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連載:隠れたキーマンを調べるお

連載:隠れたキーマンを調べるお

「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開

連載:隠れたキーマンを調べるおの話題

二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなるーー隠れたキーマンを調べるお・グッドパッチ松岡氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開 先日(6月30日)東証マザーズに上場を果たしたUI/UXデザイン領域の事業を手がけるグッドパッチ(Goodpatch)。創業から粛々と…

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グッドパッチ執行役員の松岡毅氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開

先日(6月30日)東証マザーズに上場を果たしたUI/UXデザイン領域の事業を手がけるグッドパッチ(Goodpatch)。創業から粛々と事業を拡大し、組織も大きくなっていきましたが、その過程で「組織崩壊」を経験し、そこから立て直しての上場ストーリーは多くの人の共感を生んだことでしょう。

今回は同社主力事業の執行役員である松岡毅氏をインタビューしました。松岡氏がグッドパッチに参画したのは「組織崩壊」真っ只中の2017年2月。松岡氏のこれまでのキャリアとともに、 グッドパッチの組織にどう向き合い、どのようにして立て直していったのか等のお話も伺いましたので、ぜひお読みいただければと思います!

「人と違うことがやりたい」、銀行内定を蹴って外資系コンサルへ

大柴:今日はよろしくお願いします。早速ですが、先日は上場、おめでとうございました!

松岡:ありがとうございます。

大柴:春くらいに土屋さん(グッドパッチ代表取締役社長の土屋尚史氏)に「御社の“隠れたキーマン”だれですか?良い人いませんか?」と聞いてたんですよ。「考えてみます!」って言われて数カ月経ちまして(笑。上場直前って知らなくて…それで、ようやく落ち着いたようで連絡もらいました

松岡:ありがとうございます。よろしくお願いします。

大柴:というわけで早速始めたいと思います。松岡さんは1973年生まれですかね?

松岡:そうです。土屋とちょうど10歳違います。

大柴:松岡さんのキャリアとしては、新卒で外資系コンサル企業に入られていますが、当時って「就職氷河期」と呼ばれるくらい就職が難しい時代、そして外資コンサルというのも就職先としてはあまり一般的ではなかったように思いますが

松岡:そうですね、一般的には就職は厳しかったと思います。ただ、自分は体育会で陸上ホッケーをやってまして、陸上ホッケー部のある某銀行の内定をもらっていたんです。でも「このまま就職するのは普通で嫌だな」という迷いもありました。

大柴:「普通」は嫌

松岡:そうです(笑。それで銀行の内定を蹴ってしまって、そこから再度就職活動したんですが、たまたまそこに外資系のコンサルティング会社があったという感じです。当時「コンサル会社」ってあまり知られていなくて、自分もあまり知らなかった。一般的じゃないし、面白そうかもと就職することに決めました。

大柴:「人と一緒は嫌」みたいな気質って小さい頃からだったんですか?

松岡:そうですね、成績は悪くなかったんですが、いわゆる優等生タイプとは違っていたと思います。レールの上を行くのが好きじゃないというか。父親がとても堅い人で「変わったことをやるようなのはダメなやつ」と言っていました。そういう父への反発もあったかもしれません。

大柴:なるほど。それでコンサルに入ったわけですが、どうでしたか?

松岡:それまでの甘い自分を叩き直されたような感じでした(笑。「人と違う」「レールに乗りたくない」なんて考えはどうしようもなく小さいことだったんだなと実感しました。世の中の厳しさを痛感しました。

大柴:一気に学生気分が抜けて、厳しいひとりの社会人になったわけですね

松岡:そうですね。研修も厳しくて。「段階制」なんですよ。研修のカリキュラムが段階制になっていて、一つずつクリアしないと先に進めない。一緒に入社した同期たちがどんどんクリアして先に進んでるのに、自分は全く進めない。国内研修をクリアすると今度はフロリダでの研修があるんですが、自分が渡米したのは9月でした。一番遅かった。

大柴:みんな一緒に研修して、みんな一緒に終わるという日本的なものではなく、いきなり個人の成果主義というか…。ちなみにどんな研修なんですか?

松岡:ロジカルシンキングを徹底的に身につける研修が多かったです。その他にはプログラミング。自分はコンピューターに触ったこともなかったので、それこそタイピングから(笑。あとは企業研究(リサーチ)ももちろんやりましたね。

大柴:それらの国内研修を終えてフロリダですか?英語って話せたんですか?

松岡:いやいや、全然話せません。辞書を片手に必死でした。そこでも3〜4カ月研修して、何とか終了したんですが、そこでなぜか「(ここに残って研修の)講師をやれ」って言われて、そのままアメリカに残ることになったんです。

大柴:え、なんでですかね?

松岡:いや、わからないですけど、世界中からやってくる新入社員の研修講師をやることになって。英語はヒアリングはまぁなんとなくできるようになってきたんですが、話せなくて、受講者とは筆談で会話しました。なんで講師に抜擢されたのかわからないんですよね…。

NAVER創業者から感じた経営者としての凄味

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大柴:その後、帰国してコンサル業務に

松岡:帰国後は情報システム部に配属されまして。社内のネットワーク構築とかそういう。「あれ、なんかやりたかったことと違うけど」と思ってしばらく過ごしてたんですが、他の部署の全く面識のない先輩から声がかかって、とあるプロジェクトにアサインされることになりました。今でも覚えてて、木曜日だったんですけど「来週から京都行ける?」って聞かれて、即答で「行けます!」って。

大柴:急なアサインですね(笑。京都ではどんな業務を?

松岡:データベースエンジニアのような業務を任されました。そのうち上流の、今で言う KPI を決めるような業務も行いました。数年がむしゃらに働いて出世もしていったんですが、会社を出ることにしました。「自分のやりたいこと」を考えたときに、ゲームなどのエンタメ業界で働きたいなって思ったんです。ファミコン世代なので、ゲーム業界への憧れがあった気がします。

大柴:僕ら世代、一度はゲーム会社で働きたいと思ったものです

松岡:それでゲーム会社に片っ端から履歴書を送ったんですけど、ことごとくダメで。全く取り合ってくれない。そんな折に唯一、孫泰蔵さんがやっていたゲーム会社の選考に通りまして、そこで働くことになったんです。給料は前職の半分、なんなら新卒の時の給料よりも安かった(笑。

大柴:外資コンサル、給料高そうですからね(笑。そのゲーム会社ではどんなことされてたんですか?

松岡:主に韓国のオンラインゲームを輸入して、日本向けにリリースするような仕事です。当時ウルティマが流行っていて、自分もプレイしてたんですけど、とにかく衝撃がすごかった。これは新しく生まれる産業だぞと。そして「もしかしたらオンラインゲームならば自分もゲームクリエイターになれるんじゃないか」と思ったんです。やはりゲームクリエイターは憧れですからね。

大柴:わかります

松岡:さらにステップアップしてみようと思い、NHN JAPANに転職しました。

大柴:松岡さんが入社されて数年後「LINE」が登場します

松岡:はい。LINEがリリースされてしばらくして森川さん(当時のNHN JAPAN代表取締役社長、現・C Channel代表取締役社長の森川亮氏)に呼ばれて「LINE 向けにゲーム作って」と指示を受けました。社内のクリエイターは長年オンラインゲームを扱ってきたんで、スマホ向けゲームはやりたがらなかったんです。それでやむをえず最近入社した中途採用のクリエイター3人と一緒に作りました。自分としてはスマホゲームやブラウザゲームをやりたかったんで良かったんですけどね。

大柴:一気にスマホ時代に突入する頃ですもんね

松岡:そうなんです。でもこれまで長年に渡ってPCメインのゲームをやってきた会社なんで、メンバーはやはりスマホゲームなどには抵抗感があったんですよ。NHN PlayArtとして再出発するに当たって執行役員になり「スタジオ」の一つを任されることになりました。作りたいゲームを自分の権限で作れるというのは夢でしたので嬉しかったんですが、一方で責任の重さも感じました。

大柴:執行役員になり、自分の「スタジオ」も持ちました。責任もそれに比例して大きく重くなります

松岡:そうですね。「新しいアプリゲームを作れ」というミッションがあったのですが、当時はPCやブラウザゲームしかやってなくて、収益もそこから得ていたんです。チームを存続させるには収益が絶対的に必要。でも会社からは「アプリだけやれ。他はやるな」と指示があって…。収支を保ちながら新規のアプリゲームに専念するというのは難しいオーダーだったんですけど、なんとか知恵を絞って成し遂げました。

大柴:すごい!

松岡:あの状況でアプリだけに絞るってのは、事業を任されてる身としては難しい判断だったんですが、会社として見た場合、その判断は正しかったなと思います。目の前のことより、将来の会社の利益を会社としては考えていて。「新しいことで成し遂げるには、古いものを捨てて、優先度が高い事業に集中しろ」「人と同じ考え方、同じスピードでは成し遂げられない」と教わりました。

大柴:確かに、その通りですね。その他に学んだことで思い出すことはありますか?

松岡:「人が見たこと、経験のないものを好き勝手作るのは簡単にできる。でも事業としてやるには収益が必要。事業として成り立たないものは意味がない」ということも学びましたね。今でも教訓として活かされています。

人生を賭けるものを模索していた時に出会った「デザイン思考」

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大柴:自分のチームを率いて、やりたかった仕事もできて、充実してたんじゃないですか?でもその後、NHNを離れますよね?そのあたりのいきさつを教えてください

松岡:チームの中では「自分が一番すごいゲームが作れる」という独りよがりな部分がありました。コンサル時代に叩き込まれた「ロジカルシンキング」はゲーム作りにも活かされていて、ロジックや数字からゲームを作っていました。それで一定の成功をおさめていた。自分のやり方に自信もあったし、正しいと思っていたんです。

大柴:なるほど

松岡:そんな時、チームにいた凄腕のエンジニア、イラストレーターたち数人がゲームの企画を作って持ってきたんです。正直すごく良くて、衝撃を受けました。それで彼らに「この部分をこれにした理由は?」みたいなことを聞いたんですが、「いや、それが良いかなと思って」という返答で。彼らはロジカルに理由を説明できなかった。でもすごい良いゲームに思えた。もしかしたら昔、自分が憧れていたゲームクリエイターもこうやって感覚で作っていたのかもなと思ったんですよ。これからはクリエイターを大事に、中心に据えたゲーム作りの時代になっていくのかもなと。

大柴:時代の変化を感じた?

松岡:そういう変化も起こるかもな、くらいですかね。でも転職の一つのきっかけにはなったかもしれません。これまで培ってきたゲーム作りの考え方、方程式を別の領域でも試せないのかな?と思って離れることにしました。1年半くらい模索をしてたんですが、そんな時に土屋と出会いました。土屋からグッドパッチが実践している「デザイン思考」についてプレゼンされた時「これだ!」と思ったんです。考え方が欧米のゲームスタジオの考え方と同じだったんです。ずっと探していた「これまでの経験を活かせる別の事業」が見つかった瞬間でした。

大柴:運命の出会い!

松岡:土屋と話しをして、デザインという事業を大きくしたいと思いました。一大産業にしたいと。ゲーム産業も昔は小さなものでした。でも今はとても大きい産業になってる。デザインという領域も同じように大きくなれるんじゃないかと思ったんです。自分はそれに40代を賭けよう、人生を賭けようと決めました。

二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなる

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大柴:松岡さんがグッドパッチに入社されたのが2017年2月。その頃って「組織崩壊」の時期ですよね

松岡:そうですね。入社前に土屋から「組織が崩壊している」といった話をされました。とても正直に事実を教えてくれました。

大柴:それを聞いてどうでしたか?

