スタートアップM&Aの夜明けーー小澤氏・ACROVE荒井氏ら語る「新・成長戦略」

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都内で開催されたサイバーエージェント・キャピタル主催のクローズドの勉強会。登壇した「Boost Capital」小澤隆生氏(写真左)と、EC ロールアップで急成長している ACROVE の荒井俊亮氏(写真右)

ここ数年、スタートアップを取り巻く話題で大きなテーマになりつつあるのが「M&A」だ。エムスリーや SHIFT などの「お手本モデル」を筆頭に、昨年上場したエンターテインメント領域の GENDA はロールアップによって一気に株価を急上昇させ、国内スタートアップにおける新たな成長モデルを示した。

M&A を新たな成長の軸に据える上場・グロース組の動きも活発で、デジタルマーケティング領域のエフ・コードや、クラウドソーシングのクラウドワークスなどが M&A 戦略を活発化させている。さらに EC 領域でも先ごろ上場した yutori や未上場ながら2年で15件の買収を成功させた ACROVE などがブランドロールアップによって事業を急成長させている。

国内スタートアップにとって事業規模の拡大、時価総額の向上が必須の課題となる中、マルチプロダクト・コンパウンド戦略などと並び、M&A をどのようにとらえるのか、経営者にとって大きな宿題となっているのは間違いない。

ACROVE を創業期から支援するサイバーエージェント・キャピタルのパートナー北尾崇氏

先週、この「スタートアップにとっての M&A」という興味深いテーマについて勉強会「カムスタ!アカデミー」が都内で開催された。 登壇したのは先ごろ、ヤフー社長を退任し、PE(プライベートエクイティ)とベンチャーキャピタルを足したハイブリッド・ファンド「Boost Capital」を立ち上げた小澤隆生氏と、EC ロールアップで急成長している ACROVE の荒井俊亮氏の二人だ。モデレートには ACROVE を創業期から支援するサイバーエージェント・キャピタルのパートナー、北尾崇氏が務めた。

三人が何を語ったのか、エッセンスをまとめてみたい。なお、このセッションの模様は後日、主催したサイバーエージェント・キャピタルのサイトにも掲載される予定だ。

M&A 戦略の重要性: 日本のスタートアップエコシステムにおける位置づけ

事業承継などで活況となる M&A 市場。一方、スタートアップの M&A はやや景色が違う

三人の話に入る前にひとつ断っておきたい。まず、M&A そのものは「ずっと」企業成長における基本的な成長戦略として語られてきた。さらにここ最近では事業承継系の M&A が活発で、その過熱ぶりから規制強化の報道があるなど、「昨日・今日で突然降って沸いた話」ではない。

一方、未公開企業、特にスタートアップの M&A となると話がややこしくなる。まず、論点として買う側と売る側というポジションの話と、誰が M&A をするのかという主体の話がある。例えば「大手によるスタートアップの買収」については、創業期にオプションを付けた種類株などで資金調達をするハイバリューのスタートアップの場合、買収時の価格やのれんによる利益押し下げがこれまでにもよく話題になった。

そういった前提の中で、今回、この勉強会で話題になったのが「スタートアップによる成長戦略としてのM&A」だ。そしてこれはとても難易度が高い。小澤氏は ACROVE が果たした「2年で15件のロールアップ実績」を引き合いにその驚きを語る。

「大前提として M&A という手法を使える経営者とやったことない経営者は感覚値で99対1とかそれぐらい(の数)。この(ACROVE のような事業)ステージだとまだ自分のプロジェクトを伸ばしてる時期。創業5年以内に M&A をやるのは極めて珍しい。最近だと大成長ベンチャーさん、例えば SHIFT さんは創業5年以上経ってたりしますし、GENDA さんのようなケースが出てきて、1年以内にポンと買っていく企業も出てきましたけど、やっぱり5年以内に2桁も買ってるのは、素直にびっくりしましたね」(小澤氏)。

小澤氏を語る上で切り離すことができないのが M&A だ。自身が起業した1社目となるビズシークは「ビットバレー」と呼ばれた国内ネット起業ブームの先駆けの時代、楽天によって買収された。楽天オークションや楽天球団立ち上げなど数々の痕跡を残したのち、2011年に創業した2社目、デジタルマーケティングの「クロコス」はヤフーが買収。その後、ソフトバンク・ヤフーの元で一休や ZOZO の買収、そして LINE との統合を間近で眺めてきたのだ。

