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アメリカから見たウェルビーイング、ESGトレンド——Amber Bridge Partners 奥本直子さん Vol.2

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 ニュースレターの購読 注目すべき記事、世界のスタートアップシーンの話題、BRIDGE 主催のイベントに関する情報をお届けします! Sign Up Amber Bridge Partners(アンバー・ブリッジ・パートナーズ)の奥本直子さんに話を伺っています。前編では、奥本さんがウェルビーイングや ES…

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

Amber Bridge Partners(アンバー・ブリッジ・パートナーズ)の奥本直子さんに話を伺っています。前編では、奥本さんがウェルビーイングや ESG に関心を持たれた経緯、現在の活動などについて伺ってきました。この分野で世界の先頭を行くアメリカのリアルは、日本にいる我々にも役立つに違いありません。

後編では、大企業、中小企業、スタートアップなど会社の規模や形態を問わず、私たちがウェルビーイングや ESG の考え方を取り入れるべき理由、課題などについて語っていただきます。この分野を手がける企業に大きな可能性があることを再認識させられる機会となりました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奥本氏、文中敬称略)

ウェルビーイングはなぜ重要か?

企業にとって、ウェルビーイングは必要不可欠なものになっていくのでしょうか?

奥本:戦後の復興による経済成長に伴い、企業は社員を管理し、効率よくマネージメントしていく手法が主流となりました。戦後76年、人生100年時代に働き方は大きく変化し、働き方や会社に求められる役割も大きく変化しました。「社員が幸福で前向きに仕事をすることで生産性が上がり、会社の成長に繋がる」このようなポジティブなサイクルを生み出すためには、会社そのものが、社員が心理的に安全で前向きな気持で仕事に取り組むことが出来、可能性を十分に発揮出来るプラットフォーム的な役割を果たす時代が来ているのではないかと思います。

会社というプラットフォーム上でどれだけ「最高バージョンの自分」になってもらうか。生まれてきたからには自分の可能性を生かしたいと思っている人は多いですよね。社員のひとりひとりが仕事を通して「最高バージョンの自分」になることをサポートする、そういった観点でのプロダクトやサービスのデザインがこれからの時代大切になってきます。

社員のウェルビーイングを実現するために、米国の大手IT企業、GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)もさまざまな工夫をしています。これらの先進的なテクノロジー企業は、激しい競争を経て入社してきた才能の社員に、働きやすい環境を与えることにより、実力を思う存分発揮してもらいたいと思っています。それを実現するために、ウェルビーイング・テクノロジーを社員の福利厚生として提供する会社が増えてきています。このトレンドもあいまって、これまでウェルビーイング・テクノロジーはB2C向けだとみなされていたのですが、最近はB2B向けプロダクトやサービスが急増しています。

Amber Bridge Partners 奥本直子さん

ウェルビーイング・テクノロジーを企業に提供するスタートアップもあるのですか?

奥本:はい。例えば、 ウェルビーイングのB2Bソリューションを提供するHappifyというスタートアップがあります。この会社は、2012年にニューヨークにて創業され、今やユニコーン企業です。CEOの Oferさん(Ofer Leidner 氏)とは仲良くしていただいています。

Happify のサービスを通して、社員は心身の健康状態をインプットします。社員の心身の健康が低空飛行しているとき、アプリにAIボット「Anna」が現れて、科学的な研究を基にしたコミュニケーションをしてきます。例えば、「今日の調子はどう?」「あんまり根を詰めないで、ちょっと外を歩いてみましょう」とか、「水飲んでる?」「深呼吸してる?」みたいな、誰かが寄り添ってくれているような感覚にさせるようなコミュニケーションです。個人データをトラッキングし、それをもとにコーチングを提供、そのプロセスを経て行動変容を促すなど、科学的なリサーチやデータに基づいた予防策をAIで提供するのが特徴です。

企業が、社員のウェルビーイングを全面的にサポートすることにコミットメントするという姿勢を通して、社員は辛いときに会社から守ってもらっているという心理的安全を得ることが出来、会社へのロイヤリティが増します。そして、心身の健康を取り戻した暁には、また前向きに頑張ることが出来るのです。

