官民連携で生み出す新市場、「規制のサンドボックス制度」がスタートアップにもたらすチカラ——カウリス 島津敦好氏 × 内閣官房 池田陽子氏

左から:カウリス 代表取締役 島津敦好氏、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 企画官 池田陽子氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

AIやブロックチェーンといった新しい技術がイノベーションの可能性を生み、新しいビジネスモデルが次々と現れる一方で、必ずしも社会へスムーズに実装されていない現状があります。その大きな理由として、例えば昭和のモノづくりを産業の中心としていた時代に最適化されているために、規制がビジネスモデルの発展に追いついていないことが挙げられます。新しい技術を世に広めようとしても、規制の壁に阻まれてしまうのです。

その壁を乗り越えるために活用を期待されているのが、「規制のサンドボックス制度」です。今回は、同制度を活用して新たなビジネスを創出し、今年3月にはIPOを果たしたカウリス代表取締役の島津敦好氏、内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 企画官としてスタートアップ政策を推進し、同じく今年3月に著書「官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先(中原裕彦審議官との共編著、ベストブック刊)」を上梓した池田陽子氏に話を伺いました。

規制のサンドボックス制度は、「まずはやってみる」という考えのもと、実施する期間と参加者を絞って規制の適用を除外するというものです。新しい技術やビジネスモデルの迅速な実証を可能にすることで、そこから得られたデータをもとに事業化や規制の見直しにつなげる制度です。池田氏は、次のように説明します。

サンドボックス=砂場という意味です。つまり、子どもが砂場で遊ぶように思い切って試すことのできる実験の場を政府が提供するというコンセプトで生まれた制度です。DX(デジタル・トランスフォーメーション)をはじめとする変革が求められる時代ならではの革新的な制度だと思います。(池田氏)

内閣官房「規制のサンドボックス(新技術等実証制度)について」から引用

2018年に制度の運用が始まって以降、これまでに31件、150社の利用実績があり、この制度を活用した事例が起点となり法改正につながったケースも生まれています。そのなかで今回お話を伺うカウリスは、規制のサンドボックス制度を活用して国内で初めて事業化にこぎつけ、今年3月には東証グロース市場へ上場を果たしました。

カウリスは、銀行口座やクレジットカードの不正利用を阻止するため、不正アクセス検知クラウド「FraudAlert(フロードアラート)」をはじめ、金融機関向けに不正対策サービスを提供しています。そのなかで、金融機関のもつ顧客情報と電力会社のもつ契約データを照合し、電力の契約の有無をもとに不正な新規口座の開設などを防止するサービスの立ち上げに、規制のサンドボックス制度を活用しました。

不正利用者情報の共有
Image credit: CAULIS

カウリス代表取締役の島津氏によると、マイナンバーカードが現在のように普及していない頃、電気やガス、水道といったライフラインに集まる個人情報を活かし、不正防止の本人確認を行うアイデアを着想したそうです。特に電気は国民の大多数をカバーしていると考えその契約データを活用しようとしたところ、電気事業法23条で、電気事業者は契約者の情報を限られた用途以外に外部へ提供できないと定められていることを知りました。

そこで当時立ち上がって間もない規制のサンドボックス制度を活用し、申請から7カ月の期間を経て、自社サービスへ契約データを利用する認可を取得されました。その後、対象エリアを大阪市に絞り、関西電力とセブン銀行と協力のもとで実証を行いました。

関係省庁や委員会の担当者のもとを訪れて、自分たちがどういった手口の不正や犯行を防ごうとしていて、契約データをどう使おうとしているかという説明をしていきました。制度自体ができたばかりで担当者の方々もどう向き合えばいいか迷われていたようですが、内閣官房の方々に助けてもらいながら認可にたどり着きました。(島津氏)

政府連携を元にしたサービス開発
Image credit: CAULIS

島津氏が規制のサンドボックス制度を活用した際には、省庁の人事異動で担当者が替わってしまい、一から説明をし直すようなケースもあったそうです。現在はそうした霞ヶ関の事情で申請の期間が長引くことがないよう、内閣官房に相談の窓口を一元化するなど、プロセスの円滑化が進んでいます。

こうしたスタートアップの成長を支援する政策には、そのゴールの実現まで官民相互のコミュニケーションが欠かせないと池田氏は話します。

官民の相互理解には、ふたつ必要なことがあると思っています。ひとつは、過去のモデルケースとなる連携や共創の具体的な事例から学ぶこと。もうひとつは、私たち行政官の思いや思考のプロセスを広く知ってもらうことです。拙書もそれらの視点からリアリティを重視して編集しました。特に後者については、大きな挑戦をするからこその試行錯誤や前例のない法的論点の乗り越え方までオープンにしています。少しでも事業者側の方々のご参考となればうれしいです。(池田氏)

カウリスの事例は、大企業とのオープンイノベーションという観点でも成功事例と見ることができます。政府が掲げる「スタートアップ育成5か年計画」でも3本柱のひとつとして「オープンイノベーションの推進」が挙げられていますが、規制のサンドボックス制度を活用することで、資金や人材に限らず大企業のもつ顧客基盤などのアセットをリソースに、スタートアップとの連携が進んでほしいと池田氏は言います。

スタートアップ育成5か年計画の概観
(出所)経済産業省資料

「スタートアップ5か年計画」が策定されてから1年半が経ち、あらゆる支援政策が実行フェーズに入って環境の整備が進んでいます。そこで生み育てられたスタートアップが新しい市場を開拓して急成長を遂げていくことが、これから一段と重要になるでしょう。カウリスさんに続くようなオープンイノベーションの事例が増えてほしいですし、大企業も含めてサンドボックスの制度を積極的に使ってもらえるよう、期待しています。(池田氏)

島津氏は、日本のスタートアップは規制のサンドボックス制度を有効活用することで、大企業や海外スタートアップに対する参入障壁を築くことができると話します。

サンドボックスの制度を活用することで法改正が行われれば、新しいビジネスチャンスが生まれるわけです。我々の場合は、認可を得たらすぐに特許を出願することで、ビジネスモデルを盤石なものにしています。リソースの豊富な大企業と正面から戦っても太刀打ちできませんが、制度の活用によって戦う土俵をずらすことができるのです。また大規模な資金調達をもとに日本進出をはかる海外スタートアップも、同様の動きはなかなかとれないでしょう。国産スタートアップだからこそ使える武器だと思います。(島津氏)

官民連携、そして大企業とスタートアップによるオープンイノベーションを推進するカギとなる「規制のサンドボックス制度」は、「新市場の創出」というスタートアップ本来の役割を果たすためにも、より広く知られ活用されていくことになりそうです。

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