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連載:隠れたキーマンを調べるお

連載:隠れたキーマンを調べるお

「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。シーズン2として2020年に再開

連載:隠れたキーマンを調べるおの話題

技術の力でもう一段上のコミュニティ創りへーー隠れたキーマンを調べるお・KDDIグループ入りした「ママリ」島田氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 先日KDDI傘下のSyn.ホールディングスの連結子会社となったことを発表したConnehito。生活応援サイト「ママリ」等を運営する同社を創業以来、代表の大湯俊介氏と…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

先日KDDI傘下のSyn.ホールディングスの連結子会社となったことを発表したConnehito。生活応援サイト「ママリ」等を運営する同社を創業以来、代表の大湯俊介氏と二人三脚で成長させてきた「隠れたキーマン」取締役CTOの島田達朗氏にお話を伺ってきました。

大柴:昨日の発表(※編集部注:6月16日)ビックリしました。全然知らなくて「明日行くじゃん!」って一人で盛り上がってました。その話は後ほど聞くとして、今日はよろしくお願いします。

島田:お願いします。「調べるお」ずっと見てたので嬉しいです。

大柴:ありがとうございます(笑)。島田さんは今おいくつなんですか?

島田:27歳です。今年28歳になります。大湯と同じ歳です。

大柴:そうなんですね。大学も同じ?

島田:はい。でも学部も違うし、面識も無かったんです。

大柴:へぇ、そうなんですね。ではどこで大湯さんと出会ったんですか?

島田:共通の友人がいまして、その友人に「面白い人がいたら紹介して」って言っていたんです。大湯も同じことをその友人に頼んでいたようで、それで会うことに。

connehitoがサービス運営するママリ

大柴:なるほど。で、会ってみてどうでした?

島田:変な奴だなって(笑)。大湯は大学卒業をずらしてアメリカに留学してたんです。アメリカに留学して、そこでインターンしてたと言うんです。相当意識高い奴だなぁって(笑)。

大柴:(笑)

島田:でも興味深い人だなって思って、その後も定期的に会って話したりしました。面白いし、何より真面目。自分も真面目な方だと思うのですが、その辺でも「合う」気がしました。良いディスカッションできる相手だなって感じました。

大柴:それで「一緒に起業しよう!」みたいな感じに?

島田:そうですね。大湯は「新しいチャレンジをしたい」と思ってた時期で、自分は「事業の立ち上げをしたい」って思って。前に事業をゼロから作った経験があったので、もう一度やりたいなって。

大柴:経験があったのですか?

島田:はい。大学3年くらいの時にSansanで1年間インターンしてたんです。その時に『eight』を作ったんです。社長のアイデアを元に3人で。自分は資料作成したり、テストコード書いたり。8card.netというドメインは自分が取得しました(笑)。

大柴:そうなんですか!へー、知らなかった。

島田:プログラムを本格的に始めたのはその頃です。「とりあえず動く」ものを作るところから始めました。大湯と会社を始めるにあたっても大湯はプログラム書けなかったので「自分がやるしかないな」と。

写真左から:16日にKDDIグループ入りを発表した島田氏と大湯氏

大柴:その後の会社の紆余曲折、事業転換からの『ママリ』の成長、そしてKDDIグループ入り。その辺についてはBRIDGEの記事を見てもらうとして、ここでは割愛しましょう。ところでオフィスは移転されるんですか?

島田:いや、このままですね。「人の生活になくてはならないものをつくる」というミッションの下、これまで以上にサービスを良くしていく。これまでもこれからも変わりはありません。昨日大湯から社内に今回の件の発表があったとき、発表あった瞬間は拍手とかあって盛り上がったんですが、直後にはいつもの風景が広がっていました。通常の業務をみんなが粛々とやっている光景。

大柴:いいですね、そういうの。

島田:きっとKDDIもそういうとこを期待してると思います。僕達プロダクトが好きなので。

大柴:きっとそうだと思います。ところで島田さんのプロダクトを創るモチベーションってどんなところから湧いてくるんですか?

島田:子供の頃、「何で」をずっと聞いていたんです。ある日、先生が「自分で調べてみなさい」って言うので、図鑑などを調べてみたり。図書館にもよく行きました。でも図書館が家から少し遠くて。そんな時に兄の希望で家にパソコンがやってきたんです。ダイアルアップで接続されたインターネットの世界。検索窓に「何で」を打ち込むとすぐに回答が出てくる。「これは凄い!」と感動しました。

大柴:なるほど。世界が一気に広がったわけですね。

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島田:自分はインターネットのおかげで成長できたと思うし、今度は自分達がインターネットを使って多くの人達に感動を届けたいと思ってます。そのためにこれからもプロダクトを磨いていきたいと考えてます。

大柴:島田さんはCTOとして技術を、大湯さんがビジネスを、といった感じの分担ですか?

島田:ざっくり言うとそんな感じです。でも最近は大湯が外部とのやりとりが増えてきているので、自分が社内のコミュニケーションを担ってる部分が多くなっています。大湯が手が回っていない部分を見るのが自分の役目かなと。

大柴:なるほど。

島田:僕、全従業員の日報にコメントをしてるんです。イベントで地方に出かけた時もかかさず毎日やっています。日報読んでるとその人の変化を感じることができるんです。良い変化も悪い変化も。そこを見逃さないように日報に目を通し、コメントするようにしています。

大柴:僕も昔日報にコメントしてた時期もあったんですが、自分の部門だけでも結構大変だったんですが、全従業員の日報にコメントするって凄いですね。

島田:コーディングも重要ですが、こういう役割も重要だと思ってます。

大柴:なんか社内から反響あります?

島田:そうですね。ウチでは「THANKS CARD」というのがあって、小さなことでも嬉しかったことなどをカードに書いて投稿する取り組みがあるんですが、そこでたまに「いつもコメント有難うございます!」と感謝の言葉をもらったりします。やっぱり嬉しいですね。

大柴:良い制度ですね。この制度もそうだし、日報にコメントしたりと社風を表してる感じがしますね。最後に今後の展望などを。

島田:そうですね。今後はテクノロジーでコミュニティをもっと居心地の良い場所にしたいと思っています。

大柴:ほう。それは具体的に言うとどういうことですか?

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島田:うちは『ママリQ』という コミュニティQ&Aサービスを運営してるのですが、その中でユーザーが出会うコンテンツをシステムで工夫してるんですね。例えば、同じ妊婦さんでも、初めて妊娠された妊婦さんと既に2人子育てを経験された妊婦さんでは求めるコンテンツが違うじゃないですか。

大柴:なるほど。確かに全然違いますね。

島田:そうなんです。ユーザーとコンテンツの適切なマッチングが行われれば、 ユーザーがもっと楽しく使ってくれるので、今後はさらにそこに注力したいですね。自分は自然言語処理や機械学習が好きで、大学でもそれを学んでたんです。技術の力で、今よりももう一段階上のコミュニティ創りをしたいですね。

大柴:なるほどー。では今後は自然言語処理に詳しいエンジニアも募集していくんですかね?

島田:そうですね。もちろん自然言語処理に詳しい方はウェルカムなのですが、それに加えてサービスを創ることが好きな方だと嬉しいですね。欲を言えばですが(笑)。

大柴:なるほど(笑)。今日はありがとうございました!

名古屋からもチャレンジが増えて欲しいーー隠れたキーマンを調べるお・クラウド請求「Misoca」奥村氏

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 周囲のスタートアップでの利用も多いクラウド請求管理サービス「Misoca」。その「Misoca」を運営している名古屋のスタートアップがMisocaです。今年会計ソフト…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

周囲のスタートアップでの利用も多いクラウド請求管理サービス「Misoca」。その「Misoca」を運営している名古屋のスタートアップがMisocaです。今年会計ソフト大手の弥生の子会社化になったというニュースがあり、話題になりました。そんなMisoca社でM&Aの窓口などを担当した執行役員の奥村健太氏にお話を伺ってきました。

大柴:名古屋までやって参りました。今日はMisoca執行役員の奥村さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

奥村:よろしくお願いします。

大柴:いきなりですが、先日Misocaは弥生の子会社となりました。そこからまずはお聞きしたいなと。

奥村:はい。去年2015年夏くらいから資金調達をしようと動きだしていました。RISING EXPOに出たりしたのもその一貫です。

大柴:RISING EXPO、見に行ってました。賞貰ってましたよね。

奥村:「Google賞」と「SMBC日興証券賞」を受賞しました。そんなこともありいくつかのお話をいただいたりしてました。資金調達だけでなく、資本提携や場合によってはM&Aなど幅広い選択肢を持とうと思っていました。そんな中、サービス連携をしていた弥生とも話をしてたんです。最初は普通に業界についての情報交換という感じで話していました。その頃から互いの目指す方向性が似ているなとは感じていました。

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大柴:なるほど。

奥村:いくつかの資金調達の話も進めるうちに、弥生とのやりとりも、単なるサービス連携の打ち合わせから、資本提携やM&Aなども見据えた話になっていました。

そこで、社内で話しあったんです。自分たちはどうしたいのかを。そこでやはり自分たちは「Misocaというプロダクトを伸ばしたい」「ミッションを実現したい」という気持ちが強いことを改めて認識しました。弥生の岡本(浩一郎)社長とも話して、自分たちのミッションと弥生のミッションが合致することを改めて感じ、また自分たちの弱みを弥生と組むことによって解決し、Misocaをもっともっと早く広めることができるのではないかと思いました。それで今回の決断をするに至ったというわけです。

大柴:なるほど。奥村さんはMisoca側の窓口としてもろもろの交渉をされた感じですかね。

奥村:そうですね。それが一番良いのではないかと思い、引受けて調整しました。

大柴:奥村さんはいつMisocaに入られたのですか?

奥村:2014年です。その前は名古屋の会計事務所で働いていました。京都大学時代にベンチャーみたいのをやってたんです。休学して真剣にやっていたのですが、このままでも上手くいかないなぁと感じ、大学卒業後はいろいろな仕事にチャレンジしました。27歳の時に名古屋に戻り、会計事務所に入りました。

大柴:会計事務所に入った理由は何かあるのでしょうか?

奥村:ベンチャービジネスにはずっと興味あったのですが、自分自身の力不足を感じることもあり、バックオフィス業務を中心に会社運営全般に関して網羅的に勉強しようと。あとは中小企業をたくさん見てみたいという願いもあり、その2点で会計事務所を選びました。

大柴:なるほど。何年くらいそこにはいらしたのですか?

