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gumi、メルカリの中からチケットキャンプを選択した酒徳氏が振り返る、スタートアップ参加の道【社員番号1桁インタビュー】

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。 創業2年でmixiが115億円の価値を付けたチケットC2Cサービス「チケットキャンプ」。 創業期から取締役CTO…

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。

創業2年でmixiが115億円の価値を付けたチケットC2Cサービス「チケットキャンプ」。

創業期から取締役CTOをつとめる酒徳千尋氏は、モバイルゲーム事業を展開するgumiの社員番号2番でもあった。社員番号1桁としてスタートアップに参画するということについて話をお聞きする。(編集部注:インタビュアーは柴田陽氏と川村亮介氏のお二人、回答は全て酒徳氏)

突然のZynga Japan解散

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2007年ごろのウノウの様子/写真提供:酒徳千尋氏

「本当に青天の霹靂でしたね」ーー当時を振り返る酒徳氏はこう切り出した。

ウノウがZyngaに買収されて2年強が経過した2012年10月のある日、酒徳氏はあと3カ月足らずで会社が解散されるという衝撃的な告知を受ける。

ウノウがまだ12、3名だった2007年に入社した酒徳氏は、入社直後からウノウの出資先だったgumiの立ち上げに参画した。1年目はgumiの1番目のエンジニア(ウノウからの出向扱い)として、そして2年目はgumiの社員番号2番として同社が5,000万円を調達するまでの苦しいフェーズを支えた。

その後ウノウに復帰して数々のサービスに関わった後、Zyngaによる買収を迎える。会社の解散が告知されたのは買収から2年2カ月後のことだ。解散にあたり、会社が手配した転職サポートによってたくさんの転職オプションが目の前に並べられたが、酒徳氏は自分が起業することも含め、小さい会社しか選択肢として考えられなかった。

「自分としては、官僚的な組織文化に違和感があったんです。自分はスタートアップ向きの性格なのかもしれません」。

メルカリ、gumi・・・4つの選択肢

酒徳氏は4つの選択肢を検討していた。1つ目は古巣でもあるgumi。代表の國光宏尚氏から戻ってこないかと誘われており、gumiの海外事業にも興味があった。2つ目はウノウ創業者である山田進太郎氏が、次なるプロジェクトとして準備中だったメルカリ。3つ目はZyngaの同僚であるゲームプロデューサーが立ち上げようとしていたゲーム会社。そして4つ目がZyngaの同僚でもある笹森良氏が構想中のフンザだった。

中でもフンザの成功確度が一番高そうだったと酒徳氏は振り返る。

「当時笹森さんは、チケットのC2Cサービス(今のチケットキャンプ)と、ネイルサロンの口コミサイトの2つのアイディアを検討していました。いずれも、市場調査や競合の弱み、後発でも勝てるポイントなどが既に分析され、事業計画は相当練り込まれていた」。

笹森氏の経営手腕について同僚として間近で観察したことも一因だったという。

「自分として選択肢の中で笹森さんが一番だったんです。Webサービスに対して研究熱心だし、Zynga Japanの最後の1年間において事業の選択と集中で黒字化に近づけたことも、彼の手腕が大きかったと思う。社員をモチベートするモチベーターとしての才能もあると思った」。

今となってはもう笑い話だが、メルカリについては「ジェネラルなフリマアプリというのは全然ピンと来なかった」と思ったとのこと。

代表の山田氏についても、今は「ビジョナリーでモチベーターというイメージがある」と前置きした上で、当時の感想については「ウノウ時代は性格として独善的なところもあったし、うまくいかないと思ってました。ただ世界一周から戻ったらすごい変わってましたね」(筆者注:山田氏はメルカリ創業前1年間で世界一周旅行をしていた)

創業期のスタートアップを選ぶ軸は「腹を割って話せるか」

ウノウ、gumi、フンザと、数々の創業期にエンジニアとして関与してきた酒徳氏は、創業期のスタートアップを見分ける軸として2つのポイントをあげてくれた。

「創業メンバーたちと腹を割って話せるかということ。創業期であればサービスを巡って意見が対立する場面は当たり前で、腹を割って話せなければ相手の意見を尊重できない」。

2点目については「サービスの性質として自分が興味を持っているかどうか」。

例えばフンザであれば、創業者の笹森氏はライブ好き、(執行役員の)松浦想氏はアイドル好き、酒徳氏は演劇やスポーツ観戦が好きなのだそうだ。酒徳氏は「自分がdog fooding(サービスを自分で使ってみること)できることは大事ですよね」と語る。

意外だったのは創業期のスタートアップを選ぶ軸として「成功の確度は考えても仕方ない」という発言だった。というのは酒徳氏自身が4つの選択肢を選ぶ際に「成功の確度」で決めたように思えたからだ。その点については、酒徳氏は以下のように説明する。