ウェルビーイングに対する捉え方は、世代によっての違いもあるのでしょうか。

奥本:今年1月にダボス会議がオンラインで開催され、そこでデロイトのグループCEOがウェルビーイングについてお話しされました。デロイトは、世界に30万人のプロフェッショナル社員を抱えていますが、その80%はミレニアルとZ世代です。デロイトのグループCEOは、これまで昇進とそれに伴う報酬の増加を目標に頑張っていらっしゃいました。ところが、社員に「あなたにとって一番大事なものはなんですか?」とアンケートをしたところ、「ウェルビーイング」が断トツ一番だったそうです。そこで「困った」と。これまで昇進と報酬を「飴(とムチ)」として組織を牽引してきたのに、ミレニアルとZ世代は「ウェルビーイングが大切」と言う。「企業としてのウェルビーイングとは一体何か」を探るべく、セールスフォース、ユニリーバ、HSBCなどの大手とタッグを組み、話し合い、その結果を内外に発表していくとのことです。

デロイトのグループCEOは、最初に変革すべきことは「メンタルで苦しんでいる社員に対する差別や偏見」だとおっしゃいました。CDC(米国連邦防疫センター)が昨年6月に発表した調査によると、「米国成人の40%がなんらかの精神疾患を患っている」という憂うべき結果がでました。これこそ、コロナ・パンデミックに劣らない「もうひとつのパンデミック」といえるでしょう。

Mental Health, Substance Use, and Suicidal Ideation During the COVID-19 Pandemic (Image credit: CDC)

もしかしたら、日本でも似たような結果が出るのかもしれません。メンタルヘルスとは、心の病気を指す言葉ではなく、「心の健康状態を問う言葉」です。世界保健機構(WHO)は「身体的にも、精神的にも、社会的にもウェルビーイングな状態にあること」が「心の健康」と定義づけています。会社におけるメンタルヘルスは、社員の心の健康にとどまらず、「社員のための健康な職場づくりの推進」を意味し、企業のウェルビーイングへの取り組みはますます重要性を増してくるのではないかと思います。

日本でも、ウェルビーイングに注目が集まりはじめています。しかしながら、多くの企業はウェルビーイングを理解し、咀嚼し、取り組みについて議論する段階で、実行に至っている企業はまだまだ限られているようにお見受けしています。

さまざまな企業からご相談を受けるのですが、そこでアドバイスさせていただいていることは、1) まず経営層がウェルビーイング経営に対する覚悟を決めること、2) 経営理念の根幹にウェルビーイングを据えること、3) ウェルビーイングはメンタルヘルス対策だけでなく、社員がやりがいを持って前向きに仕事が出来る観点から対策を講じていく、などです。

企業のウェルビーイングへの意識が高くなり、「会社のパフォーマンスは社員の幸福度で左右される」ということが多くの企業の間で共通認識となりつつあることは、ともて喜ばしいことです。私にも何か貢献できることがあれば、是非お力になりたいと思っています。

企業にとってのウェルビーイング

ウェルビーイングと資本主義的な原理は結び付けて考えていかないといけないということですね。ウェルビーイングをちゃんとやっているところが投資家からもお金を集めやすく、やっていないところは淘汰されていくということを、日本の人々にどう分かりやすく伝えていきますか?

奥本:とてもいいご質問だと思います。

昨今、機関投資家が投資判断をする際の重要な指標としているのがESG です。ESGとは、Environment(環境)、Society(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉で、企業の長期的な成長のためには、この3つの観点から事業機会や事業リスクを把握する必要があるという考えが世界的に広まりつつあります。特に、欧米の機関投資家はESGを重視しており、「ESGに取り組んでいない企業には投資しない」と宣言している金融機関もあるほどです。ウェルビーイングはESG指標に含まれ、重要な評価基準になっています。