奥村:3年くらいです。Misoca創業者の豊吉(隆一郎氏、代表取締役)と松本(哲氏、取締役)に最初に会ったのは会計事務所にいた時なんです。もう4年前くらいだと思います。

大柴:そうなんですね!

奥村:Misocaをリリースした直後くらいだったと思うのですが、2人がいろんな会計事務所にヒアリングに回っていたんです。たまたま当時働いていた事務所にもヒアリングに2人がやってきて。最初自分は出席する予定ではなかったのですが、なんか面白そうなので同席したんです。

大柴:(笑

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奥村:彼らからサービスを見せてもらって「幅広い経理業務の一部だけが便利になっても、利用者はそれほど嬉しくないですよ」とかなり辛辣な意見を言ったみたいなんですよ。自分はあまり覚えてないのですが、彼らは「すごく酷評されたので印象に残ってる」と言ってました(笑。

大柴:豊吉さんも松本さんも相当ヘコんだんでしょうね(笑。

奥村:そうですね…。それから2年くらい経ってそろそろ自分も何か新たなチャレンジをしようと思い始めてました。その頃Misocaは最初の資金調達を終えていて、サービスを伸ばしていっていました。名古屋にスタートアップは少ないし、久しぶりに話を聞きたいなと思ってたら、ちょうど人員募集してたので会いに行ってみたんです。

大柴:なるほど。Misocaのお二人としては「あの時の!」って思ったかもしれませんね。

奥村:そうですね(笑。まぁそれで豊吉とも話してみて、ビジョンがしっかりしてるなぁと感じました。何のために取り組んでいるのかや、仕事と人生のバランスなど共感できることが多かったんです。経営者としての懐がかなり深いことを実感しました。松本とのバランスもすごく良くて。それでMisocaで一緒にやることに決めました。

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クラウド請求書サービス「MISOCA」

大柴:その時は何人くらいのチームだったのですか?

奥村:チームとしては5、6人くらいでしたね。フルタイムの社員としては事実上1人目みたいな感じでした。自分以外は全員エンジニアで、雑談もほとんどが技術の話。たまにみんなで笑ってるんですけど、自分には何が面白いのかわからない。そんな状況でした。実際入社時には「奥村さんもプログラミングをやって欲しい」って言われてました。

大柴:そうなんですね。

奥村:はい。僕も工学部でしたのでプログラムの基本的なことは知っていましたが、開発に関わること以外の業務も増えていきそうでしたので、そっちを豊吉などから巻き取っていきました。バックオフィス的な業務は全て担当しました。途中で社名変更もあったので、そのあたりとかも。意外と社名変更に関するタスクって多いんですよね。

大柴:そうですよね。

奥村:あとは電話ですね。豊吉も松本も他のメンバーも基本的に電話が苦手で。なので自然と電話担当になりました。電話するだけで尊敬してもらえるので得な職場だなと思いました。

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大柴:わかります。僕も電話嫌です(笑。少し話を変えて豊吉さん、松本さんという二人の創業者についてお伺いさせてください。入社時の話をお伺いしましたが、豊吉さんの印象って入社後に変わったところとかありますか?

奥村:今も全く変わらないですね。ビジョンを信じてやり続ける。それは変わりません。人生における仕事の位置づけと言いますか、そういう部分が非常に共感できます。印象が変わった部分というか、先ほどお話したRISING EXPOの時ですが、出場すると決まってからの豊吉はめちゃくちゃプレゼンの練習をしていました。そして壇上でプレゼンする豊吉を見て「さすがだな」って思いました。基本的に外とのコミュニケーションは苦手だと本人も言ってはいますが、やるときはやるんですよね。その点で期待を裏切られたことはないです。

大柴:なるほど。松本さんは?

奥村:彼もやはりブレない人ですね。豊吉とのコンビは絶妙だと思います。意見はもちろん言いますが、最後は豊吉の意見を尊重する。物事を前に進めることを重視してるんですよね。そういう関係性です。豊吉と松本がMisoca起業前から名古屋でエンジニア向けの勉強会などをやっていたおかげで、初期の採用は上手くいきました。松本は今でもいろんな勉強会を企画して運営してるので、引き続き信頼してお任せしています。

大柴:なるほど。ありがとうございます。では最後に奥村さんの今後の展開をお聞かせください。

奥村:M&Aを終えて一息ついた感も正直あったのですが、やっぱりMisocaはまだまだ不完全でやることは多い。経理作業の現場レベルでもっと使いやすいサービスに変えていきたいし、弥生とのシナジーを活かしてもっとサービスを広めていき、ビジョンを達成できるように頑張っていきたいです。

大柴:道半ばですね。

奥村:はい。そうですね。あとは名古屋にUターンで戻ってきたし、名古屋で腰を据えて頑張りたいです。名古屋で生まれたアイデアを名古屋で実現し、世の中に影響を与えるようなサービスを作り出す。それができるような環境を作っていきたいです。名古屋はスタートアップが少ないと言われていますが、豊吉や松本、僕にも出来たので、名古屋でももっと多くのチャレンジが増えてくるといいですね。

大柴:なるほど。いろいろお話伺えました。ありがとうございました!

 

起業するなんて考えたこともない人生でした(笑)ーー隠れたキーマンを調べるお・エウレカ西川さんインタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 マッチングアプリ「pairs」、カップル専用アプリ「Couples」などで知られるエウレカ。昨年にはニューヨークを拠点とするIAC(Inter Active Corp…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

マッチングアプリ「pairs」、カップル専用アプリ「Couples」などで知られるエウレカ。昨年にはニューヨークを拠点とするIAC(Inter Active Corp)にM&Aされたというニュースはとても話題になりました。そんなエウレカを代表の赤坂優氏とともに創業より牽引してきた共同創業者で取締役の西川順さんにインタビューしました。

大柴:昨年末の「No.2サミット」というイベントを見に行きまして、そこに西川さんが登壇されていて。不勉強でそれまで西川さんの事をあまり存じ上げてなかったのですが、そこでの西川さんのお話を聞いていて「すげー」って衝撃を受け、ぜひ「隠れたキーマン」でもお話を伺いたいなと思い、今日に至りました。よろしくお願いします。

西川:ありがとうございます、よろしくお願いします。

大柴:プロフィールを拝見させていただいたのですが、西川さんは以前取材記者をされていたと。元プロの方なので、今日は若干緊張しております・・・。

西川:いや、もうだいぶ昔なんで。大丈夫ですよ(笑)。

大柴:それではまずは、記者をされていた頃のお話を伺えればと。

西川:はい。大学の頃は「何かを発信する仕事」をしたいと思っていて、安易ですが書籍の編集やライターに興味を持ち、その中でテレビ誌の取材記者の仕事につきました。テレビや芸能人に興味があった訳ではないんですが、「モノや人を取材して、書く」ということのトレーニングにはちょうど良いなと。

大柴:なるほど。

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西川:基本的にテレビ局内やスタジオでの取材が多かったんですが、ロケに同行して取材することもありましたね。

大柴:ロケにも行かれたんですね。

西川:はい、ロケが押して寒空の下、外で3時間待ちとかもありました(笑)。しばらくその仕事をしていたのですが、当時インターネット業界が盛り上がり始めていて、この業界面白そうだな、と感じてネット業界に転職しました。2000年くらいの話ですね。

大柴:どんな会社に入られたのですか?

西川:英語圏のカルチャーや英語学習のポータルサイトを運営している会社です。外資系でとても厳しく、仕事ができないとクビになってしまうんです。周りの人達もどんどんクビになっていったんですが、私は運良く残ることができました。めちゃくちゃ忙しくて、厳しかったのですが、その分鍛えられました。その会社ではサイトのプロデューサーというポジションだったんですが、デザインもコーディングも、取材も記事執筆も編集も企画も、はたまた採用や社員教育まで、本当に何でもやりました。

大柴:なるほど。

西川:3年半くらい勤めて、そろそろ英語業界以外をターゲットにしたサービスもプロデュースしたい、と思いまして、その会社を卒業することにしました。英語業界って狭いので、もっと広い視野を持ちたかったんです。

大柴:次はどちらの会社に行かれたのですか?

西川:オールアバウトです。その後サイバーエージェントに転職しました。サイバーではポイントサイトのプロデューサーをしていました。

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大柴:あの頃のサイバーのポイント事業ってグラスシティにオフィスあった頃ですかね?

西川:あ、そうですそうです。懐かしいですね!

大柴:そしてサイバーの後がイマージュ・ネットですかね。

西川:はい、そうです。これまでメディア事業、広告事業、ポイント事業とやってきて、結構いろんな事業を知ることができました。ただECはまだやったことないなって思ってて。当時ZOZOTOWNが伸び始めてきた頃で、ネットで物を売る、というのに単純に興味が湧いて。そんな時に当時のイマージュ・ネットの社長に会い、その場でオファーをもらいまして転職することに決めました。

大柴:なるほど。

西川:あ、そうだ。この時か、その前の転職の際か忘れたんですが、ミクシィも受けて、落ちたんですよ。で、去年、ミクシィの笠原(ミクシィ取締役会長)さんに、赤坂と一緒にお会いする機会があり、この話をしたら、赤坂も「実は僕も新卒でミクシィ受けたけど落ちた」って言い出して(笑)。偶然2人ともミクシィに落ちた経験を持っていたことが判明しました。

大柴:(笑)。笠原さんは何て仰ってました?

西川:「え、本当ですか…」って(笑)。

大柴:ウケますね(笑)。ところで、イマージュ・ネットではどんなことをされていたのですか?

西川:一通りのECサイトの運営や特集企画などやってました。そのあとは、新規のECサイト立ち上げを2つくらい。その後、入社して2年後くらいに経営陣から広告事業部のマネージャーをやってくれ、と言われたんですが、その部署に赤坂がいたんです。

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大柴:赤坂さんのことは以前から知っていたんですか?

