インタビュー

税制からオープンイノベーションを促進ーー経済産業政策局 金指氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回は経済産業省産業創造課長の金指壽(かなざしひさし)氏に登場いただきます。 ニュースレターの購読 注目すべき記事、世界のスタートアップシーンの話題、BRIDGE 主催のイベントに関する情報をお届けします! Sign Up 金指壽…

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回は経済産業省産業創造課長の金指壽(かなざしひさし)氏に登場いただきます。

金指壽氏は経済産業省で産業創造課長としてオープンイノベーション促進税制の執行を現場で推進された人物です。2019年からこの任務に就き、それ以前は3年間ロサンゼルスに駐在し、日本企業のアメリカ市場展開を支援してきました。米国で体験したイノベーションのダイナミズムを取り入れようと制度設計などに携わっておられます。

本稿では同氏が中心になって推進されたオープンイノベーション促進税制を中心にコロナ禍での状況、日米エコシステムの相違点などについてコメントをいただきました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine編集部、回答は金指氏、文中敬称略)

オープンイノベーションへの取り組み

オープンイノベーション促進税制は国内の事業会社またはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)がスタートアップとの協業を目的に一定額以上の新規発行株式を取得する場合、その取得金額の25%が所得控除される制度です。2020年4月1日から2年間が対象期間で、オープンイノベーションを目的に5年以上の株式保有、1億円以上の出資などが条件になっています。

この制度を推進した金指さんはどのような意図で制度設計に臨んだのでしょうか。

どのような経緯から今回のオープンイノベーション促進税制は考案されたのでしょうか

金指:(海外での経験から)ダイナミズムを推し進めるのがイノベーションの基本だと肝に銘じて、そこから何ができるかということを問題意識として持っていました。それで約2年前に今のポストに着任してから重点的に取り組んできたのがオープンイノベーションへの取り組みでした。イノベーションを狭義に捉えると、まず、ベンチャー支援が頭をよぎります。ベンチャー界隈だけ見てみても、最近は本当にベンチャーに非常に優秀な人たちが集まってきていて、この10年で日本のベンチャーエコシステムも大きく様変わりしていると実感しています。

大企業からの転職・創業組も随分と増えました

金指:仰る通りです。他方、ベンチャーのみに注目をしていたのでは、やはりクルマの片輪のみ手当てしていることになります。その対をなす大手企業にも有用な人材や資金、技術があるわけです。大企業では、どうしても過去の成功体験の裏返しという意味合いも含め、そうしたヒト、モノ、カネを組織の中に抱え込でしまう傾向があります。それを外向きに開放していただく一つの方法としてベンチャーとの連携を促す、という視点が重要です。

そうすることで大企業とベンチャー企業のオープンイノベーションを促進することで、ベンチャーの競争力強化にも繋がりますし、大企業のヒト・モノ・カネを外向きに出すことで、より大規模なイノベーションにつながり、それは大企業側の競争力の強化にもつながります。こうしたオープンイノベーションを促進するツールとして何があるかを考えた時、例えば税制を使ってそこにインセンティブを付与できる設計があれば、オープンイノベーションを活性化させることができるのではないか。これがオープンイノベーション税制の考案のきっかけです。

具体的な反響は

金指:去年の4月から制度自体は始まっているので(取材した2月時点の実績として)オープンイノベーションの実績が確認できて制度の利用が見込まれているのが約50件、投資総額にして160億円程度の案件に対して、この税制を使っていただく予定がすでに立っています。年度末に向けて相談件数も増えていますし、多くの企業に利用していただける制度になりつつあるのかな、と考えています。

課題感としてどのようなものを感じましたか

金指:昨年はコロナ禍という課題に向き合った1年でもありました。前半戦は、「持続化」がキーワードになっていました。コロナ禍は、本当に先行きを見通すことが難しい問題で、厳しいビジネス環境の変化に対して如何に事業の持続を実現するか、という点に注力し、経済対策を中心に支援策を講じてきました。そこから少しずつフェーズが変わってきて、秋口以降は持続化から「ポストコロナ、ウィズコロナ」というものを意識してどのようなサポートができるのかを考えた上で、政策の軸足を移していった次第です。

確かにコロナ禍で大きな産業構造の変革の入り口に立たされた感はありました。行政による改革支援で何か特徴的な変化は

金指:政権の柱、成長戦略の柱として「デジタル」「グリーン」があります。ちょうど先般、産業競争力強化法の改正法案を国会へ提出させて頂きましたが、グリーン社会への転換を実現するために、これも税制措置ですが、脱炭素の実現を加速するための設備投資に、過去最大規模の税制インセンティブを措置しています。こうした支援策を活用し、事業変革をサポートできればと考えています。

デジタルは、ビジネス変革を興すための共通のツールです。気候変動もまさに3年前に赴任していたカリフォルニアで実感しましたけれども、決して経営に対する制約要因ではないと考えています。逆にイノベーションのチャンスだと捉えていて、(気候変動などの社会的要請に)対応するためには企業の積極的な投資をどうやって引き出していくか、またそこにどのようなインセンティブをつけていくのか、を大きな課題として認識しています。

コロナ禍における持続化と成長

言わずもがなではありますが、コロナ禍は、経済活動に大きな影響を与えました。人の接触を避けるという制約条件は、社会生活、産業構造におけるデジタル化を大きく推進させるきっかけとなったとして後世に語り継がれるターニングポイントとなったはずです。金指さんに引き続きスタートアップ・エコシステム、オープンイノベーションにおける影響をお聞きしました。

コロナ禍についてもう少し詳しく、エコシステムに対してどのような影響があったとお考えでしょうか

金指:製造業は「V字」的に持ち直しているのですが、飲食や旅館、輸送系は大変厳しい。上に上がっているものと下に下がっているものがバラバラで「K字」とも言われる状況です。こういう中にあるので、どうしても赤字に陥った企業も出て来ざるを得ません。

飲食ひとつとっても店舗の位置をオフィス近くでランチ需要でやってきたところから、その出店場所を見直して持ち帰りを念頭に住宅街の近くに移すとか、メニュー自体を見直すとか。こういうプロセスの見直しもイノベーションの一つだと思っています。このような企業努力を後押しし、赤字を黒字に如何に早く戻していけるか、という点についても、先ほど挙げた産業競争力強化法の中で支援策を講じています。

投資環境は思ったよりも大きく下げることはなかったようです

金指:正直、コロナが発生した際には、今後の投資環境はどうなるかと不安も感じていました。リーマンショックでは相当にベンチャー投資が落ち込みましたし、回復基調に戻るまで5、6年ほどかかりました。折角ここまでイノベーションエコシステムが回り始めたのに、こうした状況になってしまうと厳しい。実際のところは、これはVCやCVCのみなさんが本当に頑張っていただいていると感謝しているのですが、思った程はベンチャー投資が落ち込まず、ほぼ2019年の水準で保たれました。

一方「K字」にある通り、厳しい企業にはとことん厳しい環境になりました

金指:仰る通りです。こういう状況下でビジネスプランが思ったよりも下振れしている企業については、少し長めでエクイティに近い形の融資である(新型コロナ対策)資本性劣後ローンといった措置も講じています。さらに今後、ベンチャーの再生局面のようなものが出てくれば、中小企業の再生ノウハウが蓄積されている中小企業基盤整備機構という独立行政法人にベンチャー再生機能を持ってもらうことも考えています。

コロナ禍であっても前向きに勝負ができるベンチャー企業もいらっしゃいます。特に最近は、ディープテックという言葉を耳にするようになってきたと思います。この領域でも人材の質が本当に上がってきていて、資本政策もよく練られています。なんでもかんでも調達はとりあえずエクイティ、というのではなく、ディープテックベンチャーの量産フェーズなどはデットで調達した方が良いといった考え方が支配的になっています。シリコンバレーも同様です。金融機関の方も、新規の融資先開拓という点でベンチャーへの融資に前向きな温度感が出てきています。これを国の方で一定のリスクを引き受ける形で繋いでいく支援策(債務保証制度)も今後創設予定です。

また、日本ではファンドによる海外投資が全投資額の50%までしか行えないという規制があります。最近は、国の方もそうではなくて、むしろ海外とのオープンイノベーションも支援していくと考えています。オープンイノベーション促進税制も、海外ベンチャーへの投資も支援対象としたという点で非常に画期的なものでした。こうした流れを受ける形で、海外とのオープンイノベーションが見込めるVCについては、海外投資の50%規制を緩和することも、産業競争力強化法の改正法案には入れ込んでおり、今の政策ニーズにあったものにしています。

非上場株式の流動化と新しいIPOプロセス

インタビューも終盤に差し掛かり、金指さんに国内エコシステムを日米で比較した際の違いや弱点についても尋ねました。特に米中・インドで未上場ながら評価額を大きく伸ばす「ユニコーン」の存在は、かねてより日本市場との差異として指摘されています。マザーズがその受け皿となる一方、早期の株式公開は大胆な成長投資・研究開発投資を抑制萎縮させる危険性もはらみます。

日本のエコシステムを金指さんの視点で俯瞰して、これからの課題点をどう考えますか

金指:今後、ベンチャーと事業会社がどのようにしてイノベーションを伸ばしていくのかという観点で個人的に着目しているのが非上場株式の流通拡大という視点です。ベンチャー支援の観点からは、日本には、上場しやすい優位性を持った「マザーズ」という上場市場があります。海外ベンチャー含めて魅力を感じていますし、売買も活発なので評価されてよいと思っているのですが、一方で、より大きな成長、ユニコーン創出に繋げていくという観点では、時に大きくない規模での上場がマイナスに働く場合もあり得ます。

早期上場はマネーゲーム的な「上場ゴール」なんて言葉も生みました

金指:海外では未上場の状態で必要な資金を大きく調達し、成長に向けての準備期間を十分長く取ることでユニコーン化していくプロセスが確立しています。国内でもそうしたケースが少しずつ出初めていますが、日本では未上場株式の取引はまだまだ未成熟です。早期の上場を目指すだけでなく、別のプロセス、未上場の期間を長くとって、より大きな成長に挑戦していく、こうした取組を活性化していくためには、未上場株式の流通拡大が不可欠だと思っています。

未上場株が正しく流動化すればスタートアップ投資の回収サイクルも短くなりますし、エンジェルからVC、その後の事業会社などのプレーヤーにバトンを渡していくという手法も取りやすくなります

