起業家となったアクセンチュア「マフィア」たちの物語

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アイスタイル代表取締役会長 CEO 吉松 徹郎氏

3月の終わり、年度末の気忙しい時期に都内でちょっと趣向の変わったイベントがあったので参加してきた。テーマは「アルムナイ」だ。

麻布十番にほど近い「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」には数多くの「元」アクセンチュアメンバーたちが多数集まっていた。そこに流れたのは、起業家として巣立っていったアルムナイたちの経験をシェアするという時間だった。今回、特別にクローズドのミートアップに参加させてもらったので、その内容を一部シェアしてみたい。

ネット黎明期を駆け抜けたアイスタイル

アルムナイとしてステージのトップバッターを務めたのがアイスタイルの吉松徹郎氏だ。吉松氏がアクセンチュアに在籍したのは1996年。まだ社名がアンダーセン・コンサルティングだった頃で、ここからアイスタイルを創業するまでの3年間、行政関連のプロジェクトなどを手掛けた。

時はインターネット黎明期。日本では1999年に NTT ドコモからiモードが発表され、PC インターネットの世界から「ケータイ」モバイルインターネットへと独自の発展を遂げる、まさにその入り口にあった。そしてその同じ年、吉松氏らはこのネット世界に「コスメ」の概念で勝負を挑むことになる。

「ソーシャルネットワークなんてない時代です。その時にちょうどモバイルインターネットのサイトを見て『これ面白いな』と思って。それらの技術を展開して作ったのがアットコスメ(@cosme)だったんです」。

吉松氏らのアイスタイルは勢いよく成長し、創業から十数年を経た2012年、東京証券取引所(上場時の市場区分はマザーズ)に上場させることに成功する。

ーー順風満帆に思える起業家、吉松氏の口から出た、アルムナイへのメッセージは「生き残ること」の重要性だった。

全てを変えたコロナ禍

上場後のアイスタイルは順調に売上を伸ばす。

99年の創業期に90万円だった売上は上場後の2013年に6.4億円にまで成長。2015年から開始した海外展開の結果、2019年度には300億円を超える規模にまで拡大することになる。勢いはここに留まらない。2020年には EC の世界観からリアルへと進出すべく、JR 原宿駅前の一等地にフラッグシップショップ「@cosme TOKYO」をオープンさせた。

「バーンと会社を作ってきて一部上場して売上500億円を目指すんだと。実はその当時、会社の売り上げの30%ぐらいは海外になってました。しかもアジアというマーケットはこれからどんどん伸びてくる。日本の化粧品市場は20年変わってない。これは海外に行くしかないですよね。普通なら尻込みしますよ。でもね、僕たちはもうここに賭けたんです」。

M&A を中心にアットコスメがその展開を12カ国にまで広げたまさにその時、パンデミックが全てを変えてしまうことになる。

決断の先に見えた光明

コロナ禍におけるパニックは特に語る必要はないはずだ。外出が減ることで美容需要は激減し、その影響はそのまま吉松氏らを直撃した。吉松氏の言葉で印象に残ったのは「撤退戦」に関する生々しい言葉だった。

「よく僕たちはどこのマーケットに行けるかって話は無茶苦茶プロポーザルとかにも書いたことがあると思いますし、分析もしたことあると思うんですけど、『撤退戦』っていうのは、本の世界でしか知らないわけですよ。決定を早くするとか、関連会社を切るんですけど、実際はむちゃくちゃ難しい。

実際に何が起きたかっていうと、新規事業に投資してるわけじゃないですか。赤字が1億円のところを5000万で(抑えて)『僕たちは頑張ってます』っていう部署があったとしても、本体が赤字だと、お前辞めろとしか言えない。現場の人間からするととても可能性があって、こんな頑張ってるのに、本体が赤字だったから駄目っていうことを、ひたすら各国でやっていかなきゃいけないわけです。そうすると、現場は離れてくる」。

パンデミックによって大きくブレーキをかけることとなった吉松氏ら経営陣は、厳しい決断を迫られる中、反転攻勢の一手を打つことになる。ーーそれが2022年8月に公表された、米国 Amazon および三井物産との業務資本提携だった。一時は落ち込んだ売上も徐々に回復し、直近の24年度の第2四半期決算では過去最⾼の271億円(2Q累計)を公表するまでとなった。

あの時、追いかけた「売上500億円」が見える位置になったのだ。

経営とは「生き残る」こと

吉松氏は、アクセンチュアで学んだ経営とはマネジメントではなく、サバイバル(生き残ること)だと語る。会社設立以来、IT バブルの崩壊、東日本大震災、コロナ禍など、数々の困難に直面してきた彼がアルムナイたちに送ったメッセージは、仲間と助け合うことの大切さだった。

「いろいろありながら毎年何かあるね、という中を生き抜いてきました。よくですね、学びの中で僕が言うんですけども、アットコスメって実は常々古いと言われてきました。Web をやってもアプリでしょとか、コミュニティはソーシャルになり、テキストから動画になって、店舗じゃなくて EC でしょって。全部逆張りやってんですけど、(流行りを)追っかけた会社はみんなピークを作って辞めてる。

常に僕たちが考えているのはマーケットの本丸。

どこまでいってもeコマースがマーケットの20%、30%しか取れないんだったら、残りの7割をなぜ取りにいかない?変革だけじゃなくて『ど真ん中』も歩きましょうよ、という話をずっとやってきました。

経営っていうのを学びたくてアクセンチュアに入りましたけども、経営とはマネジメントじゃなく、実はサバイバルだと。生き残る力をどうやってつけるかっていうのがむちゃくちゃ大事かなと。これは頭で考えて本を読むよりも、やっぱり生命力ある人、経営者はすごい強いなと思ってます。

