

大柴:その辺の業務って井尾さんが入られる前は奈緒子さんが担当されていたのですか?

井尾:そうなんです。もう僕が入った時は奈緒子ちゃんの業務がパンパンで。朝から夜までスケジュールがいっぱい入ってて。まずはそのタスクをどんどん引受けていくことをしていました。アクワイアラーの知識があるのが奈緒子ちゃんと僕くらいなので。金融業界出身の人がいなかったんですよね。

大柴:そうなんですか。

井尾:当時はあまり金融業界出身の人の採用は考えていなかったようです。その辺を一手に引受けたことによって、奈緒子ちゃんが「社長」として次のことを考える時間ができました。あとプロダクトに集中できるようになった。それは良かったことですね。

大柴:メディア対応や登壇などは奈緒子さんの担当ですかね。

井尾:そうですね。僕みたいなおじさんが出てもしょうがないし(笑)。

大柴:いやいや(笑)。では最後に井尾さんの今後の展望をお聞かせ頂ければと。

井尾:会社としてはスマホ決済No.1を目指します。ますは日本でNo.1を実現し、それから世界にいきたいです。コイニーのみんなは優秀だし、日本発のサービスで世界を穫りたい。外資での経験も長いので、よりそう思うのかも。

大柴:仕事以外では?

井尾:ワインバーやりたいですね。実はペイパルからテスラにいく頃に実際やっていたんですよ。ワガママなオーナーのお店にしたいですね(笑)。DJもやりたいですね。

大柴:仕事も趣味もちゃんとしてて凄いなぁ(笑)。いや、今日は長い時間ありがとうございました!

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昨年比500%の結果で貢献する「心優しき巨神兵」ーー隠れたキーマンを調べるお・ウォンテッドリー藤本氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 ITベンチャーを中心に採用の中心となっているサービス「Wantedly」。ゴールドマン・サックスやFacebook Japanなどを経て起業した仲暁子CEOは様々なメ…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

ITベンチャーを中心に採用の中心となっているサービス「Wantedly」。ゴールドマン・サックスやFacebook Japanなどを経て起業した仲暁子CEOは様々なメディアで取り上げられています。

そんなウォンテッドリーで「心優しき巨神兵」と呼ばれているのが執行役員ビジネスチーム担当の藤本遼平氏。2013年12月に参加とまだ日は浅いものの、法人を中心とした営業活動で活躍し、昨年度比で500%の実績を上げるなど躍進中の人物です。事前に取締役COOの萩原学氏からは「凄い働く。人柄にほれてみんながついていく。背中で語るタイプ」と伺っていた隠れたキーマンの人となりをいろいろ聞いてみました。

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大柴:今日はよろしくお願いします。

藤本:よろしくお願いします・・・。緊張してます。

大柴:先ほど萩原さんから「心優しき巨神兵」と言われてましたが(笑)。

藤本:そうですね、デカイんで(笑)。

大柴:ウォンテッドリーに入社されたのはいつですか?

藤本:昨年の12月です。

大柴:どういった経緯ですか?

藤本:友達がウォンテッドリーを手伝ってて、ちょっと興味あるなぁって思ってたら、萩原さんを繋いでくれて。それで一度会うことに。

大柴:なるほど。

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藤本:まぁその時は世間話や雑談が主だったのですが、その後オフィスに何度か遊びに行ったりしました。パーティとか。でもそのうち会議とかにも参加させられて。意見を求められたりして(笑)。どんどん巻き込まれていった感じです。

大柴:それで転職しようかなって思ったのですか?

藤本:特に最初は転職しようとか考えてなくて。でもウォンテッドリーのみんなに会ううちに転職しようと。興味がどんどん湧いてきた感じです。スタートアップにも興味あったので。

大柴:萩原さんとは最初からコミュニケーション取っていたようですが、仲さんとは会わなかったのですか?

藤本:一度だけ入社前にお茶しました。でも最初にスケジューリングした日に仲がインフルエンザになってしまいリスケになったんです。当日に「ごめん、無理」って連絡きて(笑)。その後インフルエンザが治ってから会いました。

大柴:ところでウォンテッドリー以前はどこにお勤めだったのですか?

藤本:DeNAです。新卒でDeNAに入って、4年くらい働いてました。経営企画やECのコンサル的な業務をやっていました。株主総会のお手伝いなどもやってましたね。

大柴:ベンチャーで働きたいなって思ってたんですか?

藤本:いや、そうでもないです。就職活動で大手から内定もらったんです。でも本とかテレビとか見てだんだんベンチャーに行きたくなってきました。影響されやすいんです(笑)。それで内定をお断りして、一年休学し、DeNAに入ることになりました。

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大柴:決め手は何だったのですか?

藤本:やっぱり南場さんの話ですかね。面白かったし。南場さんだけじゃなく、面接に出てくる人がみんな面白くて。それで決めました。

大柴:いきなりですが、藤本さんから見て、仲さんってどんな人ですか?