松岡:特に何も思わないというか、なんとでもなるなと感じました。入社前に土屋と何度も話をして、とても信頼できる人だなって感じましたし、彼と二人三脚でやればどんな問題でもなんとかなるって自信がありました。

大柴:当時の土屋さんってどんな印象でしたか?難しい問題に直面してたと思うんですが

松岡:そうですね、かなり辛そうに見えました。でも彼は逃げないって決めてたんです。逃げないって決めたので、あとはどういう手をどういう優先順位で打っていこうか。そういう状況だったと思います。辛そうではありましたが、真摯に向き合って、前進していこうという気持ちが見えました。

大柴:なるほど

松岡:入社前に土屋とミーティングした時に、メンバー一人一人の説明を受けたんです。一般的には定量的な評価で伝えると思うんですけど、その時土屋はメンバー一人一人を愛情溢れる言葉で紹介したんです。それぞれのバックグラウンドや「こういう夢を彼は持っている」といったことなどを丁寧に説明してくれました。とても素朴で優しく、正直な人だなって改めて感じました。それに、作り手に寄り添ってくれる人だなって。この説明で会社のことやチームメンバーのことをより深く理解することができました。

大柴:実際に入社した後のお話を聞かせてください。そうは言っても組織は崩壊してたと思うんですが、松岡さんはどうやって立ち直していったのでしょうか?

松岡:特に変わったことをしたわけじゃなく、「なるべく一緒に現場仕事をする」というのをしました。自分のチームだけでなく、隣のチームなどにも関わったりもしました。関わる人を増やし、一緒に働き、汗を流し、みんなのことを理解する。そこから始めました。一緒に現場仕事をするにしても、上から物を言うのではなく、聞かれたら答えるくらい。でも問題が起きてしまった案件は率先して自分が後の対応をしましたし、何があっても責任は自分が取る。そういう行動がチームの状況を上向かせたような気がしています。

大柴:なるほどです。ちょっと話が変わってしまうかもしれませんが、 Goodpatch Blog で「Design Div. ではマネージャーのみが予算達成の責任を負っている。デザイナーは売上や稼働率で評価しない」と書かれているのを読んだのですが

松岡:そうですね、はい。

大柴:僕もかつてデザイナーの評価に苦慮したことがあって、どうしても定量評価したいので、なんらかの数値(売上やユーザー数など)から定量目標を決めて評価してたんです。でもあまり上手くいかなかった思い出があって。グッドパッチではデザイナーにそういった定量目標を置いてないということなので、では何を軸に評価してるのか気になったんです

松岡:定量化できないものを定量化するのはナンセンスだなと昔から考えていて、普段からコミュニケーションが正しく行われていたら定量目標がなくても適切な評価はできると思っています。評価者と被評価者の 1 on 1で評価者は適切なフィードバックをする。 1 on 1で二人が信頼関係を築き、正しいコミュニケーションが取れていれば、最終的な評価の段階でもお互いに納得ある評価を出せると思います。普段から被評価者には「伝える力をつけろ」と、評価者には「見る力を養え」と伝えています。

大柴:なるほど。では、理想的な状態というのは、例えば評価が4だったとしたら、評価面談の際にお互いが何も言わなくても「4だよね」ってなる感じですかね

松岡:そうです。でもまだ理想には遠いので今後精度を上げていければと思っています。

上場、偉大なチーム

大柴:すみません、長くなってしまいました…。最後にバラバラと質問したいと思います。「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」とWebサイトにもありますが「ここが偉大なチームだな」って思うとこはどこですか?

松岡:そうですね、ビジョン、ミッションへの共感の高さですかね。すごいと思います。一人一人が語れると思います。

大柴:チームの課題ってありますか?

松岡:自分のチーム( Design Div. )であげると、このままいくと成功体験に固執して抜け出せない危険性があるなと強く感じています。やはり常に我々は変化し続けなければいけないので、過去の成功に固執しててはダメです。その辺が課題だと思います。

大柴:土屋さんについてもお聞きしたいと思います。最初に会った頃は「素朴、正直、素直」という印象だったと思いますが、上場に向けて、また上場して変化した部分ありますか?

松岡:基本的な部分は全く変わらず、昔も今も愛を持ってみんなと接し、苦しいことにも向き合い続ける人です。経営者としてはやっぱり成長してるなと感じます。自分が言うのもアレですが(笑。

大柴:ありがとうございます(笑。最後に、松岡さんにとって上場をどのように捉えていますか?

松岡:デザインを一大産業にしたい、メジャーな産業にしたいと思っているので、上場はマストであり、通過点だと考えています。この領域のトップランナーであり続けるためには上場して社会的責任を持っていかないといけないと思っています。誰もがデザイン、UI / UX と言えば真っ先にグッドパッチを想起するような存在になりたいですし、グッドパッチがいるからこそデザイン産業というのもがメジャーなものになった。そういう存在になりたいです。デザインの力を証明するために今後も突き進んでいきたいですね。

創業4年で年商20億、残高60万円からの逆襲劇ーー隠れたキーマンを調べるお・ZIZAI渡辺氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開 「隠れたキーマン」復活第一弾は、アミューズメント事業「スロパチステーション」、バーチャルライブ配信アプリ「IRIAM (イリアム)」、…

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ZIZAI代表取締役COOの渡辺稜太氏(撮影:大柴貴紀)

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開

「隠れたキーマン」復活第一弾は、アミューズメント事業「スロパチステーション」、バーチャルライブ配信アプリ「IRIAM (イリアム)」、VTuber事業を行うZIZAIの代表取締役COOの渡辺稜太氏を取り上げてみました。ZIZAIは代表取締役CEOの塚本大地氏と渡辺氏が大学生の時に創業し、それから4年で20億円以上の売上を誇るまでに急成長。しかもほぼ全て自己資本で経営してきた、他のスタートアップとは一線を画す異色の存在です。あまりメディアに出ることもないZIZAIの「隠れたキーマン」渡辺氏のインタビューを早速ご覧ください。

「光の92世代」COO

大柴:「隠れたキーマン」復活第一弾はZIZAIの渡辺さんです!今日はよろしくお願いします!

渡辺:取材ありがとうございます!よろしくお願いします!

大柴:ZIZAIさんの情報としては、キープレイヤーズの高野さんがインタビューした記事は読みました!

渡辺:ありがとうございます!みんなその記事を見てくれています(笑。

大柴:では、早速お話を伺っていきたいと思いますが、現在おいくつでしたっけ?

渡辺:1992年生まれで、今年28歳です。

大柴:その世代って一部では「光の92世代」とか言われてますね。dely堀江(裕介)くんとかたくさん優秀な起業家がいますよね。塚本さんも同じ1992年生まれ?

渡辺:いや、塚本は一個下の1993年です。彼とは大学の同級生ですが、僕は一浪してまして(笑。

大柴:なるほど。では、塚本さんとの出会いを教えていただけないでしょうか?

学校に行かずにビジネスに没頭の日々

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渡辺:はい。名古屋大学工学部に進学したのですが、塚本とは同じ学部学科だったんですよね。大学入学後すぐに出会いました。

大柴:塚本さんと距離が近くなったきっかけってあったんですか?

渡辺:恥ずかしながら、僕は入学後すぐにパチスロにどっぷりハマっていまして、塚本との距離が近くなったのは塚本に「パチスロの勝ち方」を教えてもらってからです。

大柴:なるほど、パチスロって稼げるんですね(笑。

渡辺:胡散臭いんですが、パチスロってちゃんとルールに基づいてやると長期では必ず勝つ方法があるんです。塚本はもともと稼ぐためだけにパチスロをやっていて、稼ぎ方を教えてくれて僕をパチスロ中毒から救ってくれました(笑。ただ、パチスロで稼ぐのも1年ほど経つと飽きてきて、もっと面白いことをやりたいなと思い、二人でインターネットでビジネスを始めました。その頃から大学には二人ともほとんど行っていません。

大柴:どんなビジネスですか?

渡辺:よくあるメディアだったり、「せどり(本の転売)」だったり。大学生っぽいビジネスでしたが、楽しかったです。それと同時にビジネスの難しさもわかりはじめました。何度もあやしい商材や大人に騙されそうになりました(笑。

大柴:なるほど。あ、でもこの時はまだ個人事業としてやってたんですよね。

渡辺:そうです。大学4年になった時に「そろそろ腰をすえてちゃんとやろう」と法人化することにしました。会社名はノリで「DUO」にしました。二人だからちょうどいいか、と。あと、塚本が英単語帳の「DUO3.0」を使ってたんで(笑。

大柴:なるほど(笑。でも二人だから「DUO」ってするくらい二人は仲良いんですね。

渡辺:お互いのビジネスに対しての価値観が根本的に似てると思います。商売に対しての考え方、ビジネスの軸みたいなものが似てる気がします。当時は週3でサウナに行っていたので、仲はいい方だと思います(笑。

大柴:そうですね(笑。

渡辺:また、性格面ではかなり真逆で塚本は攻めタイプで、一方で僕は守りタイプ。お互いの得意分野が違うので相性はいいんだと思います。

アミューズメント業界に飛び込んだ理由

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ZIZAIウェブサイトより

大柴:法人化した時の事業は、個人でやってたものですか?

渡辺:いや、そういうのは会社をつくった時に捨てて、ゼロから事業を考えました。自分たちが勝てる事業、領域をひたすら調べた結果、パチンコ業界だなという結論に至りました。パチンコ市場は非常に大きくて20兆円ほど市場規模があって、ユーザーも1000万人います。

大柴:確かにパチンコ業界って大きいですね。

渡辺:大学1年の頃からやっていたので知見はある。そして、若手プレイヤーがほとんどいなかったのでITをうまく使えばなんとかビジネスになるだろうと思いました。今思うと奇跡的な選択だなって思います。

大柴:なるほど。でもパチンコ領域って色々と結構厳しいイメージがあるのですが

渡辺:そうですね。怖い人はほとんどいませんが、やっぱり業界特有のノリや厳しさはあります。正直、業界に新規参入するのはかなり難しいと思います。「もう一回やれ」と言われてもやりたくないです。

大柴:やっぱりそうなんですね(笑。ちなみに最初はお金の工面はどうしたんですか?

渡辺:いろんな人のお力を借りて、JASDAQに上場している「プロトコーポレーション(中古車情報サイト『グー』などを運営する上場企業)」という会社の創業者の横山順弘さんにお会いできて、結果的には無利子で500万円ずつ塚本と僕に貸してくださりました。VCという言葉を知らなかった学生二人で1000万円個人で借入をするという今時聞かない資金調達です(笑。

大柴:確かにそんな資金調達、聞いたことない(笑。勢いのある若者に共感したのでしょうかね。

渡辺:自分の昔を思い出したのかもしれませんが、応援してもらえることになって助かりました。1,000万円もの大金をよくわからない大学生に、しかも無担保無利子で貸してもらえるなんて奇跡に近いですよね。

大柴:ほんとそうですね。

渡辺:はい。塚本は「100万円ずつすぐに返します!来月からでも!」と自信満々に横山さんに言ったんですが「それはよくない」横山さんは言うんです。「会社というのはすぐに結果はでない。資金はすぐになくなる。来月から100万円ずつ返すというのは現実的ではない」と。そして「約束は守れるものにしなさい」と諭してくれました。

大柴:すごい良い話…

渡辺:それで横山さんから「1年後から毎月5万円ずつ返して」と言われ、そうすることに決まりました。自己資本でここまでやってこれたのも横山さんのおかげです。感謝してもしきれないです。

大柴:今も返済中なんですか?会社も大きくなったし、一気に返済したとか?