西川:同じ社内なので顔と名前は知ってるくらい。社内の飲み会などでちょっと話す程度でした。当時の赤坂は今と違って痩せていて、一見イケメンで、チャラそうで生意気な若者という印象でした。「きっとめんどくさい奴なんだろうな、あんまり近寄らないでおこう」って思ってました(笑)。

大柴:(笑)。

西川:ただ同じ部署になって、私の部下として仕事することになったんですが、めちゃくちゃ仕事ができるんですよ。目標達成能力が高く、ビジネスで勝つために重要だと思うことは、相手のレイヤー関係なく自分の考えをしっかり伝える。優秀な部下というより、実質は裏の上司でしたね。

大柴:すごい。

西川:でもすぐに周りと衝突するんです。気に入らない会社の社長さんに失礼な態度を取ったり(笑)。

大柴:若いし、尖ってたんですね(笑)。

西川:そんなある日、一緒に仕事をし始めて1年位かな、赤坂が「転職する」って言ってきたんです。話を聞いてみると「起業したいけど、資金が無いので、しばらく給料の良い外資系の保険会社に転職して、そこで資金を貯めてから起業しようと思ってる」と。それを聞いて「保険売って起業に役立つの?そんなの時間の無駄だから、もう起業する準備し始めたほうがいいんじゃない?」って言ったんです。

大柴:へぇ。

西川:そしたら赤坂が「じゃあ、西川さんも一緒にやりましょうよ」って誘ってきて。赤坂の優秀さは知っていたし、自分との補完性も高いと感じてた。赤坂と一緒にやれば成功するだろうなと思い、その場で「わかった、一緒にやろう」と返事をしました。今思うと、すごいノリですね、私、まったく起業するなんて考えたこともない人生を送ってたのに(笑)。

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大柴:なるほど。そしてついにエウレカを設立。

西川:登記自体はサラリーマン時代の2008年にやっていたのですが、実際に事業を開始したのが2009年11月でです。恵比寿のシェアオフィスで。当初はイマージュ・ネット時代にやっていた広告事業の請け負いが主事業で、そのモデルを横展することで事業を拡大させて、その後、バズマーケティングもやって売り上げを伸ばしていきました。その辺りから少しずつ、大学生のエンジニアやデザイナーのインターンを採用し、「サービスを作る」という地盤ができた感じです。

2011年くらいに、赤坂が突然iPhoneアプリ開発の仕事を受注しちゃって、そこからアプリの受託開発事業が始まり、開発だけでなくサービス企画やプロモーションなどの知識もたまっていったんです。それで「そろそろ自社サービスやるタイミングだね」って話になり、その中で産まれたのが「pairs」です。

大柴:先ほど赤坂さんについては少し伺いましたが、赤坂さんをずっと見てきて変化したことなどありますか?

西川:経営者になって、死ぬほど働いて、いろいろ経験して、とても成長したと思います。さっき「周囲とすぐに衝突していた」って言ったんですが、今はそんなことなくて、良い意味で子供っぽさは残したまま、とても大人になったと感じます。

イマージュの頃から「敵を作っても意味ないよ」と言い続けてはいたんですが、会社を経営していく中で自分で気づいて改善されました。会社を守るためには、個人的感情によって損するのは良くないということを理解したと思います。尖った所は今でもまったく無くなってないですが、アウトプットの仕方が変わりましたね。

大柴:なるほど。

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西川:あとは赤坂をサービスプロデューサーとしてとても尊敬しています。ものすごい細かいところに気づくことが彼はできるんです。それこそ1pxのズレも気になって改善させるし、ユーザビリティが悪い導線の機能を見たら「ユーザーのこと考えてるのか」と激怒する。私もかなり細かいほうなんですが、赤坂には敵わないので、そういうところはすごいなぁって思います。感性が繊細なんですよね。

大柴:なるほど。最近では取締役も増えましたし、2人体制とはまた違った良さが出てきそうですね。

西川:経営チームが増えるのはおもしろいし、より組織が強固になるなと感じています。今、赤坂、西川に加え、CTO&COOの石橋と、CSOの中村の計4人なんですが、みんな違うタイプで、それぞれの強みを発揮して超戦略的なチームにしていきたいですね。

大柴:最後に西川さんの今後の展望などをお伺いできれば。

西川:会社としても個人としても海外に出ていかないといけないと強く思っています。先日もシンガポールの大学院で一週間勉強してきたんです。日本企業は、改めて海外、特にアジアに戦略的に出ていかないといけないと思いましたし、タイミングを逃さないようにしないと、と。そうしないと企業も個人も生き残れないと感じました。当面はそんな感じでしょうか。

大柴:なるほど。今日は貴重なお話ありがとうございました!

金谷にビジネス界のバロンドールを穫らせたいーー隠れたキーマンを調べるお・akippa松井氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 2014年12月のIVS(Infinity Ventures Summit)Launch Padで優勝した、駐車場をかんたんに貸し借りできるサービス「akippa」。…

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akippa取締役副社長の松井建吾氏

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

2014年12月のIVS(Infinity Ventures Summit)Launch Padで優勝した、駐車場をかんたんに貸し借りできるサービス「akippa」。先日はグロービスなどから約6億円の資金調達を発表するなど勢いあるakippaの「隠れたキーマン」である取締役副社長、松井建吾さんにお話を伺いました。

大柴:初めまして。今日はよろしくお願いします!こういったインタビューは初めてだとか。

松井:そうなんです。緊張しますね…。よろしくお願いします。

大柴:akippaは大阪で設立された会社ですが、松井さんは東京オフィスが多いのですか?

松井:いえ、週に2日くらい東京にいるくらいで、あとは基本大阪です。

大柴:そうなんですね。松井さんの役割はどのようなものなのですか?

松井:採用面を主に担当しています。あとはCS部門も見ていますが、組織拡大中なので、採用のウェイトが大きいかもしれません。採用基準はスキル面で自分たちより優秀な人であることはもちろんですが、マインド面も大事です。素直で、お互いを認め合うことができるメンバーを集めていきたいと思っています。

大柴:採用は重要ですよね。

松井:はい。最近ではGoogleや楽天、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)、トーマツ出身といった素晴らしい人材を採用できていて、良い組織ができてきていると自負しています。プロパーと後から入ってきた人との関係性も良いですし。その中で理念や価値観はとても重要です。

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akippaの全社集合写真/提供:akippa

大柴:その通りですね。さて、松井さんは金谷さんと高校が同じだと聞いています。

松井:はい。元々地元が一緒で、当時は面識無かったのですが、高校に進学し、入った部活の1学年上に金谷がおりまして。

大柴:そういえば金谷さんはかなり本格的にサッカーをやっていたと聞いたことがあります。

松井:そうですね。金谷はFWで、テクニカルなタイプではなかったのですが決定力があり、またとてもストイックでした。リーダーシップもあってキャプテンに指名され、金谷キャプテンの下でプレイしていました。

大柴:松井さんのポジションは?

松井:僕はボランチです。中盤の底で守備をし、奪ったボールをFWの金谷に託すという感じですね。

大柴:今と似てる感じですね。

松井:そうと言えばそうですね(笑)。金谷は少し天然のところもありますが、優れたリーダーシップで素晴らしいキャプテンでした。金谷達が引退し、次期キャプテンには僕が指名されました。

大柴:キャプテンはどのように決められるのですか?

松井:顧問の先生とキャプテンで決めます。

大柴:金谷さんは松井さんに後を託したんですね。ところで高校卒業後はどのような活動をなさっていたのですか?

松井:大学に入ったのですが中退し、その後は様々な仕事をしました。最終的にはとある通信会社の営業をやっていました。そんな時に金谷の話を聞いて、久しぶりに会うことになったんです。

大柴:久しぶりというと?

松井:卒業以来初めて会いました。同級生から「元気さん(金谷)が起業した」と聞いて。起業志向が自分にはあったので勉強がてら大阪の雑居ビルにあったオフィスに見学に行ったんです。思ってたより「ちゃんと」やってるなと(笑)。

大柴:予想よりちゃんとしてたんですね(笑)。

松井:リーダーシップがあったし、そういう面ではおかしくはないのですが、天然なところがあったので、そこが少し心配でした(笑)。でもちゃんとしてたし、経営の勉強ができそうだし、当時は何より自分自身現状に満足いっていなかったので一緒に働くことに決めました。自分がこれまでやってきた営業スキルも会社に貢献できそうだと感じたので。

大柴:なるほど。それがいつ頃ですか?

松井:2010年4月です。会社は2009年設立ですので、設立から1年後くらいの頃です。4人目のメンバーとして入社しました。その頃は携帯電話の代理店として販売したり、自社で求人サイトを運営していました。その他イベント業なんかもやってましたね。

大柴:へぇ。

松井:いろいろと数年やって足下の数字は出ていたし、それはそれでよかったのですが、中長期の戦略が無くて。今良ければ良いみたいな感じになってて。それだと顧客満足度も社員満足度も上がらない。そもそもなんのために仕事しているのだろうか?いろいろわからなくなってきて。

大柴:いつ頃ですか?

松井:2012年暮れくらいですかね。そして、金谷に聞いたんです。「この会社の目指すとこは?」と。でも「決めてない」と返事されて。それで「一度それを考えてきてもらってもいいですか」とお願いしたんです。

大柴:シリアスな雰囲気ですね。

松井:個人的に会社をやっていて一番辛い時期でした。

大柴:なるほど。

IVSでakippaが優勝

松井:その結果「世の中のインフラになるような事業をやりたい。なくてはならぬものを作りたい」と金谷が言ってきて。「なら、それをやりましょう!」と。早速壁に模造紙を貼って、そこに「不便に思っているもの」をみんなで書き出していったんです。その中に「駐車場の空き情報が知れたら便利」ってのがあって。他の候補と合わせて3つ選んで調べてみた結果、駐車場のサービスが良いねってことになりました。

大柴:ついに!

松井:はい。それでできたサービスが「akippa」です。2014年4月25日にリリースしました。

大柴:飛躍のきっかけはやっぱり。

松井:はい、IVSです。2014年12月に開催されたIVSのLaunch Padで優勝したことがやはり大きかった。サービスには自信があったけど、まさか優勝するとは思いませんでした。

大柴:優勝が決まった瞬間はどうだったのですか?

松井:ピッチイベントではあるのですが、会社として世間から認められることが初めてで。実績が全く無かったため、これまで味わった事がないくらいの高揚感がありました。方向が間違ってなかったというか。もちろんサービスとしてはその後のほうが重要なので、かなり事業を頑張りました。

大柴:約2年前に松井さんが金谷さんに質問をぶつけたのが結果的にターニングポイントというか、大きかったですね。

松井:そうですね。良かったです。

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大柴:高校の時に出会い、会社を一緒にやることになり、ずっと金谷さんを見てきてると思いますが、何か変化はありますか?