藤本:うーん、いまだにつかめない(笑)。そうですね、良い意味で頑固で、事業をやっていく上で「これだけは譲れない」ってのがしっかりとある人ですね。そういう部分以外は自由にやらせてくれますね。凄い勉強になります。底抜けに明るいし、よく笑いますね。

大柴:なるほど。仲さんと言えば漫画家を目指していたとのことですが。

藤本:読んだことありますよ。意外に面白かったです(笑)。

大柴:次に萩原さんについてもお聞きしたいと思います。どんな方ですか?

藤本:バランスが取れた人だなって思います。仲がどんどん前に進み開拓していくところ、萩原が固めていく。仲が良い意味で突拍子も無いことを言い出すのを拾っていく。補完性が高いコンビですね。ちょっと僕含め「いじり」がすぎるのが玉に傷です(笑)。

大柴:いやいや、良い雰囲気ですよ。そんな仲さん、萩原さんをどのような面でサポートしている感じですか?

藤本:toCの部分やプロダクトに関しては仲やCTOの川崎が中心となってやっています。自分はユーザー側というよりかは企業側中心にやっています。プロダクトの想いを企業様に知ってもらって使ってもらうためのコミュニケーションですかね。

大柴:なるほど。

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藤本:プロダクトの想いを伝えるのはとても重要だと思ってます。ビジョンである「シゴトでココロオドル人を増やす」を理解してもらって使ってもらうようにコミュニケーションをとっています。

「Wantedly」には給料などの条件は掲載していません。掲載企業の理念や風土、メンバーなどに共感して求職者が応募するというスタンスです。主に給与などの条件面が中心の他の求人サービスとは少し勝手が違うので、そういう部分を説明し、企業様に「Wantedly」をより効果的に使ってもらえるようにするのが自分のミッションです。

大柴:なるほど。他の求人サービスとの違いを知ってもらった上で企業に活用してもらった方がみんな幸せですからね。結果として御社の売上も上がってるとお聞きしたのですが。

藤本:そうですね。前年比500%くらいですかね。

大柴:それは凄い。藤本さんの地道な活動の成果ですね!ところで子供の頃の夢って何でした?

藤本:子供の頃は実は漫画家を目指してたんです・・・。

大柴:えっ!?仲さんだけじゃないんですね、漫画家目指してたのは。

藤本:そうなんです。小学生の頃ですね。ジャンプの漫画などを模写したりしていました。ただ早々に挫折したんですけどね(笑)。

大柴:そうだったのですね。

藤本:その後は「普通に進学して、普通に就職して、普通に生活しよう」と思って過ごしてきました。

大柴:今の夢は?

藤本:会社としては採用業界のサービスを変えていきたいと思ってます。そのために「Wantedly」をもっと多くの方々に使ってもらいたい。そのために頑張っていきたいと思ってます。

大柴:個人的には?

藤本:学生時代にバックパッカーしてたんですよ。アフリカや東南アジアなど行きました。まだ行ってない南米、特にウユニ塩湖は行ってみたいです。その他、あまり人が行かないようなところも行ってみたいですね。

大柴:結構アクティブですね。

藤本:いやぁ、でも趣味も無いですし、何かが欲しいという欲もそんなに無いので、これからも粛々とやっていきたいです。

大柴:なるほど。いろんなお話を伺え、藤本さんの人となりにがわかった気がします。多くを語らず「背中で伝える」タイプだなぁって思いました。その実直なところが社内外に信頼を生んでるですね。今日はありがとうございました。

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ケンタロさんは「責任と覚悟と愛情」の人なんです!ーー隠れたキーマンを調べるお・GMOペパボ星氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 誰もが知ってるレンタルサーバー「ロリポップ」などを運営するGMOペパボ。創業者は何かと話題の家入一真氏。その家入氏と創業時から共に歩み、代表を受け継いだ佐藤健太郎社長…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

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GMOペパボ取締役の星隼人氏とおなじみロリポおじさん

誰もが知ってるレンタルサーバー「ロリポップ」などを運営するGMOペパボ。創業者は何かと話題の家入一真氏。その家入氏と創業時から共に歩み、代表を受け継いだ佐藤健太郎社長(ケンタロさん)を長年に渡って補佐し、2014年から取締役となった星隼人氏にインタビューしました。星さんとは以前より親しくさせてもらっているので、かなりざっくりした感じになっております・・・。

大柴:どうもどうも。今日はよろしくお願いします。さてかつて「弁当男子」として一世を風靡した星さんですが、最近弁当の方はどうですか?

星:去年久しぶりに某雑誌の取材があったけど、それくらいですね。

大柴:当時は凄かったですよね。

星:2009年の3月から5月くらいですかね。「カラメル」で弁当特集やったんですが、そこに僕の弁当ブログがちょっと出たんですよ。それを新聞社の方が見て、取材を受けまして。そしたら生活面の半分くらいのスペースにドーンって載っちゃって「これからは男子が弁当を作る時代」なんて。それからほとんどのテレビ局、雑誌、各メディアに取材されて。

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ショッピングモール「カラメル」

大柴:凄いっすね。そんな星さんですが、今年から取締役になられました。何かこれまでと変わったこととかありますか?

