BRIDGE

OshibaTakanori

OshibaTakanori

Takanori Oshiba 東京生まれ東京育ち。2004年忍者システムズ(現サムライファクトリー)の創業期に参画し、取締役等を歴任。忍者ツールズ、SEOなどのサービス面から経営企画等まで幅広く従事。現在はEast Ventures フェロー。最近は「調べるおさん」と呼ばれる事が増えたが、だいぶ慣れつつある。 インターネット界隈の事を調べるお

http://takanoridayo.blog.shinobi.jp/

執筆記事

ユーザーさんがパフォーマンスを披露する場を支えるーー隠れたキーマンを調べるお・「ツイキャス」運営のモイ、大森氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 中高生に絶大な人気を誇るツイキャス。その運営会社モイで、サイドフィードやJoker Racerなど数々のサービスを世に生み出してきた赤松洋介氏(代表取締役社長)と二人…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

moi1

中高生に絶大な人気を誇るツイキャス。その運営会社モイで、サイドフィードやJoker Racerなど数々のサービスを世に生み出してきた赤松洋介氏(代表取締役社長)と二人三脚でやってきたキーマン、大森正則氏のインタビューです。滅多にメディアに出ることのない同氏の貴重なインタビューです。モイ!

大柴:今日はよろしくお願いします。

大森:お願いします。

大柴:ところでITベンチャーで神田神保町を本拠にしてる会社ってあまりに無いですが、何かこだわりがあるのですか?

大森:サイドフィードの時に神田の免許センターの建物にベンチャー支援のオフィスがあって、そこに入居してたんです。10坪くらいかな。その後何回か移転したけど、千代田区を出ると登記変更がめんどくさくて(笑)。

大柴:なるほど(笑)。

大森:創業の地だし、縁も出来たので、それを大事にしてます。神田を裏切るわけにはいかないです(笑)。

大柴:これから移転もあるかもしれませんが、次も神田になりそうですね。さて、赤松さんと大森さんはサイボウズ時代の同僚とのことですが。

大森:サイボウズに自分が入社した時は赤松とは違う部署でした。自分は開発エンジニアとして主に海外展開の日本側の担当者としてやっていました。独自のフレームワークを国際化するような仕事をしていました。

moi2

大柴:なるほど。

大森:その後、とあるプロジェクトを担当するようになり、赤松がプロジェクトマネージャーとしてアサインされ、自分が開発マネージャーとして一緒に仕事をすることになりました。

大柴:なるほど。その後、赤松さんは退社され、起業するわけですね。

大森:2005年に自分の方が先に辞めて、その後2ヶ月くらいして赤松もサイボウズを辞めました。

大柴:そうなんですね。

大森:自分はとある会社に転職して働いていたのですが、そこを辞めることになって、しばらくフラフラしてたんです。その頃、赤松は起業してサイドフィードを設立します。そこにたまに遊びに行ったりしてたんです。何度か行ってるうちに一緒にやることになりました。2007年の3月くらいに正式に入社しました。

大柴:そこから二人三脚でやってこられたんですね。

大森:いろんなサービスを赤松が思いついて作る。自分はインフラ面を担当しました。赤松は「人の生産性を向上させるようなサービス、世界」を作りたいと考えているんです。それをインフラ、ネットワーク面でサポートしてます。

大柴:なるほど。

大森:自分としては、プラットフォームのプラットフォームを作っているので、ユーザーさんの活動に支障をきたさないように安定したインフラを構築したいと思ってやっています。ステージに合わせたコスト感で増強するとかも意識していますね。

大柴:ツイキャスは動画の生配信なので大森さんの役割は重要ですね。ところでツイキャスを始める前にはラジコンのサービス(Joker Racer)をやっていたと思うのですが、そこからツイキャスを開発した経緯などをお伺いできればと。

大森:元々サイボウズ時代に赤松と窓の外を見ながら話していたんですよ。16階の窓の外を見ながら(窓の)外にラジコンがあったら面白いよね、って。車のラジコンも難しいけど、空中で制御するラジコンはもっと難しい。落ちたら壊れるし。それなら気球がいいね、なんて。

大柴:お二人ともラジコンが好きなんですか?

大森:そうですね。結構好きです。赤松もラジコンが好きです。

moi3

大柴:窓の外を見ながら話していた時から数年が経ち・・・。

大森:赤松は「ハードとネットが融合したサービスがこれからくる」って言ってて、まぁそういう分野が好きってのもあるんです(笑)。いろいろなモデルを考えて、結果「ハードは難しいなぁ」という結論になりました。

大柴:なるほど。

大森:Joker Racerをやっている時にリアルタイムの映像配信などを研究していたんです。ラジコンを使って世界でライブコミュニケーションできないかなって。「ハードとネットの融合」と「世界に通じるサービス」ってのが軸にあって。それでiPhoneを使って映像配信するって発想になりました。

大柴:それがツイキャスですね。

大森:はい。使い方の想定は当初していたんです。世界中の人がサービスを利用してくれたら、自分がその場に行かなくても知識を得たり、行ったような気分になる。例えばピラミッドの案内をツイキャスでしてくれたり、とか。映像を介して世界中の人々と交流ができる。そんなイメージを持っていました。

大柴:なるほど。それは面白いですね。

大森:ツイキャスをリリースしてしばらくは低空飛行が続きました。しかしある時、急に中東諸国で利用され始め、その後はブラジルで爆発的にユーザーが増えた。ブラジルで有名な歌手がツイキャスを始めたんです。それが理由でした。そんなわけでポルトガル語対応は早かったですよ(笑)。

大柴:いきなりトラフィックが増えたんですか?

大森:そうなんです。突発的に。ただ、その突発的に上昇したトラフィックを基準にしたサーバー構成にするわけにはいかないので、コストを計算しながら計画的に増強していってます。

大柴:日本でのユーザー増はいつ頃からですか?

大森:2012年の11月ですね。特に何のイベントもなかったのですが、トラフィックとユーザー数が伸びた。特に高校生。今ではメインのユーザーとなっています。最近では業界外からの認知も上がっていると実感しています。

moi4

大柴:今後のツイキャスはどんな感じになっていくんですかね。

大森:ツイキャスはこれまでユーザーさんと一緒に成長してきました。当初のイメージとは異なっているけど、それはそれでいいんです。自分達よりもユーザーさんの方が創造力があります。それを今後も支援していければなと。

コミュケーションのプラットフォームとしてユーザーさんがパフォーマンスを披露する場、コンテンツを提供する場としてのインフラを提供し続けていきたいと思っています。そのために多くの人達に利用してもらうようなものを作っていかないといけないし、それを広めていかないといけないと考えています。

大柴:なるほど。

大森:あと、赤松に成功してもらいたいなと思ってます。そのために自分はできるだけ赤松をサポートしていければと思ってます。

大柴:おぉ、素晴らしいですね!

大森:いやいや(笑)。そのために今はがんばりますよ。

大柴:個人的な将来の夢とかありますか?

大森:そうですね、世界中を旅したいですね。遺跡が好きでこれまでメキシコとエジプトとか行ってきました。でもまだまだ行った事ない場所もいっぱいあるので。さらにその後は古本屋をやりたいですね(笑)。

大柴:まさに神田神保町ですね(笑)。今日はたくさんお話を伺えました。ありがとうございます!

----------[AD]----------

「本田の描く広告の未来を実現する」ーー隠れたキーマンを調べるお・フリークアウト、溝口氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 国内屈指のDSP(Demand Side Platform)として名をはせるフリークアウト。創業からわずか3年半で東証マザーズに上場し、その勢いは増すばかりです。その…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

freakout1

国内屈指のDSP(Demand Side Platform)として名をはせるフリークアウト。創業からわずか3年半で東証マザーズに上場し、その勢いは増すばかりです。そのフリークアウトと言えばかつてブレイナーを創業し、ヤフーに売却した経験を持つ創業者の本田謙氏と、Googleなどを経て創業に参画したCOO(最高執行責任者)の佐藤裕介氏がよく知られています。

そんな同社の「隠れたキーマン」として今回ご紹介するのは溝口浩二氏。社内を横断的に動き、開発、企画、採用など幅広くカバーしながら本田、佐藤両氏を支える同氏にスポットライトをあててみました。

自分の「オッサン化」を感じ、約15年勤めたドワンゴを辞めフリークアウトへ

大柴:いよいよ上場ですね!(※インタビューは6月23日に行いました)

溝口:ありがとうございます!