次に、ウェルビーイング&ウェルネスは400兆円の市場とされ、急成長しています。これを3つのカテゴリーに分けてみるとこのようになります。

Amber Bridge Partners資料より

1つ目は、メンタル的な症状を改善したり、治療したり、予防したりするテクノロジーのカテゴリー「精神と感情のウェルビーイング」は160兆円規模の市場です。

2つ目は、よりよい対人関係、人間そのものがもつ価値を向上させるためのウェルネスです。
コロナ禍で働き方が大きく変化した結果、職場でのコミュニケーションのあり方が大きく変化しました。また、AI時代において、様々な仕事がAIによって自動化されていくなかで、人間とAIが共存していくことが今後必須になります。そのなかで、人間としての独自の価値を「7つのC」と定義してみました。

  1. Curiosity(好奇心)
  2. Creativity(創造力)
  3. Communication(コミュニケーション能力)
  4. Collaboration(コラボレーション能力)
  5. Critical thinking(論理的・客観的・合理的に思考を展開出来る力)
  6. Cognitive(非言語のところで認知・認識出来る力)
  7. Confidence & Conviction(自信と確信をもって人を巻き込んでいく力)

これら7つの価値を強化し、サポートするようなテクノロジー、人とのコミュニケーションやコラボレーションを円滑かつ効率的にするテクノロジーが、対人関係のウェルネス・テクノロジーのカテゴリーです。

3つ目は、自己実現とパフォーマンスの向上です。せっかく生まれてきたからには「最高バージョンの自分」になりたいですよね。そこで、パフォーマンスを上げるために外的環境はとても大切です。それには、人間中心の街づくりやパフォーマンスの向上を考慮した住環境やオフィスデザインなどが含まれます。また、Apple Watchに代表されるウェアラブルの発達により、個人の生体データが取れるようになりました。個人のデータをもとにパーソナライズされたプロダクトやサービスを使うことにより、パフォーマンスを上げることに貢献するテクノロジーもこのカテゴリーに含まれます。

対人関係のウェルネス・テクノロジーにはどのようなものがあるのですか。

奥本:例えば、エモーショナルAIです。Zoomで50人に対してプレゼンテーションをするとしましょう。多くの聴衆の方々はビデオも音声も消しています。シーンとしたなかでプレゼンテーションをするわけですが、話がウケているのかウケてないのか全くわからない(笑)。

でも、仮に、そこにエモーショナルAIが搭載されていて、聴衆の表情から興味をもって聴いているかどうかを指標にして、リアルタイムで知らせてくれるとしましょう。すると、プレゼンターは、興味指数が落ちているときに、上手くジョークを挟んだりして、聴衆とのエンゲージメントを取ることが出来るようになります。

ウェルビーイングから見た未来予想図

ウェルビーイング・スタートアップの将来は、どのようになると予想されていますか。

奥本:今現在、ウェルビーイング&ウェルネス・テクノロジーの市場規模は約400兆円です。ミレニアル、Z世代がウェルビーイングに高い関心をもっていることにプラスしてコロナ禍の影響もあり、心身の健康を社会的な課題とみなし、その解決策としてのプロダクトやサービスを手掛ける起業家が増加したため、ウェルビーイングのテクノロジー・スタートアップが急増しています。過去数年間で急成長した会社の例をあげると、Calmは5年前の評価額6億円から現在2,200億円、およそ367倍です。Noomも5年前の評価額100億円前後から現在4,000億円、40倍にも成長しています。今後もますます市場が拡大していくことが予想されます。

ウェルステクノロジー市場のカオスマップ(2020年第4四半期現在)
Image credit: Nfluence Partners

加えて、2年近くコロナ禍を経験して、心身の健康を「自分ごと」として捉える方が増えました。特に、メンタルヘルスに関する理解が深まったのではないかと思います。

さらに、欧米から始まったESGの概念が広まるなか、企業のウェルビーイングへの取り組みが投資判断の重要基準になっています。GAFAMに代表される欧米の先進企業は、福利厚生のひとつとしてウェルビーイング・テクノロジーを提供するようになりました。この動きを受けて、これまでB2Cとみなされていたウェルビーイング・テクノロジーは、B2Bの需要が増えることによりB2B2C型のビジネスとして拡大しています。

今後、ウェルビーイング・テクノロジーは重要性を増し、市場はますます拡大していくことでしょう。私は、ウェルビーイング分野こそ、日本が世界に情報発信をしたり、プロダクトで世界に打って出ることの出来る分野ではないかと思います。数年後には、日本発のウェルビーイング・テクノロジーが、GAFAMに採用され、人々の生活にウェルビーイングをもたらす一助となっている可能性にわくわくしています。