金指:狭義のベンチャーということに留まらず、事業会社ひとつとってみても上場というものの捉え方が日本とアメリカでは随分と違います。上場は信用力や資金調達力を上げるということもポジティブに働きますが、ケースバイケースで非上場化というものがもっと選択肢として認識されても良いのではないか、と考えています。

日米の株取引は正三角形と逆三角形の違いとよく言われます。アメリカは正三角形で上場取引は少なく、未上場の取引が圧倒的に多い。一方、日本は逆三角形で、未上場の取引が圧倒的に少ない。この未上場の部分を広げることで、例えば事業会社が非上場化して長期的な視点で研究開発投資を厚くしていくみたいな話も可能になってきます。

株式公開の選択肢についても幅が広がってます

金指:そうです。アメリカで新しい上場の仕組みとして注目されているのがダイレクトリスティングとSPACです。ダイレクトリスティングは、基本的には新規の資金調達を行わずにそのまま市場に株式を公開する方法でロックアップがかからずに発行済株式の取引をすぐに行うことが可能です。一方、SPACは、特別目的会社を先に上場させた上で投資家から資金を調達し、子会社として企業を買収し、上場させていくプロセスです。

両方ともにキーワードは「市場原理」で、株価の設定をできるだけ市場に委ねるという考え方が根底にあります。これが、証券会社の引き受けを中心に行われてきたこれまでの伝統的なIPOと異なる点です。ダイレクトリスティングやSPACといった新規の公開プロセスと伝統的な公開プロセス、これもある意味競争かもしれません。

ただし、SPACやダイレクトリスティングが公正に機能するためにも、やはり未上場株の取引の活性化が不可欠です。こうした新たなIPOプロセスの効果と手法も念頭に置きつつ、未上場株の取引を如何に活発化させていくかが次の課題になるのではないかと考えています。

ありがとうございました

弁護士・石原遥平氏に聞いた、スペースマーケットでの信託型ストックオプション設計と導入のリアル【ゲスト寄稿】

本稿は、淀屋橋・山上合同東京事務所パートナーで弁護士の石原遥平氏と、StartPoint 代表取締役で 「StartPass」プロデューサーの小原聖誉氏による寄稿である。小原氏が質問し、石原氏が回答する形で進められた対談を BRIDGE 向けに再構成してもらった。 <解説:石原遥平氏> 弁護士。弁護士法人 淀屋橋・山上合同 東京事務所パートナー。 ニュースレターの購読 注目すべき記事、世界のスター…

本稿は、淀屋橋・山上合同東京事務所パートナーで弁護士の石原遥平氏と、StartPoint 代表取締役で 「StartPass」プロデューサーの小原聖誉氏による寄稿である。小原氏が質問し、石原氏が回答する形で進められた対談を BRIDGE 向けに再構成してもらった。

<解説:石原遥平氏>

石原遥平氏

弁護士。弁護士法人 淀屋橋・山上合同 東京事務所パートナー。

スペースマーケット取締役、RECEPTIONIST 社外監査役、シェアリングエコノミー協会シェアリングエコノミー認証制度統括ディレクター等を務める。

2016年から出向したスペースマーケットでは、自治体や企業提携交渉、資金調達、内部監査、上場審査対応等も担当し、2019年12月に東証マザーズ上場を担当マネージャーとして経験。

2020年4月に事務所に復帰し、2021年4月から同事務所パートナーに就任。

<聞き手:小原聖誉氏>

小原聖誉氏

2013年 AppBroadCast 創業。400万⼈にサービスが利⽤されたのち、2016年に KDDI グループの mediba へバイアウト

その後エンジェル投資家として25社に投資・⽀援し3社がイグジット(うち1社東証マザーズ上場)。 「若⼿起業家が選ぶすごい投資家」第1位選出(2019年・週刊東洋経済)。現在はスタートアップを⽀援する会社 StartPoint を創業し、起業プラットフォーム「StartPass」などを通じスタートアップ250社に経営リソースを提供。

著書に「凡人起業 35歳で会社創業、3年後にイグジットしたぼくの方法。」(CCC メディアハウス)など。

<関連記事>


最近スタートアップ界隈で耳にすることが多くなった「信託型ストックオプション」について、前回は、資本政策のプロである公認会計士/税理士の方にお話を伺い、制度の概要や従来型ストックオプションとの違い、〝上場審査でNGにならないため〟の設計上の注意点などを伺いました。

今回は、実際に信託型ストックオプションを導入した上で上場を果たした企業の上場担当者に、現場のリアルな声を伺い、より実践的な活用方法・注意点などを探っていこうと思います。(小原)

Photo by CreditScoreGeek – Creative Commons License 2.0 Generic

石原さんは、2019年12月に上場したスペースマーケットで、実際にストックオプション制度の設計に関わっていらっしゃったんですよね。

そうです。私が入社する前に一度通常の税制適格ストックオプションが発行されていて、入社したのはちょうどその数ヶ月後というタイミングだったのですが、第1回目の発行以降に入社したメンバーはストックオプションをもらえていないという状況だったため、そこをフェアにするための何かいい制度はないか、という検討の中から、信託型ストックオプションを導入することになりました。

スペースマーケットでは、最初に従来型ストックオプションを1回 → シリーズ B の後に信託型ストックオプション → 最後にもう1回シリーズ C の後に従来型ストックオプション、と、合計3回発行しています。

<関連記事>

信託型ストックオプションはどういう段階・シーンで一番の選択肢となるのでしょうか?

本当のシード期(資金調達前または1回目の資金調達のフェーズ)ではあまりお勧めしません。理由としては、コストが高いことと、後述の人事制度が整っていない状況で導入しても運用が難しいこと等です。

目安としては、シリーズ A ~ B のフェーズくらいでしょうか。導入コストは安くても数百万円ほど必要になりますので、資金調達の使途として明示して調達するのもよいかもしれません。

導入の際の具体的なスケジュールとして、準備期間はどのくらいを見ておけばよいでしょうか?

事前の検討状況次第ですが、最速で約2ヶ月あれば導入可能だと思います。

信託型ストックオプションは「運用」が必要であると聞きましたが、具体的にはどのような作業が必要なのでしょうか?

この場合の「運用」とは、人事評価ポイントの付与、ということになると思います。

半期ごとなど、一定期間で対象者を評価し、事前に設計したルールに基づいてポイントを付与していくことになります。粛々と決められたガイドラインに沿って付与していくことになるので、「運用」といっても、むしろそこに恣意性などを入れないよう機械的に作業していくことが肝要です。

また、その該当期間ごとに社外監査役などで組織する外部委員会を組織し、恣意的な運用がなされていないかのチェックも行います。

通常のストックオプションと信託型ストックオプションを併用することはできるのでしょうか?

可能です。むしろ、初期は税制適格の無償ストックオプションを発行し、従業員が30人を超えた辺りから信託型を導入するくらいでいいと思います。

信託型ストックオプションを発行するにあたって、社内ではどのような議論をなされたのでしょうか?

具体的には以下のような点を議論しました。

  • PL へのヒットの有無とその影響
  • 監査法人の監査リスク、主幹事証券審査リスク、東証審査リスク
  • 導入上、運用上の問題
  • フェアバリュー算定した時の創業者の負担等

割当比率については転換当日にならないとわからないというのが信託型の特徴かと思いますが、実際に、転換時に対象者から不公平などの声は出なかったのでしょうか?

特に出なかったと認識しています。

予め決められた株数分のストックオプションをポイント付与数に応じて山分けすることになるので、当然最後まで誰に何株渡るかは不明なものの、想定の数字と大きく乖離しなかったことや、半期ごとの適切な上長からのコミュニケーションによってあくまで想定の数字だという説明をしていたことが奏功していると考えます。

信託型ストックオプションを普通株に転換する時にはどのような手続きを行うのでしょうか? イメージが湧いておりません。

対象者は証券会社に専用の口座を開設し、行使の意思表示、金額の払込、口座への株式の納入などを行います。従来型ストックオプションと特に変わらず、面倒な手続きではありません。

今振り返ってみても、もう一度信託型ストックオプションを導入したいと思いますか?

絶対に導入します。ただ、前述のとおりメリットとデメリットがあるので、税制適格の無償ストックオプションと組み合わせてポートフォリオを組んで実施すると思います。

また、同じ信託型の枠組みの中で、ポイント制度だけでなく、特別付与分という形でワンショットで何株分かのストックオプションを付与するというような設計も可能なので、うまく組み合わせてインセンティブを有効に維持できるよう、導入時にかなり議論して整備する必要はあります。

信託型ストックオプションを導入したことによって成功した会社の事例、反対に失敗した会社の事例があればお伺いしたいです。

退職者の対応(無償ストックオプションだと毎回消却と登記が必要で、その分を誰か別の人に分配するということはできない)の面で、圧倒的にコストも手間も省けたと思うので、そこは実務的なメリットはかなり大きいと思います。

一方で、まだ人事制度も整っていない会社が無理して導入して恣意的な運用がなされたり、そもそも現実化するかどうかの期待度が低い段階で導入してこれを給与の一部とされる賞与の代わりとしてコミュニケーションを取ってしまうようなことがあると、従業員から不信感を抱かれるリスクがあると思います。

信託型ストックオプションを是非導入すべき会社、反対に導入すべきでない会社というのはありますでしょうか?