星:自分がペパボに入ったのは「面白いサービスを作りたい」というのが理由なので、その辺は一貫して変わってません。今あるサービスをもっとおもしろくしたいし、もっとおもしろいサービスを作りたい。それとペパボってのは文化的な側面が強いというか、社風みたいな。そういうのを次世代につなげていきたいなと思ってます。当然収益面は役員としてより一層意識していかないといけないけど、それ以外の大きな部分も大切にやっていきたいと思ってます。

大柴:ペパボに入った理由が出たので、入社までのお話なんか聞けたらと。

星:大学の時にノリでNHKのアナウンサー試験を受けたんですよ。

大柴:え、まじすか。

星:まじです。でも当然落ちて・・・。で、就職とかもしたくなくて。留学したいなーとか、音楽やりたいなーとか。よくあるパターンです。卒業してしまったので、大学の時からやっていた障害者福祉関連のバイトを続けていました。そこで視覚障害者のために正しい文章構造でサイトを作るということをやっていました。でも給料が少なくて。

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不正には厳しい社内風景をアピールする星氏

大柴:なるほど。

星:大学の時の仲間が就職してみんなお金を持ってるんですよ。新橋とかでおごってもらうんですよ。そうなると「やばいなぁ、このままじゃマズいな」って思うんですよ。

大柴:わかるわかる(笑)。僕もそうだった。

星:でも特にやりたいこともなく、ただWeb制作は好きだったので、派遣でちょっとそういう系の仕事をしていました。その後フリーランスになりました。3カ月くらいかな。

大柴:ほほう。

星:実家に住んで、朝起きて犬の散歩して、いいとも見て・・・。そんな生活でした。このままやっていてもしょうがないなぁと思ってたら、派遣の時に繋がりのあったシステム会社からオファーがあったんで、そこで働くことにしました。基本はシステム制作の会社だったのですが、やっぱりWebやりたいなぁと思ってWeb制作事業を一人で始めました。

大柴:一人事業部ですね。

星:ほんと一人で、ある時に社長含め、みんなが常駐先にしばらくいってしまう時期があって。一人で2カ月くらい事務所でWeb制作事業をやってました。その頃「カラーミーショップ」が出て、衝撃を受けたんです。以前オンラインショップのシステム制作に携わった事があるのですが、結構大掛かりだったし、コストもかかった。でも「カラーミーショップ」は激安で。衝撃でした。

大柴:なるほど。

星:その時に「カラーミーショップ」についてのエントリーをブログに書いたんですよ。2005年2月くらいかな。そしたら当時社長だった家入さんが「ウチにくれば」ってコメントを残してくれたんです。もうビックリして。家入さんだけでなく、他のメンバーの方からコメントが投稿されたんです。みんなブログとかで知ってる人だったし、嬉しかった。それきっかけで実際に会うことになって。みんなインターネット大好きだった。

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転職のきっかけになったカラーミーショップ

大柴:それですぐにペパボに転職したんですね。

星:2005年6月9日(水)ロックの日に入社しました。ロックの日に入りたかったのと、もろもろ手続きあって。

大柴:入社して社内の印象はどうでしたか?

星:「すげー静かだな」と。みんなメッセンジャーで話してるし。隣の人にもメッセで。これがIT企業なのか!と実感しました。

大柴:そんな中に星さんが入ったら浮いちゃうのでは?

星:「今までいなかったタイプ」って最初の頃よく言われました。そんな中、シモダ君(現バーグハンバーグバーグ代表取締役のシモダテツヤ氏)が最初から絡んできてくれて、すぐに仲良くなりました。みんな良い人だし、インターネット大好きだし、海外のWebデザインの話もできた。転職してホント良かったなーって。

大柴:家入さんはどんな感じでした?

星:家入さんは勝手に面白いサービスを作ったりして、それをそっと見せて回ってました。

大柴:イメージ通り(笑)。

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オフィスグリコとお水など充実した福利厚生をアピールする星氏

星:今もそうなのですが、社内は「褒める文化」だし、良い雰囲気でした。そういう文化を伝えていきたいですね。

大柴:最初デザイナーで入社されたわけですよね。

星:そうです。「ヘテムル」とかに携わっていました。その後「ヘテムル」のリーダー、「ヘテムル」「プチ」などを統括するクリエイティブホスティング事業部長とやってきました。その頃、上場を経験します。しばらくして社長室への異動を打診されました。

大柴:事業部から社長室という間接部門への異動ですね。

星:正直、最初は嫌でした。サービスを作りたかったし、不安もあった。でも久保田さん(取締役の久保田文之氏)が背中を押してくれて。新卒採用が始まった頃で、採用をもっとおもしろくしたり、実際やってみたらやりがいもあるし、面白かったんです。

大柴:宇宙飛行士でケンタロさんが登場したりしたアレですね。

星:そうですそうです。かなり注目を集めてTwitterのバズワードにも入りました。社長室でいろいろとやらしてもらった後に事業部に戻り、現在はEC部門を見ています。

大柴:ケンタロさんはどんな方ですか?

星:タカノリさんがご存知の通り「シャイ」な方です。周囲に凄く気を使う人。そして何より会社、スタッフ、ユーザーさんへの愛情に溢れてるんですよ。ケンタロさんは「責任と覚悟と愛情」の人です。これまでもこれからも一緒に引っ掻き回していければいいなと思っています。

大柴:今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします!

