株式会社ナカエ・アーキテクツは石川県出身の中永勇司を代表とする建築設計事務所として2004年東京に開業し、20年の間に国内外でさまざまな建築物の設計に取り組んできました。2022年、能登のように景観や食材などの地域資源に恵まれた地方における地域活性化の一手法として「リゾートまちづくり」を発案し、社内にリゾート事業部を新設。その事業化プロジェクト第一弾として、2023年9月に能登の幸リゾート「一 能登島(ひとつ のとじま)」を開業しました。このストーリーでは代表・中永が「一 能登島」の開業までとその後の様子をふり返ります。
開業時メンバーの一部。左から澁谷・蔵屋敷(料飲部)、麻里(支配人)、中永、辻野・西田(宿泊部)、島本(料飲部)
企画・設計・運営までワンストップで手がけた「一 能登島」
「一 能登島」は北陸初の鮨のオーベルジュ(食事を主目的とする宿泊施設)として、能登半島の七尾湾に浮かぶ能登島に開業しました。
能登島と和倉温泉に架かる能登島大橋が開通する前の1974年に建設された旅館を、私が代表を務める株式会社ナカエ・アーキテクツで取得し、自ら事業主として企画・設計・運営までをワンストップで行っています。
リゾートへの入り口のような能登島大橋
波穏やかな七尾湾とそこに浮かぶ小さな島々、天候に恵まれれば一年を通して美しい日の出や対岸の立山連峰を望むことのできる絶好のロケーションに位置し、全8室のゲストルームに、バーラウンジ、貸切りのスパ・サウナを併設、食事をご提供する饗処(あえどころ)ももちろん、館内のあらゆる場所から絶景を楽しむことができます。
「一 能登島」から望むことのできる美しい朝焼け
「一」と書いて「ひとつ」と呼びますが、この場所を活かした空間とサービスが両立するここでしか味わえない唯一無二の五感体験と、里山里海の自然がもたらす雄大な地球との心地よい一体感をご堪能いただき、心身ともに「一」からリスタートできるような時間をお過ごしいただきたいという気持ちから名付けました。
リゾートとは「再び」「出かける」に由来する言葉です。リゾートといえば一般的には沖縄のようなビーチリゾートを思い浮かべ、能登にはそのようなイメージはないと思いますが、ここを訪れてくれたゲストのみなさまに能登を気に入っていただき、繰り返し訪れてくれるような場所になってくれれば、それはもうリゾートと言っていいのではないかと思っています。
リゾート+オーベルジュを核とした地域活性化の手法を当社では「リゾートまちづくり」、プロジェクト名としてはHITOTSUプロジェクトと呼んでおりますが、当社リゾート事業部での実践第一弾がこの能登の幸リゾート「一 能登島」です。
「一 能登島」のバーラウンジ。滞在中はオールインクルーシブでアルコールを含むいろいろなドリンクを楽しむことができる。
故郷・石川で自ら事業主として運営まで行いたい。HITOTSUプロジェクトの立ち上げ
当社は建築設計事務所として2004年に開業し、おかげさまで創業20周年を迎えました。主たる業務はもちろん建築物の設計ですが、その過程や延長上でまちづくりや地域活性化に対する提案を求められることも多く、それらも当社の業務の一つと考えています。ただし、まちづくりや地域活性化の主役はあくまでも投資を行う事業主であり、設計者はそのサポートをしている脇役に過ぎません。リスクのない脇役である以上はなかなか自分事とはならないため、まちづくりや地域活性化と言ってもどこか他人事に思えてしまうことも少なからずあり、いつかは事業主として自らリスクを取って、設計だけでなく施設の運営までを行いたいと考えていました。その経験が設計者として地域活性化に携わる際にも役に立つだろうと思っています。
その想いをカタチにするため、社内に設計本部とは別にリゾート事業部を立ち上げ、私の出身県であり、幼少期を過ごした石川県の能登で実現したのが「一 能登島」です。実は以前からずっと能登で設計の仕事をしたいと思っていました。ところが、金沢では多くの建築物の設計をさせていただいているのですが、能登の仕事は一向にやってこない。それで自ら事業主として設計もやろうとなったわけです(笑)
