イスラエル企業による買収から7年、アドイノベーションがMBO・エンジェル調達で再出発した理由——創業者・石森博光氏に聞く

石森博光氏

BRIDGE の場合、取材リソースの限りから、M&A や IPO でイグジットしたスタートアップについては、「次のステップへ達した」または「お疲れ様」という解釈から、それ以降は、以前ほど多くの記事を書かなくなることが多い。M&A や IPO にたどり着けば、そのスタートアップは皆が認める社会の公器。大手メディアが積極的に取り上げてくれるだろう、という読みからだ。

しかし、稀に例外もある。モバイル広告分析スタートアップのアドイノベーションは、代表取締役の石森博光氏(現在は会長)が2010年に設立し、その後2017年にイスラエルのモバイル DSP 大手 Taptica(現在の Nexxen) による買収でイグジットを果たしたが、石森氏は今年に入って株式を買い戻し(MBO)、先月、エンジェルラウンドを実施した。

創業から14年経ってのエンジェルラウンドは、普段はあまり見ないスタートアップジャーニーだ。イグジットしたスタートアップを後にして、再び起業したり、投資家に転業したりする人もいる中で、石森氏はなぜ敢えて、コストのかかる MBO という道を選んだのだろうか。10年ほど前に取材で初めて訪ねた時と同じく、アドイノベーションは中目黒のオフィスで業務を続けている。外見からは変化がわからないことに安堵感を覚えつつ、久しぶりにオフィスに石森氏を訪ねた。

創業当初の苦労と14年間の変化

会社を始めてすぐに多くのクライアントを獲得できたわけではありません。スタートアップでもあり、会社としての信頼性がまだ低かったため、クライアントから信頼を得るためには時間と努力が必要でした。設立当初は、ゲームアプリのプロモーション支援が主要なビジネスでした。

創業当時、デジタルマーケティング業界は急速に成長しており、アドイノベーションもその波に乗る形で、急激な成長を遂げていった。

とにかく手探りの状態で、どのようにすれば効果的な広告運用ができるか試行錯誤していました。当時はまだ SNS 広告が普及しておらず、アプリ内広告やディスプレイ広告が主流でしたが、次第に Facebook や Twitter といったSNSプラットフォームが登場し、それに合わせて広告戦略も大きく変わっていきました。私たちは次のステップに進むべきだと感じていました。

AI が世の中を席巻する中、このトレンドはアドテク業界とて例外ではない。広告の運用は今後、AI と深く結びついていくことが予見されており、アドイノベーションはその分野をリードする存在でありたい、と石森氏は言う。

現在は、AI を使って広告のパフォーマンスを最大化するためのツールを作っています。特に複数のプラットフォームでの運用を一元化することで、予算配分や広告の最適化がスムーズになります。広告主が効果的にターゲット層にリーチし、 ROI を最大化できるように設計しています。

2023年11月には、AI 技術と広告業界の融合を目指す「AD x AI Lab」を設立した。AI スタートアップとの連携で新サービスの開発を狙う。
Image credit: AdInnovation

イスラエル企業による買収、そして、MBO で再び独立へ

アドイノベーションは2017年、イスラエルのモバイルアプリ DSP プロバイダ Taptica に株式の60%を売却し、Taptica の傘下に入ったことが明らかにされた。Taptica からは4人がアドイノベーションの取締役に就任し、石森博光氏らは続投。当初、親会社とのシナジー効果を期待していた石森氏だったが、次第に経営上の制約を感じるようになった。

(Taptica はその後、Tremor International、Nexxen(NASDAQ:NEXN)へと名前を変えた。同社はアドイノベーション買収後にも、RhythmOne、Unruly、Amobee といった複数のスタートアップを買収している。)

外資の傘下に入ったことで、当然のことながら、親会社の方針に従わざるを得ない場面が増えました。特に、親会社が保有しているプロダクトの販売や、彼らのビジネス戦略に合わせなければならず、自由な意思決定が難しくなったんです。

アドイノベーションはその後2021年に完全子会社化されたが、その時点で石森氏は「再び独立する」という強い意志を持ったという。

スタートアップとして始めた企業が、別の会社の完全子会社になると、経営の自由度が一気に失われます。私は起業家として新しいことに挑戦したかったので、再度独立する道を選びました。

2023年には、石森氏は自ら株を買い戻し、アドイノベーションは再び独立企業として新たなスタートを切ることとなった。この決断について石森氏は、次のように語っている。

100%の自由を取り戻すことで、再び新しい挑戦ができるようになりました。AI 技術を使った新しい広告運用ツールの開発にも着手しています。これは、親会社の制約があった時には難しかったことです。自由な環境でこそ、私たちは新しい発想を形にできるんです。

Google と AI の競争

アドイノベーションでは、自社開発のサービス以外に、海外スタートアップの SaaS を代理販売する事業も始めた。画像は、同社が提携した韓国 aix の「ASO Index」。
Image credit: aix

アドテク業界が常に意識せざるを得ないのが Google の動向だ。広告市場全体を取り巻く環境は、Google の検索エンジンの更新や、AI 技術の台頭により大きく変わりつつある。市場調査大手の Gartner は、2026年までに Google のトラフィックが25%減少すると予測しており、これは、メディアやアプリなど、デジタル業界のプレーヤーに少なくない影響を与えるだろう。

AI による検索が主流になりつつあります。従来の Google 検索エンジンは、ブラウザ上での検索結果に依存していましたが、今では AI がユーザに直接的な回答を提供するようになってきています。検索エンジン広告は依然として重要なパイプラインですが、AI による検索結果の提供が増える中で、広告主は新しい戦略を考える必要があります。

石森氏が描く未来のビジョンには、AI 技術を駆使した広告運用ツールのさらなる進化が含まれている。現在開発中のツールは、広告主が複数のプラットフォームでの広告キャンペーンを一元管理し、自動で最適化できるものだが、彼はこれをさらに進化させたいと考えているようだ。

今はまだ初期段階ですが、将来的には広告運用全体を AI が完全に管理し、最適化できるようにしたいと考えています。これによって、広告主はより戦略的な意思決定に集中できるようになり、より高い成果を得ることができるでしょう。

石森氏は、アドイノベーションの経営に加えて、エンジェル投資にもに取り組んでいる。彼は、将来有望なスタートアップに資金を提供し、その成長を支援するだけでなく、自らの経験を活かして経営支援も行っているという。その中でも特に注目しているのが、AI やディープテックといった技術を駆使したスタートアップだ。

投資先が成長する過程で、彼らにとって何が最も必要かを見極め、そのサポートを行うことが私の役割です。広告市場やビジネス全般において、AI 技術はますます重要になるでしょう。私が投資している企業の多くも、AI を活用したビジネスモデルを展開しています。彼らの成長が、私たちの事業にも大きなプラスとなると確信しています。

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