「若い頃に比べ、だんだん技術を追求する面白さよりも、技術を使って何を実現するのかの方が興味が出てきたんです。面白い技術を満載しても誰にも使ってもらえなければ意味がないので、作るのであればヒットする、みんなに使ってもらえるサービスを作りたい。一方で、そのサービスが当たるか、ヒットかホームランかなどということは事前には分からないですよね?」。

つまり、成功の確度は重要であるものの結局見積もれないため、よりブレない軸として上記の2つがあるということなのだろう。

リソースが少ないからこそ、優先順位についての感覚が研ぎ澄まされる

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2007年ごろのウノウの様子/写真提供:酒徳千尋氏

フンザが創業期に重視していたのは徹底して無駄なことをやらない、本当に必要なことしかやらない姿勢だった。酒徳氏は「少ない人数、限られた時間で、何をやるかについて相当神経質なり、感覚が研ぎ澄まされていった」と振り返る。

例えばチケットキャンプには、ローンチからしばらく一部の機能が実装されていなかった。「去っていくユーザーを追うより、新しいユーザーを追うべき」というのが当時の理由だ。一分一秒でも削って本質的なところだけを追いたいという徹底ぶりはすさまじいものがあったそうだ。

サービスを通じてユーザー価値を届けることに集中したいという、ここまでの強い思いは、以前の社内政治に飽き飽きしていたことがフンザ創業メンバーの共通体験としてあったからかもしれないと酒徳氏は語る。

あらゆる人からSEOの話を聞いた

リリースから爆速で成長し、たった2年足らずでミクシィに買収されたチケットキャンプ。意外にもリリース直後から順風満帆ではなかったらしい。以前に手がけたもっと苦しいプロダクトよりは初動がいいと楽観視していた酒徳氏に対して、笹森氏は強烈な危機感を持っていたという。

「結果的には、笹森さんの危機感が正しかった。あのとき危機感を持っていなければいまのチケットキャンプはなかったかもしれないですね」。

当時、危機感を持って取り組んだのはSEO対策だったという。2カ月位、SEOに詳しいあらゆる人から話を聞いて施策を磨いた結果、サービスは上昇気流に乗ることになる。

酒徳氏が考える創業期スタートアップに向いていない人は?

自身の経験を踏まえ、創業期のスタートアップで勤めるデメリットとしては、ワークライフバランスの取りにくさがあると酒徳氏は振り返る。わかりやすいエピソードとして、笹森氏と深夜12時に交わしたチャット上の議論を説明してくれた。

「一部のユーザーにバグがあって、いま深夜12時から修正リリースを出すかどうかの議論になった。笹森さんは、たとえごく一部のユーザーであっても、修正が簡単ならば一刻も早くユーザーに届けたいという考え。僕は、明日10時に出せば影響ないのではなないかという考えだった。その時は結局折れて、12時から修正リリースを出しました」。

このような状況は創業期では日常的に発生する。こういう議論についていけない人、ワークライフバランスを重視するような人だとやはりうまくいくことはないだろう。ただこのとき酒徳氏が深夜の緊急リリースに反対したのは、早く眠りたいと思ったためではない。

「長期間走れるほうが大事だと思っていたから反対しました。C2Cのような長期間かけて伸びるようなサービスは、常に全力疾走していたのでは気力・体力が削られてしまい必要なときに走れない」。

こんな議論でさえ、本質的なサービス価値につながるかどうか、という点では、両者の哲学は一致しているのだ。

スタートアップに参画するタイミング

美術展の企画などをする仕事から、技術職へのジョブチェンジとして派遣社員扱いでドワンゴに2年務め、エンジニア勉強会をきっかけとして2007年にウノウに入社した酒徳氏。彼にも、社長と意見が合わないと翌日出社しない、というような時代があったようだ。

Twitterに会社の愚痴を書き込むようなこともあった。変わったのは2009年以降、つまりgumiでの立ち上げを経験してからだと語る。

「リーダー的なポジションになってから、部下がそういうことをしていると見苦しいなということに気づいたんですね。それ以降はやらなくなりました」。

数々の立ち上げに参画してきた酒徳氏だが、最近は「以前ほど馬力が出なくなってきた」とも打ち明ける。結婚・出産して家族ができると長時間労働はさらに厳しくなる。

「もしかすると、小さな子供がいる人は創業期のスタートアップに参画するのはやめたほうがいいかもしれない」と漏らした酒徳氏。「子どもがまた小さいという貴重な時期を、仕事に費やしていいのか、本当に考えるべきですね」。

今は「いかに自分が動いてしまわずに、人にやってもらうか」が酒徳氏のテーマだという。能力の高いエンジニアを採用するということは大前提とした上で、能力やモチベーションは引き出せるという。

「人によっても何をモチベーションとしているかは違う。褒めたほうが良い人は普通の200%増しで褒め、放っておくとふらふら本質的じゃないことに時間を使っちゃう人は、厳しい言葉で目指す目標の方に立ち返らせる。いかに最大限のパフォーマンスを引き出すかが仕事なんです」。