松井:元々持っていたリーダーとしての資質は今でももちろんありますが、経営者として大きく成長してきたと思います。マインドも変わったし、イメージをロジカルに伝えられるようになりましたね。ここ数年で凄く成長したのではないでしょうか。

大柴:なるほど。

松井:IVSに出る前からディー・エヌ・エーさんにはお世話になっていて、足りてない部分をサポートしてもらって、経営でもとても勉強になっています。今では1月に投資していただいたグロービス(・キャピタル・パートナーズ)さんも定例会に参加していただき、経営チームをビシビシ鍛えていただいています。

大柴:今後はどのような夢をお持ちでしょうか?

松井:今扱ってる領域はポテンシャル的には凄く大きいと思ってるんです。スケールが大きい事業だと思うし、それに見合ったスケールの会社にしていきたいです。もちろんグローバルにも展開していきたいです。金谷はディー・エヌ・エーさんにもグロービスさんにも「この事業を1兆円以上の価値に絶対したいから、力を貸してください」と話してますね。

大柴:夢は広がりますね!

松井:はい。金谷はクリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル代表の世界的サッカー選手)や、マーク・ザッカーバーグと同じ学年で「サッカーの世界ではロナウドに勝てないが、ビジネスならばザッカーバーグに勝てるんじゃないか」と天然な部分もあって言っていますが、おそらく本気です(笑)

金谷にビジネス界のバロンドール(サッカーの世界年間最優秀選手賞)を穫らせてあげたいです。

大柴:いいですね!今日は貴重なお話、ありがとうございました!

ネットとリアルを繋ぐエキスパートを目指してますーー隠れたキーマンを調べるお・トレタ吉田氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 家入一真氏、佐藤健太郎氏などと共にGMOペパボを経営し、一昨年退任された吉田健吾氏。その去就が注目される中、彼が次のステージに選んだのが飲食店向け予約台帳サービスのト…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

家入一真氏、佐藤健太郎氏などと共にGMOペパボを経営し、一昨年退任された吉田健吾氏。その去就が注目される中、彼が次のステージに選んだのが飲食店向け予約台帳サービスのトレタでした。トレタを選んだ理由やその後の活動。トレタ代表取締役の中村仁氏と家入氏との共通点などについてトレタ取締役の吉田健吾氏に話を伺ってきました。

大柴:ごぶさたしてます。今日はトレタの隠れたキーマンとして取材にきたのですが、隠れてはないですよね(笑)。でもトレタ参画の理由とかその後の活動についてはあまりオープンになってないような気がして「隠れたキーマン化」してるんじゃないかと。単純に僕もその辺を伺いたいと思いましてやってまいりました

吉田:なるほど、よろしくお願いします。

大柴:トレタに入ってどのくらいになるんでしたっけ

吉田:1年半くらいかな。

大柴:ペパボの役員の退任発表があったのが一昨年の2月ですよね。ちょうど僕も前の会社を辞めて転職活動、就職してた時で

吉田:ゼネラリストについて話したりしましたね(笑)。取締役退任の開示が出てからたかのり(大柴)さんに会ったり、元同僚に会ったり、知り合いの会社に遊びに行ったりしていました。200人くらいに会ったかなぁ。たくさんの人に会おうと。普通に面接受けたりもしてました。

大柴:awabarの臨時店長なんかもしてましたね(笑)。

吉田:懐かしい。友達がたくさん来てくれて嬉しかったですね。

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大柴:たくさんの人に会い、たくさんの会社を見て、その中の一つがトレタだったわけですね

吉田:中村(トレタ代表取締役の中村仁氏)から突然メッセがきたんです。中村とは豚組で一度挨拶した程度で。突然のメッセで驚きました。

大柴:どんなメッセだったんですか

吉田:「COOを探してるのでぜひ」と。

大柴:ストレートですね

吉田:いくつかオファーをもらったりしてましたけど、こんなストレートなオファーは他になくて。

大柴:なるほど

吉田:それでトレタのメンバー含めた4人で食事をすることになりました。プロダクトの紹介をされたのですが、めっちゃよくできてるなぁって思いました。それにもらった名刺に○が3つ描いてあって。「この○は何ですか?」と質問したところ「三方良し」の意味らしくて。自分としては「三方良し」のサービスをやりたかったんです。

大柴:ほうほう

吉田:あと、いろんな人に会いながら「次に何しようかな?」ってずっと考えていたんです。これまではインターネットの中のサービスをやっていた。次の10年はもうちょっと遠いとこ。インターネットとリアルの接点あたりをやろうと思ったんですよ。飲食関係は考えてなかったけどちょうど良いなぁと。

大柴:「三方良し」の考え、やりたいサービスの場所がハマったわけですね

吉田:そうですね。あとはトップとの相性ですね。

大柴:それは重要ですよね

吉田:優先順位一番かもしれないなぁ。自分が入った時にパキっとハマるかが大事で、そうじゃないとバリューを発揮できない。会社ができつつあり、プロフェッショナルが揃っている時期ではバリューを発揮できないと当時は思っていて、その頃のトレタがその前の時期でした。ただそれ以上にトップとの相性が重要だと思っていて事業面、トップとの相性の両輪がハマった。

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大柴:なるほどなるほど。ところで社長の中村さんはどんな方なんですか?初対面の印象は?

吉田:なんていうか…かわいいというか…。

大柴:「かわいい」(笑)。

吉田:なんていうか、チャーミングだなぁと。そのオファーもらった後の食事の場でワインをこぼしてた(笑)。おっちょこちょいなところがあるんです。まぁそういう一面もあるというか。一方でその時に事業の説明をされたんですけど、言葉にすごく説得力があって、さらには資料がめっちゃきれいで。「デザインがわかる人だ。ものを作れる人だ」って思ったのを覚えています。

大柴:なるほど

吉田:家入さんにわりと近いタイプだなって感じました。いや、家入さんよりよっぽどちゃんとしてるけど(笑)。直感が鋭くて、いろんな情報から直感的に動く。ゼロイチタイプだし、思い込み力がすごい。なんだかんだ言って家入さんタイプは自分とは相性が良いと思ってるし、中村とも相性の良さを感じましたね。小笠原さん(さくらインターネットフェロー、小笠原治氏)から「身勝手なアントレプレナーと相性が良い」とも言われました(笑)。

大柴:なるほど(笑)。社内では中村さんはどんな感じなのですか

吉田:さみしがりやでせっかち。喜怒哀楽はわりとある方で独り言が多いですね(笑)。あと、シャイかな。でも言わないといけない場面ではきちんと言える人です。

大柴:一方けんごち(吉田)さんの役割としては

吉田:入った頃は中村がやらない「社長業」を巻き取りました。プロダクトに関しては口を出さず、管理系やセールスマーケティング部門を見てました。

大柴:リアルなセールスってのはペパボにはあまり無いじゃないですか

吉田:そうですね。実際やってみてすごく面白いです。営業同行することもあるんですが、リアルな反応というか。セールスが実際に店舗に行ってデモをしたら「おぉー」ってお店の人達から拍手をもらったり。とても新鮮だし、嬉しいなぁって思いましたね。

大柴:最後にこれからの目標みたいのを教えてください

吉田:今はとても良い感じの状況。良い感じでまわってるんですが、作りたいもの、やりたいことが戦線拡大してるので人が足りないですよね。今の良い感じを保ちながら組織を拡大していきたいので、その辺をやっていきたいですね。

大柴:なるほど

吉田:人を増やすこと自体にはあまり興味ないんですけど、10年、20年続く会社にしていくために組織の成長も必要だし、それを担う人達は必要なんですよね。そんな人達とちゃんと続いていく事業を作っていきたいです。

大柴:良いですね

吉田:「トレタ」は飲食店におけるアナリティクスになりうると思ってるんです。トレタを使うとお店が繁盛していく。それくらいのポテンシャルはあると思ってます。インターネットとリアルの接点でエキスパートを目指していこうと思います。

大柴:今日はいろいろお伺いできました。ありがとうございました

失敗の中からスマホ広告「nend」が生まれたんですーー隠れたキーマンを調べるお・ファンコミ二宮氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 インターネット黎明期より「A8.net」等の成果報酬型広告扱い、広告業界を牽引するファンコミュニケーションズ。また最近ではアドネットワーク「nend」が高い評価を得て…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

インターネット黎明期より「A8.net」等の成果報酬型広告扱い、広告業界を牽引するファンコミュニケーションズ。また最近ではアドネットワーク「nend」が高い評価を得ています。今回はファンコミュニケーションズで「nend」を管掌する取締役の二宮幸司氏にインタビューしてみました。Twitter等で人気の柳澤安慶社長(ヤナティ)のエピソードも。

大柴:はじめまして、今日はよろしくお願いします。

二宮:よろしくお願いします。大柴さん、金髪じゃないですね。

大柴:あ、そうなんです。1カ月前くらいに黒髪にしまして。また金髪にするかもしれませんが・・・。

二宮:なるほど。よろしくお願いします。

大柴:二宮さんは今おいくつですか?

二宮:36歳です。この会社に入って12年目になりますかね。

大柴:新卒ですか?

二宮:まぁ新卒といえば新卒ですね。弊社でも昨年から本格的に新卒採用を始めたのですが、それまでも「新卒」は何人かいまして。

大柴:ほう。

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二宮:僕は大学卒業してアルバイトとして入社しました。そういう人が他にも何人かいまして。僕は新規クライアント営業だったのですが、目標件数にいったら正社員採用という条件で入りました。すぐにコツをつかんだので、2ヶ月目には目標達成し、正社員となりました。

大柴:へぇ、すごい。ところでなぜファンコミでバイトしようと思ったのですか?

二宮:大学時代から広告系で働きたいなと思っていました。CM制作のADのアルバイトなんかもやっていて、そこにいわゆる大手広告代理店の人も出入りしていたのですが、やっぱりこれからはインターネット広告の時代かなと思って。

大柴:なるほど。

二宮:それでYahoo!で「インターネット 広告代理店」で検索したんですよ。その時、ファンコミが3位にいて。1位から見ていったのですが、何となくファンコミが面白そうだし、アルバイト募集しているようだったので応募してみたんです。

大柴:なるほど。

二宮:ちょっと強面の人が面接官で(笑)。その人が「アフィリエイトをやりたいか?」と聞くので、当時アフィリエイトって言葉を知らなかったのですが「やりたいです!」って答えて(笑)。それが2004年春です。

大柴:そして入社して、すぐに社員契約になったわけですね。

二宮:そうですね。まだ40名くらいの規模で、このビルの1フロアだけでした。今は6フロア使ってます。

大柴:その頃ってまだ上場する前ですかね?