IPO を目指すのであれば、有効なインセンティブの手段として導入すべきだと思いますが、逆にバイアウトを目指すのであれば導入すべきではないと考えます。


前回は、主に専門家の観点から、対外的(対監査・上場審査)な設計上の注意点のお話を多く伺うことができましたが、今回は、実際に導入された企業側のリアルな声から、対象者とのコミュニケーションや人事評価制度との兼ね合いなど、社内的な観点の注意点を具体的に知ることができました。

信託型ストックオプションは IPO を目指すスタートアップにとって非常に有効なインセンティブ制度といえそうですが、コストが高く、また、運用に当たっては人事評価制度と密接に関わるため、それらが整った段階で入念に準備をした上で導入すべきであり、そのタイミング以外では従来型の税制適格ストックオプションと上手く使い分けていくのがよさそうです。

信託型ストックオプションを本来の目的どおり、フェアで使い勝手のいいインセンティブ制度として効果を発揮させるためには、社内的な対応でいうと何よりも「明確で適切な人事評価制度」と「対象者とのコミュニケーション」が肝だといえるのではないか、と感じました。(小原)

大丸松坂屋百貨店ファッションサブスク「AnotherADdress」の挑戦、成功の鍵は“社内起業”にあり

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業同士のケーススタディをお届けします。 大手企業による新規事業の立ち上げは社内・買収・オープンイノベーション(共創)が主な手法です。中でも難しいと言われてきたのが社内人材による新規事業で、例えば本業を覆すような取り組みは長らく「イノベーションの…

写真左から:日立物流サプライチェーン・ソリューション2部 寺島和歩氏、スマートロジスティクス推進部 花輪直之氏、大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端竜也氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業同士のケーススタディをお届けします。

大手企業による新規事業の立ち上げは社内・買収・オープンイノベーション(共創)が主な手法です。中でも難しいと言われてきたのが社内人材による新規事業で、例えば本業を覆すような取り組みは長らく「イノベーションのジレンマ」として多くの経営者・新規事業担当者の頭を悩ませてきました。自社を否定する事業を中から生み出すことは難しく、革新的なアイデアを社外と共に作る「オープンイノベーション・共創」が加速した背景もここにあります。

一方、この10年で社内新規事業の作り方も解像度が上がり、社内に「もうひとつの事業体」を作る社内起業の方法も徐々にですがアップデートが進んでいるようです。今回、取り上げる大丸松坂屋百貨店「AnotherADdress」もそのひとつで、立ち上げにおいて物流面をサポートした日立物流との連携を含めて、大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端竜也氏(写真右)と、日立物流 スマートロジスティクス推進部 花輪直之氏(写真中央)、サプライチェーン・ソリューション2部 寺島和歩氏(写真左)にお話を伺いました。

新品かレンタルか、百貨店のジレンマ

大丸松坂屋百貨店が新たに立ち上げたサービス、それがファッションレンタル「AnotherADdress」です。ユーザーは50の国内外ハイブランドから自分でファッションを選ぶことができるのが特徴で、1カ月で3着利用できて料金は11,880円。価格帯は4万円から20万円台のものが取り揃えられており、到着後の交換も可能です。往復送料やクリーニング代金も月額料金に含まれていて、ブランドはメゾン・マルジェラやMARNI、シーバイクロエなど女性中心のサービスとなっています。

ファッションのサブスクリプション・レンタルは特に目新しいサービスではありません。国内でこの分野の草分けとなった「airCloset」の開始は2014年で、その後もアパレルメーカーやスタートアップが主導したサービスなどがいくつか立ち上がっています。

しかしこれまで百貨店にとって、このレンタルというモデルを採用するのにはハードルが高かったそうです。当然ですが、小売やブランドとしては新品を消費者に届けることがこれまでの商流の中心でした。

特にハイブランドは2次流通を嫌います。価格の安さや中古品の流通はブランド価値を毀損するからです。つまり、ハイブランドと長らく手を取り合ってきた百貨店がレンタル事業を立ち上げるというのはまさに「ジレンマ」に当たるわけです。

一方、世の中は持続可能な社会を求めるようになりました。所有から共有へと消費スタイルが変化しつつある中、ジレンマに対峙するタイミングを誤れば、次にやってくる大きな波に乗ることはできません。この事業を立ち上げた大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者、田端竜也さんは数十年前、百貨店業界が「ECでファッションを売れるはずがない」と否定した結果が今にあると振り返ります。

「まず今回の取り組みは百貨店業界だけでなく、アパレル業界やクリーニング業界にとって長年のしがらみを超える取り組みとなったことから、非常に大きな反響を社内外でもらっています。初月の会員目標は立ち上げ3日で達成し、新たな取り組みの依頼も舞い込むようになりました。

服は使い捨てではないという信念のもと、ファッションの本質的な価値やサスティナブルな取り組みを重視し、社会や環境にとって持続性の高いビジネスモデルへ転換することを目指すサービスとして立ち上げました。大丸松坂屋百貨店にとって本事業は、これまでの百貨店の構造からの転換と、持続的な未来を実現するための新たな挑戦の第一歩なのです」(田端さん)。

社内にもうひとつの「社内」を作る

AnotherADdressの立ち上げは社内ベンチャー型で実施されました。田端さんは大丸松坂屋百貨店にて長年、新規事業への取り組みを実施してきた経験から課題感をこのように振り返ります。

「大手の新規事業開発における課題はいくつかあります。例えば企画と実行を分離することによる立ち上げ熱量の喪失、部門横断型のPJT形式による事業責任の不明確さと意思決定に伴う膨大な社内調整作業などがそれです。

結果、新規事業に必要なスピード感を欠如するなど、長年新規事業に携わる中で課題を感じてきました。特にここ最近は、オープンイノベーションの文脈で、多くのベンチャー企業と接する中で非常に致命的であると再認識していました」(田端さん)。

田端さんのお話をお聞きし、今回の取り組みには経営トップ層がしっかりとこの事業にコミットしていること、それと田端さんという社内人材が企画から実行まで一貫して責任を請け負っている点が特徴であると感じました。

子会社として切り出すまではしなかったそうですが、内部統制については本体とは全く別のものにしてあるそうで、例えば商品管理については大丸松坂屋百貨店が管理するPOSを使わず、会計についても一般的なクラウド会計サービスを採用するなど、完全に独立したものを部門として用意したそうです。

「今回は私が事業の企画・構想そして立ち上げ、今後の運用まで一貫して担当してきました。社内ベンチャー型で会社には本事業への出資者に近い立ち位置で接してもらい、お金からシステムに至るまで切り離して、権限と責任を明確にして社内調整を排除しました。これにより数々の意思決定の際にスピード感を持って事業立ち上げに当たることができました」(田端さん)。

予算については事業計画に基づいて通常の会社の資本金にあたる予算が立てられ、数年後の主要なKPIをモニタリングすることで継続や撤退などの意思決定が設定されているというお話です。経営者として成長に合わせた増資や資本政策に不必要な時間を取られないのは社内ベンチャー型のメリットのひとつです。

物流をどうする

経営層がコミットし、社内に別の統制を作ることでこれまでの商習慣を大きく変える可能性のある事業を立ち上げることに成功したのが「AnotherADdress」です。

一方、同じくファッションを扱う事業でありながら、サプライチェーンについてはこれまでのノウハウとは異なるものを用意しなければなりません。田端さんはここでスピード感を保つため、共創の仕組みを活用することにします。

「事業を立ち上げるにあたり、1年ほど前倉庫運営をどうするか悩んでいました。そんな折、KDDI ∞ Laboで同じく事業共創パートナーとなっていた日立物流さんを紹介いただきました。日立物流さん側も今後シェアリングや、ベンチャー型の事業立ち上げニーズが高まることを想定し、新規事業としてRFIDを活用したシェアリング対応のWMSの立ち上げを企画されていたんです。

話し合いの結果、外部連携1号案件として、双方の思惑が一致して今回の連携が実現しました。多少の横領域で土地勘があるもののゼロからのスタートだったこともあり、仕様のすり合わせには多大なコミュニケーションを要しましたが、健全に前を向いて進めることができたと感じています」(田端さん)。

日立物流が提供したのはレンタル・サブスク事業者向けのRFID個品管理サービス「レコビス」でした。所有から利用へと消費スタイルが移る中、サプライチェーン側としてレンタル事業運営に必要な貸出予約機能や製品1品ごとの個品管理、クリーニングなどの物流機能をワンストップで提供するものです。

今回の取り組みでは、ハイブランド・ファッションという繊細なアイテムの取り扱いがハードルになったようです。

「ファッションサブスクという消費者様に衣料を貸し出すビジネスモデルですので、貸出頻度・使用による商品の状態変化を1点1点管理する必要がありました。一方、物流としては管理レベルが細かければ細かいだけ煩雑となる訳ですが、煩雑な運用を如何に効率的に品質高く行えるか、運用そしてシステムを含めた仕組みづくりが大きなハードルでした。

両社初の試みでしたので、運用を検討する中で、大丸松坂屋百貨店様がお持ちのサブスク運営に関するノウハウと、弊社の物流運営に関するノウハウを持ち寄り、真剣に議論を重ねることで、サービスを作り上げることができたと思っています」(寺島さん・花輪さん)。

大手には優秀な人材やアセットが豊富に揃っている一方、新しい取り組みについては必ず本流との間になんらかのジレンマが発生します。また、大きな流れに沿った内部統制の仕組みは小さく生み出すモデルには不釣り合いです。そういう意味で大丸松坂屋百貨店の事例は、自社の持つアセットを有効に活用しつつ動きやすいビークルを作った例と言えます。

「完全に顧客・システム・お金(会計管理)を切り離した形で事業をベンチャー型で立ち上げるのは会社にとって初めての取り組みであり、まずは立ち上げに成功したことで、会社にとっても一つの大きなモデルを示すことができたと考えています。

今後、こういった事業立ち上げをどんどんやっていこうという社内気運になっていることも非常に大きいです。一方で事業は立ち上げたばかり、色々な課題が今後出てくることが見える中で、スピード感をもってグロースハックしていけるかが最大の課題であり、挑戦だと思っています」(田端さん)。

編集部では引き続き、大手企業の新しい事業への取り組みをお伝えしていきます。

パッケージをデジタル化するshizai、ANRIやGBら1.2億円出資

SHARE:

ニュースサマリ:オリジナルパッケージの制作から資材管理・オペレーションまで最適化支援する「shizai」4月5日、ANRI、グローバル・ブレイン、および個人投資家を引受先とする第三者割当増資の実施を公表している。調達した資金は日本政策金融公庫からの融資を合わせて1億2,000万円。出資・投融資比率や株価、参加した個人投資家の氏名などは開示していない。またこれに合わせて資材プラットフォームshiza…

ニュースサマリ:オリジナルパッケージの制作から資材管理・オペレーションまで最適化支援する「shizai」4月5日、ANRI、グローバル・ブレイン、および個人投資家を引受先とする第三者割当増資の実施を公表している。調達した資金は日本政策金融公庫からの融資を合わせて1億2,000万円。出資・投融資比率や株価、参加した個人投資家の氏名などは開示していない。またこれに合わせて資材プラットフォームshizaiの正式公開も伝えている。

shizaiは消費材メーカーが必要とするパッケージやその梱包を企画、制作し、その資材管理までを一気通貫で管理するプラットフォーム。例えば化粧品などの商品を想定した場合、その容器となるボトルや化粧箱、配送する際の梱包までパッケージに関するものが対象となる。また、その材料となる段ボールや包装紙などの資材を管理したり、包装自体を実施する際の倉庫やオペレーション作業まで管理できるものとなっている。shizai自体は印刷工場や倉庫を持たず、製作ができる印刷会社などと提携し、プラットフォーマーとして利用メーカーとこれら事業者をつなぐ役割を担う。

