47都道府県民による「飛騨市ファンクラブ」、6年で会員数1万人へ。ベンチャー市役所が挑む、関係人口増加への道

近年、マーケティングや広報活動の一環としてファンコミュニティの立ち上げを検討している自治体や企業も多いのではないでしょうか。しかし、こんな疑問が頭をよぎって一歩踏み出せない人も中にはいるはず。

「有名企業じゃないと人が集まらないのでは?」
「人気の観光地や移住先だから成り立つんでしょ?」
「そもそもファンコミュニティは効果がない?」

答えは全て「いいえ」です。飛騨市では、2017年1月に地域のファンコミュニティである「飛騨市ファンクラブ」を立ち上げ、6年間で会員数1万人を達成。その経験から得たコミュニティ運営のノウハウと効果を、飛騨市役所総合政策課の上田昌子(うえだしょうこ・写真右)、上田博美(うえだひろみ・写真左)に聞きました。
◆目指すは関係人口の増加~新たな風で地元を元気に~

集落の景観維持のため、地域内外の人でみょうが畑を復活させる様子。

──飛騨市ファンクラブは、どのような経緯で発足したのですか?

上田(昌):地域の人口減少が進むなか、飛騨市では関係人口(※1)の増加に取り組んでおり、その一環として飛騨市ファンクラブの活動をしています。

きっかけは、2016年8月に公開された新海誠監督の映画『君の名は。』でした。飛騨地方は『君の名は。』の舞台と言われており、飛騨市には数か所の巡礼スポットがあります。

『君の名は。』に登場したとされる、跨線橋から見た古川駅。

映画の公開を皮切りに聖地巡礼者を含む観光客がぐんと増え、飛騨市の知名度が上がったこのチャンスを生かさない手はないと考えました。

観光客を含め、全国各地に点在する「飛騨市に興味のある人」や「飛騨市と関わりを持ちたいと思っている人」をまずは可視化し、そうした方々と直接コミュニケーションをとりたいと考えたのが始まりです。

※1 「移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のこと」(引用:総務省「地域力の創造・地方の再生 – 関係人口」2023年11月16日閲覧)
──先ほど人口減少の話があがりましたが、ゆくゆくは移住者を増やすことが活動の最終ゴールですか?

実は、そうではありません。関係人口の増加は、必ずしも将来的な移住者の増加にはつながらないことが、飛騨市を含めた官民学による共同研究(※2)からわかっています。

飛騨市ファンクラブの目的は、あくまでも2つ。市外から新たな風を吹かせる人を呼び込むこと。そして、市外の方との交流により、市民の皆さんを元気にすることです。

※2 参考:杉本あおい、杉野弘明、上田昌子、船坂香菜子「現代日本社会における「関係人口」の実態分析: 全国アンケート調査の結果から」、『沿岸域学会誌』、33巻 (2020)3号
──とても意義深い活動だと思いますが、一方で定量効果がすぐには出づらく、職場や地域でその価値が理解されにくいのではないでしょうか。

おっしゃる通り、多くの方を納得させるほどの定量効果を得るには、中長期的な目線で活動を続ける根気強さがファンクラブの運営には求められます。ともすれば遊んでいるように見られがちですが、きちんと向き合えば地域活性化に大きく寄与する活動であることを、私は5年間で知りました。

一番わかりやすい例として挙げられるのが、会員数の増加にともなうふるさと納税の寄附金額の増加です。冒頭で述べた通り、飛騨市ファンクラブの本質的な価値や最終ゴールは別のところにありますが、これほど飛騨市に心を寄せてくれる人がいて、ファンクラブがその拠点としての役割を果たしている事実を示すデータであることは間違いありません。

飛騨市ファンクラブ会員による、ふるさと納税の寄附金額の推移

◆ファンクラブの仕組みをつくる~動機付けが鍵~

──これほどファンクラブが育つまで、長い道のりだったと思います。発足にあたって、最初に始めたことは何ですか?