大柴:創業から約3年半での上場ですが、溝口さんはいつ頃入社されたのですか?

溝口:2013年2月です。1年半くらいですね。

大柴:それ以前はどちらにいらしたのですか?

溝口:ドワンゴにいました。ドワンゴに1998年くらいから14、5年在籍していました。入社した頃のドワンゴは人数も5人くらいしかいなくて。まだ着メロとかやる前です。通信対戦システムを作っていました。自分もエンジニアとして開発をしていました。

大柴:それは凄いですね。どういう経緯で創業期のドワンゴに入られたのですか?

溝口:その前に所属してた会社とドワンゴが取引がありまして、その流れで。

大柴:なるほど。その頃のドワンゴってどんな感じだったんですか?

溝口:ゲームしてる人ばかりでした(笑)。

大柴:噂では聞いた事ありますが、やっぱりゲームしてる人が多かったんですね(笑)。

溝口:そうですね。自分もゲームは好きでしたし、インターネットも好きでした。ドワンゴに入社したのも「インターネットのサービスを作れるぞ!」というとこが大きかったですね。

大柴:なるほど。ドワンゴはその後携帯コンテンツ事業がヒットし、上場します。会社がどんどん大きくなっていく過程をずっと見ていたのですね。

溝口:はい。会社が大きくなるにつれて、コードを書く時間は減っていき、マネージメント業や経営企画、新規事業などに携わっていきました。いろんなことをやらせてもらいましたね。

大柴:創業期から15年近く勤めたドワンゴを辞め、スタートアップ企業であるフリークアウトに転職した理由って何ですか?

freakout2

溝口:そうですね。自分が「オッサン化」したんですよね。

大柴:「オッサン化」ですか?(笑)。僕は溝口さんと同じ歳なので気になりますね(笑)。

溝口:ゲームにも興味が無くなってきたし、ニコニコも「現象」としては興味深いし、面白かったのですが、本当の意味で興味が持てなくなっていったんです。

大柴:なるほど、とてもよくわかります。理論的に面白さが理解できても、心で「面白い」って理解できなくなってきているなぁと実感しています。SnapChatとか。

溝口:そうなんです。それともう一つ。また小さい会社に入ってビジネスをドライブさせていきたかったんです。ドワンゴの初期もやっぱり楽しかったんです。そしてビジネスが拡大し、会社も大きくなった。その過程って体験すると忘れられないというか。

大柴:なるほど。

溝口:開発のマネージメントやメディア側として広告も見てきたし、その経験スキルで貢献できるのではないかと思って転職しました。

大柴:フリークアウト以外にも選択肢はあったと思いますが?

溝口:単純にRTBって面白そうだなって思ったんです。広告主様が出稿をし、自分達が良いサービスを作れば、ダイレクトに広告主様の利益に貢献できる。そういうところも心惹かれました。BtoBtoCのサービスなので、今までやってきたtoCのサービスの経験も生きるだろうし。

大柴:なるほど。それらの理由から同社を選ばれたわけですね。

本田の描く広告の未来を実現するために集結したプロ集団

大柴:オフィスとかとても個性的ですね。

溝口:そうですね。本田の趣向を反映した感じですね。本田自らがデザインチェックなどをしていました。

大柴:昔からドラムセットはありましたが、それだけでなく、バスケットコートもありますね。すごい。オフィスからもわかりますが、本田さんは個性的で面白そうな方ですね。実際どんな方なのですか?

溝口:突然ピアノを弾きだしたり、ふらっとデスクにやってきたりと自由な人です(笑)。あと、新しいものを思いついたら実行したい人ですね。そしていろいろ思いつくんです(笑)。創業者タイプというか。ドワンゴの時の川上さん(代表取締役会長の川上量生氏)もそうですが、アイデアが豊富な起業家です。自分はその社長のアイデアを「どこにはめるか」って考えて動いています。

大柴:なるほど。

溝口:本田の描く世界の実現と、数値の達成を両方実現するためにやれることを全部やってる感じです。

DSC_0748

大柴:本田さんと並ぶキーマンである佐藤さんはどんな方ですか?

溝口:おさえるべきポイントをわかっている人ですね。ポイントに対して集中する能力がすごいです。本田がプロダクトアウト的な発想でアイデアを出し、佐藤がそれをマーケットイン的な考えで調整する。世の中の流れをつかんでフォーカスさせる。それが佐藤です。本田はエンジニア出身で今でも社内のリソースが足りない時などにはコードを書くこともあります。佐藤も開発の事に熟知しているので話が通じるんです。

大柴:なるほど。そこがスムーズに進むから急成長できたのかもしれませんね。

溝口:技術面では明石(執行役員の明石信之氏)が入社し、さらに強くなりました。本田、佐藤、明石、CFOの横山(横山幸太郎氏)の4人がそれぞれ違う視点から広告ビジネスを見ていて、せめぎあいながら本田の描く広告の世界の実現を目指して議論し、意思決定しています。

大柴:さて、フリークアウトは上場し、新たなステージに向かうわけですが、溝口さんは二度目の上場経験ということになりますね。

溝口:そうですね。ドワンゴで上場を経験し、変化した部分も変化しなかった部分も見ています。ただ基本的にはこれまでと変わらずに粛々とやるだけですよね。上場し、社会的認知度が向上するので採用面では期待しています。

大柴:溝口さんはエンジニアの採用にも深く関わっていますが、どんなエンジニアと一緒に仕事したいですか?

溝口:まともなコードが書けるのは最低限で、それプラスでビジネス自体に興味を持ってる人がいいですね。ビジネスに興味を持って欲しい。あとは自分が作ったプロダクトで世の中にインパクトを与えたいと考えてる人。そういう人がいいですね。

大柴:なるほど。それでは最後に溝口さんの今後の野望というか夢というか、そういったところを伺えたらと。

溝口:自分もエンジニアなので、オープンソースなどのエンジニアコミュニティでの活動をしてみたいなとは思います。引退後でいいですが(笑)。今は本田さんの描く未来を実現したいです。それが実現するとすごく面白いと思うんですよね。時代が追いついてないんですよね、本田さんに。

大柴:どんな広告の未来がくるか楽しみです!今日はありがとうございました。

----------[AD]----------

「古俣の背中はたまに押しています」ーー隠れたキーマンを調べるお・ピクスタ、内田氏&遠藤氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 2006年にスタートした画像・映像素材マーケットプレイスサイト『PIXTA』は現在約13万人のクリエイター、780万点のコンテンツを有する巨大サービスに成長し、海外展…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

pixta4

2006年にスタートした画像・映像素材マーケットプレイスサイト『PIXTA』は現在約13万人のクリエイター、780万点のコンテンツを有する巨大サービスに成長し、海外展開も最近活発化しています。最近個人ブログがソーシャル上でシェアされまくっているピクスタ代表取締役の古俣大介氏は1976年生まれ。いわゆる「76世代」の一人です。

その古俣氏を長年に渡り支えている二人のキーマンを今日はインタビューしました。当連載初の二人同時インタビューはピクスタ取締役の内田浩太郎氏、遠藤健治氏です。

「アマチュアの写真が売れるのか?」と最初はPIXTAに対して否定的だった

大柴:今日はよろしくお願いします。二人一緒にインタビューするの初めてなんで緊張してます。ではまずは内田さん。

内田:よろしくお願いします。

大柴:内田さんはピクスタ参画前は競合の会社をやられていたとか?

