生成AIで実現する「お客様の声」分析の民主化——生成AI、成長の方程式/エモーションテック 蘇鉄本かすみ氏・池亀和樹氏 #ms4su

本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

既に日常生活にも浸透しつつある生成AIテクノロジーですが、ビジネスで成果を出すために活用するには、知識やデータとの組み合わせが欠かせません。今回のシリーズでは、生成AI技術の活用により、ビジネスやサービスで革新的な成長を遂げようとするスタートアップの事例を取り上げます。

今回紹介するエモーションテックは、企業の顧客体験(CX)の向上を支援するスタートアップです。収集した顧客の声を独自の解析技術で紐解き、課題解決につなげていく。そんなエモーションテックの事業は、生成AIの登場によってさらに加速しているといいます。

同社の生成AIを活用した取り組みについて、LLMプロジェクトのマネージャーを務める蘇鉄本かすみ氏とデータサイエンティストの池亀和樹氏に話を聞きました。

膨大な時間や専門知識は不要、顧客の声を活用する「障壁」取り除く

NPSや顧客満足度などさまざまな切り口から収集した顧客の声を、独自の解析技術とノウハウを基に分析し、課題解決へ向けたアクションへと落とし込む。2013年創業のエモーションテックでは「CXM(顧客体験マネジメント)」の領域に注力し、数年間にわたって事業を磨いてきました。

強みはこれまでに培ってきたCXMに関する独自の手法や支援ノウハウと、データ収集や分析をサポートするCXMに特化したクラウドシステム。近年はこうした資産を従業員体験や投資家体験の向上といった領域にも拡張しながら、事業の幅を広げています。

エモーションテックの取り組みにおいて核となるのが、対象者の生の声です。顧客体験のマネジメントにおいては、「顧客の声(VoC)」が鍵を握ります。

アンケートのフリーコメントや商品のレビューといったデータは、商品開発やサービス改善をする際の大きなヒントとなる貴重な資産です。ただこうしたテキスト形式のデータを活用する際には、いくつかの「ハードル」を乗り越える必要がありました。

情報量が多く内容を把握するのに膨大な工数がかかったり、定量化して分析することが難しかったり。扱う顧客の声が多い企業ほど、データ活用の壁が高かったのです。

そこに生成AIを取り入れることで、現状を打破できないか。エモーションテックが2023年5月にローンチした「TopicScan」はそのようなアイデアのもと、立ち上げられました。

Image credit: EmotionTech

Microsoftの 「Azure OpenAI Service」を活用して開発されたこのテキスト分析サービスでは、多様な顧客の声を手間なく分析することができます。少し大袈裟な表現をすれば、今まで手動で時間をかけて分析していたことや、専門家がテキストマイニングツールなどを駆使してやっていたことを生成AIに〝丸投げ〟できる仕組みと言えるかもしれません。

ユーザーがやることはアンケートのコメントやレビューなどのテキストデータが含まれるCSVファイルをシステム上にアップロードするだけ。TopicScanがデータに頻出する話題を自動的に最大で30項目ほど抽出するほか、一つひとつのコメントに対してトピックや感情といった〝ラベル〟を自動で付与します。

こうした解析データに加え、分析結果をビジュアル化して整理したものや各トピックを要約したものなどをまとめたレポートを出力する機能を持ち合わせているのも特徴です。

例えばある自動車メーカーではTopicScanを活用して車種ごとにフィードバックを分析することで、膨大な顧客の声の中から「各車種の特色」を見出すような取り組みを進めています。TopicScanは扱うデータが多いほどその効力を発揮しやすいこともあり、現在は大手企業を中心に数十社で活用されているそうです。

解析データの例
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分析レポートの例
Image credit: EmotionTech

目指すは生成AIを用いた「顧客体験マネジメントの民主化」

AIを用いて顧客の声を分析する試み自体は、決して真新しいものではありません。既存のテキストマイニングツールの中には、以前から自然言語処理技術を取り入れてきたものがいくつも存在します。生成AIの登場によって、この領域にどのような変化が生まれているのでしょうか。

TopicScanの責任者を務める蘇鉄本さんによると、「人が読み込むような分析アプローチの実現」と「事前準備にかかる負担の少なさ」が大きなポイントになるといいます。

