京都に本社を構え、相続手続きサービスのプラットフォーム「みんなの相続窓口」を運営する株式会社ルリアンが、産学連携プロジェクト『相続工学研究会』を発足させてから今年で3年目になります。
様々なシナジーを生み出した本取組みの裏側について、ストーリーでお伝えする前に…今回は時を巻き戻して、相続工学研究の基礎となる基幹システムを作り上げた一人の社員のストーリーをお届けします。
‟相続をDXする”蓄積されたデータで社会課題解決を目指す『相続工学』の特設サイトを開設
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000076273.html
(デジタルデザイン部・宇佐美朋香部長 / 2018年入社、相続事業の事務サポートを担当し現職)
◆ボストンバッグ片手に全国を飛び回る。すでに出張のプロ
電車を乗り継ぎ、県をまたいで大学から大学へと“はしご”しての打ち合わせ。大型連休明けのある日、デジタルデザイン部の宇佐美朋香部長は、データを活用した相続工学の研究をどのように進めていくのかについて、忙しく動き回っていました。株式会社ルリアンが産学連携で相続工学の研究を開始して3年目。この日の打ち合わせは、学長や教員を前にしたものでしたが、堂々とこなせるようになっていました。
「話題の理系女子とは正反対。一緒に研究してくれている理系の女子学生を尊敬してしまいます」という文系学部出身の宇佐美さん。研究の始まった2年前には、理系の研究者を前に「心臓の音が聞こえてくるようだ」(当社役員)と言われたほど緊張をしていたそうですが、教員や学生と手を取り合って研究を深めていくにつれ、自社の持つデータやその活用ぶりについての価値を認識し、しっかりと渡り合えるようになったと振り返ります。
ただ、「自信がついてきたのは会社として蓄積してきたデータそのものに対してで、自分自身に自信が芽生えているわけではないです」と言います。
研究の現場だけではなく、日常業務においても、以前とは違うルーティーンが生まれています。外出中に携帯電話に入る問い合わせは、かつてはシステムの使い方やセキュリティーに関するものばかりでしたが、近ごろはデータそのものに関するものが増えています。
「使い方などはすぐに電話で返答してしまえばいいのですが、データに関する問い合わせとなるとデータベースを開いて確認しなければなりません。デリケートなデータが入っているパソコンを外で開くわけにはいかないので、そのたびに出張先で一番近い会社の事務所に駆け込むことになります」。
データを作る箱作りから始め、データの入力を進め、今はDXの名のもとでデータが伸び伸びと脈打ち始めています。
(出張先での風景:筑波大学のイチョウ並木)
タイムリミットは半年!ITのド素人に課せられた指令
2018年の年末が近くなったある日、突然、相続工程を管理するための基幹システムの開発を命じられました。当時は部長でもなんでもなく、ひとりの一般社員に過ぎませんでした。しかも、システムエンジニアでもなければ、ITそのものの知識もない、いわゆる“ド素人”。それでも、やらなければならない、待ったなしの状況があったのです。
それまで、相続手続きは大量の紙を印刷するアナログ作業が恒例の圧倒的割合を占めていました。やりとりする行政や金融機関によって必要な書類が異なり、一つとして同じケースがないといった再現性の低さから業務の属人化に陥り、支障が起きていました。
こうした外部とのやりとりが紙になってしまうのはある程度仕方ないとしても、自社の進捗管理も簡単なスプレッドシート程度しかなく、各自が思い思いに入力していたため到底詳細を把握できるものでもありませんでした。担当者不在時に問い合わせがくると、都度、分厚い案件ファイルを引っ張り出しては現在の進捗を判断していました。結局は紙。そんな状況を変えなければ、担当できる相続案件は増えていかない。誰かがやらなければならない。会社が下した決断は、相続現場の経験がある宇佐美さんに開発を委ねるというものだったのです。
(相続手続きが終わるまで保管されていた厚さ15センチ以上の分厚いファイル。戸籍の束や複数金融機関の証明書が綴じられており、相続手続きによっては2冊に渡ることもあった)
まずは業務フローの標準化から始めた
相続手続きは、置かれた状況や相続財産によって必要な手続きが変わってきます。そのため、業務の画一的なフローを作り上げるのは難しいとされていました。しかし、それではパートナーとなってくれる全国の行政書士事務所などとの提携は進まないうえ、お客様に提供するサービスの均質化にもつながりません。当社がネットワーク化している「みんなの相続窓口」を、体系的に展開していくためには、同一ルールで相続の工程を管理する基幹システムが絶対に必要でした。
宇佐美さんに委ねるということに続き、会社が下した第二の決断は「リミットは半年」というもの。基本的な機能のリリースを半年後に行えという指令を受けた宇佐美さんは、まず相続手続き業務の洗い出しから行い、実務のフローを確定させることからはじめました。
「歩く辞書」と呼ばれる専門家のウワサを聞きつけ直談判
