全てのビジネスがフィンテック化する4つのフェーズ【業界解説・クラウドリアルティ鬼頭氏】

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

全産業デジタル化の流れが不可避として認識される中、大きな構造の変化がいろいろな場所で発生しています。単なるデジタルツール・インターネットへの置き換えではなく、業界構造自体が変わり、認識の変化に追いつけないプレーヤーは否応なく淘汰されてしまいます。

一方、デジタル化・業界構造の変化は一言で語れるほど簡単なものでないのも事実です。先人たちが築き上げた構造は堅牢なものが多く、ゲームチェンジャーたちは想像もつかない方法で攻めてくるからです。

MUGENLABO Magazine編集部では、このダイナミックな変化を業界のゲームチェンジャーたちの解説と共に紐解くシリーズを開始することにしました。初回はEmbedded Financeというワードが話題になり始めている金融業界の変化について、クラウドリアルティ代表取締役、鬼頭武嗣さんにお話しいただきます。

著名VCのAndreessen Horowitzが「Every Company Will Be a Fintech Company(あらゆる企業はフィンテック化する)」と論じたのが2019年の年末でした。あれから2年、パンデミックの影響もあり、この流れは加速しているように感じます。

では、具体的にこの構造変化はどのように起こり、そしてどうなっていくのか。鬼頭さんの解説に耳を傾けてみましょう。

MUGENLABO
鬼頭さんの原稿や最近書かれているnoteなんかもそうですが、なかなかすぐに理解はできない内容ですね。
鬼頭
確かに難しいと思います。
MUGENLABO
考えるべき要素が凄く多いからどうしても頭がこんがらがるというか。Andreessen Horowitz(a16z)があらゆるスタートアップはフィンテック企業になっていくという考え方を提唱していますが、特にBaaS(Banking as a Service)が国内でもそろそろ動きが出てきそうな感じですよね。
鬼頭
そうですね、日本でもモジュール化された金融機能をAPIで提供する企業が増えているんですが、本格的な社会実装はまさにこれからっていうところかなと思いますね。
MUGENLABO
ということで本題に入る前にちょっと前提の整理をしたいと思います。あらゆる企業がフィンテック化していくという考え方って、金融というこれまで複雑な仕組みをアンバンドリングしてそのピースをAPIで繋いでいく感じなんですよね?つまりバラバラにして提供するスタートアップが出てきたことで生まれたわけじゃないですか。誰でもAPIを叩けば金融サービスを自分たちのものとして提供できる、という。

一方でこれって従来、例えば決済代行だったりこれまでにもサービスはあったわけです。今、この提唱されている内容って以前と比較して何が違ってて、どのような未来になっていくのか、そのあたりがまだ私の中でもやもやとしているんですね。

鬼頭
やっぱり金融業界って「縦」に閉じた構造だったんです。それがここにきて金融の機能自体が「水平」に、かつ業界を超えて広がっており、やはり大きな転換点に来ているかなと思っています。
MUGENLABO
それが横に展開していく、と。なるほど、分かったような分からないような。あと、技術とは別に規制や構造のお話もありますよね。省庁から出されている規制や法令に加えて業界構造の商習慣とか。
鬼頭
そうですね、焦らずゆっくりと紐解いていきましょう。
MUGENLABO
はい。先走りました。
鬼頭
ただこの辺りを理解したい場合、金融というものを抽象化して捉えることが本質的な理解につながると思いますよ。例えば銀行って言われた時、多くの人は銀行業を営む企業としての銀行のイメージを持つと思うんです。ではその企業としての銀行はどういう機能や価値を顧客に提供しているのか、というところまで掘り下げて整理する。信用創造だったり決済、送金などですよね。金融って結局、形がない産業ですので基本的に扱っているものが概念だけだって気づくはずです。金融の様々な提供価値の本質を抽象化して理解できていると、アナロジーとして”金融”が使えるようになります。
MUGENLABO
確かに。モノはひとつもないですね。これはこれで哲学的な・・・

鬼頭
話を戻しましょう(笑。これまでの「縦」構造だった金融では、例えば銀行を例に挙げると、昔は残高確認にしろ振込みにしろユーザーが店頭まで行かなければならなかったじゃないですか。これがウェブやモバイルでできるようになった。
MUGENLABO
モバイルシフトが特に大きかったですよね。
鬼頭
これって顧客接点がユーザーに近いところに移ってきた、という変化と考えることができるんです。例えばこれまでだったら、各銀行がそれぞれ立派な店舗を構えないといけなかったのが、物理的なユーザー接点はモバイル一つで済むようになったわけです。

