従来、日本企業の海外進出といえば、アジアや北米が考えやすい選択肢であったが、世界的には、南米市場の急速な成長と潜在的な可能性が、新たな進出先として注目を集めている。南米向けシード特化ベンチャーキャピタル「BVC」代表の中山充氏に、日本のスタートアップにとっての南米市場の可能性について話を聞いた。
中山氏は、自身もスタートアップ起業の経験を持ち、日本とブラジルの架け橋として活躍している。現地の投資家との強力なネットワークを持ち、有望な起業家を見出し、支援している。2016年に最初のファンドを組成し、これまでに数十社に投資している。BRIDGEが9月27日に主催する公開収録型の勉強会「Innovators GO!Global最前線」にも登壇する予定だ。
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世界4番目の経済圏
南米は、アメリカや中国、EUに続く第4の経済圏だ。GDPで見ると日本の1.5倍の規模があり、6.6億人の人口を抱えている。一人当たりGDPも中国と同程度だ。この規模感は、多くの日本企業にとって意外かもしれない。発展途上のイメージはこの際、払拭すべきだろう。
特に南米が、他の地域と違って特徴的なのは、都市人口比率が高いことで、ビジネス展開において大きな魅力です。アメリカと同程度の都市化率があり、これは東南アジアやアフリカと比較しても際立っています。
都市部に人口が集中していることで、スタートアップはサービスの展開やマーケティングが効率的に行えます。また、インフラ整備も進んでいるため、テクノロジー企業にとっては有利な環境といえるでしょう。
南米のほとんどの国でスペイン語が使用され、ブラジルではポルトガル語です。これは、一度言語対応をすれば、ほぼ全域でサービスを展開できるということを意味します。多言語対応が必要な東南アジアと比べ、非常に効率的にビジネスを拡大できる可能性があります。
テクノロジー分野での成長も著しい。ブラジルでは、スタートアップへの投資額が年間約1兆円を超え、これまでに11社のユニコーンが誕生した。金融インフラが乏しいことを背景に、とりわけ、フィンテック分野での進展が顕著だ。
ブラジルのデジタルバンク「Nubank」は、設立から10年で1億口座を突破しました。つまり、南米人口の6分の1が口座を持つ計算です。従来の銀行サービスへのアクセスが限られていた層に、スマートフォンで簡単に銀行サービスを提供したことが、急成長の要因です。
Nubankの成功は、南米市場における「リープフロッグ現象」の好例です。既存のインフラや制度が整っていないからこそ、最新のテクノロジーを一気に導入し、先進国以上に進んだサービスを展開できる可能性があるのです。
この現象は、他の分野にも波及していて、さまざまな分野で革新的なサービスが生まれている。南米の消費者は、新しいテクノロジーやサービスに対してオープンで、これは目新しいサービスを新市場で試したい日本のスタートアップにとっても絶好の機会となるはずだ。
クラウドの普及で変わるスタートアップ市場
さらに、クラウドサービス市場も急成長している。ブラジルのパブリッククラウド市場は、2027年まで年間18%以上の成長率が見込まれていて、この成長率は、グローバル平均を大きく上回る。急成長の背景には、大手クラウドプロバイダーの積極的な市場参入がある。
AWSがブラジルに本格進出したのは2、3年前のことです。それまでは、ブラジルのスタートアップは、海外のサービスとしてAWSを利用していましたが、AWSの現地法人設立により、請求書払いなどローカルビジネスに適したサービス提供が可能になりました。
Google CloudやMicrosoft Azureも同様の動きを見せており、クラウド市場の競争が活性化している。これは単にインフラが整備されるだけでなく、クラウドを活用したスタートアップの成長も促進することになり、ひいては、南米のビジネス環境を大きく変える可能性さえある。
クラウドの普及により、スタートアップがより少ない初期投資で事業を立ち上げられるようになり、大企業のデジタルトランスフォーメーションも加速するだろう。この動き、B2Bサービスを提供する日本のスタートアップにとっても、大きな商機になる可能性がある。
クラウドサービス分野では、日本企業の南米進出も始まっている。中山氏は、クラウドエースという日本のIT企業がブラジルに支社を設立し、Google Cloudをベースにしたシステム開発サービスを展開し始めた例を紹介してくれた。
クラウドエースの事例は、日本のIT企業が南米市場で活躍できる可能性を示しています。彼らはJETROのプロジェクトを活用し、ブラジル生まれの日本人の方が中心となって事業を現地展開しています。現地事情に詳しい人材を活用し、海外展開の成功につなげるケースですね。