安武氏や藤本氏のインタビューでも共通していたテーマである、家族持ちはスタートアップに参加しづらくなるという問題。優秀なエンジニアであれば、あまり年齢に関係なく転職機会があり、失業の恐怖は比較的小さい。

逆にそれがゆえに、いつでもスタートアップに転職できると楽観していると、昼夜問わずスタートアップに打ち込むという機会を逃してしまうのかもしれない。独身で若いうちに創業期のスタートアップに参加して経験を積み、レバレッジできるものを蓄えておくという教訓が引き出せるのではないか。

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元nanapiの寺本氏が振り返る、非エンジニアによる創業期スタートアップでのバリューの出し方【社員番号1桁インタビュー】

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。 日本を代表するハウツーメディア「nanapi」は、2014年にKDDIに巨額で買収され話題になった。今回インタビ…

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。

日本を代表するハウツーメディア「nanapi」は、2014年にKDDIに巨額で買収され話題になった。今回インタビューする寺本智也氏は、そのnanapi(当時の社名はロケットスタート)に社員番号7番で入社。管理部長として同社の屋台骨を作った人物で、現在はマネーフォワードにて経営企画などに携わっている。

これまで本インタビューでは、エンジニアバックグラウンドの方々からお話を伺ってきたが、今回はバックオフィスの視点から、社員番号1桁として非エンジニアの人物にスタートアップに入社することについてお話をお聞きする。

※筆者注:nanapiはKDDI傘下の子会社と合併して現在はSupershipとなっている。寺本氏が入社した頃の社名はロケットスタートだが本記事では全て「nanapi」として表記を統一する

新規事業に手を挙げ「色んなことを経験した」リクルート時代

寺本氏は夜間の大学を卒業後に半年間プラプラした後、目に止まったリクルートの求人に応募。求人媒体の営業マンとして社会人人生をスタートさせた。「当時はスタートアップへの興味は全くなかった」という寺本氏だが、営業として1年ほど働いた頃、ふとリクルートの社内ベンチャーの公募に手を挙げたことが事業立ち上げとの最初の接点だったと言う。

「カンパニー内に別会社を作り、そこの設立メンバーとして、営業、営業企画、商品企画、ディレクター、事業統括など、バックオフィス以外のいろんなことを経験しました」。

バックオフィスはリクルート本社がサポートしてくれる仕組みだったため、唯一と言っていいくらい経験できなかった領域だったそうだ。立ち上げ期は5名のメンバーと一緒に、サービス開始までに3000本の求人広告を作る体制を構築したり、どういうクライアントに狙いを定めるかといった営業企画からサイト構築のディレクターなど、業務の垣根なく幅広い仕事をこなした。

3年ほど経過して業務が再び営業メインになってきた際に「自分は営業はそこまで向いてないな」と感じるようになり営業以外の道を探し始めることになる。

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創業期のnanapi社内風景/写真提供:寺本智也氏

管理系でもWebサービス系でもないのにnanapiに入社

営業ではない仕事を探していると、当時nanapiで役員を務めていた人物の耳に届き、寺本氏に誘いの声がかかる。

「正直なところ、当時はスタートアップに明るかったわけではなかったので、得体の知れない業界・会社に入社することに不安やリスクを感じなかったわけではありません。しかし、このまま今の仕事に残り続けて、10年後どうなるのかな?ということに対しての危機感の方が大きかったです。ただ、立ち上げは色んなことを経験できることは分かっていたので、いい経験にはなるだろうとは思ってました」。

これまでのインタビューでは、結婚、出産をした場合、創業期のスタートアップには参加しにくくなるのではないかという意見が多かったが、その点で寺本氏は異なるようだ。寺本氏はすでに結婚しており、一児の父でもあった。なんとかなるという気持ちの反面、転職して給料が下がることについての悩みもある。そんなある日、MBAスクールに通うリクルートの同僚からこんなアドバイスを受けたそうだ。

「彼は『僕は給料からMBAの高い学費を払ってる。スタートアップに行けばMBAで学ぶようなことがもっと実践的に会得できるはず。給料の差は、MBAの学費だと思えばいいよ』っていうんですね。自分の背中を押された気がしました」。

寺本氏は最終的に7番目の社員としてnanapiへの入社を決意することになる。

経験も知識もないのに手を挙げて管理部長に

入社してしばらくすると監査法人のレビューが始まり、同社の管理部門に責任者を置く必要がある状況がやってきた。入社後しばらく編集ディレクションなどの業務をしていた寺本氏は、自分以外の社員がエンジニアやデザイナーだったため「自分がやるしかないなと思っていたし、役員陣もあいつがやるだろうと思っていた」そうで、自然な成り行きで管理部長のポストへ収まることになる。

「自分はインターネットバックグラウンドではなく、ディレクターとしても強いわけではない。エンジニアリングもできない中で、この会社の中で最もいい経験になりそうなポジションはどこだろうと考えると、それはバックオフィスだったんですよね」。