別の言い方をすると、これまでは顧客接点と銀行機能が一対一で対応していたものが、一つのモバイルと複数の銀行が提供する金融機能という一対Nの関係になった。これがまず金融における第一段階のアーキテクチャの変化です。

MUGENLABO
金融にとって顧客接点の変化って大きなポイントなんですね。
鬼頭
日本での象徴的な出来事としてはとしてはやはり、マネーフォワードだったりfreeeのようなフィンテック企業が登場し、銀行とのAPI連携を基に顧客接点と金融機能を分離したことが挙げられると思います。そしてこの変化を支えたのがスマートフォンというデバイスです。
MUGENLABO
確かに銀行もウェブ化はもっと前からやってましたからね。
鬼頭
そうです。スマホの普及があったからこそ変化が加速した格好です。ガラケーってあれ自体がインフラ提供者による垂直統合の思想で作られていて縦の構造だったんです。一方のスマホはインフラとアプリケーションが水平分業されている世界観なんですよね。このデバイスやソフトウェア産業のアーキテクチャが少なからず金融業界の構造変化にも影響を与えていると思っていますよ。
MUGENLABO
ということは2000年頃からじわじわと金融の構造変化、アンバンドリング化は起こってきたと。実際、フィンテックっていう言葉自体が出てきたのもその頃ですよね。

鬼頭
ごく初期のタイミングですね。その頃は銀行のみなさんが自分たちの銀行のウェブ化を推進していた頃だと思います。2007年にiPhoneが発表されて、2011年から14年ぐらいですかね、いわゆるアプリ経済圏というものが大きくなりました。初期はゲームでしたが、徐々に生活サービスに広がっていき、家計簿アプリなどが登場してくるわけです。
MUGENLABO
金融変化の第一段階では、結果として顧客接点が窓口からウェブ・スマホに移っていったんですよね。鬼頭さんのお話では、その後、サービスのAPI化が進んでいくわけですが、ここのフェーズでは何が起こったんですか。
鬼頭
まず日本の状況からお話しますね。大きな動きがあったのは去年なんですが、金融商品販売法の法改正があって、金融サービス仲介業という枠組みが創設されて2020年6月に公布されました。

これは何かというと、これまで金融業界の仲介業というのは銀行であれば銀行代理業者、証券であれば金融商品取引法における金融商品仲介業者、保険であれば保険業法における保険募集人や保険仲立人などがバラバラにあってそれぞれに規制の枠組みが存在していたんです。これがワンストップで「金融サービス仲介業」っていうライセンスにまとめられ、仲介事業者は銀行・証券・保険の全てのサービスを提供することができるようになりました。

MUGENLABO
なるほど。便利。
鬼頭
これまでの仲介業というのは金融機関の代理人というポジションでした。しかし金融サービス仲介業は逆で、ユーザーの視点に立った代理人としてのふるまいを期待されているんです。個人的にはこのポジションの変化が大きいかなと思っています。
MUGENLABO
顧客接点が銀行窓口からスマホに移り、その次にサービス提供側のポジションが事業者側から利用側に移った、という感じですね。このライセンスを持った事業者の方が増えると具体的に世界観はどのように変化するんですか。
鬼頭
そうですね、例えば今まで保険のサービスを提供していた仲介業の方々は当然保険は提供できているわけですが、同時にそのお客さんに資産運用の相談をされても積み立ての保険ぐらいしか提案できるものがなかったんです。ただ、このライセンスを持っていれば投資信託や上場株式など別のものを提案できる。これは顧客接点がユーザー側に移ったのと同じぐらい大きな変化になると考えています。
MUGENLABO
確かにこういう制度があると、各社サービスを業種またいで提供する必要が出てきますね。ユーザーはスマホアプリひとつでお金も下ろせるし株も買えるし、保険も申し込むことができると。
鬼頭
そうなんです。ここでAPIの有用性が高まるわけです。様々な金融サービスを組み合わせて提供するためにはAPIで各種金融機関と繋がることが重要になってくるんです。
MUGENLABO
確かに全部スクラッチで作っていったら大変です。既存でサービス出している事業者はAPI用意して仲介業の方に提供すれば新しいビジネスにもなりますしね。ちなみに海外ではPLAIDがこういったAPIの集合体として有名ですが、国内にはまだ各種APIを束ねるような事業者は出てきていないんですか。
鬼頭
国内はまだですね。海外ですとAPIエクスチェンジと呼ばれる、いわばマーケットプレイスのような存在もあります。海外では日本の金融庁的な機関が関わっている、公的な団体がこれらを提供するケースもあって、例えば一番有名なのはシンガポールです。ASEAN Financial Innovation Networkが現地の金融規制当局と連携してAPIエクスチェンジを提供しています。
MUGENLABO
じゃあ私がシンガポールで保険や銀行、証券なんかを混ぜたサービスを作ろうと思えば、API叩くだけでできちゃう?
鬼頭
今はまだそこまで簡単じゃないですけど(笑。提供されているサンドボックス環境で色々なAPIを試せるので、企業はそういった公開されているAPIを検証しながら自社のプロダクトに組み込むことができるようになっています。
MUGENLABO
ということはいわゆる金融外の一般的な事業者の方々で新たに金融分野に事業を広げようという方が出てきている?
鬼頭
まさに「Embedded Finance」という言葉がそれで、海外中心にどんどん出てきていますよ。