二宮:はい。上場目指して急激に拡大している時です。当時アフィリエイト業界でも1位じゃなくて「トップ目指そうぜ」みたいな空気が社内にあって、ガツガツした感じでしたね。

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大柴:ところで二宮さんは「nend」の立ち上げをやられたわけですが、その時の話を少しお聞かせいただければと。

二宮:当時は「A8」しか軸がなくて、新規事業の立ち上げが課題でした。そこで僕もA8から新規事業開発の部門に異動して、新しいことをやっていこうと。最初はその部門では、いろいろなメディアなどをやったりしてたのですが、あまり上手くいかなくて。苦しい状況が続いていました。

大柴:なるほど。

二宮:完全にコストセンター化してたのですが、チャレンジを続けさせてもらえたんです。会社としてはチャレンジを推奨してくれてたし、待ってくれてた。でもやっぱり「早く新規事業を作らないと」みたいなプレッシャーもありました。

大柴:そうですよね。

二宮:でも失敗の中で学んだんです。チャレンジして失敗し、でもその失敗から反省点をみつけてそれを次のチャレンジに活かしていく。そんな中で「nend」が産まれました。

大柴:「nend」は最初から順調だったんですか?

二宮:いやいや、最初は苦戦しました。競合に習ってimp売りだったんですよね。クライアント営業する中でも「せめてクリックじゃないと」と断られ続けて。でもメディアのimpは在庫として仕入れている。

大柴:あぁ、なるほど。

二宮:そんな中、「nend」立ち上げて3か月もせずに競合がクリック単価で売り出したんです。自分達も「imp販売は厳しい」と実感していたので、「nend」でもクリック保証をメインに変更することにしました。そこから収益は改善していったのですが、それでも厳しい状況は続いていました。単月でも赤字が1年くらい続いたのかな。

大柴:そうなんですね。転機はいつ頃だったのでしょうか?

二宮:2011年にいきなり大企業による競合の買収やら大手企業参入やらで業界再編がおきたんです。危機感を覚えました。彼らと同じ路線では勝てない。一気に食われてしまう。そこでファンコミが創業以来追い続けていたことに立ち戻ってみることにしました。

大柴:ほう。

二宮:「nend」もこれまでの成果報酬サービスに近い形で運用していこうと。パフォーマンス重視の運用型モデルに変更したんです。広告主さんには費用対効果を高く、メディアには効果が良ければ最大限の報酬を支払う。メディアも規模の大きさで区別することなく、平等にパフォーマンス重視で。こういうサービスならばこれまでファンコミが「A8」でやってきたノウハウも活かせるし、広告主、メディア、消費者がwin-win-winになる広告プラットフォームを目指せるんじゃないかと。

大柴:一気にパフォーマンス型に舵をきったのですね。

二宮:はい。そこからですね。広告主さんからもメディアさんからも高く評価していただいて。「nend」のプロダクト機能も運用型に特化したものや個人法人関係なくメディアに使いやすい機能を優先度高く開発していきました。仕組みとして上手くできたなぁと。「A8」の時と同じでクチコミで拡大していきました。「A8」の時と違ってSNSが普及していたので、拡大スピードは飛躍的に速かったですね。

大柴:今後アドネットワークはどうなっていくんですかね。

二宮:スマホが主戦場であるのは間違いなく、スマホの特性的に海外にでやすい。もちろん国内も頑張って行くけど、来年以降は海外も攻めていきたいと思っています。ここ1年、水面下で準備もしてきましたし、日本のスマホアドネットワークのトレンドやスタンダードは、「nend」が生み出してきたので、それをかついで世界にチャレンジしたいと思っています。ハードルはあるけど、チャレンジしがいがあるかなって思います。

大柴:たしかにそうですね。

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二宮:あとは新卒採用を強化したのもそうですが、これからのサービスはデジタルネイティブのコ達が作っていくと思ってます。創業メンバーも50歳を超えてきましたし、20代前半の才能が新たな世界を切り開いていくのは間違いない。そういう期待感を持って新卒採用を去年から強化しました。

大柴:どのくらい採用してるのですか?

二宮:今年4月入社の第一期が11名、来年が15名ですかね。再来年はもっと採用したいですね。楽しみです。とがった人がいるといいなって思ってます。ちなみに僕は履歴書に「広告業界の坂本龍馬になる!」って書いたんです。面接でスルーされましたが(笑)。

大柴:ファンコミと言えば柳澤社長、通称ヤナティさんが最近話題ですね。

二宮:そうですね。一昨年くらいから突然Twitterの投稿を活発化させまして。最近面接でも「ヤナティさんのファンです」と言ってくれる人が増えてきました(笑)。

※柳澤社長のTwitter

大柴:僕もヤナティさんには仲良くさせてもらってるのですが、二宮さんにとってのヤナティさんってどんな方ですか?

二宮:そうですね、最初の印象は「どん兵衛」を食べてる人・・・。

大柴:「どん兵衛」(笑)

二宮:社長室に決裁をしに行くと「どん兵衛」をよく食べてましたね、あの頃。あとは今でも宮益坂の「富士そば」でもよく見かけます。

大柴:行ったら会えるかもしれませんね(笑)。

二宮:先ほども話したのですが、新しいチャレンジには寛容な人だと思います。一度任せたら細かいことは言ってこないし、信頼してくれます。たまに相談や説明をすることがあるんです。アドテクやそれ以外の事など、細かい説明をする時もあるのですが、それを聞いた後に本質的な事を一言で突っ込んでくるんですよね。それはすごいなぁと。

大柴:なるほど。

二宮:Twitterやブログなどで投稿されているのを見たりもするのですが、やっぱり本質的な事を言ってるので、直接話すのとはまた違って良いです。

大柴:文章になってまとまってると理解しやすい時はありますよね。

二宮:はい。あ、あとこんな事も言ってましたね。「既存の広告業界からはいろいろ言われたり馬鹿にされたりするけどさ、僕達はたくさんの広告主、法人メディアから個人メディアまで幅広いメディアの縁の下の力持ちとして価値を出し続けてるのは素晴らしいじゃない」って。僕もそう思ってますし、ファンコミグループで働くメンバーもこういう価値観、理念について誇りを持って取り組んでると思います。

大柴:素晴らしいと思います。いや、今日は興味深いお話をたくさん伺えました。ありがとうございました。

MERY創業を支えた若き「文系」技術者ーー隠れたキーマンを調べるお・ペロリ河合氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 多くの若い女性に評価されているキュレーションプラットフォーム「MERY」。2014年10月にディー・エヌ・エーグループ入りし、順調に成長しているこのサービスを運営する…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

多くの若い女性に評価されているキュレーションプラットフォーム「MERY」。2014年10月にディー・エヌ・エーグループ入りし、順調に成長しているこのサービスを運営するペロリを中川綾太郎氏とともに創業したエンジニアの河合真吾氏。取締役として技術だけではなくプロダクト全般を牽引する河合氏にインタビューしてみました。

大柴:何度かお見かけしていましたが、話すのは初めてですね。よろしくお願いします。

河合:よろしくお願いします。

大柴:河合さんって今おいくつ何ですか?

河合:23歳です。今年24歳になります。

大柴:あ、そんなに若かったんですね。じゃあ綾太郎さんよりも若いんですね。

河合:そうですね、3歳かな?下です。

大柴:なるほど。河合さんはペロリの創業メンバーですが、その前はアトコレにいらっしゃったんですよね?

河合:はい。最近ニュースにもなっていましたが(笑)。

大柴:大学は早稲田ですかね?

河合:はい。子供の頃から本が好きで、たくさん読んでいました。純文学とかそういった類の小説などを。大学も文学系行こうかなって思ってたのですが、もう少しビジネス寄りの方がいろいろ良いかなと思い、最終的に商学部にしました。ちなみに綾太郎さんもアリコーさん(ペロリ初期メンバーの有川鴻哉氏)も同じです。ただ彼らとは大学で交流持っていたわけではなく、たまたま大学が一緒という感じです。

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大柴:なるほど。

河合:大学に入ったものの、勉強などはあまりせず、ダラダラと過ごしていたんです。でも徐々に危機感が芽生えたというか。それでちょうどTwitter見てたら石田さん(旧・アトコレ、現・マイナースタジオ代表取締役の石田健氏)が面白そうなプロジェクトを企画していたので「話をきかせてください!」とアプローチしたんです。

大柴:ほうほう。それが「アトコレ」ですか?

河合:いや、違います。スタディツアーとグルーポンを組み合わせたようなサービスを石田さんが考えていて、それに興味を持ちました。

大柴:へー。

河合:けど上手くいかなくて。そのあと石田さんが成田さん(現クラウドワークス取締役の成田修造氏)と会社をやるということになり、誘われてジョインしました。

大柴:それがアトコレですね。

河合:はい。最初はインターンとして入ったのですが、気合いを入れて頑張っていたら、最終的に取締役になることができました(笑)

大柴:「アトコレ」のシステムは河合さんが作られたんですか?

河合:そうですね。ただそれまでプログラムを書いたことなくて・・・。

大柴:えっ、そうなんですか?

河合:はい。「アトコレ」を作ろうとなって本を読んだり、周囲に聞いたりして3ヶ月で作りました。文系だけど、頑張ればできるもんだなぁって思いました。

大柴:それは凄いですね。

河合:アトコレはVOYAGEさんのBOATにオフィスを借りてたんです。なので周りに聞ける人が多かったのも大きいですね。

大柴:BOATにいらしたんですね。

河合:はい。隣にはtrippieceさんがいました。そこに綾太郎さんがよく遊びに来てて。ちょくちょく話すようになりました。

大柴:なるほどー。その後、その綾太郎さんもアトコレに参画しますね。

河合:はい。しばらくして、色々あり、アトコレからは抜けまして。

MERY__メリー_|女の子の毎日をかわいく。
ペロリが運営するMERY

大柴:そしてペロリ創業ですね。

河合:はい。最初はイベント系サービスを始めたんです。ユーザーはそれなりに集まったんですが、営業面が難しくて。僕と綾太郎さんなんで(笑)。やっぱりC向けサービスが良いね、って。それで始めたのが「MERY」です。

大柴:その頃って会社はどんな感じだったのですか?