渡辺:たしかに一括返済は可能なんですが、今でも毎月5万円ずつ返済しています。横山さん、毎月通帳を見るのが楽しみだと言ってたので、これからも毎月返済していこうと思ってます。

大柴:超良い話(笑。先日横山さんが来社されたと渡辺さんがツイートしてましたね。よく会社にはいらっしゃるんですか?

渡辺:年に一回くらいでしょうかね。新しいオフィス見て「でかくなったなー」って言っていただきました。とても評価もしてくださりますし、課題も教えていただけます。ありがたい存在です。

1000万円の借入が残高60万円となってからの逆襲劇

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大柴:資金も得たし、あとはやるだけですね。最初から順調だったんですか?

渡辺:いや、全然ダメで、1年経たずに銀行の残高が60万円まで減ってしまいました。最初に構想してた事業がダメで。次どうしようかと考えてる時にYouTubeの領域は良いんじゃないかという流れになり、一つのYouTubeチャンネルに着目しました。

大柴:ほうほう。

渡辺:個人の方が運営されてるパチンコ系のチャンネルで、塚本が運営者の方にコンタクトをとっていました。そのチャンネルを譲渡してもらって自分たちのコンテンツを載せるという提案をしに愛媛まで会いにいきました。そこで一晩寝ずに交渉した結果、根性負けして、僕らに15万人も登録者がいるチャンネルを託すという決断をしてくれました。

大柴:すごい交渉力ですね。

渡辺:その辺は塚本が得意な分野です。彼は、話す相手をファンにしてしまう才能があるんですよね。YouTubeチャンネルを僕らで運営することになって、これが転機となり、一気に事業が加速して、1期目から単月黒字も達成できるほどになりました。

大柴:それは凄い。でも、残高が少なくなってきたときに焦りとかそういう感情はなかったんですか?

渡辺:塚本も「何とかなるっしょ」みたいな感じだったので、そこまで焦りのようなものはなかったです(笑。

大柴:なるほど。トップがポジティブだと安心感でますよね。ところで現在は渋谷メインだと思いますが、どうして東京進出したんですか?

渡辺:名古屋はとてもいいところなんですが、最先端の情報や人は集まりにくいので新規事業をやるには東京だなと感じていました。なので2年目が終わるころに五反田にオフィスを構えました。

大柴:そういう経緯だったんですね。

渡辺:はい。東京に拠点を移してからVtuber「ミライアカリ」やバーチャルライブ配信アプリ「 IRIAM」も開始しました。毎年1つ新しい事業を生み出してることになります。

大柴:それって凄いことですよね。一つの事業をつくるのも大変なのに、いくつも立ち上げて成功するって凄いと思います。

渡辺:塚本が新しい事業をつくるのがとても得意でして。自分が会社の内側をみているうちに新しい事業を探して人も集めてくれて。僕も今後はそういった役割をやらないといけないと思っています。その後、事業も増えてきて、人も増えてきて、五反田から渋谷に移転しました。ただ、渋谷でもすぐに人が増えて、増床していった結果、渋谷だけで4拠点になってしまいました。コミュニケーションが難しく、会社としても統一感がなくなってきたので、ワンフロアでやりたいなって思ってたんです。

大柴:それで去年ここに移転したんですね。ワンフロアで結構広いですよね。

渡辺:そうなんですよ。ワンフロア400坪でみんな同じフロアで働ける。コミュニケーションが取りやすく、とてもいい状況になりました。やっぱり働く環境って大事だなと思いました。

大柴:あと、DUOからZIZAIに社名変更も去年したと思いますが、どういう思いからですか?

渡辺:DUOという社名も気に入っていたのですが、事業も会社も大きくなるにつれて「どんな事業をつくって、どんな会社にしたいのか、世の中にどんな価値を提供できるか」ということを考えるようになりました。そこでしっかりと会社の方向性を決めてメッセージ性のある社名にしたいと思い、ミッション・バリューと共にを変更しました。

大柴:そういうことだったんですね、実際変えてみてどうでしょうか?

渡辺:社名変更やミッション・バリューの策定は1年ほどかかって大変ではありましたが、実際にやってみてとてもよかったなと思っています。会社としての方向性やバリューを決めることによって組織として強まっていっている感覚があります。

組織への向き合いがミッション・バリューを決めたことでようやくできるようになりました。今後は組織から事業が生まれ、育っていくという事業と組織の両輪がしっかりワークする会社にできればと思っています。長期的な会社の成長は組織力だと最近はとても感じています。

同年代で意識している経営者は塚本だけ

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ZIZAIウェブサイトより

大柴:さて、渡辺さんから見て塚本さんってどういう人ですか?

渡辺:そうですね、やっぱりとても人的な魅力があるなって思います。人を惹きつける力や相手をファンにする力みたいなものは凄いなって思います。そして、誰よりも頑張ってるし、刺激を受けますよ。事業アイデアも豊富だし、誰よりも事業のことを理解してます。正直、CEOとして悪いところはないと思ってます。

大柴:完璧じゃないですか。

渡辺:でも、家の電気代を払い忘れたりカバンを持たないとか、パソコンを使わないなど、変わった部分もたくさんあります(笑。でもそういうところ含めて魅力的だし、やっぱりずっと一緒に会社をやっていきたいなって思う人物です。ちなみに最近はパソコンを使うようになりました(笑。

大柴:会社での役割分担のようなものは?

渡辺:塚本が攻めで、自分が守りっていうスタイルで最初はやっていました。でも最近は優秀な「守り」の人も入ってきてるので、自分も攻めに転じていかないとなって意識しています。

大柴:攻めに転じた渡辺さんの将来の構想は?

渡辺:個人的な夢というのはそこまでなくて、いわば会社と自分が一体化しているので、もっと大きくて影響力のある会社をこれからもつくっていきたいと思っています。事業的にはYouTubeを主軸にいろんな事業をやっていきたいです。YouTubeは生活のインフラになりつつあります。そこでニーズに合ったものを生み出していきたいです。また、既存事業ももっと大きくできる可能性があるのでそこは自分がやらないといけないです。

大柴:なるほど。ちなみに渡辺さんが同年代の経営者で意識している人っているんですか?

渡辺:意識している人はいないですね。学ばせてもらう方はとてもいますが。しいて挙げれば塚本ですかね。やっぱり彼から学ぶことが一番多いし、彼の成長に追いつけるように日々努力していきたいです。

大柴:塚本さんへの敬意が凄いですね。仲も良いんですね。

渡辺:一般的な「仲良い」かどうかはわからないですが、お互いが切磋琢磨して成長している状況で仲が良いっていう状態がいいなって思います。今はそういう状態かもしれません。現状、塚本以外に惚れている人はいません。

【最終回】隠れたキーマンを調べるお総集編(2)ーーLIPS松井さん、ミクシィ奥田氏、dely大竹氏など36名のキーマンを振り返る

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。(前編はこちら) 編集後記(大柴さんから):2014年春、僕がEast Venturesに加わったちょうどその頃、平野さんから「ナンバー2を訪問し…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。(前編はこちら)

編集後記(大柴さんから):2014年春、僕がEast Venturesに加わったちょうどその頃、平野さんから「ナンバー2を訪問して話を聞く『調べるお放浪記』みたいのをやりたい」と打診を受けて始まったのが『隠れたキーマン』シリーズです。「起業家を支える影の存在」にもスポットを当てたいという平野さんの想いと、僕のこれまでのキャリアが合致して生まれました。

僕はインタビューをした経験もないですし、それを記事化した経験もない状態でした。取材相手と会話をしながら、パソコンにメモを打ち込み、取材後にメモを見ながら記事にするという作業は結構大変で、後に「取材の時は録音し、それを聞きながら記事に起こしていくのが普通」ということを知ったのですが、結局その後もずっと録音無しのスタイルで連載を続けていました。

取材で気をつけたことは、とにかく相手の話を引き出すことです。記事の中で僕のコメントに「なるほど」が多いんですが、相槌により会話のリズムを作り、相手の面白い話を引き出すように努めました。読者の方は僕の話を読みたいわけではなく、取材相手の話を読みたいわけです。たまにイベントなどでベラベラとしゃべるモデレーターの方がいますが、そういう風にはなりたくないなと強く心がけていました。

取材対象者の選定も結構考えました。取材対象者の決め方は「僕がこの人だと確信してピンポイントでお願いするケース」と「起業家や広報などから依頼を受けて決めるケース」の2つがありました。前者はともかく、後者の方は慎重に対応しないとただのPRになってしまいます。実際「会社として◯◯を推していきたいので、このキラキラ経歴の◯◯を取り上げてください」的な依頼もありました。

そういう場合はお断りしたり「この人は本当に隠れたキーマンなのか?他に真の隠れたキーマンがいるのではないか?」などを調べ、こちらから「◯◯さんはちょっとNGですが、●●さんならば取材してみたいです」と提案したりすることもありましたね。この辺のやりとりから「真の隠れたキーマン」を見分ける力がついてきたように思います。

長い連載期間だったこともあり、『隠れたキーマン』の認知度はそこそこ高いようで、更新が滞ってしまった最近でも「隠れたキーマン、楽しみです」「隠れたキーマンにいつか出たいです!」などの声をいただくこともあります。

まだまだベンチャーの世界には「隠れたキーマン」はたくさんいらっしゃいますし、これからもそういった方々にスポットを当て続けたいと僕も平野さんも考えていますが、一旦ここで仕切り直ししようということになりました(また復活するかもしれませんが)。

協力していただいた取材対象者、企業、起業家の皆さんにはご迷惑もおかけした部分もありますが、最後に改めて感謝の意を述べさせていただきたいと思います。また、全編に渡って協力いただいた平野さんにも合わせてお礼を申し上げたいと思います。もちろん、読者の皆さまも長い間ありがとうございました!宴もたけなわではございますが、この辺で〜(取材・執筆担当:大柴貴紀/@takanori1976

隠れたキーマンを調べるお・Vol19〜36(後半・降順)

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大柴さんコメント:今最も勢いのあるスタートアップの一つ、AppBrewの松井さん。非常に澄んで真っ直ぐな瞳が記憶に残ってます。天才的なエンジニア起業家である深澤雄太さんとの役割分担がうまくできてるなぁと感じてます。まだ若いしこれからどのように進化していくのか楽しみですね。

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大柴さんコメント:メディアなどでも注目されている「若手起業家の旗手」堀江裕介氏を創業時から支え続ける大竹さんです。なかなかサービスが当たらない中で苦悩する姿、近くから見る堀江さんの姿を聞けたんじゃないかなと思います。これこそ理想の「隠れたキーマン」「共同創業者」像なんじゃなかろうかと。

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大柴さんコメント:ミクシィグループの知人に「ミクシィの隠れたキーマンって誰ですかね?」と話してた際に何人かあがってきた候補の一人が奥田さんでした。言ってしまうと「一番地味」な人ではあったんですが、カスタマーサポートという光の当たりにくいポジションでありながら、社内の人から「キーマン」と見られているのが気になって取材したのを覚えてます。経歴的にはアグレッシブな感じなんですが、人当たりや思想は非常に穏健だし、そしてユーザーのことを本当に真摯に考えているんだなぁと感じさせられたのを記憶してます。ちなみに当時は「隠れて」いましたが、現在は取締役になられたのをみるとやはり彼は「キーマン」でしたね。