飛騨市ファンクラブの活動年表

まずは、ファンクラブの仕組みづくりから始めました。その鍵となるツールが会員証と名刺です。

◆ お得な会員証で飛騨市を訪れるインセンティブをつくる

2016年11月に楽天グループ株式会社と包括連携協定を締結し、Edyカードをベースとした会員証を作りました。全国どこにいても、この会員証を利用して買い物をすると飛騨市を応援できる仕組みです。

また、飛騨市を訪れる際に会員証をお持ちいただくと、市内の宿泊施設や飲食店で割引や特典を受けることができます。

飛騨市ファンクラブの会員証。入会時期によって多彩な絵柄を楽しむことができる。

飛騨市に興味はあっても動機がなければ、なかなか実際に足を運ぶには至りません。「飛騨市に行ってみたいな」という気持ちを後押しする目的で、この仕組みをつくりました。

◆ 会員による名刺配布でファンの輪を広げる

また、会員さんが家族や知人に渡す名刺を作りました。ファンクラブに入会していなくても、名刺を持参したら割引や特典を受けることができます。

これにより期待できる効果は2つあります。1つは、会員さんを中心にファンクラブが拡大していくこと。もう1つは、いわば”観光大使”のような役割を会員さんが担うことで、より飛騨市への愛着が育っていくことです。

会員に配布される名刺のサンプル。

──割引・特典サービスを提供するにあたって、飛騨市から各事業者に対して補助金が出るのでしょうか?

当時、ファンクラブの会員数も活動実績もゼロに等しく、今後の展望も見えないなかで予算の確保が難しく、飛騨市が費用を負担することはできませんでした。事業者さんにご負担いただく前提で、商工会議所や各店舗を訪問し、初年度の目標である会員数1,000人を掲げ「一緒に地元を盛り上げていきましょう」とお願いして回りました。
◆地域の協力者を募る~実績ゼロで挑む仲間づくり~

──実績がなく、事業者にとってのメリットが不透明な状態だと、なかなかお願いしづらかったのではないでしょうか。

そうですね。飛騨市としてお店をPRすることしか、その時点で約束できるメリットがなかったので、どうお願いしたら相手の心を動かせるのか悩みました。

「増客の効果が見込めないと、事業者負担で協力するのは難しい」とお断りされるケースもあり……。お店を切り盛りしている以上、そうおっしゃるのは当然のことで返す言葉もありません。その時に、会員数を増やして実績をつくることがいかに大切かを痛感しました。

一方で、ありがたいことに「面白い取り組みだね」「ぜひ一緒にやりたい」と心強い言葉をかけてくださる方も多く、こうした方々となら官民一体となって地域を盛り上げていけると確信しました。
──事業者の協力を得るために注力したことや工夫したことは何ですか?

◆ 足を使う

第一に、各店舗を訪問することです。飛騨市ファンクラブで地域を盛り上げていくには、思いを伝えるにはこれしかないと考え、市内約40店舗を1軒ずつ回りました。

2~3週間の短期集中で、日中は店舗の訪問に全力投球し、夕方以降は事務所に戻ってほかの業務を片付ける日々でした。

◆ 構想を語る

私は大学を卒業してこのかた公務員で、営業職のように職場外の方に向けて提案や交渉をした経験はありません。その分、1回の訪問ごとに相手が知りたいことは何なのかを学び、提案の仕方をアップデートしていきました。

一番大切にしていたのは、飛騨市ファンクラブの構想を語ることです。私たちがファンクラブをどのようなかたちで地域活性化につなげようとしているのか、未来を見据えたメッセージを強調しました。

そのための工夫として、最初は文字ばかりだった提案資料を、メッセージがひと目で伝わるようにビジュアル化したことが挙げられます。

同時に、構想に具体性を持たせるために「会員数1,000人」という初年度目標を明記し、協力店舗が将来的に得られるメリットを伝えました。

◆ 市民との関係を育てる

また、これは飛騨市の職員になって以来ずっと大切にしていることですが、日頃から地域の方と積極的にコミュニケーションをとるようにしています。市役所の窓口に顔見知りの方がいらっしゃったら、「〇〇さん」と声をかけて雑談をしたり、地域の催し物に参加したり。

飛騨市ファンクラブの担当になる以前、地元の方と一緒に街コンの運営をしたこともあります。そうした交流を重ねていくうちに、地域にはどんな人がいて、何が得意なのか、わかってくるようになるんです。

地域で開催した街コン「ひだコン」の様子。

「人」を知っていることは、地域連携において大きな強みになり得ます。もちろん、仕事のためというより、市民の皆さんと交流するのが純粋に楽しくてやっていることではありますが、結果的に仕事のやりやすさにもつながっています。
◆最初のファンをつくる(0→400人)~まずは足場固めから~

──会員数1,000人という初年度目標はどのような経緯で決まったのですか?