同社によると、こういったオーダーに発生した中間事業者を廃して直接取引とすることで、価格と納期を最適化し、パッケージに関わるコストを平均で20%ほどカットできるとしている。また、昨今の環境配慮への取り組みから、パッケージに利用される包装資材やインキなどを地球にやさしい素材へと切り替える活動も推進する。国内の消費者向けEC市場は物販系だけで10兆円あり、そのEC化率は7%未満に留まる一方、成長率は8%を超える(2018ねんから19年)。

話題のポイント:shizaiのリリースに合わせて同社代表取締役の鈴木暢之さんにClubhouseで公開取材させていただきました。創業の理由にサステイナブルな社会実現という理念が織り込まれているのがまさに今であり、かつ、こういうスタートアップが今後増えていくことを期待したい、そんな内容でした。ビジネスモデルやサービスの詳細についてお聞きしているのでぜひお聞きいただければ。

※この収録は同社の許可を得て掲載させていただいております。

若手アーティストを支援する「新時代の版画」の可能性ーーDNPとTRiCERAの共創

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。 アートを社会に実装する共創の取り組みはこれまでにもいくつか取り上げてきました。The Chain MuseumとKDDIによる日本の文化芸術体験を拡張するau Design project(A…

写真左から:TRiCERA代表取締役の井口泰氏、DNPアートコミュニケーションズ取締役の篠田秀実氏、DNPメディア・アートの相田哲生氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。

アートを社会に実装する共創の取り組みはこれまでにもいくつか取り上げてきました。The Chain MuseumとKDDIによる日本の文化芸術体験を拡張するau Design project(ARTS & CULTURE PROGRAM)の取り組みや、東急とヘラルボニーによる「障害のある作家のアート」が街に染み出すROADCASTプロジェクトがそれです。

そして今回ご紹介するTRiCERAと大日本印刷(以下、DNP)の共創事例は、よりアーティストにフォーカスを移したものになるかもしれません。

現在の世界のアート市場は7.5兆円、国内については3,500億円ほどと推計されています。一方、実際に作品販売において生計を立てられているアーティストはわずかであり、その理由として乏しい販売のチャネルがありました。大きな作品であれば運搬するだけでもコストがかかります。この問題を解決しようとしたのがTRiCERAで、彼らはアーティストと作品を求める消費者を繋ぐマーケットプレイスを展開しています。

今回の共創事例では、ここにDNPの印刷技術を組み合わせることで、より作品販売の可能性を広げることに成功しています。詳しい取り組みについて、DNPのみなさんとTRiCERA代表取締役の井口泰さんにお話を伺いました。

アート販売の課題と版画がもたらす可能性

国内におけるアート作品を販売する方法は画廊・ギャラリーを通じてのものが一般的で、それ以外に大手デパートや催事、インターネットサイトで直接販売する方法もあります。画商などが間に入って取り扱うケースは別として、自分で直接販売する場合にはそれなりのノウハウとコストが必要になります。海外にも販路を広げようとすると難易度はさらに上がります。

TRiCERAが提供するのはアーティストのC2Cマーケットプレイスで、参加申請に通ったアート作品の情報をアップロードし、売買が成立すれば梱包をするだけで、あとはTRiCERA側が集荷・搬送、販売手続きを担ってくれる仕組みになっています。海外販売時の税関対応も彼らがやってくれます。

しかしここでもうひとつ大きな課題が立ちはだかります。価格です。井口さんが「多くの時間をかけて制作を行うアーティストの作品価格は高価格になってしまうため、知名度がない状態では作品が良くても売れないことが多い」と指摘するように、一点ものの作品は数カ月かかって制作するものも珍しくなく、それなりの価格を必要とします。

しかし高額になればなるほど一般の人には届きにくいものになってしまいます。

そこでアイデアとして出てくるのがグッズや複製品の考え方です。特に版画にできる作品の場合は価格を抑えることができるので有効です。ただ、版画も簡単な方法ではなく、版下を作るだけで数十万円のコストが必要になるそうです。このハードルをクリアしたのがDNPの高精彩複製技術でした。

TRiCERAは市場創造のために作品単品だけでなく複製画販売の可能性を検討していました。一方のDNPでは、国内外の美術館が保有する名画のライセンスを管理するビジネスを展開しています。ただこれまではリアルな展覧会や美術館での告知と販売がメインで、オンラインマーケティングや海外も含めた販売(EC)が着手できていないという課題感がありました。

TRiCERAが手がける若手アーティストの作品についても同様です。DNP高精彩出力技術『プリモアート』では、国内外の美術館が保有する名画やマンガ・アニメ原画をアーカイブし、複製する事業をしていたものの、現代若手アーティスト作品については着手できていなかったんです。(DNP 篠田さん 相田さん モタイさん)

昨年1月にKDDI ∞ Laboの定例会で出会った両社は検討を重ね、各国から選りすぐった13名のアーティストによる限定エディション・高精彩複製作品の販売にこぎつけます。結果、昨年11月から約3カ月の期間でのトライアル販売では、国内外から予想以上に販売に繋がったというお話でした。

実際に販売された作品

現代アートでは複雑な配色、ストロークやタッチがあるため、従来の印刷では細かい部分には手が及びませんでした。今回はDNPが持つ10色インキ用のカラーマネジメント、さらに原画の撮影には1億画素を超えるカメラを用いることでそれらを再現できました。版画の魅力の一つはイメージを楽しめるという点です。だからこそ色彩の表現、アーティストの筆の痕跡を忠実に再現する必要があるのです。(TRiCERA 井口さん)

共創の取り組みはまだ始まったばかりです。版画を初めて制作したアーティストの反応も上々で、DNPサイドとしても原画だけでなく複製画の販売の可能性、アーティストや作品による販売数の違いなどマーケティングデータを収集できたことも大きかったそうです。これらの反響を手に両社は次の仕掛けに向けて取り組みを続けます。

DNPは、文化(アート)を次代へ継承するだけでなく、アートの力が経済成長の原動力にもなると考え、その理解・認知拡大や、他産業分野(観光、まちづくり、教育等)と連携した取組みを進めています。今回の取り組みでは若手アーティストの作品を「高精彩出力技術・プリモアート」で製造し「新しい版画」と位置づけて販売をしていくことで、アーティストが自立して活躍できる環境を提供しました。

若手アーティストが世界で活躍できる社会づくりにつなげることと、アート市場をより一層活性化し拡大させていきたいです。また、アートを身近な存在にしていくため、著作権の管理や二次利用の推進、各種メディアやプロモーション手法、新たなアーティストの発掘・育成などについても今後協業を検討していきます。(DNP 篠田さん 相田さん モタイさん)

デジタル技術とマーケットプレイスの組み合わせで生まれた「新時代の版画」作品はアートに取り組む人、楽しむ人にとって新しい選択肢となるのでしょうか。

編集部では引き続き共創の取り組みをお伝えしていきます。

注目を集める「信託型ストックオプション」、その使い方や長所短所を資本政策のプロ・石割由紀人氏に聞いた【ゲスト寄稿】

SHARE:

本稿は、Gemstone 税理士法人のパートナーで公認会計士・税理士の石割由紀人氏と、StartPoint 代表取締役で 「StartPass」プロデューサーの小原聖誉氏による寄稿である。小原氏が質問し、石割氏が回答する形で進められた対談を BRIDGE 向けに再構成してもらった。 <解説:石割由紀人氏> スタートアップ支援専門の会計事務所 Gemstone 税理士法人パートナー。 ニュースレター…

本稿は、Gemstone 税理士法人のパートナーで公認会計士・税理士の石割由紀人氏と、StartPoint 代表取締役で 「StartPass」プロデューサーの小原聖誉氏による寄稿である。小原氏が質問し、石割氏が回答する形で進められた対談を BRIDGE 向けに再構成してもらった。

<解説:石割由紀人氏>

石割由紀人氏

スタートアップ支援専門の会計事務所 Gemstone 税理士法人パートナー。

監査法人・税理士法人、外資系通信ベンチャー企業管理部長、ベンチャーキャピタルを経てスタートアップ支援専門会計事務所を運営。株価算定(優先株式、PPA等)、ストックオプション評価等についても業界屈指の実績を有する。Gemstone 税理士法人の2020年度関与先新規上場実績は8社。

著書に「ベンチャーキャピタルからの資金調達術」(ぱる出版)、「資本政策立案マニュアル」(中央経済社)、「資本政策立案マニュアル第2版」(中央経済社)など。

<聞き手:小原聖誉氏>

小原聖誉氏

2013年 AppBroadCast 創業。400万⼈にサービスが利⽤されたのち、2016年に KDDI グループの mediba へバイアウト

その後エンジェル投資家として25社に投資・⽀援し3社がイグジット(うち1社東証マザーズ上場)。 「若⼿起業家が選ぶすごい投資家」第1位選出(2019年・週刊東洋経済)。現在はスタートアップを⽀援する会社 StartPoint を創業し、起業プラットフォーム「StartPass」などを通じスタートアップ250社に経営リソースを提供。

著書に「凡人起業 35歳で会社創業、3年後にイグジットしたぼくの方法。」(CCC メディアハウス)など。


最近スタートアップ界隈で耳にすることも多くなった「信託型ストックオプション」という言葉、正しく理解していますか?

「信託ストックオプションを発行したことが理由で上場できなかった」などという誤った噂が流れることもあるなど、なんとなく難しそうな印象を抱いている人も多いかもしれませんが、実際には、設計や運用に注意が必要なものの、信託ストックオプションスキームそのものが上場審査でNGになるわけではありません。

今回は、そんな「信託型ストックオプション」について、会計の側面からスタートアップ支援を多数手がけるGemstone 税理士法人の石割先生に、スタートアップの社員インセンティブとして欠かせないストックオプションの基礎を踏まえつつ解説して頂きました。(小原)

Photo by CreditScoreGeek – Creative Commons License 2.0 Generic

「信託型ストックオプション」は、ストックオプションの新しい種類なのでしょうか?