【最終回】隠れたキーマンを調べるお総集編(1)ーークラウドワークス成田氏、メルカリ富島氏など36名のキーマンを振り返る

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。 編集後記(編集担当の平野から):2014年の春頃、何気ない会話から始まったこの連載も36回を数え、1年間休載していたこともあって最終回にすること…

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写真一番右:連載してくれた調べるおこと大柴貴紀氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。今回のまとめで最終回。

編集後記(編集担当の平野から):2014年の春頃、何気ない会話から始まったこの連載も36回を数え、1年間休載していたこともあって最終回にすることにしました。

当時から「インターネットのことを調べるお(通称:しらべるお)」というブログを書いてた大柴さんと、スタートアップ関連でなんか連載やりたいよね、どうせなら他にない自分たちだけの企画で、ということで1時間ほどお茶飲みながら出てきたアイデアがこの「影のキーマン」です。

大柴さん自身、経営を影で支える立場が長かったこともあって、こういった役割にフォーカスを当てることも大切なんじゃないか、記録として取っておくべきなんじゃないか、ということで気がつけば4年近く、実に36名もの「スーパーサブ」たちを取材することが叶いました。

ご協力いただいたみなさま、本当にありがとうございました。

こうやって記事を振り返ると、たった数年でみなさん急成長されていて、上場や準備中の方も多く、改めて大柴さんの目利き力には頭が下がるばかりです。これ、全部大柴さんが取材先を見つけてきてインタビューして写真撮って書いてくれました。私、載せる以外何もしてません(笑。

折角だし、もうちょっと続けて書籍にしたらどうかなとかいろいろ考えたこともあったんですが、しばらく間が空いたこともあるので一旦ここで中締めして、新作はしばらくお預けとさせて頂きます。

ということで、本稿は前後編に分けてこれまでの記事をまとめて、特に大柴さんの印象に残ったインタビューについてはコメントを貰ってますのでそちらと合わせてお送りします。

大柴さん、取材させて頂いたキーマンのみなさん、ご愛読いただいたみなさまどうもありがとうございました。(編集担当:平野武士/@kigoyama

隠れたキーマンを調べるお・Vol1〜18(前半・降順)

大柴さんコメント:まだメルカリリリースから1年経ってない頃のインタビューです。「とにかく猛烈な量の仕事をした」「責任感と仕事量には自信がある」など富島さん自身の創業時の様子、そして富島さんから語られる「知られざる山田進太郎像」がとても面白く、創業初年度の大晦日のエピソードがすごく印象深かった記事です。

大柴さんコメント:クラウドワークスの成田さんは取材当時、執行役員でしたが現在では取締役副社長 COOになられています。取材では「どんな仕事も猛烈にやった」「自分がまずは鬼のように実行していく」など、とにかく熱いメッセージが多く、尋常ならない気合いを感じたのを覚えています。その熱量がクラウドワークスの急成長の一端を担ったんだなぁと。

一方で、記事を読み返してみると「模索や不安」なども感じることができたりするので、若き経営者の自信と苦悩を感じられる良い取材だったなと改めて。

東大女子が世界8カ国を巡って開眼した「アプリ開発」の道ーー隠れたキーマンを調べるお・口コミコスメアプリLIPS松井さん

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編集部注: 「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 ティーン向けのコスメ口コミアプリ「LIPS」を運営する東大発スタートアップAppBrew。その共同創業者で「LIPS」の発案者でもある取締役の松井友里氏。アメリカで…

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AppBrew取締役の松井友里氏

編集部注: 「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

ティーン向けのコスメ口コミアプリ「LIPS」を運営する東大発スタートアップAppBrew。その共同創業者で「LIPS」の発案者でもある取締役の松井友里氏。アメリカで育ち、帰国して東大に入学。世界を巡ってスタートアップを取材するなど勢力的に活動し、AppBrewを共同創業。これまでの生い立ちや想いなどを伺ってきました。

大柴;本日はよろしくお願いします!ところで海外での生活が長かったとお聞きしましたが。

松井:アメリカのニューヨークにいたんです。7歳から18歳までいました。

大柴:アメリカでは日本人学校に通っていたのですか?

松井:いや、現地校です。

大柴:そうなんですね。じゃあ英語はもうバリバリ。

松井:妹ととは英語で会話していました。家族とは日本語です。

大柴:なるほど。アメリカでの生活はどのようなものでしたか?

松井:友達がそんなにいなかったんですよね(笑)。いわゆる「オタク」でした。アニメを見たり、ネットをしたり。pixivやニコニコ動画、あと「こえ部」ってサービスがあって。これらのサービスはかなり利用していました。

大柴:日本のネット好きと変わらない生活(笑)。

松井:そうですね。匿名でのやり取りが良かったのかもしれません。ネットにはそういう空間があって、心地良かったです。

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松井さんが発案した口コミコスメアプリLIPS

大柴:そんな生活を経て、日本に帰国し、大学に入るわけですが。なぜ東大を選ばれたのですか?

松井:当初は美術系に興味があって、美大を受けようかなって思っていました。ただいろいろと考えていくうちに「センス無いかも」って思ってきてしまって。自信が持てなかったし、食べていくのが大変そうだな…って思ってしまって。それで一般の大学にしようと思い、東大に入りました。

大柴:「東大に入りました」って簡単に言うけど、なかなか入れないっすよ(笑)。大学に入学してからのことをお聞きしたいです。

松井:はい。大学入ってすぐに勉強に飽きてしまったんですよ(笑)。それで夏にASHOKAでインターンをすることにしたんです。友達に誘われたのがきっかけなんですが。新しいことに挑戦したかったので、やってみることにしました。

大柴:ASHOKAというのは?

松井:ASHOKAは「世界最大のソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)のネットワーク」で、世界各地に拠点を持っている団体です。そこで「社会起業」っていうものがあるんだなって知り、興味を持ちました。

大柴:松井さんはその時に「解決したい社会課題」ってあったのですか?

松井:端的に言うとメンタルヘルス関連です。根本的に人間が病んでしまうことを解決するのは医学ではないのではないかという仮説を持っていて、それを実証解決する取り組みをしていきたいと考えていました。

大柴:現代においてメンタルヘルスの問題って数多く出てきてますし、ストレスチェックの義務化など企業においてもその取り組みが進み始めていますね。でも既存のものは僕自身も不満足というか、課題しかないなぁと感じています。

松井:そうですね。そこには課題があるなぁと悶々としてたんですが、そんな時にあるIT企業が主催する学生向けイベントに参加したんです。仲さん(ウォンテッドリー代表取締役CEOの仲暁子氏)が講演するというイベントで、友達が熱烈に仲さんのファンだったんです(笑)。でも彼女、そのイベントに参加できなくなってしまい、「私の代わりに仲さんにコレを渡して!」って手紙を預かったんです(笑)。

大柴:なんかすごい(笑)。

松井:私はその友達の代理でそのイベントに参加して、仲さんの話を聞いたんです。そうしたら、仲さん、めちゃくちゃカッコイイ!って私も感じてしまったんです(笑)。

大柴:仲さんって、なんかすごいオーラありますよね。カッコイイなって僕も初対面の時に思いました。で、手紙は?

松井:渡しました(笑)。友達から預かった手紙を渡した時に、仲さんから「君、意識高いの?うちでインターンやらない?」って誘って頂き、後日実際にメッセを頂きました。正直めちゃくちゃ嬉しかった(笑)。

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大柴:おー。それでインターンはされたんですか?

松井:はい。ウォンテッドリーでインターンすることになりました。

大柴:初めてのスタートアップ、どうでしたか?

松井:実際に入ってみて、今までやってきた事とはスケールの仕方やスピード感が全然違いました。圧倒されました。エンジニアの近くの部署だったんですが、エンジニアがまたすごくて。自分でもコードを書いてみたい!って思うようになりました。

大柴:ウォンテッドリーではどのくらい働かれたのですか?

松井:約1年くらいです。その後は妹と二人で「世界8ヵ国を巡って、各地のスタートアップを取材し、ブログを書く」という事をやりました。クラウドファンディングで資金を募って、80万円ほどの資金を調達しました。その資金で3ヶ月間、東南アジア、アメリカを巡りました。

大柴:すごい!実際に何社くらい取材されたのですか?

松井:70社ほどです。とても良い経験ができました。

大柴:なるほどー。そもそも何でその企画をやろうとしたんですか?

松井:ウォンテッドリーで社内ブログを書いていて、比較的好評だったというのもあるのですが、私はウォンテッドリーでスタートアップの素晴らしさを感じましたし、そういうスタートアップは世界中にたくさんあるので、それらの企業を得意な英語を活かして取材し、日本語で発信できたら、スタートアップを知らない日本の大学生などにも熱気を伝えることができるんじゃないかと考え、実行してみることにしました。

大柴:なるほど。面白いですね。8ヵ国を巡ったということですが、印象に残る国、都市はありますか?

松井:ジャカルタは「ここには住めそうだなぁ」と思いました。あとはイスラエル。イスラエルは良かったです。環境も気候も良かったです。

大柴:イスラエルはIT先進国として有名ですよね。ただ日本人にとっては少し危険な地域という印象もありますが。

松井:そうですね。実際にイスラエル人の起業家と話した時に「イスラエルでは起業家マインドを持つのは一般的なことで、それはなぜかというと、いつ死ぬかわからないからやりたいことをやろう、という気持ちからきている」と語っていて、とても印象深かったです。

大柴:なるほど…確かにそうですね。

松井:また、インドやインドネシアを訪問して「これはやっぱりスマホの時代だ」と感じ、自分でアプリを作れるようになりたいなと思ったんです。それで帰国後は知人が運営してたアプリの制作をお手伝いすることになり、そこでRailsエンジニアとして育ててもらいました。その頃に深澤(AppBrew代表取締役の 深澤雄太氏)から「抱えてる案件が忙しくて手が回らないので手伝って」と言われたんです。

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写真左:AppBrew代表取締役の 深澤雄太氏

大柴:深澤さんとは元々面識はあったのですか?

松井:そうですね。授業で会ったりはしていました。

大柴:最初の印象って?

松井:哲学の授業だったんですが、私の友達が彼と話をしていて。「きっと哲学オタクなんだろうな」って思ってたら理系で、プログラミングをやっていると聞いて、面白いなと。哲学も詳しかったんですが。

大柴:(笑)

松井:深澤はフリーランスとしてシステム開発を受託していて、そこで私も手伝うことになりました。

大柴:まだ会社では無かったんですね。

松井:はい。受託が一旦一段落した時に「自分達のサービスをやりたいよね」ってなって。気づいたら登記してて、気づいたら私も取締役になっていました(笑)。

大柴:その辺は深澤さんが全部?

松井:そうですね。基本は全部いつの間にかにやっていました。

大柴:AppBrewを立ち上げてからのお話を伺いたいんですが、現在のメイン事業である『LIPS』をリリースするまでにいくつかのプロダクトを世に出したそうですが?