日本最大のハウツーメディアを運営するnanapiのビジョンは「できることをふやす」で、多くの社員が自分の担当職務を超えて自発的に幅広い仕事に取り組んでいた。

「最初の1年は、会社の監査役にだいぶ助けてもらってましたが、業務で分からないことが出てきたら、すぐに調べたり、士業の先生方に質問して必要な知識を吸収してできることを増やしていきました。創業期のスタートアップは、やったことないことを要求されることが多いし、それができない理由にならないところがいいところ。そもそも新しいことは分からないことが多いので、周辺情報を集めて何とかするしかないんです」。

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創業期のnanapi社内風景/写真提供:寺本智也氏

「友だちになりたいかどうか?」

創業期のスタートアップに入社するにあたっての見逃せないポイントとして、寺本氏は2つのポイントをあげてくれた。

「1つは創業者やメンバーなど一緒にやる人との相性。もう1つは、その会社がやっている事業を好きになれるかどうか。創業期のスタートアップに入社すれば、良くも悪くも人生の大きなシェアを使うことになるので、この2点は不可欠です」。

相性をどう見極めるか?については、逆面接をするわけにもいかないので、どちらかと言うと採用する側の見極め裁量が大きいと説明する一方、けんすうさん(元nanapi代表取締役の古川健介氏)のユニークな選考基準を紹介してくれた。

「けんすうさんの選考基準は、その人と友だちになりたいかどうかが大きい。結果的にそれが人の相性の見極めに関していいフィルターになっていました」。

初期スタートアップの入社を検討する際に、面接などのミーティングを通して創業者や他のメンバーと友だちになりたいか?を考えてみるのは、比較的簡単で有効な見極め方法のひとつになるだろう。インタビューの最後、社員番号一桁台の会社で働く魅力について、寺本氏はバックオフィスらしい視点でこうアドバイスしてくれた。

「会社が大きくなっていくと機能が増えていき、自分の陣地を確保するための陣地取り合戦みたいになっていきます。でも初期のスタートアップではそもそも機能がないため、自分が持ちたい機能を持つことができる。そういう意味で、非エンジニアの総合職として創業期のスタートアップに入社する方には、バックオフィス業務をオススメしたいですね。バックオフィスのポジションが昇華していくと、経営企画などの経営層に近い位置で戦うポジションになり、かなりのスピードで幅広い経験をすることができますよ」。

こうして創業期のスタートアップで、自らキャリアを切り拓いていった寺本氏は、nanapiのM&Aを成功に導いた後、現在は急成長中のフィンテック系スタートアップであるマネーフォワードで200名もの所帯の会社の経営企画・管理業務を担当している。

終わりに

総合職(非エンジニア)として初期スタートアップへの入社に興味のある方にとって、そこで自分が将来持ちたい機能を取ってしまえるというのは非常に参考になる考え方だろう。

MBAで専門性を深めてキャリアチェンジするのとは真逆のアプローチだが、創業期のスタートアップに入社し、速いスピードでバックオフィス含めた幅広い業務を経験し、事業サイドも管理サイドも経営サイドも理解しながら、実務をこなす。そうやって自ら新しいキャリアパスを切り拓いていきたい方にとって、社員番号一桁のスタートアップは、ある意味でMBAと同じくらいよい環境と言えるのないだろうか?

創業直後のスタートアップに会える合同説明会「社員番号一桁ナイト」を開催します。

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創業者が「モノを作ったことのある人」かどうか見抜けーーグリーを支え続ける藤本氏が語る、スタートアップに参加する方法と意義【社員番号一桁インタビュー】

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。 日本を代表するインターネット企業のひとつがグリーだ。 GREEは創業者である田中良和氏の個人プロジェクトとして2…

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。

日本を代表するインターネット企業のひとつがグリーだ。

GREEは創業者である田中良和氏の個人プロジェクトとして2004年2月にスタートし、10カ月後の2004年12月にグリー株式会社として法人化。今回、インタビューさせていただいた藤本真樹氏は、その登記されたばかりの2004年12月頃からパートタイムで開発をサポートし、2005年6月に取締役に就任。現在も約1500人を擁するグリーの開発をCTOとして率いている。

グリーだけは真剣さが全然違った

「なぜグリーに入ったのかはよく聞かれるんですが、とにかく真剣さが全然違ってて、そのままひたすら巻き込まれちゃったんですよねー」。

藤本氏は飄々とした雰囲気で「スタートアップの真剣さ」について語り始める。グリーに関わりはじめた当時、藤本氏は開発会社に所属しながら、個人として複数のプロジェクトを手伝っていた。まだグリーは当時楽天の社員だった田中氏の個人プロジェクトに過ぎなかったが、他のプロジェクトとは真剣さが全く異なっていたという。

「手伝い初めたころ、そもそも自分の役割も明確に定義されてない頃から、サービスが落ちたら(田中氏に)普通に怒られてました」と振り返る藤本氏は当時、無茶だなと感じつつも、同時にこの人達は真剣なんだと感じたそうだ。