改修工事に入る前の既存外壁などを撤去したときの様子
美食+宿泊で旅の目的地に。ディスティネーション・ホテルとしての開発
能登はすごくいいところなのですが、何がいいかと問われると自然豊かで「なんかいい」ところ、と答えてしまいます。金沢と比べると何がいいのか言語化しにくい。それでも実際に来ていただければ「ああ、いいところだなぁ」と思っていただけるはずです。能登に限らず日本のあちこちにそのような魅力を持った地域がありますが、そこに不特定多数の人を呼ぶには、それ自体が旅の目的地となるような宿泊施設、つまりディスティネーション・ホテルが必要であると考えました。
「一 能登島」の貸切りスパ・サウナ。これもまた旅の目的となりえる体験を提供できるように設計した。
ディスティネーション・レストランやガストロノミー・ツーリズムという言葉をしばしば見かけるようになりましたが、美食を求めて辺境を訪ねる旅のスタイルが確立されつつあるようです。とはいえ、美食に美酒は付き物であり、つまるところ宿泊施設が必要になりますが、近隣に泊まりたいホテルがない場合は旅の目的地から外れてしまうこともありえます。
ゲストルーム「SUSO(須曽)」。全8室の部屋名は能登島の町名から。
だからこそ食事を主目的とする宿泊施設(オーベルジュ)はディスティネーション・ホテルとして旅の目的地となり、地域活性化へとつながる大きな一歩になりうると思っています。
そのような意図で、縁あって当社で取得した既存旅館をディスティネーション・ホテルたるオーベルジュとして再生することにしました。目指すは、今まで能登に来たことのなかった方や能登に興味のなかった方を惹き付け、集客を図ることです。
夕朝食をお楽しみいただく「饗処(あえどころ)」
ゲスト目線で徹底的に考えた結果、「鮨」と「サウナ」にこだわった
オーベルジュといえばシェフ自身がオーナーということが多いと思いますが、私は料理人ではなく、ついでに言えばホテルの立ち上げのプロでもありません。しかし、自ら主体的にこの事業に取り組む以上、コンサルに丸投げなどしたくありませんでした。私にできることと言えばどういう空間でどういう食事や体験を楽しみたいかを、あくまでもゲスト目線で徹底的に考えることではないかと。「鮨」や「サウナ」というコンテンツはその結果です。自分が好きなもののほうがこだわりを反映しやすいだろうと思いました。
大きな窓から七尾湾を望みながら楽しめるこだわりの薪サウナ
最初はスペイン料理もいいかなと思ったりもしたのですが、自分がそれほど詳しいわけでもなく、またスペイン料理のシェフを見つけて能登島まで連れてくるというのはかなり難しいだろうと。
あくまでも夢ですが、いずれはHITOTSUプロジェクトの第二弾・第三弾として「一 輪島」や「一 珠洲」などをやっていきたい。そのときは鮨じゃなくてスペイン料理やフランス料理でもと思っているので、我こそはというシェフの方がいたらぜひお声がけいただきたいです(笑)
能登ならでは、オーベルジュならではの鮨コースを目指している
生命線となる食事は、光川浩司氏の監修
このプロジェクトを通して数えきれないくらいの方々にお力添えをいただきましたが、オーベルジュの生命線となる食事の監修をいただいたのが「鮨みつ川」の大将・光川浩司さんです。「鮨みつ川」は金沢東山に本店がありますが、六本木ヒルズやパークハイアットニセコにも店を持ち、海外からもたびたび招聘を受けるなど、国内外で広くご活躍されています。そんな光川さんに六本木で企画の説明をしたのは開業1年半近く前のこと。私と歳が同じだったり、そもそも能登島や七尾に少なからぬご縁があったりという偶然もあってか、ありがたいことにご参画いただけることになりました。その後1年以上に渡って何度も打合せを重ね、メニュー構築から人材育成、カウンター周りや厨房の設計支援、仕入れルートの紹介に至るまで多大なるご協力をいただきました。開業後も定期的に能登島まで通っていただき、季節ごとのメニューを相談したり、ときには光川さんご本人にもゲスト相手に握っていただいたりと、引き続きのご協力をいただいております。