内田:競合ではないですね。プロの写真家と共に自社でストックフォトを制作し、外部のストックフォトエージェンシーに販売委託する事業をしていました。そんな時にアマチュアが撮影した写真を販売するというPIXTAの記事を新聞で見て、「アマチュアの写真が売れるのか?」というようなブログ記事を書いたんです。

pixta6
ピクスタ取締役の内田浩太郎氏

プロの素材を扱っていた自分としてはプライドを刺激されたというか。新聞に記事が載った時にはPIXTAにはまだ写真も何もない状態でしたので、コンセプト自体に否定的な反応をしたんですね。

大柴:なるほど。それで古俣さんから連絡があったわけですね。

内田:トラックバックしてたんですよ、元記事を。それで古俣がみつけて連絡をしてきました。すぐに会うことになってディスカッションしました。そこで古俣から「デジカメが普及し、デジカメ自体もイノベーションが起きる。そうしたらプロでしか撮れなかった世界が開放されていく。世の中は変わる」と言われて凄く共感してしまって。すぐに意気投合しました(笑)。

大柴:すぐに役員として参画されましたね。

内田:いや、最初は社外役員としての参画でした。それまでの会社も続けながら、社外役員として定期的にコミュニケーションを取っていました。古俣は風景写真や物の写真をストックして販売していくイメージを持っていましたが、ストックフォトビジネスを長年やっていて、人物写真が売れることがわかっていました。

大柴:確かに人物素材の方が使う機会多いかもしれません。

内田:特に当時は人物素材といえば外国人ばかり。そこで日本人のストックフォトをPIXTAでも用意するように提案していました。しかし、古俣がなかなか理解してくれず、最初は自腹で人物素材を制作して提供したりしていました。

大柴:自腹!

内田:はい。まずは証明しようと思いまして。それで人物をやってみて結果が出たんです。それで手応えを感じたし、もっとPIXTAにコミットしようと思い、2010年4月にフルコミットで参画することにしました。

もう一度ガツガツしたベンチャーをやりたかった

大柴:内田さんがフルコミで参画したすぐ後に遠藤さんが参画します。遠藤さんは古俣さんがガイアックス所属時代の上司ですね。

pixta2
ピクスタ取締役の遠藤健治

遠藤:自分は技術担当の役員だったので直接の上司ではないのですが、ガイアックス立ち上げ時期を共にした同年齢のメンバーということで、古俣がガイアックスを辞めた後も定期的にコミュニケーションは取っていました。オンボード(現ピクスタ)設立時はガイアックスのオフィスを間貸ししていましたし。

大柴:そうだったんですね。その後2006年に遠藤さんもガイアックスを離れます。

遠藤:ガイアックスを辞めた後はのんびりと自由にやっていました。東京を離れていましたし、これまでとは全く違う環境で仕事をしていました。

大柴:そんな生活を送っていた遠藤さんがピクスタに加わった理由は何ですか?

遠藤:定期的に古俣とは会っていたんです。技術面だけでなく、サービス全般について意見を求められていました。それでいろいろ話していたのでピクスタのことはだいぶわかっていました。そんな中で「もう一度ガツガツとベンチャーをやりたいな」って気持ちが湧いてきまして。

ちょうどピクスタは事業モデルが成立し、これから急成長させていくフェーズだったので、ガイアックスでの上場に至るまでの経験や、マーケティング、開発の知識が役に立つんじゃないかと。ピクスタをメガベンチャーにする手助けができるんじゃないかと思って参画することにしました。

大柴:なるほど。お二人のピクスタ参画までの経緯はよくわかりました。

「この人だけとは(気が)合わない」と思った

大柴:ところで今日はお二方いらっしゃるので、お互いがお互いをどう思っているかなんて聞いてみようかと思います。まずは遠藤さん。遠藤さんは内田さんをどうみていらっしゃいますか?

遠藤:なんだか恥ずかしいですね(笑)。えーっと、そうだな。内田は安心して突破を任せられる人ですかね。何もないところに何かを作るのが得意。

大柴:今も海外をガンガン攻めていらっしゃいますもんね。

遠藤:突破力は凄いなぁと。最初に会った時は「この人だけは合わないなぁ」と思いました(笑)。

pixta3

内田:え?!

大柴:え、そうなんですか(笑)。

遠藤:今はもちろん大好きですよ(笑)。内田は社内で一番変化している人。変わり続けている。とても柔軟なんです。マネジメントの仕方もコンテンツに関する考え方もサービスについても柔軟に考え方を変化させている。これは凄いなぁと思っています。古俣は素直に変化するんですが、内田はぶつかりながら変わっていくというか(笑)。考え方をぶつけあって、自分の中で理解すると変わるんです。

大柴:なるほど。年齢を重ねると頑固にこれまでのやり方を変えなくなる人が多いですが、柔軟に変わっていくというのは凄いですね。それでは次に内田さんから見た遠藤さんは?

内田:僕は遠藤の事を最初から好きでしたよ(笑)。

古俣からいろいろと聞いていましたし、インターネットの権化というイメージでしたね。ストックフォトのビジネスをビジュアルコンテンツとしてではなく、ウェブサービスとして遠藤はみていた。インターネットにおいてどう売っていくのかというインターネットマーケティングの重要性を遠藤から教わりました。逆にストックフォトに関することは教えました。最初は全然知識が無かったけど、今では知識豊富です。

大柴:なるほど。面白いお話が伺えました(笑)。内田さん、遠藤さん、そして古俣さんの3人のバランスがとても良いような感じがしました。

遠藤:内田はガンガンいくので時には止めることもします。逆に、古俣の背中はたまに押しています(笑)。

大柴:おもしろいですね(笑)。さて、お二人から見て代表の古俣さんとはどんな人ですか?またどんなことを期待していますか?

内田:古俣はカルチャーを作る人ですね。カルチャーを作り、ビジョンを発信する人。最近は社内外でメッセージを発することが増えた。自分自身が発信していかないといけないと意識しているのかもしれない。

遠藤:これまでは粛々とサービスを成長させてきました。クリエイターに活躍の機会を提供するという熱意とサービスへの愛情を持った人なので、そこをもっと発信していってほしいですね。

大柴:良いところはどこですか?

遠藤:古俣の良いところは、素直なところ。素直だから吸収力も高い。簡単なようでとても難しいことです。

大柴:古俣さんがサービス開始当時に内田さんに語った「デジカメのイノベーション、アマチュアの台頭」が現実のものとなってきています。さらに世界に向けても攻めていくピクスタの勢いとバランスの良さを感じる事ができました。今日はありがとうございました!

----------[AD]----------

「責任感と仕事量には自信があります」ーー隠れたキーマンを調べるお・メルカリ、富島氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 かつてウノウを創業し、Zyngaに売却。その後退職し、世界一周の旅に出た山田進太郎氏。帰国して新たに立ち上げたコウゾウ(現メルカリ)に最初にジョインしたのが富島寛氏。…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

tomishima1

かつてウノウを創業し、Zyngaに売却。その後退職し、世界一周の旅に出た山田進太郎氏。帰国して新たに立ち上げたコウゾウ(現メルカリ)に最初にジョインしたのが富島寛氏。フリマアプリ『メルカリ』のアプリ設計などを担当し、現在の大躍進を支えているキーマンです。今回はCMも絶好調な『メルカリ』を支える富島寛氏をインタビューしてみました。

大柴:はじめまして。今日はよろしくお願いします。

富島:よろしくお願いします。

大柴:進太郎さんが世界一周から帰ってきて、会社立ち上げて、最初にジョインしたのが富島さんですが、進太郎さんとは昔からの知り合いだったのですか?