MUGENLABO
なるほど、ただ、鬼頭さんはAPI化とEmbedded Financeをフェーズとしては分けてますよね?API叩くのも、サービスを貼り付けるっていうんですかね、組み合わせるのも考え方としては同じに思えるんですが?何が違うんですか?
鬼頭
第三のフェーズですが、まさに様々な業界やユーザーのライフサイクルの中で体験があると思うのですが、その中に金融機能をサービスとして埋め込んでいく段階になります。多分一番わかりやすい例がeコマースだと思うのですが、当然、モノを買えば決済の必要が出てきますよね。そのサイトに決済の金融機能を埋め込んでいくのがよくあるパターンかなと思っています。で、この決済が終わった後です。買ったモノに少額の保険を組み合わせた体験を提供したり、例えば少し購入金額に足りない場合は少額融資の提案をする、なんてことができるようになるわけです。
MUGENLABO
なるほど、今までは買えるだけだったけど、それに加えて金融サービスが加わると購買体験も変化しますね。
鬼頭
さらにビジネス向けであれば、サプライチェーンファイナンスのような形も出てくると思います。
MUGENLABO
なるほど、これまでのものと何が異なるんですか?例えば、eコマースを提供する事業者が年間にこれだけ売上があるからお金貸しても大丈夫だろう、という与信を取ってじゃああなたには10万円は貸しますよっていうのがサプライチェーンファイナンスの例ですよね。
鬼頭
そうですね、例えば事業者を階層に分けて考えるといいかもしれません。商品のサプライヤーがメーカー、卸、コマースプラットフォーム、小売と分かれているとします。先ほどお話されたのはコマースプラットフォームと小売の間のデータでのみ与信を取っていますよね。けど、メーカーから小売までデータやサービスが繋がっている世界では、消費者が小売に支払った段階で、メーカーにまで売掛が支払われることが分かるわけです。

これまではこの一つのサプライヤー単位でしかデータを見ていなかったかもしれませんが、APIで全体が繋がった世界では、全体の商流が見えてくるようになるので、金融機関も全体像を把握しながら融資や与信判断できるようになるわけです。リアルタイムかつ広範囲にデータを取得し、それを最適化できるようになるのがこのフェーズです。マルチティアとかディープティア・サプライチェーンファイナンスと言われるものです。

MUGENLABO
金融業界がAPIを使って銀行や証券・保険といったサービスを横断して使えるようになるのが第二フェーズ。そこから非金融事業者にもその範囲が広がって、データも全体像が把握できるようになることで、与信判断など別の信用が生まれるのがその次のフェーズ。
鬼頭
ということになりますね。
MUGENLABO
さらにその先の第四フェーズっていうのがあるんですよね。もう第三で十分な気がするんですが・・・・。
鬼頭
また第四フェーズでは色合いが変わってくるんです。第三フェーズでは金融以外の取引と組み合わされることで、例えば先ほどのサプライチェーンファイナンスの与信判断のように金融取引のために使えるデータも格段に増えるのですが、その次になると手段と目的が入れ替わるんです。
MUGENLABO
???????
鬼頭
頭の使い方で混乱しますよね(笑。金融取引にデータを使うのではなく、データ取引に金融のアナロジーを使う、という世界観です。
MUGENLABO
いいですよ。続けてください(※混乱中
鬼頭
情報銀行ってご存知ですか?
MUGENLABO
うっすらと。情報を銀行のように集めて、例えば人の信用情報を異なる企業間でも「引き出して」使えるようにするという考え方ですよね。ブロックチェーンまわりで話題になっていました。
鬼頭
情報銀行ってお金を扱うわけじゃないんですが、銀行って付いていることからも分かる通り、やはり金融のアナロジーを使っているんですね。例えばフィットネスサービスがあるとします。運営する事業者の方はここに生命保険を付けることで事業の拡大が狙えるわけです。
MUGENLABO
これは第三フェーズの話ですよね。API叩けば保険が付けられる。
鬼頭
ただ販売するだけでは何をおすすめしてよいかわからないので、フィットネスですからバイタルデータを取得して活用することができますよね。
MUGENLABO
ああ、なるほど。年齢や性別などの情報も保険には必要ですもんね。
鬼頭
もしこの個人が持っているデータをどこかに預けて事業者の方が利用しやすくしたらどうなるでしょうか。
MUGENLABO
ああ、なるほど、個人に紐づいた健康情報がどこかから引き出せるのであれば、フィットネス事業に関係なく、健康状態に基づいた保険商品を販売できますね。