そんな小澤氏が語るのが、M&A に対するポジティブな姿勢を持つことの重要性だ。彼は「国内で買収に対してポジティブな気持ちを持っている会社は思ったより少ない」と問題視した。彼が足跡を残したソフトバンク、楽天、ヤフーなどの成功例を見るまでもなく、M&A は企業成長の強力な手段となり得る。

では、スタートアップはどのようにM&Aを成長戦略に取り込むべきか。

荒井氏は、ACROVE の急成長の背景にある M&A 戦略について語った。創業から2年間で15件の M&A を実施し、社員数を219名(7月時点・グループ全体の連結従業員数)まで拡大させた同社の事例は、スタートアップであっても M&A が短期間での急成長を可能にする手段であることを示している。特に、EC ロールアップ戦略を採用し、様々な商材を扱う企業を次々と買収することで、多角的な成長を実現していった過程が注目される。

M&A 実行の秘訣

M&A を成功に導くためには、様々な要素が必要となる。小澤氏は、M&A の成功に関わる三つの主要な要素を挙げた。「どの会社を買うかという選球眼」「買った後どうするかという算段(PMI)」「ファイナンス(お金をどうつけるか)」である。これらの要素がバランスよく整っていることが、M&A を成功に導く鍵となる。その上で荒井氏は、ACROVE の事例を基に、ロールアップ戦略における M&A 実行のポイントを共有した。

同社のケースでは、買収した企業の既存の強みを活かしつつ、ACROVE のノウハウを導入することで成長を加速させるアプローチを取っている。具体的には、EC ビジネスにおける「商品企画」「プロモーション」「コストカット」という三つの主要なドライバーに焦点を当て、これらの領域で ACROVE の知見を活用して買収先企業の業績を向上させている。これを提案材料とすることで、彼らのロールアップ戦略を加速させることに成功した。

ACROVEの成長モデル。コマース支援とロールアップが両軸となっている

また、M&A を成功させるためには、経営者自身の関与が不可欠でもある。M&A の交渉や意思決定に経営者が直接関与することの重要性はもちろん、長年事業を営んできた企業オーナーとの交渉には、時間と労力を惜しまない姿勢が求められる。荒井氏は若手経営者としての視点から、特に事業承継案件では、若い経営者であることがプラスに働くケースもあるという。「(売却先の候補企業の経営者の中で)一番若いから今後の20年、30年を君に託したい」と、世代交代を望むオーナーのニーズとマッチすることがあるという洞察は興味深い。

M&A の実行プロセスにおいては、スピードと慎重さのバランスも重要なポイントになる。荒井氏は、「小さく始める」ことの重要性を強調し、経験を積みながら徐々に案件の規模を拡大していくアプローチを推奨した。一方で、魅力的な案件に対しては「即決する」迅速な意思決定も必要であり、このバランスを取ることが M&A 成功の鍵となる。

さらに、M&A を継続的に実行していくためには、組織全体が M&A に前向きな文化を持つことも重要になる。小澤氏は、ヤフーでの経験を基に、定期的に M&A 案件を検討する習慣を組織に根付かせることの重要性を語った。小澤氏が「0件と1件、1件と3件、5件と40件では全然違う」と述べるように、経験を重ねることで M&A のスキルが磨かれていくという指摘は彼の言葉ならではの重みがある。

重要な買収後の統合プロセス(PMI: Post-Merger Integration)

買収がスムーズに進んでもその後の事業が伸びなければ意味がない。この PMI 戦略についてもいくつかのポイントとして「効果的な意思決定」「文化とコミュニケーション」「適切な関与」などが語られた。

中でも特筆すべきは、ACROVE がデータドリブンな PMI を実践している点である。荒井氏は、「どの会社のどの商品がどれくらい伸びたとか、今日急に伸びた商品がわかるようになっている」と述べ、グループ全体のデータを一元管理し、リアルタイムで各社のパフォーマンスを把握・分析できるシステムを構築していることを明かした。これにより、迅速な意思決定と効果的な施策実行が可能となっている。まさにロールアップによるシナジーの醍醐味といったところだろう。

また小澤氏は、大規模な M&A における PMI の注意点について特に、買収側の経営陣が買収先企業のオペレーションに深く関与しすぎないことの重要性を強調した。「ついつい人数が少ないので入っちゃう」と、過度の介入が買収先企業の自主性を損ない、結果として期待したシナジーを得られないリスクが発生することは肝に銘じなければならないだろう。