種類ではなく、信託型という「箱」に入れる、という認識が近いかもしれません。

ストックオプションの種類としては、従来から知られるように、税制適格ストックオプション、税制非適格ストックオプション、有償時価発行ストックオプション等があり、無償か有償か? 行使時の課税があるか否か? 課税時の扱いが譲渡所得か給与所得か? の違いがあります。

無償発行されたストックオプションについて課税が生じるのは税制適格ストックオプションの要件を満たさない(税制非適格)場合

まずは3種類の従来型ストックオプションについて、使い分けやメリットデメリットなど、基本をおさらいしたいです。

従来型ストックオプションとして一般的なのは税制適格ストックオプションです。ストックオプションで一番課題になるのは、利益を受け取るストックオプション権者の課税の点ですので、税制適格にすることで、

  • 課税されるタイミングが行使時ではなく株式譲渡時
  • 所得の種類として譲渡所得であり申告分離課税なので、キャピタルゲイン課税が20%である(給与所得だと総合課税で累進課税となり、最大55%)

…という、税制上有利な取り扱いを受けることができます。

一方、税制適格ストックオプションは課税上優遇されますが、スタートアップファイナンスにおいては、弱点もあります。

まず、付与対象者は取締役・従業員に限定され、大株主(発行済株式数の1/3超)や社外協力者には付与できません。イコール、オーナーの持株比率希薄化防止には使えないこととなります。

さらに、M&A で EXITする場合、税制上の優遇措置を維持してストックオプションを譲渡することができません(ストックオプションを譲渡すると、税制非適格ストックオプションになってしまいます)。また、行使価格に上限があったり、行使期限も比較的短く設定されています。

税制適格ストックオプションに必要な要件は以下の6点です。

  1. 権利行使が付与決議の日から2年超10年以内であること。
  2. 譲渡禁止が定められていること。
  3. 付与対象者が会社又は子会社の取締役、執行役または使用人等であること。但し、大株主(未上場会社の場合は発行済株式数の1/3を超えて保有する株主、上場会社の場合は発行済株式数の1/10を超えて保有する株主)と大株主の特別利害関係者は除く。
  4. 新株予約権の行使価格の年間合計額が、1,200万円以下であること。
  5. 権利行使価額が契約締結時の時価以上であること。
  6. 証券会社等に信託を通じて売委託または譲渡により売却すること。

この弱点を補うのが有償ストックオプション(ストックオプションを時価発行するという仕組み)です。有償ストックオプションは、大株主の創業オーナーや社外協力者に対しても有償発行(時価発行)することで、行使時点での課税を免れるスキームを構築することができます。有償ストックオプションは無償とは異なり、ストックオプションの公正価値(時価)を払い込んでいるので、発行時には経済的利益が生じず課税されません。

権利行使時点でも(税制適格と同様に)ストックオプション権者は課税されないとされます。権利行使時点の株式時価とストックオプション発行価額と行使価額合計額の差額がストックオプション権者の得た利益となりますが、取得した株式の譲渡時点までは投資が継続しているので、未実現利益として課税されないと考えられるためです。

では、従来型ストックオプションの種類としては、有償ストックオプションが一番優れた発行形態となるのでしょうか?

それがそうとも言えません。理由は、有償ストックオプションではオプション価値の評価が難しく、ここがしばしば問題となることがあるためです。

有償ストックオプションは公正な評価額で時価発行されなければなりませんが、ストックオプションは株式(現物)ではなく、あくまで権利なので、株価から単純計算するのではなく、「ブラックショールズモデル」や「モンテカルロシミュレーション」と呼ばれる、デリバティブの特殊な手法を用いて価値を算定しなければなりません。

将来ダウンラウンドになった場合に失効させる条件の付与等、細かい設計も必要で、専門的な公認会計士に依頼するのが一般的です(この時価評価の妥当性が後に監査法人の監査で問題になったりすることもあります)。

その点、税制適格ストックオプションは一定の制約もありますが、設計がシンプルなので、一般従業員向けの少額ストックオプションとしては使い勝手のよさがあります。大株主(オーナー)、CXO など高額の割当をしたい人材、社外協力者など、税制適格が使えない場合には有償発行を選択する、というイメージでしょうか。

それではいよいよ本題で、「信託型ストックオプション」とは、何のために生まれたスキームなのでしょうか?

税制適格ストックオプションや有償ストックオプションといった従来型ストックオプションにはまだ解決できない弱点があるためです。大きく分けると以下の3点です。

  1. 今在籍している役員・従業員にしか付与できない。
    → 将来入社する優秀な人材に割安な行使価額でのストックオプションを付与することができない。
  2. 既発行ストックオプションと同様のインセンティブ効果を確保しようとするとストックオプションの発行規模が大きくなり希薄化してしまう。
    → 後から入社するほど条件が悪くなる。
  3. 実際の貢献度に応じてストックオプションを付与することができない。
    → 付与時点で分配比率が決まってしまうので、付与後の貢献度が期待より低く、権利行使時に評価が乖離していた場合など、フェアでなくなる可能性がある

では、「信託型ストックオプション」の具体的なスキームと、それによってどんな課題がどのように解決されるのかを教えてください。

スキームの概要については下記の図をご覧ください。

  1. オーナーと受託者の間で信託契約を締結し、オーナーが受託者に金銭を信託します。
  2. 受託者は、信託財産を受託者の固有財産と分別管理しなければなりません。発行会社は新株予約権を発行し、受託者は信託された資金を払い込みます。
  3. 信託期間中、一定の条件(プラン)に基づき、従業員等にポイントを付与します。
  4. 信託期間満了後、付与されたポイントに基づき、受託者が引き受けた新株予約権を従業員等に交付します。

このスキームの要点は、「受益者が存在しない信託である」という点です。信託税制の原則は「受益者課税」ですが、信託型ストックオプションではオーナーが金銭を信託設定した時点において、受益者が存在しない(最終的にストックオプションを付与される役員・従業員等が決まっていない)ので、受益者ではなく受託者に課税するという法人課税信託が適用されます。

この法人課税信託という特例によって行使価格を据え置くことが可能となり、将来の採用者に対して既存役職員と同条件で付与することができるようになります。

※法人課税信託

法人課税信託とは、受託者が個人であっても法人と見做して法人税法の規定を受けるという仕組です。(本来の課税対象は信託財産自体ですが、信託財産自体が納税手続を行うことが不可能なので、その事務を行っている受託者が代理納税していると捉えられ、受託者が個人でも法人税が課税されるということになります)

受託者は受託した段階で、信託財産について受贈益課税を受け、毎年法人税申告を行うこととなります。(この課税分はオーナーが最初に用意した金銭から差し引かれるため、信託設定する金額に+課税分を見込んだ金額を用意する必要があります)

ストックオプション付与対象者が確定し、「受益者が存在」するようになると、受託者から受益者へその直前の帳簿価額による引継ぎをしたものとして、税制上の信託財産の帰属者が受託者から受益者に帳簿価額で移転します。しかも帳簿価額で資産負債を引き継ぎにより生じた収益は所得金額の計算上、総収入金額には算入されません。

以上の結果、ストックオプション権者によってストックオプションが行使され、株式を売却されるまでは所得税の課税は行われないこととなるのです。

また「委託者(オーナー)が受託者に一度信託して、後から配る」という信託の特性によって、誰に・どれだけ付与するかというのを、等級と査定に応じたポイントによる人事評価制度と組み合わせて判定し、実際の貢献度に即して最終的な付与時点の分配を決めることができるようになります。(設定時点にはいなかった人材にも付与することができますし、また例えば、大量に付与した人材が途中で辞めてしまいその時発行したストックオプションが無駄になる、などの事態も防ぐことができます)

つまり、「後から入社した人が不利になる」という課題を総合的に解決するスキームといえるのです。

スタートアップのインセンティブ設計に適した、素晴らしい仕組みのように聞こえますが、信託型ストックオプションならではの課題や注意点もあるのでしょうか?

このスキームではストックオプションを引き受けるための資金をオーナー自らが身銭を拠出するという特徴があり、なるべく資金負担額を小さくするため、オプション価値の評価を引き下げたいというバイアスが働きがちです。

しかし評価額の算定は後々監査や上場審査時に問題となるケースが多く、正確に行っておくことが非常に重要です。そしてその評価業務は専門家に依頼することになりますが、このコストが高額なため(500~1,000万程)、その費用の捻出も課題となります。

そのため、ストックオプションの特性と利点を考えると、できるだけ早い段階で設定をしたほうが望ましいのですが、評価業務にかかるコストを用意する為にはある程度の資金調達が行われるタイミングまで待たなければならないケースもあるでしょう。

また、受託者に誰を設定するのかという点において、前述のスキーム図では、一般的な信託の受託者として信託銀行の名前が入っていますが、非上場会社の信託型ストックオプションの信託においては、コストや規模の観点から信託銀行による商事信託(営利目的をもった反復継続的信託活動)ではなく、民事信託(単発無報酬で受託可能)とするため、多くの場合顧問税理士に依頼することになります。

この際、依頼する顧問税理士は信託の意味や受託者の義務責任を理解し、信託事務を行うことのできる能力を有する方である必要がありますし、また、既に他社の信託型ストックオプションで受託者になっている人は避けるため(複数回受託者をすると信託引き受けを業としているのではないか疑義が生じる可能性があるため)、受託者の選定においても一定の注意が必要です。

最近時折耳にする「信託型ストックオプションを発行したために株式上場できなかった」という噂に関しては、どうでしょうか?

東証、証券会社、監査法人等の統一見解として、信託型スキームそのものを NG としている訳ではないと思います(担当者レベルで批判的な人はいると思いますが)。信託型ストックオプションを認めてもらうためには信託組成が適切に行われていることと、ストックオプションの行使価格やオプション価値が公正に評価されていることが大前提となりますが、この点で個別具体的に問題が発生している事例があるのではないでしょうか?

※ 信託型ストックオプションを発行した後に上場した実際の事例

実際上場事例も増えてきており、特定の監査法人が信託型ストックオプションを無条件で門前払いしているということも無いと思われます(一方で、下記の証券会社や監査法人で信託型ストックオプションについてNGを出した事例も存在はするようです。)。

なお、証券会社や監査法人の担当者によっては信託型ストックオプションについて詳しくないこともあり、単純に「難色を示される」ということはありそうです。

スキームそのものが NG というわけではないけれども、実際審査時に問題となった事例もある、ということで、具体的にはどのような点が問題となるのでしょうか?