鬼頭
そうです。第四のフェーズでは、このように個人や企業に紐づいた色々なデータを取引しやすくするため一度、銀行のような機関に集約していくような形になると考えています。そして事業者は必要に応じてその情報を引き出すことで得られた対価を、情報銀行を通じてそのデータの権利者に還元してくことになります。これは銀行が預金者から預かったお金を企業に貸し付けて、そこから得られた金利収入で預金者に利息を支払う流れと全く同じですよね。
MUGENLABO
第三フェーズではサプライチェーンのように繋がっている人たちで相互に情報のやりとりを俯瞰できるようになっていましたが、第四フェーズでは一旦そのデータ自体をどこかに集約して必要に応じて利用できるようになるという。
鬼頭
そういうことです。金融取引のためにデータを使うのではなく、データやそれに紐づく権利などが取引される世界観というのがそれです。先ほどは間接金融のアナロジーを用いた情報銀行を例に挙げましたが、当然直接金融のアナロジーを用いたデータ取引所という考え方もありますし、デリバティブのような概念も存在します。既に海外ではデータのバリュエーションをどう行うか、といった議論もされています。
MUGENLABO
ダイナミックな変化ですね。おさらいすると、第一フェーズでは金融取引の顧客接点が金融機関から消費者に移り、1対1だったシンプルなコミュニケーションが1対Nに広がりました。消費者の利便性を高めるためにオンライン化とスマホへの顧客接点の集約が進み、複数の金融機関の口座情報が一つのスマホで確認できるようになった。その次に銀行・証券・保険といった全ての業態の金融機関の機能がそれぞれAPI化され、サービスとして使いたいモノだけを自由に組み合わせて利用できるようになった。第三フェーズでは、そうやって開放された様々な金融機能がAPIで非金融分野の様々なサービスと繋がり、生活や企業活動の中に金融が溶け込んでいく。

そして最後はこういった個々に生まれた情報が、金融商品のような取引対象として扱われ、情報銀行のような機関を通じて、必要な事業者が必要なタイミングで取得したりその対価を支払ったりするようになる、と。鬼頭さん、こういった理解って各金融機関の方々も研究されていると思うのですが、どうして日本ではAPI化、第二フェーズあたりで足踏みをしているのでしょうか。

鬼頭
金融機関のAPIによっても参照系と更新系があって、例えば参照系は口座情報の確認とかですよね。これは進んでます。ただオープンにするまでにはなかなか至っていないのが現状です。例えばマネーフォワードさんやfreeeさんのところに提供して終わり、という具合です。開放まではされていません。こうした状況を変えるには先に説明した通り、こういったAPIを相互運用性を持たせる形で束ねる存在が必要で、誰かが手を上げる必要があります。
MUGENLABO
なるほど
鬼頭
また、現実的な課題としてコストの問題があって、例えば口座の残高確認をスマホでやったとして、それにかかるシステムのコストを誰に転嫁しますか?という問題が出てくる。そうなると当然銀行側がAPIを提供してもそれに対して利用する事業者さんが手数料を上乗せしにくい。このコストの問題がやはり大きいというのは課題として聞いています。
MUGENLABO
ということで長時間に渡り、鬼頭さんにEmbedded Finance、全ての事業者がフィンテックに変わっていく4つのフェーズについて解説いただきました。ありがとうございました。
鬼頭
ありがとうございました。

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