富島:7年前くらいですかね。自分が会社(バンク・オブ・イノベーション)をやっている時に、何かのパーティーで会ったのが最初です。「ウノウラボ」というエンジニア系ブログがあったんです。当時エンジニア系ブログがあまり無かった中で「ウノウラボ」は貴重でよく読んでいました。

大柴:ほうほう。

富島:会場で名刺交換したら「ウノウ」って書いてあって、「あ、あのブログの会社の人だ」と。それが進太郎さんでした。進太郎さんのことも知らなかったし、ウノウのことも良く知らなかったんです。あくまで「ウノウラボ」の人という認識でした。

大柴:へー。なるほど。

富島:それから年に2、3回会うようになったんです。当時自分がやっていた「動画の検索エンジン」に進太郎さんが興味を持ってくれて。珍しいサービスだったし、グローバル志向だったので、その辺は興味を持ったらしいです。

大柴:なるほど。

富島:その頃ベンチャーが元気無い時代で、お互いにベンチャーを経営してたってとこにもシンパシーを感じて仲良くなりました。

大柴:当時僕もベンチャーに身を置いていましたが、2006、7年くらいはベンチャー界隈はいろいろありましたし、確かに元気無かったかもしれません。

tomishima2

富島:そんな感じで定期的には会っていたんですが、2012年の忘年会で久しぶりに会った時に「そろそろ会社をやる」って聞いて。その時はそれだけだったけど、年明けて詳しく聞いたら「フリマアプリをやる」と。自分自身モバイルC2Cサービスをやりたいなぁと思ってたので「これは!」と。分野もそうだけど、進太郎さんと一緒にビジネスをやってみたいという気持ちもあったので「ぜひ一緒にやりたい」と伝えました。

大柴:すぐにOKが出たんですか?

富島:いや、その場では出なかったんですが、その後少し経って一緒にやることになりました。そして2月に登記してスタートしました。

大柴:それから1年ちょっとが経ちました。メルカリ絶好調ですね。創業からこれまで、感触的にどうですか?

富島:思い描いた通りではありますね。もの凄い上手くいってる実感はあります。スタートさえ上手くランディングできればある程度はいけるとは思いましたが。このままアメリカもやっていきたいですね。

大柴:ところで富島さんはエンジニアでもありますが、大学は文学部なんですね。

富島:早稲田の文学部に憧れがあったので目指し、入学しました。

大柴:大学在学中にエルテスで働き始めたとのことですが。

富島:エルテスで働き始めた時はホームページを作れるくらいのスキルでしたし、もちろん会社で働いたこともありませんでした。でも結構裁量をくれる会社で、ベトナムとのオフショア事業を任されるようになったんです。いくつも平行でプロジェクトを回し、経験もないまま突っ走った感じでした。相当しんどかったです。

大柴:これは大変そうですね…。

富島:しんどい毎日の中でも逃げずにやり遂げた。スキルだけでなく、精神的に相当強くなりました。この経験は今でもとても重要だと感じています。

tomishima3

大柴:卒業までエルテスで働いて、卒業後にバンク・オブ・イノベーションを立ち上げたと。

富島:友人と一緒に始めました。先ほど言ったように動画の検索エンジンをやる会社です。途中で代表になり、資金調達もしました。自分も周囲も期待値が高かったのですが、いつまで経ってもマネタイズができずに苦しみました。広告事業を頑張って売上も上がり、単月黒字化にも成功したんです。でもトントン程度で。

大柴:そして事業をピボットしたんですね。

富島:ゲームが大きな話題になっている時期だったので、ゲーム開発事業に大きく事業を振りました。売上や利益は劇的に改善しました。ゲームに関しては一緒に創業した友人の方が適していると考え、代表を譲り、会社を辞めました。3年半くらいやっていたでしょうかね。良い経験を積めたと思います。

大柴:バンク・オブ・イノベーションを離れた後はどうされていたのですか?

富島:自分で会社を作って、アンドロイドアプリを作ったりしていました。ゼロから自分でプログラミングして、サーバーもセッティングしたりと全て一人でやりました。会社としては成り立たなかったけど、相当スキルが上がった時期でした。これが1年半くらい続いた後にサイバーエージェントの子会社でエンジニアとして少し働きました。バイトみたいなもんですね(笑)。

大柴:え、そうなんですか。それは知らなかったです。

富島:半年くらいですかね。自分のスキルの現在地を確認することができました。

大柴:富島さんはメルカリでどんなお仕事をされているのですか?

富島:大きな意味でプロジェクトマネージャ的な感じでしょうか。去年は企画や開発管理など実際にコーディングする以外のプロダクトに関することはだいたいやりました。アプリの設計は自分がメインで考えました。上手くできたんじゃないかと思っています。

設立当初は契約関係や法律周りも進太郎さんと一緒にやりましたね。現在はUS関連の業務が多いかな。ローカライズだったり、開発含めたもろもろの調整などが多いです。とにかく猛烈な量の仕事をこなしていると思ってます。責任感と仕事量には自信があります。

tomishima4

大柴:凄い。進太郎さんにとってとても頼もしい存在ですね。一方富島さんからみた進太郎さんとはどんな人ですか?

富島:みんながどのようなイメージを持っているかわかりませんが、おそらく思っている以上に凄い人ですよ。

大柴:ほうほう。

富島:経歴から華やかな部分もあるし、一方で泥臭いこともできる。だからヒト・モノ・カネ・情報が高次元で集まる。そしてスピードも速い。経営者として100点なんじゃないですかね。一緒に仕事できて良かったです。学ぶところが本当に多い。

大柴:なるほど。近くにいて具体的に凄いとこってどんなとこですかね?

富島:大きく3つあります。まずマーケットの選び方が秀逸です。センスあるなぁって思います。2つ目がマイクロマネジメントができること。細かいところまで気がつくし、見ている。3つ目が情報処理能力。多くの仕事をマルチタスクでどんどん処理する。単純に「仕事ができる人」です。

大柴:一度仕事をしているところをそっと見たことがあるのですが、凄い集中力でやってましたね。

富島:集中力は凄いですね。で、凄いんだけど、普通な感じが良いんです。距離が近い感じがあり、でもリーダーシップもある。成功したのに再度ゼロからチャレンジするとこも良いですね。

大柴:いやぁ、進太郎さんの凄さがわかりました。

富島:あ、一個エピソードがあって、大晦日の夜から年が明ける頃に進太郎さんからredmineのチケットが切られたんですよ(笑)。「あ、この人、良いな」って改めて思った瞬間でした(笑)。

大柴:わかる気がします(笑)。それでは最後に富島さんの今後の展望をお聞かせください。

富島:そうですね。メルカリとしては日本で誰がみてもNo.1のC2Cコマースサービスにしたいですね。日本の後はグローバルで成功したい。グローバルで有名になりたいです。そしてメルカリを1兆円企業にしていきたいです。

大柴:個人ではどうですか?

富島:グローバルにおいて通用するマネージメントスキルを身につけたいですね。まずは英語から。一生懸命勉強してます。いろんなスキルを上げていかないと会社の成長に振り落とされる危機感があるので、必死です。

大柴:なるほど。今日は富島さん、進太郎さん、メルカリについていろいろ伺うことができました。ありがとうございました。

----------[AD]----------

「経理専任のメンバーはいないんですよ」ーー隠れたキーマンを調べるお・freee、東後氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 IVS Launch pad 2013 Springでの優勝をきっかけに界隈の注目を浴び続けている「クラウド会計ソフト freee」。 期待値だけではなく、ソフトのク…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

togo1

IVS Launch pad 2013 Springでの優勝をきっかけに界隈の注目を浴び続けている「クラウド会計ソフト freee」。

期待値だけではなく、ソフトのクオリティに関しても既に高い評価を受けています。そんなfreeeと言えば代表取締役の佐々木大輔氏がよく知られていますが、その佐々木氏を起業当時からサポートし続けて2013年7月にfreeeにジョイン、取締役COOに就いてビジネス面を一手に担っている東後澄人氏にインタビューしてみました。

人生を変えたコンサルティング企業での5日間のインターン

大柴:はじめまして。佐々木さんのブログを拝見して「あぁこの方はまさにキーマンだなぁ」と感じまして(笑)。

東後:キーマンですか(笑)。よろしくお願いします!

大柴:まずはざっくりと経歴を伺っていきたいと思います。大学は東京大学ですね。

東後:はい。東大の工学部でロケット関連の研究をしていました。

大柴:ロケットですか?

東後:大学院で次世代ハイブリッドロケット推進薬の研究開発をしてたんです。ロケット用の新しい燃料の研究ですね。

大柴:なんだか凄いですね…。そうなると研究者の道に進むケースが多いと思うのですが?