瞑想アプリの「Calm」は、昨年、日本市場向けコンテンツをローンチした。
Image credit: Calm

コロナ禍の今、アメリカの GAFAM をはじめ多くの IT 企業が在宅勤務ですよね。テクノロジーでウェルビーイングを高めるというような活動は、すでに徹底されていたりするんでしょうか。

奥本:GAFAMをはじめ多くの企業が、少なくとも今年中は原則在宅勤務としています。社員の心身の健康を測定し、重症化する前に介入するようなサービスが急成長しているほかに、先にお話させていただきましたSlackなどのコラボレーション・プラットフォーム上でのメンタリング・サービス、バーチャル水飲み場、バーチャル・チームビルディング活動など、在宅勤務を余儀なくされた社員が孤独になることを防ぎ、チーム内外の連携が自然に取れるような工夫が講じられています。

ただし、そのようなサービスには限界があり、やはりヒューマン・タッチ、ヒューマン・コネクションに勝るものはないのでしょうね。今後は在宅とオフィス勤務の選択的ハイブリッド型が一般的になってくるのではないかと思います。

特にテレワークだけに依存するのは、新入社員にとってはかなりキツイですよね?

奥本:私の息子は、今年から米国セールスフォース本社に勤務しています。しかしながら、入社してから一度もオフィスに行ったことがない、上司やチームメンバーにも直接会ったことがない、新入社員オリエンテーションや研修はすべてオンライン。もちろん、仕事もオンラインということで、相当大変な思いをしているようです。

仕事を円滑に進めていく上で信頼関係は欠かせません。新入社員ということもあり、どのように上司やチームメンバーと信頼関係を結ぶかということに悩み、常にオンラインでいなければいけない、すぐさま返事をしないといけないという焦りを感じ、きっちり結果を出していかないといけないというプレッシャーと戦う、いろいろな意味で大変そうです。

社会は人と人との繋がりで成り立っています。コロナ禍で働き方が大きく変化し、ストレスを感じる方が増えました。シリコンバレー・日本間の事業開発・投資という仕事柄、常に日本側とリモートでコミュニケーションしている私にとっても、この一年半は大変なストレスでした。ストレス解消のために、唯一コロナ禍で許されるスポーツがゴルフだったので、大手を振って人と会うためにゴルフを始めました。今では、すっかりライフスタイルの一部として定着しましたが、なかなか100を切ることが出来ません。100切りは目下の目標となっています。

ウェルビーイングの分野は、日本が持つ強み、日本が持つ歴史が生きる分野なんですか?

奥本:そうです。絶対そうだと思います。ただ、0→1のところにこだわる必要はなく、海外からのテクノロジーを採用し、それを日本が得意とする洗練されたデザイン、使い勝手、データの倫理観などの強みを生かして、よりよいプロダクトに改善していくことにより、1→100に成長させていくというアプローチでもいいと思います。とにかく、考えるよりも、アクションを起こすことが大切です。

日本政府もウェルビーイングに対して取り組みを始められました。最近、政府から「予防・健康増進のためのヘルスケアサービスの取り組み」や「健康経営」に関する発表がありました。2025年に開催される万博でも「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマのもと、ウェルビーイングが主題になっています。このようなイニシアチブを通して「いま我々にとってのウェルビーイングってなんだっけ」ということを、国、地方自治体、企業、個人がそれぞれの立場で考えるまたとない機会になるのではないかと思います。

奇しくも、コロナ禍はウェルビーイングを「自分ごと」として考えるきっかけを与えてくれました。ウェルビーイングは新しい分野でもあり、様々な意見や疑問が行き交います。それでいいと思うのです。混沌とした中で、思考し、実行して失敗し、それを繰り返すことではじめて「解」を見出すことが出来る。そして「解」はひとつではありません。まずは、取り組むことが大事。小さなことでもいいのでアクションを起こすことが大事だと思います。失敗から学ぶ、そして諦めないで成功するまで続ければ、それは失敗にならないのですから。

私自身、「ウェルビーイング・マーケット・インテリジェンス・プログラム」やウェルビーイングに特化したVCファンドの活動を通して、ウェルビーイングな世の中になるよう尽力していきたいと思っています。みなさんとウェルビーイングな社会を共創していくことを楽しみにしています!

