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モスクワのスタートアップ・シーンは今(2/2)—モスクワの新興スタートアップとVCを訪ねて

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ロシア版シリコンバレー「スコルコボ」が主催するスタートアップ・コンペティションの全国ツアー Startup Village や、モスクワ周辺のスタートアップ関係者が運営するインキュベーション・プログラム Generation S など、ロシアのスタートアップ・コミュニティは、ここ数年で急速に活気を帯びつつある。 1月の下旬、出張の合間にモスクワを立ち寄る機会を得た。前回に引き続き、モスクワのテック…

CC BY-NC-SA 2.0 via Flickr by rcolonna
CC BY-NC-SA 2.0 via Flickr by rcolonna

ロシア版シリコンバレー「スコルコボ」が主催するスタートアップ・コンペティションの全国ツアー Startup Village や、モスクワ周辺のスタートアップ関係者が運営するインキュベーション・プログラム Generation S など、ロシアのスタートアップ・コミュニティは、ここ数年で急速に活気を帯びつつある。

1月の下旬、出張の合間にモスクワを立ち寄る機会を得た。前回に引き続き、モスクワのテック・シーンを見てみることにしよう。

旧ソ連諸国でシェアを伸ばしつつある、ロシア版Hulu「MEGOGO.NET」

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MEGOGO のモスクワオフィスが入る建物。映像スタジオのようだ。

氷点下25度とはいえ、モスクワ市内は人の往来も激しく残雪は多くなかったが、ひとたび郊外に出ると一面が銀世界だ。そんな中にたたずむ映像スタジオらしきビルに、MEGOGO.NET のオフィスを訪ねた。同社のビジネス開発部門の長を務める Alex Drobot が応対してくれた。彼はロシア随一の広告代理店ビデオ・インターナショナル [1]で数年にわたり、ニューメディア分野のメディア分析を手がけた人物だ。

megogo.net-introMEGOGO.NET はインターネットを使った、有料動画配信サービスだ。さしあたって、ロシア版のGyao、ないしは、NetFlix、Hulu といたようなところだろう。ウクライナに本拠を置いており、いくつかあるリージョナル・オフィスの中でも、モスクワが最大規模のオフィスなのだそうだ。月間アクティブユーザ数(MAU)は3,100万人、旧ソ連のグルジアやバルト諸国を中心に業界3位〜4位のシェアを誇る。

MEGOGO.NET はスマートフォン、タブレットのほか、スマートテレビなどで視聴することができ、料金は前回の記事でも少し触れた QIWI やヤンデックスのネット決済サービス「ヤンデックス・ディンギ(Яндекс.Деньги)」などを使って支払うことができる。

ロシアでは依然、放送業界は政府の強い支配下にあり、エンターテイメント系の映像コンテンツについては、ネット配信での需要が主流となる可能性は高い。これは社会体制的にロシアと似ている中国でも言えることなのだが、衛星チャンネルは多数あれどコンテンツの魅力が少ないため、ユーザの需要は Xiaomi(小米)LeTV(楽視)などのネット配信に流れる傾向がある。事実、日本のコンテンツホルダの中には、この種のネット配信プロバイダとライセンス契約する動きも見受けられる。モスクワなど都市部では、4Gサービスなどモバイル・ブロードバンドも整ってきており、ロシアで期待できる市場セクターと言えるだろう。

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MEGOGO.NET のモスクワ・オフィス。総勢10名位の人々が働いていた。

ヨーロッパのVCが、ロシアの需要を狙って続々と進出

ユーラシアという言葉が表すように、大国ロシアはヨーロッパとアジアの両方の性格を兼ね備えているが、実際にモスクワに身を置いてみると、街の風景や人々の気質から、そこはやはりヨーロッパなのだと気づかされる機会は多い。地続きの利を生かし、ヨーロッパの西側諸国からも多くの投資ファンドがモスクワに進出している。彼らの多くはシードよりもレイターステージ以降の企業への投資を意図しているようだが、モスクワのスタートアップ・シーンを語る上で、彼らの存在もまた忘れるわけには行かないだろう。

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Ays Sharaev

オランダに本拠を置く Waarde Capital は、2〜5年以内にイグジットを見据えた企業に投資するファンドだ。モスクワ・オフィスに駐在する Managing Director の Ays Sharaev によれば、ロシアにおけるイグジットとは、欧米企業による買収か、アメリカでの IPO を意味する。モスクワにも証券取引所はあるものの資金の流動性が低いため、ロシアのスタートアップにとってイグジットの選択肢にはならないそうだ。