河合:「MERY」はグロースの仮説が良かったので、あとはやるだけというか、サービス規模を大きくしてくだけという感じで。当時、北参道のマンションでやってたのですが、13畳くらいかな?そこに10人以上いてカオスでした(笑)。

大柴:その後は順調にサービスも伸び、ちょうど一年前にディー・エヌ・エーグループ入りしました。

河合:開発も事業開発もとにかくリソースが足りなかったんです。サービスは成長していてやりたいことがたくさんあったけど、リソースがなくてできない。そんな状況でディー・エヌ・エーグループになり、色々な経験を持ったメンバーが入ってくれて、これまでできなかったこともできるようになったのが大きいです。MERY独自のカルチャーともうまく溶け込んで、形態は関係なく全員でサービスに向き合えています。結果として、環境はすごくよくなりましたね。

大柴:ペロリってハードワークの印象ありますが、変わってないですよね。

河合:そうですね(笑)。個人的には、やればやるだけ伸びていくし、つらいとかそういうのは無く、ただ楽しいです。仕事以外のことはあまり考えてないですし、休日も結局仕事のことばかり考えてるので。でも、もちろん、全員にそういった働き方を強制しているとかは全くなくて。サービスを楽しんで作れるメンバーが集まったが故のハードワーク、みたいなイメージですね。もちろんオンとオフにメリハリをつけるのも意識していますよ。こんな言い方するとちょっとブラックっぽいですが(笑)。

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大柴:社内における河合さんの役割というのはどういうものですか?

河合:技術面だけでなく、サービスまで含めてみています。意識しているのは、サービスとマーケティングを絡めてプロダクト設計すること。プロダクトは何かと何かを組み合わせるとレバレッジが効いてくると考えていて。最近の好きな言葉は「マーケティングを実装する」というもの。いろんなサービスを横串で見て、プロダクトとして勝てる仕組みを作っていきたい。とにかく数字を作れる人になりたいんです。

大柴:「マーケティングを実装する」って良い言葉ですね。確かにその通りというか、正しいですね。ではそのあたりは綾太郎さんとも認識が同じ、という感じですか?

河合:そうですね。直近の施策のオペレーションやグロースの部分は同じ認識だと思います。でも中川は、基本的に何でも自分でできてしまうタイプで。彼は仕事の範囲が圧倒的に広いんですよ。一個一個のプロダクトも見てるし、採用、人事やマーケティング、など。僕個人の考え方としては、いけるとこまでは社長が見るのは正しいのかなって思っているので。ビジョンや戦略などの大枠は彼が中心となって進めつつ、実行部分をうまくサポートしていければと思ってます。

大柴:なるほど。そういえば綾太郎さんの第一印象ってどんな感じでしたか?

河合:髪が長いなと(笑)。あの頃はちょんまげみたいに髪を結んでて。「綾太郎」って本名なのかな?って思ったり(笑)。でも圧倒的にネットに詳しかった。いろんな人がいたけど、ずば抜けてネットに詳しくて。それがすごく印象深いです。

大柴:なるほど。それから数年一緒に会社を運営してどうですか?

河合:さっきも少し話しましたが、仕事の範囲が広い。あと変なキャラじゃないですか。あれが逆に良いというか、謎の説得力を生むんですよね。ロジック以上の説得力。もちろんロジックもあるのですが。

大柴:確かに。わかる気がします。最後に河合さんの今後の展望をお聞かせいただければ。

河合:今後ですか・・・仕事以外考えられないですね・・・。あ、今度アトコレ創業メンバー4人で飲むんです。石田さんのお祝いということで。みんなで楽しいお酒が飲めると思います。とても楽しみです。

大柴:なんか良い話ですね・・・。今日は貴重なお話をありがとうございました。

BASE創業期を支えた若手開発者たちとその理由ーー隠れたキーマンを調べるお・BASE結城氏、藤田氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 無料で簡単にネットショップを作ることができるサービス「BASE」。代表取締役の鶴岡裕太氏、共同創業者の家入一真氏など界隈を代表するメンバーによって運営されるBASEで…

編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

無料で簡単にネットショップを作ることができるサービス「BASE」。代表取締役の鶴岡裕太氏、共同創業者の家入一真氏など界隈を代表するメンバーによって運営されるBASEですが、創業時から影で支える若手開発者、リードエンジニアの結城一生(いっせい)氏とデザイナーの藤田健太郎(ふじけん)氏に今回はスポットを当て、インタビューしてみました。(※情報開示:筆者の所属するEastVenturesはBASEと出資関係にあります)

大柴:いつも会ってるので何か変な感じしますが、今日はよろしくお願いします。ていううか一生さん、黒過ぎないっすか?(笑)

結城:連休中にチームしゃちほこのライブに行って日焼けしました。

大柴:なるほど(笑)。まぁとりあえずそれはいいとして、早速いろいろ聞いてみたいと思いますが、一生さんがBASEに入ったのはいつですか?

結城:2013年1月です。その頃は関西の大学生だったのですが、自分でWebサービスを作りたくて大学を休学していたんです。ちょうど東京のとあるVCが起業家支援プロジェクトみたいのをやってるのを知って、友達と一緒に応募してみたんです。

大柴:なるほど。

結城:2012年の12月だったかな。それで滋賀から上京してきて、自分達のアイデアをプレゼンしたんですが、フルボッコにされまして(笑)。

大柴:そうなんですね。

結城:もうこれはプロジェクトに落ちたなってしょんぼりして六本木をふらふら歩いてたんです。でもせっかく東京に来たし、そのまま帰るのもアレだなって。「そうだ、家入さんに会おう。会いたい!」って思ってTwitterにツイートしたら、家入さんが反応してくれて、すぐに六本木で会うことになったんです。

大柴:すごい!

結城:その時に家入さんと一緒に鶴岡さんもいたんですよ。BASEがリリースした直後くらいで、凄い伸びてるサービスというのは知っていて。

大柴:なるほど。

結城:それで、家入さんが「とりあえず東京に来ちゃえばいいじゃん」って(笑)。「BASE手伝ってよ」って。

大柴:いきなりですね。

結城:いきなりだったんで、とりあえず一度滋賀に戻って、考えたんです。お金も無かったんで悩んだんですが、BASEはイケてたし、やってみようかなって。半月後くらいに友達と一緒に東京に向かいました。部屋も借りてなかったんで、最初はホテル住まいでした。

大柴:そんないきさつだったんですね。それが2013年1月頃。ちなみにBASEリリースが2012年11月で、会社設立が12月ですね。

結城:はい。まだ会社感無くて、六本木のシェアオフィスに鶴岡さん始め5人くらいが何となく集結してやっていた感じでした。僕も最初は社員ではなく、業務委託みたいな扱いでしたね。

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大柴:創業時のバタバタ感が伝わってきますね。一方ふじけんさんは。

藤田:2013年2月からです。

大柴:その頃は何をしてたんですか?

藤田:新卒で入った会社を辞めて、デザインの専門学校に通っていました。学校に通いながら自分でWebサービスを作ったりしてたんです。ちょうどBASEがリリースされて話題になっていたんですよ。それで商品をスクレイピングしてキュレーションみたいにしたら面白そうだなって思ったので、そういうサービスを作って公開したんです。

大柴:ほうほう。

藤田:そうしたらそのサービスを鳥居さん(元East Venturesの鳥居佑輝氏)が見つけたみたいで。

結城:そうそう。鳥居さんが見つけて、社内にすぐに共有されたんだよね。

藤田:サイトの上部と下部に「お仕事募集中」みたいなバナーを貼っていたんですよ。それで鶴岡さんからTwitterのDMが届いたんです。いやー僕としては怒られるかなーってかなりビビったんですよね。

大柴:DMには何て書いてあったんですか?

藤田:「面白いサービスですね。一度オフィスに遊びに来ませんか?」って。こっちとしては「ごめんなさいごめんなさい、すぐに行きます」って(笑)。その日のうちに六本木のオフィスに行きました。

大柴:早い(笑)。

藤田:オフィスに行って、鶴岡さん、鳥居さんとかと会って、「BASE興味ありませんか?働きませんか?」って言われて働くことになったんです。

結城:サービス見て「それなりにコード書けそうだし、良さそうな人かも」みたいな話だったんですよ。

藤田:それで2月からBASEに通うようになって、4月に正式に入社しました。一応BASEの社員第一号なんです。

大柴:そうなんですね。一生さんが社員になったのは?

結城:僕は11月くらいかな。9月に大学を辞めて。

大柴:そうなんですね。

藤田:その頃って一番大変だったんじゃない?

結城:そうだね・・・。BASE Appsマーケットのリリースの時期で。その辺の開発全般をやっていたんだけど、いろんな葛藤があって・・・。いろいろ辛いこともあったんだけど、リリースできて。

藤田:リリース後に一生さん一週間くらい休んでたよね(笑)。

結城:あれは単に風邪こじらせただけだから(笑)。

大柴:その頃って資金調達もありましたね。

結城:サイバーエージェントと資金調達の話をしているってのは何となく知っていて、多少社内もざわざわしてたかも。

大柴:へえ。

結城:正式に決まって、毎週金曜日にやってる全社定例で鶴岡さんから「サイバーエージェントからの出資が決まりました」と発表があった時は拍手が起こったよね。

藤田:そうだそうだ。

結城:正直感動しました。

大柴:その後グローバル・ブレインからの出資も決まるなど急激に成長が加速していき、2014年3月には念願の独立オフィスに移転します。

結城:ずっと狭くて(笑)。とにかく新オフィスの広さに感動しました。

藤田:六本木シェアオフィスの時は一つの机を二人で利用するような感じだったからね。

大柴:最初は一部をEast Venturesが使っていましたが、すぐに追い出されて(笑)。人も増えたからね。進さん(取締役COOの進浩人氏)、えふしんさん(取締役CTOの藤川真一氏)が加わったりして。それまで若い人だけでやってきたわけだけど「大人」の人達が加わったのはどうでした?

結城:そうですね、僕としては「やっと大人がきたな」って思いました。自分達のような若い世代だけでやってきて、それなりに自信みたいのもあったんだけど、でも先のことを考えるとちょっと不安な部分もあったりして。

藤田:まぁそれはあるよね。

結城:経験豊富な人が入って、自分達がわからない部分を教えてくれたり、補ってくれるのは心強いなって。えふしんさんが入社した時に「こういう想いで入った」というのをプレゼンしてくれたんだけど、あれは結構良かった。

藤田:「コードを書かない」ってのはちょっとざわついたけどね(笑)。

結城:結局書いてるからね(笑)。

大柴:さてこの流れで鶴岡さんについて聞いてみたいんですが、どうですか?