ありがとうございました。

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アメリカから見たウェルビーイング、ESGトレンド——Amber Bridge Partners 奥本直子さん Vol.1

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 ニュースレターの購読 注目すべき記事、世界のスタートアップシーンの話題、BRIDGE 主催のイベントに関する情報をお届けします! Sign Up 昨年くらいから、スタートアップや投資の世界でも、ウェルビーイングや ESG といった言葉を目にすることが多くなりました。資本主義の世界に生きていると、とかく…

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

昨年くらいから、スタートアップや投資の世界でも、ウェルビーイングや ESG といった言葉を目にすることが多くなりました。資本主義の世界に生きていると、とかく利潤の追求に焦点を合わせがちですが、人の幸福があってこその事業であり、経済であるとの考えから、これらは2020年代の社会を象徴するキーワードに数えられることになりそうです。大企業にとっても、スタートアップにとっても、一見すると利潤の追求に結びつかなさそうなウェルビーイングや ESG の概念を事業にどう取り入れるかは大きな課題です。今回はこれまでテック大手やVCなどで経営に携われたキャリアを持ち、大手企業へのアドバイスやスタートアップ投資なども手掛けられる Amber Bridge Partners(アンバー・ブリッジ・パートナーズ) 奥本直子さんに話を伺いました。

(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奥本氏、文中敬称略)

Amber Bridge Partners が目指すもの

Amber Bridge Partners を立ち上げられたいきさつ、立ち上げの背景、どういう活動をされているかをお話しいただけますか?

奥本:子供のころから一貫して日米のビジネスの橋渡しをしたいと思っていました。ロータリー財団の奨学金で米国の大学院で学んだのもコミュニケーションです。この Amber Bridge Partners は「ブリッジ」と付く通り、人と人、会社と会社、国と国を繋いでいきたいという思いを会社の名前にし、2017年に設立しました。

会社を設立したところ、2人の方から連絡をいただきました。ひとりは孫泰藏さんです。泰藏さんはMistletoe(ミスルトゥ)というグローバルなインパクト・コミュニティを運営していらっしゃいます。このコミュニティは、テクノロジーを通して社会の課題を解決したいという強い思いをもった人々の集まりで、起業家、ビジョナリー、事業家、アカデミアなど、様々な分野でご活躍される方々から成ります。Mistletoeの活動の一環として、テクノロジーで世界をより良くするというミッションをもった起業家やファンドに投資活動をしています。米国でも事業展開を手伝って欲しいとお声がけいただき、米国市場のマネージング・ディレクターとしてスタートアップに投資をしたり、ファンド投資をしたり、プロジェクトを立ち上げたりしていました。

ふたり目は、ヤフー・ジャパンの元CEOの宮坂学さんです(現在は東京都副知事)。宮坂さんがCEOを退任されるにあたり、次世代が誇りに思えるような未来を創るというミッションのもと、イノベーションにフォーカスしたファンド、Zコーポレーションを立ち上げられました。宮坂さんから「いっしょに仕事しない?」とお声がけいただき、ブロックチェーン・仮想通貨に大きな可能性を感じていた私は喜んでお引き受けしました。

ZコーポレーションはPEファンド的な立ち位置で、ソフトバンクがヤフーに投資をしてヤフー・ジャパンを立ち上げ成功したように、ブロックチェーンやモビリティの分野ですばらしいテクノロジーを持つ会社と日本でジョイントベンチャーを立ち上げ、0→1のところと1→10のところをオペーレーションの経験豊富なチームで成長を支えていくというスキームで活動していました。