「逆に真剣じゃない人や真剣じゃないスタートアップに、自分の人生を賭けたり、背中を預けたりなんてできませんよね?」。

グリーの強い思いやチームの真剣さ、またそれを実現するにあたって自らが必要とされていることを強く感じ、中途半端な遠慮は無用と考えた藤本氏は取締役としてグリーにフルコミットしていくことになった。

創業者が「自分でモノを作ったことのある人」かどうかを見抜け

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創業当時のグリー/写真提供:藤本氏

創業期の良いスタートアップの見分け方として藤本氏は「まず人として背中を預けられるかどうか」と語る。事業は極端な話、ピボットすればいいが、人間、特に創業メンバーはそういう訳にはいかない。

では創業者の真剣さをどのように図ればいいのか?藤本氏はエンジニアらしい視点で「自分でちゃんとモノ作ったことがある人かどうか」だと言う。

「こういうプロダクトを作って、こういうスタートアップをやりたいんだよね、と言うのであれば、まず自分で作ってみようよと。自分では手を動かさずに『いいエンジニアを探しているんだよね』と言う人とは少なくともぼくは一緒に働きたいとは思わない。オモチャっぽくてもいいから、まず自分で作ってみようという姿勢の人かどうかが、すごく大事な指標。特に創業期のスタートアップはできることは何でもやらないといけない。それは創業者にも当然に求められるし、モノを作る苦労や感覚みたいなものをちょっとでも分かっているかどうかは、モノを作っていく仕事においては重要ですよね」。

エンジニアがいなかったとしても、努力して自分ででもやるかどうかは、その人が本当に真剣かどうかのいいバロメーターになるとアドバイスする。

相手を性善説でみれるか

彼が次に重要だと指摘したのは、安武氏と同様に「誠実さ」だった。

創業期は資金も限られているため、入社にあたって給与が下がってしまうケースも少なくない。その時に自分はうまいことこき使われているのではないか?搾取されてるのではないか?と疑心暗鬼になるようでは、上手くいくものも上手くいかなくなると指摘する。

「雇われるエンジニアの側も、資本政策について多少知識をつけてもいいのかもしれない。ただ、資本政策もきちんと深く理解しようとすればそれはそれで大変だし、そんなことしてる暇があったら、1行でも多くコード書こうよというのも真実なんです」。

結局は創業者ないし会社が誠実だと信じられるかどうかで、逆に言えば、創業期には性善説で考えられる人のみで構成されているため、無用なことに神経を使わずに済む良さもある、という見方も教えてくれた。

苦境の時にフルコミットを決意。でもリスクは微塵も感じなかった

藤本氏が取締役としてフルコミットすることを決意する頃、グリーは苦境に立たされていた。(そもそも当時の「GREE」はmixiと同種のSNSサービスだった)。

「Web 2.0」という当時のトレンドには当てはまっていたものの、ユーザ数が思うように伸びず、ライバルであった「mixi」とユーザ数の差が開いていたのだ。二の足を踏んでもおかしくない状況でも藤本氏はフルコミットに対して「リスクは微塵も感じもなかった」と笑いながら語る。

「勝算なんてものは特になかったけど、追いかける方が楽しいと感じる性格なんですよね。負けても当然という局面から勝つことができたらそっちの方が楽しい。それにこの会社がなくなっても食うに困るとは思っていなかったし。その頃にいたメンバーも全員、同じように考えていたかどうかはさておき、実質それだけの実力があったとは思ってます。会社や事業が上手くいって欲しいのは当然だけど、自分自身についてはどうしよう、ということは考えたこともなかったです」。

ちなみに「この会社がなくなっても食うに困らない」というのは、藤本氏が今でも自分に課しているテーマだそうだ。会社・サービスにとって、若手が自分より適任であれば後任に譲る。こういったことが会社にしがみ付いてしまってはできなくなるからだ。藤本氏はこんな風に話していた。

「だって自分の上に立つ人が、この会社をやめたら食うに困るというような人だったら、その下で働くの嫌ですよね」。

必要なことだったら、できることは全部やるのが社員番号一桁台

では初期のスタートアップに入るための条件とはなんだろうか?藤本氏はまず、解決したい問題や作りたいサービスへのコミットメントを挙げる。

「こういう問題を解決したい。こういうインパクトを社会に与えたい。ユーザーさんにこういうサービスを提供したい。というのがまずあって、そのために必要なことだったらできることは全部やる。大事なのは、俺ら何がしたいんだっけ?ということで、それに比べると、個人のキャパシティとか能力とかやりたいとかやりたくないというのは、創業期においては二の次になるんじゃないですかね。例えばエンジニアが2人しかいないとき、自分はサーバーサイドのエンジニアなのでクライアントはやりませんという人は、創業期に参加しても困っちゃいますよね」。