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古川の「もやっとしたイメージ」を形にしたいーー隠れたキーマンを調べるお・nanapi原田氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 ベンチャー界隈で知らない人はいない「けんすうさん」こと古川健介社長率いるnanapi。運営するハウツーサービス『nanapi』、コミュニケーションアプリ『アンサー』な…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

ベンチャー界隈で知らない人はいない「けんすうさん」こと古川健介社長率いるnanapi。運営するハウツーサービス『nanapi』、コミュニケーションアプリ『アンサー』など利用した方も多いのではないでしょうか?今回は、けんすうさんやCTOの和田さん(取締役執行役員の和田修一氏)、COOの宮崎さん(取締役執行役員の宮崎拓海氏)とともにnanapiを引っ張る原田さん(執行役員の原田和英氏)にインタビューしてみました。

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大柴:以前からお名前は存じ上げていたのですが、初めてお会いできました。よろしくお願いします。

原田:よろしくお願いします。

大柴:nanapiに入られたのはいつ頃ですか?

原田:2012年の11月ですね。

大柴:1年半ちょっとといったとこですね。けんすうさんとは以前からお知り合いだったのですか?

原田:そうですね。もう10年くらいになりますかね。2004年くらいだったと思います。お互い学生起業家で、早稲田の起業家イベントか何かで出会いました。古川が「したらば」を売却した頃だと思います。その頃、自分はネットのブランディング、マーケティングなどの事業をやる会社をやってまして。

大柴:なるほど。

原田:お互い学生起業家だし、何より二人ともWebが好きで。特にソーシャルネットワーキングやコミュニティ、海外サービスについてなど話しがとても合いまして。

大柴:なるほどなるほど。それで大学卒業後けんすうさんはリクルートに就職されますが、原田さんはそのまま会社をやられてたんですか?

原田:いえ、アクセンチュアというコンサルティング会社に就職しました。3年くらいは勤めようと思っていたのですが、1年も経たない頃に尊敬する人に「一緒に事業を立ち上げよう」と誘っていただきまして。悩んだのですが、これはチャンスだなと思い、退職することにしました。

大柴:そうだったんですね。

原田:はい。それでその人と一緒に新規事業を始めました。その後、「自分でもしたい」という思いが出てきました。当時、周りで活躍している起業家の独立した年が26歳前後ということを知り、26歳で起業しました。しかし十分な結果を出せず、3年後にその会社を離れました。

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大柴:その後、グリーに入りますよね。

原田:はい。起業時に気づいた自分に足りない部分を、身につけたいという思いがありました。また、学生時代から世界約80ヵ国を訪れた経験もあり、グローバルな仕事をしたかったんです。ちょうどグリーでグローバル展開を積極的にやっていくという時期だったので、縁があって入社することになりました。

大柴:グリーではどんなお仕事をされていたのですか?

原田:国際事業企画部という部署でGREEをどの国で展開するか?などの戦略立案の仕事をしていました。

大柴:どのくらいやられていたのですか?

原田:2年くらいです。グリーの成長ストーリーなどを見ていて、自分も小さなベンチャーを成長させるという体験をしてみたいという想いにかられてきました。そんな時にnanapiの話があって。nanapiにはもともと興味があったのですが、その時にnanapiが求めている役割と自分自身が極めていきたい役割が合致し、ジョインいたしました。

大柴:なるほど。それでnanapiに移られて、現在は主にどんなことを担当させているのでしょうか?

原田:マーケティングとグローバルのプロジェクトです。元々、コンサルに従事していたこともあり、企画や整理分析が得意だと思っています。古川のイメージを整理して落とし込んだり、市場調査や集客施策、グローバル展開などで理念の実現に尽力しています。古川の「もやっとしたイメージ」を形にできればいいなと思っています。

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大柴:先ほどのお話にもあったように、けんすうさんとは10年来の付き合いがあるわけですが、けんすうさんってどんな方ですか?

原田:そうですね。稀な人間だと思います。ベンチャー社長に多い「オラオラ感」がなく、強欲さがないんですよね。「とにかく良いサービスを作りたい、世界に良い影響を与えるサービスを作りたい」に尽きます。Webが大好きで、Webサービスをやってる経営者。純粋に応援したいし、一緒に実現したいなと思います。だからnanapiに集まってきた人はみんなWebが好きな人なんです。

大柴:僕のけんすうさんの印象も同じような感じですね。

原田:悩んでいても彼と話をするとポジティブになる、という話が社内ででるほどです。仏みたいですね(笑。経験も知識も豊富で、性格も温和なので次世代の経営者も慕って集まってくるんですよね。

大柴:確かにそうですね。

原田:でも、サービスにおいてユーザーの不利益になることがあれば強くいいます。サービスやユーザーのことに関しては誰よりも強い思いを持っています。

大柴:Webサービスを運営するものとして重要ですよね。さて、最後に今後の展望というか、夢みたいのをお聞かせ頂けますか?