Amber Bridge Partners 奥本直子さん

ESG 関連のスタートアップにも関わっておられますね。

奥本:米国スタートアップの日本市場進出のサポートをしていますが、そのひとつがFiscalNote社です。FiscalNote社は、アジア系米国人の20代の若者二人によって設立されたPre-IPOのスタートアップです。世界中の政府の立法・法規制情報を収集し、AIを通して政府やグローバル企業にタイムリーに情報を提供しています。米国政府やグローバル企業5200社をクライアントに持ち急成長中です。世界各国の立法・法規制やESGの動きをタイムリーに理解することにより、それに基づいた戦略を策定したり、ロビーイングやコンプライアンス対策を講じるなど、政府やグローバル企業にとっては欠かせないサービスとなっています。

近年、世界中で成長傾向にあるESG投資が、コロナ禍で更に急増しました。機関投資家が投資の判断をするにあたり、ESGに配慮した投資を重視するようになったからです。この背景には、社会全体への影響を包括的に勘案しなければ、経済成長や投資利益は得られないという認識が常識になりつつあることがあげられます。FiscalNote社のESGサービスは、カーボンニュートラル(脱炭素)に対する各企業の取り組みを世界標準に対して可視化することにより、企業の脱酸素に対する戦略作成をサポートします。また、ダイバーシティ&インクルージョンに関しても、グローバル企業における女性やマイノリティーを含む社員比率、取締役会の男女構成比率をリアルタイムで把握することにより対策を立てることが可能になります。

ESGへの取り組みは世界標準になりつつあることから、日本市場におけるESGサービスを立ち上げることにより、日本企業のグローバル進出の援護射撃が出来ればと思っています。

FiscalNote の画面(Image credit: FiscalNote)

2019年12月からは、データやコンテンツに特化した S4 Capital の社外取締役も務めていらっしゃいます。

奥本:世界最大級の広告代理店兼マーケティング会社、WPPを創業、30年以上舵取りをした英国人のマーティン・ソレル卿が、2018 年に創業したのがデジタル・マーケティング・ソリューションの会社 S4 Capitalです。この会社は、英国株式市場に上場しており、33カ国に5500人の従業員を擁するグルーバル企業です。社外取締役を務める米国スタートアップのCEOが、ソレル卿に私のことを推薦してくれ、半年ものインタビュー期間を経てオファーをいただきました。四半期毎に実施される取締役会は7時間から8時間に及$mm$10M x 1% といとい$100Kにその他にも頻繁に臨時取締役会が招集されます。さまざまなイシューを話し合いますが、その過程でソレル卿を始めとするグルーバル・エクゼクティブからから多くの学びがある素晴らしい機会となっています。

ウェルビーイングにも注力されていると伺いました。

奥本:3年前にシリコンバレーで開催されたトランスフォーマティブ・テック主催のカンファレンスにて、主催者のニコル・ブラッドフォードと出会ったことがきっかけです。彼女は、ゲーム会社のエグゼクティブでしたが、7年前に米国シリコンバレーを拠点とするトランスフォーマティブ・テックという非営利団体(NPO)を立ち上げました。この団体は、ウェルビーイング・テクノロジーの世界最大のエコシステムに成長し、現在、72か国、450都市に、スタートアップ、投資家、アカデミア、コーポレートから成る9,000人のメンバーを抱えています。

ニコルは、スタンフォード大学やSingularity Universityで講師を務め、学術論文に3,800回以上引用されるほどウェルビーイング・テクノロジーの中心的な人物です。ニコルと初めて会ってから1週間後に、”I have to see you”と連絡がありました。「あなたと会わなければいけないの」と言われたら、会わないわけにはいきません(笑)。自宅まで訪ねてきてくれた彼女と、お茶をし、手作りの夕食でもてなし、そのままワインを飲みながら深夜まで語り合ったのがきっかけで、とても親しくなりました。

その頃、私自身も「ヒューマン・セントリック(人間中心)なテクノロジーにフォーカスしていきたい」という思いを強くしていたところでした。このニコルとの出会いがきっかけとなり「テクノロジーを通して、誰もが健康で、幸せで、自分の可能性を最大に活かせるようなウェルビーイングな世界を実現していきたい」という思いがどんどん強くなりました。

現在、ニコルと共に、ウェルビーイングに特化したファンド「NIREMIA Collective」を立ち上げる準備をしています。ベンチャー投資を通して、テクノロジーでウェルビーイングな世の中を実現しようとする起業家をサポートし、誰もが健康で幸せで、「最高バージョンの自分」になれるような世の中を共創していければとと思います。

Nichol Bradford 氏(Singularity Universty の Web サイトから)

コロナ禍が火をつけた、ウェルビーイングとESG

奥本さんがよくnoteに書かれているウェルビーイングやESGという言葉ですが、日本では今ひとつ遠い存在という印象を持っている人が多いようにと思います。日本とアメリカで、一番ギャップを感じたこと、日本の人にもっと知ってもらいたいことはありますか?