結城:初対面の印象は「デカいな」って(笑)。いや、まぁそれは置いといて、面接みたいな時に「自分は決済をやりたい」って言ってて。今ECやってるけど、決済やりたいんだなって思ったのを覚えてるんです。

それで今年PAY.JPを発表して「あ、ついに鶴岡さんの夢に近づいたな」って思いました。最初っから先のことを明確に考えていて、その通りに進めている。ビジョンがはっきりしてる人だなって。

大柴:ふじけんさんはどうですか?

藤田:特にないです。

大柴:そういうのいいから(笑)。ほんとはあるくせに。

藤田:あるんですよ。鶴岡さんを一言で表す良い言葉を考えてきたんですよ。

大柴:ほう。

藤田:鶴岡さんは「ちょうどいい人」だと思うんですよ。

大柴:ちょっとわからないんで、説明してもらってもいいですか。

藤田:開発でもマーケでも人間関係でも、ちょうどいいんですよね。バランスがいいっていうか。全てわかっていて、でもちょうどいい立ち位置にいて、それぞれに寄り過ぎないで判断できる。そういうことです。

大柴:なるほどなるほど。いろんな見識を持ち、かつBASEとしてこうしたいという軸があるから、ちょうどいい判断ができるのかもしれないですね。

藤田:それです。

大柴:では、せっかく二人いるので、それぞれがそれぞれのことをどう思っているのかも聞いてみようかな。

結城:恥ずかしいな。

大柴:では一生さんから見て、ふじけんさんはどういう人ですか?

結城:新卒で企業に勤めた経験もあるし、バックエンドの理解もある。フロントも一通りできる。初期BASEに必要なものを持っていたなって。ふじけんさんじゃなかったらもっと開発スピード落ちてたと思う。

大柴:なるほど。スキル面以外のとこはどうですか?

結城:最近特に変わったなって思います。チームを意識するようになった。端から見てて「上手にやってるなぁ。コミュニケーション力なのかな?」と。尊敬しつつ、吸収していけたらなって思ってます。

藤田:ずっとデザインチームは一人だったし、同じチームに人が入ってきて喜びあった。学びたかったし。

大柴:ふじけんさんから見て一生さんはどうですか?

藤田:考えたんですけど、思いつかないんですよね。

結城:ちょっと!

藤田:責任感強いなって思いますね。自分で背負いすぎて、苦しんでるなって思うんですよね。相談してくれればいいのに。

結城:うーん、じゃあ相談するようにするよ。

大柴:初の独立オフィス移転から1年ちょっと経ち、今月から新しいオフィスに移転しました。

結城:感動だよね。

藤田:特にトイレがきれいで感動したね。

大柴:新オフィスに移転して意気込みとかありますか?

結城:意気込みというか、怖さはありますね。プレッシャーは増しました。でもやるだけだし、向かっていかないと沈むだけだし。まだまだ攻めていかないといけないので、ガンガンいきたいです。

藤田:なんかカッコイイこと言いましたね。

大柴:なんかカッコイイこと言いましたね。

結城:なにそれ(笑)。

大柴:じゃあそろそろ終わりたいので、最後に今後の展望みたいのを聞かせてください。

藤田:人も増えてきたし、社内の活性化、コミュニケーションを活発にしていきたいです。そこはある意味使命感持ってやっていこうかと。変える所は変えていく必要があるけど、BASEの醸し出す雰囲気みたいのは残していきたいし。

大柴:なるほど。一生さんは?

結城:社外から見て「いいな」って思ってもらえるエンジニアチームにしていきたいです。あと、やっぱり自分のサービスもいつかは作ってみたいですね(笑)。まぁ、開発チーム全体もそうだけど、自分でサービスを作れるくらいのスキルがあるといいですね。そういうチームにしていきたいです。

大柴:なるほど。普段聞けない話が聞けたんじゃないかと思います。今日はありがとうございました。

サービスの面白さを伝える「サポート」もあるーー隠れたキーマンを調べるお・ミクシィ奥田氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 「モンスト」の爆発的ヒットで大注目のミクシィ。躍進を続けるミクシィにおいてユーザーサポート部門を統括し、影ながら「モンスト」を支え続けているミクシィMS本部長奥田匡彦…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

「モンスト」の爆発的ヒットで大注目のミクシィ。躍進を続けるミクシィにおいてユーザーサポート部門を統括し、影ながら「モンスト」を支え続けているミクシィMS本部長奥田匡彦氏にお話を伺ってきました。

大柴:今回はモンストのユーザーサポートなどを統括するミクシィの奥田匡彦さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします!

奥田:よろしくお願いします!

大柴:奥田さんは現在37歳とのことですが、ミクシィに入社されたのはいつですか?

奥田:2年ほど前で、2013年4月入社です。

大柴:モンストのリリース(2013年10月)の前なんですね。それではミクシィ入社後の話は後ほど聞くとして、まずは経歴の方をざっと伺いたいと思います。

奥田:はい。大学に入ってすぐに光通信でアルバイトを始めたんです。98年ですかね。

大柴:98年というともうイケイケの時ですね。

奥田:そうですね。時給が良くて光通信を選んだんですよね。それなりに結果を出していたので、居心地がよかったんです。

大柴:凄いですね。

奥田:ただ、大学にはあまり行かなくなってしまい(笑)。結局大学は中退しました。当時、新卒教育なども含めて現場の育成を任されていたので、そちらに注力していましたね。完全に間違った判断です(笑)。

大柴:おぉ。

奥田:かれこれ5年ちょっと働いて、子会社の立ち上げなどにも参画したりしていたので、最終的に立ち上げた子会社では、もう役員の次に古いメンバーがバイトの僕ということになってしまいまして….。

大柴:それだけ働いて、成績も良くて、大学も辞めていたのならば、「社員にならないか」と誘われたんじゃないですか?

奥田:ああ、はい…そうですね。結構何度も誘われました。その都度断っていたんですが、ついに断れなくなって、その会社を辞めました。

大柴:え(笑)。

奥田:社員にはなりたくなかったんですよね。朝礼とか絶対出ない!とかよくわからんことを貫き通してたので(笑)。

大柴:なるほど。

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奥田:それで光通信を辞めて次のアルバイトを探そうと思ってヤフーで検索しようとしたんですよ。そしたらトップページの右下に「ヤフーで働きませんか?」みたいなバナーが表示されてて、「おお!受けてみよう!」って直感的にそのバナーをポチッと。それでヤフーで働くことになりました。

大柴:偶然表示されたバナーから(笑)。

奥田:はい。アルバイトじゃなくて正社員だったのですが。まぁ色々事情も重なって真面目に働こう!と思いました。

大柴:なるほど。

奥田:入社が2004年の2月だったので、会社が六本木ヒルズに移転したタイミングで、しかも夜勤がはじまり…。六本木で働くのも初めてで、光通信があった池袋とはこれまた違った何かを感じまして。夜勤もあり寒いし・・・。そんな最初でした(笑)。

大柴:ヤフーではどんな業務をなさっていたのですか?

奥田:基本的にヤフオクの担当でした。ヤフオクのユーザーサポート部門です。そこから不正対策をずっとやってまして、最後の2年間は全サービスの、対応に苦慮する案件だけを担当していました。で、サポートに関して一通りやったなあと思い2008年に退職を決めました。ヤフーのサポートではいろんなことをやらせてもらえたし、外へ出てみようと思って。

大柴:そうなんですね。

奥田:はい。退職後半年くらいですかね、ぷらぷらしてたんです。友達のベンチャーの立ち上げを手伝ったり。そんな時にピットクルーというインターネット監視事業の創業者の方と久しぶりにごはん食べてまして、「うちにどうですか?」とお誘いいただいたので、ピットクルーに入社することにしました。

大柴:なるほど。奥田さんはどんな業務を?

奥田:最初は営業をやらせてもらいました。当時の社長からは何ができるんだみたいなことを言われたので、とりあえず営業が一番結果としては分かりやすいかなと思いまして。運よくそれなりに営業結果を出せたので、1年経って部長になって、2年経って執行役員にあげてもらって事業全体を統括するようになり、3年経って取締役副社長に就任しました。

たまたま、これまでやってきたことが運よく噛み合ったんですよね。営業もやってきたし、サポートや監視のオペレーションも経験してきたし。

ピットクルーは2011年に持ち株会社ポールトゥウィン・ピットクルーホールディングスを設立して、その年の10月にマザーズに上場しました。翌年には東証一部に鞍替えしたんですが、その頃、ミクシィに誘われたんです。

大柴:なるほど。

奥田:かねてから取引もあって、ユーザーサポート業務の相談を受けたりしていたんです。その流れで誘われたんですが、タイミング的にちょっと難しくて、断っていたんです。でも笠原さん(現ミクシィ取締役会長の笠原健治氏)とお話しする機会をいただいて。それで心が動いて、ミクシィに行くことに決めました。

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大柴:ミクシィに転職されたのは2013年4月ですよね。

奥田:そうですね。最初はmixiの健全化を担当していましたが、モンストの急速な伸びがあって、健全化だけでなくサポート全般に携わりました。サポート体制の拡大を担当して、内部のマネージメントや外部のサポート企業のコントロールなど全般的にやりました。サポートにおいてはちょっと意識して取り組んでいることがあるんですよ。

大柴:ほう。それはどんなことですか?

奥田:マニュアルやテンプレだけじゃない、一人一人、その人に必要なサポートをしてみたいなって。例えば、モンストってみんなでわいわい遊ぶマルチプレイが特徴なんです。病気や怪我で入院しているお子さんや、離島に住んでいるお子さんなど、ひとりでしかプレイできないストレスをぶつけてきてくれる方もいらっしゃいます。なので、弊社までお問い合わせをくれた人と一緒にマルチプレイしたりもしています。

もちろんそれはマニュアルにはない例外的な対応です。ユーザーが増えるにしたがってマニュアル的に対応しないといけない部分が増えるのももちろんんですが、その反面特殊な事情を抱えたユーザーも一定比率いらっしゃいます。そういった方には可能な限りその方が抱える事情に寄り添ってサービスの面白さを伝える「サポート」なんかもしていきたいなと。

大柴:たしかにそういうサポートはマニュアル一辺倒では難しいですよね。

奥田:問題を解決するのもサポートですし、サービスの面白さを伝えるのもサポートだと考えています。

大柴:すばらしいですね。こういったサポートの皆さんの地道な活動もモンスト人気の一端を担ってるんですね。

奥田:すんません、なんかやっとまともな事を話した気がします。これからもよりよいサポート方法を考えながら、ユーザーの皆さんに楽しんでもらえるようなサポートをしていきたいです!