実際にお客様のところへ訪問し耳を傾ける専門家、その後の手続きをサポートしていく担当者、市役所とやりとりし戸籍を揃えたり、金融機関に残高証明の発行を依頼したりする事務方、相続税申告の専門家など、一つの相続手続きに携わる専門家は数多くいます。それぞれの担当と何度も擦り合わせをしながら必要な機能を絞り込みました。
実際にお客様のところへ訪問する専門家が入力する画面には、「お客様の心の負担を取り除くためにこういうことを聞きたい」という想いを詰め込みました。コールセンターの担当者が、電話をしながら、もれなく入力できる画面レイアウトにもこだわりました。いかにこのシステムが価値あるものになるかを考え続けました。
相続手続きに必要な項目を帳票出力する画面設計では、提携先で「歩く辞書」と呼ばれるほど評判の専門家の存在を聞きつけ、飛んで行って協力をお願いしました。基本機能以外は、機能ごとに小さく開発し、1カ月に1つずつリリースを繰り返す計画で進めました。
相続実務の経験があったからこそ、短期間でできた
社内でフローを確定させ、どのような機能を備えたいかの概要が固まった後は、発注先となるベンダーに相続手続きの流れを一つ一つ伝え、プログラミング設計に着手しました。相続は故人と相続人の関係によって財産の受け取りパターンが違ってきます。「この方が先に亡くなっていたらこうで、相続人が何人いたらこうなって…」と何度も何度も家系図をホワイトボードに書いて説明しました。
リリース前にはシステムの使い方を説明するため、北は北海道、南は沖縄まで、全国各地のパートナー企業の事務所を訪ねて回りました。システムの打合せに東京へ向かい、翌日にはパートナー企業の拠点のある関西へ。週の半分が出張生活という状況がそれこそ半年間続きました。設計後のテストや、マニュアル作成なども移動の合間に手がけました。こうして2019年4月1日、相続手続きシステム「MINSOUシステム」第一弾がリリースしました。
100%完璧にしない、とりあえずやってみる
リリースまで半年で漕ぎ着けたことを振り返り、宇佐美さんは「完璧主義じゃないからできた」と言います。「やってみなければ分からない。何かを変えるにはともかくシステムを作り、一回使ってみることをしないと変わらないと思った。なので、早くリリースすることにこだわった。めげないところと大雑把な性格が良かったのかも知れません(笑)」
これまでの事務のフローがシステム構築に合わせ変わったことで、最初は戸惑いや現場からの反発もありました。しかし、実際にリリースしてみると「ここまでできるなら、こういうこともできるのでは?」「こんな機能をつけてみてはどうか?」という現場主導の改善案がどんどん出てくるようになりました。新しいものへの抵抗が180度ガラリと変わった瞬間でした。水面に一石を投じた時に、そこから広がる波のように、現場、部門、取引先の中でコミュニケーションが広がっていくのを感じました。
全基本機能のリリースの搭載が終わったころにはスタートから一年が経とうとしていました。相続手続きの税務、金融など知識を持つメンバーも3名加わり、ようやく部署が立ち上がりました。メンバーと一緒に候補を出し合い、新しい部署名は「デジタルデザイン部」としました。数字やシステムをデザインする。システムを使う人がやりやすくなるように一緒にデザインしていく、の意味を込めました。
使う人に寄り添って、デジタルをデザインする
管理システムは作ることよりもそこから寄り添っていくのが大変だと宇佐美さんは言います。カタチを変え、運用がどんどん変わる中で、システムを使う人がやりやすいようにするにはどうすればいいのか?を常に考えているそうです。
カスタマイズを重ね、今まで人の手で行っていた作業の自動化もだいぶ進みました。相続人との関係を図で表した「相続関係説明図」や「財産目録」作成のシステムも出来上がりました。お客様の情報をたった一回入力するだけで、相続手続きに必要な行政機関や金融機関宛の依頼書、財産目録、相続関係説明図、遺産分割協議書までが自動で出てきます。何度も同じ情報を入力する必要があった以前とは大違い。使い方の説明を行ったときには「おーっ!」と歓声が上がりました。
紙からの脱却。今では分厚いファイルをめくりながらバサバサ仕事をする風景も見られなくなりました。デジタル化を進めたことで扱える相続案件も格段に増えました。ルリアンに来たお問い合わせ件数は14万7,000件以上となり、お客様と専門家を繋いだ無料訪問件数も2万5,000件を超えました。それはデータの先にいる誰かの役に立てていることを意味しています。MINSOUシステムに蓄積されたデータベースの活用の可能性は大きく広がり、まだ出会えていない誰かの日常を変えていくことができるところまで来ています。
(高校生に相続の授業をしている「相続出前講座」の様子)
宇佐美さんは自分のことをシステムの開発者だと思ったことは今まで一度もないそうです。「人と人を繋ぐことに興味があり、今の仕事は社内でもいろんな部署を繋ぐ仕事なので楽しい」と言います。プロジェクト毎にいろんな人と関われることを楽しむ宇佐美さんが、今度はMINSOUシステムに蓄積されたデータベースを活用した「相続工学」という新分野で、企業と研究機関、行政などを繋ぐ架け橋的な存在になっていくのですが、そんな壮大な物語はまた別の機会にお届けします。