東後:そう思ってたんですよね。でもとあるコンサルティングファームのインターンをやってみたんです。たった5日間ですけど。でもその5日間で得られたものがあまりに多くて、衝撃を受けたんです。ずっと研究ばかりやっていたのですが、全く違う世界を見ることができました。

大柴:なるほど。

東後:それでマッキンゼーに入ったんです。研究者になって技術で日本に貢献しようと考えていましたが、これまで考えていたものとは違う貢献をすることができるかなぁと思いまして。別のところから大きな貢献をしていきたいと。

大柴:なるほど。マッキンゼーには5年ほど在籍されていましたが、どうでしたか?

東後:マッキンゼーでの5年間は得たものがとても多かったです。物事の考え方、現在の自分のベースになっているのはこのマッキンゼーでの5年間です。大学卒業からの10年間は自分への投資と決めていたのですが、この最初の5年はとても大きかったです。企業のトップや現場の考え方、様々な知識を得ることができました。出会った人達のクオリティも高く、成長できたと実感することができましたね。

togo2

スモールビジネスにおける課題を実感したGoogle時代

大柴:マッキンゼーを辞めた後、Googleに転職されます。

東後:事業会社側の立場でビジネスをしたくなったんです。第一人称でのビジネス。いくつか候補があったのですが、わりと即決でGoogleへの転職を決めました。Googleが生み出すプロダクトは面白かったし、どういう仕組みか知りたかった。イノベーションを生み出し続けてる仕組みです。あとは出会った人達が面白い人が多かったのも決め手の一つですね。

大柴:その中の一人が佐々木さんだったわけですね。

東後:転職した時には既に佐々木がいまして、一緒のチームで働くことになりました。取り組んでいたのが、スモールビジネス向けのサービスです。ただ、すぐに佐々木はアジアパシフィックの担当になってしまい、チームを移ってしまったんです。私は引き続き日本担当という事で。チームが離れた後も連携して業務はしていました。

大柴:しかし、佐々木さんは起業をしてしまいます。

東後:最初に聞いた時はちょっとびっくりしました(笑)。でもGoogleで取り組んでいたスモールビジネスに関わる事業でしたし、良いチャレンジなんじゃないかと思いました。

大柴:freeeの最初のアイデアを聞いた時、どう感じましたか?

東後:日本には素晴らしい事業をされているスモールビジネスがたくさんありますが、一方で課題を抱えていることも多いんです。当時話してた一例ですが、インターネットには8割の人が接続しているのに、スモールビジネスのWebサイト保有率が当時25%前後しかなかったり。

そういったズレのようなものが存在すると感じていました。あとはバックオフィス。煩雑な作業をしなくてはならず、無駄が多くなってしまいます。何らかのツールを入れればすぐに効率化し、空いた時間をもっと有効に使う事ができるのになぁと思っていたので。

大柴:なるほど。まさにfreeeはそういう課題を解決するツールですね。

東後:そうです。弊社でもfreeeを導入しているのですが、経理専任のメンバーはいません。他の業務をしている人が2割程度のリソースを注ぐだけでまかなえています。

大柴:え!?経理担当者いないんですか?

東後:そうなんです。freeeのおかげでリソースが空き、他の仕事をすることができるんです。

大柴:これは凄い。Google時代に感じていた課題の一つをfreeeによって佐々木さんは解決したんですね。

togo3

freeeに自分が関わる事で会社にも社会にも貢献できると感じた

大柴:ところで佐々木さんの起業直後から個人的に事業の相談などに乗っていたということですが?

東後:そうですね。休みの日とか夜とかによく佐々木とディスカッションしていました。

大柴:「Google辞めてウチに来ない?」なんて誘われなかったですか?(笑)

東後:無かったですね(笑)。純粋に前職からの流れで相談に乗っていた感じです。会社は違うけど同じ課題に立ち向かっていましたし。プロダクトができて、しばらくはその改善に佐々木は全力を注いでいました。やがてちょっと落ち着いてプロモーションなどのビジネス寄りの相談が増えてきて。だんだん「佐々木と一緒に取り組むことで世界を変えられるかもしれない」と思うようになり、ジョインを決めました。

大柴:Googleを辞める事に迷いは無かったですか?

東後:無かったです。freeeに自分が関わる事で会社にも社会にも貢献できると感じたので。

大柴:東後さんがfreeeに加わる事で佐々木さんにはどんな事に集中してもらいたいですか?

東後:細かいオペレーションではなく、シンボルとしての活動をしてもらいたいです。あとはロングタームのビジョン構築ですかね。でも基本はプロダクトサイドに集中してもらいたいです。そしてスモールビジネスに一番詳しい経営者になってもらいたいです。

大柴:なるほど。東後さんから見て、佐々木さんってどんな人ですか?

togo4

東後:そうですね(笑)。うーん、一言で言うと「おもしろい」人ですかね。他人にはできない事ができる。既存の枠にとらわれずに、イノベーションを起こすことができる。ただ、それが思いつきではなく、ロジカルなんですよね。

大柴:なるほど。

東後:あと、リーダーシップがあるんです。親しみやすいリーダー。わりと誰とでもカジュアルに親しくなる。Googleの時も社内の有名人でした。人柄でしょうかね。ロジカルな側面とフレンドリーな側面を合わせ持っている人です。魅力的なリーダーです。

大柴:冒頭に「最初の10年は自分への投資」と仰ってましたが、もうすぐ10年。どうですか?

東後:3社とも全く違う経験をすることができて、とても充実した良い10年だったと想います。

大柴:freeeもこれから10年、20年・・・と続くサービスとなっていきそうです。応援してます!

東後::ありがとうございます。

大柴:ところでfreeeと言えば卓球ですが(笑)。

東後:卓球台を置こうと提案したのは僕なんです(笑)。最初は強かったんですが、上手い人がどんどん入ってきて・・・。

大柴:今度対決しましょう!今日はありがとうございました。

----------[AD]----------

世界中から「アドウェイズすげー」って言われたいんですーー隠れたキーマンを調べるお・アドウェイズ山田氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 先月アドウェイズの執行役員に29歳の若さで就任した山田翔氏。アドウェイズと言えば当時の史上最年少上場社長となった代表取締役社長CEOの岡村陽久氏が有名です。 この岡村…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

yamada2

先月アドウェイズの執行役員に29歳の若さで就任した山田翔氏。アドウェイズと言えば当時の史上最年少上場社長となった代表取締役社長CEOの岡村陽久氏が有名です。

この岡村社長が絶大な信頼を寄せるのが山田氏で、社内でまだスマホ懐疑論が出ていた2010年からスマホ事業を提案、推進し、現在の好調アドウェイズを築いた主役のお一人になります。執行役員となり、名実ともにアドウェイズ主役の一人となった山田翔氏、通称「やましょう」さんにインタビューしてみました。

これまでのアドウェイズにはいなかったタイプ「期待の新人」

大柴:やましょうさん、よろしくお願いします。今日は新オフィスでのインタビューです。

山田:7日からこの新しいオフィスです。気が引き締まりますね。

大柴:先月執行役員になられましたが、入社したのはいつですか?

山田:2007年に新卒で入社しました。大学では、社会にある問題を解決する仕組みについて勉強してて、問題を解決する手段としてプログラムやデザインを学んだんですよ。プログラム言語とか難しかったんですが、できる先輩から教えてもらえばいいんだ!って思ったんです。実際その方法は効果的で、卒業研究は「人と人がどうやったら繋がるのか?」という感じのテーマにしました。マッチングの仕組みですね。

大柴:なるほど。そして就職活動。

山田:札幌でおこなわれた就職イベントみたいのに参加しました。最初に面接したのがアドウェイズだったんです。なんか面白そうだったし、実際話してみたらクレイジーな会社で(笑)。面接の時に「自分はこういうサービスを作りたい!」という資料を持参したのですが「面白い」とか「これ、一人でやったの?凄いね」など反応も良くて。

それで他の会社の面接は全て断ってアドウェイズ一本に絞りました。

大柴:賭けですよね(笑)

山田:資料をプレゼンして反応良かったし、絶対にいけるだろって(笑)。でも当時のアドウェイズには営業とエンジニアしかいなくて、自分のようなタイプは存在しなかったらしく、社内では「どうしようか」と悩んだらしいですね。でも最終面接をしてくれた松嶋さん(現アドウェイズHRM&PR担当執行役員の松嶋良治氏)が「絶対必要ですよ。採用しましょう」とプッシュしてくれたらしく、めでたく入社することになりました。

yamada5

大柴:入社して早速自分が企画したサービスを作ったんですよね。

山田:研修とかが一段落した7月頃から開発がスタートしました。自分がプロデューサーで、他にデザイナー、エンジニア、オフショアで数人のエンジニアも。大学卒業時に研究し、面接でプレゼンしたビジネス向けのSNSを作りました。それはもう「期待の新人」ですよ(笑)。実際サービスリリースした後の総会でMVPをもらいました。

初めての挫折と初めての成功

大柴:そのビジネスSNSは今はあるのですか?

