GoToトラベルと感染拡大の因果関係は?GoTo停止は感染に歯止めをかけるか?

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イェール大学+半熟仮想株式会社の公共政策リアルタイム解析

半熟仮想株式会社(代表取締役社長:成田悠輔)は、データを用いた公共政策のデザインを事業の柱の一つとしています。その一環として、GoToトラベル政策と新型コロナウィルス感染拡大の因果関係を明らかにし、年末年始のGoToトラベル停止が感染に与える影響をリアルタイム予測するデータ解析を行いました。

主な結果は以下の通りです。

・7月のGoToトラベル開始とともに、全国の検査陽性者数が累計で最大5300人増えたとの試算が得られた
・年末年始のGoTo停止中も陽性者数は増える。だが、仮にGoToを継続した場合と比べればGoTo停止中の陽性者数増加は累計約3700人減ると予測される
・政策の影響を予測し、予測を検証して改善し、政策デザインを助ける努力をしよう

注意:そもそも答えを出すのが難しい問題に、厳しい時間や資源の制約の中で取り組みました。できる範囲で最善は尽くしましたが、データや手法に改善の余地があることはもちろんのこと、間違いや誤解が含まれている可能性もあります。データや検証・予測手法へのご批判や改善方法のご提案を歓迎いたします。以下の問い合わせ先までご連絡いただければ幸いです。
【当社について】

半熟仮想株式会社では、データ・アルゴリズム・数理を組み合わせて事業や政策をデザインする技法の構築・実装・布教に取り組んでいます。特に「市場設計」「反実仮想機械学習」「因果推論」といった領域では国内屈指の人材と技術を持ち、多数の企業との共同事業・研究や独自の基礎研究・ソフトウェア開発などを行っています。これらの活動を産学や国境の壁を超えて行うのが、イェール大学・MIT・東京大学・東京工業大学など所属・出身で事業経験も備えた科学者やエンジニアです。

【背景】

新型コロナウイルスの感染拡大が世界でも日本でも止まりません。感染拡大による経済停滞が直撃した飲食業や観光業、地域経済を助けるため、日本では2020年7月22日から国内旅行に対して政府による補助金(GoToトラベル)が出されました。10月1日からは飲食店利用に対する補助金(GoToイート)もはじまっています。日本のGoTo事業には11月末時点で4000億円以上の政府支援が行われ、延べ6800万人以上が利用している世界的にも大規模な政策です(観光庁発表)。

しかし、11月からの検査陽性者数の増加を受けて、GoToトラベル・イート政策(以下「GoTo」)が感染拡大を助長しているのではないかという懸念が高まっています。その懸念から、年末年始(12月28-1月11日)にはGoToの一時停止が予定されています。

過去数ヶ月間のGoToは感染を拡大させたのでしょうか?年末年始のGoTo停止は感染に歯止めをかけられるのでしょうか?GoToと感染の関係性、特にGoToが感染を広げるかという因果関係はよく分かっていません。「GoToと感染には軽微な関係しかない」という力強い断言から、「GoTo利用者の方が感染を示唆する症状をより多く経験している」という慎重な忠言まで、異なる見解が乱立しているのが現状です。

残念ながら、対立する見解とそれを支える分析は客観的に正しさを検証できるような予測を行っておらず、私たちはお気に入りの意見を拾い出して信じるしかないという状態にあります。

【目的と概要】

この現状に楔を打ち、GoToの新型コロナ感染への影響を明らかにしようとするのが私たちの目標です。具体的には、以下の二つの分析を行いました。

過去のGoToトラベル・イートの導入が陽性者数に与えた影響を検証する
年末年始に予定されているGoTo停止が陽性者数に与える影響を予測する

データを用いた予測を得意とする「機械学習(人工知能)」と、データから因果関係を発見することが得意な「因果推論(統計学や経済学の一分野)」の技術を組み合わせたデータ解析の結果、以下のような示唆が得られました。

7月のGoToトラベル開始とともに、全国の陽性者数が一ヶ月間で累計最大5300人増えた
仮にGoToを継続した場合と比べれば、GoTo停止によって同停止中の陽性者数増加は累計約3700人減ると予測される。ただし、GoTo停止中も陽性者数は増えると予測される。