飛騨市ファンクラブを立ち上げるにあたって都竹淳也市長が発表したもので、私が担当になった時にはすでに決定事項でした。正直「本当にできるのだろうか」と不安で……(笑)。でも、やるしかないと腹をくくりました。
──ゼロから会員数を増やすのは簡単ではなかったと思います。最初は何から着手しましたか?

◆ 口コミで身内からファンの輪を広げる

まずは、身内に声をかけるところから始めました。家族や親戚、友人に入会してもらって、少しずつ輪を広げていったんです。

いきなり地域の外へアプローチするより、まずは地元での認知を広めることが会員数増加への第一歩だと考えました。

◆ 地方紙を介して地元での認知を広める

そうした考えから、地元で購読者が多い岐阜新聞と中日新聞の2社に働きかけ、ファンクラブの活動を取り上げてもらいました。
──実績のない活動をいきなり新聞で取り上げてもらえるものなのでしょうか?

プレスリリースを配信しただけでは、その他多数のニュースに埋もれてしまう可能性があるため、直接記者さんに電話をして掲載してもらえないか打診しました。

とはいえ、新規性がないとニュースとして成立しません。その点を踏まえ、自治体によるファンクラブの立ち上げは飛騨地方初であること、またEdyカードと連携した会員証の発行は当時全国の自治体で初であること、この2つを軸に記者さんへ活動の魅力を伝えました。

さらに、飛騨市に隣する高山市の会社が発行するフリーペーパーへの掲載も初期のファン獲得につながっています。別の事業を担当にしていた頃にお世話になった方が、その会社にいたご縁で話が決まったんです。改めて、つながりの大切さを実感した出来事でした。
◆さらなるファンを増やす(400→1,000人)~SNSのバズを利用~

──口コミや地方紙への掲載で会員数1,000人を達成したのですか?

いえ、その方法で会員数400人までは到達しましたが、そこから年度内に倍以上へ増やすには、さらなる手を打つ必要がありました。

そこで、SNSです。バズといえばX(旧Twitter)のイメージがあるかもしれませんが、2017年当時は実名での情報発信はFacebookが主流でした。また、都竹市長が日頃からFacebookを利用しており、フォロワーも多かったことからFacebookをメインの発信ツールとして採用しました。
──都竹市長が協力してくれるのは心強いですね!

それが、最初は全く協力してくれなくて……(笑)。飛騨市ファンクラブを「宣伝してください」と何度もお願いしたのですが、なかなか手を貸してもらえませんでした。

後で聞いた話ですが、簡単に手伝ったら職員が育たないからと、あえて静観していたそうです。ただ、アドバイスはくれて「『ヒト気』を出した方がいい」とのことでした。
──「ヒト気」というと?

言い換えると、賑わっている様子です。例えば、行列のできる店には入りたくなりますよね。そこに行けば、何か楽しいことに出会えるはず。そう感じさせる雰囲気をつくり出すことが大切だと教わりました。

また、中の人の思いや人間味を出すことも欠かせません。地元のおいしい食べ物や美しい風景の写真を投稿するのもいいですが、見る人の共感を最も多く集めるのは人間味だからです。

そこである日、都竹市長が出張で不在だったため、同僚と3人で市長室をジャックして「会員数400人突破」のお知らせ動画を撮影してFacebookに投稿しました。普通のスマートフォンで撮った30秒ほどの無編集動画でしたが、想像以上に反響があり、あっという間に1万ビューを超えたんです。

その時は、都竹市長も「面白い」と思ってくれたようで、自身のアカウントでシェアしてくれました。

今でこそ「〇〇人突破しました!」というお知らせ動画は、YouTubeでよく流れてくるコンテンツの一つですが、今ほどYouTuber人口が多くなかった時代に公務員がそれを市長室でやったという目新しさが話題を呼んだのだと思います。こうやってバズを生み出すのだと、肌で学んだ瞬間でした。

そして、何より大切なのはフォロワーの気持ちが離れないように継続して発信することです。当時、飛騨市で起こるさまざまなことを毎日欠かさず投稿していました。

それに、SNSを続けていると、だんだんフォロワーや世間の関心事が見えてきます。そこで知った情報を別の業務に生かすこともできるので、情報収集