山田:失敗したんです。上手くいかなかった。アドウェイズはこれまでこういったサービス運営の経験が無かったし、自分も全然未熟で。上手くサービスを盛り上げる術を知らなかった。それでそのサービスから自分は離れることになりました。サービスも終了しました。

大柴:入社以来約一年、これまで順風満帆できてたと思うのですが、初めての挫折ですね。

山田:正直腐ってたし「もう辞めようかな」なんて思ったりもしました。でも今やめても何もできないし、このまま失敗だけして去るのも嫌だなと。そんな感じで1年ちょっとが過ぎた2009年の夏にPC向けアフィリエイトJANetのサービス改善を担当することになったんです。

エンジニアと営業の間に立って、プロジェクトを回しました。チームの業務効率化やサービスの改善をしたら結果が出た。会社において自分のできることって結構あるんだなって実感したんです。それともう一つ、やっぱり儲けないとダメだなって。

大柴:それまでは「自分がやりたいこと」だけしか興味が無かったけど、視野が広がったんですね。

山田:そうですね。既存事業の改善が上手くいった頃、mixiのオープン化の話があって。既にオープン化されてたFacebookを調べたら、Zyngaがリワード広告を活用してたんですよ。「これはアドウェイズの既存サービスである、ポイント獲得コーナー用管理システムを改良すれば、mixiでも同じようなサービスできるな」って思って同期のエンジニアと二人で作ったんです。それがリワ-ドプラスです。

これが成功したんですよ。入社以来、新規事業をやりたいといろいろやってきたけど、新規事業で初めて当てたのがリワードプラスでした。

yamada1

「このままいくと5年で会社は潰れる!」

大柴:ようやく初めて新規事業を成功させました。快進撃の始まりですね。

山田:でもその後、会社を辞めようかなって(笑)。プロジェクトが毎回組まれ、毎回解散する。その都度信頼関係を作ったエンジニアなどと離れることになるんですよね。それが嫌で。

大柴:なるほど・・・。

山田:一発当てたし、辞めようかと。そんな時アメリカで開催されたGDC(Game Developers Conference)を見てきた野田さん(現アドウェイズ取締役海外事業担当の野田順義氏)が「アメリカでは主戦場は既にスマートフォンに移ってる。スマホでもTapjoyが伸びてる。日本にもその波が来そうだけど、やましょう作れる?」って言うんですよ。

で、「そんなの僕だったらすぐできますよ!」と。乗せられた感じですよね(笑)。でも実際スマホの流れは確実に日本にも来ると凄く思ってたし、スマホリワードはやるべきだと考えてました。

大柴:それですぐに開発に着手したんですか?

山田:いや、当時はフィーチャーフォンが絶好調で、経営陣も「スマホ流行るの?やるにしても早いだろ」といった感じでした。でも絶対にスマホ時代がくるし、今やらないとヤバいと思ってたので「このままだと5年後に会社が潰れる!」って経営陣にプレゼンしたんですよ。熱意が伝わったのか、岡村さんも「ならばやってみよう」と。

大柴:ようやく開発ですね。

山田:これまでのやり方では嫌だったので、部署化してもらったんです。野田さんと一緒に過去に自分と同じプロジェクトに携わってたエンジニアを社内の他の部署から呼び戻したり、会社を辞めていったエンジニアも声を掛けて戻ってもらいました。営業も、当時アドウェイズのメイン事業だったモバイルアフィリエイトのトップ営業をチームに加えました。自分が必要とする人材を集めたんです。

大柴:会社を辞めた人も呼び戻したってのは凄いですね。

yamada3

山田:2010年11月にスマホ向けリワード広告AppDriverをリリースしました。サービスはできたんだけど、しばらくは全然ダメで。市場もまだ小さかったし、国内の企業もスマホへの理解が低かった。「これからはスマホの時代。こういう世界が広がってるんです」とたくさんの企業に営業して回りました。営業というかビジョンを説明するというか。

地道な活動が実を結んで徐々に売上が出てきて、2011年7月のグリーさんとの提携で一気にブレイクしましたね。

大柴:ビジョンを説明して回るってのは面白いですね。確かに現実に無い世界を伝えるのはそれしかないですよね。

山田:チームでも会社全体でもビジョンを何度も説明したんですよ。それまでは仕様書を書いて、それに付随する形で少しビジョンみたいなものを話すケースはあったけど、サービス全体のビジョンを構築して伝え続けた。それを重視した。それまでは自分も手を動かして開発したけど、今回からそれを辞めた。どうやったらみんなが動いてくれるかを考えて行動したんです。

大柴:なるほど。大きな転機ですね。

山田:AppDriverは自分の中で成功体験として大きいです。

大柴:でも一旦リワードから離れるんですよね。そして新規事業開発室を作って副室長に。

山田:広告を含めた、新しい事業をもっと作っていこうと。自分は新規事業をいくつかやってきて、それなりに結果も残してきた。けれどそれだと属人的で、再現性が低いので、新しい事業を生み出す仕組みを作っていかないとなーって思って。でもいろいろ思うところがあって2013年夏に子会社(Bulbit)を設立しました。Bulbitで全世界対応のスマホ向け効果測定システムPartyTrackなどを開発しました。

大柴:でもそれだと結局・・・

山田:そうそう、属人的なんです。それでイライラして、今年3月に経営陣にプレゼンしたんです。端的に言うと自分に新規事業、投資に責任を持たせてくれ、と。感覚ではなく、指針を決めてやらないとダメだろって。そしたら「そこまで言うなら任せよう」となり、執行役員になりました。

やっぱりアドウェイズが成長するために、新規事業を生み出し成功させる仕組みを作らないといけない。勝負はこれからです。

yamada4

自分が理解できない範囲も信じて任せてくれる岡村社長

大柴:ざっとやましょうさんのこれまではわかりました。凄く頼もしいけど、扱いづらいっすね(笑)。そんなやましょうさんを信頼して起用してくれる会社も凄いなぁって思った。

山田:新卒でいきなりプロジェクトをやらせてもらったし、しかも失敗して赤字出して・・・。そのあと腐ったり、文句言ったりしたけど、再び新規事業を任せてくれたり、自由にやらせてもらったり。アドウェイズだからそれができたんじゃないかと思う部分もありますね。

大柴:岡村さんはどんな方なんですか?

山田:岡村さんは自分が理解できない分野も、部下が熱意を持って提案したら信頼して任せてくれるんですよ。岡村さんに何度も意見をぶつけた事があるけど、揉めたことは一度もない。器がデカいなって思います。信頼してるし、信頼されてると思ってる。信頼されている以上、不義理な事はしたくないし、期待に応えていきたいって思ってる。

大柴:理解できない分野を攻めるのは勇気いるし、しかもそれを部下に完全に任せるのは結構難しい。

山田:一生懸命頑張った人は信頼してくれます。ウエットな決断をする場合も多いけど、逆にそこがいいのかなって思ったりもしますね、最近。

あと、純粋に岡村さんは「アドウェイズすげー」って言われたいんですよね(笑)。億単位の人から「すげー」って言われたいんですよ。僕も言われたい(笑)。僕は、世の中にある問題を解決するサービスを提供して「すげー」って言われたい。そのために頑張ってます!