大柴:さて、ミクシィは現在森田さんが代表取締役社長ですが、森田さんはどんな方なのですか?

奥田:先ほどお話ししたような「踏み込んだ対応」なんかも許容してくれる寛大さがあります。そういう意味ではこれまでもそうでしたが、チャレンジに対しては、すごく後押ししてくれます。社長ではありますが、フラットな感じで、僕らと同じような席に横並びで座ってますね。

大柴:なるほど。笠原さんのデスクもそんな感じなんですよね?

奥田:そうですね。笠原さんはさらに現場に意識的に関わってらっしゃる印象がありますね。現在は「家族アルバム『みてね』」という家族間で子供の写真や動画を共有するアプリのプロデューサーをしています。なので、ユーザーサポートに関する相談なんかをされたり、ふらっと席まで来られることもあり、こちらが恐縮してしまいますね。

大柴:最後に奥田さんの将来の夢みたいなものをお伺いできればと。

奥田:夢ですか・・・そうですね、ユーザーサポート、カスタマーサポートは一通りやってきたし、そのノウハウを形にしたいなと思ってます。コールセンター業務のノウハウに関する本はたくさんありますが、メールやチャット、CGMなどを使ったユーザーサポートに関する疑問を解決するようなものはあまりないんです。本じゃなくてもいいけど、共有していきたいなって思います。

大柴:良いですね!ぜひいつの日か!今日はありがとうございます。

会社のためなら何でもやる「アイスタイルのスペシャリスト」ーー隠れたキーマンを調べるお・アイスタイル勝並さんインタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。 日本最大のコスメ・美容の総合サイト「@cosme」で有名なアイスタイル。女性も数多く働き活躍をしている同社において、様々なプロジェクトに携わり、現在はユーザーサービス…

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

日本最大のコスメ・美容の総合サイト「@cosme」で有名なアイスタイル。女性も数多く働き活躍をしている同社において、様々なプロジェクトに携わり、現在はユーザーサービス本部マネージャーとして、また母として多忙の日々を送っている勝並明子さんにインタビューしました。

大柴:今日はよろしくお願いします。これまでこの「隠れたキーマン」を20社くらい取材してきましたが、初の女性キーマンです!

勝並:そうなんですか。よろしくお願いします。

大柴:勝並さんはアイスタイルにいつ頃入社されたのですか?

勝並:「入社」となると2003年です。ただアイスタイル設立前から「@cosme」のアイデアを吉松(代表取締役社長兼CEOの吉松徹郎氏)から聞いていて、手伝ったりしていたんですよ。

大柴:おぉ、そうなんですね!!

勝並:99年の夏頃、とある友人と食事をしてたんです。その最中に友人の電話が鳴ってその友人は電話に出て話し出したんです。会話を漏れ聞いていると何だかすごく面白そうな話で。

大柴:なるほど。

勝並:友人が今度その電話の主を訪問するというので「私も連れて行って欲しい」とお願いして、その週末に一緒に行くことになりました。そこで初めて会ったのが吉松で、「@cosme」のアイデアを聞いて「これは面白いな」と。でも当時既に社会人だったので、週末だけ「@cosme」を手伝うことになりました。

大柴:なるほど。その頃はどこの会社で働いていたのですか?ベンチャーですか?

勝並:いえ、IHIです。新卒で入社しました。

大柴:少し意外な会社ですね(笑)。

勝並:家族や親戚などがゼネコンなど堅い会社で働いている人が多くて。自分としてはそんなに違和感なく就職したんですよね。入ってみるとやっぱりとても良い会社で楽しかったんです。でも学生時代に周囲にいた人達と全然違うんです。それで「私、ここでやっていけるんだろうか」と少し不安を感じていました。その頃にさっき話した出来事があって、週末だけだけどベンチャーに関わるようになったんです。

大柴:なるほど。ということは学生時代もベンチャーに関わっていたのですか?

勝並:はい。大学の時、電脳隊を少し手伝ってました。川邊さん(現ヤフー取締役副社長の川邊健太郎氏)が大学の先輩だったので。

大柴:あの伝説のベンチャー、電脳隊!!

勝並:学生が集まるオフィスがあって、遊びにいったり、少しだけライティングや、企画などを手伝っていました。

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大柴:そうだったんですね…。アイスタイルを手伝い始めて、そのまま入社という感じですか?

勝並:いや、違うんです。最初にアイスタイルに行った時に一緒に行った友人が起業したんです。インターネットリサーチなどWebマーケティングの会社です。その友人に誘われたのでIHIを辞めて、創業メンバーとしてジョインしました。

大柴:そうなんですね。

勝並:その会社のクライアントとしてアイスタイルがいて、私が担当をしました。ドコモ公式サイトなど「@cosme」に関する企画やリサーチなどをやっていました。もちろん他にもクライアントはいましたが、アイスタイルはがっつり取り組んでいたクライアントでした。

大柴:なるほど。

勝並:2003年頃に社長が「本当は人材教育の事業をやりたいんだよね」と事業をピボットすることになったんです。それで一つのタイミングかなと会社を辞めることにしました。吉松にも「辞めるんですよ」と挨拶したんです。そしたら「じゃあアイスタイルに来ればいいよ」って。他にも何社か誘われていたので悩んでたんですよね。

大柴:なるほど。

勝並:数日後、アイスタイルにいる友人から「ウチに入ることにしたんだね」って言われたんです。「え?なになに?」って聞いたら「もう座席表に書いてあったよ」と。

大柴:あるあるですね(笑)。

勝並:「これも縁かな」ってアイスタイルに入社することに決めました。

大柴:アイスタイル入社後はどのような業務につかれたのですか?

勝並:「@cosme」ユーザーを活用した商品開発などですね。これまで外部から関わっていたリサーチ事業を今度は内部から携わるという感じです。美容事業をやっていきたい家電メーカーと一緒に商品開発をするようなものです。最初はそんな業務をしていたのですが、2005年にいきなりイベント担当に任命されまして・・・。

大柴:イベントですか?

勝並:@cosmeエキスポというイベントを開催することになりまして、最初は「○○人収容できる会場を調べて」などのリサーチをするくらいの関わりだったのですが、気がついたら担当に任命されまして。イベント運営は未経験で、いきなりの1万人規模のイベントを任されたのですごい大変でした。

大柴:うわぁ、大変ですね。イベントは成功しましたか?

勝並:はい。大盛況で。

大柴:さすがです。

勝並:イベントも終わってホッとしてたんですよ。その頃アイスタイルは子会社を設立したんです。そのうちの一つでデータ活用やBtoBソリューションを事業とするアイスタイルマーケティングソリューションズという会社ができたのですが、そこのバックオフィスを全て見ることになったんです。管理業務を基本的に一人でやりました。管理だけでなく、営業もやったのですごく大変で。

大柴:そうですよね・・・。

勝並:あまりに忙しくなったので、事務の人を一人採用し、管理全般を任せました。その人、経理業務自体は未経験だったのですが、今では経理マネージャーとなっています。

大柴:アイスタイル入社後、激動の毎日を送っていますね。

勝並:そうですね。ただ2007年から2008年まで産休育休を取って会社を休んでいたんです。

大柴:そうなんですね。

勝並:育休明けて復帰したらアイスタイルマーケティングソリューションズという会社は無くなっていまして(笑)。

それで営業部門にいき、ブランドファンクラブというサービスの事務局管理などをやったりしていました。やっていくうちに改善点も見つかり、また営業の声も聞いたりといろいろやっていたんです。気づいたら営業部門のマネージャーになっていました(笑)。5年ちょっとですかね。半分管理、半分営業みたいな感じでした。去年くらいにモノを作る側に回りたいなと思って、モノ作りのサービスプロデューサーになりました。

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大柴:ちょっと吉松社長のことも聞いてみたいと思います。99年に初めて会った時の印象は?

勝並:当時吉松は26歳で、すっごい楽しそうに事業モデルの話をしてくれたんです。一点の曇りも無く、キラキラとしてた。こんなにビジネスモデルやビジョンを楽しそうに嬉しそうに話す人は見たことないなって。なんでこんなに楽しそうに語れるんだろう?って不思議でした。

でも聞いてるうちに「なんかこの人の言ってる夢は叶いそうな気がする」って思ってきたんです。叶いそうだし、その夢が実現できたらいいなって。

大柴:なるほど。

勝並:あれから15年以上経ちますが、基本的に今も変わっていないんです。考え方や想いが全くブレてないし、言ってることも変わらない。それが凄いなって。今でもほんと楽しそうに事業モデルやビジョンを語るんです。想いがすごく強い。

大柴:すごいですね。

勝並:普段はすごく自然体で、みんなともフラットに接する社長です。一部上場企業の社長には見えない(笑)。とても素直でピュアです。

大柴:天真爛漫な感じですかね。

勝並:そうですね。少年のようです(笑)。

大柴:そんな吉松社長とともにずっとやってきたわけですが、勝並さんの今後についてお伺いできればと。

勝並:この会社はどこまでいくんだろう?というのにとても興味があるんです。その成長を会社の中で見ていたいなって思うんです。私はアイスタイルでいろんな業務をやってきて、遊軍部隊って言われるんです。アイスタイルの中ならどこの部門でも力を発揮できる「アイスタイルのスペシャリスト」だと思ってます。

会社の成長のためには何でもやるし、一番自分の力を発揮できる場所だと思っています。それが可能なのは、やはり最初に吉松から聞いたビジョンが全くブレてないからだと思います。軸がブレないからどこに問題があるかすぐにわかるし、解決できる。そう思ってます。

大柴:「アイスタイルのスペシャリスト」ってすごくよくわかります。

勝並:家庭もありますし、やっぱり時間的制約は出てきます。そんな中、短時間で最高のパフォーマンスを出すにはいまはアイスタイルしかないかなと思うんです。それも、会社の人や外の人の協力に支えられながらやっていっています。ほんと感謝です。

大柴:とても楽しく興味深いお話を伺えたと思います。今日はありがとうございました!