特定の技術に特化した研究開発型のベンチャーではその領域のスペシャリストを志向する技術者が必要とされる場合もあるが、そうでない場合は、より広くモノづくりができるようになりたいと志向する技術者が向いている。

ストレス耐性も重要だ。創業期のスタートアップは、グリーほどのスタートアップであっても、思うように伸びず苦しむ時期もある。公私もあってないようなもので、そこで働く社員にも強いストレスがかかることは避けられない。社員番号一桁で入社する人には、そのストレスを乗り越えられるようなビジョンやタフさが必要である。

スタートアップをやること自体が目的になってしまっている人や、物事を他責で考える人は創業期には向いてないね、という指摘もごもっともだと感じた。

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創業当時のグリー/写真提供:藤本氏

自分たちとして何を作るんだっけ?でいつも揉めてた

筆者(川村)は、アトランティス買収にともない一時期グリーに在籍していたことがあるが、当時のグリーは定量化された数値目標に向かって整然と取り組むカルチャーの会社という印象を持っていた。しかし、初期のグリー社内は意外にも「それなりにギスギスしていた」と藤本氏は振り返る。

「創業期のグリーはメンバー全員が、給与ではなくサービスに強く共感して集まっていた。そのため思うように伸びないサービスを前に、全員が真剣そのものだった。特にSNSの機能開発を検討する際に、競合と類似する機能については『同じものを作っても仕方がない』『でも必要な機能だ』など様々な意見が飛び交い、俺らは結局何をしたいんだっけ?何を作るんだっけ?ということでいつも揉めていましたよ」。

サービスが伸び悩んでいた上に、経営陣が若くマネジメント経験が少なかったため、組織としても若かったのだ。しかし、それは真剣さ故の裏返しでもあったようだ。

社員番号一桁での参加の魅力

この真剣な雰囲気が、社員番号一桁でないと味わえない濃密な時間だったと語る。

「10人とかであれば、社員全員が1つのことに真剣に没頭できる。本当にいいものを作ろうと考え抜いた濃い時間だった。これは1000人だとどうしても難しい。人数が増えてくると、小さいチームに分けてチーム単位で没頭する場面は出て来るが、会社全員が同じことに没頭するというのは5〜10人の頃じゃないとできない体験だった」。

創業期のスタートアップでは状況が目まぐるしく変わり、様々なことが起こるため、ゆっくりと過ごしている人の10年分くらいの経験を、最初の1年で経験できる。これは事業やサービスの成功の方程式が見えていない段階ならではの貴重な経験だ。

早回ししてきた経験の中で、創業期だからこその楽しさを聞いてみたところ、藤本氏は「楽しさか〜…」と目を細め「思い出すのはしんどかったことや苦労したことばかり。ただ不思議と、それがつまらないと感じたことは一度もない」と語っていた。

終わりに

今回のインタビューを通して、藤本氏が語っていたことは終始一貫して「真剣さ」だった。真剣だからこそ、そのスタートアップに人生を賭けられるし、背中を預けられる。時にギスギスすることもあれば、苦境も乗り越えられる。課題解決のためにできることは何でもやる。グリーが創業から幾度の苦境を乗り越えながらも、日本を代表するインターネット企業に登り詰めたその根底に変わらずあるものは、創業期からの強い思いと真剣さであることがよく分かる内容だった。

創業直後のスタートアップに会える合同説明会「社員番号一桁ナイト」を開催します。

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スタートアップでも経験者は一定の金額をもらうべきーー楽天創業期を支えた安武氏が振り返るスタートアップ参加の方法【社員番号1桁インタビュー】

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。(前編からの続き) スタートアップでも「経験のある人は一定の金額をもらってしかるべき」 読者の中には数年の社会人経…

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創業期の楽天の様子/安武弘晃氏提供

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。(前編からの続き)

スタートアップでも「経験のある人は一定の金額をもらってしかるべき」

読者の中には数年の社会人経験があり、腕に覚えがある方も多いだろう。こういった経験者がスタートアップに転職する場合について安武氏は「スタートアップであろうが大手であろうが、生活はそこに存在している。経験のある人は一定の金額をもらってしかるべき」と話す。

「スタートアップだから『いろんなものを捨てて将来の博打にかける』みたいな空気があるんですけど、やっぱり得策じゃないかな。スタートアップでも適切な権限や働き方、それを支えるベースとなる普通の給与が約束された上で勝負するというのが妥当です」。

最近はある程度の段階でベンチャーキャピタル等から資金調達を受け、高給ではないにせよ一定の給与を用意できるスタートアップ環境が整備されつつある。

「スタートアップ議論で違和感があるのが、リスクを取って将来大きなものを得るのか、それとも今のまま我慢するかっていう『2つのネガティブ比較』みたいになっている点ですね。いいとこ取りしてもいいんじゃないかな。うまくいくかどうかというオールオアナッシングではなくて、うまくいかない場合もまた転職してセカンドプランがあるや、ぐらいの感覚でスタートアップ人生を楽しむのが大切と思うんです」。