原田:世界で使われるサービスを生み出していきたいです。より多い人に使ってもらいたい。Webサービスだから世界に使われるサービスを目指したいですね。個人としても今はそれしか考えてないです。

大柴:なるほど。今日はいろいろお話を伺えて楽しかったです。ありがとうございました。

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「スマホでGunosy(グノシー)」を当たり前にしたいーー隠れたキーマンを調べるお・Gunosy吉田氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 400万DLを誇り、国内屈指のニュースアプリに成長したGunosy。現在は共同代表取締役の福島良典氏、木村新司氏中心に運営されているGunosyですが、そもそもの開発…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

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400万DLを誇り、国内屈指のニュースアプリに成長したGunosy。現在は共同代表取締役の福島良典氏、木村新司氏中心に運営されているGunosyですが、そもそもの開発が始まったのは今から3年前の2011年8月。

当時東大大学院に在籍していた福島氏と関喜史氏、そして吉田宏司氏の3人によって生み出されたのが始まりです。そこで今回はその生みの親のひとり、Gunosy開発のキーマンである吉田宏司氏にインタビューしてみました。

大柴:本日はよろしくお願いします。

吉田:お願いします。

大柴:かつてはメディアのインタビューなどに3人(福島氏、関氏、吉田氏)で対応されている事が多かった気がするのですが、福島さん、関さんだったり、最近では福島さん一人のケースも多く、吉田さんの露出が減ってるような気がするのですが、何か理由とかあるんですか?

吉田:福島は代表なので、まぁ出るとして、関はしゃべりが上手い。自分はあまりしゃべらないので、「自分が出なくてもいいかな」って思って(笑)。

大柴:なるほど、それで最近はあまり出てないんですね。いや、今日はありがとうございます。さて、本題ですが、吉田さんは福島さん、関さんとともにGunosyを開発した一人ですが、作り始めたきっかけみたいのを簡単にお聞かせください。

吉田:福島と学部、専攻が同じだったんです。自分はWebとか好きだったのですが、あまり周囲にWebに興味のある人がいなかったんです。その中で福島はWebに詳しいという事は知っていました。でも特に仲良いわけでもなく、顔見知り程度といった感じで。

大柴:ほうほう。

吉田:修士1年の夏休み、福島からサービスのアイデアを聞いて、一緒に作ろうという事になりました。夏休みにやる事がなかったので、作る事に。

大柴:そして2011年10月にGunosyをリリースします。

吉田:はい。夏休みにちょっと留学したりしてて、開発が少し遅れましたが、留学先からもリモートで開発したりして、完成しました。

大柴:順調にユーザーも増え、サービスとしての手応えもあったと思います。でも2012年5月のインタビュー記事を見ると「法人化する予定はない」と書いてあります。

吉田:軽いノリで始めたサービスだったし、内定も3人とも貰ってた。でもユーザーは増えてたし、ユーザーさんからも「就職した後のGunosyはどうなるんだ?」といった声もあり「やめるのはもったいないなぁ」と思ってきました。それらをふまえ、考えた結果法人化することに決めました。

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大柴:法人化したのが 2012年11月。その後最初のオフィス移転があり、その頃僕オフィスにお邪魔したんですよ。

吉田:そうなんですか。

大柴:はい。でも吉田さんも福島さんも関さんもいらっしゃらなくて。竹谷(取締役COO)さんに聞いたら「みんな論文とかで忙しくて」と仰ってました。

吉田:あぁ、そうですね。大変でした。

大柴:吉田さんの日々の業務はどのようなものですか?

吉田:エンジニアは現在3つのチームに別れているのですが、そのうちのDAUチームのマネジメントをしています。具体的にはKPIの管理やKPI達成のための施策を企画したり。あとはロジックの開発などもしています。

大柴:DAUチームの他の2つはどんなチームなのですか?

吉田:プロダクトのチームとアドのチームですね。

大柴:なるほど。今全体で役職員ってどのくらいいらっしゃるのですか?

吉田:30〜40人くらいですかね。そのうち十数人がエンジニアです。去年の4月とかはエンジニア6人くらいと竹谷しかいなくて、それぞれがプロジェクトを担当してました。今は一人の力だけでなく、チームの力でプロジェクトを進めています。会社の成長を感じます。

大柴:エンジニア以外の人であったり、経験豊富なメンバーだったり様々なメンバーが集ってきましたね。福島さんと共同代表を務める木村さんなど。吉田さんから見て木村さんってどんな人ですか?

吉田:先の、未来のイメージを考え、見えている人だなぁと。先を考え、事業を作っていくとこが凄いなと思ってます。最初に会った時は「少し怖そうだなぁ」と思いましたが(笑)。

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大柴:一方、福島さんはどんな人ですか?

吉田:福島はGunosyの前に一度起業して失敗した経験があるので、若いスタートアップにありがちな「イケイケ」ではなく慎重。一個一個慎重でとても落ち着いてるんです。それが安定感に繋がってるかもしれません。でも大きなこともたまに言うんです。大きな野望と落ち着きがバランス良く備わってるかも。

大柴:それは最初からですか?

吉田:そうですね。でも社長っぽくなったと思います。月次の締め会で福島がみんなの前で話すんですが、サービス全体を先まで見てるし、話しも上手く、よく話すようになった気がします。福島はエンジニア出身で、ビジネス経験豊富な木村とバランスの良い経営陣だと思います。

大柴:さて、最後に吉田さんのこれからについてお伺いしたいと思うのですが、夢みたいのってありますか?