まず信託組成時の適切性として、受託者=受益者というような法人課税信託の要件を満たさないような信託組成を行わないことです。受託者自らが受益者になったりしますと、証券取引所や監査法人からNG指摘を受けることになるでしょうし、スキームの肝である法人課税信託という課税上の取り扱いも否定されるでしょう。
また、オプション評価業務を行う公認会計士も、受託者や受益者の立場にならないよう注意が必要です。受託者は専ら受益者のために行動しなければなりませんので、利益相反するような関係を絶対に回避すべきです。

さらに、オプション評価の公正性に関して、会計基準に即した注意点もあります。前項で出てきた「オーナーの資金負担額を減らしたいという動機」の為に、ストックオプションの評価に業績条件のノックアウト条項(一定の場合に権利が消滅する)が付されるケースがありますが、会計基準上、業績条件は公正な評価単価の算定上は考慮しないもの(失効数の見積もりに考慮すべきもの)とされています。

業績条件とは例えば、「〇〇〇〇年〇〇月期及び〇〇〇〇年〇〇月期の営業利益がいずれも〇〇〇百万円を超過した場合、各新株予約権者に割り当てられた新株予約権の数の〇〇%を限度として行使することができる。」といったものですが、このような業績条件は、新株発行による希薄化を懸念する既存株主の不安を払拭する効果がある一方、信頼性のある公正な価値評価であるかどうかという点において会計基準上の議論があり、将来的に規制が行われる可能性もあると思われます。


信託型ストックオプションの利点と注意点について、大まかに理解することができました。

信託型ストックオプションは、従来型ストックオプションの弱点を補うものではあるけれど、設計が複雑で注意点があり、またコストも大きいことから、従来型と上手く組み合わせて活用していくというイメージをもちました。

さらに、実際の貢献度に即した付与割合を後から決めることができるという点は、評価という点でフェアである一方、会社の規模的にまだ人事評価制度が未熟な時点では適用しづらく、また、フェアであるが故に入社スカウト時に特別条件として破格の付与数を約束する、というような恣意的なインセンティブは通用しないことになるのではとも思いました。

日々規制が変わる新しい仕組みでリスクがあることもあり、検討の際にはノウハウのある専門家への相談が必須といえるでしょう。(小原)

YJCとLINE V合併、新生「Z Venture Capital」誕生ーー堀代表に聞く“300億円新ファンド”と投資戦略

SHARE:

Zホールディングス(以下、ZHD)の連結子会社で事業投資を手がけるYJキャピタルは4月1日、LINE Venturesと合併し、Z Venture Capital(以下、ZVC)としての事業を開始すると発表した。3月1日に両社の親会社であるZHDとLINEの経営統合が完了したことを受けたもので、YJキャピタルを承継会社とし、商号を変更した上で両社が保有していたコーポレートベンチャーキャピタルとして…

Z Venture Capital代表取締役の堀新⼀郎氏

Zホールディングス(以下、ZHD)の連結子会社で事業投資を手がけるYJキャピタルは4月1日、LINE Venturesと合併し、Z Venture Capital(以下、ZVC)としての事業を開始すると発表した。3月1日に両社の親会社であるZHDとLINEの経営統合が完了したことを受けたもので、YJキャピタルを承継会社とし、商号を変更した上で両社が保有していたコーポレートベンチャーキャピタルとしての投資機能を統合する。

またこれに伴いZVCの日本および韓国・米国・中国・東南アジアなどのグローバル投資ファンドとして新たに300億円の新ファンド「ZVC1号投資事業組合」の組成も公表した。代表取締役には旧YJキャピタル代表の堀新⼀郎氏が就任し、取締役会長に旧LINE Ventures代表取締役の黄仁埈(ファン インジュン)氏、取締役には旧YJキャピタル取締役の都虎吉(ドー ホーギル)氏、Zホールディングス執行役員の崔 ボラ(チェ ボラ)氏がそれぞれ就任する。

本誌では改めて代表に就任した堀氏に、統合後の投資戦略を聞いた。(以下、太字の質問は全て筆者。回答は堀氏)

統合で何が変わる

さて、統合で何が起こるのだろうか。堀氏はポイントを3つに整理して説明してくれた。

ーー統合で発生する変化は

堀氏:今までYJキャピタルは親会社であるヤフーのためにこのファンドのパフォーマンスリターンとしてキャピタルゲインとシナジー創出することに対してみんな一生懸命仕事してきました。LINE Venturesも同様です。LINEのためにやってきた。

今後、我々にとってのステークホルダーは(統合した)ZHDです。ここにはアスクルや一休、ZOZOといったグループ企業がたくさんあります。このグループ全体に対するシナジー創出をしてくことになる、という点が大きな相違点になるかなと考えています。

次にチームです。今まではYJキャピタル10名、LINE Ventures7名でそれぞれ別々に動いていたわけですが、これが総勢17名となり、東京、北京、ソウル、サンフランシスコの4拠点という構成に変わります。自然と対象になる国もYJキャピタルからするとグローバルを強化できたとなりますし、LINE Venturesからすればこれまでのグローバル投資に加えて日本への注力も可能になります。つまりチームの拡大によって投資エリアが拡大したこと、これが大きな変化です。最後がファンドの新設です。300億円で新設し、日本国内と海外に対して出資します。

ーーファンドの出資金は

堀氏:出資元母体はZHDとなります。

ーー国内のCVCで300億円というサイズはトップクラスだが、海外を含めてとなるとやや小さく感じる

堀氏:検討の詳細はノーコメントでお願いしますが、ここでしっかり結果を出して次にステップしたい、とさせてください。

日本とグローバルを1つのファンドで攻める

ではもう少し話を進めて具体的な投資戦略について聞いてみることにしよう。筆者は以前、堀氏にYJCとしての投資パフォーマンスの考え方を聞いたことがあるのだが、CVCでありながらシナジーだけでなくキャピタルゲインもしっかり狙う「二兎を追う」考え方と話していた。

投資領域についてZVCは「ZHDの中核事業であるコマース、メディア、フィンテックの3領域に加えて、ヘルスケア、サイバーセキュリティ、B2B ソフトウエア領域などにも積極投資を行う」としている。ステージはシードからレイターまで未公開企業のオールステージでここはこれまでと変わらない。

YJキャピタル時代から変化するのが海外投資だ。これまでにYJキャピタルはEast Ventures、Sinar Mas Digital Venturesと共同で東南アジアにフォーカスした2億5,000万米ドルのファンド「EV Growth」を2018年に設立しているが、LINE Venturesと統合することで主体的に取り組むことになった。エリアは韓国、米国、中国、東南アジアで、テーマはAI、ロボティクス、ブロックチェーンを含むディープテック領域としている。

では堀氏への質問に戻ろう。

ーーYJキャピタル視点で海外が新たな局面を迎えることになる

堀氏:LINE Venturesは2014年からファンドを2つ(※グローバルとジャパン)運用していまして、グローバル投資が100億円、日本投資が50億円というサイズでした。確かにチームメンバー含めグローバルへのフォーカスが強く、一方のYJキャピタルは国内が強かったと思います。投資戦略としてまずこの新設した300億円のファンドを中心にワンチーム経営に移ります。国内・海外でファンドを分けません。これが大きな挑戦だと思ってます。一方、ソーシングなどのチームはジャパンとグローバルで分かれます。

ーー海外と国内、新たな領域、複雑な投資戦略の舵取りをどう整理する

堀氏:基本的な考え方はZHDと将来シナジーがありそうな領域に対してキャピタルゲインを狙いながら、かつ、シナジーを考えた出資をしていくことになります。ただエリア毎に若干戦略は変わると思います。

まず日本についてはオールステージで、Code Republicを通じたシード投資からレイターまで全部をサポートします。フォーカスするセクターもYJキャピタルとしてやってきたメディア・フィンテック・コマース3領域に加え、LINEグループが入ってくることによってヘルスケア領域への注力が増えます。また、ZHDの統合により、アジアナンバーワンのテックカンパニーを目指すという方向性が示されてます。我々もですね、このAIによって世の中を変えていくという部分を注目しているので、AIオリエンテッドな企業にはこれまで以上に積極投資していく考えですね。

それと2社が合体することで親会社同士の大きなシナジーが生まれるのが広告事業です。これまでB2Cの企業であると考えられていた我々にとって、法人領域、つまりB2B SaaSについても一定以上の活動を仕掛けていくというのが日本に関する投資戦略になります。

ーー海外は

堀氏:次に海外なんですが、これは国にもよりますが、国内に比べて競争が非常に激しい。ですので、我々の強みとしてグループ企業が持っているデータやサービス基盤を軸に、ディープテック領域やサイバーセキュリティなど、これらの資産を活用して新しい市場を創造できるような、そういった企業に出資していくことになります。ここは将来の事業開発という意味も込めて比較的アーリーステージへの投資が中心になるはずです。

ーーEV Growthの設立やZHDのアジアフォーカス、そしてご自身もベトナムでの赴任経験など「アジア色」を強く感じる

堀氏:はい、東南アジアが重要になると考えています。LINEはタイや台湾、インドネシアなどで一定のユーザーがいますが、我々としてもグローバル投資における一番注目しているマーケットが東南アジアなんです。これら地域には既にLINEが持っているエコシステムがありますから、それを強化するような投資が考えられます。例えばエンターテインメントやデリバリー、PayPayのノウハウなどそういったものを活かせる領域があるはずなので、本体サービスの連携を含めた、現地スタートアップと垂直立ち上げできるようなチャンスがあれば積極的にいきたいですね。

シナジーへの取り組み

YJキャピタル時代に始まった完全クローズドの協業イベント「Zピッチ」

統合によるワンチーム・ワンファンドへの移行、そして投資エリアの拡大と領域の広がりについて堀氏に聞いた。最後はシナジーについてだ。これまでもYJキャピタルとヤフーでは、マイノリティ出資をきっかけにグループ入りするdelyのような連携ケースがあった。

リリースによれば今回統合したZHDグループは国内で200を超えるサービスを提供し、従業員数2万3,000人を誇るインターネットサービスグループになるそうだ。特にLINEは国内のみならずタイや台湾、インドネシアでも利用が進んでいる。ZVCはこれらのサービスエコシステムに対し、事業提携機会の創出やノウハウ共有、プロダクトの導入支援、海外展開支援などを通じて出資先をより具体的に連結させる動きをするとしている。