エモーションテックでLLMプロジェクトのマネージャーを務める蘇鉄本かすみ氏

これまでのテキストマイニングにおける分析手法は、テキストを「単語」ベースで整理するものが中心でした。単語や文節に分解した上で繋がりや関係性を分析するため、人と同じようにテキスト内の「トピック(話題)」に対して文脈や感情を読み取ることが難しかったのです。またこれまでは大量の教師データを集めたり、カスタム辞書を用意したりといった事前準備も大きな課題となっていました。TopicScanではまさに生成AIを活用することで、事前準備なしでもテキストデータさえあれば、人が読み込むような深い分析ができるような仕組みを作っています(蘇鉄本氏)

TopicScanのような仕組みは、利用者の能力を拡張するツールという見方もできるかもしれません。これまで顧客の声の分析に力を入れている企業では、担当者が手動で地道に分析をする、もしくは知見やスキルのある専門家がテキストマイニングツールを用いて高度な分析に挑戦するといった手法が用いられてきました。

ただ手動で対応できる量には限りがありますし、専門家がいないチームではテキストマイニングツールを十分には使いこなせない場合もあるでしょう。

エモーションテックでデータサイエンティストを務める池亀和樹氏

お客様の声を集めて課題を発見し、改善のアクションに繋げていく。(顧客企業において)この良い循環を作ることを目指しています。本来は調査、分析した先こそが大切なのですが、データの収集や分析に膨大な労力やコストがかかってしまうと、そこで力を使い切って「やりきった」状態に陥ってしまうケースがあるんです。一連の工程を誰でも簡単に、スピーディーにできるような世界にしないと、良いサイクルは実現できないのではないか。TopicScanではそのような考えのもと、すでにあるお客様の声を即座に事業で使える状態に仕立て、それを基に次のアクションを考えやすい仕組みを意識しています。言わば「CXMの民主化」のような思想で始まったプロジェクトなんです。(池亀氏)

LLMの登場とマイクロソフトとの連携が大きな後押しに

この計画を形にする上で、エモーションテックにとって大きな後押しになったのがLLMの登場とマイクロソフトとの連携です。

もともとエモーションテックでも以前からAIの活用は模索していましたが、顧客が保有するVoCはあくまで顧客のものであるため、そのデータを使って新サービスを立ち上げるといったことは一切考えていなかったといいます。

そこに大量のデータを用いてトレーニングされたLLMが登場し、その仕組みを使うことで新しいチャレンジができる可能性が出てきた。LLMの存在は私たちにとって強い武器になりました。R&Dを進める中ではセキュリティの観点からサービス化が難しいかもしれないという懸念もあったのですが、マイクロソフトさんから「Azureの中でOpenAIのサービスを使える」というお話をいただいて。そこから一気にプロジェクトが加速し、Azureを基盤として生成AIをベースにしたプロダクトの開発が進んでいきました。(池亀氏)

日本マイクロソフト パートナー事業本部 クラウドパートナー開発本部 山口裕土さん

日本マイクロソフト パートナー事業本部 クラウドパートナー開発本部 山口裕土さんも、TopicScanの構想はマイクロソフトの取り組みやLLMとの親和性が高いと話します。

膨大なテキストデータを価値のあるインサイトへと変えていくだけでなく、その仕組みを熟練のエンジニアや専門家ではない人でも使えるようにしていくというTopicScanの取り組みはLLMの本質的な使われ方の1つではないかと感じました。Azure OpenAIを事業に取り入れていたくスピード感もものすごく早かったですし、実際にTopicScanによってAzure OpenAIが(顧客から)ものすごく使われていたんです。マイクロソフトとしてもLLMの民主化につながるようなユースケースをもっと広げていきたいですし、今後は技術面や共同マーケティングの取り組みなども含めてエモーションテックとの連携を深めていきたいと考えています。(山口氏)

現在のTopicScanは、エモーションテックにおける生成AIの活用の第一弾という位置付けです。今後は音声などテキストデータ以外の対応やレポートに加えた新たな価値の創出など、「インプットおよびアウトプットの拡張」を始め、アップデートを重ねていく計画だといいます。

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