株式会社アドウェイズ(ADWAYS)

世界中から「アドウェイズすげー」って言われたい

大柴:さて、これからですが・・・。

山田:繰り返しになるけど、僕は世の中にある問題を解決するサービスを提供して「すげー」って言われたい。それも億単位の人に言われたい。そのためには世界規模のサービスをやらないとダメで、PartyTrackはそういう思想の下、最初からグローバルサービスとしてリリースしました。

大柴:これからの課題は会社全体のいろんな場所から新規事業が出てくる組織にしていかないとですね。

山田:そうですね。まずは自分に関わる人を増やして、当ててもらう。一人でやるのも良いけど、みんなでやるのが楽しいし。社内の新規事業でもVC業務の方でも、次の可能性を信じて投資していきたいですね。自分は可能性を信じてサポートしていきたいと思います。自分が岡村さんから信頼されて任されてここまできたので、それを今度は自分が実践していきたい。

大柴:その文化が脈々と受け継がれていくと良いですね!やましょうさん自身の将来のイメージってどんな感じですか?

山田:執行役員に選任されたし、まずはそこにコミットして結果を出したいですね。将来的には起業してみたいなって気持ちもあります。でも、起業だけじゃなくて会社の中で「大きなこと」をやるって選択肢もあると思うんですよね。もう少しそういう選択をする人が増えてもいいのかなって思うんだけど、そのためにもリターンの仕組みだったり、その辺を整備していかないといけないのかな。

大柴:そうですね。いやぁ、たくさんお話を聞けました。ありがとうございました。アドウェイズすげー!

山田:アドウェイズすげー!

yamada6
※注釈:撮影協力してくれたアドウェイズ広報の遠藤由貴さん
----------[AD]----------

「鬼のように実行する仕組みと風土を作る」ーー隠れたキーマンを調べるお・クラウドワークス成田氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 昨今注目を浴びるクラウドソーシング。国内でも様々な企業がクラウドソーシングに参入しています。その中でもひときわ注目を浴びているのがクラウドワークス。代表の吉田浩一郎氏…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

日本最大級のクラウドソーシング「クラウドワークス」

昨今注目を浴びるクラウドソーシング。国内でも様々な企業がクラウドソーシングに参入しています。その中でもひときわ注目を浴びているのがクラウドワークス。代表の吉田浩一郎氏はドリコムの執行役員として上場を経験し、その後「インターネットを活用した時間と場所にこだわらない働き方」に着目しクラウドワークスを設立しました。

大型資金調達をおこなうなど急成長中の企業。そのクラウドワークスの中でキーマンとして活躍するのが執行役員の成田修造氏。今回はそんな成田氏にインタビューをしてきました。

起業挫折を経験し、インターンからの再出発

大柴:成田さんとは去年1月、サムライインキュベートのイベントでご挨拶して以来ですが、ソーシャル上などでご活躍は拝見しております。前回の記事をアップした後に「次誰にしようかな」と悩んでたのですが、何人かから「クラウドワークスの成田さんとかどう?」って言われて「確かに!」と。

成田:誰が言ってたんですか(笑) いや、ありがたいです。

大柴:成田さん、今おいくつなのですか?

成田:24歳ですね。クラウドワークスに関わってもうすぐ丸2年になります。

大柴:クラウドワークスのサービスがリリースされてから3月で丸2年なので、本当に初期から参画されているんですね。現在何名くらいいらっしゃるのですか?

成田:インターン含めて40名程です。

大柴:結構増えましたね!成田さんも最初はインターンだったのですか?

narita3

成田:そうですね。2012年6月にインターンとしてクラウドワークスに参加し、その後8月くらいから本格的に働くようになって、11月に正式に社員になるとともに執行役員に就任しました。同じタイミングで佐々木(佐々木翔平氏)も取締役に正式に就任しました。

大柴:2012年11月はクラウドワークスの組織的な礎が固まった重要な時期だったんですね。ところで、どういうきっかけでクラウドワークスのインターンを始めることになったのですか?

成田:代表の吉田に声を掛けてもらったんです。2012年5月に食事に誘われて「インターンでもしてみない?」って誘われて。それで翌月から働くことに。

大柴:その前って起業されてましたよね?

成田:そうです。大学2年の時にアスタミューゼという会社で正社員として働いていて、営業やマーケティングなどを学びました。そしてアスタミューゼを辞めた後に友人とアトコレという会社を立ち上げたんです。ただ、アトコレでは代表としてVCからの出資も受けたりしたのですが、自分に足りない部分が多く離れることになりました。これは自分にとって大きな挫折でした。

大柴:なるほど。

成田:アトコレを離れて間もなく吉田から連絡もらいまして。吉田は元々演劇をやっていたりと芸術に興味がある人で、アトコレのこともずっと応援してくれていたんです。で、アトコレを離れたと知って連絡をくれたんです。吉田自身も20歳の頃に演劇の公演で失敗して挫折感を味わった経験があり、その時の自分にシンパシーを感じて連絡をくれたそうです。

大柴:なるほど。そういういきさつがあり、クラウドワークスにジョインすることになったのですね。でも再度起業しようと思わなかったのですか?

成田:そういう選択肢もあったし、誘いもあったのですが、当時上手くいける感覚がなくて。自分に足りてないものが多く、再度失敗するイメージしかなかった。それで起業ではなく、クラウドワークスに入り成長しようと思って選択しました。この約2年間どんな仕事も猛烈にやりました。他人に負けないくらい寝食忘れて働きましたし、数々の経験も積みました。でもまだまだです。もっと成長し、成功していかないといけないんです。

鬼のように実行する仕組みと風土を作る

大柴:急成長する組織の中で、現在自分自身で感じる課題は何ですか?

narita2

成田:クラウドワークスを時価総額1,000億円超えの企業にしようと考えてるし、絶対にするとコミットしてるのですが、その時に自分がどのような仕事をしているべきなのかがまだ見えないんです。イメージできないというか。どういう風にチームをビルドアップしていけばいいのかのロジックがまだシャープになっていないんです。メガベンチャーと並ぶには何が必要か?それをいつも考えています。絶対にロジックはあるはずだけど、今はそれがわからない。そこが課題です。

大柴:目線が高いですよね。そして熱い!

成田:目線の高さは起業して社長業を経験したことが大きいと感じています。経営者の目線と現場の目線を併せ持っているのが強みかもしれません。

大柴:吉田さんはどんな人ですか?

成田:自分より15歳くらい上の年齢だけど、チャレンジを続けているのが凄いなぁと思ってます。自分たちの世代にもフラットに接してくれるし、やりやすい環境を作ってくれます。

大柴:吉田さんは、去年は特に各地で講演などで忙しかったように見受けられました。その間、サービスや社内のコミュニケーションなどを担っていたのが成田さん?

成田:そうですね。最近では採用も見るようになっています。

大柴:サービス、マーケティング、経営企画、採用など幅広いですね。そんな中、仕事において一番大切にしてることは何ですか?

成田:実行することですね。

大柴:実行?

成田:はい。吉田をはじめとしたメンバーの考えていることに優先順位をつけて片っ端から実行する。鬼のように実行する仕組みや風土を作る。そのためにまずは自分が鬼のように実行しないと周りがついてこない。率先垂範です。今のメンバーはもっともっとやれるはずだと思っていますし、やりきる風土を作っていかないといけないです。

大柴:率先垂範の考え方は僕も同じです。でもそんだけ広い領域を見ていたらキャパがいっぱいになりますよ(笑)

narita1

成田:そうです。なので、どんどん引継いでいこうと思います。そのためのチーム作りをしています。元々吉田もチームプレイを重視し、周りにどんどん振っていく方なので、そういうのを見習っていきたいです。でも最近は広報や経営企画、CTOの大場(大場光一郎氏)など凄腕のメンバーも増えてきたので、それぞれにタスクが振り分けられるので助かっています。それまでは吉田の依頼の一次受けみたいな感じだったので。

大柴:凄腕のベテラン組と成田さんを筆頭にした若い世代が上手い具合に融合している良いチームですね。

成田:でも正直まだまだです。20代の強いメンバーを増やしていかないといけません。圧倒的に考えながら、圧倒的に量をこなしていくようなメンバーを自分以外にも作っていくのが使命ですね。

大柴:常々吉田さんは「組織を作ることを重要視してきた」と仰ってました。最近は「現場は全て任せている」とも仰ってます。成田さんのお話を伺っていると、確かに組織もできてきてるし、任せられる人材も育ってるなと感じます。

成田:ありがとうございます。もっともっと実行できるチームを作ります。今いるメンバーもこれから入ってくるメンバーも成長できるような組織にしたいですね。

大柴:採用で重視している点はどこですか?