奥本:弊社は「ウェルビーイング・マーケット・インテリジェンス・プログラム」を大手企業にご提供し、クライアント企業のプロダクトやサービスに関するコンサルティングをしています。このプログラムを通して、大企業の幹部や中間管理職の方々とお話すると、さまざまなジレンマにぶち当たってらっしゃるなと感じます。

ひとつは、プロダクトやビジネスを立案する際に、ウェルビーイングなものを作りたいという思いはある一方で、マネタイズを考慮すると、「これではお金が取れないよね」、「nice to have」だけど「must have」じゃないよね、という結論になってしまうことです。例えば、リモートワークのためのソリューションを考えたときに、直ちにニーズがあってマネタイズ出来るもの、例えば、オンラインで出勤退勤を確認するとか、従業員のブラウザをモニターするなど、会社側が従業員を管理するためのソリューションを考えてしまいがちです。

ただ、ウェルビーイング的な観点からみると、「成功して幸せになる」のではなく「幸せだから成功できる」のであり、社員の働く満足度を高めることが会社の成功に直結しているのではないかと思います。社員の幸福度や前向きさを増進するためには、個々の特性を生かした仕事に就く、自分の仕事が意義があることだと誇りに思える、上司、同僚、部下との繋がりを感じる、感謝される・認められるなどを通してモチベーションを高くもつなどが大切な要素になります。従業員を管理するのではなく、従業員の幸福度が生産性に繋がるという観点からプロダクトを開発することこそ、ウェルビーイングの時代に大切だと思います。

コロナ禍になって、仕事の状況管理や生産性向上のツールは多く生まれていますが、モチベーションを上げたり、気持ちよく仕事したりしてもらうための工夫はまだ少ないですよね。

奥本:コロナ禍で働き方が大きく変化しました。リモートワークが一般的になり、ビデオ会議によってミーティングがよりアジェンダドリブンになるなど、社員は慣れないリモートとwithコロナ時代の仕事の仕方にストレスを抱えています。コロナ禍以前は、会議後の移動時とか水飲み場などで交わしていた何気ないコミュニケーションが激減し、孤独を感じたり、生産性が落ちたり、鬱になったりする社員が急増しています。シリコンバレーでは、このような問題を解決すべく、様々なソリューションが生まれてきています。

例えば、Slack上に水飲み場的な場所をバーチャルに提供したり、社員間のメンタリングのマッチングを提供したり、趣味や興味別にランチミーティングを企画出来るソリューションなどがあります。会社に所属する目的は、稼ぐことだけではなく、人と繋がることや、自分の思いを実現すること、学び成長することでもあります。ただ、そういったソリューションは「nice to have」だと思われがちで、まだまだ軽視されているのが事実です。

矢野和男先生(日立製作所フェロー、ハピネスプラネット代表取締役)によると、人と人とのフラットなつながり、社員間で交わされる「どう思う?」とか「それいい!」とかのちょっとした会話、すべての社員が平等に発言権を持つことは、社員の幸福度に大きく影響するという研究結果を発表されていらっしゃいます。社員のモチベーションや幸福度は、ちょっとしたところに隠れていて、それをちゃんと拾ってソリューションを提供することにより、企業の生産性に繋がります。不確実な時代だからこそ、企業は「管理するためのソリューション」ではなく、「組織の心の状態を健全に保つ」ための投資をするべきではないのでしょうか。

(後半につづく)

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本当に社会起業家に求められるインパクト投資をーーGLINが新ファンド設立