これまで5カ国で8つの投資を実施しています。一つのプロジェクトあたり、投資金額は1,000万ドルが上限。投資先のポートフォリオには、Cytosial Biomedic(美容整形などに使われるキトサンでできた皮膚充填剤を製造)、Microchannel Systems(暗視カメラや医療器具に使われる映像増幅部品を開発)、Utilight(非接触型太陽電池プリント技術、イスラエル)、Everada(Eコマース向けソリューションプロバイダ)、Getgoing(飛行機のオンラインチケット安売り会社)などがあります。

ロシアの市場を理解するためにと、Ays はいくつかの興味深い数字を共有してくれた。これらは広く公開されている統計値だが、ロシアに進出しようとするスタートアップや投資家にとっては、大変参考になると思う。

  • ロシア人口1億4,200万人のうち、15〜54歳の人口が8,600万人を占める。つまり、労働人口が約6割。
  • 全人口の 73% はロシアのヨーロッパ側に住んでおり、全人口の3分の2が都市部、3分の1が非都市部に住んでいる。(ロシアでは概ね、ウラル山脈を境に西部をヨーロッパ側、東がアジア側と呼んでいる。)
  • 10万人以上が住む都市は、164都市存在する。
  • インターネットへのアクセスの8割は、18〜34歳の人々によるものである。
  • ロシアの広告予算の割合。テレビ=52.9%、インターネット=14.0%、屋外広告=13.6%。

なかでも特筆すべきは、ロシアにおけるブロードバンド・インターネットの急速な普及だ。2012年には、ヨーロッパ諸国の中でも成長率はトップとなり、ブロードバンド普及人口は2,029万人。モスクワやサンクトペテルブルグでは、4人に1人がブロードバンド環境を自宅に持っていることになる。

これらの情報からわかることは、ロシアは広大な国ではあるものの、ことネット業界に関しては、モスクワを制すれば、市場シェア的には全土を手に入れられるということだ。旧ソ連の諸国へも、モスクワから流行が伝播していく傾向があるので、いかにしてモスクワで成功するかを考えるのがカギになる。

モスクワで有望視されているのは、前回の記事で紹介した IRS (Internet Retail Solution)に代表される Eコマースだろう。また、モバイルキャリア各社は新興企業の参入による競争激化で ARPU を下げる傾向にあり、彼らは売上維持を狙って、さまざまなコンテンツビジネスに関心を持ち始めている。世界的にも評価の高い、ゲームを初めとする日本のモバイルコンテンツを売り込むのにも好機かもしれない。

成長著しい分野と、旧来のシステムが残る部分のアンバランスさを楽しむ

そう頻繁に訪れる機会のある国ではないだけに、当地のスタートアップ・シーンに関わる人々や企業に話を聞けたのは貴重な経験となった。ロシアとは面白い国で、一方でスコルコボのような、海外からの招聘を含めてスタートアップ・コミュニティを活気づけさせようという政府の動きがあると思いきや、他方、海外から人を招きたいと考えているとは思えない位、入国手続が面倒だ。社会の中で成長著しい部分と、共産主義時代のシステムが色濃く残る部分が併存しており、このアンバランスさが筆者の目には奇妙に映るのだが、今後、成長している部分に興味をフォーカスして、いろいろな試みができれば面白いだろうと思っている。ロシア以外の各国の「スタートアップ・シーンの今」を伝える記事もシリーズ化しつつあるので、これらもあわせて読んでいただければ幸いだ。

なお、今回のモスクワ訪問でインタビュー先の選定やアレンジにあたり、住友商事株式会社とその現地法人 Sumitomo Corporation Central Eurasia にご協力いただいたので、紙面を借りて謝意を表したい。同社は50年以上前からロシアとCIS(旧ソビエト連邦)でビジネスの実績があり、今後、スタートアップを含む日本発のユニークなソリューションをロシアとCISへ、そして、ロシアとCISから世界へと市場展開に取り組みたいとしている。


  1. ロシアの広告業界を見るときに、覚えておきたい会社が2つある。ビデオ・インターナショナル(Видео Интернешнл)トラフィック社(リンク先はアクセスが重いので注意要)だ。前者はロシアで業界再大手、後者は市場シェア30%を誇るネット広告最大手で、昨年10月に電通の子会社 Aegis Media に買収された。 ↩
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モスクワのスタートアップ・シーンは今(1/2)—未開拓の市場に、欧米のノウハウを取り込むロシアの起業家達