成田:ウチに合っているか?ですね。ビジョン重視です。やっぱり、スキルだけではなくて、ミッションやスローガンに共感して120%コミットできる方に来ていただきたいと思っていますし、そういう組織文化を創っていきたいと思っています。

大柴:なるほど。一緒に突っ走るにはビジョンは重要ですもんね。今日はありがとうございました。成田さんの熱さが伝わってきました!

----------[AD]----------

「イベントで弟子にすると言われたんです」ーー隠れたキーマンを調べるお・East Ventures鳥居氏インタビュー

SHARE:

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 こんにちは。「調べるお」の大柴貴紀です。シリーズ初回の今回は私も今年3月から参加しているEast Venturesから開始させていただきます。メルカリ、BASE、ツイ…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

East_Ventures_-_Early_stage_investor_for_consumer_web_and_mobile__Singapore__Jakarta__Tokyo

こんにちは。「調べるお」の大柴貴紀です。シリーズ初回の今回は私も今年3月から参加しているEast Venturesから開始させていただきます。メルカリ、BASE、ツイキャスなどへの出資でご存知の方も多いかもしれません。

East Ventures(以下EV)はパートナーである元ミクシィの衛藤バタラさんとエンジェル投資家としても有名な松山太河さんがよく知られていますが、その影でディレクターとして、数人のアソシエイトをまとめたり、最近開設した渋谷オフィスを担当している鳥居佑輝さんの存在を見逃すわけにはいきません。ということで、EVディレクターの鳥居さんをインタビューしてみました。

インドネシアで「師弟関係」が始まった

DSC_0441

大柴:3月からEVで働くようになって、毎日お世話になっている鳥居さんにまずはインタビューしようと思いまして。お願いします!

鳥居:インタビュー初めてなので緊張します…。よろしくお願いします。

大柴:EVに入る前から鳥居さんのお名前はソーシャル上なのでずっとお見かけしてたのですが、いつ頃からEVに入られたんですか?

鳥居:2012年3月に大学を卒業し、4月から正式に、という流れです。

大柴:なるほど。ちょうど2年くらいですね。どういった経緯で入られたのですか?

鳥居:2012年の1月にインドネシアでEVのDemo Dayが開催されたのですが、それに太河さんに誘われて見に行ったんです。その頃、大学卒業したら東南アジアで起業しようと考えていました。そんなこともあって、現地のスタートアップイベントを見ることができる貴重な体験ができると現地に飛んだんです。

大柴:へぇー。東南アジアで起業しようと考えていたんですね。それは初耳です。

DSC_0434

鳥居:そうなんです。それでそのイベントの時に太河さんに「弟子にする」と言われたんです(笑)。

大柴:弟子!

鳥居:はい。それで僕も「師匠!」という感じでEVで働くことになりました。

大柴:そんなドラマがあったんですね。太河さんとはどのように知り合ったのですか?

鳥居:ITが大好きでWebサービスや歴史などをずっと調べたりしてたんですが、その中で太河さんの存在を知り、Twitterをフォローしたり、過去の記事などを読んだりしました。でもメディアにあまり情報が無くて…。

とにかくTwitterでの太河さんのツイートを見逃さないように追っていました。IT業界の最新情報や興味深い情報、勉強になる発言など多くて。ツイートをファボったりリツイートしたりしていました。その頃は大学のある大分の別府に住んでいました。

大柴:大分は遠いですね。

鳥居:ただ、よく東京には遊びにきていたんです。それで、2011年6月に東京に来た際に食事に連れていってもらいまして。それが初対面でした。凄く緊張したんですが、ITの話しかしなかったので緊張がほぐれた気がします。

食事の後にオフィスも見学させてもらって、東京のスタートアップシーンを肌で感じることができました。その後、大分にまた帰ったのですが、EVのリサーチ案件などをお手伝いするようになりました。

大柴:EVリサーチバイトのさきがけですね!

トップの雑務を減らすことが社会的意義がある

DSC_0432

大柴:渋谷オフィスに関しては太河さんも基本的に鳥居さんに任せてます。会話の中でも鳥居さんへの信頼が伺えることが多いんですよね。「部下」として、というか働いていく中で大事に思ってることって何ですか?

鳥居:EVに入った当初はVCの仕事は全くわからなかったのですが、その中でとにかく太河さんの雑務を巻き取ろうと意識しました。太河さんには投資に関する重要なことだけに集中してもらうために、そのサポートができればと。

それは今でも基本変わりません。出資先に対しても同じ。出資先の会社にはとにかくサービスのことだけに集中してもらいたい。そんなことを思って仕事をしています。

大柴:その考えは重要ですよね。

鳥居:あとは、ITのことに誰よりも詳しい状態で常にいたいというのがあります。ITが好きなんですよね(笑)。周囲にはITに詳しい人がたくさんいるので恵まれているし、純粋に楽しいです。

大柴:僕も転職してきて、みんなの情報量の豊富さに驚きました。みんないつもスマホいじってるし(笑)。ところでEV渋谷オフィスはBASEさんと共同で入居しています。BASEには立ち上げ当初から関わっていたんですよね?

鳥居:そうですね。2012年の夏にBASEプロジェクトが立ち上がり、サービスローンチ後に法人化しました。登記作業やバックオフィス業務などを鶴岡社長(鶴岡裕太氏)から巻き取ってやっていました。

大柴:そこは共通しているんですね。トップの雑務を巻き取るという。

鳥居:はい。トップはやることが多いんです。でもそれでは本当にすべきことが疎かになってしまう。そこをサポートするのが使命なのかなって。

大柴:そんなBASEも今では大きく成長しました。他の出資先とは違い、法人化前からサポートしてたわけですが、率直にいかがですか?

鳥居:単純に凄く嬉しいですし、素晴らしい経験をすることができました。BASEの成長を近くで見てきて学んだことも多くあります。その経験を他の出資先企業に還元できるようにしていきたいです。

トレンドは若者が持っている!

DSC_0439

大柴:ある友人が「鳥居さんのネットワークに助けてもらった」なんて声も聞きます。僕も鳥居さんのネットワークの広さが凄いなぁと思ってるのですが、何か秘訣ってあるんですか?

鳥居:ちょっとでも「良いな!」って感じた若者には直接会うようにしています。若者がトレンドを持っているし、作っていくと思っています。最先端の情報を実感するには若者と会うのが一番なんです。若者にはいつも学ばせてもらっています。

大柴:そうやっていくうちに若者の知り合いが増えていくんですね。でもどうやったら良いと感じる若者と知り合えるんですか?

鳥居:やっぱり紹介ですね。若者は若者と繋がっているんですよね。なので、良い若者は良い若者と繋がっている。そうやって広がっています。

大柴:なるほど。そのためのアンテナを常に張ってるわけですね。そんな鳥居さんのネットワークによって渋谷のEVシェアオフィスにも入居企業がたくさん入ってきました。

鳥居:はい。席は全て埋まった感じです。エンジニア、デザイナ社長中心に若手のコミュニティが形成されてきています。20代が多いですが、中には10代も出入りしていたりします。

大柴:最後に10年後、「こうなっていたい」というイメージってありますか?

鳥居:EVで粛々とやっていると思います(笑)。最近は出資業務にも少し携わるようになってきました。でもまだまだこれからです。どんどん若い起業家に会って、成長のサポートをしていきたいと思います!あと個人的に最近宇宙ビジネスにも興味があるんです。その辺でも何かできたらなって思います(笑)。

大柴:今日はありがとうございました!

----------[AD]----------