会社に長く在籍するほど、辞めたら誰も評価してくれなくなるのではないかという恐怖感があるかもしれない。こういった「今いる場所が今の物事の前提」に思えてしまうバイアスは取り去るのが難しい。安武氏もまた「楽天をやめたら誰も相手してくれなくなるのではないか」という恐怖感があったそうだ。

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創業期の楽天の様子/安武弘晃氏提供

ビジネスモデルが優れているほど組織は劣化するーービジネスモデルのジレンマ

NTTという大きな組織や今もなお成長し続ける楽天、また、M&A などを通して多数のスタートアップから成長のモメンタムを失った企業までみてきた安武氏は「ビジネスモデルのジレンマ」という面白い視点について語ってくれた。

企業には利益の分配装置としての役割があり、企業が大きくなることで大きな雇用を生み、社会的意義が果たされる。一方で企業が大きくなる過程で「外から売上や利益を取ってくる人」ではなく「分け前を優先して考えてしまう人」が増えてくるのだそうだ。確かに創業初期のスタートアップには、エンジニアやデザイナーなどの作る人と事業開発や営業などの売る人しかいないことが多い。

成長する中で優れたビジネスモデルを開発できた企業は、ビジネスモデルという仕組みにより収益が上がる。そのため新規事業などリスクを取って挑戦できる環境が提供されやすい反面、ダメな人が入ってきても事業自体は安泰だったりする。

スタートアップはビジネスモデルが脆弱だ。業績が悪くなればダメな人は淘汰されてしまう。

しかし皮肉なことにビジネスモデルを鉄板にすればこういう人も残ってしまい、果ては働く魅力が減ってしまうことにつながる。大企業になるほど属人性を排して仕組みで儲ける傾向にあるのは直感的にも納得できるが、このように構造的に捉えるのはエンジニアらしい発想で興味深い。

チャレンジするメンタリティの人と一緒に人生を過ごす

2016年1月に楽天の取締役常務執行役員を退任した後、安武氏はベイエリアに移り創業者として自身の事業をスタートアップしている。今は数人のメンバーとともにプロダクト開発をしており、18年の時を経てふたたび「社員数1桁」のフェーズを経験しているそうだ。

「楽しいお祭りというか。自分が引退する頃になって、あの頃楽しかったよね、いろいろやったよねと言い合えるような人と時間を共有し、新しいことに挑戦するメンタリティの人のために自分の人生の時間を使いたいですよね。スタートアップ的なことが全員にとって正しいとは全く思いませんが、そういうことがやりたい人には選択肢が用意されているべきです。ついでに、もっと自由な方がいいかなと思って米国に飛び出してみました」。

インタビューの最後、安武氏は私たちにメッセージとしてこうアドバイスをくれた。

「チャレンジしたいとか、スタートアップ的なことをやってみたいと思うなら、やってみるべきです。でも『やらない』という選択肢を取るんだったら、やらなくて幸せな道を探すのもまたひとつだと思いますよ」。

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誠実な経営者を選べーー楽天創業期を支えた安武氏が振り返るスタートアップ参加の方法【社員番号1桁インタビュー】

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。 今や社員数1万人を超える日本を代表するインターネット企業、楽天。 その楽天が会社になる前からアルバイトのエンジニ…

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元楽天取締役/カーディナル合同会社の代表社員の安武弘晃氏(2016年5月撮影)

本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。

今や社員数1万人を超える日本を代表するインターネット企業、楽天。

その楽天が会社になる前からアルバイトのエンジニアとして関わり、後に開発部のトップとして同社の成長とともに歩んだ元楽天取締役の安武弘晃氏に、社員番号1桁(正確には社員番号11番とのことだが)としてスタートアップに参画するということについて話をお聞きする。(編集部注:インタビュアーは柴田陽氏と川村亮介氏のお二人、回答は全て安武氏)

楽天が成功するかしないか、確率は特に考えていなかった

大学院修士の2年生だった安武氏が、本城慎之介氏(楽天創業者の一人)を介して三木谷浩史氏に出会ったのは1996年。まだ楽天は法人化されておらず、ショッピングモールをすることも決まっていなかったタイミングである。最初は、当時楽天の前身である会社が運営していたインターネット教室のアルバイト講師として、軽い気持ちで手伝ったことが同氏の人生を大きく変えることになった。

三木谷氏と本城氏は、インターネット教室の事業がスケールしないとみるやいなや、当時黎明期であったオンラインショッピングモールのシステムを開発することを決断する。安武氏はプロトタイプの制作などを担当するものの、所属研究室の推薦で内定していた日本電信電話(NTT)に新卒として入社。

当初から自分で商売をやりたいという思いを持ち、NTT には「3年位の経験を経て辞めて独立したい」と考えていた安武氏は、実際には1年足らずで楽天に参画することを決断することになる。

では仮に最初の部署が面白くないものであったにせよ、配属先が変わるまで2、3年がんばってみようとならなかったのはなぜなのか。安武氏は間近に見たスター級の先輩たちからこのように感じ取ったという。