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ロシア版シリコンバレー「スコルコボ」が主催するスタートアップ・コンペティションの全国ツアー Startup Village や、モスクワ周辺のスタートアップ関係者が運営するインキュベーション・プログラム Generation S など、ロシアのスタートアップ・コミュニティは、ここ数年で急速に活気を帯びつつある。 1月の下旬、出張の合間にモスクワを立ち寄る機会を得た。滞在期間が短く土地勘も無かったの…

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CC BY-NC-SA 2.0 via Flickr by rcolonna

ロシア版シリコンバレー「スコルコボ」が主催するスタートアップ・コンペティションの全国ツアー Startup Village や、モスクワ周辺のスタートアップ関係者が運営するインキュベーション・プログラム Generation S など、ロシアのスタートアップ・コミュニティは、ここ数年で急速に活気を帯びつつある。

1月の下旬、出張の合間にモスクワを立ち寄る機会を得た。滞在期間が短く土地勘も無かったので、当地のスタートアップ・シーンを網羅と言うにはかなり程遠いのだが、千里の道も一歩から。今回の訪問で垣間見た風景の一部を記録としてまとめた。

モスクワ川の中洲に浮かぶ、スタートアップの聖地「Digital October」

Red October と聞いて、Sean Connery の映画を思い出す人が多いかもしれないが、モスクワでは150年以上続く菓子製造会社として有名だ。モスクワ市内を流れるモスクワ川の中洲には、赤レンガでできた壁が印象的な Red October のチョコレート工場があった。工場は数年前モスクワ郊外に移転したが、跡地がリノベーションされて現在はデザインカレッジやイベントスペースとして利用されている。

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CC BY-NC-ND 2.0 via Flickr by Emmanuel Vivier

この工場跡の一角にある、Digital October はモスクワのスタートアップの聖地だ。名前はもちろん、Red October に由来する。Digital October を訪問すると、キュレータを務める Maria AdamianPeter Tatischev、それに、自身も起業家で Startup Digest Moscow のキュレータを務める Dmitry Kabanov が迎えてくれた。Digital October では TechCrunch Moscow 2013 など、これまでに多くのスタートアップ系イベントが開催されてきたので、私はインキュベーション・スペースかコワーキング・スペースだ理解していたのだが、Maria や Peter によれば、厳密にはイベント・スペースであって、インキュベーション・スペースではないとのことだ。

実際、訪問したこの日もカンファレンス・ルームを覗いてみると、スタートアップではなく現地の銀行がイベントを開催していた。しかし、Maria や Peter は、シリコンバレー発のグローバル・インキュベータ・プログラム Founder Institute のモスクワ版のディレクターを務めているし、最寄りの地下鉄駅からは20分以上も離れた立地なのに、Digital October 内のカフェバー Progress Bar には仕事している起業家は数多く見受けられた。

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モスクワ市内にも Flacon など、いくつかのコワーキング・スペースは存在するが、起業家でもある Dmitry でさえ特定の活動場所を持たず、いろんなカフェなどを転々としながら仕事をしているとのことだ。入国手続が煩雑である分、外国人の往来も多くないこの国では、コワーキングやインキュベーションの波が来るのは、まだ数年先のことかもしれない。ただ、日本の言語障壁や中国の Great Firewall(金盾)などもそうだが、テック界では、欧米圏からの市場参入に一定の障壁があることで、その国の中にビジネスチャンスが生み出される傾向があるのも事実だ。入国手続という障壁があるロシアに、日本のスタートアップが今進出すれば、新興分野の市場を独占できる可能性があるかもしれない。

ロシアのモバイルアプリ・パブリッシャ「MegaLabs」

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ロシアのモバイルキャリアと言えば、ビーライン(Билайн)メガフォン(Мегафон)エムティーエス(МТС)がメジャー御三家だ。街の随所にこれら3キャリアのショップを見かけるのは、日本の風景と大して変わらない。筆者が宿泊していた、モスクワ中心部ベラルースカヤの駅前にあったメガフォンのショップを覗いてみると、数名の客が新モデルのスマートフォンを求めに来ていた。特に目立ったのは、店内にはロシアの電子決済サービス QIWI の電子キオスクが配置されており、自身のウォレットにチャージをする客が引っ切りなしにやってきて、長い列を作っていたことだ。差し当たって、日本で言えば、コンビニの店頭で楽天 Edy のチャージをする感覚に近いが、クレジットカードの利用が一般的でなくコンビニの無いロシアでは、モバイルキャリアのショップが少額決済サービスのタッチポイントになっている、という見方ができる。