以下では、どのようなデータを用いてどのように影響の測定と予測を行ったかを説明します。再現可能性のため、末尾にソースコードも添えてあります。

【限界、そしてなぜこんなことをしてるのか】

ただし、上述の解析には大きな限界があることも強調しておく必要があります。

GoToの影響の検証や予測は控えめに言ってもとても難しい問題です。コロナ禍中の激変する世界に住む私たちは、陽性者数の変遷データのみを頼りに、GoTo開始・停止などの政策が及ぼす影響を予測しました。このような試みは、たとえて言えば、「目の前に置かれた一本の糸を眺めるだけで、物理法則を学ぼうとしているようなもの」と言えるかもしれません。

データ分析に関する専門知識のない方でも、それがいかに無理難題かは理解できるのではないかと思います。専門的には「非定常の時系列データに基づく反実仮想の予測」などと呼ばれることがあり、様々な効果の測定や予測の中でも特に難易度が高い離れ技として知られています。このような離れ技を再現性があり信頼できる形で行う方法を、人類は今のところ知りません。

今回公表した予測は難しすぎる問題に取り組んでいると言え、高い確率で失敗し、私たちは恥をかくことになるだろうと予想しています。にもかかわらず、この予測を公開するのにはちゃんとした理由があります。予測自体は失敗したとしても、なぜ失敗したのか、どのようにすれば失敗しなかったのか、といった問題に関する鮮度の高い洞察が得られると期待しているからです。

新型コロナウィルスをめぐる政策論議においては、公衆衛生や経済学といった分野の研究者や大学教授たちが、正しさを検証しようのない分析や議論、喧嘩を延々と続ける光景が目立ちます。データとエビデンスに基づく科学の力が期待されたこの局面で、いったい何が正しく何が間違いだったのか検証されずに時が過ぎ状況が悪化していることに、科学者の端くれとして忸怩たる思いがあります。

このような状況に小さな楔を打ち込みたい。あえて正解か間違いかが白日の元に晒されるような分析と予測をソースコードとともに世に出し、未来の世界から忌憚のない批判を受けたいと考えた次第です。

新型コロナウィルスに関して正しさを検証できる分析や予測と言えば、すでにGoogleが長らく開発運用している陽性者数や死者数の予測基盤があります。Googleのような外来の黒船大企業だけでなく、土着の研究者や企業もこのような試みを立ち上げていくことが大事だと思います。

ここで報告するのは、Googleの陽性者数予測を超え、GoTo停止などの政策介入の影響まで予測しようという企てです。このような無理のある課題に取り組む試みに共感いただける方がいらっしゃれば、ぜひ今後の展開に参画していただきたいです。

公衆衛生・疫学・統計学・機械学習・経済学・政治学などの研究者、データ科学者やエンジニア、そしてこのような試みに資源提供していただける企業・政府・自治体などの皆さんのご協力を特にお待ちしています。末尾の問い合わせ先にご連絡をお願いいたします。

【分析準備】

1) データ

分析および予測にはGoogleCloudPlatform提供のcovid-19-open-dataの検査陽性者数データを使用しました(2020/12/26取得)。2020年1月2日から2020年12月25日にかけての全国の検査陽性者数データを使用します。

2) 効果測定・予測について

GoTo導入や停止のような政策の影響を測定したり予測したりするには、政策を実施した場合と政策を実施しなかった場合の2つの結果の差分を取る必要があります。しかし、現実には政策実施もしくは未実施の結果しか観測することができません。たとえば、GoToを実施した場合には、仮にGoToを実施しなかった場合に感染者数がどうなっていたかを観測することは不可能です。

そこで、観測できなかった方の結果を何らかのモデルで予測し、予測結果を用いて差分を取るアプローチを考えます。また、まだ起きていない政策の効果を予測するためには、未来に政策が実施された場合と政策が実施されなかった場合の両方の結果を予測し、その差分を取ることが考えられます。このような分析の精度は予測モデルの精度に左右されるため、精度の高い予測モデルを構築することが重要になります。まず予測モデルを構築・検証した上で、予測モデルを用いてGoTo導入や停止の影響測定および予測を行います。

3) 予測モデルの構築

予測モデルとして、Facebookが開発したProphet(「預言者」の意味)を用います。Prophetは様々な課題について高精度な時系列予測を行えることが知られており、1.時系列の季節性とトレンドを自動的に推定できる、2.トレンドの変化点を自動的に推定できる、などの利点を持ちます。GoTo停止による検査陽性者数のトレンドの変化を捉えるという目的と相性が良く、新型コロナ感染のトレンド、他新型コロナ政策の導入などの外的なイベントを考慮するのにも適していると考えられるため、ここではProphetを採用します。

Prophetで時系列予測モデルを構築するに当たり、複数の部分時系列の予測誤差を最小とするパラメータの探索を行い、最小の予測誤差を実現したパラメータを採用しています。

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