彼らは、日本の高品質なIT開発の手法と、現地のニーズを巧みに組み合わせました。また、Google Cloudという世界的プラットフォームを活用し、信頼性と拡張性を確保しています。これは、日本のスタートアップが南米に進出する際の一つのモデルケースと言えます。
他にも、犯罪予測AIを開発するSingular Perturbationsや、小型SAR衛星を開発・運用するSynspectiveなど、日本の先端技術を持ったスタートアップが南米市場に関心を示している。これらの企業は、南米の広大な国土や複雑な社会問題を、先端技術で解決しようとしている。
Singular Perturbationsは、日本で開発した犯罪予測AIを、まず南米市場でテストしています。南米は新技術の導入にオープンで、実証実験しやすいという判断があったようです。これは、日本の技術を海外で磨き、世界展開する新しいモデルの可能性を示唆しています。
また、南米には、火山や地震、土砂災害などの自然災害リスクを抱えている地域もある。Synspectiveが南米市場に関心を示した背景には、衛星データを活用した都市インフラの保護や災害リスクの早期発見など、防災ソリューションの需要が高いと考えた可能性がある。
農業・環境技術分野での可能性
農業や環境技術分野でも、南米市場は大きな可能性を秘めている。南米は広大な土地を有しており、アグリテックや脱炭素技術の実証・展開に適している。沖縄科学技術大学院大学(OIST)から生まれたEF Polymerは、ボリビアやブラジルでの展開を検討しているという。
EF Polymer は植物残渣から生分解性プラスチックを作る技術を持っており、このプラスチックは農地に適用すると、土壌の保水力と保肥力を向上させる効果で約40%の節水、約20%の肥料の節約に加え、10~15%の収量増加が期待できるというものだ。
南米は環境意識が高く、農業大国でもあります。また、環境保護と経済発展の両立が大きな課題となっています。EF Polymerの技術は、プラスチック廃棄物問題の解決と、新たな産業創出の可能性を同時に提供します。現地政府や企業にとって魅力的な提案となるでしょう。
また、茨城大学発のスタートアップで、植物共生細菌を活用した土壌改良技術を持つエンドライトも、南米市場に注目している。この細菌を使うと、土や苗の活力が増し、収穫量や暑さに対する耐性が高まるほか、肥料や農薬の使いすぎで劣化した土壌の回復にも役立つという。
南米の広大な農地で、化学肥料に頼らない持続可能な農業を実現できる可能性があります。これは、食糧安全保障と環境保護の両立という、グローバルな課題解決にもつながります。これらの技術が南米市場で大きな影響を与える可能性があります。
南米は世界の食糧庫と呼ばれるほど、農業が重要な産業です。そこに日本の先端技術を導入することで、生産性の向上と環境負荷の低減を同時に実現できる。これは、南米だけでなく、世界の食糧問題や環境問題の解決にも貢献する可能性があります。
日本のスタートアップへのメッセージ
中山氏は、南米市場参入のポイントとして以下を挙げた。
- 現地パートナーとの協力 …… 言語や商習慣の違いを乗り越えるには、信頼できる現地パートナーが不可欠だ。現地の大学や研究機関、スタートアップエコシステムとの連携を積極的に模索することが求められる。
- 社会課題への着目 …… 南米特有の社会課題を理解し、それを解決する技術やサービスを提供することが重要だ。例えば、所得格差の解消や持続可能な都市開発、環境保護などが主要なテーマとなっている。
- 長期的視点 …… 市場の成熟には時間を要する。短期的な成果にとらわれず、長期的な視点で事業展開を考えることが肝要だ。政治経済の変動も大きいため、そのリスクも含めて戦略を立てる必要がある。
- 技術力の活用 …… 日本の高い技術力は、南米市場でも十分に競争力を持つ。それをいかに現地のニーズに合わせるかが鍵となる。現地の問題に対して、日本の技術でどのようなソリューションを提供できるかを常に考える姿勢が重要である。
- オープンイノベーションの推進 …… 南米のスタートアップエコシステムは非常に活発だ。現地のスタートアップとの協業なども選択肢に入れるべきだ。そうすることで、市場理解を深め、ビジネスチャンスを見出すことができるだろう。
中山氏は、日本のスタートアップが南米市場に進出する意義についても語った。
日本の技術力と、南米の成長市場を組み合わせることで、世界を変えるようなイノベーションが生まれる可能性があります。また、南米での成功体験は、他の新興国市場への展開にも活かせるはずです。
南米市場は確かにチャレンジングですが、その分だけ大きな可能性を秘めています。日本のスタートアップには、この新しいフロンティアに果敢に挑戦してほしいですね。そして、そこで得た経験と成功を、世界展開の足がかりにしてほしいと思います。
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