Yahoo!やLINEという巨大エコシステムと出資先をどう結び付け、事業拡大に寄与するのか。

ーー本体投資とZVCの連携について。そもそも投資事業はどう棲み分けする

堀氏:棲み分けは明確にあって、マジョリティ投資はZHD、マイノリティーはZVCです。出資先とグループの協業・連携はもちろん継続で、Yahoo!と連携したdelyやスタンバイのようにZVCの支援先とグループ企業が一緒になって事業開発していく。これは我々の使命だと思っているので、今後はそれをどれだけ増やせるかということを頑張っていきます。

ーーYJキャピタルは本体事業との連携に積極的だった印象があるが、LINE Venturesは私の取材範囲の限りでは、そこまで大きくスタートアップ育成やシナジー活動を聞いてこなかった。育成や協業支援という観点で意見の相違やハードルはあったのでは

堀氏:カルチャーの違いは当然ありました。だからミッション・ビジョン・バリューなどを作る際にもかなり議論はしましたね。まあ半年ぐらいは試行錯誤は続くと思うんですが、それ以上に一緒に組むことでできることが増える。期待というか、本当に興奮している状況ですね。

例えばこれまでYJキャピタルでは西海岸や中国にスタッフがいなかったわけです。だからこの地区のスタートアップどうなってるんだろうとか、アメリカの状況知りたくても、実は知り合いづてに聞いたりしてたんですね。それが現地にいるわけです。これだけでも物凄いプラスです。で、先日、delyの堀江(裕介・代表取締役)さんが「参謀部屋」っていうのを作っていましてですね、彼が中国のこの企業どうなってるんですか、韓国の、インドの、アメリカのってバンバン聞いてくるんですよ。今は韓国にも中国にも4月からはアメリカのメンバーも増えるので本当に手応えを感じてますね。

ーー確かに現地情報はこれまでになかった恩恵だ。もう一点、グループシナジー創出のために協業イベントを開催していたがあれは継続するのか

堀氏:はい、Zピッチは支援先の登壇企業との提携・協業が中心だったんですけど、そのスピンオフをソフトバンクと一緒にやったんです。事業部長ではなく呼んだのは営業マンで、500人ぐらい集まりました。彼らは法人営業のプロダクトを探していて、そこに対してスタートアップを紹介したわけです。今、バンバン商談決まってます。

ーーCVCとしての投資戦略だけでなく、本体連動がより明確になった印象がある

堀氏:エコシステムへのアクセスを提供するっていう表現を使ってます。LINEだったりYahoo! ショッピングだったり、スタートアップのみなさんが組むことで事業が大きくなるのであれば、そこへのアクセスを提供するし、事業責任者だったり、社長だったりとの商談をセッティングします。我々はアジアで一番大きなインターネット・カンパニーになるので、このリソース・アセットを存分に使ってくださいと。このエコシステムの「入口」まで我々がご案内しますよ、というのが伝えたいことです。

ありがとうございました。

堀氏との会話で、特に海外のトレンド、特に情報が閉じがちになる中国やアジア圏の情報が容易に手に入るのは大きなメリットと感じた。国内はある程度盤石なZHDに与えられた使命はアジア圏における存在感の拡大にある。ユニコーン(未上場企業で10億ドル以上評価)輩出数でアメリカに続く中国・インドといったアジア各国に対抗するためにはマザーズ上場組を含め、シードから成長期に入るスタートアップ企業を底上げする必要がある。そのためにも内需はもちろん、市場として周辺各国での展開を選択肢に入れられるかどうかは大きい。

ZHD本体はAI関連を中心に今後、5年間で5,000億円の戦略投資を公表している。なので、どうしても300億円というサイズに小さい印象が付き纏ってしまうが、堀氏の言う通りステップバイステップで拡大させていくのだろう。ZVCがシードからマザーズ上場クラスまでの発掘・育成を担うことができれば、ZHDの戦略投資におけるシナジー効果は自ずから明らかになっていくだろう。

5Gで警備人材不足の解消へ、鍵は警備ロボの「視力向上」ー三井不動産とSEQSENSEが実証実験

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。 KDDIと三井不動産、無人警備ロボット「SQ-2」を展開するSEQSENSE(シークセンス)の三社は2021年3月16日、事業共創の取り組みとして5G通信とロボットを活用した警備の省人化に関す…

写真左から:SEQSENSE事業部マネージャーの笹井仁氏、代表取締役社長の中村壮一郎氏、三井不動産商業施設本部 施設管理部統括の添田実氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。

KDDIと三井不動産、無人警備ロボット「SQ-2」を展開するSEQSENSE(シークセンス)の三社は2021年3月16日、事業共創の取り組みとして5G通信とロボットを活用した警備の省人化に関する実証実験を完了しました。埼玉県富士見市にある商業施設「三井ショッピングパーク ららぽーと富士見」にて実施されたもので、本来人が目視で確認する商業施設内の異常を、SQ-2の自律走行警備にて細部にわたり確認できるかを検証しています。

事業共創プログラム「∞(ムゲン)の翼」のプロジェクトとして実施されたもので、KDDIは館内に5G環境構築と機器を提供し、三井不動産とSEQSENSEが中心となって商業施設における警備省人化に必要な検証データや各種フィードバックを取得しています。

今回の取り組みについて、三井不動産の添田実氏と、SEQSENSE代表取締役社長の中村壮一郎氏、事業部マネージャーの笹井仁氏にお話を聞きました。

施設における警備の課題

今回の実証実験に投入されたSEQSENSEのSQ-2は、これまでにもオフィスビルの自律走行型警備ロボットとして実績を積んできた筐体で、今年2月には東京都庁でも導入実験を実施、予め決められたルートの自律巡回や指定場所の写真撮影、ロボットに搭載されているカメラ映像のリアルタイム監視などを検証しています。全高約1,3メートル、重さは65キログラムの筐体で、大手町ビルヂングや成田空港第三ターミナルへの導入実績があります。

「警備に限らず施設の管理業務全般に言えることですが、求職者が非常に少なく、この5年くらいは人手不足が顕著になってきました。一方で商業施設事業として成り立たせるためには、管理コストの上昇も抑えていく必要があります。そういった状況の中で安全安心を提供し続ける品質維持が、非常に大きなミッションになっています」(添田さん)。

警備の仕事はさまざまありますが、基本となる内部巡回では、不審な人がいないか、防災設備に問題がないかなどを目視で確認し、問題を未然に防いでいます。さらに商業施設では、迷子の対応や交通誘導、落とし物の受付など幅広い仕事が発生します。広大な商業施設の巡回は館内を歩いて回る必要があり、時間を要する仕事です。SQ-2がこの部分を代替してくれることで、ロボットが巡回している間に落とし物台帳登録などの事務処理を済ませるといったマルチタスク処理が可能になる、というわけです。

「SQ-2は自律走行の精度が高く、館内くまなく巡回できるのを確認しました。以前の巡回時と違うことが起きていたらアラートを出せる機能もあり、ずっと目視で映像を見ている必要もありません。人間が巡回することにかなり近いことが実現できると感じています」(添田さん)。

自律移動型のセキュリティロボット「SQ-2」

実はオフィスビルと商業施設では同じ警備業務でもかなり勝手が違うそうです。新たなチャレンジとなった点をSEQSENSEサイドはこのように説明してくれました。

「オフィスビルでの実績は増えてきていますが、警備ロボットにとって大きなマーケットである商業施設へも進出を目指しているため、ららぽーとでのトライはよい機会でした。今回の走行試験で当社のロボットがこれまで事業を展開してきたオフィスビルよりもはるかに人通りが多い環境で安定した走行を実現したことは大きな自信になりました。一方で、商業施設で発生するテナントの入れ替え・レイアウト変更、オフィスビルにはない施設の広大さがロボットが自律走行に利用する3次元地図の編集作成作業に影響を与えるという、新たな課題も見えてきました」(笹井さん)。

5Gが可能にする「視力向上」の理由

ららぽーと富士見での実証実験では、このSQ-2が持つ「目」の解像度を上げる検証も行いました。SQ-2は元々4G/LTE回線を使い、遠隔への映像・画像送信を行います。巡回中に撮影した消火器などの状態をリアルタイムに防災センターから確認しています。

一方、こういった広大な館内における通信には環境の問題がつきまといます。SQ-2は元々高精細な画像を送信することができる筐体なのですが、送信する際の通信環境が悪ければそれに合わせた圧縮レンジの画像を送る仕様になっており、施設を5G化することでつねに高精細な映像の配信が可能です。

実は警備に必要な画像には思っている以上に高精細な情報が必要となります。巡回業務で目視確認しているものは、消火器に貼られた5センチくらいのラベルの情報や小さな落とし物、こぼれた飲み物など多岐にわたるためです。

「現状では、どうしても細かい部分は映像からは見づらいと言われており、5Gには一定の効果があると感じました。また通信が早くなることで、いまロボット側で処理していることをクラウド側でできるようになると、ロボット側のCPUを下げられ、価格を下げられる可能性があると考えています。一方で、高画質化によっては録画画像の保存容量が増えるなど、新たな課題も浮き彫りになりました」(笹井さん)。

今回の検証を通じて商業施設における警備の省人化、5G環境の有用性や課題が見えてきました。結果を踏まえ、3社では引き続き商業施設における警備省人化に向けた事業共創の取り組みを継続していく予定です。

「高精細な映像で遠隔から確認できるとなると、今後、より足回りが強化されたり、屋外対応したりすることで、利用シーンが増えていくことは期待したいですね。たとえば万が一地震などの災害が発生した際、人間より先に館内を巡回させるなどを検討しておきたいと考えています。天井から何か落ちてこないかなど、先にロボットで館内状態を高精細な映像で確認できれば、危険を避けることができます。また、外部の庭の夜間不審者対応も危険が伴う業務であるため、通常2~3人で行かざるを得ない状況です。そこをまずロボットが行くようなことができるといいと考えています」(添田さん)。

「SEQSENSEは会社の第一歩としてまずは警備の分野に取り組んできました。今後もより安全により動くものを作っていきたいと思っています。さらに、施設管理においては警備以外も人手不足が深刻です。さまざまな分野のサービスロボットを、大企業への技術提供による協業も含め、取り組んでいきたいと考えています」(中村さん)。

 