「10年経って(自分は)仕事を心から楽しめているのだろうか?」

プロダクトが作りたかった安武氏は NTT を辞めて楽天に入社した当時の気持ちについて、「つぶれるかもしれないし、つぶれてもいいやと思っていた」と振り返る。

「本当にお恥ずかしい話(成功の見込みについては)考えてませんでした。ただ、そもそも社会人経験が浅く、自分の過去の経験と比較することができない多くの若い人たちにとっては、成功するということのイメージ自体が沸かないんじゃないでしょうか」。

確かに一番最初にその選択肢を取る時、勝ち目を考えて行動することというのは難しいはずだ。

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創業期の楽天の様子/安武氏提供

構造的に分不相応なタスクが降ってくる環境がスタートアップの魅力

社員数が10人に満たないような初期のスタートアップでは、自分の能力を超える「分不相応なタスクが構造的に降ってくる」環境が魅力であると安武氏は力説する。

「大企業というのは各人の年次に合わせて能力に見合ったタスクがお膳立てされてるんですね。これは大企業を経営する立場からは、リスクや効率の観点からやむを得ないことかもしれませんが、働く側としてみれば制約が大きくやはりつまらない。分不相応な仕事をやらせてもらえる機会が大企業にあるかというと、本当に少ないと思います」。

一方、初期のスタートアップは常にやることは膨大にあり、できる人は常に不足している構造になってしまう。

「(スタートアップは)出来る能力がなくても重要なことから順に(タスクが)降ってくるじゃないですか。だからこそ構造的に、自分にとって分不相応な仕事を自動的にやらなくてはならない環境になってるんです」。

成長産業であれば仕事ができる人に対して仕事量が過剰になる傾向があり、たくさんのチャンスが生まれる。しかし需要と供給が一致している、もしくは衰退する産業においては先輩が仕事をやってしまい、若手にチャンスが巡ってくる確率は低くなる。

「NTT でとても上の先輩方と飲むとものすごいかっこいい、熱いんですよ。社会的使命があって、日本中に電話を引いて、過疎の地域にも電信柱を立ててって(中略)当時は電話もよく切れてて、その電話を切れなくするという技術的チャレンジもあったり。語ると熱いんですよね」。

当時はインターネット黎明期。主戦場は電話から徐々に次のステージに向かっているものの、その大方針は現場レベルには降りてこない。マーケットが進化しても経営がその場に停まればチャンスは減ってしまう。

「その点スタートアップって成長するしか道がないじゃないですか。成長するか、それとも死ぬか。そこが(チャンスを生むという意味で)いいところなんですよね」。

初期のスタートアップに向いている人とは?

安武氏は初期のスタートアップに向いている人として「正規の道が用意されてなくとも、とりあえず突き進んで掴んでくる無鉄砲な人」を挙げる。例えば楽天には学生で通常の問い合わせフォームから熱い文章を送ったところ、偶然にも三木谷氏との面接にこぎつけて採用された人材もいたそうだ。

転職組では初期の楽天にシャープから転職してきた「シャープ三羽ガラス」を引き合いに出した。20年を経た今、当時の優良企業であったシャープから楽天に転職してきた彼らには先見の明があったと言うべきだろう。

「長期的に見てこの会社この先どうなるかなというのを、漠然とした不安とかに流されず、動物的な本能かもしれませんが、しっかり考えている人が初期のメンバーにはいましたね」。

その一方、初期のスタートアップに向いていない人は「今の会社、今の同僚に文句を言ってる人」と指摘。新しいところに飛び込むため、他責にしがちな人はやはりスタートアップには向いていない。

一番大事なのは「経営者が誠実かどうか」

ではどのようなスタートアップを選べばよいのだろうか?

市場が伸びている、サービスが面白い、待遇がいい。ーー様々な切り口がある中で一番大事なのは「経営者が誠実かどうか」と語る安武氏。創業期の三木谷氏とのエピソードを明かしてくれた。

「三木谷さんがすごいと思うのは、楽天が未公開企業の時にいきなり私に株を買えというんですよね。で、(私は)お金がありませんと。じゃあ俺が貸すから、無利子で、って言うんです。金は後で返せばいいからそれで(株を)買えと。当時はそれが何を意味するか全く分かってませんでした。社員は通常、詳しい資本政策やインセンティブ設計について経営者より理解していないことが多いです。その知識差を逆手に取って利用するのではなく、その先に何があるのかというのを考えて同じ釜の飯を食うやつは裏切らない、という誠実さがある人と付き合わないとやはりしんどいですよね」。

入るべきでないスタートアップは「社員の文句」に注目すればいい。米国の GlassDoor(従業員による企業の口コミサービス)を引き合いに「これから新しいことをやるのに現場が未来を信じられない会社、ネガティブな会社は経営者が改善努力をしていない証拠なんです。だから入るべきじゃない」と指摘する。(後半に続く)

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