松井:はい。何個も作ってリリースしました。すぐに閉じたものもあります。いろいろ試行錯誤をしている中で作ったのが『LIPS』です。元々私がTwitterやInstagramなどでコスメの情報を収集し、参考にしていました。既存のサービスや検索などではわからない「リアルな声」を反映したコスメサービスがあったら良いなぁと思っていて。それで作ろうってなったんですが、最初は社内でもあまり評価高くなくて(笑)。

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大柴:そうなんですね(笑)。

松井:でもニーズがある事はわかっていたので、そのまま開発を進め、今年1月にリリースしました。現在は40万ダウンロードくらいされています。本格的なプロモーションはこれからですね。

大柴:なるほどなるほど。プロダクトに関しては松井さん、開発に関しては深澤さんっていう役割分担だとは思うのですが、松井さんから見て深澤さんってどういう人ですか?

松井:技術力はもちろんの事、自分には持っていないたくさんのものを持っている人だなって思っています。技術力は知識が広く、深いんです。それだけじゃなく、営業もファイナンスもマーケティング戦略もできるのでオールラウンダーです。私は目の前の事で頭がいっぱいになるタイプで、目の前に現れた問題を都度解決していく感じ。その時に必要なことをその時に覚える。深澤はもう少し広い視点で今やることに落とし込む。そういうタイプです。

大柴:なるほど。良い役割分担ですね。これから会社も大きくなっていくと思いますが、どういう人達と一緒に会社を作っていきたいとお考えですか?

松井:数値に落とし込んで、数値で改善していく。自分のこだわりや先入観ではなく、数値で物事を語れる人達と一緒にやっていきたいと思っています。規模が大きくなればなるほどそういう考えが必要かなって思っています。

大柴:なるほど、確かにそうですね。松井さんの野望というか、今後の展望というか。どういうことをやっていきたいですか?

松井:そうですね、まずは『LIPS』をもっともっと成長させたいというのが当面の目標です。たくさんの人に使ってもらえるサービスにしていきたいです。生活の一部になるような、そんなサービスを作っていければと思っています。そのもっと先は…一個人にとって深い悩みを解決できるようなことができたら良いなと思っています。

大柴:良いですね!引き続き頑張ってください!今日はありがとうございました!

会社員でもゼロイチの経験はできるーー隠れたキーマンを調べるお・ウエディングパーク大竹氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 インターネット広告からメディア、ゲームと様々な事業を生み出してきたサイバーエージェント。数多くの子会社を持つ同社の中で最も老舗の部類に入るのが、式場探しの決め手が見つ…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

インターネット広告からメディア、ゲームと様々な事業を生み出してきたサイバーエージェント。数多くの子会社を持つ同社の中で最も老舗の部類に入るのが、式場探しの決め手が見つかるクチコミサイト「ウエディングパーク」です。

そのウエディングパークでアドテクノロジーを活用した広告商品を開発し、ウエディング業界に初めてアドテクノロジーを持ち込み、デジタルの活用をすすめるWed Tech推進室室長の大竹淳介氏にお話を伺ってきました。

大柴:今日はよろしくお願いします。サイバーエージェントグループの取材をしたかったので楽しみです。それにしてもめちゃくちゃガタイ良いですね(笑)。

大竹:だいたい初対面の人にはまずその話題を振られますね(笑)。

大柴:そうですよね、無視して通れないですよ(笑)。どうやってそんなに鍛えるのか?を聞いていっても良いんですが、時間も無いですし、その話はまた別の機会に(笑)。

大竹:はい(笑)。

大柴:大竹さんは大学卒業後に新卒でサイバーエージェント本体に入社されたんですか?

大竹:はい、そうです。2007年の新卒入社です。

大柴:インターネット業界に進みたかったのですか?

大竹:いや、そういうわけではなく、サイバーエージェントに入りたかったんです。当時、藤田社長(サイバーエージェント代表取締役の藤田晋氏)の活躍を見て若いうちから社長をやっていてカッコイイなって。20代のうちから実力を発揮でき、大きな仕事を任せてもらえるような会社なのではないかと感じたことが決め手でしたね。

大柴:なるほど。「社長」に興味があったんですかね。それじゃ起業など興味あったんですか?

大竹:そうですね。藤田社長も26歳で上場を経験していましたし、当時は「自分でもいけるんじゃないか」なんて簡単に思っていました(笑)。5年くらい働けばある程度実力もついているだろうし、その時は起業するかー、みたいな軽い気持ちで考えていました。

大柴:なるほどなるほど。そんな感じで入社されたわけですか。

大竹:はい。インターネット広告代理店部門に配属され、アカウントプランナーとして広告効果の最大化に向けて仕事をしていました。

大柴:新卒で入社されて、実際の会社ってどうでした?

大竹:「社会ってなかなか厳しいな」と(笑)。

大柴:(笑)

大竹:そんな厳しい中でなんとか頑張り、徐々に実力もついてきたという実感もあり、マネージャーや子会社の営業本部長なども任せてもらえるようになりました。さまざまな業種のクライアントともお取り引きさせてもらっていて、充実はしていました。


大柴:そんな中、2013年にサイバーエージェントグループのウエディングパークに「入社」されるわけですが、きっかけは何だったのですか?

大竹:29歳だったんですよ。これからの30代のことを考えたんですよね。論語の「三十にして立つ」じゃないですけど、インターネット広告についての知識やスキルはついてきた中で、これから自分がやるべきこと、やりたいことは何かを考えたんです。その中でウエディングパークと出会いました。ちょうどその頃に結婚をしまして「結婚っていいな」と実感してたのも大きいですね。

大柴:なるほど。

大竹:結婚って基本的に関わる人がみんな幸せですし、何より自分自身が本気で「いい」と思う領域に貢献することが自分がやるべきことなんじゃないかと思い、ウエディングパークに入りました。ウエディング業界は「おもてなし」の現場であり、実際の接客や結婚式を行うことがメインです。その特性もあり、デジタルの活用がまだまだ遅れていることを入社して目の当たりにしました。そこで、自分がこれまで経験したインターネット広告の知見をウエディング業界に持ち込んで、活性化させたいなって考えるようになりました。

大柴:なるほど。

大竹:入社一週間後に広告の新商品の企画提案をする合宿に参加して「ウエディング業界に適したアドテクノロジーを活用した広告商品」案を合宿で発表したんです。わりと自信もあったんですが、結果は最下位(笑)。

大柴:自信満々だったのに。

大竹:そうなんですよ。いきなり壁にぶちあたった感じです。でもその時に担当役員の作間から「大竹くんが良いと思ってるなら、諦めず提案し続ければいいよ」と言われたんです。そこから性懲りも無く毎四半期ごとの合宿で提案し続けたんです。そして1年後についにGOサインが出ました。

大柴:ついに!

大竹:はい。そこから各種契約や開発などあって半年後に正式リリースしました。ウエディングパークに移ってから1年半の2014年です。

大柴:その商品は好調だという話ですが。

大竹:おかげさまで好調で、会社の新たな収益の柱になりつつあります。

大柴:それはすごいですね。でもウエディング業界の方々にインターネット広告の商品などを説明するのって大変そうなのですが。

大竹:そうですね。今も継続して行っていますが、地道にクライアント向けの勉強会をやったり、全国に飛び回って説明したりしました。その結果クライアントの意識も徐々に変わっていきました。実際に広告効果を実感しだして、クライアントも「デジタルの活用って大事だな」っていう意識に変わっていったんです。

大柴:なるほど。

大竹:あと、何より社内の空気が変わったのが大きかったなと感じでいます。クライアントが効果を実感して、商品の価値が認められてきて、アドテクを活用したこの商品が会社に馴染んできて広告の売上が上がってきたときに、明らかに会社の空気が変わったんです。「これはイケるぞ!」って(笑)

大柴:ウエディングパークの社長の日紫喜(誠吾)さんはどんな方なんですか?

大竹:仙人のような方ですね(笑)。

大柴:仙人?

大竹:すごくまじめで誠実。ブレない信念がしっかりあって、経営者としての「道」みたいなのがあるんです。

大柴:なるほど。

大竹:日紫喜は2000年にサイバーエージェントにキーエンスから転職してきて、インターネット広告事業の営業局長としてバリバリやられていました。その後ウエディングパークの社長になられた方なので、自分がウエディングパークにきて最初に広告商品を提案した時も日紫喜は商品のことをよく理解していたと思うんです。でも安易にGOサインを出さなかった。

大柴:ほう。

大竹:会議で最下位を取ってしまったけど、僕自身は商品に自信もあった。だけどダメだと言われ、でもへこたれずにブラッシュアップを続けて、クライアントへのヒアリングなども続けた結果GOサインが出た。この粘り強く向き合った1年があったからこそ自分に覚悟が生まれました。日紫喜は最初の会議の時に僕の覚悟が足りないと感じたんだと思います。その覚悟が出るまでじっと静かに待っていたんじゃないかなと思うんですよね。

大柴:なるほど。

大竹:ウエディングパークは過去、業績が厳しく苦しい時期があったそうなんです。その時期を乗り越えた際に、苦しいときに一緒に頑張れる強い組織をつくるには、一体感と覚悟が必要だと感じ、そこで「ビジョン」と「経営理念」を制定したそうです。その「結婚を、もっと幸せにしよう」という経営理念をとても大切にしていて「道」から外れているようなことは指摘されます。厳かな雰囲気があるんですよね。そんなところを尊敬しています。

大柴:なるほどなるほど。では最後に大竹さんの今後についてお聞きできればと。起業の野望は?

大竹:今は無いですね(笑)。大人になって、起業自体は目的ではなく、一つの手段だと感じていますし、そんな簡単なものじゃないないとも思うので(笑)。ゼロからイチを産み出すのが起業家だとするならば、ウエディングパークでの新商品はゼロから作って、ひとつの事業にすることができました。起業することとは違うと思いますが、会社員でもゼロイチの経験はできると思います。ただ、経営者になりたいという気持ちはあります。ブライダルの周辺領域でやっていきたいとは思っていますので、その領域で21世紀を代表する経営者人材になりたいですね。

大柴:いろいろお話を伺うことができました。今日はありがとうございました!

「今辞めたら絶対後悔する」再起を支えた若きCTOの苦悩ーー隠れたキーマンを調べるお・クラシル運営delyの大竹氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 今年30億円の資金調達を行い、スタートアップ界で一際注目を集めるdely。delyが運営するレシピ動画「クラシル」はテレビCMなどの影響もあり、一般層への認知度も高ま…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

今年30億円の資金調達を行い、スタートアップ界で一際注目を集めるdely。delyが運営するレシピ動画「クラシル」はテレビCMなどの影響もあり、一般層への認知度も高まっています。そんな今一番勢いのあるdelyを代表の堀江裕介氏とともに創業した取締役CTOの大竹雅登氏。dely創業事業の撤退、その後の苦難、そして「クラシル」の成長などいろいろお伺いしてきました。

大柴:お久しぶりです。五反田のオフィスになって初めて来ました。最後にdelyのオフィスに行ったのは、去年の正月明けで、その時は渋谷のオフィスでしたね。

大竹:五反田には去年の夏に移転しました。去年の正月に大柴さんがいらっしゃった時はレシピ動画を始めたか始めないかの頃でした。

大柴:あぁそうなんですね!あの頃はいろいろと事業に悩んでるような感じもしましたが、それからは一気に盛り上がってますね。では、その辺のところは後ほど順番に聞いていきますので、今日はよろしくお願いします。

大竹:よろしくお願いします。

大柴:大竹さんはおいくつなんですか?