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そのメガフォンの子会社で、アプリ・パブリッシャである MegaLabs のオフィスを訪ねる機会を得た。MegaLabs には現在250人の社員が居て、現在は M2M (machine-to-machine)にフォーカスして、約10万種のモバイルアプリを提供している。その多くは無料アプリだということだ。

MegaLabs はアプリのパブリッシャであって、デベロッパではない。オフィスの中も、デベロッパ特有のデザイナや開発者があふれるクリエイティブ・スタジオというよりは、さまざまな国からのパートナーを受け入れる居心地のよいビジネスの場の雰囲気が漂っていた。2012年には、ロシアの Google と言われる「ヤンデックス(Яндекс)」と共同でアプリストア「GetUpps」を立ち上げており、ロシア国内に数千万人いるメガフォンの契約者に、Android アプリを届けるプラットフォームとして定着しつつある。

話の冒頭で、パズドラのことが話題に上り、応対してくれた責任者の一人が「パズドラはたった一本のタイトルで30億ドル稼いだ。しかし、これは MegaLabs の年間の総売上の金額に相当する。日本はすごいね」と語っていた。この30億ドルという数字がどこから出て来たかは定かではないが(このあたり?)、モバイルアプリの売上が世界一となった日本から、彼らは多くを学ぼうとする姿勢が見て取れた。

アメリカのEコマースから学び、成功モデルをロシアに適用する「Internet Retail Solution(IRS)」

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IRS共同創業者 兼 CEO
Alexander Semenov

Alexander Semenov は生粋のロシア人だが、彼の流暢な英語や理路整然とした物言いは、アメリカ人かと見間違う程だ。事実、2010年に Internet Retail Solution(IRS)を創業するまでの十年間、彼はイーライリリーやメドトロニックなどいった、アメリカの大手製薬会社でキャリアを積んでおり、彼のグローバルな…というよりはむしろ、アメリカンなマインドセットは、この間に形成されたと考えるのが自然だ。

彼はアメリカのEコマースにおける売上の6割がホワイトラベル(いわゆる OEM提供)であることに着目、市場シェアで〝Eコマース総合第1位〟の座を獲得するには集客コストが合わないと考え、ロシアでトップが取れるニッチ市場を一つずつ押さえていくという戦術を取った。しかも、ロジスティクスやシステムは一度作ってしまえば、新たなバーティカル・コマースへの進出時にも、ホワイトラベルのEコマースを新規受託する際にも、既存のインフラを応用し短期で安価にサービスをローンチすることができる。

IRS社自前のサイトである、化粧品Eコマースの「クラブ・クラソティ(Клуб Красоты)」が堅調な成長を見せており、糖尿病患者向けEコマースの「iDiabet.ru」、子供用品Eコマース「バンビニア(Бамбиния)」のほか、モバイル・オークションサイト、ソチ・オリンピック公認のEコマースサイトも IRS が運営している。

Amazon がアメリカからロシアのお客に向けて商品を発送しようとすると一定の制約があるが、これは我々にとっては有利に働いている。ロシア国内のお客から、我々への需要が高まるからだ。

ソチ・オリンピックのEコマースサイトも、ロシアから国外へ商品を発送するため大変な労力を要するが、商品を一つ発送する毎に必要な税関に提出する数十枚の書類も、自動的に印刷できるシステムを開発して備えるようにした。ソチのサイトは我々を世界に知ってもらう上で、極めて効果的なマーケティングだ。ソチのサイトに集中している間は、他の分野のバーティカル・コマースへの拡大はひとまずお休みしている。

日本の楽天なども出資する Ozon.ru は競合的存在になるが、Alexander によれば、ロシアでは典型的なEコマース・プレーヤーが営業利益の3〜4割を集客コストにかけているのに対し、IRS はバーティカル戦略やソチのような機会の活用で集客コストを下げ、他ブランドのコマースサイトの受託、自前の即日配送ネットワークの整備などで競争力を高めている。今後は、バーコード・スキャンだけで化粧品やバス用品のリピート購入を可能にする、モバイルアプリのリリースも予定しているとのことだ。

IRS が運営する、ソチ・オリンピックのEコマースサイト
IRS が運営する、ソチ・オリンピックのEコマースサイト

今回はここまで。本稿に紹介した以外にも興味深いスタートアップや投資家に出会えたので、近日中に後編として記事を公開したいと思う。

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