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ニュースサマリー:インパクト投資を手掛けるGLIN Impact Capitalは3月23日、1号ファンドの組成を明らかにした。2021年秋を目途にファンドクローズを予定している。投資対象は主に環境問題やジェンダー問題、さらにはメンタルヘルスや教育分野などの社会課題解決に取り組む企業へ出資を進める。また、出資ラウンドはグロースステージを予定しており、上場後の社会的ミッションを見据え包括的なサポート…

写真左から:中村将人氏、Vikram Gandhi氏、Shawn Cole氏

ニュースサマリー:インパクト投資を手掛けるGLIN Impact Capitalは3月23日、1号ファンドの組成を明らかにした。2021年秋を目途にファンドクローズを予定している。投資対象は主に環境問題やジェンダー問題、さらにはメンタルヘルスや教育分野などの社会課題解決に取り組む企業へ出資を進める。また、出資ラウンドはグロースステージを予定しており、上場後の社会的ミッションを見据え包括的なサポートを実施していく。

話題のポイント:日本においても、ジェンダー格差やSDGs文脈で社会的課題を議論する機会が増え始めている印象です。例えば、昨年日本政府は2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会を目指すことを公言しています。また、身近な例を挙げれば同じく昨年からプラスチック製のレジ袋が有料化へと移行するなど、社会課題と私たちとのタッチポイントはこれからも多くなっていくのでしょう。

そうした社会課題解決を目指す社会起業家へ投資を実施するファンドが、今回発表のあったGLINなどのインパクト投資及びESG投資双方を追求するプレーヤーです。

海外に目を向けると、アイアンマンとして著名な俳優ロバート・ダウニーJr氏がESG投資にフォーカスしたファンドFootprint Coalition Venturesを設立し、「フィンテックと環境問題を掛け合わせたコンセプトのAspirationへ出資していました。このように、既存の成長分野と社会課題を組み合わせたマーケットが生まれ始めているのも、同業界の特色と言えるでしょう。

また、JPモルガンからスピンオフしたDBL Partnersはクリーンエナジーの領域でTeslaに、Sustainable Products &Services領域で以前紹介したBellwether Coffeeに出資するなど、投資領域は限定されず多岐に渡っていることが分かります。直近では、感染症の拡大を防ぐことを目的としたハードウェアの開発元であるR-Zeroの1500万ドル規模のシリーズAラウンドにリード投資家として参加しています

さて、今回ファンド立ち上げを発表したGLIN代表の中村将人氏は同ファンドのミッションに「より良い資本主義の構築」を掲げています。同氏は「従来の資本主義上では、社会起業家が直面する弊害が多い」とし、この弊害を取り除く仕組みを作ることがミッション達成に近づくとしています。

「資本主義社会は、経済的成長やリターンをプライオリティーに置き経済活動のインセンティブ付けを設計してきました。それによって生じた問題を社会起業家は解決するべく挑戦しますが、そうした事業へ投資するVCや機関投資家は、どうしてもバリュエーションやExit戦略が先行してしまう傾向にあります。これはどうしても避けられない事実ですし、だからこそ社会面のリターンと経済的リターンを両立させたインパクト投資家が市場から求められる所以となっています」(中村氏)。

資料提供:GLIN

今回GLINはレイターラウンドの社会起業家支援に回るとしていますが、当初はシード期へのファーカスも考えていたようです。しかし上述したような「IPO直前の社会起業家」の不安視を取り除くべく、レイターを優先したとのこと。

「IR文脈で中長期的に社会ミッションに賛同してくれる投資家への需要は、特に国内で高まりつつあります。GLINはレイターステージにフォーカスすることで、インパクトある企業を経営者が持つミッション・バリューに寄り添い、長期的な成長にベットしていきます」(中村氏)。

インパクト投資のイニシアティブ団体「GIIN」によれば、2020年においてインパクト投資市場規模は7150億ドルという指標を公開しており、今後も成長を続けることが予想されています。国内市場はというと、市場分析を実施するGSG国内諮問委員会の調べによれば2019年時点で3000億円程度ではあるものの、2016年時点では300億円規模であり10倍の成長を遂げていることが分かります。社会のトレンドも過渡期にある今、国内でインパクト投資市場に挑戦するGLINには今後も注目が集まります。

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