大竹:今年24歳になります。堀江(dely代表取締役)の一つ下になります。

大柴:そうなんですね。いやぁ、若いなぁ…。堀江さんとは最初どのようにして知り合ったのですか?

大竹:起業に興味のある人が集まってるFacebookグループがあって、そこにお互い参加してたんです。でもそこは人数も多くて、堀江とも特に話をすることもなく。

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大柴:なるほど。

大竹:ただ堀江のことは認識していました。慶應にホリエモン(堀江貴文氏)が講演にきたときに堀江が質問してて、それをブログに書いていたんです。「慶應のホリエモンがホリエモンに質問してみた」という記事で(笑)。

大柴:堀江さんらしいなぁ(笑)。

大竹:なので堀江のことは認識はしていたんですが、初めて話したのはFacebookのグループがきっかけです。メッセがきて「起業するんで、エンジニアを探してます。会いましょう」というような趣旨のメッセがきまして。その段階では一度も会ったことはないです(笑)。

大柴:なるほど(笑)。そして実際に会ったわけですね。

大竹:はい。綱島の上島珈琲で会いました。駅から店まで少し歩くのですが、「あのビジネスはダメだなー、俺だったら絶対こうするわ!」みたいなことを話してたのを覚えてます(笑)。変なやつだなぁと思いましたね。

大柴:(笑)

大竹:でも上島珈琲でちゃんと話したら、かなりしっかりと事業のことなどを考えていて、人間としてもとても信頼できる人だなと感じました。その時は「フードデリバリー」の事業について語ってくれました。

大柴:創業事業のアレですね。

大竹:はい。話を聞いてとても面白そうだと思いましたし、信頼できそうだったので一緒にやることに決めました。もうその場で決めた感じです。

大柴:なるほど。ところで大竹さんは起業には興味があったのですか?

大竹:そうですね。delyの前に一度起業しようと準備してたことがあります。結局それは頓挫してしまったのですが、興味はありました。2013年にシリコンバレーとインドを旅行して、どちらも起業文化がある国で、その光景を見て「自分でもやってみたい」という気持ちになりました。そして帰国してサービス作って、起業準備してたんです。でも結局解散しました。それが2013年末です。

大柴:なるほど。その直後に堀江さんから「一緒にやろう」という連絡があって、そして今がある。わからないものですね。そして堀江さんと一緒にdelyを始めたわけですが。

大竹:はい、最初は渋谷のEast Venturesのシェアオフィスを間借りしてました。

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大柴:そうですね。2014年3月にBASEと一緒にオフィスを借りて、一部をEast Venturesのシェアオフィスとして使用してました。そこの最初の入居企業の一つがdelyでしたね。

大竹:はい。こっちは開発がなかなか進まず、リリース予定の4月も過ぎて…。結構つらい時期でした。それにBASEさんとの空気の差がすごくて(笑)。BASEさんはもうすでにプロダクトもあって、それが伸びてて、人も増えて…。delyとの差を痛感してました。それにBASEさんは「bento.jp」ばかり注文してて(笑)。

大柴:(笑)。まぁとにかくあの頃のdelyはカオスだった印象がありますね(笑)。

大竹:そうですね。それでとにかく独立オフィスに行きたくて、サービスリリース後の8月に桜丘(渋谷)のオフィスに移転しました。

大柴:ダンボールに入れた荷物を自分達で歩いて運んでましたね(笑)。

大竹:そうですね(笑)。ようやく念願の独立オフィスに行ったのですが、その数カ月後にフードデリバリーの事業はクローズしました。一番大きかったのは収益モデルの実現が難しかったことです。その他にもいろいろ問題はありましたが、ようは最初の計画が甘かったんですね。

大柴:クローズにともなう混乱もあったと思いますが、そのあとメディア事業にピボットしますね。

大竹:はい。元々はフードデリバリー事業の集客のためのオウンドメディアを作ってたんです。それで事業がクローズしてしまったので、そのメディアがメイン事業になりました。当時キュレーションメディアなどメディア事業が盛り上がってたこともあり、自分達もそこに賭けました。

大柴:めちゃめちゃ記事を書いてましたよね。

大竹:はい(笑)。ただ元々のフードデリバリー事業と全然違う事業ですし、エキサイティングな成長というか事業の伸びは無くて。そんな中、人もどんどん辞めていきました。大柴さんがいらっしゃった2016年1月くらいが一番人が少なかったかもしれません。

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大柴:確かに「人が少なくなったかな」とは思いましたね、あの時。

大竹:2015年は低迷期でした。打開策を見つけるために堀江はいろんな人に会いまくってました。面白い話を聞いて、それを元に「こういうサービスやろう」とか「こういう風にしていこう」とか言うんです。社員も「昨日と言ってることが違う」とかそういう声が上がったりしてて。

大柴:「あるある」ですね。

大竹:創業の時に一回注目を浴びたじゃないですか。メディアにも取り上げられて、知名度が最初から高かった。それが一気に落ちて。一回上がった分、下がった時に「落ち目」感がすごいというか。キツかったですね、2015年は。

大柴:わかります。

大竹:自分もその状況を打開することができず、ふがいない気持ちでした。辞めたいと伝えたこともありました。でも堀江は「今辞めたら絶対後悔する。最後までやりきろう」と言って強く引き止めてくれました。社員が次々と辞めて本人も辛かったと思いますが、彼がぶれなかったのでもう少し頑張ろうと思いました。

大柴:なるほど。

大竹:ちょうどその頃に入った柴田(dely執行役員)が「一緒にやりましょう」とか「もう一回頑張りましょう」とか言うんです。彼は2015年の闇の時代にいなかったので、とにかく明るいんです(笑)。まぁいろいろ考えてとりあえず2016年3月まで頑張ろうと決めました。3月まで頑張って辞めようと。最後に一踏ん張りしようと。

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大柴:そしてそのタイミングでレシピ動画がブレイクしたわけですね。

大竹:試しに動画作ってSNSに上げてみたらびっくりするくらい伸びまして。いままで体験したことのない数字の伸びで、ほんと信じられないくらいでした。びっくりしました。すぐに3月になり、月末に堀江と二人で飲みに行きました。そんなに会話は無かったです。堀江が「続けるっしょ」と言うので「うん」と返すくらい(笑)。

大柴:堀江さんと最初に会った綱島では「変なやつ」「でも信頼できる」という印象だったという話ですが、一緒に働き始めてから変化しましたか?

大竹:一緒にやってからはさらに「すごいな」って感じました。プロダクトの無い段階でファイナンス決めたり、営業したり。行動力と推進力はすごいなと感じました。最初はそういう勢いみたいの「だけ」だったんですが、今では何ていうかプロフェッショナル感が増したというか、リスクも考えた上で戦略的に攻める勝負師になりましたね。クラシル事業を初めてからは特にです。気合いは昔からあったけど、それ以外の部分も成長したように思えます。一貫して言えるのは超ポジティブですね。

大柴:大竹さんと堀江さんはケンカとかしないんですか?(笑)

大竹:イラっとするときもありました(笑)。でも失望したことは一度も無いし、信頼しています。堀江がビジネス面、自分がプロダクト面を見てて、そこの役割分担はしっかりしています。完全に任せてくれています。

大柴:なるほど。良い関係性ですね。大竹さんはこの先どういうことをやっていきたいですか?

大竹:この会社ででかいことをしたいですね。大きな規模で社会にいい影響を与えられる存在になりたい。企業価値で言えば千億、兆を超えるくらいの規模で。個人的には「使ったときに衝撃を受けるようなプロダクト」を作りたいです。自分がプログラミングを始めるきっかけになったのが、高校生の時に発売されたiPhone4なんです。iPhone4を見てもの凄い衝撃を受けたんです。ハード、ソフト問わず、あの衝撃に勝るようなプロダクトを作っていきたい。クラシルがそのようなものになるように、まずは全力で頑張っていきたいですね。自分がいなくても生きる、残っていくプロダクトを作っていきたいです。

大柴:なるほど、頑張ってください!今日はありがとうございました。

編集部より情報開示:今回取材頂いたdelyは大柴氏がフェローを務めるEast Venturesの出資先でもあります。こちら情報開示としてお知らせいたします

上場企業内定を蹴って「自分と社長の二人しかいない会社へ」ーー隠れたキーマンを調べるお・Bizcast石井氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 子供の「なりたい職業」でも上位にくるようになったYouTuber。そのYouTuberの活動をサポートするプラットフォーム『BitStar』を運営するBizcastに…

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Bizcastの石井貴幸氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

子供の「なりたい職業」でも上位にくるようになったYouTuber。そのYouTuberの活動をサポートするプラットフォーム『BitStar』を運営するBizcastに正社員第一号として参画し、代表の渡邉拓氏と事業を作り上げ、現在はインフルエンサーチームを統括する石井貴幸氏にお話を聞いてきました。入社当時は社長しかいなく、事業もピボットを模索しているタイミングで入社した話など、リアルなスタートアップの光景をいろいろとお伺いできました。

大柴:ご無沙汰してます。最近オフィス移転されたそうで。ついこの間までEast Venturesのシェアオフィスにいたような気がしますが、好調そうで何よりです。今日はよろしくお願いします。(※編集部から情報開示:インタビュアーの大柴氏がフェローとして参加するEast VenturesはBizcastの株主でもあります)

石井:よろしくお願いします。私がBizcastに参画したときは渋谷のEVオフィスでしたね。このオフィスは2カ月前に移転しました。

大柴:シェアオフィス出てから3カ所目ですね。成長を感じます。石井さんがBizcastに入ったのっていつですか?

石井:2015年2月です。当時卒業を控えた大学生でまずはインターンとして入りました。大学時代は英語部の活動に没頭してて、いわゆるスタートアップの世界とは無縁の生活を送っていました。でもずっといつかは起業したいなとは思ってて。

就職活動はほとんどしていなかったんですが、友人の紹介でインターネット広告代理店に内定はもらっていました。その会社には紹介制度みたいのがあって、それを利用して内定をもらったんです。ただ内定も決まったけど自分は起業をしたいし、事業の立ち上げや会社の成長を経験したくて。それでそういうことができそうなスタートアップを経験してみたいなと思い、友達を介してイベントや飲み会に顔を出すようにしました。結構当時の自分はいろいろと迷って悩んでいました。そんな中で友達が渡邉を紹介してくれたんです。

大柴:そういう流れだったんですね。

石井:友達と普通に道玄坂のケンタッキーで食事をしながら話をしてたんです。その中で彼がBizcastを手伝ってるという話になり、ケンタッキー向かいのオフィスにいた渡邉を呼んでくれたんです。

大柴:なるほど。

石井:ジャージにTシャツで、髪もボサボサな渡邉がやってきて(笑)。

大柴:あの頃は渡邉さん、いつもそんな格好でしたね(笑)。

石井:はい。第一印象は「暗そうだな」と感じたんですが、自分がイメージする「スタートアップ」と同じだったので、特に違和感などは感じませんでした。ちょうど現在の主力事業である「bitstar」の構想を渡邉が話してくれて、とても魅力的な事業構想だったのでBizcastでインターンをすることにしました。

大柴:動画メディア事業からのピボットのタイミングですね。

石井:はい。YouTuber事業の構想はあってもそれ以外何もないので、渡邉と二人で立ち上げを頑張りました。シェアオフィスだったので電話がしにくくて、オフィスの端っこにある謎の個室(物置)にこもって電話したりしてました。物置だけあって空気が悪くて(笑)。あとはケンタッキーでもよく仕事してましたね(笑)。

大柴:あれ、内定先はどうしたんですか?

