SAR衛星データの解析で頭角、用途は油田探索から災害予兆までーー世界を変える8つのテクノロジー/スペースシフト 事業本部長 川上勇治氏 #ms4su

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本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

世界はコロナ禍を経て VUCA と呼ばれる不安定な時代に入ったと言われています。スタートアップにとって、これをチャレンジと捉えるべきでしょうか、それとも、チャンスと捉えるべきでしょうか。世界では、社会インフラが整っていない地域ほど、リープフロッグ現象を起こすスタートアップやユニコーンが多数生まれています。

日本の産業構造や社会は成熟しているものの、高齢化、労働者不足、中央集権的な仕組み、硬直化したシステムといった課題があります。こうした課題は、タイミングこそ違えど、いずれ世界各国や地域や社会が経験する可能性があり、日本のスタートアップが自由な発想で解決策を提示できれば、世界の救世主的存在になるかもしれません。

本稿では、自由な発想で産業や社会のペインを解決しようとするスタートアップにインタビューし、彼らの思い、軌跡、将来展望などについて、読者の皆さんと共有したいと思います。

今回は、衛星データの解析ソリューションを提供するスペースシフトです。スペースシフトの創業は2009年12月と社歴は長いのですが、打ち上げられる 小型SAR(合成開口レーダー)衛星が増えてきたことを機に、2019年初め頃から衛星データの解析技術を提供するビジネスを強化し、2021年2月にシリーズAラウンドで5億円を調達しました。実質的にこのタイミングが、スペースシフトにとっての「第二創業期」と見ることができるでしょう。

スペースシフトの皆さん
Image credit: Space Shift

Web業界や宇宙×ICTのビジネスに造詣のある金本成生氏(CEO)、大手メーカーでSAR衛星の開発や観測データの利用技術開発に携わってきた葛岡成樹氏(Chief SAR Officer)らを中心に、2021年の資金調達後、つまり、第二創業後、以前は楽天でアフィリエイトや DSP の開発グループ統括を担ってきた川上勇治氏が事業本部長として参画、昨年には月面探査プログラム「HAKUTO-R」で知られる iSpace でCTOを務めた下村秀樹氏、COOを務めた中村貴裕氏が参画しました(スペースシフトでは、下村氏がCTO、中村氏がCSOに就任)。

宇宙ビジネスは、インターネットビジネスに例えられることがよくあります。20世紀終わりのインターネット黎明期の頃には、通信会社がこぞって光回線を日本中に張り巡らせ、電力やガスに続くインフラプロバイダを目指し ISP が次々に生まれた時期もありました。しかし、現在、マーケットをリードしているのは、その多くはアプリケーションより上位レイヤーのサービスプロバイダであり、小資本・新参者のスタートアップは、そうしたプロバイダの手が行き届かない領域でペインを解決しようと勝負に出ています。

衛星を打ち上げるロケット技術の開発も、衛星を作る技術の開発も莫大な資本力を必要とします。こうした衛星に関わるインフラビジネスを手がけるプレーヤーが、やがてガリバー的存在になっていくとすれば、小資本・新参者である宇宙スタートアップにはどんなチャンスがあるのでしょうか。新たなフロンティアとして期待の高まるこの領域で将来の可能性を占うという意味でも、SAR事業を本格化し始めたスペースシフトの動向には興味津々です。川上さんにお話を伺いました。

スペースシフトと解決したいペイン

従来からの光学衛星とは異なり、複数基の小型SAR衛星を低軌道で周回することで、今までは難しかった地理情報や環境の変化などを詳細かつ精緻に把握することが可能になりました。新規建物やオイルスリック(海洋表面を漂流する油膜から、海洋石油探査対象エリアの目処を立てられる)船舶の検知などのほか、取得タイミングが異なる複数のデータ群を比較することで、災害や農業などのモニタリングに活用することもできます。

ただ、ここでポイントとなるのはデータの解析です。光学衛星の場合は、得られた情報そのものが映像や画像の状態なので、人はそれを目で見て判断することができます。対して、SAR衛星を使って得られるのは、マイクロ波という電波の反射を元にしたデータの集積なので、地表面のミリ単位の変化まで捉えることはできるものの、人が目で見て判断できるものではありません。まさに、デジタル放送をアナログのテレビで見ようとしている状態。ここで必要になるのが、データの解析ソリューションとアルゴリズムです。