吉田:サービス、会社としてはとりあえず日本人みんなが使うサービスにGunosyを成長させたいです。スマホでGunosyが当たり前になるようにしていきたいです。社長二人とも大きい夢があります。自分は目の前のことを改善していって、その積み上げで彼らの大きい目標を達成できるように頑張っていければと思っています。これまでもそうだったけど、これからも。

大柴:なるほど。個人的な夢は何かありますか?

吉田:これまではGunosyに必要なスキルを磨いてきたけど、もっと幅広くスキルを上げていきたいですね。ニュース以外のサービスにも興味があるので、いつかそういうサービスも作ってみたいと思ってます。あとは、田舎に行きたいですね。できれば国外。

大柴:いいですね!ぜひともこれからも頑張ってください。今日はありがとうございました。

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「選択肢としてのクラウドソーシング」を普及させたいーー隠れたキーマンを調べるお・ランサーズ根岸氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 クラウドソーシングを国内の黎明期に立ち上げたランサーズ。昨年には約3億円の資金調達をし、創業以来活動していた鎌倉から渋谷に移転、さらなる注目を浴びています。同社代表取…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

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クラウドソーシングを国内の黎明期に立ち上げたランサーズ昨年には約3億円の資金調達をし、創業以来活動していた鎌倉から渋谷に移転、さらなる注目を浴びています。同社代表取締役の秋好陽介氏を主に事業面で支え、先日、取締役 CMO 兼 サービス企画部 部長に就任した根岸泰之氏をインタビューしました。

「自分は日本語ができる」のでフリーライターに

大柴:今日はよろしくお願いします。

根岸:よろしくお願いします。

大柴:根岸さんはランサーズにいつ頃参画されたのですか?

根岸:去年の4月です。

大柴:じゃあまだ会社が鎌倉にあった時ですね。

根岸:そうなんです。何度か鎌倉に行って、秋好とコミュニケーションとりまして、入社することになりました。

大柴:秋好さんの第一印象はどうでした?

根岸:「若いなぁ」って(笑)。今まで会ってきた社長ってみんな年上ばかりだったので。

大柴:なるほど。秋好さんのお話は後ほど改めて伺うとして、まずは根岸さんのご経歴をざっくりと伺えればと。

根岸:数年前に、オーストラリアに行きました。その後、日本で同世代が就職活動を始めるのを見て焦り始めたんですよ。「このままじゃヤバい」って。

大柴:僕も同じような状況でした。あれ、焦りますよね(笑)。

根岸:はい(笑)。それで自分に何ができるだろう?って考えたんですが、「私は、日本語が強みだ」って結論に達して、フリーライターになろうと思いました。

大柴:すごい(笑)。

根岸:いろんな人にアプローチして、とあるフリーライターの弟子になったんです。業界では、有名な方で、オールジャンルでライターの経験を積むことができました。

大柴:へぇー。どんな記事を書いてたんですか?

根岸:大手外資企業の公式HPのコンテンツや、ライフスタイル誌、エンターテイメント誌を多くやっていました。中には、初心者ゲーマーとして、とあるゲームを「やってみた」的な企画などもありました。

大柴:その後に転職してエンジャパンに。

根岸:はい。それまで多種多様な文章を書いてきたんですが、読んだ人がどう思ったのか、その反応がわからなかった。でもインターネットの媒体で書けば、そのリアクションや効果がわかるんです。それで転職しました。最初は、求人広告の文章を書いていました。

大柴:なるほど。

根岸:ちょうど会社が急成長している時期でした。そんな中、マーケティングの担当に選ばれまして。

大柴:ライティング業務がメインだった根岸さんが選ばれた理由は何だったんですかね?

根岸:サービス全体を見ていた役員が元々コピーライターということもあり、同じような視点でサービスを見れたのかもしれません。ライター目線でのマーケティングといいますか。

大柴:根岸さんの本来持っている能力を見抜いたのかもしれませんね。具体的にどんなことをされていたのですか?

根岸:広告全般にSEOなども見ていました。

大柴:幅広いですね。

根岸:はい。いろいろと経験することができました。

働き方の変化を感じ、人材業界からランサーズに

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大柴:エンジャパンには約10年いらっしゃったそうですが、それだけ長く働いた会社を辞めてランサーズに転職した理由あたりをお聞かせください。

根岸:エンジャパンで過ごしていた時にリーマンショックが起こりました。景気が減速する中で、これまで以上に「効果重視」に世の中がシフトしていきました。そんな中、会社でもサイトをしっかりと分析し、より効果の高いサービスに改善する必要があるなと感じ、新しく部門を立ち上げました。

大柴:なるほど。

根岸:大手他社と差別化したプロモーション戦略を展開し、厳しい状況でも同社の過去最高売り上げをチームで達成できた。そして、3年かけてメンバーも育ってきた。そうやって、後任がちゃんと確立したら彼らのためにも、自分は次のステージに行こうと考えていました。

大柴:任せられるチームに育ったんですね。そしてランサーズに転職します。

根岸:はい。人材ビジネスをずっとやっていく中で、世の中の会社の中が変わっていったのを実感しました。

正社員、終身雇用というのが日本ではスタンダードの考え方でしたが、それがバブル後に派遣やバイトなどを組み合わせた雇用になっていきました。さらにそれがプロジェクト単位でのアサインみたいな形になっていくところもあり、変化を感じていました。

大柴:なるほど。

根岸:組織は小規模で筋肉質なものになり、最低役職者が部長とか、そういった時代になるのかなと感じていました。アウトソーシングやクラウドソーシングを活用して事業を運営していく。そういう流れが確実に存在しました。この分野はビジネス的に大きくなっていきそうだなと。そんな中、秋好に出会いました。

大柴:すぐにランサーズへの転職を決めたのですか?