石井:Bizcastで毎日朝から晩まで働いているうちに「ここでやっていこう」という気持ちになり、内定先に辞退を申し出ました。担当の役員の方から「やりたいことが見つかって良かったな!」と応援してもらえて嬉しかったです。その会社を紹介してくれた友達からも応援してもらえて良かったです。でも親にはこの事実を言ってなくて…。

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大柴:そうなんだ。

石井:内定もらってた会社は上場企業なので、親も喜んでたんですが、いきなり「自分と社長の二人しかいない会社に行く」とは言えなくて(笑)。

大柴:まぁわかります。僕らが昔上場目指してた時の理由の一つに「親に言えるようになる」というのがありました(笑)。

石井:入社4日目の朝、寝ぼけて「○○(内定もらってた会社)は辞めたよ」って言っちゃって。その日は遅刻しました(笑)。

大柴:(笑)

石井:まぁ全然理解してくれたんですけどね。やっぱり驚いたみたいで。

大柴:なるほど。

石井:そこからは一層仕事に向き合いました。夏くらいまでシェアオフィスにいたんですが、その頃が一番キツかったです。よくわからない市場だったので手探りで。手当たり次第アポ取って、クライアント開拓をしました。シェアオフィスを出たあたりから「伸びてる感」を感じるようになりました。高揚感というかワクワク感というか。

大柴:最初のオフィス移転の頃ってそういうのありますよね。

石井:その頃に徐々に人が入ってきました。ずっと二人だったけど、エンジニアが入ったり、同じ歳の人が入ったり。前からたまに手伝ってくれてた原田(直)さん(現Bizcast取締役)が正式に参画してくれるって知った時はビックリしました。その後に山下(雄太)さん(現Bizcast取締役)も入ってきて。

大柴:原田さんは大企業、山下さんはメガベンチャーからの参画なわけで、人員がそろってきた感ありますね。

石井:はい。シェアオフィスの頃は「このままウチの会社は人が増えないんじゃないか?」と思ったこともありました。シェアオフィスで向かいの席にいたCandle(後にCROOZが買収)やGoroo(後にユナイテッドが買収)がガンガン人員が増えていってて。それを見ながら多少の不安と焦りはありました。でもようやく自分たちも人員がそろってきましたし、その他にも実績ある人がたくさん入社しました。

大柴:ちょっと聞きたいんですが、どんどん上司というか、上に人が入ってきたじゃないですか。そういうのってどう思いました?

石井:いや、特にネガティブな気持ちはなかったです。むしろ実績のある人から学べる機会が増えるのでプラスでした。仕事で成果を出すだけなので。

大柴:なるほど。ありがとうございます。初の独立オフィスから一年経たずにまた移転しましたね。

石井:はい。去年の春くらいですかね。今のオフィスの向かい側あたりに移転しました。その頃くらいですかね。自分の仕事に手応えを感じ始めたんです。その頃はいろんなジャンルのクライアントを持っていたのですが、ゲームジャンルにしぼりました。他のジャンルはメンバーに任せて、自分はゲームジャンルで勝負をかけました。結果、企画も提案も全部できるようになりましたし、おそらく売上も社内で1番になったと思います。

大柴:おぉ、すごい。

石井:ある程度ゲームのチームもできたので、今は別の部門を見ています。ゲームもそうだったのですが、今の部門も元々は渡邉が担当してた部門だったんです。でも渡邉にはもっと社長としての仕事に専念してもらいたいなと思ってるので、どんどん仕事を引継いでいっています。

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大柴:ではいったんここで社長の渡邉さんについて聞いてみようかと。まぁ最初に会った時は「髪ボサボサでジャージ姿で暗い人」って感じだったじゃないですか(笑)。

石井:そうですね、身なりでいうと、最近良い服を着るようになりましたね(笑)。意識してるのかもしれません。社長感が出てきたように思います。渡邉を一言で言うと「ストイック」ですかね。めちゃめちゃ働くんです。現場の細かいこともやっていた。でも最近は先ほどお話したように、だいぶ僕らに引継いだので、最近は社長業をやり始めています。他の取締役も「取締役感」が出てきたように見えます。

大柴:徐々にステージが上がってる感じですね。原田さん、山下さんはどんな方ですか?

石井:原田は渡邉とすごく仲が良く、ムードメーカー的な存在です。一番難しいポジションだと思うのですが、最近急に頼りがいが出てきた気がします。山下は元々オーラがありましたね。困ったときに頼りになる存在です。

大柴:なるほどなるほど。では最後に石井さんの今後の抱負などを。

石井:そうですね。元々起業をしたいと思ってたし、それに近い経験をしているなと思います。誰もがやったことがないことをやったり、毎日チャレンジしています。会社もまだまだ道半ばですし、これからも事業を伸ばしていきたいと思っています。

大柴:なるほど。

石井:あとは、みんなが楽しく過ごせて、チャレンジできる会社にもっとしていきたいです。人生において仕事をしている時間ってとても長いじゃないですか。長い時間やるならば楽しくないと辛いし、そういう働きやすい環境を作っていきたいですね。仕事以外でも楽しく過ごすことにおいて今携わってる「エンタメ」領域ってとても重要だと思うんです。生きる活力になると思う。なので演じる側のやりたいことを実現してあげて、より良い「エンタメ」を作っていきたいなと思います。

大柴:子供の「将来なりたい職業」の上位にYoutuberがあがる時代ですからね。今日はありがとうございました。頑張ってください!

 

挫折を乗り越え、年商150億円の「SHOPLIST」が生まれるまでーー隠れたキーマンを調べるお・クルーズ張本氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 主力のゲーム事業を譲渡して、力強い成長を見せているEC事業に経営集中する事を発表したクルーズ。そのEC事業の主力サービスである「SHOPLIST」を生み出し、4年で年…

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クルーズ取締役の張本貴雄氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

主力のゲーム事業を譲渡して、力強い成長を見せているEC事業に経営集中する事を発表したクルーズ。そのEC事業の主力サービスである「SHOPLIST」を生み出し、4年で年商150億円規模に成長させてきた同社取締役の張本貴雄氏にインタビューしてきました。クルーズ代表取締役社長の小渕宏二氏との「カッコイイ」エピソードも。

大柴:初めまして。今日はよろしくお願いします。ついこないだも自分のブログにクルーズのこと書いたばかりで気になっていたので、今日はいろいろお伺いさせてもらえればと思います!

張本:よろしくお願いします。

大柴:先日「選択と集中」を発表し、クルーズの主軸となった SHOPLIST を張本さんは管掌なさっていますが、現在おいくつなんですか?

張本:32歳です。2007年に新卒でクルーズに入社しました。

大柴:新卒入社なんですね。

張本:自分は実は他の会社から内定を貰ってたのですが、たまたまお手伝いしていた説明会で小渕の情熱的な講演を聴いて凄いカッコいいなと。「この人と働きたい!」って思って、内定貰ってた会社を辞退をしてクルーズに入社することに決めました。

大柴:それほど衝撃的だったんですね。

張本:はい。それで2007年4月に新卒入社しました。上場直後の頃で140人くらいの社員がいました。当時はカッコいい人と働きたいというのと誰よりも稼ぎたいというのがモチベーションだったので、とにかくバリバリ働いて成果出して小渕に認められて、というのを目指して仕事に没頭してましたね。

大柴:最初はどんな仕事についたのですか?

張本:入社当時のクルーズはモバイル事業と人材事業をやっていて、非常に勢いがありました。そんな中、入社して早速モバイル事業に関連した新規事業の営業マンとしてがむしゃらにやっていました。その新規事業自体は3カ月で撤退してしまったんですけどね(笑。

大柴:あら。

張本:その後はアライアンス営業やメディア事業などの部署を経験しました。でも自分としては事業は何でもよかったんです。当時は事業内容に対してモチベーションがあったわけではないので。

大柴:なるほど。

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Image:Crooz blog

張本:その頃 CROOZblog などにも携わりました。社会人になって1年が過ぎ、2年目になる時にマネージャーに昇格したんです。初めて自分の部署を持つことになり CROOZblog のユーザーをターゲットに当時流行りだしていたバズマーケティング事業をやりました。ひとつのことを全て自分でやる中で、初めて事業というものを経験して学びが多かったですね。

大柴:事業の調子はどうだったんですか?

張本:すぐに月数百万円の売上を作ることができたんです。売上がたったのはもちろん CROOZblog があったからですし、もともと広告事業もやっていたんで既存のクライアントさんに営業かけたりもしてたので。

大柴:誰よりも稼げました?

張本:評価してもらえましたね(笑。チャンスを掴んで、それをものにできた気がしました。

大柴:その事業はさらに拡大したんですか?

張本:バズマーケティングをやる中でせっかく700万人のユーザー資産があるのならば、自分達で商品を売った方がいいなという考えになってきて CROOZblog を媒体にコスメ通販サイトを立ち上げたんです。それなりに売上は出て、利益も少ないですが出ていたんですが、このままでは伸びが止まるって感じたんです。それでリソースの半分をコスメからファッションに振ったところ、ファッションが想定以上に伸びたんで、コスメを辞めてファッションに絞りました。

大柴:なるほどなるほど。

張本:そして2010年、24歳の時に取締役に抜擢されました。でも自分としては辛い時期でしたね。そもそもBS/PLの見方もちゃんとはわからなかったし、取締役になったけど正直この頃はまだお客様や事業、仲間というよりは小渕の方を見て仕事をしていた気がします。

大柴:でも凄いことですよ。

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張本:考え方もスキルも全然未熟だったんですよね。経営合宿があって何かの議論があった時に小渕は各役員に「○○はどう思う?」って意見を求めるんです。でも「張本どう思う?」って聞かないんです。

小渕も、僕が本質が見えていないことにおそらく気づいていたんだと思います。今考えてみればあれは小渕なりの教育だったんでしょうけど、当時は「何で僕に意見を聞いてくれないんだ?」って思いましたね。結局1年で取締役は降ろされて、執行役員になりました。

大柴:そうなんですね。

張本:何で自分が取締役になれたのか正直わかってなかったんですよね。取締役を降ろされた後、1カ月くらい悩んでました。小渕とも会話を全くしなかったです。

大柴:悩んだ期間が終わったのはなぜですか?

張本:吹っ切れたというか、やっと気づけたというか。これまでは「小渕のために」働いていたんですが、「会社のために」働こうと思ったんです。

大柴:なるほど。

張本:2011年からはユーザー資産を最大限に活かしたコマース事業を目指し、既存事業をモール化しました。数百社クライアントも集めることができたし順調ではあったんですが、実際に運営してみてこのままやっても売上のキャップが見えるなと思い、9カ月でモールを止めることになりました。

でもモール事業をやったことによって色々な通販事業の仕組みがわかったこともあり、そのノウハウを活かして2012年、新卒6年目の時に SHOPLIST をスタートさせました。これまでの反省や経験を活かし、時代のニーズに合致したこともあってか、出だしからいい数字が出てくれて4年で約150億という規模になりました。

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Image : SHOPLIST

大柴:凄い。

張本:マインドチェンジがあったことにより、見える世界が圧倒的に広がりました。ユーザーやクライアントさんのことを常に最優先にし事業を推進した結果、それまでよりも大きな成果を出せるようになりました。取締役を降ろされた時は悔しかったですが、結果としてその経験がバネになって成長に繋がったんじゃないかなぁと思います。

大柴:そして2014年、3年ぶりに取締役に復帰されましたが、どういった経緯で復帰されたんですか?