SAR 衛星のデータを元に、新しくできた建物のみを解析・抽出した例
Image credit: Space Shift

同時多発的に小型SAR衛星を打ち上げるスタートアップが出てきた今、そこから得られるデータを使って、サービスを提供しようとする企業やスタートアップも多く出てくるでしょう。プラットフォームを作って、インターフェイスを作って、サービスを形にしていくわけですが、一から全てをやっているとスピードが出せず、運用や営業コストも大きくなります。弊社ではコアとなる高精度なアルゴリズム開発に注力しており、お客様のニーズや既存システムに合わせて、APIやライブラリ形式など、柔軟な形で解析技術を提供します。

今後、衛星が増えて、プラットフォーマーが増えて、それらを使ってサービスを提供したいプロバイダも増えてくると思うんですが、弊社はアルゴリズムを使う際のライセンス料をいただくビジネスモデルなので、解析依頼される衛星データが勝手に増えていけば、売上が増えると同時に、AI が学習を深め、アルゴリズムも進化させていくことができます。プラットフォーマーがいくら増えても、得られたデータを解釈するための解析技術は必須なので、弊社は業界各社の成長を追い風に、さらに育っていくことができるわけです。(川上氏)

スペースシフト 事業本部長 川上勇治さん

スペースシフトでは現在、解析のための AI やアルゴリズムを、単体メニューとしての提供だけでなく、多くの顧客との PoC(実証実験)の一部を構成するソリューションとしても提供しています。さまざまな顧客の要件を反映させプロダクトのブラッシュアップを図ることで、これらを完全な SaaS モデルで提供することも将来可能になるでしょう。イタリア・ミラノにある TRE-Altamira と提携して提供している InSAR(干渉合成開口レーダ)技術は、既に電力会社や建設デベロッパなど多数の大手企業で採用されているそうです。

支援はスタートアップに片足を突っ込む覚悟で

スペースシフトが Microsoft for Startups に採択されたのを発表したのは2022年1月のことですが、同プログラムでカスタマープログラムマネージャーを務める桜木力丸さんによれば、スペースシフトとマイクロソフトの付き合いはそれよりも数年前に遡ります。2021年3月のリニューアルでプログラムが「Microsoft for Startups Founders Hub」となったのを機に、スペースシフトは「第二創業期」を考慮に入れた若いスタートアップと見なされるようになり、晴れてプログラムに採択されることになりました。

スペースシフトでは現在、BI ツールやコミュニケーションツールの多くにマイクロソフトの製品を利用していますが、クラウドソリューションである「Azure」が威力を発揮するのは、データ解析のための仮想マシン環境の構築、GPU などのコンピューティングリソースの確保、機械学習(ML)の開発や運用に最適化されたクラウドサービス「Azure Machine Learning」の活用でしょう。開発や運用を進めやすい環境を構築すべく、スペースシフトの技術陣がサービスの取捨選択を進めています。

Microsoft for Startups カスタマープログラムマネージャー の桜木力丸さん

スタートアップ支援プログラムと聞くと、Azure の無償クレジットが提供されて終わり、と思う方は多いかもしれません。しかし、私はスタートアップに片足を突っ込み、彼らから要望を受けたものを、会社(マイクロソフト)からどれだけ持って来れるかがポイントだと思っています。Azure の宇宙プラットフォーム兼エコシステムである Azure Space とも協業できないかと考え、世古(Azure Space シニアプログラムマネージャー兼 Japan Space Lead の世古龍郎氏)にもミーティングに入ってもらい可能性を探っています。(桜木氏)

宇宙には国境が無いので、とりわけ、宇宙スタートアップは創業した Day1 からグローバルな市場と対峙することが求められます。宇宙から得られるデータや解析結果もユニバーサルなものなので、事業機会を世界的視点で捉えられるメリットもあります。スペースシフトに対しては、マイクロソフトが日本の内外に持つネットワークを通じ、宇宙産業の担当経由で案件を集めたり、日本の大企業へ紹介したりする支援を積極的に行っていきたい、ということでした。

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