また、PMI のアプローチについては M&A の目的や規模によって大きく異なることもある。例えば、多数の企業を次々と買収するロールアップ戦略と、戦略的に重要な1社を買収する場合では、PMI の進め方が異なる。荒井氏は、ロールアップ戦略においては、どの程度買収先企業に介入するかのバランスを取ることが特に難しいと語っていた。

資金調達とバリュエーション

M&A を実行する上で、資金調達とバリュエーション(企業価値評価)も重要な要素だ。

ACROVE の買収資金は当初、エクイティ(株式)で調達したものから捻出された。ただ、これは相当に難しかったそうだ。実際、ACROVE は元々、コマース事業者を支える支援サービスが主力事業だった。そこからロールアップに事業を拡大させるわけなのだが、当然、投資家は不安になる。荒井氏はロールアップ事業開始にあたっての投資家コミュニケーションを次のように振り返る。

「ACROVE の場合は(買収資金は)最初はエクイティ(で調達した資金)です。それこそ最初はソフトウェアの商売しかやってないけど M&A やりますと言って、7割ぐらいの方々はやめておけという感じでした。新規事業の一環じゃないですけど、自分の中でも7割ぐらい(成功が)見えている状態で、1件目とか2件目をスタートして、案件のサイズとして(失敗しても)大丈夫な範囲でやっておりました」(荒井氏)。

その後、ロールアップ事業の見通しがたってからデット(借入)も活用できるようになったという。

バリュエーションに関しては、小澤氏がその価格の適切性について興味深い視点を提供した。買収価格が高いとはどういう状況を指すのだろうか?

ポイントは買収後のシナジー効果や成長ポテンシャルを含めた価値評価を行っているかという点だ。小澤氏は「僕らは伸ばせる幅があるから安いと言う。ただ、先方からするとその伸ばせる幅まで含めてのバリュエーションつけてこないので、こんな金額で買ってくれるんだって折り合いがつく」と説明し、買収側と売却側の価値評価の差異が取引を成立させる要因となっていることを示唆した。

一方で、荒井氏が手掛けるロールアップ型の買収においては価格以外にも論点が出てくる。例えば ACROVE のケースではオーナーの年齢や事業承継の課題などを背景に、金額だけではない買収交渉が可能になっているという。

スタートアップ経営者が M&A 戦略を取り入れる意義

セッションでひとつ、荒井氏が明かしてくれたエピソードで耳に残ったものがある。それが金融機関の説得の話だ。とある買収シーンでの一コマを次のように振り返る。

「地銀さんからすると、どこの誰だかわからない若いスタートアップが M&A を仕掛けて、それによって20年、30年と温めてきた取引先がなくなってしまうかもしれない危機感を持っているケースもあり、相当守りのスタンスで入られることもありました」(荒井氏)。

筆者もかつて、スタートアップ買収の取材現場で「違和感」を感じたことがある。それが買われた人、事業を捨てた人、負けた人、などの「外から見える印象論」だ。解像度は極めて悪い。自分たちの M&A 戦略をどう PR していくのか。

この課題に対して、荒井氏は丁寧なコミュニケーションの重要性を強調した。買収後も取引を継続する意思や、従業員の雇用を守る方針、事業を成長させる具体的な計画などを、金融機関やステークホルダーに対して明確に説明し、信頼関係を築いていったという。

そうこうして実績が積みあがると風向きも変わる。荒井氏は「0と1だと全然違う」と今、見えている風景の違いを語る。

「本気で営業利益100億円じゃなく、1,000億円をやろうとしたら(M&A は)絶対必要なところだと思うので、経営者のみなさんが買い手だろうが売り手だろうが、そこに明るくなることはエコシステムの醸成のためにもすごく大事だと思っています」(荒井氏)。 

一方、さらに高い場所からこの景色を長年眺めてきた小澤氏は、別の視点でスタートアップの M&A の重要性を次のように語る。

 「ベンチャーキャピタルが増えたりして、ここ10年で10倍ぐらいお金をスタートアップに流し込んでくれて、それはそれで素晴らしいことなんですけど、EXIT としての IPO って年間100件ぐらいしか増えてない。だからこそしっかり『売る・買う』が成立しないと、みなさんの死活問題になると思います。みなさんが今回の話を受けて、そういう遠い世界の話なんだと思うか、もう今晩からどの会社買おうかな、どうやってアプローチしようかなと思うか次第なんです」(小澤氏)。

このセッションの模様は、主催したサイバーエージェント・キャピタルのサイトにも一問一答として掲載される予定だ。三人が当日に何を語ったのか。さらに詳細を知りたい方はそちらをお待ちいただきたい。

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