張本:業績的な結果も出始めていたので、正直「(取締役に)声がかかるんじゃないか?」とは期待してました(笑。ただ復帰の話が進んでいたことは全く知らなかったです。
忘れもしない2014年の3月、チームの仲間とみんなで飲んでいたところに小渕が突然やってきたんです。そして小渕が「張本、おかえり」って一言。泣きましたね。

大柴:いい話…しかもカッコイイ…。二度目の取締役ですが、どうですか?

張本:一回目の時は「取締役!カッコイイ!」くらいにしか思ってなかったのですが、今回は「役割」を強く認識していて、今回こそはしっかりと全うしようと考えています。新規事業など新しい種を蒔いて SHOPLIST とのシナジーを最大化させていきたいと思います。

大柴:なるほど。小渕さんにようやく認められたと思うんですが、小渕さんって張本さんから見て、どんな人ですか?最初に衝撃を受けた時と何か変化などありますか?

張本:最初に会った時と基本的には何も変わってないですね。まぁ以前よりかバランスがよくなった部分はあるかもしれません。ただ情熱的だし、誠実だし、当たり前のことを当たり前にやるし、周囲に気を使うし、変わってないですね。

大柴:ライバル視とかしたりするんですか?

張本:いや、それはないですね(笑。ああいう男になれたらいいなとは思いますが。

大柴:最後に張本さんの今後の夢などを。

張本:そうですね。世の中のインフラになるようなものを作りたいですね。永続的に伸びるような普遍的なサービス。そういうのを作っていきたいです。

大柴:なるほど、今日はありがとうございました!

人と違っても受け入れられる社会を作りたいーー隠れたキーマンを調べるお・22歳の大学生執行役員「JEEK」露木氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 国内トップクラスのインターン採用サービス『JEEK』を運営するTechouse社の執行役員に就任した露木修斗氏。現在はまだ大学在学中の22歳という若さながら JEEK…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

国内トップクラスのインターン採用サービス『JEEK』を運営するTechouse社の執行役員に就任した露木修斗氏。現在はまだ大学在学中の22歳という若さながら JEEK の責任者に抜擢された露木氏に今回はインタビューしてみました。

大柴:先日Techouseの執行役員に就任したと発表がありましたが、露木さんはまだ大学生なんですよね?卒業できそうですか(笑)。

露木:はい、大丈夫です(笑)。休学してたこともあり、来年の秋に卒業予定です。

大柴:露木さんは現在22歳。Techouseでインターンを始めたのはいつからなんですか?

露木:2013年5月です。まだTechouseが田町のマンションで営業していた頃です。

大柴:結構初期からなんですね。それからずっとTechouseにいらっしゃるんですか?

露木:いや、いろんな会社でインターンしたり、留学したりと。Techouseに復帰したのは今年の9月なんです。

大柴:ついこの前じゃないですか(笑)。まぁその辺は後ほど伺うとして、まずはTechouseでインターンを始めるきっかけから聞いていければと。高校時代から起業やスタートアップに興味があったのですか?

露木:高校時代はずっと音楽をやっていたんです。自分達でイベント企画したりして、結構大人数を集客したり。ただ自分の音楽の才能の限界を感じてたんですね。音楽やエンタメには携わっていきたいなと思ってたのですが、自分が一番輝けるのはマネージャーやプロデューサーのような、影からクリエイターを支えるような仕事なんじゃないかなと思うようになりました。

大柴:なるほど。

露木:そんな時に同級生の友達が「大学に行ったら一緒にインターンをしよう」と言い出したんです。彼はスタートアップなどに興味あって。それで自分としても「いろんな経験をしてみよう」と大学入学後にインターンをすることに決めました。

大柴:なるほど。

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露木:「インターン」と検索したらTechouseが上位にあったので面談をすることになったんです。その友達と一緒に行ったんですが、二人とも落ちたんですよ。ていうかそもそもTechouse自体がインターンを募集していなかったんで(笑)。

大柴:(笑)

露木:Techouseはインターン採用してなかったのですが、いくつかの企業を紹介されて、インターンの面接に行きました。ただ結果は全滅。まぁ当時の自分はITにも疎かったですし、経験もスキルも無い。落ちるのもしょうがないなと気持ちを切替えて、留学に向けた勉強を始めました。

大柴:留学に興味があったのですか?

露木:はい。大学にいるうちに留学はしたいなと思ってました。それで留学の勉強をしてたらTechouseの人から連絡があったんです。「ウチでインターンやらないか。もう一度面接をしよう。」と。

大柴:なるほど。

露木:その時は学校にいたんですが、その人は「今すぐ来い」って言うんですよ(笑)。しょうがないので学校のあった多摩から田町に急いで向かいました。

大柴:結構距離ありますね(笑)。

露木:はい(笑)。それで面接をして、磯辺さん(Techouse代表取締役社長)的には「渋い」評価だったようなのですが、合格しましてTechouseでインターンをすることになりました。

大柴:最初はどんな仕事をしたんですか?

露木:大学に行って『JEEK』のビラを配ったりしていました。デスクワークは何もできなくて。ビラ配りや営業同行したりしていましたが、いつも磯辺さんに怒られていました…。けど本当に当時自分は何もできなくて。自分でそれを認識もしていて、すごく悔しかったんです。

大柴:悔しさをバネに、みたいな。

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露木:そうですね。それに自分の小中学校の同級生に芸能界やスポーツ界などで活躍する人がいたんです。彼らと比べて「自分もいつかは!」と。そのためには今は悔しくても頑張るしかないと思って。

大柴:なるほど。怒られながらも仕事を頑張って続けていって、何か手応えというか、状況が変わってきたのはいつくらいなのですか?

露木:9月くらいですかね。インターンを始めて4ヶ月くらい経った頃でしょうか。磯辺さんが学生と面談するのに同席してたんです。インターン希望の学生と話して、彼らの能力や適正などを把握して最適な企業を紹介する。学生との面談は『JEEK』にとって重要な業務なのですが、ふと「これは自分に向いてる。自分にもできるんじゃないか?」と思ったんですよ。営業やIT的な業務は苦手ですが、これは自分の力を発揮できそうだと。それで磯辺さんに「自分にこの業務をやらせてください」とお願いしたんです。

大柴:それで任されるようになったと。

露木:はい。自分で言うのも何ですが上手くできたんです。それで磯辺さんにも認めてもらえるようになって、12月には『JEEK』全般を任されるようになりました。

大柴:メイン事業を任されたんですね。すごい。

露木:当時『JEEK』にはある課題があって、それを解決する施策を早速打ちました。その結果それまでの4倍の成果が出るようになったんです。

大柴:へぇ、それは凄い。短期間で結果を出すのは素晴らしいですね。

露木:ようやく磯辺さんにも認めてもらえたなぁと実感してきたし、施策の結果に満足してしまった部分もあり、なんか「一段落」した感じに自分がなってしまったんです。そこでふと最初にやりたかったことを思い返してみたんです。「あぁ、自分は音楽やエンタメ領域をやりたかったんだった」と。それで思い切ってTechouseを辞めてnana musicでインターンすることにしました。

大柴:成果が出てきて、周囲にも認められるようになったタイミングで思い切りましたね。

露木:はい。音楽領域はずっとやりたかったことですし、『nana』を盛り上げるとっておきの企画も持っていたんです。

大柴:ほう。

露木:その企画を提案したら「やろう」ということになったんです。企画は大成功で、サービスの認知も飛躍的に向上したんじゃないかと思ってます。そこでちょっと満足してしまったんですよね、また。

大柴:満足しちゃったのかぁ(笑)。

露木:はい。次にどうしようかなと考えた結果「めちゃくちゃ伸びてる注目のスタートアップに行こう」と思ってGunosyに行くことにしました。Gunosyでは半年ほどインターンをさせてもらいました。新卒採用の企画などを中心にやっていました。

大柴:Gunosyはどうでしたか?

露木:めちゃくちゃ勉強になりました。急成長している会社というのはこういうものなのかを実感することもできましたし、得るものが多かったです。あと、みんなすごく優しいんですよ。みんなが声をかけてくれるし、ご飯などもみんなでよく行きましたし、コミュニケーションが円滑な組織でした。この一体感が成長に繋がってるんだなぁと思いました。

大柴:なるほど。半年のGunosyでのインターンを終えた後は?

露木:留学しました。フィラデルフィアに半年。その前にリクルートでサマーインターンをしたんです。Gunosyにいる時ですね。リクルートのサマーインターンではチームにわかれてビジネスプランを練ってコンテストするってのがあるんですが、それで優勝してしまったんです。

大柴:おぉ凄い。

露木:優勝すると賞品というかご褒美というか、シリコンバレーツアーをさせてくれるんです。フィラデルフィアにいる間にそのツアーがあって参加したんですが、もう凄い衝撃で。フィラデルフィアにいてもしょうがないなと感じてすぐに帰国しました。

大柴:シリコンバレーの何が衝撃的だったんですか?

露木:そこにいる人が圧倒的に優れてるんです。本質的だし、ドラスティックに行動でき、かつウェットな部分もあったりして。コミュニケーション能力も圧倒的だし、尖った能力を尊重する空気など全てが衝撃的すぎました。

大柴:なるほど。それで帰国して。

露木:帰国してエウレカでインターンをしました。エウレカの赤坂さん(エウレカ取締役顧問)にはとてもかわいがってもらい、よくご飯にも連れてってもらいました。その席でシリコンバレーでの衝撃や自分の想いなどを話してみたところ「だったら起業しなよ。すぐに起業しなよ」とアドバイスをもらいました。

大柴:ふむふむ。

露木:赤坂さんからのアドバイスを受けて自分なりに考えてみたんです。人と違っても受け入れられる社会を作りたいなと思ってて、その考えのもとで起業するとなると『JEEK』っぽいサービスを作りそうだなって思ったんです。自分が成長するきっかけをくれたのは『JEEK』であり、今自分が起業して『JEEK』っぽいものを作るのは恩義に反するなぁと。それにもし仮にゼロからサービス作ったとしても『JEEK』規模にするには時間がかかる。ユーザーにいち早く価値を提供していきたいので、それだったら『JEEK』をもう一度やろう、やらせてもらおう、という決断に至りました。

大柴:なるほど。そういう経緯だったんですね。

露木:それで磯辺さんに相談した結果「やってみなよ」となり、復帰することになりました。磯辺さんは主力事業でも思い切って任せてくれる。「任せ力」が凄いなと思います。

大柴:なるほど。

露木:『JEEK』はインターンだけでなく、もっと広い価値を提供できると思っています。これからはそこに注力して『JEEK』を成長させていければと思っています。

大柴:これまでいろんな会社でインターンしたり、界隈の人達とコミュニケーションをとってきたと思いますが、「こういう人みたいになりたいな」という人はいましたか?

露木:そうですね…赤坂さんや古俣さん(ピクスタ代表取締役社長)は人と向き合って話すのが上手いなぁと思いました。自分も学生やスタッフなどとちゃんと向き合って話していきたいなと思います。あと須田さん(弁護士ドットコム監査役など)みたいにスタートアップを手助けしたり、下の世代にアドバイスしたりできるような人間になりたいなと思います。そのためにはまずは自分が結果を出していかないとダメなので、まずは頑張っていきます。

大柴:なるほど。ありがとうございました。これからも頑張ってください!