「鮨みつ川」の大将・光川浩司氏
開業後に感じた確かな手ごたえと、今後の展望
能登島は能登空港から50分、金沢駅からも70分程度の車移動の距離で、実はそれほど交通の便が悪いわけではありません。とはいえここで働く人材を見つけるとなるとそう簡単なことではないだろうと当初から覚悟をしていました。地元企業からの転職、金沢からの通勤、他県からの移住、いずれもハードルは低くはありません。それでも開業までの限られた期間内に必要なスタッフが集まってくれたのは、この場所自体の魅力や当館が掲げたコンセプトへの共感、そしてPR TIMESでのプレスリリース配信からさまざまなメディアへ転載いただいたことも大きかったと思います。現在のスタッフの内訳としては、地元出身と県外からの移住者が半々くらいです。とはいえ、まだまだ人材不足。能登島で一緒に働きたいという方がいましたら、遠慮なくご連絡ください。他県からの移住のお手伝いもします。
「一」と「ひとつ」を掛け合わせたロゴをあしらった暖簾の掛かる「一 能登島」の正面エントランス
開業してまだ半年も経っておりませんので、商業的にはまだまだ成功と言える段階ではありません。とはいえ、企画時に期待したお客様層(今まで能登に来たことのなかった方、能登に興味のなかった方)の方々が実際にたくさんお越しになっており、能登って「なんかいいね」と私たちの想いに共感いただいているのを目の当たりすると、とてもうれしい気持ちになります。ご宿泊いただいたゲストからも能登島以外にもやってないの?もっとつくらないの?とお声がけいただくこともあり、私たちが提供するサービスや空間にもご共感いただけているものと感じています。今後もより質の高い料理やサービスをご提供できるように、スタッフ一同努めていきたいと思います。
(株式会社ナカエ・アーキテクツ 代表取締役 中永勇司)
ゲストの「ただいま」を聞きたくて。「何度でも訪れたくなる場所」を目指す
多くの方々のお力添えのもと、おかげさまで無事に開業を迎えることができ、まずは心より感謝申し上げます。開業してまだ半年にもなりませんが、アクセスが決して良いとは言えない場所にもかかわらず、石川県内はもとより県外や海外の遠方からも多数のゲストにご来館くださり、感謝の念に堪えません。能登はもちろんのこと石川県も初めてという方々もたくさんいらっしゃいますが、ウェルカムドリンクをご提供するチェックイン時や食後のバータイムには、能登の魅力を最大限に知っていただきたいと、ついつい熱くお話をさせていただくこともしばしば。ゲストのみなさまと共有するそのような時間に、私たちが逆に癒されてしまいます。
バーラウンジではゲストのみなさまにドリンクをお楽しみいただきつつ会話が弾むこともしばしば
また、時間とともにうつりゆく景色を眺めながら、心が洗われるようだとおっしゃっていただくことが多くございます。都会育ちの方々にもどこか懐かしさが感じられるようで、滞在を終えチェックアウトの際に「また帰ってきますね!」と笑顔で仰ってくださる場面があり、そのお心遣いに涙が出るほど嬉しい気持ちになります。「ただいま!」のお言葉が聞けるよう、私たちがここをリゾートと掲げた本来の「何度でも訪れたくなる場所」を目指して、これからもスタッフ一同日々を大切に奮闘、精進してまいりたいと思います。
(一 能登島 支配人 麻里)
【施設概要】
施設名称 :一 能登島(ひとつ のとじま)
所在地 :石川県七尾市能登島須曽町42-4
建物規模:地上2階・延床面積980平方メートル
客室数:8室
付帯施設:バーラウンジ・薪サウナ付き貸切スパ
事業主/企画運営/建築設計:株式会社ナカエ・アーキテクツ
プロデュース/ブランディング:株式会社サン・アド
料理監修:光川浩司(鮨みつ川)
事業計画アドバイザリー:株式会社GOODTIME
施工:株式会社戸田組
FF&E:seventh-code株式会社
サウナ設計協力/施工:株式会社BSA
器/アートコーディネイト:塚本美樹(SKLo)
開業:2023年9月
URL:https://hitotsu-notojima.com/