根岸:いや、(秋好さんに会ってから)3ヶ月くらい経ってからです。働き方の変化を感じていたことや、秋好の考えなど、総合的に考えて決めました。自分が持っているスキルや経験も活かせると考えました。

大柴:なるほど。秋好さんの第一印象は「若い」でしたね。

根岸:はい。今まで会ってきた経営者はもっと年上でしたし、若くても40代。当時秋好は30代前半。とても若く感じました。しかし、2008年から日本で初めてクラウドソーシングをやってきた経験もあるし、何より会社を5年も経営している。すごいなぁ、苦労してるんだろうなぁって。

大柴:会社の中での秋好さんってどんな感じなのですか?

根岸:社長って地位にありながら、チームという意識が強いですね。間違ってもトップダウンはしない。もちろん社長として先頭をきって走っていくんだけど、チームプレイを意識されてますね。最初に会った時も今も変わらず、そういう印象です。

大柴:そうなんですね。

根岸:人材業界にずっといたので、いろんな会社を見てきたのですが、個人的な感想としてはトップダウンは属人的なので、組織を大きくしていく上ではよくない。なので、秋好のやり方は長い目で見ると良いと思っています。

大柴:なるほどですね。ちなみに根岸さんはどんな業務をされているのですか?

根岸:自分の専門領域はWebマーケティング。ランサーズでは、秋好が一人でほとんどのマーケティング業務をやっていたので、まずはその辺を自身が巻き取りました。次第にマネジメントもするように。サービス全般を見て、マネジメントしている感じです。

新しい働き方を作って、日本を飛び出したい

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大柴:クラウドソーシングという分野はとても注目されていますね。

根岸:労働人口が減っている中で、シニア層や女性などがもっと活躍できる場を提供する事ができるのがクラウドソーシングです。クラウドソーシングだから日本社会に貢献できると思っています。とても意義のある仕事だと感じています。

大柴:そうですね。

根岸:あとは、若者に対しての選択肢としてクラウドソーシングというものを普及させたい想いもあります。就職マーケットは次第に縮小していくと思うんです。企業はより即戦力になりうる人材を求めるようになると。

そんな時代において、就職前にスキルを磨く場所としてクラウドソーシングを活用していってもらいたいなと思うんです。それによって課題の一部は解決できると考えています。

大柴:なるほど。確かにそういう面でもクラウドソーシングの可能性はありそうですね。

根岸:はい。ランサーズは、クラウドソーシング業界の開拓者であり、業界のリーダーです。そのプライドを持って、人々の幸せに貢献できるクラウドソーシングの可能性を追求していきたいと考えています。

大柴:頑張ってください!最後に根岸さん個人の夢などをお聞かせ頂ければと。

根岸:新しい働き方を日本に広げ、多くの人の幸せに貢献したいです。それができたら、私自身も、家族と共に日本を飛び出し、時間や場所にとらわれず働けたらと考えています。特に、自然豊かなオーストラリアに住んでみたいです。また、そんな夢を多くの方に実現していただくのが私の夢です。

大柴:なるほど。今日はいろいろお話を伺えました。ありがとうございました!

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ユーザーさんがパフォーマンスを披露する場を支えるーー隠れたキーマンを調べるお・「ツイキャス」運営のモイ、大森氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 中高生に絶大な人気を誇るツイキャス。その運営会社モイで、サイドフィードやJoker Racerなど数々のサービスを世に生み出してきた赤松洋介氏(代表取締役社長)と二人…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

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中高生に絶大な人気を誇るツイキャス。その運営会社モイで、サイドフィードやJoker Racerなど数々のサービスを世に生み出してきた赤松洋介氏(代表取締役社長)と二人三脚でやってきたキーマン、大森正則氏のインタビューです。滅多にメディアに出ることのない同氏の貴重なインタビューです。モイ!

大柴:今日はよろしくお願いします。

大森:お願いします。

大柴:ところでITベンチャーで神田神保町を本拠にしてる会社ってあまりに無いですが、何かこだわりがあるのですか?