アクセンチュアの卒業生がたくさんいる中で、ここは実は生き残るための術をシェアできる場所だなと思っています。僕も仲間にはめっちゃ助けられました。そういった意味では、生き残っていく力っていうのをですね、どうやってつけるかっていうのをみんなとね、シェアできればいいかなと思ってます。

僕もアクセンチュアの卒業生でだいぶ古い方になりますけども、アクセンチュアで育てられたことへのお礼も、そして感謝も、そして今でもいろんな方とお付き合いがあります。僕の同期もまだ残ってますし、みなさんと何かできたらと思ってます」。

活躍するアクセンチュア「マフィア」たち

当日に集まったのは全てアクセンチュアの卒業生たち

今回、このアルムナイイベントには吉松氏以外にも8名の起業家たちが登壇社として参加した。上場しているのはアイスタイルの他にギフティ(2019年上場・東京証券取引所)とピクシーダストテクノロジーズ(2023年上場・Nasdaq Capital Market)がある。それ以外にも個性豊かな「マフィアたち」が卒業生としての気づきや経験をシェアしていた。

  • ギフティ 代表取締役 太田睦氏
  • 奇兵隊 CEO 阿部遼介氏
  • コネル 知財図鑑 CEO, クリエイティブディレクター 出村光世氏
  • バズドライブ COO 片山貴嗣氏
  • ピクシーダストテクノロジーズ 代表取締役 村上泰一郎氏
  • フェアリーデバイセズ 執行役員 COO 久池井淳氏
  • レシカ CEO クリスダイ氏
  • RevComm CTO 平村健勝氏
ギフティの太田睦氏はエンジニアとして関連会社に入社した

2007年にアクセンチュアの関連会社にエンジニアとして参加したのがギフティの太田睦氏だ。ギフティはデジタルギフトを提供している企業で、ファーストフードのチェーンで発行される「eギフト」のインフラ提供から、個人・法人へのeギフトの流通まで一気通貫で提供する「eギフトプラットフォーム事業」を展開している。

元々は個人向けにデジタルギフトを広めようと創業した同社だったが、事業は伸び悩んだ。自分が使ったことがないサービスをギフトとして人に贈る、というハードルを超えることがなかなかできなかったからだ。

試行錯誤を続ける中、太田氏らはさまざまな事業会社が消費者との接点を持つため「アナログな」ギフトやクーポンをコストをかけて発行していることに気が付く。ここをデジタル化すれば事業者には明確なコストメリットが生まれるーーそれが、現在の売上の6割を占める主力の法人向けのサービス「giftee for Business」の誕生に繋がった。事業成長にドライブをかけることに成功した同社は2019年、東京証券取引所への上場を果たすことになる。

現在は約1,000種類のギフトから「受け取る側」が選べる「giftee Box」など消費者の声をサービスに反映させつつ、それらのデータを活用した形で次の事業成長を狙っているという話だった。

コネル 知財図鑑 CEO, クリエイティブディレクター 出村光世氏

粘り強く市場の課題を掘り起こし、ロジカルに成長のきっかけを掴んだ太田氏に対し、正解のない「曖昧な」問題に対してクリエイティブを展開するのがもう一社のアルムナイ、コネルになる。

創業者で代表取締役を務める出村光世氏は、太田氏と1年違いの2008年にアクセンチュアに入社。出村氏たちの個性がよく現れたプロジェクト、それが「知財図鑑」だ。コネルとは別の法人として構える知財図鑑が扱うのはそのものズバリ「知財」。この世の中には役に立つのか立たないのか「よくわからない」技術や研究がたくさん存在している。この「何になるのかよくわからない」という技術に対し、知財図鑑ではクリエイターたちの想像力を駆使してこの技術が放つビジョンを提供する。

出村氏の話では開始から4年で約1,000の技術を掲載し、特許データベースに埋もれていた技術とビジネスのマッチングを実現しているという。さらに今夏に向けて、生成 AI を活用した知財 SaaS の展開も控えているそうだ。

主催したアクセンチュアのマネジング・ディレクターでアクセンチュア・ベンチャーズの日本統括を務める槇隆広氏

アクセンチュアのマネジング・ディレクターでアクセンチュア・ベンチャーズの日本統括を務める槇隆広氏によれば、こうしたアルムナイの集まりは2019年から開始したそうだ。ただ、コロナ禍もあって中断していたものが今回、5年ぶりに再開した形となる。話では大企業からのリクエストに応える際、スタートアップとの連携も増えているという。槇氏は「卒業生」たちとのコラボレーションメリットを次のようにコメントしていた。

「アクセンチュアが今、関わっている大企業の方からも、スタートアップとコラボレーションをしたいというニーズはたくさんありますし、新規事業開発でスタートアップとコラボする案件は増えてます。卒業生の方々との協業も発生していますが、簡単に言うとやりやすいです。卒業生だとアクセンチュアが何をしようとしてるか、どこが苦手だとか、どういう組み方をすると喜ぶのかみたいなことはわかっているので、そういった意味で、このネットワークをうまく相互に活用して仕事を一緒にやっていきたい」。

これ以外にもステージに立ったアルムナイ起業家たちの話は、ロジカルな戦略から曖昧なクリエイティブまで幅が広かった。戦略コンサルティング出身の起業家に会うこともしばしばあるが、アクセンチュアは中でもその幅が広いのが特徴と言えるだろう。起業家が生まれるエコシステムのひとつ、という視点で眺めてみても面白いかもしれない。

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