まちづくりに「障害のある作家のアート」が染み出すROADCASTプロジェクト、ヘラルボニーと東急が共創

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」に掲載された記事からの転載 課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。 近年、企業活動において社会的な要請への対応がより強く求められるようになりました。SDGsにまつわる環境や福祉、ダイバーシティへの理解と行動など、利益と企業価値の向上だけでは見えてこない「人間本…

写真左から:ヘラルボニー代表取締役の松田崇弥さん、東急のフューチャー・デザイン・ラボ事業創造担当の片山幹健さん

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業とスタートアップのケーススタディをお届けします。

近年、企業活動において社会的な要請への対応がより強く求められるようになりました。SDGsにまつわる環境や福祉、ダイバーシティへの理解と行動など、利益と企業価値の向上だけでは見えてこない「人間本来の権利や生活に関わる取り組み」を企業は無視することができなくなりつつあります。

一方、こういった取り組みにはアイデアが必要です。今回ご紹介するヘラルボニーと東急の共創事例は、人と社会、企業それぞれが持っている課題を和らげつつ、持続可能な取り組みとしてまとめることに成功しています。街のビルボードをアートに変える取り組みについて、ヘラルボニー代表取締役の松田崇弥さんと東急のフューチャー・デザイン・ラボ事業創造担当の片山幹健さんにその裏側をお聞きしました。

まちづくりに「障害のある作家のアート」が染み出す

街の中に溢れる屋外広告のスペースを出稿したい広告主とマッチングするプラットフォーム、それが東急の展開する「ROADCAST」です。この広告スペースに出稿がない空き期間をアートで華やかに演出しようというのが、今回の「Wall Art MUSEUM STORE」プロジェクトになります。

一方、タッグを組んだヘラルボニーは知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、2,000点以上のアートデータを元に事業を展開するスタートアップです。今回の共創プロジェクトでは、東急の管理する壁面広告の「空き枠」にヘラルボニーが管理するアートを配置しよう、というものでした。

もう少し具体的に説明すると、通常、壁面広告には下地となる枠があります。ここは空いている期間に何も表示されないか、空き枠募集の電話番号などが記載されることが多くなります。当然ながら見た目は悪く、空いている期間が長いと人気がないような印象を持たれてしまいます。

「Wall Art MUSEUM STORE」作品

東急や壁面広告枠を提供する不動産事業者にとっては、広告出稿がない期間も壁面を華やかに演出できると同時に、福祉への取り組みに協力することもできます。また、ヘラルボニー側も預かる作家の作品を一人でも多くの人々に届けることができるようになる、というわけです。

アイデアなのはここで作家の作品を買えるような導線を作ったことです。

QRコードを掲載してそこからオンラインストアで、アート作品をプリントしたグッズなどを購入できる仕組みなのですが、松田さんのお話では直接ここからやってくると同時に、街中でヘラルボニーの作品を知った人たちが自然とサイトに集まるようになったとされていました。片山さんはプロジェクトの狙いをこう語ります。

「売上の一部はアーティストと福祉施設に還元され、福祉分野の経済的活性化につなげます。渋谷、原宿、表参道、虎ノ門、新宿、銀座など約40箇所から開始し、今後もウォールアートを増やしていく計画です。開始から約3か月で300件ほどのQRコード読込があり、そのうち約30%が商品の購入ページに遷移しています。

ROADCASTは、屋外広告という切り口で街のちょっとした空きスペースを活用して街の価値向上につなげていく事業です。景観を害するものとして街の嫌われ者だったり、効果測定が難しくただただコストのかかる広告媒体だった屋外広告の可能性を追求し、アート展示など街の賑わい形成につながるメディアとしての整備やDX推進による効果測定の仕組み化など、街にとっても広告主にとってもWin-Winな存在を目指したいです」(片山さん)。

東急アクセラレートプログラムでの出会い

壁面アートからグッズを購入できる(ヘラルボニーのECサイト)

両社の共創は、東急が実施するアクセラレートプログラムにヘラルボニーが参加したことで始まります。

「元々ROADCASTは、落書きに悩む壁を中心に街中の数十~百箇所で広告を同時展開し、街の賑わい形成や落書き抑止という街への貢献を意識して展開をしていました。一方で殺風景な壁に戻ってしまう広告未稼働時がもったいないと感じており、持続可能な形で街や社会に貢献できる活用方法を模索していたんです。そんな折、ヘラルボニーの全日本仮囲いアートミュージアムという取り組みをお伺いし、それを発展させる形で、街をまるごとミュージアムショップにできないかというアイデアをヘラルボニーさんと話し合いました。期間限定のイベント的にアートを展示して終わりではなく、持続性のある展開としてじわじわと街中にウォールアートを増やしつつ、ウォールアートからECへと誘導して物販収益につなげているのがポイントです」(片山さん)。

街全体をアートミュージアムにしよう、という方向性はすぐに固まるものの、屋外でヘラルボニーのアートを展示すると施工コストが大きくなってしまいます。福祉という観点ではよい取り組みも持続性がなければイベントで終わります。そこで出たアイデアが壁面設置の下地パネルそのものをアート作品に変える、というものだったのです。下地パネルの製作・施工コストもそこから生まれる物販収益から回収することにしました。

「知的障害のあるアーティストとの接点はまだまだ少ないため、街を通してアート作品を掲出することで繋がりを生み出せたことには大きな意義があったと考えています。両社にとってプラスになるような仕組みを整えるのに苦戦しましたが、QRコードから売れた分の売り上げをシェアする仕組みを構築したことで、ヘラルボニーは壁面で販売し、ROADCASTさんは未利用壁面を活用できる、両者にとって持続可能な方法ができたと思います。結果、街でアート作品を発見した、というSNS投稿が見られるようになりました。壁面から弊社について検索した人など、認知度の向上に繋がっているのではと考えています」(松田さん)。

片山さんによれば、壁面を貸している物件所有者の方からも好評をいただいているそうで、こういった形で少しずつ、SDGsなどの活動に寄与できるという点も評価されているのだとか。今後は時期ごとに企画を練ってWall Art MUSEUM STOREならではのアート展示やアートを落とし込んだプロダクトの取り扱いにも挑戦したいとお話されていました。

次回も国内の共創事例をお届けいたします。

年間1,000万人超「入退院」の非効率をなくせーー“異端児”3Sunnyが手がけるCAREBOOKの挑戦

SHARE:

ニュースサマリ:医療機関の業務支援SaaS「CAREBOOK」を開発する3Sunnyは3月4日、第三者割当による増資を公表している。引受先になったのはメディカルノート、メディアスホールディングス、帝人、ANRI、ANOBAKA、PERSOL INNOVATION FUNDと個人投資家として杉田玲夢氏、藤本修平氏、中山紗彩氏が参加した。調達した資金は3億2,000万円で、プロダクト開発、人材採用に投…

Image Credit : 3Sunny

ニュースサマリ:医療機関の業務支援SaaS「CAREBOOK」を開発する3Sunnyは3月4日、第三者割当による増資を公表している。引受先になったのはメディカルノート、メディアスホールディングス、帝人、ANRI、ANOBAKA、PERSOL INNOVATION FUNDと個人投資家として杉田玲夢氏、藤本修平氏、中山紗彩氏が参加した。調達した資金は3億2,000万円で、プロダクト開発、人材採用に投資される。同社はシード期にANRI(2016年、2,000万円)とANOBAKA(2018年、5000万円)から出資を受けており、これまでの累計調達額は4億円となる。また、今回出資に応じたメディカルノートと帝人についてはそれぞれCAREBOOKと連携した事業展開も推進する。

CAREBOOKは医療機関にて治療を終えた患者が、次のリハビリなどを目的に退院・転院する際の調整業務を効率化する。医療機関における入退院の数は年間延べで1,500万人発生しており、これら業務は通常、電話やFAXなどを通じて調整業務が実施されてきた。コロナ禍などもあり、医療機関における業務効率化が必須となる中、こういった非効率は課題となっていた。リリースから約2年で都内を中心に大学病院や大規模医療グループなどが採用しており、全国230の医療機関にて導入が進んでいる。

話題のポイント:コロナ禍でここ2年ほど、毎日のように見聞きするようになったのが医療機関の病床や業務効率化の話題です。医療とは関係のない分野からスタートアップしてどうやってここまで成長させたのか、3Sunny代表取締役の志水文人さんと創業期から支援していたANRIの佐俣アンリさんにClubhouseで公開取材してきました。今回からポッドキャストでも配信しますので聞き逃された方は聞いてみてください。特に創業期の乗り切り方は非常にユニークですが参考になります。

3Sunnyが公開しているカルチャーデックより

さて、CAREBOOKは病院業務の中でも入退院に特化した業務効率化ツールです。私も経験があるので理解できますが、特に高齢者の場合は治療が終わって退院した後にリハビリが始まるケースがあるので、自宅や別の施設へ転院・通院する必要が出てきます。こういったところでの各種調整業務をこれまで電話とFAXでやっていたため、非常に効率が悪かったそうです。志水さんのお話だとニッチに思えてこういった患者さんが年間で1,000万人ほどいらっしゃるということなので、課題レベルとしてはなぜ放置してたのかと思えるレベルです。

一方、医療機関側はこういった業務効率化ツールを入れたところで、人を減らすわけにいかないという構造的な課題もあったようです。つまり単純にコストアップになるだけなので、これまではなかなか導入が進まなかったのですが、今回のコロナ禍で病院側の業務が相当に逼迫し、業務効率化が加速したというお話でした。

CAREBOOKの特徴として入退院、つまり患者を送り出す側と「受け入れる側」の双方がこのツールを使う必要がある、というものがあります。ここは導入戦略が上手だなと思いましたが、医療機関には大学病院など地域の中核となる医療施設があり、そこが導入すると周辺も順次対応していくようになるそうです。内容としては患者の受け入れを効率化するもので、一刻を争う受け入れをスムーズにしてくれますから、対応可能となれば一斉に導入が進むというわけです。基本的な料金設定は月額固定だそうです。

公開取材のポッドキャストではCAREBOOKの将来像から、全く医療関係とは異なる業界からやってきた志水さんたちがどのようにして医療という難しい市場を開拓したのか、また、創業から数年をたった数千万円のシード資金でどのように乗り切ったのか、そのあたりもアンリさん交えてお話しています。ぜひお聞きいただければ。

※本稿はClubhouseでの取材内容をご本人に同意いただいて記事化しています