大森:サイドフィードの時に神田の免許センターの建物にベンチャー支援のオフィスがあって、そこに入居してたんです。10坪くらいかな。その後何回か移転したけど、千代田区を出ると登記変更がめんどくさくて(笑)。

大柴:なるほど(笑)。

大森:創業の地だし、縁も出来たので、それを大事にしてます。神田を裏切るわけにはいかないです(笑)。

大柴:これから移転もあるかもしれませんが、次も神田になりそうですね。さて、赤松さんと大森さんはサイボウズ時代の同僚とのことですが。

大森:サイボウズに自分が入社した時は赤松とは違う部署でした。自分は開発エンジニアとして主に海外展開の日本側の担当者としてやっていました。独自のフレームワークを国際化するような仕事をしていました。

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大柴:なるほど。

大森:その後、とあるプロジェクトを担当するようになり、赤松がプロジェクトマネージャーとしてアサインされ、自分が開発マネージャーとして一緒に仕事をすることになりました。

大柴:なるほど。その後、赤松さんは退社され、起業するわけですね。

大森:2005年に自分の方が先に辞めて、その後2ヶ月くらいして赤松もサイボウズを辞めました。

大柴:そうなんですね。

大森:自分はとある会社に転職して働いていたのですが、そこを辞めることになって、しばらくフラフラしてたんです。その頃、赤松は起業してサイドフィードを設立します。そこにたまに遊びに行ったりしてたんです。何度か行ってるうちに一緒にやることになりました。2007年の3月くらいに正式に入社しました。

大柴:そこから二人三脚でやってこられたんですね。

大森:いろんなサービスを赤松が思いついて作る。自分はインフラ面を担当しました。赤松は「人の生産性を向上させるようなサービス、世界」を作りたいと考えているんです。それをインフラ、ネットワーク面でサポートしてます。

大柴:なるほど。

大森:自分としては、プラットフォームのプラットフォームを作っているので、ユーザーさんの活動に支障をきたさないように安定したインフラを構築したいと思ってやっています。ステージに合わせたコスト感で増強するとかも意識していますね。

大柴:ツイキャスは動画の生配信なので大森さんの役割は重要ですね。ところでツイキャスを始める前にはラジコンのサービス(Joker Racer)をやっていたと思うのですが、そこからツイキャスを開発した経緯などをお伺いできればと。

大森:元々サイボウズ時代に赤松と窓の外を見ながら話していたんですよ。16階の窓の外を見ながら(窓の)外にラジコンがあったら面白いよね、って。車のラジコンも難しいけど、空中で制御するラジコンはもっと難しい。落ちたら壊れるし。それなら気球がいいね、なんて。

大柴:お二人ともラジコンが好きなんですか?

大森:そうですね。結構好きです。赤松もラジコンが好きです。

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大柴:窓の外を見ながら話していた時から数年が経ち・・・。

大森:赤松は「ハードとネットが融合したサービスがこれからくる」って言ってて、まぁそういう分野が好きってのもあるんです(笑)。いろいろなモデルを考えて、結果「ハードは難しいなぁ」という結論になりました。

大柴:なるほど。

大森:Joker Racerをやっている時にリアルタイムの映像配信などを研究していたんです。ラジコンを使って世界でライブコミュニケーションできないかなって。「ハードとネットの融合」と「世界に通じるサービス」ってのが軸にあって。それでiPhoneを使って映像配信するって発想になりました。

大柴:それがツイキャスですね。

大森:はい。使い方の想定は当初していたんです。世界中の人がサービスを利用してくれたら、自分がその場に行かなくても知識を得たり、行ったような気分になる。例えばピラミッドの案内をツイキャスでしてくれたり、とか。映像を介して世界中の人々と交流ができる。そんなイメージを持っていました。

大柴:なるほど。それは面白いですね。

大森:ツイキャスをリリースしてしばらくは低空飛行が続きました。しかしある時、急に中東諸国で利用され始め、その後はブラジルで爆発的にユーザーが増えた。ブラジルで有名な歌手がツイキャスを始めたんです。それが理由でした。そんなわけでポルトガル語対応は早かったですよ(笑)。

大柴:いきなりトラフィックが増えたんですか?

大森:そうなんです。突発的に。ただ、その突発的に上昇したトラフィックを基準にしたサーバー構成にするわけにはいかないので、コストを計算しながら計画的に増強していってます。

大柴:日本でのユーザー増はいつ頃からですか?

大森:2012年の11月ですね。特に何のイベントもなかったのですが、トラフィックとユーザー数が伸びた。特に高校生。今ではメインのユーザーとなっています。最近では業界外からの認知も上がっていると実感しています。

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大柴:今後のツイキャスはどんな感じになっていくんですかね。

大森:ツイキャスはこれまでユーザーさんと一緒に成長してきました。当初のイメージとは異なっているけど、それはそれでいいんです。自分達よりもユーザーさんの方が創造力があります。それを今後も支援していければなと。

コミュケーションのプラットフォームとしてユーザーさんがパフォーマンスを披露する場、コンテンツを提供する場としてのインフラを提供し続けていきたいと思っています。そのために多くの人達に利用してもらうようなものを作っていかないといけないし、それを広めていかないといけないと考えています。

大柴:なるほど。

大森:あと、赤松に成功してもらいたいなと思ってます。そのために自分はできるだけ赤松をサポートしていければと思ってます。

大柴:おぉ、素晴らしいですね!

大森:いやいや(笑)。そのために今はがんばりますよ。

大柴:個人的な将来の夢とかありますか?

大森:そうですね、世界中を旅したいですね。遺跡が好きでこれまでメキシコとエジプトとか行ってきました。でもまだまだ行った事ない場所もいっぱいあるので。さらにその後は古本屋をやりたいですね(笑)。

大柴:まさに神田神保町ですね(笑)。今日はたくさんお話を伺えました。ありがとうございます!

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